コードギアス 君の知らない、その先へ   作:明日を願う旅人

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本日4話目の更新です。前話をまだお読みでない方は、第20話からどうぞ。


第21話 ごめんと言うために

「どこへ行くの?」

 

 マオはC.C.の袖を握ったまま尋ねた。彼女は椅子の横に立っている。窓から入った日が、テーブルの端へ細い影を落としていた。

 

「窓を閉めるだけだ」

 

「僕がするよ」

 

「座っていろ」

 

 彼は手を離した。C.C.が窓の留め金を下ろす間も、背中へ声を掛け続ける。

 

「昔みたいだね。君は僕に何でも教えてくれた。食事の作り方も、字も。今度は僕がやってあげるよ。もう子供じゃないんだ」

 

 C.C.は留め金から指を離した。

 

「そうだな」

 

「君の言ったことは全部覚えている。全部だ。君の声だって、いつでも聞けるようにした」

 

「あれを、ずっと聞いていたのか」

 

「そうしないと、余計な声が入ってくるから」

 

 マオは首へ掛けたヘッドホンに触れた。片方の耳当てを持ち上げようとして、C.C.が見ていることに気づくと下ろす。

 

「でも、もういらないね」

 

 彼女の方へ両手を差し出した。

 

「君が帰ってきたんだから」

 

 C.C.は席へ戻らなかった。テーブルの角を回り、マオから二歩離れた所に立つ。

 

「私は、お前と暮らしに来たんじゃない」

 

 彼の手が下がった。

 

「……どうして?」

 

「ここで会って、話すために来た」

 

「話したよ。それなら次は――」

 

「次を約束してはいない」

 

 マオはC.C.の顔を見つめた。笑おうとして、頬だけが引きつった。

 

「何か、僕が間違えた?」

 

「お前が間違えたから、来たんじゃない」

 

「じゃあ、どうしてそんなことを言うの」

 

 椅子が倒れた。立ち上がったマオがテーブルを押し、C.C.の逃げ道を塞ぐように横へ移る。彼女は壁際へ退かなかった。

 

「他の誰かといるんだね」

 

「マオ」

 

「そうか。君はまた、誰かに力を与えたんだ。僕にしたのと同じように。今度はその人と一緒にいる」

 

 C.C.は答えなかった。マオはそれを見て頷く。

 

「分かるよ。僕には君が聞こえないけど、そのくらい分かる」

 

「その人を探してどうする」

 

「君に会うなと言うだけだよ」

 

 銃を抜く腕を、彼女は見た。

 

「それを置け」

 

「怖がらなくていい。君を撃ったりしない。そんなことはしないよ」

 

「私以外なら、撃つのか」

 

「邪魔をするならね」

 

 マオは銃を下げたまま言った。何故それを責められるのか、本当に分からない顔だった。

 C.C.は彼が座っていた椅子を起こした。背もたれを掴み、二人の間へ寄せる。

 

「お前の力を、静かにできる場所を探す」

 

「だから、二人で行こうと言っているんだ」

 

「私がいなくても、眠れる場所だ」

 

 マオが椅子を蹴った。床を滑った脚が壁に当たり、大きな音を立てる。

 

「そんな場所はいらない!」

 

 銃口が上がった。C.C.はマオの目を見ている。ヘッドホンの外から声が入らない今、彼の耳に届くのは彼女の声だけだった。

 

「私を切り刻んで、荷物にでもするか?」

 

 マオは息を止めた。C.C.自身も、言ってしまってから唇を結んだ。

 それはルルーシュから聞いた未来だ。そこまで行くのかと思うと、会う前には信じたくなかった。目の前の銃を見ても、まだ信じたくない。

 

「……それなら、離れずに済む」

 

 マオは囁いた。

 

「君は死なない。元に戻れる。だったら――」

 

「嫌だ」

 

 彼女が言った。

 声の大きさではなかった。マオの口が閉じ、銃を握る指が強張る。

 

「私は嫌だ、マオ」

 

「君は、僕を置いていくんだね」

 

「お前の身体を治す方法は探す。だが、二人で暮らすことはできない」

 

 彼はC.C.の顔を見た。何度も確かめるように見たあと、銃を下ろす。

 

「……君に嫌われたくなかった」

 

 その声に、彼女は動けなくなった。

 

「君がいてくれれば、それだけでよかったのに」

 

 マオが近づいた。今度は袖ではなく、彼女の両肩へ手を伸ばす。銃はまだ右手にあった。

 C.C.はその手を外へ払い、胸元へ近づいた。マオが彼女を抱き留めようと左腕を回す。

 

「ごめん」

 

 彼の耳元へ、声を落とした。

 上着の内側に隠していたスタンガンが短い音を立てた。マオの身体が強張り、手から銃が落ちる。膝を折った彼をC.C.が支え、二人はその場へ崩れた。

 彼女の膝の上で、白い髪が揺れていた。

 

「……マオ」

 

 返事はなかった。胸が動いていることを確かめ、彼女は銃を手の届かない所へ押しやった。

 

 * * *

 

 画面の端から二人の姿が消えた。

 ルルーシュはC.C.の番号へ電話を掛ける。三度鳴ったところで繋がった。

 

「C.C.。声を出せるか」

 

『来い』

 

「マオは?」

 

『気を失っている。……息はしている』

 

