コードギアス 君の知らない、その先へ 作:明日を願う旅人
「どこへ行くの?」
マオはC.C.の袖を握ったまま尋ねた。彼女は椅子の横に立っている。窓から入った日が、テーブルの端へ細い影を落としていた。
「窓を閉めるだけだ」
「僕がするよ」
「座っていろ」
彼は手を離した。C.C.が窓の留め金を下ろす間も、背中へ声を掛け続ける。
「昔みたいだね。君は僕に何でも教えてくれた。食事の作り方も、字も。今度は僕がやってあげるよ。もう子供じゃないんだ」
C.C.は留め金から指を離した。
「そうだな」
「君の言ったことは全部覚えている。全部だ。君の声だって、いつでも聞けるようにした」
「あれを、ずっと聞いていたのか」
「そうしないと、余計な声が入ってくるから」
マオは首へ掛けたヘッドホンに触れた。片方の耳当てを持ち上げようとして、C.C.が見ていることに気づくと下ろす。
「でも、もういらないね」
彼女の方へ両手を差し出した。
「君が帰ってきたんだから」
C.C.は席へ戻らなかった。テーブルの角を回り、マオから二歩離れた所に立つ。
「私は、お前と暮らしに来たんじゃない」
彼の手が下がった。
「……どうして?」
「ここで会って、話すために来た」
「話したよ。それなら次は――」
「次を約束してはいない」
マオはC.C.の顔を見つめた。笑おうとして、頬だけが引きつった。
「何か、僕が間違えた?」
「お前が間違えたから、来たんじゃない」
「じゃあ、どうしてそんなことを言うの」
椅子が倒れた。立ち上がったマオがテーブルを押し、C.C.の逃げ道を塞ぐように横へ移る。彼女は壁際へ退かなかった。
「他の誰かといるんだね」
「マオ」
「そうか。君はまた、誰かに力を与えたんだ。僕にしたのと同じように。今度はその人と一緒にいる」
C.C.は答えなかった。マオはそれを見て頷く。
「分かるよ。僕には君が聞こえないけど、そのくらい分かる」
「その人を探してどうする」
「君に会うなと言うだけだよ」
銃を抜く腕を、彼女は見た。
「それを置け」
「怖がらなくていい。君を撃ったりしない。そんなことはしないよ」
「私以外なら、撃つのか」
「邪魔をするならね」
マオは銃を下げたまま言った。何故それを責められるのか、本当に分からない顔だった。
C.C.は彼が座っていた椅子を起こした。背もたれを掴み、二人の間へ寄せる。
「お前の力を、静かにできる場所を探す」
「だから、二人で行こうと言っているんだ」
「私がいなくても、眠れる場所だ」
マオが椅子を蹴った。床を滑った脚が壁に当たり、大きな音を立てる。
「そんな場所はいらない!」
銃口が上がった。C.C.はマオの目を見ている。ヘッドホンの外から声が入らない今、彼の耳に届くのは彼女の声だけだった。
「私を切り刻んで、荷物にでもするか?」
マオは息を止めた。C.C.自身も、言ってしまってから唇を結んだ。
それはルルーシュから聞いた未来だ。そこまで行くのかと思うと、会う前には信じたくなかった。目の前の銃を見ても、まだ信じたくない。
「……それなら、離れずに済む」
マオは囁いた。
「君は死なない。元に戻れる。だったら――」
「嫌だ」
彼女が言った。
声の大きさではなかった。マオの口が閉じ、銃を握る指が強張る。
「私は嫌だ、マオ」
「君は、僕を置いていくんだね」
「お前の身体を治す方法は探す。だが、お前の望む形で一緒にはいられない」
彼はC.C.の顔を見た。何度も確かめるように見たあと、銃を下ろす。
「……君に嫌われたくなかった」
その声に、彼女は動けなくなった。
「君がいてくれれば、それだけでよかったのに」
マオが近づいた。今度は袖ではなく、彼女の両肩へ手を伸ばす。銃はまだ右手にあった。
C.C.はその手を外へ払い、胸元へ近づいた。マオが彼女を抱き留めようと左腕を回す。
「ごめん」
彼の耳元へ、声を落とした。
上着の内側に隠していたスタンガンが短い音を立てた。マオの身体が強張り、手から銃が落ちる。膝を折った彼をC.C.が支え、二人はその場へ崩れた。
彼女の膝の上で、白い髪が揺れていた。
「……マオ」
返事はなかった。胸が動いていることを確かめ、彼女は銃を手の届かない所へ押しやった。
* * *
画面の端から二人の姿が消えた。
ルルーシュはC.C.の番号へ電話を掛ける。三度鳴ったところで繋がった。
「C.C.。声を出せるか」
『来い』
「マオは?」
『気を失っている。……息はしている』
ルルーシュは運転席の男へ出発を告げた。休憩所へ行くことだけを知る運転手だ。治療をする医師とは別の場所で合流する段取りになっている。
