コードギアス 君の知らない、その先へ   作:明日を願う旅人

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本日5話目の更新です。前話をまだお読みでない方は、第21話からどうぞ。


第22話 同じ旅の続きを

 建物の裏へ回ると、細い道が林の中へ続いていた。

 C.C.は入口に置かれたベンチへ座る。ルルーシュは隣へ腰を下ろし、持ってきた水を差し出した。彼女は受け取ったものの、蓋を開けずに両手で握る。

 

「医師から連絡が来れば、すぐ戻れる」

 

「聞いた」

 

 ルルーシュは黙った。風が吹くたび、頭上の枝が擦れる。表の道を車が通ったが、林の向こうへ見えなくなると、また葉の音だけになった。

 C.C.は水の容器を膝へ置いた。

 

「あいつは、私がいれば平気だと言った」

 

「ああ」

 

「昔もそうだった。私が話している間だけは、眠れた。他の声が聞こえていても、私の方を向いていた」

 

 ルルーシュは彼女を見た。C.C.の目は、道の先へ向いている。

 

「子供だった。私が出ていけば、どうなるかくらいは分かっていたはずだ」

 

「それでも、出ていった」

 

「責めるか?」

 

「今から責めて、お前をあの時の家へ戻せるわけじゃない」

 

 C.C.は口元を歪めた。

 彼女は容器の蓋を回した。一口飲み、また閉める。少し強く締め過ぎたのか、最後に指を外す時、爪が滑った。

 ルルーシュは手を伸ばしかけて止めた。

 

「……マオには、何が残る?」

 

「まずは静かな場所で休ませる。あいつが眠れる環境を整えたい」

 

「力は消えない」

 

「承知している」

 

「私が何度会いに行っても、また二人で暮らせると思うかもしれない」

 

「なら、会いに行っても一緒には暮らさないと、その都度はっきり伝えるしかない」

 

 C.C.の目が、ルルーシュへ向いた。

 

「お前も、私に同じことを言われるかもしれないぞ」

 

「その時は聞く」

 

「聞くだけか?」

 

「何を嫌だと言われるかによる。あの部屋でお前が苦しんでいるのを見て、放っておくつもりはない」

 

 C.C.は眉を寄せた。

 

「私のことを、どこまで知っている」

 

「お前が話してくれたことと、一緒にいた間に見たことだ」

 

「その女は、今の私と同じなのか?」

 

 ルルーシュはすぐには答えなかった。

 マオのことを聞いた時、彼女は自分の昔を覗かれたような顔をした。ピザの箱を見ても、以前のように身を乗り出さなかった。目の前の彼女が覚えていない時間を、彼だけが覚えている。

 

「俺にとってはお前だ。だが、お前も同じことを覚えているかのように話してしまった。悪かった」

 

「……未来の私なら、今日のことにも慣れているのか」

 

「慣れるはずがない」

 

 今度は即座に返した。

 

「お前は、そんな女じゃない」

 

「何を根拠に」

 

「俺が一度死んだ後も、諦めずに連れ戻した。誰にでもできることじゃない」

 

 彼女は容器を握ったまま、視線を落とす。

 

「随分と物好きな女だな」

 

「ああ。旅先で道を間違えたことまで、いつまでも覚えている」

 

「お前がか?」

 

「俺がだ」

 

 その返事に、C.C.が小さく息を漏らした。笑ったのか、呆れたのか、ルルーシュには分からなかった。それでも、彼女の指から少し力が抜けた。

 

 * * *

 

 戻る途中で、C.C.が足を止めた。

 林を抜けた先に車が待っている。ルルーシュは二歩進んでから振り向いた。

 

「どうした」

 

 彼女は手を額へ当てていた。

 

「……今、ここを歩いた気がした」

 

「さっき通った道だ」

 

「そうじゃない」

 

 C.C.は目を閉じる。石を踏む音が、耳の奥へ残っていた。傍らを歩く男は、今より少し背が高い。日の熱で乾いた風が吹いている。林ではない。建物の壁が白く、遠くから誰かが笑う声がする。

 顔を上げると、目の前には灰色の空と木々があった。

 

「またか」

 

 ルルーシュが近づいた。彼女は答えず、彼の顔を見る。

 

「前にも、何か見えていたんだな」

 

「お前が知る必要はない」

 

「倒れそうなら、支える必要はある」

 

 彼が手を差し出すと、C.C.はその手首を掴んだ。

 次の瞬間、彼女の身体が傾いた。ルルーシュは肩を抱き、道端の低い塀へ腰を下ろさせる。C.C.の指が袖へ食い込み、離れなかった。

 

「C.C.。聞こえるか」

 

 聞こえていた。

 同じ声が、幾つも重なっている。

 洞窟の暗がり。雨の音。操縦席の中で、無理に笑おうとする顔。渡された服の袖に手を通した時の、妙な居心地の悪さ。呼ばれた自分の名。

 泣いている少年を見た。憎まれることを選んだ皇帝を見た。名前を呼んでも返事をしない男を、抱き起こした。

 そこで止まるはずの姿が、また顔を上げる。

 自分を見ている。声を出す。ようやく取り戻した男へ、何を言ったかまで思い出した。

 ばらばらに見えていた場面の間に、その前と後が繋がっていく。何故怒ったのか。何を失ったのか。どうして、それでも側に残ったのか。

 今日のマオの顔が消えたわけではなかった。彼の身体を支えた手には、まだ重さが残っている。その手へ重なって、別の誰かの指を握った感触が戻る。

 C.C.は目を開けた。

 ルルーシュが膝をつき、彼女の顔を覗き込んでいた。袖を掴まれた腕を、そのままにしている。

 

