コードギアス 君の知らない、その先へ 作:明日を願う旅人
ナナリーの紅茶はすっかりぬるくなっていた。
ルルーシュは自分の膝に置いた手を見つめ、語り終えた後も顔を上げられずにいた。窓の外では運動部の片づけが始まっている。
ナナリーは机を挟んだ向かいに座っていた。
「では、お母様は……その方の身体に」
「ああ。母上は生きていた。父上と一緒に、人々の意識を一つにする計画を進めていたんだ」
母が殺された事件の真相を追ったこと。そして、父と母に再会したこと。
二人を止めた後に皇帝になり、世界へ敵を増やしていったこと。その最後にスザクと何を決め、ナナリーの前でどう死んだか。
以前は語れなかった妹自身が選んだ戦いも話した。フレイヤを使い、目を開いて兄に抗ったことも。全てを自分が無理にさせたという言い方をしかけ、ルルーシュは途中でやめた。向こうのナナリーにも自分の考えがあった。
その先、C.C.に連れ戻されるまでのことを話し終えると、ナナリーはしばらく黙っていた。
「私はお兄様が亡くなるところにいたんですね」
「……ああ」
「私の言葉を聞いてくださいましたか」
「聞こえた」
声にするとあの時の叫びが戻ってきた。腹の傷ではなく、自分を呼び続けた声の方が鮮やかだった。
ナナリーがカップを置き、手を差し出す。ルルーシュは机の横を回ってその手を取った。
「ここにいますね」
「いる」
「触らせてください」
頬へ指が伸びてくる。ルルーシュは膝をつき、彼女の手のひらへ顔を寄せた。
ナナリーは確かめるように触れ、それから彼の襟を掴んだ。
「これからも私に相談してください。全部終わった後で聞くのは、嫌です」
「分かった」
「お兄様が困る返事をするかもしれませんよ」
「もう何度もされている」
ナナリーの唇が少し動いた。笑おうとしているのが分かり、ルルーシュはその手を両手で包んだ。
ナナリーも兄の手を握り返す。今度は自分も、この人を支えたい。触れるだけでなく、その顔を自分の目で見たい。
閉じたまぶたが微かに動いた。
廊下から咲世子が呼び掛けるまで、二人はそこにいた。
* * *
その日から三週間余りが過ぎた。
特区の準備と艦を動かす乗員の引き継ぎが進む間、ルルーシュは学園とアヴァロンを行き来していた。ナナリーも何度か艦へ来てラクシャータの診察と機器の調整を受けている。
最初は座ったまま関節の動きや身体を支える位置を測るだけだった。試作の装具ができると、咲世子が着脱を手伝い、車椅子から移る練習を始めた。
ルルーシュはその記録を見ていたが、今日は別の用件で呼ばれたのだと思っていた。
「ナナリーは?」
医療区画へ入ると、手前の診察台には誰もいない。
奥の仕切りの向こうでラクシャータが顔を出した。
「ここ。手は貸していいけど勝手に抱き上げないでね」
意味を尋ねる前に仕切りが開いた。
平行に並べた手すりの間でナナリーが立っていた。
腰のベルトから靴まで、脚に沿って細い金属製のフレームが伸びている。膝と足首には関節を動かす駆動装置が取り付けられていた。
上体は腰の帯で支えられ、天井側の補助ベルトが背中を引いていた。両手は手すりを握り、咲世子がすぐ横についている。
ルルーシュは足を止めた。
「お兄様。いらっしゃいましたか」
「……立てるようになったのか」
「今日はここまでできました」
ラクシャータが表示盤を確かめ、装具の腰の部分へ手を添える。
「今は装具が体重を支えているの。脚を動かすのも機械の方で、ナナリーの脚が治ったわけではないわよ」
「ああ。分かっている」
それでも目を離せなかった。
ナナリーの顔が記憶の中より高い位置にある。ルルーシュが近づくと、彼女は足音の方へ顔を向けた。
「いかがですか」
「……ああ。よく似合っている」
「お洋服の話ではありませんよ」
咲世子が微笑む。ルルーシュは片方の手すりの外へ立ち、ナナリーの指に触れた。
「嬉しい。お前がこうして立っているのが」
「はい。私もです」
ナナリーは頷いたが、すぐに息を整えた。ラクシャータが腰の支えを確かめる。
「今日はここまで。話の続きは座ってからにしましょう」
咲世子が車椅子を後ろへ寄せた。装具の関節がゆっくり曲がり、ラクシャータと咲世子に支えられながらナナリーが座面へ腰を下ろす。
ルルーシュは膝をつき、装具を着けた妹の脚を見た。
「どれくらい歩けるようになる」
