コードギアス 君の知らない、その先へ 作:明日を願う旅人
ミレイは旅行の中止を告げるまで、三度もルルーシュに理由を聞いた。
「ホテルへ危険が迫っている。それ以上、今は言えない」
「それで生徒会のみんなを動かせって?」
「俺の都合で取り消したと思ってくれていい」
「思わないわよ。あんた、そういう嘘だけ下手なんだから」
彼女は予約を取り消した。リヴァルが不満を言い、シャーリーは楽しみにしていた景色の話をした。ニーナは何も言わず、配られた日程表を折った。ルルーシュは誰にも、代わりの楽しみを約束できなかった。
前の世界では、彼らがあのホテルへ入ってから事件を知った。今回は彼らが泊まる前に止められた。それで十分だと思いたかった。だが、ホテルを使うのは生徒会だけではない。
「私も、手伝えることはありませんか」
帰宅したルルーシュを、ナナリーが呼び止めた。
「今は湖へ行かないでほしい」
「分かっています。お兄様が帰ってきた後、避難した人に必要なものを揃えることならできます」
彼は咲世子の方を見た。
「咲世子さんには、私から話します。知らないまま手伝っていただくわけにはいきません」
ルルーシュは頷く。咲世子へ何をどこまで明かすかは、帰ってから三人で決める。今は、布と水と連絡先を手配してもらうだけにした。
ホテルへは、匿名で具体的な警告を送った。入口の警備だけでなく、宿泊者の退避が必要だと。最初に返ったのは、いたずらだろうという応答だった。
そこで扇が、現地で目にした不審な搬入と、使われていないはずの客室へ出入りする人影を伝えた。日本解放戦線が先に入り込んでいる。未来を覚えているだけでは分からなかった事実を、今の足で確かめた。
ようやくホテル側が非常口を開け、客を外へ誘導し始める。遅れて軍にも報せが届いた。ルルーシュは車の中で、その順番を聞いた。
正面玄関から出た客は、警備員の案内で駐車場を離れる。湖側の棟では、足の悪い宿泊者がエレベーターを待ち、従業員が何度も上階へ戻っていた。予定を早めたことは、救える人を増やした。同時に、館内の見張りへ「もう待てない」と気づかせた。
「もう客を出しているのか」
『湖側の棟は半分ほど。宴会場はまだ人が残ってる』
扇の声だった。
「カレンは」
『外で待機してる。ゼロの合図を待つそうだ』
以前なら、予定した数分後に突入させた。今回は、相手がすでに中にいることしか確かではない。
C.C.が隣の席からルルーシュを見た。
「お前は、何人捕まるかまで知っている顔をしていた」
「知っていたのは、前に起きた事件だ。今は違う」
「なら、今いる人間の声を聞け」
彼は頷き、無線の音量を上げた。
* * *
避難中のホテルで、非常ベルとは違う音が鳴った。
叫び声。続いて、扉が一斉に閉まる。解放戦線は計画を早めたのだ。外へ出られた客が走り、まだ建物に残る者の姿が窓に集まった。
『二階の宴会場、二十人前後。従業員もいる』
「湖側から出た人数は」
『今、数えてる。百を超えた』
数字を聞いても、ルルーシュは拳を緩めなかった。宴会場の窓には、腕を引かれた従業員の影が映っている。
見物に集まった人々を、扇が後ろへ下げる。カレンの機体は建物から離れた道路で止まった。人質のいる方へ銃口を向けない位置だ。
軍の通信が開いた。コーネリアが現地の部隊へ命令している。ホテルを囲むよう指示した声は、サイタマで聞いたときより短い。
ユーフェミアは現場にいなかった。副総督府から、避難者を受け入れる場所の手配を始めたという。客の名簿を取らせ、取り残された人が誰かも確認しようとしていた。
スザクは彼女の補佐を申し出て、搬送先の確認に回っていると聞いた。ルルーシュは無線へ声を出しかけ、やめた。仮面の男が友人へ指示できる立場には、まだいない。
「コーネリアが突入する前に、人質を救出する」
ルルーシュが言うと、C.C.は扉の向こうを見る。
「中へ入るつもりか」
「顔を見て命じなければ、止まらない奴がいる」
C.C.が先に車を降りた。
「私が何をするかまで、前の私に決められたくない。行くなら、私の判断でついていく」
「助かる」
彼女は返事をせず、外套の襟を直した。
* * *
ホテルの裏口には、軍より早く解放戦線の見張りがいた。ルルーシュは無理に通らない。扇が避難者のために確保した通路で建物の脇まで進み、厨房から出てきた従業員が伝えた、宴会場へ続く内階段を使う。
「あの人たち、朝から準備してました。私たちが客を出し始めた途端、閉じ込める方に切り替えて」
「あなたは外へ。見た人数を軍に知らせてくれ」
従業員は何度も頷き、走った。
扇の仲間が二人、廊下へ入ってきた。武器は見せず、避難する客を階段へ誘導する役を引き受ける。ルルーシュが合図を出すまで、宴会場の扉には近づかない。
階段の手前にいた一人だけは避けられない。ルルーシュは仮面越しに男と目を合わせた。
「武器を置け。ここから出ようとする人を止めるな」
男の手から銃が落ちる。C.C.がそれを拾い、男の手の届かないところへ滑らせた。
「今の命令は、目を合わせなければ使えないのか」
「そうだ。だから、ここへ来た」
「何度でも?」
「同じ相手には一度だけだ。だから、命令は選ぶ」
「それなら、最初から全員に――」
「届くところにいなかった。今も、宴会場の中で誰がどこを向いているか分からない」
