コードギアス 君の知らない、その先へ 作:明日を願う旅人
「マオが来るかもしれない」
ルルーシュがその名を告げると、C.C.は本から顔を上げた。
ナナリーと咲世子が買い物へ出た午後だった。クラブハウスには二人しかいない。彼は机の上の紙を裏返し、C.C.の向かいへ椅子を寄せた。
「誰に聞いた」
「誰かに聞いたわけじゃない。前の世界で会った」
「私のことをどこまで知っている」
「彼が君の契約者だったこと。人の思考を読む力が、もう止められなくなっていること。君の声を聞いている間だけ、周りの声を遠ざけられることも」
C.C.は本を閉じた。
「あいつに何をした」
「今は何も。まだ、この国に入ったかも確かめていない」
「前の話をしている」
ルルーシュは椅子の背から身体を離した。彼が過去へ戻ったという話を、彼女は初めから信じ切ってはいない。だが、それを信じなければ説明のつかないことが、また一つ増えた。マオの名を知っていたことだ。
「彼はナナリーを攫った。俺とスザクで取り戻したが、最後は君が殺した」
C.C.の表情が動いた。驚きより先に、何かを確かめるような目になる。
「だから今度も、私に殺せと言うつもりか」
「違う。そうなる前に止めたい」
「簡単に言うな」
「簡単だと思っていたら、君に相談しない」
彼女の膝の上で、本の表紙が曲がった。ルルーシュは手を伸ばさず、返事を待つ。
「人のいる場所へあいつを連れていくな。何人増やしても、考えていることを全部聞かれる」
「分かっている。騎士団の部隊は出さない」
「ナナリーを使うなよ」
「使わない。護衛を付けて、彼と会う場所から離す」
「お前自身は?」
「近づかない」
C.C.が目を細めた。
「お前の頭の中を聞かれたら、未来の私のことまで分かるわけだ」
「だからだ。彼の前で作戦を考えることもしない」
答えながら、ルルーシュは自分の指を組んだ。マオに見せたくない記憶は幾つもある。C.C.が死にたいと望んでいたことも、死なずに旅を続けたことも、その後彼が彼女と過ごした時間も。
「殺さず捕まえる方法を考える。君が嫌なら、君を使わない別の方法を探す」
「別の方法があるのか?」
「今、確実に示せるものはない」
「なら格好をつけるな」
C.C.は本を脇へ置き、立ち上がった。棚の奥から古い手帳を取り出す。開いた頁を見て、ひとつの番号の横にあった線を指でなぞった。
「居場所を調べるなら、この相手を通せ。私の名前だけでは探せない。特徴を伝える必要がある」
「連絡していいのか」
「お前が頼むんだろう。私に返事をさせるな」
手帳を置く手は乱暴だったが、番号のある頁は開いたままだ。
* * *
咲世子は頼みを最後まで聞いてから、紅茶の盆をテーブルへ置いた。
「ナナリー様を狙う方がいるのですね」
「まだ、こちらの居場所を知られたかは分からない。だから今のうちに、学園の外で休んでもらいたい」
「何日ほどでしょう」
「数日を考えている。場所は人の出入りが少なく、車で行けるところがいい」
厨房の戸は閉まっていた。向こうでナナリーが買い物の袋を整理する音がする。彼女に隠すためにここへ呼んだのではない。まず護衛として可能な配置を、咲世子に確かめたかった。
「私一人でお守りしてよろしいのですか」
「スザクにも頼む。だが、軍の都合で来られない時間はある。無理なら移動自体を延期する」
「ご心配なく。車と行き先を用意してくだされば、支度はできます」
咲世子は扉の方へ目をやった。
「ナナリー様にもお話しくださいね。急に旅行だと申し上げても、ご納得はなさらないと思います」
「分かっている。連れ出す時に騙すつもりはない」
「でしたら、私からは着替えだけお願いしておきます」
咲世子は盆を持って立ち上がった。ルルーシュは頷く。
* * *
スザクは翌日の放課後、学園の裏庭へ来た。
ルルーシュがベンチから立つと、足を止める。制服の鞄を肩に掛け、近づいてはこなかった。
「今度は何?」
「ナナリーの護衛を頼みたい」
「誰かに知られたの?」
「皇族のことじゃない。俺の知人を追ってくる男がいる。その男が、彼女に近い相手を人質にするかもしれない」
「彼女って?」
