コードギアス 君の知らない、その先へ 作:明日を願う旅人
成田の地図に、ルルーシュは赤い線を三本引いた。街から東へ下る道、山の西側を回る道、それに診療所の裏を抜ける細い道。前の世界では誰がどこへ配置されたかを知っている。だが、その記憶を避難経路の保証には使えない。
「両軍に警告が届けば、向こうも配置を変える」
扇が地図を覗き込む。
「じゃあ、どの道を使わせる?」
「一本に集めない。軍の検問が出たら、その時点で別の道へ回せるようにする」
「そこまで人を置けるか?」
「置けない。だから地元に頼む。避難を決めるのは住んでいる人たちだ。俺たちは危険の時期と、確認できた道を伝える」
匿名の警告だけでは、河口湖のホテルもすぐには動かなかった。今回は交戦の日時も場所も、正確に言い当てられるとは限らない。解放戦線が山にいるという情報を裏づけるため、扇は現地に古い知人を訪ねた。軍の補給車が増えたことは、ジェレミアから届いた短い連絡で確かめた。
ルルーシュが知らせたのは、両軍がぶつかる可能性と、その間に閉じ込められる民間人のことだ。日本解放戦線の内部にも、ブリタニア側にも、同じ情報が別々の経路で届くようにした。先に一方だけを動かせば、もう一方がその空白を埋めてしまう。
現地に入った扇から、最初の返事が来た。山際の集落で避難を呼びかけても、「軍が動くという噂なら毎月聞く」と住民は耳を貸さなかったらしい。だが前日に運び込まれた弾薬の数を伝えると、自治会の年長者が家々を回り始めた。公民館には避難できない人の名前が書き出される。
「車椅子の人が三人。子どもだけで留守番している家もある」
「その名前はこっちにも送ってくれ。軍へ渡すのは人数と場所までにする」
「細かい名簿があれば、かえって役に立つんじゃないか?」
「誰の手に渡るか分からない。退避のための情報は出す。家族の事情まで軍に預ける必要はない」
扇は一度通信を切り、現地で相談してから戻ってきた。自治会が自分たちで避難先へ名簿を持っていくという。ルルーシュはその方法に合わせて車を手配した。騎士団の印をつけた車は使わない。目立てば、住民が軍の検問で余計に時間を取られる。
山中の施設に残る人員の一覧には、名前の分からない研究者もいた。ルルーシュは前の世界で聞いた名を探す。しかし確かな名簿は手に入らず、施設の用途も分からない。それでも、出入りする作業員へ危険を知らせる手はある。
「戦闘が始まるまでに出てくれればいいが」と扇は言った。
「避難したか、当日まで確認する」
* * *
昼休み、シャーリーは生徒会室で父からの連絡を読んでいた。
「ルル、昨日の話なんだけど」
「お父さんの仕事か」
「うん。成田の方へ行く予定、取り消したって。現場の人が先に引き上げることになったから、今日は家に帰るってさ」
ルルーシュは、手元の本を閉じた。
「そうか。よかったな」
「心配しすぎって笑われた。どうして急に気になったんだろう、私」
彼女は端末をもう一度見て、笑った。ルルーシュもそれ以上は聞かなかった。予定を変えた本人の名前や施設の位置を問い詰めれば、シャーリーに別の不安を与える。
シャーリーは、彼が妙に静かなことを気にしたらしい。
「ルルも成田に知り合いがいるの?」
「友人の父親がいる」
「私のこと?」
「そうだ」
「そんなふうに言われると、ちょっと照れる」
からかう声になった。ルルーシュは本を開き直し、文字を追うふりをした。彼女がそこで笑うなら、今はそれでいい。父が家に着いたら連絡をもらう約束だけして、生徒会室を出た。
窓の外では、リヴァルが次の休日の相談をしていた。ルルーシュはシャーリーの父が帰宅したという連絡を待った。
放課後、ジェレミアから短い報せが来た。軍の車両が山の南へ回り、検問の準備が進んでいる。彼は警告を信じたから教えたのではない。住民の車と軍の進路が重なれば、自軍も動きづらくなるという判断だった。
『この情報を与えた者を、軍に知られるわけにはいきません』
『分かっている。これ以上は求めない』
ルルーシュは地図の南側を塗り、扇へ送った。ジェレミアを情報源として騎士団に教えることもしない。彼の立場が危うくなれば、次の連絡は途切れる。軍にいる一人の判断を、未来の忠義だけを当てにして使い潰すつもりはなかった。
夜には、解放戦線側からも山道に見張りが増えたと返事が来る。警告が届いたのだろう。助言どおりに住民を通すかどうかは別だ。ルルーシュは自治会から通行できた車の台数を聞き、まだ残る世帯に印を付けた。
* * *
夜、倉庫の前に覆いを掛けた輸送車が止まった。荷台から降ろされたのは赤い機体だった。カレンが真っ先に近寄り、覆いの端を持ち上げる。
「これを私たちに?」
「キョウトからの先行提供だ」と扇が言う。「整備に必要な部品も少し。だが、正式な支援が決まったわけじゃない」
紅蓮弐式。前の世界で幾度も戦況をひっくり返した機体が、今はまだカレンの前に静かに立っていた。ルルーシュは、彼女の右手が輻射波動機構へ伸びる前に声を掛ける。
「乗るのは試験が済んでからだ。整備士の説明を聞け」
「分かってる。壊したら次がないんでしょ」
「次を用意できる約束は、まだない」
カレンは機体を見上げたまま頷いた。その横顔には、家での出来事の疲れも残っている。ルルーシュは母親の容体をここで聞かなかった。
整備士は輸送中に腕を固定していた器具を外し、右手の機構を説明した。カレンは質問を重ねる。反応速度、燃料、整備にかかる時間。ルルーシュが前の戦いで見た彼女は、説明書より早くこの機体を使いこなした。今の彼女は初めて操縦席へ入る。知っている結果に任せて、安全確認を省く気はなかった。
「明日の走行試験はここだけ?」
「敷地を一周する。武装の試射は、場所を選んでからだ」
「慎重ね」
「機体を受け取ったその日に壊せば、キョウトへの説明に困る」
カレンは笑った。その声が、家の話を聞く前より少し軽くなっているかどうか、ルルーシュには判じられなかった。
輸送車には、キョウトからの文書も一通あった。支援の条件を詰める前に、こちらの行動を見たい。文面は丁寧だが、貸し与えた機体を何に使うか見定めているのは明らかだった。
「成田へ出ると期待してるんじゃないか?」
扇の問いに、ルルーシュは地図へ目を戻した。
「期待はさせておけばいい。出撃の理由にはならない」
「コーネリアを討てる機会でも?」
「コーネリアを捕らえて聞きたいことが、今の俺にはない」
以前は母の死の真相を求め、あの戦場を選んだ。いま真相に近い相手が誰かは知っている。だからといって軍の作戦を見過ごす気もないが、民間人を山に残してまで戦う理由を、自分たちで作る必要はなかった。
「明日は避難先への連絡を優先する。紅蓮はここに置く」
扇は「了解」と言って地図を受け取った。
まだ書ける。