コードギアス 君の知らない、その先へ 作:明日を願う旅人
千葉が広げた地図の隅には、指で押さえた跡が残っていた。
倉庫の事務室へ集まった四人は、外套を脱ぐより先に藤堂の移送先を告げた。チョウフ収容所。成田後に散った部隊の一人を追っていた諜報部が、藤堂の潜伏先を突き止めたという。
「今朝、搬入口を通る車を確認しました」
千葉が写真を置く。窓の小さな護送車と、その両側に付いた軍用車。撮影した角度は低く、舗装の割れ目が手前に大きく写っている。
「中佐の顔は見えたのか」
「降りるところを。ほかにも確認した者がいます」
ゼロは頷き、キョウトから届いた情報と照らし合わせた。建物の配置、守備隊の規模、搬入業者が使う西側の門。図面だけでは分からない増設部分を、四聖剣が現地で確かめてきている。
朝比奈が机へ両手をついた。
「軍事裁判を待っていたら、今度は中まで手が届かなくなる」
「今夜動く。判決を出させてからでは遅い」
ゼロが答えると、仙波が彼を見た。
「そのために機体を運ばせたのか?」
「藤堂中佐と君たちに乗ってもらうためだ。今夜は、その機体で中佐を迎えに行く」
隣の格納区画で、月下の起動音がした。搬入されてから二日、整備班は機体ごとに点検を進めている。四人はここへ到着してすぐ操縦席へ入り、操作系を合わせた。黒い指揮官用の一機だけが、まだ乗り手を待っていた。
卜部が腰に当てた手を下ろす。
「俺たちだけで飛び込むより、手はあるということだな」
「ある。だが、収容所を壊滅させる作戦ではない」
ゼロは地図の西側へ指を置いた。
「中佐をここへ連れ出す。君たちは外の守備隊を引き付け、迎えの機体へ乗せるまでの時間を稼げ」
「中へ入るのは?」
「私だ」
千葉の眉が動いた。扇が背後の棚から、搬入業者の作業予定を取ってくる。収容所へ今夜入る車両のうち、一台はキョウトと取引のある会社のものだった。修理用の部品と工具を届ける便だ。
車は借りる。運転する者も替える。門を通った後の警備員への対応は、自分が行う。
「中に協力者でもいるのか?」
「扉を開ける手段は用意する。外の戦闘は、侵入してから始めてくれ」
ゼロは写真を並べ直した。まず紅蓮と四機の月下を東側へ出し、守備隊をそちらへ引き付ける。その間に西門から黒い月下を入れ、藤堂を乗せる。搬送担当の一人が門まで操縦し、藤堂が来たら席を空ける。
藤堂を連れ出せたら、東側の五機も収容所の南を回り、西門へ合流する。全員が揃ったところで、倉庫へ向けて撤退する。
西門から外へ延びる道を、ゼロは指でたどった。その先に大きな倉庫がある。正面の搬入口から入り、左右に分かれた通路を抜ければ、裏の積み込み場へ出られる。
カレンは収容所と倉庫の間を指した。
「白兜が来たら?」
「倒すために囲むな。二機で白兜を止めている間に、残りは倉庫まで下がれ。そちらから援護が来たら、足止めしていた二機も退く」
「こちらまで追ってくるでしょう」
「倉庫の中で煙を張る。白兜から見えなくなったところで裏へ抜け、待たせた搬送車へ乗り込む」
千葉が図面を覗き込んだ。搬送車を待たせるのは倉庫の裏だ。積み込み場からは、用水路沿いに南へ向かう道と、西へ抜ける作業路を使える。
扇が地図へ、待機する車の数を書き込む。
「囮用の空の搬送車も一台用意した」
「囮は北の道で待機させろ。機体が倉庫を抜けたら、白兜に見える位置を走らせる。その間に本隊は機体を積み込み、南と西へ分かれて撤退する」
本隊の搬送車は三台、荷台の扉を開けて待たせる。先に下がった機体から積み込み、最後の一台へ紅蓮と指揮官用の月下を収める予定だった。
「白兜の前に出るのは、この五人だけだ。ほかの者は門と輸送を受け持つ。追い払ったからといって、勝手に追うな」
朝比奈がカレンへ目を向けた。
「紅蓮の乗り手か。背中を預ける前に、合わせておきたいね」
「今からでも」
カレンが立つ。四聖剣も椅子を引き、格納区画へ向かった。
* * *
