コードギアス 君の知らない、その先へ 作:明日を願う旅人
建物の裏へ回ると、細い道が林の中へ続いていた。
C.C.は入口に置かれたベンチへ座る。ルルーシュは隣へ腰を下ろし、持ってきた水を差し出した。彼女は受け取ったものの、蓋を開けずに両手で握る。
「医師から連絡が来れば、すぐ戻れる」
「聞いた」
ルルーシュは黙った。風が吹くたび、頭上の枝が擦れる。表の道を車が通ったが、林の向こうへ見えなくなると、また葉の音だけになった。
C.C.は水の容器を膝へ置いた。
「あいつは、私がいれば平気だと言った」
「ああ」
「昔もそうだった。私が話している間だけは、眠れた。他の声が聞こえていても、私の方を向いていた」
ルルーシュは彼女を見た。C.C.の目は、道の先へ向いている。
「子供だった。私が出ていけば、どうなるかくらいは分かっていたはずだ」
「それでも、出ていった」
「責めるか?」
「今から責めて、お前をあの時の家へ戻せるわけじゃない」
C.C.は口元を歪めた。
彼女は容器の蓋を回した。一口飲み、また閉める。少し強く締め過ぎたのか、最後に指を外す時、爪が滑った。
ルルーシュは手を伸ばしかけて止めた。
「……マオには、何が残る?」
「まずは静かな場所で休ませる。あいつが眠れる環境を整えたい」
「力は消えない」
「承知している」
「私が何度会いに行っても、また二人で暮らせると思うかもしれない」
「なら、会いに行っても一緒には暮らさないと、その都度はっきり伝えるしかない」
C.C.の目が、ルルーシュへ向いた。
「お前も、私に同じことを言われるかもしれないぞ」
「その時は聞く」
「聞くだけか?」
「何を嫌だと言われるかによる。あの部屋でお前が苦しんでいるのを見て、放っておくつもりはない」
C.C.は眉を寄せた。
「私のことを、どこまで知っている」
「お前が話してくれたことと、一緒にいた間に見たことだ」
「その女は、今の私と同じなのか?」
ルルーシュはすぐには答えなかった。
マオのことを聞いた時、彼女は自分の昔を覗かれたような顔をした。ピザの箱を見ても、以前のように身を乗り出さなかった。目の前の彼女が覚えていない時間を、彼だけが覚えている。
「俺にとってはお前だ。だが、お前も同じことを覚えているかのように話してしまった。悪かった」
「……未来の私なら、今日のことにも慣れているのか」
「慣れるはずがない」
今度は即座に返した。
「お前は、そんな女じゃない」
「何を根拠に」
「俺が一度死んだ後も、諦めずに連れ戻した。誰にでもできることじゃない」
彼女は容器を握ったまま、視線を落とす。
「随分と物好きな女だな」
「ああ。旅先で道を間違えたことまで、いつまでも覚えている」
「お前がか?」
「俺がだ」
その返事に、C.C.が小さく息を漏らした。笑ったのか、呆れたのか、ルルーシュには分からなかった。それでも、彼女の指から少し力が抜けた。
* * *
戻る途中で、C.C.が足を止めた。
林を抜けた先に車が待っている。ルルーシュは二歩進んでから振り向いた。
「どうした」
彼女は手を額へ当てていた。
「……今、ここを歩いた気がした」
「さっき通った道だ」
「そうじゃない」
C.C.は目を閉じる。石を踏む音が、耳の奥へ残っていた。傍らを歩く男は、今より少し背が高い。日の熱で乾いた風が吹いている。林ではない。建物の壁が白く、遠くから誰かが笑う声がする。
顔を上げると、目の前には灰色の空と木々があった。
「またか」
ルルーシュが近づいた。彼女は答えず、彼の顔を見る。
「前にも、何か見えていたんだな」
「お前が知る必要はない」
「倒れそうなら、支える必要はある」
彼が手を差し出すと、C.C.はその手首を掴んだ。
次の瞬間、彼女の身体が傾いた。ルルーシュは肩を抱き、道端の低い塀へ腰を下ろさせる。C.C.の指が袖へ食い込み、離れなかった。
「C.C.。聞こえるか」
聞こえていた。
同じ声が、幾つも重なっている。
洞窟の暗がり。雨の音。操縦席の中で、無理に笑おうとする顔。渡された服の袖に手を通した時の、妙な居心地の悪さ。呼ばれた自分の名。
泣いている少年を見た。憎まれることを選んだ皇帝を見た。名前を呼んでも返事をしない男を、抱き起こした。
そこで止まるはずの姿が、また顔を上げる。
自分を見ている。声を出す。ようやく取り戻した男へ、何を言ったかまで思い出した。
ばらばらに見えていた場面の間に、その前と後が繋がっていく。何故怒ったのか。何を失ったのか。どうして、それでも側に残ったのか。
今日のマオの顔が消えたわけではなかった。彼の身体を支えた手には、まだ重さが残っている。その手へ重なって、別の誰かの指を握った感触が戻る。
C.C.は目を開けた。
