コードギアス 君の知らない、その先へ 作:明日を願う旅人
部屋に入ってきたユーフェミアは用意された椅子の前で足を止めた。
帽子を脱ぐのも忘れ、扉の脇に立つルルーシュを見ている。その唇が動いたが最初の声は聞き取れなかった。
「ユフィ」
呼ぶと彼女は二歩で距離を詰めた。
胸へぶつかるように抱きついてくる。ルルーシュは踏みとどまりその背へ腕を回した。
「本当に……ルルーシュなのね」
「ああ」
「生きていたなら、どうして」
問いの続きは上着へ顔を押しつけたまま途切れた。
ルルーシュは答えを急がず彼女の肩を抱いていた。
窓際からナナリーが声を掛ける。
「ユーフェミア姉さま」
ユーフェミアが顔を上げた。
今度は車椅子の前へ膝をつき、差し出された両手を握る。ナナリーがその顔へ指を伸ばすと、彼女は手のひらに頬を寄せた。
「大きくなったのね、ナナリー」
「姉さまも。お声が少し変わりました」
「そうかしら」
「でもすぐに分かりました」
ユーフェミアは笑ってまた目元を拭いた。
部屋を借りたアッシュフォード家の別棟にはスザクだけが付き添っている。咲世子は茶を用意してから廊下へ下がった。
ユーフェミアは三人分の顔を順に見てようやく帽子を手に取った。
「スザク。ずっと知っていたの?」
「二人が学園にいることは少し前から」
「私、何度もあなたに家族の話をしたのに」
スザクが困った顔でルルーシュを見る。
「俺が頼んだ。責めるなら俺にしてくれ」
「では後でたくさん責めます」
即座に返ってきた言葉にナナリーが小さく笑った。
ルルーシュはユーフェミアの椅子を引いた。
「話そう。今日はそのために来てもらった」
* * *
昔の庭の話から始まり、日本へ送られた後の暮らしへ話が移った。
ナナリーは学園で世話になった人たちのことを話し、ユーフェミアは知らなかった兄妹の数年間を一つずつ尋ねた。紅茶を飲む間も惜しむようだった。
脚を支える装具のために診察を受け始めたことも話題に上がった。
「立てるようになるの?」
「まだ測っていただいたばかりですけど、補助具込みで短時間なら歩けるようになるらしいです」
「できたら私にも教えてね。真っ先に来るわ!」
ナナリーが頷くとユーフェミアはその手をもう一度握った。
カップが空になった頃、ルルーシュは机に黒いゼロの仮面を置いた。
ユーフェミアの指が取っ手に掛かったまま止まる。
「これも話しておく」
「……あなたがゼロなの?」
「そうだ」
彼女はスザクを見た。否定が返ってこないと分かると、再び仮面へ目を落とした。
「アヴァロンを奪ったのも」
「俺たちだ」
「クロヴィスお兄様を撃ったのも?」
ルルーシュは頷いた。
ナナリーの手が膝の上で重なる。スザクは壁際に立ったままこちらを見ている。
「新宿の掃討を止めさせ、総督の座から退かせた。命は助かったが、撃ったのは俺だ」
「命が助かったと聞いてほっとしたの。お姉様も……」
ユーフェミアはそこで言葉を切り、ルルーシュの顔を見た。
「また同じことをするの?」
「必要なら軍とは戦う。だが、日本中を戦場にするためにこの力を集めているわけではない」
皇帝に抗うためだとルルーシュは話した。子供の自分たちを切り捨てた父にいまの平穏を預けるつもりはない。日本で暮らす人々を守りながら、その父と戦えるだけの仲間を得たい。
ユーフェミアはすぐには返事をしなかった。
「それをお姉様に話すつもりはある?」
「今はない」
「お姉様はあなたたちが生きていたと知ったら――」
「会いたがるだろうな。その次にゼロを捕らえるよう命じる。姉様はそういう方だ」
スザクが目を伏せた。
ユーフェミアは反論しかけ、口を閉じる。コーネリアなら再会を喜んだ後でも平然と拘束しそうだった。
「今日ここで聞いたことは私からは話しません。でもずっとこのままでいいとも思わないわ」
「ああ。それは俺もだ」
ナナリーが姉のいる方へ顔を向けた。
「お兄様。まずはお姉様と協力できることから話しませんか」
ユーフェミアは自分の鞄を見た。
再会のために持ってきた菓子箱の下から紙の束を取り出す。
