コードギアス 君の知らない、その先へ   作:明日を願う旅人

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第4話 撃たれた皇子

 白い機体が、仕切りの向こうで足を止めた。

 倒れた板の隙間から、赤い光が一度だけ見える。センサーがこちらを捉えたのだろう。ルルーシュは操縦桿を倒し、建物の陰へ機体を滑らせた。

 

『おい! まだそこにいるのか!』

 

 玉城の声が通信を割った。

 

「声を抑えろ。こちらの位置を知らせたいのか」

 

『もう見つかってるだろ!』

 

「お前の後ろにいる連中は、まだだ」

 

 言い返しかけた声が止まった。背後の瓦礫には、壊れた二機から脱出した操縦者がいる。玉城だけではない。

 

「歩ける者は北側の地下入口へ。動けない者には、あと三十秒で赤い機体が着く」

 

『三十秒で来られるのか?』

 

「間に合わせる」

 

 地図を拡大する。カレンのグラスゴーは高架へ入ったところだった。行く手に障害物がある。足を止めて撤去していたら、間に合わない。

 

「赤い機体、右の支柱を使え。跳ぶんだ」

 

『そんな無茶を――』

 

「着地先は空いている。左から回れば白い奴と正面で会う」

 

 返答の代わりに、駆動音が高くなった。

 

 ルルーシュは通信を切り替える。白い機体の向こうに、まだ軍の車両が一台残っている。射線上には人影があった。撃てない。

 

 その位置へランスロットを誘導するわけにもいかない。スザクは避けるだろうが、弾を放つのはこちらだ。

 

「……こっちへ来い」

 

 機体を道路へ出す。

 

 即座に白い影が動いた。速い。前にいたスザクを知っているからこそ、この時代の彼がまだ操縦に慣れていないなどとは思わなかった。

 

 ルルーシュは銃を撃った。狙いはランスロットではなく、無人の工事柵の留め具。金属板が倒れて道を狭める。

 

 白い機体が板を踏み越えた。

 

 その一瞬を使って、ルルーシュは横道へ飛び込む。壁に肩を打ちつけ、計器が警告音を鳴らした。

 

『正体不明機、停止しろ!』

 

 軍用回線に、少年の声が入った。

 

 スザク。

 

 ルルーシュの手が、ほんの一拍止まる。

 

『これ以上戦う必要はない! 投降すれば――』

 

「投降させて、それからどうする」

 

 回線を開いたまま、声を低くした。学園で話すときとは違う発声にしたつもりでも、聞き覚えのある相手には危うい。

 

『民間人は保護する!』

 

「後ろの通りを見ろ。倒れているのが誰か、その目で確かめろ」

 

 返事が途切れる。

 

 足を止めさせるための言葉だった。だが、彼に見てほしい光景でもあった。

 

『……あれは』

 

 白い機体が振り向いた。

 

 高架の上から、カレンが跳んだ。着地と同時に腕を伸ばし、瓦礫の前へ機体をつける。

 

「今だ、拾え!」

 

『二人いる! 片方は足を怪我してる!』

 

「後ろの搬送用ラックを使え。玉城、動けるなら手伝え」

 

『言われなくてもやってる!』

 

 ルルーシュは背後の映像を見つめた。玉城が脚を引きずりながら仲間を支え、グラスゴーの陰へ押し込む。もう一人も乗った。

 

 ランスロットがこちらへ向き直る。

 

 間に合った。あとは離脱するだけだ。

 

「赤い機体、東へ退け。追われたら機体を捨ててでも人を運べ」

 

『あんたは?』

 

「やることがある」

 

『名前くらい教えなさいよ』

 

 答えかけて、やめた。トラックでは顔を見られている。だが、その学生が指揮を執っていると教えれば、彼女に抱えさせる秘密が増える。今は声だけでいい。

 

「無事に帰ったら考える」

 

『逃げるのね』

 

「今回はな」

 

 赤い機体が走り去る。ランスロットは追おうとして、こちらを振り返った。どちらを取るか、スザクも迷っている。

 

 玉城たちの通信が途切れていないことを、もう一度確かめる。負傷者の呼吸は荒いが、声は届いていた。人数を数えるよう促すと、玉城は悪態をつきながら全員の名前を呼んだ。

 

『全員いるって。……白い奴さえ来なけりゃ、あのまま勝てたんだよ』

 

「勝ちを口にするのは、全員で帰ってからにしろ。仲間を一人でも置いていけば、さっきの戦果に意味はない」

 

 回線が静かになる。やがて、玉城が小さく舌打ちした。

 

『……言われなくても連れてく』

 

 それが彼の答えだった。ルルーシュは、今度はその言葉を当てにした。

 

 その間にルルーシュは無人の建物へ機体を滑り込ませた。細い搬入口は、ランスロットなら通れる。だが、こちらが先に奥へ入れば、外からは射線が通らない。

 

