コードギアス 君の知らない、その先へ   作:明日を願う旅人

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本日3話目の更新です。前話をまだお読みでない方は、第19話からどうぞ。


第20話 彼女には聞こえない

 車の扉が閉まる前に、ナナリーは兄の袖を引いた。

 

「お兄様も、あとでいらっしゃるんですよね」

 

「ああ。夕方には顔を出す」

 

「では、夕食は一緒に」

 

 約束を取り付ける声に、ルルーシュは妹の手へ自分の手を重ねて答えた。

 

「分かった。先に食べずに待っていてくれ」

 

「お待ちしています」

 

 咲世子が車椅子を固定し、スザクが助手席へ乗る。出発する車を見送ってから、ルルーシュはC.C.のいる部屋へ戻った。

 避難先は学園から離れた一軒家だ。キョウトが物資の一時保管に使っていた家で、今は空いている。扇には家と車だけを借りたいと伝えている。

 スザクが帰る時刻は決めてある。その後は咲世子がナナリーのそばを離れずに護衛する。窓は内側から施錠し、避難に備えて車を裏口へ寄せておく。

 思考を読める相手だからこそ、護衛の頭の中に嘘の予定を詰め込んでも意味がない。近づかせず、近づかれた時には先に身体を動かせる者を置いた。

 

「あの男にナナリーの居場所を知られれば、面倒になる」

 

 C.C.は借りた電話を机へ置く。昨夜の聞き込みで、マオが泊まっている宿は分かった。そこへ伝言を預ければ、会う場所を知らせられる。

 

「だから私が、ここから離れた所へ呼ぶ」

 

 ルルーシュは地図の印を見た。郊外の古い休憩所だった。林の向こうに貯水池があり、冬場にはほとんど人が来ない。管理人は別の棟にいる。使う時間だけは、建物を借りる名目で離れてもらう。

 

「俺は池の反対側にいる。近くまで来るつもりはない」

 

「それでも聞こえるかもしれないぞ」

 

「どこまで離れればいい」

 

 C.C.は指を地図に置いた。休憩所から道路を辿り、さらに橋を越えた先で止める。

 

「少なくとも、ここまでだ。前に私といた時より、強くなっているかもしれない」

 

「なら、その倍離れる」

 

 建物を見張るにも、ルルーシュが潜む必要はない。扉の上へ小さなカメラを付け、映像を送るだけでいい。見つかれば壊されるだろうが、マオが建物へ入るまで確認できれば足りる。

 問題はC.C.の方だ。

 

「あいつは、お前を撃つかもしれない」

 

「死なない女に言う台詞か?」

 

「撃たれて平気な女に言っているわけじゃない」

 

 彼女が顔を上げた。ルルーシュは地図を折り、電話の横へ置く。

 

「お前が会うことには反対しない。だが、お前が無事に戻れるよう、手は打っておく」

 

「あいつをどうするつもりだ」

 

「銃を取り上げて、人の少ない場所で暮らさせる。少なくとも、他人の思考を聞き続けずに済むようにしたい」

 

「そのために閉じ込めるのか」

 

「銃を持ってナナリーを探すよりはいい。お前を連れ去るために誰かを殺すよりもな」

 

 C.C.は返さなかった。電話を持ち上げたものの、番号を押さずに見ている。

 

「……私なら、まだ止められると思うか?」

 

「話を聞く相手は、お前しかいないだろう」

 

「そういう意味じゃない」

 

 苛立ちを含んだ声だった。ルルーシュは椅子を引いて座った。

 五歳の子供へ力を与えた女と、その力に追い詰められた男。今の二人の間へ、外から一言差し込んで解決するはずがない。C.C.にとっては、まだ終わっていないことだ。

 

「会ってみなければ分からない。お前が話している間は、俺から手を出さない」

 

「随分と、私を信用するんだな」

 

「信用していなければ、ここで相談していない」

 

 C.C.は電話を耳へ当てた。

 

 * * *

 

 約束は午後三時になった。

 C.C.が呼び掛けると、電話の向こうで何かが落ちた。続いて何度も彼女の名を呼ぶ声が聞こえた。ルルーシュには言葉の全ては聞き取れなかったが、C.C.の口元が固くなるのは見えた。

 

「一人で来い。私も一人だ」

 

