コードギアス 君の知らない、その先へ 作:明日を願う旅人
白い機体が、仕切りの向こうで足を止めた。
倒れた板の隙間から、赤い光が一度だけ見える。センサーがこちらを捉えたのだろう。ルルーシュは操縦桿を倒し、建物の陰へ機体を滑らせた。
『おい! まだそこにいるのか!』
玉城の声が通信を割った。
「声を抑えろ。こちらの位置を知らせたいのか」
『もう見つかってるだろ!』
「お前の後ろにいる連中は、まだだ」
言い返しかけた声が止まった。背後の瓦礫には、壊れた二機から脱出した操縦者がいる。玉城だけではない。
「歩ける者は北側の地下入口へ。動けない者には、あと三十秒で赤い機体が着く」
『三十秒で来られるのか?』
「間に合わせる」
地図を拡大する。カレンのグラスゴーは高架へ入ったところだった。行く手に障害物がある。足を止めて撤去していたら、間に合わない。
「赤い機体、右の支柱を使え。跳ぶんだ」
『そんな無茶を――』
「着地先は空いている。左から回れば白い奴と正面で会う」
返答の代わりに、駆動音が高くなった。
ルルーシュは通信を切り替える。白い機体の向こうに、まだ軍の車両が一台残っている。射線上には人影があった。撃てない。
その位置へランスロットを誘導するわけにもいかない。スザクは避けるだろうが、弾を放つのはこちらだ。
「……こっちへ来い」
機体を道路へ出す。
即座に白い影が動いた。速い。前にいたスザクを知っているからこそ、この時代の彼がまだ操縦に慣れていないなどとは思わなかった。
ルルーシュは銃を撃った。狙いはランスロットではなく、無人の工事柵の留め具。金属板が倒れて道を狭める。
白い機体が板を踏み越えた。
その一瞬を使って、ルルーシュは横道へ飛び込む。壁に肩を打ちつけ、計器が警告音を鳴らした。
『正体不明機、停止しろ!』
軍用回線に、少年の声が入った。
スザク。
ルルーシュの手が、ほんの一拍止まる。
『これ以上戦う必要はない! 投降すれば――』
「投降させて、それからどうする」
回線を開いたまま、声を低くした。学園で話すときとは違う発声にしたつもりでも、聞き覚えのある相手には危うい。
『民間人は保護する!』
「後ろの通りを見ろ。倒れているのが誰か、その目で確かめろ」
返事が途切れる。
足を止めさせるための言葉だった。だが、彼に見てほしい光景でもあった。
『……あれは』
白い機体が振り向いた。
高架の上から、カレンが跳んだ。着地と同時に腕を伸ばし、瓦礫の前へ機体をつける。
「今だ、拾え!」
『二人いる! 片方は足を怪我してる!』
「後ろの搬送用ラックを使え。玉城、動けるなら手伝え」
『言われなくてもやってる!』
ルルーシュは背後の映像を見つめた。玉城が脚を引きずりながら仲間を支え、グラスゴーの陰へ押し込む。もう一人も乗った。
ランスロットがこちらへ向き直る。
間に合った。あとは離脱するだけだ。
「赤い機体、東へ退け。追われたら機体を捨ててでも人を運べ」
『あんたは?』
「やることがある」
『名前くらい教えなさいよ』
答えかけて、やめた。トラックでは顔を見られている。だが、その学生が指揮を執っていると教えれば、彼女に抱えさせる秘密が増える。今は声だけでいい。
「無事に帰ったら考える」
『逃げるのね』
「今回はな」
赤い機体が走り去る。ランスロットは追おうとして、こちらを振り返った。どちらを取るか、スザクも迷っている。
玉城たちの通信が途切れていないことを、もう一度確かめる。負傷者の呼吸は荒いが、声は届いていた。人数を数えるよう促すと、玉城は悪態をつきながら全員の名前を呼んだ。
『全員いるって。……白い奴さえ来なけりゃ、あのまま勝てたんだよ』
「勝ちを口にするのは、全員で帰ってからにしろ。仲間を一人でも置いていけば、さっきの戦果に意味はない」
回線が静かになる。やがて、玉城が小さく舌打ちした。
『……言われなくても連れてく』
それが彼の答えだった。ルルーシュは、今度はその言葉を当てにした。
その間にルルーシュは無人の建物へ機体を滑り込ませた。細い搬入口は、ランスロットなら通れる。だが、こちらが先に奥へ入れば、外からは射線が通らない。
捕まる前に降りるしかない。
ハッチを開き、非常階段へ走った。
下の階には、住民が数人身を寄せていた。軍服の姿を認めるなり、一人が子どもを背中へ隠す。ルルーシュは上着を脱いだ。味方だと証明する時間はない。
「表の通りには出ないでください。裏の階段から地下へ。戦闘が収まるまで、地上には戻らないで」
男が疑わしそうに彼を見た。
「お前は、軍の人間じゃないのか」
「違います」
それだけ答え、非常口を開けた。風に混じって焦げた匂いがする。階段の先に兵がいないかを確かめ、道を譲る。
母親らしい女が子どもの手を引いて通った。礼は言われなかった。怖がられている相手を引き止めるつもりもない。ルルーシュは彼らが階段を降り切るまで待ち、反対側へ走った。
* * *
C.C.は、指定した通路にいた。
奪った軍服を羽織り、壁にもたれている。こちらを見るなり、制服の袖についた血へ目を向けた。
「お前のか」
「俺の血だ。操縦席で腕を擦った」
「傷を見せろ」
ルルーシュが袖をまくると、浅い切り傷があった。指で押さえようとするより早く、彼女が布を裂いて巻く。
