コードギアス 君の知らない、その先へ 作:明日を願う旅人
C.C.が部屋へ入ってきた時、ルルーシュは昨日の訓練記録を見ていた。
彼女は机の端へ帽子を置き、ルルーシュの椅子に掛けてあった上着を取る。彼が目を上げると、その上着が膝へ落ちてきた。
「何だ、これは」
「外へ出る用意だ」
「昼までに、この記録を――」
「藤堂が見ると言っていたぞ。扇も、整備の予定は決めたと言っていた」
ルルーシュは端末の時計へ目を向けた。確かに、午後の打ち合わせまで時間はある。C.C.も外へ出る服に着替えていた。
「何か買いに行くのか?」
「服だ。お前が持ってきたものだけでは足りない。あと、街を見たい」
彼女は窓際へ立ち、帽子を被ってみせた。長い髪を上着の襟へ収め、鏡の前で少し首を傾ける。
「似合うか?」
「目立つ髪は隠せている」
「それは分かる。似合うかと聞いたんだ」
ルルーシュは端末を閉じた。
「似合っている」
「最初からそう答えろ」
彼女は満足したらしく、帽子を取って鞄へ入れた。ルルーシュが上着を着るのを待ち、先に扉へ向かう。
廊下へ出ると、ナナリーが咲世子と一緒に居間から来た。
「お出掛けですか?」
「ああ。午後には戻る」
「お買い物でしたら、便箋をお願いしてもよろしいですか。いつものものが、あと少しなのです」
咲世子が残っていた便箋を一枚渡す。ルルーシュは折らずに鞄へ収め、妹の手へ触れた。
「同じものを探してくる。なければ、近いものを見てもらう」
「ありがとうございます」
C.C.が扉を開ける。ナナリーは二人の足音を聞いて、楽しんできてください、と言った。
* * *
休日の通りには、朝から買い物客が出ていた。
ルルーシュは通りの反対側にある軍の車へ目を向け、横断歩道の手前で止まる。C.C.は隣へ並び、帽子の位置を直した。
信号が変わると、二人は人の流れに沿って道を渡った。
「昔の店が、まだあるな」
C.C.が窓の広い衣料品店を見上げる。ルルーシュは彼女の視線の先を見て、少し眉を上げた。
「ここへ来たことがあるのか」
「お前と旅をする前にも、私は生きていたんだぞ」
「分かっている」
「その返事は便利だな」
入口へ進んだ彼女の背を追う。店員が挨拶をし、二人へ服の並ぶ区画を示した。
C.C.は上着を二枚取り、片方をルルーシュへ渡した。鏡の前で身体へ当て、別の色を見に行く。彼は渡された服を持ったまま、ナナリーの便箋を扱いそうな店を端末で調べた。
「そちらの方のお好みも伺いますか?」
店員に声を掛けられ、ルルーシュは顔を上げた。C.C.が振り向き、返答を待っている。
「その色がいいと思います」
「だそうだ。これを試そう」
C.C.が試着室へ入ると、店員は笑って、手に持っている方も預かってくれた。
ルルーシュは椅子へ座った。仮面もなく、通信の受信機も耳に入れていない。膝の上へ置いた鞄には、地図の代わりに妹の便箋が一枚入っていた。
隣の試着室から子供が飛び出し、母親に捕まえられる。袖を通していない上着を頭から外され、子供は鏡へ走った。ルルーシュはその背を見て、少しだけ口元を緩めた。
「何を笑っている」
C.C.が新しい服で出てくる。
「待たされるのも、久しぶりだと思ってな」
「旅の間は、私の方が待つことが多かった」
「その話を店でするな」
彼女は鏡へ向き直り、裾を整えた。ルルーシュが立つと、袖の長さを見せるように腕を差し出してくる。
彼は布をつまみ、手首のところで軽く折った。
「このくらいか。少し直してもらえばいい」
「そうだな」
店員を呼び、寸法の確認を頼む。C.C.は鏡越しに彼を見て、笑った。
* * *
便箋は二軒目で見つかった。
同じ柄のものを二冊買い、ナナリーが手で確かめやすい厚さの封筒も選んだ。C.C.は店の奥から小さな帳面を持ってきて、会計する品の上へ置く。
「それも要るのか?」
「お前が紙の裏へ書いた道順を、今度はなくす前にここへ写す」
「なくしたことがあるように言うな」
「ある」
ルルーシュは黙って帳面も会計へ出した。彼女は満足そうに受け取り、鞄へ収める。
昼が近づくと、表通りの店は混み始めた。二人は一本奥の道へ入り、小さな喫茶店を見つけた。窓際には客がいたが、奥は空いている。
案内された席は、背の高い鉢植えと木の仕切りで、隣の席から半分隠れていた。ルルーシュは入口に背を向け、C.C.は向かいへ座る。
注文した食事が来るまで、彼女は買った帳面を開いた。
「まずは、この店を書いておくか」
「気に入ったのか?」
「お前と二人で来た店だぞ」
「……まだ料理も来ていない」
C.C.が笑った。ルルーシュは足元の袋を脇へ寄せ、献立へ目を落とす。その時、入口の方から明るい声がした。
「ここなら少し座れそうですね」
呼吸が止まる。
顔を向けるより先に、C.C.の目が入口へ動いた。彼女は一度だけルルーシュを見て、帳面を閉じる。
「動くな」
唇だけで言った。
席へ案内される足音が、仕切りの向こうを通る。帽子を被った桃色の髪の女性が、一瞬だけ鉢植えの隙間に見えた。続いて、制服ではないスザクの肩が通り過ぎる。
