コードギアス 君の知らない、その先へ   作:明日を願う旅人

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第26話 隣の席の未来

 C.C.が部屋へ入ってきた時、ルルーシュは昨日の訓練記録を見ていた。

 彼女は机の端へ帽子を置き、ルルーシュの椅子に掛けてあった上着を取る。彼が目を上げると、その上着が膝へ落ちてきた。

 

「何だ、これは」

 

「外へ出る用意だ」

 

「昼までに、この記録を――」

 

「藤堂が見ると言っていたぞ。扇も、整備の予定は決めたと言っていた」

 

 ルルーシュは端末の時計へ目を向けた。確かに、午後の打ち合わせまで時間はある。C.C.も外へ出る服に着替えていた。

 

「何か買いに行くのか?」

 

「服だ。お前が持ってきたものだけでは足りない。あと、街を見たい」

 

 彼女は窓際へ立ち、帽子を被ってみせた。長い髪を上着の襟へ収め、鏡の前で少し首を傾ける。

 

「似合うか?」

 

「目立つ髪は隠せている」

 

「それは分かる。似合うかと聞いたんだ」

 

 ルルーシュは端末を閉じた。

 

「似合っている」

 

「最初からそう答えろ」

 

 彼女は満足したらしく、帽子を取って鞄へ入れた。ルルーシュが上着を着るのを待ち、先に扉へ向かう。

 廊下へ出ると、ナナリーが咲世子と一緒に居間から来た。

 

「お出掛けですか?」

 

「ああ。午後には戻る」

 

「お買い物でしたら、便箋をお願いしてもよろしいですか。いつものものが、あと少しなのです」

 

 咲世子が残っていた便箋を一枚渡す。ルルーシュは折らずに鞄へ収め、妹の手へ触れた。

 

「同じものを探してくる。なければ、近いものを見てもらう」

 

「ありがとうございます」

 

 C.C.が扉を開ける。ナナリーは二人の足音を聞いて、楽しんできてください、と言った。

 

 * * *

 

 休日の通りには、朝から買い物客が出ていた。

 ルルーシュは通りの反対側にある軍の車へ目を向け、横断歩道の手前で止まる。C.C.は隣へ並び、帽子の位置を直した。

 信号が変わると、二人は人の流れに沿って道を渡った。

 

「昔の店が、まだあるな」

 

 C.C.が窓の広い衣料品店を見上げる。ルルーシュは彼女の視線の先を見て、少し眉を上げた。

 

「ここへ来たことがあるのか」

 

「お前と旅をする前にも、私は生きていたんだぞ」

 

「分かっている」

 

「その返事は便利だな」

 

 入口へ進んだ彼女の背を追う。店員が挨拶をし、二人へ服の並ぶ区画を示した。

 C.C.は上着を二枚取り、片方をルルーシュへ渡した。鏡の前で身体へ当て、別の色を見に行く。彼は渡された服を持ったまま、ナナリーの便箋を扱いそうな店を端末で調べた。

 

「そちらの方のお好みも伺いますか?」

 

 店員に声を掛けられ、ルルーシュは顔を上げた。C.C.が振り向き、返答を待っている。

 

「その色がいいと思います」

 

「だそうだ。これを試そう」

 

 C.C.が試着室へ入ると、店員は笑って、手に持っている方も預かってくれた。

 ルルーシュは椅子へ座った。仮面もなく、通信の受信機も耳に入れていない。膝の上へ置いた鞄には、地図の代わりに妹の便箋が一枚入っていた。

 隣の試着室から子供が飛び出し、母親に捕まえられる。袖を通していない上着を頭から外され、子供は鏡へ走った。ルルーシュはその背を見て、少しだけ口元を緩めた。

 

「何を笑っている」

 

 C.C.が新しい服で出てくる。

 

「待たされるのも、久しぶりだと思ってな」

 

「旅の間は、私の方が待つことが多かった」

 

「その話を店でするな」

 

