コードギアス 君の知らない、その先へ   作:明日を願う旅人

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第3話 盤上にいない者たち

 触れた瞬間、世界から音が消えた。

 地下道の冷気も、砂の味も遠ざかる。見知らぬ光景が流れ込んでくる、その感触だけをルルーシュは覚えていた。

 

 ただ、前とは違った。

 何かを新しく押し込まれるのではない。

 身体の奥で閉ざされていたものが、外から触れられ、開いていく。

 

 左眼が熱い。

 続いて、右眼も。

 

「お前――」

 

 C.C.の声が揺れた。

 驚いている。だが、今はその理由を考える余裕がなかった。

 

 この熱を知っている。ギアスを使うたび、眼の奥に感じていたものだ。

 今朝、鏡の前で何度試しても戻らなかった感覚が、C.C.に触れた途端、蘇っていた。

 

 彼女の手を握り返す。

 女がこちらを見た。

 

「私の願いを叶えてもらう。その覚悟はあるんだろうな」

 

 ああ、と答えかけて、ルルーシュは止まった。

 このC.C.が求めているものを、知っている。

 だからこそ、何でも叶えるとは言えなかった。

 

「最後まで、お前の話を聞く」

 

「答えになっていないぞ」

 

「途中で放り出さない。それだけは約束する」

 

 彼女は目を細めた。

 

 足音が近づいていた。

 手が離れ、音が戻る。ルルーシュは立ち上がった。

 瓦礫を回り込んだ兵が、銃をこちらへ向ける。

 

「いたぞ!」

 

「銃を下ろせ」

 

 兵が嘲笑を浮かべかけた。その瞳を、ルルーシュは見据えた。

 

「お前たちは、俺の命令に従え」

 

 赤い光が走った。

 正面にいた男と、その後ろの二人が姿勢を正した。横を向いていた一人だけが、仲間の動きに戸惑っている。

 

「何をしている! 撃て!」

 

「そいつを取り押さえろ。殺すな」

 

 三人が動いた。銃声が一発、天井へ抜けた。

 最後の兵が組み伏せられる。

 ルルーシュは、その顔が上がるのを待った。

 もう一度、命じる。

 

 静かになった。

 四人の兵が、こちらの言葉を待っている。

 

 かつてここで、自分は何と命じたか。

 思い出すまでもなかった。

 

「無線機を寄越せ。お前は地上へ出る経路を説明しろ。残りは周囲を警戒。民間人を撃つな」

 

 返答が揃う。

 

 C.C.が背後で、小さく息を吐いた。

 

「ずいぶん、使い慣れている」

 

「説明は後だ」

 

「その台詞で、何人待たせているんだ?」

 

 ルルーシュは彼女を振り返った。

 

 目の熱を抑える。

 差し出された無線機の暗い表示面に、赤い紋様が一瞬映り、それから消えた。再び力を呼び起こして、止める。

 

 切り替えられる。

 それでも、すぐには顔を上げなかった。

 不用意な一言で失ったものを、今度こそ忘れるわけにはいかない。

 

「……待たせたままにはしない」

 

 答えてから、兵の無線へ耳を寄せた。

 

 * * *

 

 地上から戻った兵の報告は短かった。

 封鎖。区画ごとの掃討。住民の移動は認められていない。

 

 ルルーシュは壁際の隙間から外を見た。

 路地の入口に、倒れた人間がいた。軍服ではなかった。買い物袋らしいものが破れ、転がった缶が足元に散らばっている。

 

 奥には、まだ動いている人影があった。

 兵士の声が飛ぶ。

 ルルーシュは無線機を握りしめた。

 

 ここへ来れば、こうなることを知っていた。

 ギアスがなくても、事前に手を打つことはできたかもしれない。誰かに危険を知らせ、この場所を離れさせることくらいは。

 それでも彼は、C.C.に会える道を選んだ。

 

 どれだけ救えたかは分からない。

 だが、目の前に倒れているこの人も、その中にいたかもしれなかった。

 

「あそこの兵を呼び戻せ。地下でテロリストを発見したと言え」

 

 従わせた兵に命じる。

 

「住民には奥の通路へ逃げるよう伝えろ。交戦するな」

 

 手を伸ばせるのは、目の届く範囲だけだった。

 銃声は、別の場所でも続いていた。

 

 力が必要だ。

 けれど、手に入れた力で敵を潰して回るだけでは足りない。

 