ユーフェミア。
ルルーシュは手元の献立を持ち上げた。振り返れば、すぐ近くに異母妹のユーフェミアがいる。彼女は自分を死んだと思っている。ここでルルーシュの生存を知れば、声を抑えてくれるとは限らない。
C.C.が机の下で彼の靴へ爪先を当てた。ルルーシュは頷き、献立を戻す。
仕切りの向こうで、椅子を引く音がした。
「表には伝えてあります。帰る時は、声を掛けてください」
「ええ。今日はちゃんと、ご迷惑をお掛けしないようにします」
スザクとユーフェミアの声だった。護衛が同行しているらしい。ルルーシュは入口へ通じる通路を確かめたが、今動けば二人の席の脇を通る。
給仕がこちらへ食事を運んできた。ルルーシュは顔を上げ過ぎないように受け取り、礼を言う。C.C.も皿を自分の前へ寄せた。
「冷めるぞ」
低い声に、彼はフォークを取った。
隣へ注文を取りに行った給仕が離れると、ユーフェミアの声が、少し小さくなる。
「この辺りを歩いていると、皆さん普通に買い物をしていらっしゃいますよね。でも、日本人の方は同じようには暮らせないのだと、さっきのお店で聞きました」
「店によっては、入ること自体を断られます」
「……自分の国だった場所なのに」
ルルーシュは皿から目を上げた。C.C.が食べる手を緩め、仕切りの向こうへ耳を傾けている。
「もし、日本人と名乗って暮らせる場所を作れたら。そこではイレヴンという呼び方をやめて、お仕事も学校も、同じように選べるようにするんです」
「エリアの中に、ですか?」
「はい。まだ、私がそうできたらと思っているだけですけれど」
フォークを握る指に力が入る。
ユーフェミアは、もう特区を考えている。まだ構想の段階だ。ルルーシュは仕切りの向こうへ耳を澄ませた。
「そこへ来れば、今の生活を捨てても安心できる。それくらいの場所にできたらいいのですが」
「住む場所と仕事がなければ、来たくても来られない人はいると思います」
「そうですよね。名前だけでは、暮らしていけませんものね」
ユーフェミアの声が少し下がる。隣の席へ飲み物が運ばれ、会話は一度途切れた。
ルルーシュは握っていたフォークを皿の端へ置いた。
C.C.が、食べ終わったかと目で尋ねた。彼は頷き、机へ代金を置く。
向こうでは、スザクが窓側の椅子へ移っていた。店の奥から出てきた給仕が、その間を盆を持って通る。C.C.が先に立ち、彼の席を隠すように通路へ入った。
ルルーシュは鞄と袋を持ち、彼女の後を追った。通りへ出たところで、普通の服を着た男が店の入口を見ている。こちらの荷物へ目を向けたが、すぐ通りの向こうへ視線を戻した。
二人は歩調を変えず、角を曲がった。
* * *
しばらく歩いてから、C.C.が帽子を持ち上げた。
「あそこで会うとはな」
「俺も考えていなかった」
「振り向かなくてよかった。あの子は、お前を見たら席から飛び出してきただろう」
ルルーシュは店のある方へ目を向けた。今は建物の角に隠れて、看板も見えない。
「特区か」
C.C.の問いに、彼は頷く。
「まだ構想だ。だが、あれでは続かない」
「潰す気か?」
「潰したくない。だが、あのまま始めさせるわけにもいかない」
彼は街路の端へ寄り、鞄から端末を出した。C.C.が隣へ立ち、通りを行く人と彼の手元を交互に見る。
参加者の住居と仕事、特区の外に残る者への扱い。続けて、軍の立ち入り権限とユフィが去った後の運営についても書き込む。
ざっと考えただけでも、問題はいくつも浮かぶ。一つずつ解決するにも、エリアの仕組みに手を入れなければならない。
ほかのエリアにも特区を求める声が広がれば、ユフィに掛かる圧力も増す。コーネリア一人で庇いきれる規模ではない。
「あいつ一人に背負わせていい話じゃない」
「なら、そう言ってやれ」
「……まずはスザクだ。ユフィの考えを聞いてから話す」
ルルーシュは書きかけのメモを保存し、端末を閉じた。
C.C.が彼の上着の袖を引く。
「特区が続いたら、騎士団はどうする」
「騎士団は中華連邦へ移す。あちらでも我々の力は要る。日本で暮らしたい者は残ればいい」
中華連邦で協力者を増やし、戦力を蓄える。
「星刻と組むのか?」
「ああ。まずはキョウトを通じて連絡を取る。今度は、あの男にも無理ばかりさせたくない」
……そういえば、あの男は最後まで無茶をしていたくせに生きていた。あれだけ血を吐いて戦い続けていたのに、どういうことだ。
C.C.は、あの天子の所か、と小さく言った。ルルーシュは頷く。
通りの向こうで、信号が変わった。
「急ぐぞ。午後の会議の前に、ナナリーへ便箋を届けておきたい」
C.C.が笑い、彼の腕へ自分の腕を絡めた。
ルルーシュは片手へ二つの袋をまとめ、二人で横断歩道を渡る。渡った先でC.C.が足を止め、露店の棚へ目を向けた。
「まだ買うのか?」
「お前にも、帽子を買ってやる」
「持っている」
「献立で顔を隠すよりはましだ」
彼女は棚から一つ取り、ルルーシュの頭へ乗せた。