コードギアス 君の知らない、その先へ 作:明日を願う旅人
黒の騎士団を名乗った翌朝、扇の持ってきた紙袋は二つあった。一つは入団希望者の名前、もう一つは助けを求める手紙で膨らんでいる。
「全部読んだのか」
「まだ半分だ。昨日のうちに来た分だけで、これだよ」
倉庫の床に紙を広げる。家族の行方を調べてほしいという訴え。差し押さえられた店を取り返してほしいという訴え。武器を寄越してくれれば自分たちで戦える、という訴えもあった。どれも紙一枚で片づけられるものではない。
ルルーシュは名簿を閉じた。ホテルで百五十人を助けたことと、次に百五十人を助けられることは違う。現地を知る扇たちがいても、動かせる機体は限られ、整備を終えたものから順に出すしかなかった。
「まず急を要するものと、他の団体でも扱えるものを分ける。医療と食料は俺たちだけで抱えるな」
「医療と食料なら、協力を頼める所は探せる」と扇が答えた。「だが、武器を買う金は足りない」
「それは分かっている」
玉城が不満そうに腕を組む。
「せっかく名前が売れたんだ。金持ちがどんと出してくれりゃいいのによ」
「出した者は、次に何をしてほしいかも言ってくる」
「言わせときゃいいだろ」
「断れるうちに、断る相手を選ぶんだ」
「成田の調査も続けてくれ。近いうちに、あそこで軍と日本解放戦線がぶつかる可能性が高い」
「戦うために調べるのか?」
「今は周辺の住民を逃がすためだ。戦闘が始まってからでは遅い。警告を届ける集落と、避難に使える道を確かめておきたい」
扇は頷き、手元の紙へ書き留めた。
扇がもう一枚、薄い紙を差し出した。薬物リフレインの取引場所が、三か所記されている。
「昨夜のうちに確認できたのは一つだけだ」
「残りは」
「人を回せない。湖にいた者は休ませたいし、成田の集落を調べる方にも人を取られている」
ルルーシュは三つの印を見た。前の世界では、摘発した現場でカレンが母を見つけた。そこへ行けば何が起きるか知っている。だが今は、同じ日付に同じ人がいるとは限らない。
まして、成田の周辺にいる住民を逃がすための人手まで削って、三か所へ一斉に踏み込むわけにはいかなかった。
「確認できた所だけ、荷を押さえる。倉庫を壊すな。売る者と使う者を一緒に追い立てれば、治療が必要な人間まで散る」
玉城が眉をひそめた。
「こんなもの売る奴を逃がすのかよ」
「逃がさない。運ぶ車と帳簿を押さえる。使った人間を捕まえるための作戦じゃない」
「それで流通が止まるか」
「一部は止まる。全部は、今日の俺たちにはできない」
言い切るのは癪だった。場所を知っていながら、まだ被害を減らしきれない。それでも、知らないふりをするよりは早く動ける。
「取引場所の近くの診療所にも連絡しておこう」と扇が言った。
「患者の名簿を軍へ渡させるな」
「分かってるよ。ただ、運ぶ人数が増えるなら受け入れる側も準備がいる」
ルルーシュは頷いた。摘発という言葉だけなら一晩で終わる。だが、薬を使い続けた人間が翌朝から元に戻るわけではない。診療所の医師に必要な薬品と寝床の数を尋ねるよう、扇に頼んだ。
ほかの経路まで断つには、今の騎士団には人も金も足りなかった。
* * *
学園では、カレンが机に頬杖をついていた。病弱を装う姿勢にしては、指先が落ち着かない。ルルーシュが隣を通ると、彼女は小さな声で言った。
「例の荷は?」
「半分ほど所在が分かった。残りは扇が追っている」
周囲には授業を待つ生徒がいる。二人は視線を合わせず、開いた教科書の上で話した。
「昨日、あの人が来客用の高い皿を割ったの。最近よく物を落とすし、もううんざりよ」
「あの人?」
「住み込みの使用人。前からぼんやりしてたけど、昨日は階段でふらついて」
知っている。ルルーシュは、その二文字を口にしなかった。カレンは実の母だと知っていて、使用人と呼んでいる。その態度を変えろと、ここで自分が口を出すわけにはいかなかった。
「転んだのなら、どこか悪いのかもしれない」