「それをこれから調べるの。焦らせるなら見学をお断りするわよ」
「しない。任せる。頼む」
「ではまず、ナナリーちゃんが着替えるから廊下で待っていて」
ルルーシュが立ち上がると、ナナリーが彼の手を軽く引いた。
「後でお時間をください。お出かけのお話がしたいです」
* * *
医療区画の隣の休憩室でナナリーは膝掛けを直してもらっていた。
C.C.が窓のそばの椅子へ座り、ルルーシュは妹の正面へ腰を下ろす。咲世子は茶を配ってから彼女の横に立った。
「中華連邦へ行く話か」
「はい。お兄様と一緒に行きたいです。船の中も案内してくださいね。少しずつ、自分で行ける場所を増やしたいんです」
ルルーシュはカップを置いた。
「俺も一緒に来てほしいと思っている。だが、この艦は軍に狙われる。戦いになれば、お前と咲世子さんだけ別の場所へ避難してもらうこともある」
「日本に残れば安全なのですか」
「……父上やあの組織に居場所を知られれば危険だ。ユフィでも父上の命令には逆らいきれない。スザクや咲世子さんがそばにいても、大勢で押しかけられれば守りきれなくなる」
ナナリーは膝の上で両手を重ねた。
「それでも、一緒に行きたい気持ちは変わりません。避難が必要な時は咲世子さんと行きます」
「俺が艦を離れることも多くなるぞ」
「はい。でも、お戻りになったらお話しできます。日本でお手紙を待つより、その方が嬉しいです」
ルルーシュは頷いた。
咲世子へ顔を向ける。
「咲世子さんにも一緒に来てほしい。だが、日本に残るつ――」
「同行いたします」
返事は早かった。
「学園側の引き継ぎも進めております。ただ、艦内のお部屋は変えていただきたいのです。いまの場所は移動のたびに段差を越えますので」
「分かった。扇に空いている部屋を確認する」
「私も見に行きたいです。今度は通路を覚えますから」
咲世子が頷き、扇へ連絡を取りに出た。
窓際で話を聞いていたC.C.が口を挟んだ。
「この男より先に覚えてやれ。まだ食堂へ行くのに遠回りをする」
「あれは格納庫へ寄ったんだ」
「二度もか」
ナナリーが笑い、手を膝の上で揃えた。
「それから、もう少し自由に動けるようになったら、私もナイトメアに乗ってみたいです。お兄様より上手いはずですから」
「いや、それは本当にやめてくれ。それになぜそう思った? シミュレーターも体験したことないだろ」
「お母様には私の方がよく似ているでしょう。お母様はこの後の戦いでも強かったんですよね。きっと私も」
ルルーシュがC.C.を見ると、彼女は頬杖をついたまま肩を揺らしていた。
「笑っていないで何か言え」
「顔だけならお前だって似ているぞ。まああの女はそこまで考えて動くヤツではなかったが……やっぱり顔くらいだな」
「そういう話ではない」
「お兄様もおっしゃいました。私は私で考えていいと」
「考えていい。だが、乗ると言えば乗れるものでは――」
ナナリーが両手を膝に揃えて待っている。ルルーシュは一度息を吐いた。
「まず操縦席を見よう。どんな補助が必要かもラクシャータに相談してからだ」
「はい。私のお話も聞いていただけるんですね」
「聞く。だが、出撃まで認めたわけではないぞ」
「乗ってみたいと申し上げただけです。出撃まではお願いしていませんよ」
「今はな。母上に似ていると言うなら、そのうち言い出すだろう」
「……では、その時はまたお願いしますね」
「ほら見ろ」
C.C.が声を立てて笑った。
* * *
部屋を見に行く話がまとまると、C.C.が茶器を盆へ集めた。扉の前でルルーシュへ目を向け、彼が頷くと、そのまま廊下へ出ていった。
ナナリーは船窓から来る風へ顔を向けていた。
「学園のお部屋はどうしましょう」
「残してもらえるよう頼む。片づける物はゆっくり選べばいい」
「お兄様の本もたくさんありますね」
「全部は持っていけないな」
ナナリーが頷く。
ルルーシュは椅子を近づけ妹の手を取った。
「最後は日本で一緒に暮らそう。学園の近くでもほかの街でもいい」
「C.C.さんも?」
「ああ。あいつにも選んでもらうが」
「ではお部屋は三つですね。咲世子さんがいらっしゃる時の分も必要ですし」
「……四つではないのか」
ナナリーは少し首を傾けた。
「お兄様とC.C.さんは別々がよろしいのですか?」
ルルーシュの返事を待つ間、妹の口元に笑みが浮かんでいた。