「C.C.。俺たちと一緒にいる女だ」
スザクの目が彼の顔を見た。
「ゼロの仲間?」
「協力者ではある。だが今回、ナナリーを騎士団の作戦に使うわけじゃない。危険が近づく前に遠ざけたい」
「その男を、君はどうするつもりなの」
「武器を取り上げて捕まえる。殺すつもりはない」
スザクはベンチの端へ鞄を下ろした。
「普通の相手なら、警察へ行くべきだと思う」
「普通の相手ならな」
「その言い方、好きじゃない」
ルルーシュは視線を逸らさず答えた。
「人の考えを読む。嘘も、捕まえる段取りも、近くで考えれば聞かれる相手だ」
スザクが眉を寄せる。笑い飛ばさずに彼を見ていたが、すぐに信じた顔でもなかった。
「本気で言ってる?」
「本気だ」
「どうやって知ったの」
「彼をよく知る者から聞いた。今頼みたいのは、ナナリーのそばにいてほしいということだ」
「僕がその話を信じないなら?」
「危険な男が彼女を狙う可能性がある。それだけは本当だ。俺が誰であろうと、ナナリーを傷つけていい理由にはならない」
風が吹き、ベンチへ落ちていた葉が鞄の横を滑った。スザクはその葉を見てから、座った。
「咲世子さんは知ってるの?」
「護衛を頼んだ。ナナリーにも話す」
「なら、ナナリーにも直接話を聞くよ。避難することに納得しているか、確かめたい」
「ああ。会いに来てくれ」
「軍へ出る日は外せない。その男を捕まえるために、僕を持ち場から呼び出さないで」
「分かった。来られる時間を教えてくれれば、それに合わせる」
スザクは鞄を持ち上げた。彼がゼロの正体を知ってから、初めて一緒に歩いて帰ることになった。途中で並んだ距離は、幼い頃ほど近くなかった。
* * *
「私のために、またお二人が喧嘩をするのは嫌です」
話を聞き終えたナナリーの最初の言葉に、スザクが慌てて首を振った。
「喧嘩をしに来たんじゃないよ」
「今は、ですね」
「今もこれからも、ここではしない」
ルルーシュが言うと、ナナリーはカップを置いた。
「その方は、お兄様のことも読めるのですか」
「近づけばな。だから離れている」
「私を別の場所へ移すのは、その方に居場所を知られないためなのですね」
「そうだ。咲世子とスザクに付いていてもらう。外出は少し我慢してほしい」
「分かりました」
頷いてから、彼女は少し顔をスザクへ向けた。
「来てくださってありがとうございます。でも、お仕事がある時はそちらへ行ってください。咲世子さんがいますから」
「そう簡単には――」
「それなら、最初に時間を決めておきませんか。お兄様は決まっていれば合わせられます」
ルルーシュは、机に出していた予定表を二人の間へ移した。
「明日の午前は?」
「九時までなら。午後はまだ分からない」
「移動は朝にする。場所へ着くまでは付いてきてくれ。帰りの車も用意する」
話が決まると、ナナリーはスザクへ紅茶を勧めた。彼が受け取る音を聞いて、いつもの笑みを見せる。
「咲世子さんと、焼き菓子を作ったんです。お持ち帰りになりますか」
「うん。ありがとう」
「お兄様の分は、もう別にしてありますから」
何も言っていないルルーシュへ、スザクが顔を向けた。ほんの少しだけ、昔と同じように笑った。
* * *
C.C.の紹介した相手から返事が届いたのは、その夜だった。
添えられていた写真には、帽子を被った男が写っている。サングラスを掛け、耳を覆うヘッドホンを付けていた。都内の店で、緑の髪の女を見なかったか尋ねたという。聞き込みの返事が回ってきた時には、既に別の街へ移っていた。
ルルーシュは画面をC.C.へ向ける。
「彼だな」
「ああ」
C.C.は写真の端を指で拡大した。帽子の下から、白い髪が覗いている。
「……大きくなった」
小さな声だった。ルルーシュは端末を置き、写真が消えないよう画面に触れる。
「最後に会った時から、しばらく経つのか」
「お前に話す必要があるか?」
「捕まえるために必要なことなら聞く。それ以外は、話したくなければいい」
C.C.の指が画面から離れた。
「学園には近づけるな。私が会う」
「場所は?」
「人のいない所がいい。あいつも望むだろう」
ルルーシュは地図を広げた。彼女が選ぶまで、目印は付けなかった。