 ユーフェミアの声が蘇る。次いで、ダモクレスにいたナナリーの顔が浮かんだ。

 彼女たちに自分の望む世界を語りもしないまま、守るのだと言い続けた。

 今度は、それを繰り返さない。

 

 足元の瓦礫が鳴った。

 C.C.が、彼の横に立っていた。

 

「行くのか」

 

「この虐殺を止める」

 

「その四人で?」

 

「借りるさ。もっと大きな駒を」

 

 道路の向こうで、サザーランドの駆動音がした。

 

 * * *

 

 兵士を連絡役に立たせると、巡回中の一機が停止した。

 通信機に不具合がある。地下に不審な積荷を発見した。報告を聞くために操縦席を開いた男は、兵の後ろに学生が立っているのを見て眉をひそめた。

 それで十分だった。

 

 数分後、ルルーシュは操縦席へ収まっていた。

 

 古い機体だ。

 指に馴染んだものとは配置が違う。表示を一つずつ確かめ、足元の感度を調整する。知っているからといって、確認を省いていい理由にはならない。

 

 C.C.は機体の陰にいた。兵に確保させた退路へ移るよう伝えると、彼女は勝手に決めるなという顔をした。

 

「ここよりは安全だ」

 

「お前の都合のいい場所、の間違いじゃないのか」

 

「あとで迎えに行く」

 

「そう何度も約束を増やすな」

 

 返事をする前に、彼女は歩き出した。

 残されたルルーシュは一度だけ目を閉じた。それから、操縦席のハッチを閉じた。

 

 通信の中から、女の声を探した。

 ほどなく、聞き覚えのある苛立った声を拾う。

 

『こっちは動ける! でも、このままじゃ――』

 

「赤いグラスゴー。聞こえるか」

 

 声が途切れた。

 

『誰?』

 

「今、お前たちが生き残るために必要な人間だ」

 

『ふざけないで。軍の回線で何を』

 

「右へ出るな。次の交差点までに撃たれる。正面の建物の陰へ入れ」

 

 カレンは従わなかった。

 ルルーシュは舌打ちを呑み込んだ。彼女が自分を信じる理由は、まだない。

 

「上を見ろ。屋上の給水塔、その左だ」

 

 数秒。

 グラスゴーが身を沈めた。その頭上を弾が抜けていく。

 

『……見えてるの?』

 

「敵の位置はな。勝ちたければ、こちらの指示を聞け」

 

 今度は返事があった。

 

 彼は地図を呼び出した。

 必要なのは、住民を撃っている部隊を引きつけ、司令部へ近づく時間だった。逃げ道を作れば、それだけで助かる者がいる。

 

 カレンを動かす。

 追ってくる敵を誘い出し、その背後へ別の一機を回す。

 兵から得た識別信号と無線の情報が役に立った。敵は、こちらが配置を把握していると知らない。

 

 最初の一機が倒れた。

 次の交差点でも、待ち伏せが決まった。

 

 敵の歩兵が引く。塞がれていた通りの端を、人が走った。

 ルルーシュは、その小さな影が建物の向こうへ消えるのを確認した。

 

『やったぞ! 見たか、軍人ども!』

 

 男の歓声が回線へ割り込む。

 玉城だった。

 懐かしい声に、口元が緩みかけた。

 すぐに地図へ目を戻す。

 

「奪った機体を失うな。弾薬を確認しろ。負傷者を運べる者は、東側の地下入口へ」

 

『分かってるって! おい、こっちも乗れるぞ!』

 

 別の声が笑った。

 

 勝っている。

 その実感が、回線越しにも伝わってきた。

 

 * * *

 

 三度目の攻撃を成功させたところで、ルルーシュは前進を止めた。

 これ以上は深い。

 敵の連絡に乱れが出ている。通常の指揮系統とは別のところで、何かが動いていた。

 

 白い機体は、必ず来るとは限らない。

 スザクが生きているかどうかさえ、確かめられてはいなかった。

 しかし、来た場合に今の戦力で対抗する手段はない。

 

「全機、次の追撃は中止。戦線を東へ下げる」

 

『はあ?』

 

 玉城の声がした。

 

『連中、逃げてるじゃねえか!』

 

「増援が来る。ここで機体を失えば、逃がせる人間も逃がせなくなる」

 

『なら、来る前に片づけりゃいいだろ!』

 

「深追いはするな。赤い機体も、そいつらに合わせる必要はない。指定した合流地点へ向かえ」

 