「……あなたが特区に関する質問を書いた方だったのね。これを読んでずいぶん手厳しい人だと思ったわ」
「その回答も見た。ユフィ、あれだけでは人を集めるだけになる。実際に生活するのは難しいぞ」
「だから今日は集めた後の話をしたいの」
彼女は資料を広げ、書き足した箇所を指で押さえた。
* * *
特区の外へ働きに出る者にも、特区で暮らしているからというだけで不利益を与えない。家族が別々の地区に残る場合、出入りの許可をどう扱うか。
ユーフェミアの書類には担当の部署名とまだ返事を得られていない相手が並んでいた。
ルルーシュはそのうち住居の項目へ目を留めた。
「この人数を開設と同時に受け入れるのか」
「受け入れ人数の案よ。住居をどれだけ用意できるかはまだ確認しているところなの」
「それなら仕事のある者から順に入れる。住まいだけ先に用意しても、食わせ続ける金が要る」
「家族も一緒に入れるようにしたいわ」
「世帯ごとに募集すればいい。その方が住居も割り振りやすい。ただこちらが割り振ると住居の場所で文句を言われる可能性もあるが」
ユーフェミアは書類の余白へ書き込んだ。
「外へ働きに出られない方や、働けない方はどうするのですか。脚が不自由で手元の作業しかできない人もいるかもしれません」
ナナリーが尋ねると彼女はペンを止めた。
「その人たちの住まいも必要ね。募集する仕事と生活の支援は分けて考えます」
「キョウトに協力を求めるといい。工場も人もあちらは動かせる。日本の名と既得権益を奪わなければ協力するだろう」
「紹介してくださる?」
「先に話を通す」
ユーフェミアが礼を言いかけた時、ルルーシュは別の紙を彼女の前へ置いた。
「それと総督府との取り決めだ。ユフィがここを離れた後も、軍が勝手に覆せるものでは困る」
「分かっています。お姉様には私からお願いするわ」
「お願いだけで済ませるなよ」
「文書にします。担当の方も呼んで直接決めます。それならいい?」
「文書化ももちろん必要だ。だが、後任が廃止すると言えばそれまでだぞ」
「……お姉様が認めても?」
「ユフィ。お前たちがいなくなっても続けたいと思わせるんだ。工場が動けば企業が儲かり、働く者が増えれば税も入る。特区を潰せば自分たちも損をするとなれば、後任も簡単には手を出せない」
ユーフェミアは書きかけの文書から顔を上げた。
「それなら、協力をお願いする企業ともその話をしないといけないわね」
ユーフェミアは今のやり取りをメモすると、別の紙を引き寄せ、書き込みの多い兄の文字を眺めた。
「ルルーシュ。私の特区に日本人のふりをして入ってくる兵隊は困るの」
「……騎士団のことか」
「住む人は受け入れます。でも武器を隠して持ち込んだら守れない。あなたもそこは約束して」
ルルーシュは頷いた。
「特区に参加する者には武器を置いていかせる。それに俺たちの主力は海外へ移るつもりだ」
ユーフェミアは彼の顔を見た。
「日本を出るの?」
「特区が進むならここで戦いを続ける理由は減る。俺には外でもしなければいけないことがある」
「それでいつ帰ってくるの」
問いの調子が変わった。副総督ではなく、先ほどまでルルーシュを懐かしんで抱いていた妹の声だった。
ルルーシュはカップを置く。
「今は戻れる日にちまでは分からない」
「やっと会えたのに」
ナナリーが手を伸ばすと、ユーフェミアが握った。
「また会いに来てもいいでしょうか」
「もちろん。今度は私からだって――」
「それは先に連絡してくれ。授業中に乗り込んでこられても困る」
ルルーシュが言うと、二人の妹が同じ方へ顔を向けた。
壁際でスザクがこらえきれずに笑う。
「そこは僕もお願いしたいです」
ユーフェミアは少しだけ口を尖らせ、菓子箱をルルーシュの方へ押した。
「ではお返事を待たせないでくださいね」
ルルーシュは苦々しく頷いた。
これだからこの姉妹は苦手なのだ。
コーネリアの陰に隠れているだけで、ユーフェミアも相当なものだ。昔からどれだけ振り回されてきたことか。
ルルーシュはため息をつき、ユーフェミアの書類を手元へ寄せた。桐原にどう話を持ちかけるか考えながら、工場誘致の項目へ目を落とす。