車が橋を渡る間、C.C.は電話を切らなかった。ルルーシュは名前を呼び続けることも、何があったかを聞くこともしなかった。彼女の呼吸と、時折衣服が擦れる音を聞いていた。
休憩所の入口は開いていた。
ルルーシュが入ると、C.C.は床に座っている。マオの両腕には既にベルトが巻かれていた。彼女の上着が、彼の頭の下へ敷かれている。
「身体を運ぶ前に、医師に見せる」
C.C.は頷く。ルルーシュは床の銃を回収し、マオの顔を覗き込んだ。意識は戻っていない。前の世界で見た姿より、ずっと無防備に見える。
車から医師が来ると、C.C.は立ち上がろうとして床に手をついた。ルルーシュが腕を支えると、その手を掴んだまま横へ退く。
診察の間も、彼女はマオを見つめている。
「今ここで起こす必要はありません。ただ、運んだ後も経過を見ます」
医師はそれ以上の安心を約束しなかった。担架を持つ二人が入ってきて、マオを車へ運ぶ。C.C.は一緒に乗り、ルルーシュも隣へ座った。
病院へ大勢の患者と一緒に入れるわけにはいかない。借りた別棟の一室へ運び、当面はそこで診てもらう。出入りする人数を絞ることは、医師へ先に説明してある。
拘束だけでマオの力が止まるわけではない。意識が戻れば、診察する医師の考えまで聞こえる。部屋の外から経過を確認できるよう、機器も持ち込んでもらった。
ルルーシュ自身が処置室へ入るのは、彼が眠っている間だけだ。
車が揺れた。C.C.が担架の縁を押さえる。マオの首に掛かったヘッドホンへ触れかけ、手を戻した。
「外しておくか」
「……置いておけ。起きたら、必要だ」
ルルーシュは耳当てを胸の横へ寄せた。細いコードが、シートの隙間へ落ちないよう束ねる。
* * *
スザクから連絡が来たのは、マオを部屋へ運び入れた後だった。
『そちらは?』
「捕まえた。医師が診ている」
『ナナリーは変わりないよ。僕はそろそろ戻る。咲世子さんにも伝えた』
「助かった」
『まだ、学園に戻さない方がいい?』
「今夜だけ、そのままで頼む」
電話の向こうで、スザクが誰かへ声を掛けた。少し間があってから、ナナリーの声が届く。
『お兄様。夕食はどうなさいますか』
「悪い。少し遅くなる」
『C.C.さんも、一緒ですか?』
ルルーシュは窓の向こうを見た。C.C.が廊下の椅子に座っている。自分の手を見たまま、動かない。
「ああ。二人で行く」
『では、温め直せるものにしますね』
妹の声へ礼を言い、電話を切った。
処置室の前へ戻ると、C.C.が顔を上げる。
「守れたのか」
「ナナリーは無事だ。スザクも、予定どおり戻る」
「私を褒める必要はないぞ」
「妹のことを聞いたんだろう」
彼女は口を閉じた。ルルーシュは隣へ座る。
扉の向こうで物音がするたび、C.C.が顔を向けた。医師が出てきて呼吸と脈の状態を伝え、次に来る時間を告げる。ルルーシュは連絡先を渡し、マオが目を覚ました時には、自分ではなくC.C.へ知らせるよう頼んだ。
彼女の肩が、ほんの少し下がった。
「毎日来るのか」
「お前が来たいなら、車を出す」
「それは、あいつのためになると思うか?」
「会えば落ち着くとは限らない。だが、目を覚ました時に、もう二度とお前に会えないと思わせたくはない」
「また嘘をつくことになる」
「一緒に暮らすとは言っていないんだろう」
C.C.は両手を重ねた。上になった手の指を、もう片方で押さえる。
「何故お前は、そこまで私のことを知っている」
低い声だった。
「マオのことも。私があいつに何をしたかも。あいつが私に何をしようとするかまで」
「前に会ったと言ったはずだ」
「私には、そんな覚えはない」
「分かっている」
「分かっているなら、その顔をするな」
C.C.は立ち上がり、廊下を歩き始めた。ルルーシュも席を立って後を追う。
「どんな顔だ」
「私が何を言うか、知っている顔だ」
ルルーシュは息を吸った。マオを止められたことを伝えれば安心するだろう。以前のC.C.なら、これくらいの皮肉には応じただろう。そう考えて口にした言葉が、彼女には別の女へ掛ける言葉に聞こえている。
「……すまない」
「それもだ」
彼女は顔を背けた。ルルーシュは少し離れて、同じ廊下を歩く。
「お前が嫌なら、今日はもう話さない。送ってから、一人にする」
「何も聞かないのか」
「話したくなった時に聞く」
C.C.は足を止めた。窓の外では、迎えの車が待っている。
「今は、あの部屋へは戻りたくない」
「分かった」
ルルーシュは車へ連絡した。ナナリーにはもう一度電話を掛け、遅れるとだけ伝える。
C.C.が廊下の窓を開けた。冷たい空気が入り、彼女の髪が肩から流れる。ルルーシュは隣に立ち、開き過ぎた窓を少し戻した。