『……了解』

 

 カレンの返事を聞き、ルルーシュは司令部周辺の映像へ切り替えた。

 退いた敵がどの道を使うか。警備の厚い区画はどこか。クロヴィスのもとへ辿り着くには、まだ隙を作らなければならない。

 

 ここからは、自分で動く。

 そのつもりだった。

 

『おい、待てよ! そっちじゃねえ!』

 

 別の男の叫びに、画面を戻した。

 二機、前へ出ていた。

 合流地点とは反対方向へ。

 

「止まれ。戻れと言ったはずだ」

 

『あと一機なんだよ! そいつを落としたら戻る!』

 

 玉城だった。

 その脇を、もう一機が抜けていく。

 

 釣られた。

 逃走する敵を見て、取り残された獲物だと思ったのだ。

 

「玉城、追うな!」

 

『何で俺の名前を――』

 

 白いものが、画面の端を横切った。

 

 先行していたサザーランドの銃が跳ねた。

 腕ごとだった。

 次の瞬間には脚部を払われ、機体が横倒しになっている。

 

『なっ、何だこいつ!』

 

 玉城が発砲した。

 白い機体は射線にいなかった。

 壁を蹴り、視界から消え、次には玉城の真正面にいた。

 衝撃音。

 通信が悲鳴で埋まった。

 

「脱出しろ! 今すぐだ!」

 

 座席が射出される。

 舞い上がった粉塵の向こうで、二機目の機体が崩れた。

 

 白兜。

 ランスロットが、そこに立っていた。

 

 スザクは生きている。

 安堵が胸を突き上げた、まさにその瞬間、後続の一機が銃を上げた。

 

「撃つな、逃げろ!」

 

 遅かった。

 白い機体が動いた。

 銃声が途切れ、警告音が重なる。

 ルルーシュは操縦桿を握りしめた。

 

「結局、こうなるのか……!」

 

 出現を待ち構えていたはずだった。

 性能も、乗っている人間も、知っていた。

 なのに、味方の機体が一つずつ倒されていく。

 

 玉城たちは、調子づくとこうなる。

 何度も見てきたではないか。

 勝ち始めると声が大きくなる。もう一度、もう一機と先を求める。慎重な命令は、その場の勢いで押し流される。

 

 皇帝時代、ギアスで従えた部隊なら、撤退を命じれば従った。スザクやジェレミアのように自らの意思で戦う者も、作戦の意図を理解していた。

 命令を聞いた味方が、ただ調子に乗っただけでそれを無視する。その可能性が、頭から抜け落ちていた。

 

 久しく忘れていた。

 勝てると思った途端、撤退命令も聞かずに突っ込む馬鹿がいることを。

 よりによって玉城を相手に、それを忘れるとは……!

 

『あいつらを置いていけない!』

 

 カレンのグラスゴーが向きを変えた。

 

「待て!」

 

 届かない。

 彼女が進む理由も、分かっていたはずなのに。

 

 ルルーシュは息を吸い、地図を拡大した。

 

「赤い機体。助けるつもりなら、正面から行くな!」

 

 一瞬だけ、動きが鈍った。

 

「左の高架へ回れ。こちらが遮蔽物を作る。倒れた機体の操縦者を拾え。白い機体を倒そうとするな!」

 

『……できるの?』

 

「やる。だから、その一度を外すな」

 

 自機を走らせる。

 予定していた道から、外れていく。

 

 司令部への接近が遅れる。その間にも、別の区画で人が死ぬかもしれない。

 それでも、この回線から聞こえる声を切り捨てて進むことはできなかった。

 

「玉城! 返事をしろ。無事なら動くな、今から拾わせる!」

 

 雑音。

 息を殺して待つ。

 

『……くそ。聞こえてるよ』

 

 ルルーシュは目を閉じかけ、堪えた。

 

「なら、今度こそ聞け」

 

 照準を、ランスロットの進路脇に残った工事用の仕切りへ合わせる。人影がないことを確かめて、引き金を引いた。

 板と粉塵が、道路へ倒れ込んだ。

 

 白い機体が、こちらを向いた。

 

 わずかな時間でいい。

 味方が退く、その時間だけを作る。

 ルルーシュは次の退路へ機体を向けた。

 

 勝ち方を知っているだけでは、誰も連れ帰れない。

 その当たり前のことを、今度は銃声の中で覚え直すしかなかった。

 

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