コードギアス 君の知らない、その先へ 作:明日を願う旅人
車の扉が閉まる前に、ナナリーは兄の袖を引いた。
「お兄様も、あとでいらっしゃるんですよね」
「ああ。夕方には顔を出す」
「では、夕食は一緒に」
約束を取り付ける声に、ルルーシュは妹の手へ自分の手を重ねて答えた。
「分かった。先に食べずに待っていてくれ」
「お待ちしています」
咲世子が車椅子を固定し、スザクが助手席へ乗る。出発する車を見送ってから、ルルーシュはC.C.のいる部屋へ戻った。
避難先は学園から離れた一軒家だ。キョウトが物資の一時保管に使っていた家で、今は空いている。扇には家と車だけを借りたいと伝えている。
スザクが帰る時刻は決めてある。その後は咲世子がナナリーのそばを離れずに護衛する。窓は内側から施錠し、避難に備えて車を裏口へ寄せておく。
思考を読める相手だからこそ、護衛の頭の中に嘘の予定を詰め込んでも意味がない。近づかせず、近づかれた時には先に身体を動かせる者を置いた。
「あの男にナナリーの居場所を知られれば、面倒になる」
C.C.は借りた電話を机へ置く。昨夜の聞き込みで、マオが泊まっている宿は分かった。そこへ伝言を預ければ、会う場所を知らせられる。
「だから私が、ここから離れた所へ呼ぶ」
ルルーシュは地図の印を見た。郊外の古い休憩所だった。林の向こうに貯水池があり、冬場にはほとんど人が来ない。管理人は別の棟にいる。使う時間だけは、建物を借りる名目で離れてもらう。
「俺は池の反対側にいる。近くまで来るつもりはない」
「それでも聞こえるかもしれないぞ」
「どこまで離れればいい」
C.C.は指を地図に置いた。休憩所から道路を辿り、さらに橋を越えた先で止める。
「少なくとも、ここまでだ。前に私といた時より、強くなっているかもしれない」
「なら、その倍離れる」
建物を見張るにも、ルルーシュが潜む必要はない。扉の上へ小さなカメラを付け、映像を送るだけでいい。見つかれば壊されるだろうが、マオが建物へ入るまで確認できれば足りる。
問題はC.C.の方だ。
「あいつは、お前を撃つかもしれない」
「死なない女に言う台詞か?」
「撃たれて平気な女に言っているわけじゃない」
彼女が顔を上げた。ルルーシュは地図を折り、電話の横へ置く。
「お前が会うことには反対しない。だが、お前が無事に戻れるよう、手は打っておく」
「あいつをどうするつもりだ」
「銃を取り上げて、人の少ない場所で暮らさせる。少なくとも、他人の思考を聞き続けずに済むようにしたい」
「そのために閉じ込めるのか」
「銃を持ってナナリーを探すよりはいい。お前を連れ去るために誰かを殺すよりもな」
C.C.は返さなかった。電話を持ち上げたものの、番号を押さずに見ている。
「……私なら、まだ止められると思うか?」
「話を聞く相手は、お前しかいないだろう」
「そういう意味じゃない」
苛立ちを含んだ声だった。ルルーシュは椅子を引いて座った。
五歳の子供へ力を与えた女と、その力に追い詰められた男。今の二人の間へ、外から一言差し込んで解決するはずがない。C.C.にとっては、まだ終わっていないことだ。
「会ってみなければ分からない。お前が話している間は、俺から手を出さない」
「随分と、私を信用するんだな」
「信用していなければ、ここで相談していない」
C.C.は電話を耳へ当てた。
* * *
約束は午後三時になった。
C.C.が呼び掛けると、電話の向こうで何かが落ちた。続いて何度も彼女の名を呼ぶ声が聞こえた。ルルーシュには言葉の全ては聞き取れなかったが、C.C.の口元が固くなるのは見えた。
「一人で来い。私も一人だ」
それだけ告げ、彼女は電話を切った。