C.C.はそれ以上言わなかった。ルルーシュも、できることを説明して安心したふりはしない。
内階段を上がると、扇から合図が届いた。湖側で避難が止まった。まだ出られない客がいる。
「カレン、湖側の出入口を確保しろ。人が外へ出るまで、ホテルには近づきすぎるな」
『了解。ゼロ、そっちは』
「中へ入った。宴会場を開ける」
短い沈黙のあと、返事が来た。
『無茶したら、今度は私が迎えに行くから』
「その時は頼む」
* * *
宴会場の前で、ルルーシュは声を張った。
「日本解放戦線の指揮官に話がある。ゼロだ」
扉の向こうで複数の足音がする。すぐには開かない。
「軍は包囲した。ここで客を殺せば、交渉する相手を失う」
「貴様も、ブリタニアの側に立つのか」
扉がわずかに開いた。中にいた男の肩越しに、床へ座らされた客が見える。顔を上げた女性を、別の男が立たせようとしていた。
「違う。俺は人質の側だ」
「そんなもの、ブリタニアと同じ言い草だ」
「この場にいる人間が、お前たちの敵だと言えるのか」
指揮官は扉の隙間からルルーシュを睨んだ。顔が見える。距離も足りる。
だが、その肩越しの男が人質を引き寄せた。ここで指揮官一人を止めても、別の銃が動く。ルルーシュは先に、室内の全員へ聞こえる声で言った。
「外の客は、もう大勢逃げた。これ以上捕まえ直すことはできない。ここに残る者を生かして手放せば、降伏の道はある」
男たちの視線が揺れた。指揮官は舌打ちし、前へ出る。その目が、仮面の奥の瞳を捉えた。
別の男が銃を持ち直す。ルルーシュは外套の下で拳を握った。扇たちが廊下で待ち、カレンが外を押さえている。
「人質を解放しろ。部下にも武器を下ろさせろ」
ギアスの紋が走る。
「武器を置け! 人質を出す!」
指揮官が振り返り、扉を開け放った。怒号が上がる。従わない兵もいたが、銃を下ろした者が人質の前へ道を作った。C.C.と、裏口から入った扇の仲間が、客を階段へ導く。
「子どもが先! 押さないで!」
C.C.の声に、立ち上がった客の足が止まる。男たちが互いに見合う一瞬に、従業員が幼い姉妹を連れて扉を抜けた。解放戦線の一人が道を塞ごうとしたが、扇の仲間が間へ割って入った。外ではカレンが湖側の出入口も開けている。
階段で転んだ客を、扇の仲間が抱え起こす。ルルーシュは指揮官から目を離さず、最後尾の従業員が扉を抜けて角を曲がるまで待った。
* * *
夕方、ホテルの外には名簿を持つ人々が残った。ルルーシュは仮面を外さず、扇から数字を聞く。
「朝のうちに退避できた客と従業員が百二十六人。占拠後に出た人が二十四人。負傷者はいる。まだ、名簿に合わない人が二人いる」
「探す。見つかるまで終わりにしない」
見つからない二人は、朝に湖側の部屋へ荷物を取りに戻った客だという。扇が捜索先を挙げ、C.C.が別棟の避難所へ確認に向かった。
扇が頷く。カレンは機体から降り、腕についた埃を払った。
「軍には、私たちの名前を聞かれた」
「答えたか」
「ゼロだけじゃ足りないでしょ。あんた一人で、百五十人を運んだわけじゃない」
ルルーシュは扇と玉城を見た。倉庫で決めた条件を、全員が守った。湖側で客が止まった時も、カレンは敵を追わず、道を開けた。
「名乗るなら、俺たちが何をする集団かも話す必要がある」
「今、ここで?」
「ここで人質を取った者は、日本解放戦線を名乗った。俺たちが違う道を選ぶなら、黙っていても伝わらない」
扇は少し考えた。
「日本人を守る、だけじゃ足りないな」
「ああ。奪われた人を守る。奪う側が誰でもだ」
玉城が肩をすくめる。
「大きく出たな。軍まで相手にする名前が要るぞ」
「黒の騎士団」
前の世界で、ルルーシュ自身が与えた名だった。今回は、その名を聞いた三人がそれぞれの顔で考えている。カレンは先に頷き、扇が続いた。玉城は「騎士なんて柄かよ」と言いながら、反対しなかった。
集まった取材の前で、ゼロは短く告げた。
「我々は黒の騎士団。力ある者が、力のない者を踏みにじるとき、相手が誰であろうと止める」
拍手より先に、扇の無線が鳴った。見つからなかった二人は、別棟の避難所にいたという。ルルーシュは演説を続けず、名簿を照合しに戻った。
人が引いたあと、別棟から戻ったC.C.が隣へ来た。
「さっきの力は、今も切り替えられるのか」
「ああ。だが、制御だけに頼りたくない。ギアスを遮るレンズは手に入るか。普段はコンタクトに、仮面には開閉できるものを仕込みたい」
「……どこでそんなものを知った」
「コンタクトは、前の世界でお前がくれた。仮面の方は、これから作る」
C.C.はしばらく黙ってから、「探してみる」と答えた。
報道陣の向こうには、軍の車両も残っていた。コーネリアがこの名をどう受け取るか、ルルーシュには分かる。だが副総督府が避難者を受け入れ、軍の兵士が行方を探すのに協力した事実もある。黒の騎士団という名の下で、相手の制服だけを見て切り捨てるわけにはいかない。
名乗ったところで、人員も機体も増えない。むしろ、止めると宣言した相手は増えた。次の作戦の計算は、もう合っていない。
ルルーシュは仮面の内側で苦笑した。フレイヤエリミネーターを使ったときのように、コンマを争う局面ではない。足りない分の帳尻は、これから何とか合わせるしかない。