コードギアス 君の知らない、その先へ 作:明日を願う旅人
翌日の放課後、スザクは教室に忘れた教科書を取りに戻ってきた。
窓際の席にはルルーシュが残っている。机の上に開いたノートへ目をやり、スザクは自分の鞄を肩に掛けた。
「珍しいね。居残り?」
「お前を待っていた」
「それなら、先に言ってくれればいいのに」
隣の椅子を引こうとする手を、ルルーシュが止める。廊下にはまだ生徒がいた。二人は鞄を持って外へ出て、校舎の裏へ回った。
植え込みの向こうから運動部の掛け声が聞こえる。スザクは腕時計を確かめ、ルルーシュへ向き直った。
「何の話?」
「ユフィが、日本人のための場所を作ろうとしているそうだな」
スザクの表情から笑みが消えた。
「誰に聞いたの」
「昨日、お前たちの隣で食事をしていた」
「……あの店に?」
「C.C.も一緒だ。声を掛けられる状況ではなかった」
スザクは口を開きかけ、閉じた。店の席を思い出したらしく、今度は困ったように眉を寄せる。
「追ってきたわけじゃないんだね」
「休日までお前の後をつけるほど暇ではない」
「君が言うと、あまり安心できないな」
ルルーシュは反論を飲み込んだ。店の外にいた護衛も、二人がこんな話をしていたとは知らないだろう。
「聞こえたのは一部だ。ユフィは、どこまで考えている」
「それを聞いてどうするつもり?」
「必要なら、手を貸す」
スザクはすぐには答えなかった。ルルーシュの顔を見たまま、鞄の肩紐を握り直す。
「ゼロとして?」
「今ここにいるのは、お前の友人だ」
「でも、決めるのは同じ君だろう」
まっすぐな問いだった。
ルルーシュは、騎士団にとっても利益がある、と用意していた説明をやめた。
「あいつが失敗するところを見たくない」
スザクの肩から少し力が抜ける。校庭の方で笛が鳴り、走っていた生徒たちが止まった。
「まだ人を呼べるような段階じゃないよ。ユーフェミア様も、まず住む場所と仕事を調べたいと仰っていた」
「では、その段階で考えてほしいことがある」
ルルーシュはノートから一枚を抜いた。昨日のメモをそのまま渡す気にはなれず、朝のうちに書き直していたものだ。
スザクは受け取り、上から順に目を通した。
紙には細かな文字がびっしりと並んでいた。特区へ移った後も家族の生活が成り立つか。外に残る者はどうなるか。軍と特区の責任者が対立した時、誰が裁定するか。ほかにもいくつもの問いが続き、最後に、ユーフェミアが去っても約束は守られるか、とある。
「最後のは……ユーフェミア様が途中で投げ出すと思ってる?」
「思っていない。だが、国の都合で任地が変わることはある。その時、後任者がユフィと同じように特区を守るとは限らないだろう」
スザクの目がもう一度、最後の行へ戻る。
ユーフェミア自身の意思とは別に、ここを離れる命令が下ることもある。
「これ、答えを出せって渡したら困らせると思う」
「質問状ではない。先に決めておけば、後であいつを守れる」
「君も考えてくれるんだよね」
「そのつもりで持ってきた」
スザクは紙を折らず、教科書の間へ挟んだ。
「分かった。僕から話してみる。ただ、誰に言われたのかは聞かれると思う」
「日本人の友人と話していて出た意見だ、とでも」
「それは嘘になる」
即答され、ルルーシュは片眉を上げた。
「学園の友人、でどうだ」
「それなら」
細かいところで融通が利かない。だが、この紙を自分の意見だったことにして差し出す男ではないと分かっているから、渡せるものもある。
スザクは鞄を閉じ、校舎の時計を見上げた。
「時間だ。続きは、話してからでいい?」
「ああ。急がせるつもりはない」
「昨日まで知らなかったのに、一晩でこれを書いてきた人が言うんだ」
ルルーシュは口をつぐむ。スザクは小さく笑って、門へ向かって走り出した。
* * *
ユーフェミアは、渡された紙を両手で持った。