 彼女は鏡へ向き直り、裾を整えた。ルルーシュが立つと、袖の長さを見せるように腕を差し出してくる。

 彼は布をつまみ、手首のところで軽く折った。

 

「このくらいか。少し直してもらえばいい」

 

「そうだな」

 

 店員を呼び、寸法の確認を頼む。C.C.は鏡越しに彼を見て、笑った。

 

 * * *

 

 便箋は二軒目で見つかった。

 同じ柄のものを二冊買い、ナナリーが手で確かめやすい厚さの封筒も選んだ。C.C.は店の奥から小さな帳面を持ってきて、会計する品の上へ置く。

 

「それも要るのか?」

 

「お前が紙の裏へ書いた道順を、今度はなくす前にここへ写す」

 

「なくしたことがあるように言うな」

 

「ある」

 

 ルルーシュは黙って帳面も会計へ出した。彼女は満足そうに受け取り、鞄へ収める。

 昼が近づくと、表通りの店は混み始めた。二人は一本奥の道へ入り、小さな喫茶店を見つけた。窓際には客がいたが、奥は空いている。

 案内された席は、背の高い鉢植えと木の仕切りで、隣の席から半分隠れていた。ルルーシュは入口に背を向け、C.C.は向かいへ座る。

 注文した食事が来るまで、彼女は買った帳面を開いた。

 

「まずは、この店を書いておくか」

 

「気に入ったのか?」

 

「お前と二人で来た店だぞ」

 

「……まだ料理も来ていない」

 

 C.C.が笑った。ルルーシュは足元の袋を脇へ寄せ、献立へ目を落とす。その時、入口の方から明るい声がした。

 

「ここなら少し座れそうですね」

 

 呼吸が止まる。

 顔を向けるより先に、C.C.の目が入口へ動いた。彼女は一度だけルルーシュを見て、帳面を閉じる。

 

「動くな」

 

 唇だけで言った。

 席へ案内される足音が、仕切りの向こうを通る。帽子を被った桃色の髪の女性が、一瞬だけ鉢植えの隙間に見えた。続いて、制服ではないスザクの肩が通り過ぎる。

 ユーフェミア。

 ルルーシュは手元の献立を持ち上げた。振り返れば、すぐ近くに異母妹のユーフェミアがいる。彼女は自分を死んだと思っている。ここでルルーシュの生存を知れば、声を抑えてくれるとは限らない。

 C.C.が机の下で彼の靴へ爪先を当てた。ルルーシュは頷き、献立を戻す。

 仕切りの向こうで、椅子を引く音がした。

 

「表には伝えてあります。帰る時は、声を掛けてください」

 

「ええ。今日はちゃんと、ご迷惑をお掛けしないようにします」

 

 スザクとユーフェミアの声だった。護衛が同行しているらしい。ルルーシュは入口へ通じる通路を確かめたが、今動けば二人の席の脇を通る。

 給仕がこちらへ食事を運んできた。ルルーシュは顔を上げ過ぎないように受け取り、礼を言う。C.C.も皿を自分の前へ寄せた。

 

「冷めるぞ」

 

 低い声に、彼はフォークを取った。

 隣へ注文を取りに行った給仕が離れると、ユーフェミアの声が、少し小さくなる。

 

「この辺りを歩いていると、皆さん普通に買い物をしていらっしゃいますよね。でも、日本人の方は同じようには暮らせないのだと、さっきのお店で聞きました」

 

「店によっては、入ること自体を断られます」

 

「……自分の国だった場所なのに」

 

 ルルーシュは皿から目を上げた。C.C.が食べる手を緩め、仕切りの向こうへ耳を傾けている。

 

「もし、日本人と名乗って暮らせる場所を作れたら。そこではイレヴンという呼び方をやめて、お仕事も学校も、同じように選べるようにするんです」

 

「エリアの中に、ですか?」

 

「はい。まだ、私がそうできたらと思っているだけですけれど」

 