ルルーシュが膝をつき、彼女の顔を覗き込んでいた。袖を掴まれた腕を、そのままにしている。
「医師を呼ぶ。ここで待っていろ」
端末を出そうとした彼の手を、C.C.が押さえた。
「……ルルーシュ」
「何だ」
「道を間違えたんじゃない。お前は近道だと言い張ったんだ」
C.C.に押さえられたルルーシュの手は震えている。
「歩けば着くと。夕方までには着くと、そう言った。私が先に宿を取ろうと言ったのに」
C.C.は息を整えた。言葉を出すたび、喉の奥が痛んだ。
「結局、店が閉まっていた。翌朝になって、私が怒っていた理由を、腹が減ったからだと言ったな」
ルルーシュは彼女を見つめた。
誰にも話していない。ここへ戻ってから、あの時の喧嘩を口にしたことはない。旅の思い出として聞かせたこともない。
「……C.C.?」
「一度呼べば聞こえる」
彼女はそう答え、彼の頬へ手を伸ばした。触れると、確かに温かい。ここにいるのは、子供の頃の身体へ戻った男だった。
「お前は、どの時点から戻ってきたんだ」
「あの旅の途中からだ」
「そうか」
彼女は頷いた。手が震えて、指先が頬から落ちる。ルルーシュがその手を握った。
「思い出したのか」
「ああ」
「どこまで」
「お前を連れ戻したことも。その後、一緒にいたことも」
C.C.は彼の手を見た。
「今日、マオに会ったことも覚えているぞ。全部、私のことだ」
ルルーシュは口を開きかけた。そのまま閉じ、彼女の手を額へ当てる。
息を吐いた時、肩が大きく下がった。
C.C.は空いた手を彼の髪へ乗せた。昔より若い顔をしているくせに、下を向いてしまえば、ずっと一緒にいた男と変わらない。
「待たせたな」
ルルーシュが顔を上げた。
「本当に、お前なのか」
「まだ疑うのか? 他に旅先での失態を並べてやろうか」
その口元へ、ようやく見慣れた笑みが戻った。
彼は立ち上がり、C.C.を抱き締めた。急な動きに彼女の肩が揺れたが、今度は退かなかった。背中へ腕を回し、上着を握る。
「……会いたかった」
耳元で声がした。
C.C.は目を閉じた。何か気の利いた返事をしようとしたが、言葉より先に息が詰まる。
「私もだ」
それだけ言った。
* * *
車へ戻る時には、C.C.の歩き方は落ち着いていた。
ただ、後部座席へ座ってからも手は離さなかった。ルルーシュも端末を片手で扱い、ナナリーへ到着する時間を伝えた。
車が動き出す。C.C.は窓の外を眺めた。知っている街並みなのに、どこか違って見える。
「マオは、まだ生きているんだな」
「ああ」
「……そうか」
自分で倒した時のことを覚えている。戻った記憶の中では、自分が撃ったところまで知っている。C.C.は目を伏せ、繋いだ手へ少し力を込めた。
「目を覚ましたら、私が会う。お前は近づくなよ」
「分かっている」
「今度こそ、余計なことまで読まれる」
ルルーシュは頷いた。身体の状態は医師に確認してもらう。目を覚ましたマオに何を話すかは、C.C.と一緒に考えることになる。
彼女は窓から顔を戻した。
「ナナリーには、話したのか」
「ギアスのことも、戻ってきたことも」
「お前にしては早いな」
「前と同じには、したくなかった」
「あの子に押し切られたか?」
ルルーシュが眉を寄せた。
「何故すぐに、そちらへ話が行く」
「今の私にも、少しは分かることがある」
彼女は笑った。それから、自分の手を握る彼の指へ目を落とす。
「それで、お前の身体は?」
「今のところ、普通だ。ギアスは使える。自分で止めることもできる」
「コードの方は、確かめていないんだな」
「死んで試す気はない」
「当然だ」
即座に返し、C.C.は握った手を自分の膝へ引き寄せた。
話さなければならないことは山ほどあった。この時代で何を変えたのか。誰に何を伝えたのか。戻る直前の二人に何が起きたのかも、分かっていない。
マリアンヌとのことも、記憶が戻ったからといって解決したわけではない。ルルーシュが名を口にしかけると、C.C.は運転席へ目を向けて首を振った。
「それは二人だけの時だ」
彼は頷いた。
今は、ナナリーの所へ行く。妹が温め直してくれる夕食へ間に合えば、少しは話せるだろう。
C.C.が指で彼の手の甲を撫でた。
「ところで、私の荷物はどこだ」
「学園の部屋にある」
「ピザの箱もか?」
「まだ片づけていないはずだが」
「なら捨てるな。チーズくんは今度も手に入れなければな」
ルルーシュは彼女を見た。C.C.は涼しい顔で、その視線を受け止める。
「何だ」
「……いや」
今度は彼の方が笑った。
繋いだ手を離すと、C.C.が顔を向ける。ルルーシュは自分の腕を彼女の肩へ回し、身体を寄せた。
「帰ったら、箱の数を確かめろ」
「お前が数えておけ」
彼女はそう返し、彼の肩へ頭を預けた。
ここまで、書きたかったんです。