 ルルーシュは運転席の男へ出発を告げた。休憩所へ行くことだけを知る運転手だ。治療をする医師とは別の場所で合流する段取りになっている。

 車が橋を渡る間、C.C.は電話を切らなかった。ルルーシュは名前を呼び続けることも、何があったかを聞くこともしなかった。彼女の呼吸と、時折衣服が擦れる音を聞いていた。

 休憩所の入口は開いていた。

 ルルーシュが入ると、C.C.は床に座っている。マオの両腕には既にベルトが巻かれていた。彼女の上着が、彼の頭の下へ敷かれている。

 

「身体を運ぶ前に、医師に見せる」

 

 C.C.は頷く。ルルーシュは床の銃を回収し、マオの顔を覗き込んだ。意識は戻っていない。前の世界で見た姿より、ずっと無防備に見える。

 車から医師が来ると、C.C.は立ち上がろうとして床に手をついた。ルルーシュが腕を支えると、その手を掴んだまま横へ退く。

 診察の間も、彼女はマオを見つめている。

 

「今ここで起こす必要はありません。ただ、運んだ後も経過を見ます」

 

 医師はそれ以上の安心を約束しなかった。担架を持つ二人が入ってきて、マオを車へ運ぶ。C.C.は一緒に乗り、ルルーシュも隣へ座った。

 病院へ大勢の患者と一緒に入れるわけにはいかない。借りた別棟の一室へ運び、当面はそこで診てもらう。出入りする人数を絞ることは、医師へ先に説明してある。

 拘束だけでマオの力が止まるわけではない。意識が戻れば、診察する医師の考えまで聞こえる。部屋の外から経過を確認できるよう、機器も持ち込んでもらった。

 ルルーシュ自身が処置室へ入るのは、彼が眠っている間だけだ。

 車が揺れた。C.C.が担架の縁を押さえる。マオの首に掛かったヘッドホンへ触れかけ、手を戻した。

 

「外しておくか」

 

「……置いておけ。起きたら、必要だ」

 

 ルルーシュは耳当てを胸の横へ寄せた。細いコードが、シートの隙間へ落ちないよう束ねる。

 

 * * *

 

 咲世子から連絡が来たのは、マオを部屋へ運び入れた後だった。

 

『そちらはいかがですか』

 

「捕まえた。医師が診ている」

 

『ナナリー様はお変わりありません。まだ、学園にはお戻りにならない方がよろしいでしょうか』

 

「今夜だけ、そのままで頼む」

 

『承知しました。ナナリー様に代わります』

 

 少し間があってから、ナナリーの声が届く。

 

『お兄様。夕食はどうなさいますか』

 

「悪い。少し遅くなる」

 

『C.C.さんも、一緒ですか?』

 

 ルルーシュは窓の向こうを見た。C.C.が廊下の椅子に座っている。自分の手を見たまま、動かない。

 

「ああ。二人で行く」

 

『では、温め直せるものにしますね』

 

 妹の声へ礼を言い、電話を切った。

 処置室の前へ戻ると、C.C.が顔を上げる。

 

「守れたのか」

 

「ナナリーは無事だ。スザクも予定どおり軍へ戻った」

 

「私を褒める必要はないぞ」

 

「妹のことを聞いたんだろう」

 

 彼女は口を閉じた。ルルーシュは隣へ座る。

 扉の向こうで物音がするたび、C.C.が顔を向けた。医師が出てきて呼吸と脈の状態を伝え、次に来る時間を告げる。ルルーシュは連絡先を渡し、マオが目を覚ました時には、自分ではなくC.C.へ知らせるよう頼んだ。

 彼女の肩が、ほんの少し下がった。

 

「毎日来るのか」

 

「お前が来たいなら、車を出す」

 

「それは、あいつのためになると思うか?」

 

「会えば落ち着くとは限らない。だが、目を覚ました時に、もう二度とお前に会えないと思わせたくはない」

 

「また嘘をつくことになる」

 

「一緒に暮らすとは言っていないんだろう」

 

 C.C.は両手を重ねた。上になった手の指を、もう片方で押さえる。

 

「何故お前は、そこまで私のことを知っている」

 

 低い声だった。

 

「マオのことも。私があいつに何をしたかも。あいつが私に何をしようとするかまで」

 

「前に会ったと言ったはずだ」

 

「私には、そんな覚えはない」

 

「分かっている」

 

「分かっているなら、その顔をするな」

 

 C.C.は立ち上がり、廊下を歩き始めた。ルルーシュも席を立って後を追う。

 

「どんな顔だ」

 

「私が何を言うか、知っている顔だ」

 

 ルルーシュは息を吸った。マオを止められたことを伝えれば安心するだろう。以前のC.C.なら、これくらいの皮肉には応じただろう。そう考えて口にした言葉が、彼女には別の女へ掛ける言葉に聞こえている。

 

「……すまない」

 

「それもだ」

 

 彼女は顔を背けた。ルルーシュは少し離れて、同じ廊下を歩く。

 

「お前が嫌なら、今日はもう話さない。送ってから、一人にする」

 

「何も聞かないのか」

 

「話したくなった時に聞く」

 

 C.C.は足を止めた。窓の外では、迎えの車が待っている。

 

「今は、あの部屋へは戻りたくない」

 

「分かった」

 

 ルルーシュは車へ連絡した。ナナリーにはもう一度電話を掛け、遅れるとだけ伝える。

 C.C.が廊下の窓を開けた。冷たい空気が入り、彼女の髪が肩から流れる。ルルーシュは隣に立ち、開き過ぎた窓を少し戻した。

 

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