 フォークを握る指に力が入る。

 ユーフェミアは、もう特区を考えている。まだ構想の段階だ。ルルーシュは仕切りの向こうへ耳を澄ませた。

 

「そこへ来れば、今の生活を捨てても安心できる。それくらいの場所にできたらいいのですが」

 

「住む場所と仕事がなければ、来たくても来られない人はいると思います」

 

「そうですよね。名前だけでは、暮らしていけませんものね」

 

 ユーフェミアの声が少し下がる。隣の席へ飲み物が運ばれ、会話は一度途切れた。

 ルルーシュは握っていたフォークを皿の端へ置いた。

 C.C.が、食べ終わったかと目で尋ねた。彼は頷き、机へ代金を置く。

 向こうでは、スザクが窓側の椅子へ移っていた。店の奥から出てきた給仕が、その間を盆を持って通る。C.C.が先に立ち、彼の席を隠すように通路へ入った。

 ルルーシュは鞄と袋を持ち、彼女の後を追った。通りへ出たところで、普通の服を着た男が店の入口を見ている。こちらの荷物へ目を向けたが、すぐ通りの向こうへ視線を戻した。

 二人は歩調を変えず、角を曲がった。

 

 * * *

 

 しばらく歩いてから、C.C.が帽子を持ち上げた。

 

「あそこで会うとはな」

 

「俺も考えていなかった」

 

「振り向かなくてよかった。あの子は、お前を見たら席から飛び出してきただろう」

 

 ルルーシュは店のある方へ目を向けた。今は建物の角に隠れて、看板も見えない。

 

「特区か」

 

 C.C.の問いに、彼は頷く。

 

「まだ構想だ。だが、あれでは続かない」

 

「潰す気か?」

 

「潰したくない。だが、あのまま始めさせるわけにもいかない」

 

 彼は街路の端へ寄り、鞄から端末を出した。C.C.が隣へ立ち、通りを行く人と彼の手元を交互に見る。

 

 参加者の住居と仕事、特区の外に残る者への扱い。続けて、軍の立ち入り権限とユフィが去った後の運営についても書き込む。

 ざっと考えただけでも、問題はいくつも浮かぶ。一つずつ解決するにも、エリアの仕組みに手を入れなければならない。

 

 ほかのエリアにも特区を求める声が広がれば、ユフィに掛かる圧力も増す。コーネリア一人で庇いきれる規模ではない。

 

「あいつ一人に背負わせていい話じゃない」

 

「なら、そう言ってやれ」

 

「……まずはスザクだ。ユフィの考えを聞いてから話す」

 

 ルルーシュは書きかけのメモを保存し、端末を閉じた。

 C.C.が彼の上着の袖を引く。

 

「特区が続いたら、騎士団はどうする」

 

「騎士団は中華連邦へ移す。あちらでも我々の力は要る。日本で暮らしたい者は残ればいい」

 

 中華連邦で協力者を増やし、戦力を蓄える。

 

「星刻と組むのか?」

 

「ああ。まずはキョウトを通じて連絡を取る。今度は、あの男にも無理ばかりさせたくない」

 

 ……そういえば、あの男は最後まで無茶をしていたくせに生きていた。あれだけ血を吐いて戦い続けていたのに、どういうことだ。

 

 C.C.は、あの天子の所か、と小さく言った。ルルーシュは頷く。

 通りの向こうで、信号が変わった。

 

「急ぐぞ。午後の会議の前に、ナナリーへ便箋を届けておきたい」

 

 C.C.が笑い、彼の腕へ自分の腕を絡めた。

 ルルーシュは片手へ二つの袋をまとめ、二人で横断歩道を渡る。渡った先でC.C.が足を止め、露店の棚へ目を向けた。

 

「まだ買うのか?」

 

「お前にも、帽子を買ってやる」

 

「持っている」

 

「献立で顔を隠すよりはましだ」

 

 彼女は棚から一つ取り、ルルーシュの頭へ乗せた。

 




今回のC.C.の私服イメージです。AI絵です。


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