執務机には、借りてきた住宅関係の資料が積まれている。紙をその上へ置こうとして、もう一度最後の問いを読み返した。
「私がいなくなった後、ですか」
「すみません。縁起でもない話に聞こえるかもしれませんが」
「いいえ。私は、ずっといるつもりでしたから」
彼女は椅子へ座り直した。少し考えてから、机の端に寄せていた筆記具を取る。
「でも、姉さまにも別の任地がありますものね。私だけがずっとここにいられるとは限りません」
紙の余白へ書き込みを始めたが、数文字で手が止まった。
「スザク。このお友達は、お役所の方ではないのですよね?」
「はい。学園の友人です」
「私より厳しい質問をなさるんですね」
叱られたような声ではなかった。少し悔しそうで、面白がってもいる。
スザクは、本人に聞かせたらどんな顔をするだろう、と一瞬考えた。
「遠慮はあまりしない人です」
「そうみたいですね」
ユーフェミアは笑い、資料の山から一冊を抜いた。
「まず、私が何を決められて、何を姉さまにお願いする必要があるか調べます。お返事は、少し待っていただけますか」
「伝えます」
「それから、お礼も。いつか直接お話を伺えたら嬉しいです」
スザクは返事の前に一拍置いた。
「……本人に聞いてみます」
ユーフェミアはもう本を開いていた。頁の端を押さえ、先ほどの紙をすぐ横へ置く。スザクも勧められた椅子へ座り、もう一冊を手に取った。
* * *
その夜、ルルーシュがユーフェミアの構想について話すと、ナナリーは膝の上で手を重ねた。
「それなら、ユーフェミア姉さまに会いに行きましょう」
ルルーシュは紅茶のカップを受け皿へ戻した。
ナナリーは膝の上で両手を重ねている。隣の椅子ではC.C.が焼き菓子を一つ取ったところだった。
「待て、ナナリー。そう簡単には――」
「お兄様は、お手伝いをなさるのでしょう?」
「もちろんだ。だが、今の俺たちは死んだことになっている。副総督の所へ二人で訪ねていけば、ユフィだけで済む話ではなくなる」
「では、こちらに来ていただくのはどうでしょう」
C.C.が菓子を持ったまま顔を伏せた。
笑っている。助ける気はまるでないらしい。
「お前まで面白がるな」
「まだ何も言っていないぞ」
ナナリーが顔をそちらへ向ける。
「C.C.さんは、どう思われますか?」
「お前の兄は、玄関にコーネリアまで並ぶところを想像している」
「笑い事ではない」
実際、ユーフェミアの外出が続けばコーネリアも気にする。居場所を知った異母姉が、護衛を外して訪ねてくるとは考えにくい。
ナナリーは少し黙った。窓の外では、庭を掃く音がしている。
「……会いたいのです。お話のお手伝いだけではなくて」
ルルーシュは妹へ顔を向けた。
「小さい頃は、次に会う時の約束をしてお別れしていました。でも、日本に来てからは、それもできませんでしたから」
彼女の指が、膝の上で重なり直す。
ルルーシュはその手へ自分の手を添えた。
「俺も会いたい」
「はい」
「だから、会う方法を考える。今日これから、というわけにはいかないが」
ナナリーの口元が緩んだ。
「それなら待ちます」
「スザクに手紙を持たせるのも、少し待ってくれ。お前の名前を見れば、ユフィはその日のうちに来ようとする」
「まだ、書くとは申し上げていませんよ」
「会えないなら、せめて手紙をと考えるだろう。お前なら」
「お兄様も、そうなさいますか?」
「当然だ。連絡を取る方法はいくらでも――」
「似た者同士だな、お前たちは」
C.C.が口を挟む。ナナリーは兄の手を握ったまま、少し首を傾けた。
「では、お兄様が書く時には、私にも教えてくださいね」
「なぜ俺が先に書くことになっている」
C.C.がとうとう声を立てて笑った。
ルルーシュは空いている手でカップを取り、冷めかけた紅茶を飲んだ。昨日買ってきた便箋は、もう妹の机へ届いている。
まさか、その使い道まで警戒する羽目になるとは。カップを受け皿へ戻し、眉間を揉んだ。