「医師を呼ぶ。ここで待っていろ」

 

 端末を出そうとした彼の手を、C.C.が押さえた。

 

「……ルルーシュ」

 

「何だ」

 

「道を間違えたんじゃない。お前は近道だと言い張ったんだ」

 

 C.C.に押さえられたルルーシュの手は震えている。

 

「歩けば着くと。夕方までには着くと、そう言った。私が先に宿を取ろうと言ったのに」

 

 C.C.は息を整えた。言葉を出すたび、喉の奥が痛んだ。

 

「結局、店が閉まっていた。翌朝になって、私が怒っていた理由を、腹が減ったからだと言ったな」

 

 ルルーシュは彼女を見つめた。

 誰にも話していない。ここへ戻ってから、あの時の喧嘩を口にしたことはない。旅の思い出として聞かせたこともない。

 

「……C.C.?」

 

「一度呼べば聞こえる」

 

 彼女はそう答え、彼の頬へ手を伸ばした。触れると、確かに温かい。ここにいるのは、子供の頃の身体へ戻った男だった。

 

「お前は、どの時点から戻ってきたんだ」

 

「あの旅の途中からだ」

 

「そうか」

 

 彼女は頷いた。手が震えて、指先が頬から落ちる。ルルーシュがその手を握った。

 

「思い出したのか」

 

「ああ」

 

「どこまで」

 

「お前を連れ戻したことも。その後、一緒にいたことも」

 

 C.C.は彼の手を見た。

 

「今日、マオに会ったことも覚えているぞ。全部、私のことだ」

 

 ルルーシュは口を開きかけた。そのまま閉じ、彼女の手を額へ当てる。

 息を吐いた時、肩が大きく下がった。

 C.C.は空いた手を彼の髪へ乗せた。昔より若い顔をしているくせに、下を向いてしまえば、ずっと一緒にいた男と変わらない。

 

「待たせたな」

 

 ルルーシュが顔を上げた。

 

「本当に、お前なのか」

 

「まだ疑うのか? 他に旅先での失態を並べてやろうか」

 

 その口元へ、ようやく見慣れた笑みが戻った。

 彼は立ち上がり、C.C.を抱き締めた。急な動きに彼女の肩が揺れたが、今度は退かなかった。背中へ腕を回し、上着を握る。

 

「……会いたかった」

 

 耳元で声がした。

 C.C.は目を閉じた。何か気の利いた返事をしようとしたが、言葉より先に息が詰まる。

 

「私もだ」

 

 それだけ言った。

 

 * * *

 

 車へ戻る時には、C.C.の歩き方は落ち着いていた。

 ただ、後部座席へ座ってからも手は離さなかった。ルルーシュも端末を片手で扱い、ナナリーへ到着する時間を伝えた。

 車が動き出す。C.C.は窓の外を眺めた。知っている街並みなのに、どこか違って見える。

 

「マオは、まだ生きているんだな」

 

「ああ」

 

「……そうか」

 

 自分で倒した時のことを覚えている。戻った記憶の中では、自分が撃ったところまで知っている。C.C.は目を伏せ、繋いだ手へ少し力を込めた。

 

「目を覚ましたら、私が会う。お前は近づくなよ」

 

「分かっている」

 

「今度こそ、余計なことまで読まれる」

 

 ルルーシュは頷いた。身体の状態は医師に確認してもらう。目を覚ましたマオに何を話すかは、C.C.と一緒に考えることになる。

 彼女は窓から顔を戻した。

 

「ナナリーには、話したのか」

 

「ギアスのことも、戻ってきたことも」

 

「お前にしては早いな」

 

「前と同じには、したくなかった」

 

「あの子に押し切られたか?」

 

 ルルーシュが眉を寄せた。

 

「何故すぐに、そちらへ話が行く」

 

「今の私にも、少しは分かることがある」

 

 彼女は笑った。それから、自分の手を握る彼の指へ目を落とす。

 

「それで、お前の身体は?」

 

「今のところ、普通だ。ギアスは使える。自分で止めることもできる」

 

「コードの方は、確かめていないんだな」

 

「死んで試す気はない」

 

「当然だ」

 

 即座に返し、C.C.は握った手を自分の膝へ引き寄せた。

 話さなければならないことは山ほどあった。この時代で何を変えたのか。誰に何を伝えたのか。戻る直前の二人に何が起きたのかも、分かっていない。

 マリアンヌとのことも、記憶が戻ったからといって解決したわけではない。ルルーシュが名を口にしかけると、C.C.は運転席へ目を向けて首を振った。

 

「それは二人だけの時だ」

 

 彼は頷いた。

 今は、ナナリーの所へ行く。妹が温め直してくれる夕食へ間に合えば、少しは話せるだろう。

 C.C.が指で彼の手の甲を撫でた。

 

「ところで、私の荷物はどこだ」

 

「学園の部屋にある」

 

「ピザの箱もか?」

 

「まだ片づけていないはずだが」

 

「なら捨てるな。チーズくんは今度も手に入れなければな」

 

 ルルーシュは彼女を見た。C.C.は涼しい顔で、その視線を受け止める。

 

「何だ」

 

「……いや」

 

 今度は彼の方が笑った。

 繋いだ手を離すと、C.C.が顔を向ける。ルルーシュは自分の腕を彼女の肩へ回し、身体を寄せた。

 

「帰ったら、箱の数を確かめろ」

 

「お前が数えておけ」

 

 彼女はそう返し、彼の肩へ頭を預けた。

 




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