コードギアス 君の知らない、その先へ 作:明日を願う旅人
倉庫の奥に置いた簡易の寝台から、藤堂は朝になる前に起きてきた。
手首には包帯を巻いている。顔の傷にも処置を受けたが、歩くことに支障はない。先に起きていた千葉が椅子を勧めると、藤堂はその隣へ座り、卓上の地図を見た。
ゼロは、夜のうちに集まった報告を机へ並べる。損傷した月下は一機、紅蓮は右腕の爪に交換が必要。搬送車はすべて別の保管場所へ戻っていた。
「ほかの者に怪我は?」
「打撲が二人。手当てを受けて休んでいる」
藤堂は地図から顔を上げた。
「昨夜は世話になった」
「では、改めて頼もう。我々の力になってほしい」
ゼロは椅子を引いて座った。扇とカレンも、藤堂の返答を待つ。
四聖剣は全員この部屋へ来ている。休んでいた玉城が廊下を通り、扉の隙間から一度覗いた。扇が手を振って、席に戻るよう促す。
「我々に何を任せたい」
「部隊の指揮と訓練だ。全体の作戦は私が組む。実行する時、現場で部隊をまとめられる者が要る」
「部隊をまとめるなら、兵の訓練からだな」
「ああ。戦場へ出る者は鍛えてもらう。輸送や補給、住民との連絡を担う者もいるから、全員ではない」
藤堂の目がカレンへ向いた。彼女は椅子へ浅く腰掛け、包帯を巻いた彼の手から視線を戻した。
「昨夜の紅蓮は、あなたか」
「はい」
「よく白兜を押さえていた」
「一人では、抜けられていました。卜部さんが戻ってくれたので」
卜部が腕を組んだまま頷く。藤堂はゼロへ顔を戻した。
「黒の騎士団は、日本を取り戻すために戦うのか」
「日本人が不当に扱われる現状は変える。だが、ブリタニアと戦うこと自体を目的にはしない」
「交渉だけで変えられると思っているわけではあるまい」
「だから、君たちに来てほしい」
ゼロは成田で配った警告と、退避の記録を出した。軍が攻めると知り、彼らには先に離れるよう勧めた。日本解放戦線がその場で戦うと決めたことも、藤堂は知っている。
「あの戦場へ主力を入れて、コーネリアを狙う道もあった。だが、私は戦力の温存を選んだ」
「避難へ人を回したと聞いた」
「使える車と人員を回した。住民を戦場の外へ運び出すためだ」
千葉が資料の端へ目を落とす。藤堂はしばらく黙り、警告の文面を読んでから机へ戻した。
「では、日本人が暮らせる条件が整えば、戦いを止めるか」
「そのために戦っている。日本を戦場にし続ける理由がなくなれば、別の仕事をする。だが、不当な暴力が再び蔓延するなら戻る」
藤堂は背もたれへ身体を預けた。頷いたのは、少し間を置いてからだった。
「私は部隊を見よう。まず一緒に動いて、どこまで任せられるか確かめる」
「こちらも、君の判断を聞きたい。作戦の前には必要な情報を渡す」
「承知した」
朝比奈が口元へ手を当てた。少し笑っている。
「まず、月下を置く場所から決めませんか。昨夜は荷台で寝るところでした」
扇が倉庫の見取り図を出す。藤堂は資料を脇へ寄せ、その図へ身を乗り出した。
* * *
昼を過ぎると、倉庫の外れにある資材置き場へ機体が並んだ。
廃材と空のコンテナを寄せ、二機がすれ違える幅の道を作る。古い舗装には白い印を付け、曲がる位置を示した。移動と連携を確かめる訓練だ。機体の位置は計測され、事務室の画面へ送られてくる。
卜部の月下を先頭に、玉城の無頼、仙波の月下、もう一機の無頼が走り出した。ゼロは画面の計測ボタンを押す。
『玉城、曲がり角の手前で止まれ』
玉城が無頼を止める。その先では、卜部の月下が角を曲がり、進路を確かめていた。仙波は玉城の横へ機体を寄せ、遅れている最後尾の無頼を待つ。
『後ろが追いついた。二機とも進め』
仙波の報告を受けて、玉城が再び走り出す。仙波の月下が先に角を抜け、無頼の二機はその後へ続いた。
以前は先頭だけが先へ進み、後続を待つたびに隊列全体が止まっていた。今は月下が前方を確かめている間に、無頼が追いつける。ゼロは画面上の四つの印を見ながら、次にカレンを出す時刻を確かめた。
『右から一機。そちらは進路を変えずに通れ』
紅蓮が横の道から現れた。玉城の無頼が、そちらへ向き直りかける。仙波が隣へ付くと、玉城は進行方向へ機体を向け直した。
カレンの右腕が、最後尾の機体を指す。
『狙われていますよ、後ろ!』
『分かってる!』
玉城が声を張る。藤堂がその返事に重ねた。
『分かっているなら、どこからかを伝えろ』
『右のコンテナ! 紅蓮が一機!』
前を走っていた卜部の月下が反転し、紅蓮の進路へ出た。その間に仙波が無頼の二機を誘導し、次の曲がり角を抜ける。
ゼロは時計を止めた。予定より四秒遅れ。ただし、列は一度も完全には止まっていない。
隣で扇が記録を付け、ラクシャータは機体ごとの出力を見比べた。
「玉城のブレーキ、まだ戻りが遅い?」
「機体のせいだけではない。角へ入る前に踏み過ぎている」
「ああ。癖が残ってるのね」
彼女が技術者を呼び、玉城の無頼を次の組から外した。整備班が機体へ向かう間、藤堂は操縦席の玉城へ、減速を始める位置を説明していた。