休憩所へ向かう前に、ルルーシュはC.C.へ一つの包みを渡した。中には小型のスタンガンが入っていた。
「話が通じれば、使わずに済む」
C.C.は包みの端を開けた。
「それを期待していない顔だぞ」
「期待だけでは、帰りの車を用意できない」
彼女はスタンガンを上着の内側へ収めた。目を伏せたまま、取り出す時に袖が邪魔にならないか確かめる。
「こいつは、私の心だけは読めない」
「知っている」
「……本当に、何もかも知っているんだな」
何もかもではない。その言葉を返すより先に、彼女は立ち上がった。
ルルーシュは入口まで付いていく。C.C.が扉へ伸ばした手に、自分の指を添えた。彼女が一瞬動きを止める。
「C.C.」
「何だ」
「帰ってこい」
彼女は、扉に掛けた手を下ろさなかった。
「私が逃げると思うのか」
「待つ方は、案外面倒なんだ」
「知った口を」
それでも手を振り払わず、指が離れるまでそこにいた。
* * *
帽子を被った男が休憩所へ入ったのは、三時より少し前だった。
C.C.は窓際に立っていた。男は入口で足を止め、サングラスを外す。白い髪の下から覗く顔は、写真で見るよりずっと幼く見えた。
「C.C.」
「久しぶりだな、マオ」
彼は笑った。声を上げ、そのまま数歩近づく。C.C.が動かないのを確かめると、両手を広げた。
「迎えに来てくれたんだね」
「話をしに来た」
「うん。うん、そうだ。まずは話そう。今度はちゃんと聞くよ。僕は君を探していたんだ。どこへ行っていたの?」
「お前の知らない所だ」
「教えてくれてもよかったのに」
マオは首を傾ける。笑みは消えない。C.C.の肩越しに窓を見て、耳を覆うヘッドホンの片側を持ち上げた。
「今日は静かだね」
「その方がいいだろう」
「君がいるだけでいい。君の声なら、いくらでも聞いていられる」
ヘッドホンから漏れる音を、C.C.は聞いた。自分の声だった。もっと幼い彼へ話した言葉が、切り取られて繰り返されている。
その先にある彼の長い年月を、彼女は知らない。
「マオ。今は私の声を聞け」
「聞いているよ」
「その録音じゃない。こっちだ」
彼は不思議そうにしたあと、ヘッドホンを首へ落とした。
C.C.はテーブルの向こう側へ座る。マオも椅子へ腰を下ろした。上着の裾が開き、腰に差した銃が見える。彼女はそこへ目を落とさず、顔を見た。
「その力は、どこまで聞こえるようになった」
「そんなことより、行く場所を決めようよ。静かな所がいい。君もここを選んでくれた。二人で住める所を探すんだ」
「お前の身体のことを聞いている」
「僕は平気だよ」
マオはテーブルの上へ手を置いた。指先は細かく震えていたが、本人は気づいていない様子だった。
「君さえいればね」
* * *
映像の中で、マオは笑い続けていた。
ルルーシュは車の後部座席で画面を見ている。彼女と離れてから、連絡はしていない。マオに聞かれる可能性のある通信を、C.C.へ送るつもりはなかった。
別の端末へ短い報告が届く。咲世子からだ。ナナリーは部屋に入り、スザクと昼食を取った。周辺に人影はない。
ルルーシュは確認の返事だけを送り、画面を戻した。
マオがテーブルへ身を乗り出している。C.C.の口が動くと、彼は子供のように何度も頷いた。言葉が聞こえない分、その喜びだけがよく見えた。
やがてC.C.が立ち上がった。
マオも立つ。彼女を追うように手を伸ばし、袖を掴んだ。
ルルーシュは画面へ顔を近づける。車の扉へ手は伸ばさなかった。
今ここで走り出せば、C.C.へ届く前に、マオを捕らえるつもりでいることまで伝わる。
映像の中で、マオが何か言った。
C.C.は掴まれた袖を見ていた。