 それだけ告げ、彼女は電話を切った。

 休憩所へ向かう前に、ルルーシュはC.C.へ一つの包みを渡した。中には小型のスタンガンが入っていた。

 

「話が通じれば、使わずに済む」

 

 C.C.は包みの端を開けた。

 

「それを期待していない顔だぞ」

 

「期待だけでは、帰りの車を用意できない」

 

 彼女はスタンガンを上着の内側へ収めた。目を伏せたまま、取り出す時に袖が邪魔にならないか確かめる。

 

「こいつは、私の心だけは読めない」

 

「知っている」

 

「……本当に、何もかも知っているんだな」

 

 何もかもではない。その言葉を返すより先に、彼女は立ち上がった。

 ルルーシュは入口まで付いていく。C.C.が扉へ伸ばした手に、自分の指を添えた。彼女が一瞬動きを止める。

 

「C.C.」

 

「何だ」

 

「帰ってこい」

 

 彼女は、扉に掛けた手を下ろさなかった。

 

「私が逃げると思うのか」

 

「待つ方は、案外面倒なんだ」

 

「知った口を」

 

 それでも手を振り払わず、指が離れるまでそこにいた。

 

 * * *

 

 帽子を被った男が休憩所へ入ったのは、三時より少し前だった。

 C.C.は窓際に立っていた。男は入口で足を止め、サングラスを外す。白い髪の下から覗く顔は、写真で見るよりずっと幼く見えた。

 

「C.C.」

 

「久しぶりだな、マオ」

 

 彼は笑った。声を上げ、そのまま数歩近づく。C.C.が動かないのを確かめると、両手を広げた。

 

「迎えに来てくれたんだね」

 

「話をしに来た」

 

「うん。うん、そうだ。まずは話そう。今度はちゃんと聞くよ。僕は君を探していたんだ。どこへ行っていたの?」

 

「お前の知らない所だ」

 

「教えてくれてもよかったのに」

 

 マオは首を傾ける。笑みは消えない。C.C.の肩越しに窓を見て、耳を覆うヘッドホンの片側を持ち上げた。

 

「今日は静かだね」

 

「その方がいいだろう」

 

「君がいるだけでいい。君の声なら、いくらでも聞いていられる」

 

 ヘッドホンから漏れる音を、C.C.は聞いた。自分の声だった。もっと幼い彼へ話した言葉が、切り取られて繰り返されている。

 その先にある彼の長い年月を、彼女は知らない。

 

「マオ。今は私の声を聞け」

 

「聞いているよ」

 

「その録音じゃない。こっちだ」

 

 彼は不思議そうにしたあと、ヘッドホンを首へ落とした。

 C.C.はテーブルの向こう側へ座る。マオも椅子へ腰を下ろした。上着の裾が開き、腰に差した銃が見える。彼女はそこへ目を落とさず、顔を見た。

 

「その力は、どこまで聞こえるようになった」

 

「そんなことより、行く場所を決めようよ。静かな所がいい。君もここを選んでくれた。二人で住める所を探すんだ」

 

「お前の身体のことを聞いている」

 

「僕は平気だよ」

 

 マオはテーブルの上へ手を置いた。指先は細かく震えていたが、本人は気づいていない様子だった。

 

「君さえいればね」

 

 * * *

 

 映像の中で、マオは笑い続けていた。

 ルルーシュは車の後部座席で画面を見ている。彼女と離れてから、連絡はしていない。マオに聞かれる可能性のある通信を、C.C.へ送るつもりはなかった。

 別の端末へ短い報告が届く。咲世子からだ。ナナリーは部屋に入り、スザクと昼食を取った。周辺に人影はない。

 ルルーシュは確認の返事だけを送り、画面を戻した。

 マオがテーブルへ身を乗り出している。C.C.の口が動くと、彼は子供のように何度も頷いた。言葉が聞こえない分、その喜びだけがよく見えた。

 やがてC.C.が立ち上がった。

 マオも立つ。彼女を追うように手を伸ばし、袖を掴んだ。

 

 ルルーシュは画面へ顔を近づける。車の扉へ手は伸ばさなかった。

 今ここで走り出せば、C.C.へ届く前に、マオを捕らえるつもりでいることまで伝わる。

 

 映像の中で、マオが何か言った。

 C.C.は掴まれた袖を見ていた。

 

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