作業車が門へ入る時、ルルーシュは帽子のつばを下げていた。
受付の兵が、荷物と書類を交互に見る。運転席のC.C.は窓を開けたまま、鍵を指で揺らしている。ルルーシュは助手席を降り、工具箱を持って兵へ近づいた。
「担当の方を呼んでもらえますか」
兵が顔を上げる。コンタクトを外した両眼に、赤い印が浮かんだ。
「私に従え。今夜の搬入は正常だと報告し、拘束されている藤堂の所まで案内しろ。私たちのことは口外するな」
返事をした兵が門の内側へ戻る。ルルーシュは工具箱の底から仮面を取り出し、作業着の上へ黒い外套を羽織った。
C.C.が車の窓から手を伸ばす。
「帰りもここだな」
「西の門へ車を寄せておけ。外から黒い月下が入ってくる」
「分かっている。急げ」
小さな受信機を耳へ入れ、兵の後を追った。建物の裏へ回る手前で、東側から爆音が響く。紅蓮と四機の月下が、守備隊の前へ姿を現した。
案内役の兵が、廊下へ続く扉を開ける。ゼロは角を曲がるたびに、退路の位置を確かめた。扇から届く通信が、外の機体を短く数える。
『白い機体が動いた。北の格納庫からだ』
「カレン、配置どおりだ。真正面から右腕を当てようとするな」
『分かっています』
外で甲高い金属音がした。
* * *
ランスロットが守備隊の列を越え、紅蓮へ向かってくる。
カレンは右腕を上げて迎えた。白い機体が輻射波動を警戒して横へ逸れると、月下の剣がその先へ差し込まれる。スザクは刃を受けず、機体を後ろへ跳ばした。
『卜部さん、右をお願いします』
『任せろ』
紅蓮と月下が二機で前へ出る。千葉たちの三機は背後の守備隊へ牽制を加え、退路を塞ごうとするサザーランドを押し戻した。
スザクは武器を持ち替え、紅蓮の足元へ弾を撃ち込んだ。跳び退いた一瞬に、白い機体が間を抜ける。
速い。
カレンは反転し、右腕を振り出した。スザクがブレーキを掛けたところへ卜部の剣が迫る。白兜は刃を受け流しながら、収容所へ通じる道へ顔を向けた。
『ゼロはどこだ!』
通信から響いた声に、カレンは歯を食いしばる。ランスロットが探しているのは、目の前の紅蓮ではなかった。
「こっちを見なさいよ!」
車輪を回し、進路へ機体を滑り込ませる。白い剣が右腕の爪へ当たり、操縦席まで衝撃が響いた。
* * *
藤堂は、開いた独房の扉を見上げた。
廊下に立つ黒い仮面を見てから、その背後の兵へ目を向ける。ゼロは案内役へ拘束を解くよう命じ、自分は扉の横へ寄った。
「四聖剣が迎えに来ている。私と来てくれ」
「外の音は、あの者たちか」
「そうだ。長くは待たせられない」
手首の金具が外れた。藤堂は腕を曲げ、指を握る。擦れた皮膚に血が滲んでいたが、立ち上がる足取りに迷いはなかった。
「全員いるのか」
「四人ともいる。西の門から出る」
ゼロが先に廊下へ出た。藤堂は兵の顔を一度見てから、彼を追う。
外へ通じる扉の前で、新たな兵が銃を構えた。案内役を前へ出し、警備責任者を呼ばせる。指示を受けた兵が近づいた時、ゼロは仮面の奥から目を合わせた。
扉が開く。C.C.の作業車の向こうに、黒い月下が待っていた。
「あれが君の機体だ。搭乗後は西へ。設定は整備班が説明する」
藤堂が機体を見上げる。ゼロは外の部隊へ通信を入れた。
「中佐を連れ出した。カレン、四聖剣、西門へ回れ」
東側で戦っていた五機が、収容所の南側へ下がり始める。外周の道を回り、先に千葉たちが西門へ近づいた。紅蓮と卜部の月下は白兜を牽制しながら、その後を追う。
最後の角を曲がったところで、ランスロットが卜部の剣をかわした。千葉の声が無線に入る。
『白兜が抜けます!』
ゼロは西門の南側へ目を向けた。紅蓮の肩越しに、白い機体が跳ぶ。進路を塞いだ月下の刃をかわし、西の門へ向かってくる。
作業車へ乗り込み、扉を閉めた。
「藤堂中佐、乗ってくれ。発進する」
黒い月下の操縦席が閉じる。C.C.が車を出すと、背後で機体の起動音が重なった。