ゼロは作戦図を引き寄せた。全員を同じ速度で走らせる必要はない。遅い機体をどこへ置き、速い機体をどこで先に出すか。その組み合わせを実行できる指揮官が、外にいる。
藤堂から通信が来た。
『次は、入口を一つ塞いでやりたい』
「赤い印の通路を使え。残り二つへ分ける。千葉に後ろの組を任せてくれ」
『了解した』
藤堂の月下が方向を変える。千葉が無頼の後ろへ回り、二つ目の組を待った。
ゼロは新しい計測を始める。今度は、七秒後にカレンを出す。
* * *
訓練が終わる頃には、玉城の声は少し掠れていた。
操縦席から降りると、水を受け取り、一気に半分ほど飲む。朝比奈が横を通り、空いた台の上へ自分の手袋を置いた。
「よく喋ったね」
「報告しろって言ったのは、そっちだろ」
「そうそう。ちゃんと返ってくるから、こちらも動きやすかった」
玉城は瓶を下ろし、朝比奈の顔を見た。からかわれたと思ったらしいが、相手はもう機体の方へ向いている。
「……だったら、最初からそう言えよ」
卜部が二人へ声を掛け、次の訓練の日を告げた。玉城は予定を書き留めようとし、紙を持っていなかったので、扇を探しに歩いていく。
カレンは操縦席から記録用の端末を持ち出した。ラクシャータへ渡すと、彼女は画面を見て、右腕を動かした時刻を二つ示す。
「ここと、ここ。昨夜の白兜と同じつもりで振ってるわね」
「あの速度を覚えておきたくて」
「いいけど、相手の方から来てくれない時もあるでしょ。次は月下を相手に、距離を変えてみて」
カレンは頷いた。端末を受け取り、藤堂たちが並べている機体へ向かう。千葉が彼女を見つけ、今日のすれ違いで感じたことを尋ねていた。
夕方になっても、倉庫には人の声が残った。機体を止める時間が来ると、技術者が一台ずつ電源を落とすよう呼び掛ける。朝比奈が先に降り、まだ記録を見ていた玉城へ梯子を指した。
ゼロは事務室の窓を閉め、明日の予定を扇へ返した。
「藤堂中佐の組と、カレンの組を別々に回せる。連絡は二系統に分けてくれ。輸送車は今までどおり君が見る」
「了解。午後は整備に回せる機体が増えるな」
「ああ。訓練に全部出す必要もなくなる」
扇は空いた欄へ担当者の名を書き、棚へ紙を留めた。
藤堂が事務室へ戻ってきた。ゼロは訓練の記録を閉じ、収容所の図面を机へ広げる。
「昨夜の撤退で、倉庫へ入る前に一度詰まった。君からはどう見えた」
「紅蓮へ射撃が集中した時か。あそこで卜部を戻すと、後ろの三機まで止まる」
「だから、次の角に下がった側から援護させた」
ゼロが出口の線を指でたどる。藤堂は隣の通路へ指を置いた。
「私が出る前に、こちらの組を発進させてもよかった。月下なら追いつける」
「君の機体の損傷を確かめてから、と考えていた。乗り手が替わったばかりでもあったからな」
「昨夜はそれでよい。次からは、こちらで判断して伝えよう」
ゼロは図面を畳み、藤堂へ渡した。
「なら、明日は搬送車への積み込みも合わせてくれ。戦いが終わってからの手順まで含める」
「承知した」
藤堂が図面を手に格納区画へ戻る。四聖剣へ話す声を聞きながら、ゼロは次の作戦用に開いていた地図へ目を移した。
* * *
クラブハウスへ戻ったルルーシュを、スザクが裏の通路で待っていた。
軍服ではなく、学園の制服を着ている。庭を横切って来る彼を見て、ルルーシュは鞄を持ち直した。
「いつからいた」
「今来たところ。少し話せる?」
人の通る玄関を避け、二人は庭の端へ移った。スザクは、建物の窓へ一度目を向けてから言う。
「藤堂さんは?」
「無事だ。昨日のうちに手当てを受けた」
「そう」
スザクの息が少し緩んだ。それからルルーシュの顔を見て、口元を引き締める。
「だから、あれでよかったとは言わないよ」
「分かっている。お前も手を抜かなかった」
「当たり前だ。君を見つけたら、捕まえるつもりだった」
ルルーシュは、ああ、と返した。スザクの指が制服の袖をつまみ、すぐ離す。
「あの車にいたんだね」
「さてな」
「そこは答えないんだ」
「友人に話すことと、敵の操縦者に教えることは選ばせてもらう」
スザクは呆れたように息を吐いた。だが、目は逸らさない。
「次も、僕は止めるよ」
「こちらも、捕まるつもりはない」
しばらく二人で立っていた。スザクも藤堂の所在を聞き直さなかった。
ルルーシュが鞄を持つ手を替えると、スザクが初めて少し笑う。
「肩、痛そうだけど」
「お前ほどの体力はない」
「救出のたびに、自分で中へ入らない方がいいんじゃない?」
「だが、キングが動かなければ部下はついてこないだろう」
会話を切ったのは、二階の窓が開いた音だった。C.C.が窓枠へ肘を置き、下を見ている。
「いつまで立っている。ナナリーが待っているぞ」
スザクが彼女へ顔を向けた。ルルーシュの部屋にいる緑の髪の女へ目を止め、友人へ視線を戻す。
「……聞きたいことが増えた」
「その話は後だ。まずナナリーに顔を見せてやってくれ」
玄関の方から咲世子が声を掛ける。スザクは彼女へ挨拶を返し、ルルーシュと並んで階段を上がった。