「私に叱られるのが嫌なら、もう少し気をつければいいだけよ」
「叱る前に、体調を確かめた方がいい」
カレンが顔を上げた。
「あなたがうちのことを心配するの?」
「階段で倒れられたら、本人も周りも困るだろう」
それ以上は言えなかった。リフレインを疑う理由も、あの女がカレンのそばに残った理由も、この時代のルルーシュには説明できない。カレンは「余計なお世話」と言い、教科書を閉じた。
今すぐ確かめに帰るとは思えない。それでも、何も知らずに次の現場で顔を見るよりはいい。ルルーシュはそう自分に言い聞かせた。
* * *
夕方、騎士団が押さえた車には、段ボール三箱分のリフレインが載っていた。運転手は逃げたが、積み荷の送り先を記した紙が残っている。扇は二つの住所を読み上げ、顔をしかめた。
車は民家の近くで止めた。荷台を開ける前に、扇が近所の人を屋内へ戻している。買い手と売り手を追いかけるうちに、路地へ銃を向ける事態は避けたかった。玉城は鍵を壊す役を引き受け、積み荷を数える間は文句を言わなかった。
「運転手の顔は見たか」
「見た。だが逃げ足が速い。顔を追って、ここを空にするなってあんたが言ったんだろ」
「その通りだ」
ルルーシュは残った送り状を写真に撮った。今夜逃げた男に、次の荷を運ばせるかは相手の判断だ。焦って追えば相手を警戒させ、残った情報まで使えなくなる。
「片方はもう空だ。こっちが動いたと知られた」
「分かった。今夜は追わない。帳簿の写しを取って、次の搬入を待つ」
『せっかく見つけたのに』
無線のカレンの声が荒い。自分の家で起きていることに、まだ彼女は気づいていない。
「追いかけて、袋小路で撃ち合うよりはいい。運び先が分かれば、次は止められる」
『……了解』
返事の短さが気にかかった。だが彼女を屋敷へ戻す口実を重ねれば、さっきの忠告まで不自然になる。ルルーシュは通信を切った。
* * *
カレンが帰宅したとき、廊下には割れたグラスが残っていた。使用人の一人が片づけようとして、彼女を見て手を止める。
「また、あの人?」
「申し訳ありません。少し休んでいただいています」
いつもなら、そのまま自室へ上がっただろう。けれど階段でふらついたという話を、自分の口からルルーシュへしてしまった。病気かもしれない、とも言われた。
カレンは使用人たちの部屋の前で立ち止まる。中から返事はない。扉を開けると、母はベッドの端に座り、目の前にいない誰かへ笑いかけていた。
「ナオト、そんなに走ったら……」
兄の名前だった。カレンが近づいても、母は気づかない。机の引き出しが少し開いている。そこから見えた小さな容器を、カレンは取り出した。
リフレインの容器だった。
怒りより先に、手が冷たくなった。屋敷に残って自分の顔色ばかりうかがう理由を、カレンはずっと一つに決めつけていた。今この人が何を見ているのかさえ、聞いたことがない。
「お母さん」
母は笑ったまま、名前を呼ばない。カレンは容器を握り、廊下の使用人に医者を呼んでほしいと頼んだ。騎士団の仲間も、ゼロも、この部屋にはいない。
翌朝、ルルーシュの端末へ短い連絡が届いた。
『昨日の話、当たってた。病院へ連れて行った。詳しいことは、まだ聞かないで』
彼は返信を一度書きかけ、消した。
『分かった。必要なら連絡してくれ』
返事はすぐには来なかった。カレンが何を聞き、母がどこまで話せる状態か、ルルーシュには分からない。昨日の教室で病気だと言い切らなかったのは、当てずっぽうに見せるためでもあった。いま彼女から聞かれるまで、薬の名前も、母の過去も口にしない。
端末を伏せると、成田周辺の地図が机に広がっていた。そこには研究所の位置も、避難に使えそうな道も、まだ空欄のままだった。
わかってます。原作通りの話しかしていないという指摘は(勝手な妄想)。
ただここらへんは回帰タイミングがあのタイミングなので変えられず。
ちゃんと話は未来の知識があるからこそ変えるのでお待ちください。