「これで動かせる。だが、無茶をすればまた開くぞ」
「気をつける」
「その返事は信用しない」
結び目を確かめる彼女の指が、手首に触れた。
頭の奥を、熱いものがかすめる。知らないはずの街路が見えた。雪か、白い灰か。次の瞬間には、白壁の廊下へ戻っていた。
C.C.が手を離す。
「今、何か見えたか」
「お前もか」
「質問しているのは私だ」
答えを選ぶ時間はなかった。通路の端に、軍服の男が現れる。先ほどギアスを掛けた兵だった。
「総督のいる区画まで、案内できます」
ルルーシュはC.C.を見た。女は眉を上げただけだった。
「お前の謎は、総督を片づけてからだ」
「『片づける』の意味を聞いておこうか」
「生かす」
短く答える。
「それでも、銃は要る」
C.C.は傷を巻いた布を結び終えると、それ以上は尋ねなかった。
* * *
総督府の警備は、戦場へ兵を出したぶん薄くなっていた。それでも、少年と見知らぬ女が正面から入れるほどではない。
ルルーシュは兵を先に歩かせた。通信機を手にした連絡要員に見えるよう、借りた上着の襟を立てる。門で止められた兵には目を合わせ、「俺の命令に従え」と命じた。自分とC.C.を通し、ここで見聞きした二人のことは誰にも話すな、と続ける。
兵が道を開けた。ルルーシュは足を速める。
司令室の手前で、C.C.が足を止めた。
「私は外で見ている。お前の弟子でも護衛でもないからな」
「分かっている」
彼女が扉の脇へ消えるのを見届け、ルルーシュは兵に頷いた。鍵が外れる。
クロヴィスは卓上の地図に手をつき、側近へ声を荒らげていた。
「まだ見つからないのか! あの女はどこにいる!」
隠したいのは、彼女だった。新宿の住民ではない。
顔を上げた皇子が、侵入者を見た。兵を呼ぶ前に、ルルーシュは眼を開く。
「クロヴィス。俺の命令に従え。俺の許可なく、ここにいる俺とC.C.のことを誰にも話すな」
赤い光が、青い瞳に沈んだ。
クロヴィスの身体から力が抜ける。
側近が扉へ駆け出そうとした。入口の兵に押さえさせ、こちらへ顔を向けさせる。
「眠れ。目覚めたら、俺がこの部屋に入ってから眠るまでのことを、すべて忘れろ」
側近の膝が折れた。兵に支えさせ、壁際へ寝かせる。素顔も、これから交わす言葉も、持ち帰らせるわけにはいかなかった。
「新宿での掃討を直ちに中止しろ。生き残った住民を保護し、軍にもそう命じるんだ」
彼は通信機へ手を伸ばした。命令を繰り返し、相手に確認させるまで、ルルーシュは近くで聞いていた。
殺せ、の一言で動いた軍が、止まれ、の一言で止まるとは限らない。散った部隊へ伝わるまで時間がかかる。ルルーシュは地図を指し、命令の届きにくい区画を伝えさせた。
「総督を辞する手続きも始めろ。今後、政治と軍の指揮を執るな。望んでいた芸術に時間を使えばいい」
「……分かった」
クロヴィスが答えた。
ルルーシュは地図を見た。散った赤い印は、簡単には消えない。今の命令で救える者がいる。だが、すでに倒れた人々は戻らない。
クロヴィスは通信機を離しても、なお震えていた。彼の手が地図の角を押さえている。赤い印が隠れた。
兄の顔を見つめる。少年のころ、描きかけの絵を見せられたことがあった。母を描くのは難しいと、何度も筆を置いた。あのときの兄は、人を地図上の点として扱っていなかった。
今ここで処刑すれば、クロヴィスが何を恐れたのか聞く機会も消える。何より、それをナナリーにどう話すのか、ルルーシュにはまだ答えがなかった。
「あの女を使っていた施設はどこだ」
クロヴィスは答えた。場所と、バトレーの名前。細部をすべて書き取るには時間が足りない。ルルーシュは要点を携帯へ入力した。
顔を上げた皇子が、ルルーシュを見つめている。
名を呼びかけたように見えた。ギアスが効いていても、記憶まで消えたわけではない。
「兄上……」
声がかすれる。
「あの女を追って、街を撃ったのか」
クロヴィスは俯いた。命令を出す人間をどう裁くか。ルルーシュは、ずっと前に一つの答えを出していた。
その答えの続きを、今は選ばなければならない。
机の端に置かれた拳銃を拾う。側近は壁際で眠ったままだった。
ギアスで辞任を命じた。それだけなら、総督が突然の命令を出して自分から座を降りたことになる。翌日には取り消しを求める声が上がり、側近は異変を調べるだろう。
襲撃を受け、判断能力に疑問があると見なされれば、軍は彼を戦場の指揮から外す。新宿の命令を止める時間を稼げる。
それは、兄を撃つ理由にはなる。許しになるかどうかは、別だった。
「命は取らない」
「なら、何を」
「お前がもうこの席に座れない理由を作る」
引き金に指を掛ける。
銃声のあと、クロヴィスが床に崩れた。
ルルーシュは駆け寄り、出血を確かめる。肩の近く。意識はある。血の量を見て、予定どおりだとは思えなかった。弾が少しずれていれば、同じ言葉を言えただろうか。
「医師を呼べ。治療を最優先にしろ」
入口を守っていた兵が、通信機で医療班を呼んだ。
ルルーシュは銃を机の上へ置いた。
廊下でC.C.が彼を待っている。顔を見て、何も言わなかった。
総督府から、掃討中止の通信が流れ始める。
その音を聞きながら、ルルーシュは自分の手を見た。
未来を知っている。それでも、引き金を引いたあとの弾の行き先まで知ることはできなかった。