コードギアス 君の知らない、その先へ 作:明日を願う旅人
成田の朝、ルルーシュの机には戦況図ではなく、避難所の一覧が並んでいた。山の東側にある学校、寺、診療所。受け入れ人数は前夜から何度も書き換えられている。
「東の学校は満員です。次の車は寺へ回します」
現地からの連絡を聞き、扇が地図の線を引き直した。前の世界で黒の騎士団が通った道には、今は避難車両が並ぶ。あの道を使った作戦そのものが存在しない。
山の向こうで最初の砲声が鳴った。ルルーシュは時刻を書き留める。記憶より少し早い。警告を受けて、どちらかが仕掛ける時を変えたのかもしれない。
『西側の集落は十五世帯、全員出ました』
『診療所の患者が二人、移送中です』
連絡が重なる。ルルーシュは診療所の車がどの道へ入ったか尋ねた。答えはすぐには来ない。小さな中継器を持った団員が山道を走り、通れるか自分の目で確かめていた。
しばらくして、北側の橋に軍の車が止まっていると分かった。そこで診療所の車も足止めされている。患者は二人とも長く揺らせない。
「通行を許可するよう誰か話せるか」
扇が現地へ呼びかけると、自治会の代表が軍の検問所へ向かうという返事が来た。ゼロの名で圧力をかければ、現場の兵はかえって車を調べるだろう。ルルーシュは手を出さず、病院の受け入れ確認書と患者の移送理由を代表へ届けさせた。
待つ間、以前の成田で山崩しを命じた時刻が近づいた。あの作戦では敵の陣が崩れ、土砂の下に人がいた。今日は紅蓮を山へ出していない。それでも砲撃のたびに、離れた道から瓦礫の報告が届く。
「思ったより静かね」とカレンが言った。
「山にいない俺たちには、そう聞こえる」
カレンは無線へ耳を寄せた。誰かが濡れた道で転び、担架の持ち手が足りないと言っている。彼女は紅蓮の前を離れ、倉庫にある予備の車を確認しに行った。
「紅蓮を出せば、軍の車を退かせられる」
待ちきれずに玉城が言った。
「撃ち合いになれば、患者を乗せた車まで巻き込む。今は通行の許可を待つ」
「山にいるブリキどもも放っておくのかよ!」
「出撃しないと言ったはずだ」
そこが戦場だと知りながら出撃しない。ルルーシュは昨夜決めたことを、砲声のたびに決め直す気はなかった。
* * *
スザクは軍の補給地点で、避難車両の列を見た。作戦区域から人が出ていくことを、軍は止めていない。ただ検問の兵は、荷台の中身まで確かめようとして一台ずつ留めていた。
「患者を運んでいます。先に通してください」
運転手が言う。兵は許可の書面が要ると繰り返した。スザクは担架の上で苦しそうに息をする老人を見て、担当の将校へ確認を取った。許可が出るまでの数分が、彼にはひどく長い。
空には煙が上がっている。作戦の先頭へ戻れば、自分にできることは増える。だが今、目の前の車を動かす人間も必要だった。
「通してください。記録は僕が残します」
軍の制服を着ているから言える言葉だった。車が進み、運転手が頭を下げる。スザクはその礼を受け取らず、次の車の窓を覗いた。
背後から通信が入り、前線へ戻るよう促された。スザクは後任が来るまであと二台だけ通すと返した。将校は不満そうだったが、戦闘区域から車が出れば軍の進路も空くと聞いて了承した。
次の車には、小さな子どもが三人乗っていた。母親は検問の兵へ何度も住んでいた場所を説明し、最後には住所を書いた紙を差し出す。スザクは紙より、子どもたちの靴についた赤い土を見た。成田の山を歩いて下りてきたのだろう。
「もう少しで市街です」と声を掛けた。
子どもの一人が、運転席の隣から小さく頷いた。車が橋を渡ると、スザクは軍の機体へ走った。
騎士団が成田へ来ていないことは、軍の通信でも聞いた。ゼロなら、ここを利用してコーネリアを狙うはずだと思っていた。来ない理由を彼は知らない。知っているのは、見知らぬ者たちが事前に警告を配り、住民の何人かがそのおかげで早く出られたということだけだ。
* * *
昼を過ぎて、解放戦線の山側陣地から通信が途絶えた。軍は進路を変え、尾根の一角へ機体を集める。ルルーシュの記憶にあった配置は、もう役に立たなかった。
『診療所の車、通過しました』
その報告に倉庫の空気が少し緩む。だが続けて、別の連絡が入った。
『西の外れで家が焼けています。近くに誰か残っているかもしれない』
「場所を送れ。住民名簿と照らす」
すぐ助けに行ける距離ではない。出火の原因もまだ分からない。ルルーシュは民家の位置を図に落とし、扇へ確かめられる人を探すよう頼んだ。
現地の団員が近所の住民を見つけ、昨日の避難先を聞く。住人は確かに山を出たという。ただし一人が荷物を取りに戻ったとの話もある。ルルーシュはその一人の名を聞き、各避難所へ照会した。返事が揃うまで、地図の印は消さない。
カレンが運転手を伴って戻る。予備の車はいつでも出せるという。
「必要なら、私が行く」
「軍の線が動いている。場所だけで走れば、途中で止められる」
「だから何もしない?」
「通れる道が分かったら行ってくれ。車に水と毛布を積め」
カレンは返事をして走った。彼女にできることを止めるためではない。今いる人を迎えに行くなら、帰りの道も要る。
「出撃しないと決めたせいで、行けない所がある」
扇が小さく言う。
「出撃していても、全てには行けない」
慰めるための言葉ではなかった。ルルーシュは焼けた家のことを後回しにせず、現地で誰が確認したか記録に残した。
夕刻、戦闘の音は遠のいた。軍は山の一部を制圧したが、解放戦線の残った部隊は散ったという。誰がどこで死んだかを、速報で決めることはできない。民間人の避難数にも、まだ重なった報告が混じっていた。
撤退した解放戦線の小隊から、騎士団へ苦情が届いた。ゼロが来ると信じて持ちこたえたのに、見捨てられたという。騎士団は援軍を約束していない。彼らが期待した理由には、紅蓮を受け取ったという噂もある。
「返事は俺がする」とルルーシュは言った。
「何て書く?」
「軍が攻めてくる危険は事前に知らせた。それでも戦うと決めたのは向こうだ。援軍を約束した覚えもない。こちらは住民の避難を優先したと伝えろ」
扇は通信文を作り始めた。ルルーシュは文面に目を通し、送信を許可した。
C.C.が倉庫へ入ってきた。紅蓮が一度も山を越えなかったと知っても、驚いた顔はしない。
「あの研究者を取りに行く隙はあったのか」
「分からない。行かなかったからな」
「後悔しているか」
「今はしていない。住民の車が通った道を、俺たちの戦場に変えずに済んだ」
C.C.はそれ以上問わず、扇の資料を見た。
カレンが紅蓮の操縦席から降りてきた。機体を動かしたのは、倉庫の敷地を一周する試験だけだ。
「私たち、今日のために名前をつけたわけじゃないよね」
「ああ。明日も動けるようにした」
「だったら、今日助けきれなかった人も調べよう」
ルルーシュは彼女に名簿の半分を渡した。砲声は止んでいる。