コードギアス 君の知らない、その先へ 作:明日を願う旅人
成田から戻った人の名簿を、ルルーシュは二度読み直した。避難所ごとに書き方が違い、家族が別々の車に乗っただけで行方不明として記された者もいる。逆に、同じ名が二つの場所にあれば、どちらかが古い情報だ。
「西の家にいたのは誰だった」
「住人は避難済みだ。戻って荷物を取りに行った人がいたらしいが、近所の人が連れ帰った」
扇はその近所の人の名まで確認していた。ルルーシュは線を引いていた住所の横に「帰宅」と書く。
「負傷者は」
「火傷が一人。治療を受けている。助かるそうだ」
胸が緩む。だが、避難先で所在を確認できていない住民の欄は、まだ埋まっていない。
河口湖で見つけた二人のように、時間が経てば合流する者もいるだろう。その希望で、未確認という文字を消すことはしなかった。
運転手の中には、軍の検問が遅かったと怒る者がいた。一方で、通り道を譲ってくれた兵がいたと話す者もいる。同じ日、同じ橋の出来事なのに、列のどこにいたかで見え方が違った。
「軍に抗議を出すか」と扇が聞く。
「遅れた車と時刻を記録する。通してくれた例も残す。次に話をつける時、ただ軍が悪いと言うより役に立つ」
「あの老人、病院には間に合ったそうだ」
「なら、車を止めた時間はなおさら確かめよう」
扇が頷き、検問を通った人々に聞き取りを始めた。ルルーシュは空欄のままの避難者の欄を指で押さえる。勝った負けたという報道より先に、彼らの名前を埋めたかった。
* * *
学園では、シャーリーがルルーシュを呼び止めた。
「父さん、ちゃんと帰ってきたの。帰る途中で何度も検問に遭ったって、ずっと文句を言ってる」
「文句を言う元気があるなら大丈夫そうだ」
「うん。今朝も仕事の電話をしてた」
彼女は呆れたように笑った。成田から早く引き上げてほしい、と頼んだのは自分の方なのに、もう仕事をする父に怒っている。その普段どおりの声を、ルルーシュは黙って聞いた。
「今度の休み、ちゃんと家にいるって約束させた」
「守ると思うか?」
「どうかな。でも、約束したんだから。破ったら私も文句の一つや二つ言うんだから」
ルルーシュは肩をすくめた。シャーリーはその反応を見て、少し得意そうに笑う。ほんの数日前、父の居場所を知らなかった彼女が、今は休日の予定を巡って言い合っている。
「ルル、何か知ってたの?」
「軍が動くという噂は聞いた。場所が近かったから、気になっただけだ」
「そっか。教えてくれてありがとう」
嘘を重ねずに済む答えを探した。軍が動くことは知っていた。彼女の父が前の世界で帰らなかったことも。後者を今の彼女に渡しても意味がないだろう。
生徒会室ではミレイが、次の行事の資料を抱えて待っていた。ルルーシュはシャーリーと並んでその手伝いをした。彼女が父を失わなかった一日は、特別な式典にならずに過ぎた。
廊下でリヴァルが旅行を中止した代わりの催しを提案した。ミレイは待ってましたとばかりに乗り、書類の山が一つ増える。シャーリーがルルーシュへ笑いかけた。
「今度は危ない場所じゃないよね?」
「会長の企画だ。場所より内容を警戒した方がいい」
「それ、本人に聞こえてるわよ!」
ミレイの声が飛ぶ。ルルーシュは書類の陰へ身を隠した。あの山で何が起きたか知らずに笑う彼らの中にいられる時間を、勝手に終わらせたくなかった。
帰り際、カレンが生徒会室の外で待っていた。制服の袖を握り、他の生徒が通り過ぎるまで黙っている。
「病院には、まだいるのか」
「うん。家に戻すのは早いって。本人も、何があったか全部は分かってない」
ルルーシュは頷いた。治療へ繋げたことで、母娘の間にあった何年ものことが消えるわけではない。
「昨日、兄さんの名前を呼んだ。私のことは、見ても分からなかった」
カレンは怒っているようにも、泣きそうにも見えた。
「だから今日は行かなかった。明日は……まだ決めてない」
「決めるのはお前だ。だが、母親が生きているうちに会っておいた方がいい」
「……縁起でもないこと言わないでよ」
カレンは顔をしかめたが、ルルーシュの表情を見て口を閉じた。制服の袖を握っていた手を離し、目を伏せる。
「明日、顔だけ見に行く。整備の時間には間に合わせるから」
「ああ」
次に紅蓮の整備を見る時間を確認し、カレンは廊下を歩いていった。
* * *
夜、扇が封書を持ってきた。差出人の名はないが、紙の質も届け方も、先日の紅蓮と同じ相手を示している。
「キョウトからだ。ゼロに会いたいそうだ」
「成田に出なかったことで、機体を返せと言われるかもしれないな」
「文面は逆だよ。河口湖の救出、サイタマからの避難、それに成田の警告を挙げている」
ルルーシュは封を切った。問いは直接的だった。黒の騎士団は何のために戦い、誰の判断で戦わないのか。日本解放戦線が山で追い詰められた時、なぜ紅蓮を出さなかったのか。
同封された資料には、河口湖での救出を報じた記事と、成田で配られた避難の告知が挟まれていた。派手な戦果はない。見ていたのは、戦場に入らなかった騎士団がどこで何をしたかだ。
「キョウトの中でも意見が割れたらしい」と扇が言った。「今すぐ援助を増やすべきだって人と、ゼロが日和ったって人と」
「桐原翁は、その両方を聞くために呼んだんだろう」
「翁の前で、あんたは何を約束する?」
「必要な時には戦う。その必要を誰が決めるか、先に決める」
扇は文書を取り戻し、もう一度読み直した。
「答えられるか」と扇が聞く。
「答える。そのために会う」
前の世界で桐原泰三へ仮面の下を見せたとき、血筋は十分な保証になった。今回は、それだけで資金を受け取れば同じ失敗を繰り返す。騎士団がどこまで命令を引き受け、どこから断るのかを先に決める必要があった。
「同行はお前とカレン。それから、交渉の記録を残せる者を一人」
「神楽耶様も来るらしい」
「知っている」
「会ったことがあるのか?」
ルルーシュは文書を畳んだ。
「名は聞いたことがある。本人が何を望むかは、会って聞く」
扇は頷いて日取りを確認した。カレンへの連絡は自分がすると言う。
残されたルルーシュは机に二つの名簿を並べた。一つは成田から戻った住民、もう一つは騎士団へ届いた入団希望者だ。後ろ盾を得れば、できることは増える。同じだけ、助けを求める人も増えるだろう。
紅蓮が倉庫へ来た日には、整備士が何人要るか数えるだけで夜が終わった。次は機体を動かす金と、動かした後に誰を守るかを、桐原の前で言葉にしなければならない。