スザクの声が、敵味方の無線へ割って入る。
『ゼロ! そこで止まれ!』
彼は名を呼ばなかった。ルルーシュは振り返らず、音声の送信先を切り替える。
「全機、撤退開始。藤堂中佐、白兜を止めてくれ。カレンは中佐の援護へ」
藤堂の月下が、追ってきたランスロットの前へ出る。白い剣が振り下ろされるより早く、黒い刃がその軌道を押した。火花が道路へ散る。
横から紅蓮の右腕が迫ると、スザクは藤堂への攻撃を切り上げた。二機が白兜を押さえている間に、四聖剣は西へ走る。先頭の朝比奈と仙波が倉庫の正面へ着き、搬入口の両脇から援護射撃を始めた。
「藤堂中佐、倉庫へ下がれ。カレンは右腕を見せてから退け。追う必要はない」
黒い月下が後退する。スザクが追おうとすると、紅蓮が間へ滑り込んだ。右腕に光が集まり、白兜が距離を取る。その隙にカレンも車輪を回し、藤堂に続いて倉庫へ向かう。
ゼロを乗せた作業車は、一足先に倉庫の脇道へ入っていた。C.C.が裏の積み込み場へ回ると、扇が待たせた三台の搬送車が見える。荷台へ続く斜路は、すでに下ろされていた。
「四聖剣は先に裏へ抜けろ。卜部、煙を張れ」
朝比奈と仙波が射撃を止め、倉庫へ入る。千葉と卜部も続き、左右の通路へ二機ずつ分かれた。卜部の月下が煙を撒くと、入口から積み込み場までの見通しが消える。
藤堂とカレンは、まだ正面にいた。ランスロットがハーケンを放ち、紅蓮の横の壁を砕く。カレンは右腕で次の攻撃を弾き、砕けた壁の陰へ退いた。
藤堂の剣が白兜の正面へ突き出される。スザクがそれを受け流す間に、紅蓮は倉庫の右の通路へ滑り込んだ。
「中佐、もういい。左の通路から抜けてくれ」
黒い月下が剣を引き、煙の中へ下がる。ランスロットは追って入口を越えたが、棚と仕切りに遮られ、二機の背を一度に捉えられなかった。
ゼロは車内の画面で、裏へ出た紅蓮を確認した。反対側の通路から藤堂の月下も現れる。予定より十一秒遅いが、四聖剣の機体はもう荷台へ上がり始めている。
『全機、倉庫を抜けた』
扇の声に、ゼロは送信器を握った。
「囮を出せ。搬送車は積み込みが済んだ順に発進」
倉庫の北側で、空の搬送車が走り出す。建物を抜けてきたランスロットの前を横切り、北の道へ向かった。スザクは煙越しに見えた車を追い、積み込み場とは反対側へ機体を向ける。
カレンと藤堂は、最後の一台へ乗り込んだ。荷台で機体を固定すると、操縦席を開けて降りる。扇が二人を助手席へ急がせ、後ろの扉が閉まるのを待って運転手へ合図した。
紅蓮と黒い月下を収めた車は南へ、四聖剣を乗せた二台は西の作業路へ抜けていく。
C.C.は作業車を乗り捨て、裏で待たせていた別の車へゼロと移った。搬送車が去った積み込み場を離れる頃には、ブリタニアの捜索灯が倉庫の屋根を照らしていた。
* * *
乗り換えた車で、ゼロは仮面を外した。
C.C.が曲がり角の先を確かめ、速度を落とす。無線からは、別の道を通った搬送車の報告が続いていた。
「白兜が追ったのは?」
「北へ回した空の搬送車だ。一度は撒けたが、捜索は続いている。まだ仮面はしまうな」
C.C.が鏡越しに彼を見る。
「随分と騒がしい出迎えだったな」
「あいつを倒そうとしなかった分だけ、早く帰れる」
耳の受信機へ手を当てると、扇が全員の帰路を報告した。機体の損傷はある。卜部の月下は腕を直す必要があるが、搭乗員は全員動ける。
ルルーシュは背もたれへ身体を預け、息を吐いた。
今度のスザクも、やはり速かった。知っている動きに合わせて道を塞いでも、一つずつ抜けてくる。それでも、藤堂は別の車に乗り、四聖剣と一緒に戻っている。
『ゼロ』
受信機から藤堂の声がした。ルルーシュは送信器を持ち上げる。
「何だ」
『一度会って、話をしたい。今夜の礼も含めてな』
「こちらも、そのつもりだ。まずは戻ってくれ」
通信を切った彼へ、C.C.が手を差し出した。ルルーシュは持ち上げた仮面をその手へ預け、車窓に映る街灯を見た。