 捕まる前に降りるしかない。

 

 ハッチを開き、非常階段へ走った。

 

 下の階には、住民が数人身を寄せていた。軍服の姿を認めるなり、一人が子どもを背中へ隠す。ルルーシュは上着を脱いだ。味方だと証明する時間はない。

 

「表の通りには出ないでください。裏の階段から地下へ。戦闘が収まるまで、地上には戻らないで」

 

 男が疑わしそうに彼を見た。

 

「お前は、軍の人間じゃないのか」

 

「違います」

 

 それだけ答え、非常口を開けた。風に混じって焦げた匂いがする。階段の先に兵がいないかを確かめ、道を譲る。

 

 母親らしい女が子どもの手を引いて通った。礼は言われなかった。怖がられている相手を引き止めるつもりもない。ルルーシュは彼らが階段を降り切るまで待ち、反対側へ走った。

 

 * * *

 

 C.C.は、指定した通路にいた。

 

 奪った軍服を羽織り、壁にもたれている。こちらを見るなり、制服の袖についた血へ目を向けた。

 

「お前のか」

 

「俺の血だ。操縦席で腕を擦った」

 

「傷を見せろ」

 

 ルルーシュが袖をまくると、浅い切り傷があった。指で押さえようとするより早く、彼女が布を裂いて巻く。

 

「これで動かせる。だが、無茶をすればまた開くぞ」

 

「気をつける」

 

「その返事は信用しない」

 

 結び目を確かめる彼女の指が、手首に触れた。

 

 頭の奥を、熱いものがかすめる。知らないはずの街路が見えた。雪か、白い灰か。次の瞬間には、白壁の廊下へ戻っていた。

 

 C.C.が手を離す。

 

「今、何か見えたか」

 

「お前もか」

 

「質問しているのは私だ」

 

 答えを選ぶ時間はなかった。通路の端に、軍服の男が現れる。先ほどギアスを掛けた兵だった。

 

「総督のいる区画まで、案内できます」

 

 ルルーシュはC.C.を見た。女は眉を上げただけだった。

 

「お前の謎は、総督を片づけてからだ」

 

「『片づける』の意味を聞いておこうか」

 

「生かす」

 

 短く答える。

 

「それでも、銃は要る」

 

 C.C.は傷を巻いた布を結び終えると、それ以上は尋ねなかった。

 

 * * *

 

 総督府の警備は、戦場へ兵を出したぶん薄くなっていた。それでも、少年と見知らぬ女が正面から入れるほどではない。

 

 ルルーシュは兵を先に歩かせた。通信機を手にした連絡要員に見えるよう、借りた上着の襟を立てる。門で止められた兵には目を合わせ、「俺の命令に従え」と命じた。自分とC.C.を通し、ここで見聞きした二人のことは誰にも話すな、と続ける。

 

 兵が道を開けた。ルルーシュは足を速める。

 

 司令室の手前で、C.C.が足を止めた。

 

「私は外で見ている。お前の弟子でも護衛でもないからな」

 

「分かっている」

 

 彼女が扉の脇へ消えるのを見届け、ルルーシュは兵に頷いた。鍵が外れる。

 

 クロヴィスは卓上の地図に手をつき、側近へ声を荒らげていた。

 

「まだ見つからないのか! あの女はどこにいる!」

 

 隠したいのは、彼女だった。新宿の住民ではない。

 

 顔を上げた皇子が、侵入者を見た。兵を呼ぶ前に、ルルーシュは眼を開く。

 

「クロヴィス。俺の命令に従え。俺の許可なく、ここにいる俺とC.C.のことを誰にも話すな」

 

 赤い光が、青い瞳に沈んだ。

 

 クロヴィスの身体から力が抜ける。

 

 側近が扉へ駆け出そうとした。入口の兵に押さえさせ、こちらへ顔を向けさせる。

 

「眠れ。目覚めたら、俺がこの部屋に入ってから眠るまでのことを、すべて忘れろ」

 

 側近の膝が折れた。兵に支えさせ、壁際へ寝かせる。素顔も、これから交わす言葉も、持ち帰らせるわけにはいかなかった。

 

「新宿での掃討を直ちに中止しろ。生き残った住民を保護し、軍にもそう命じるんだ」

 

 彼は通信機へ手を伸ばした。命令を繰り返し、相手に確認させるまで、ルルーシュは近くで聞いていた。

 

 殺せ、の一言で動いた軍が、止まれ、の一言で止まるとは限らない。散った部隊へ伝わるまで時間がかかる。ルルーシュは地図を指し、命令の届きにくい区画を伝えさせた。

 

「総督を辞する手続きも始めろ。今後、政治と軍の指揮を執るな。望んでいた芸術に時間を使えばいい」

 

「……分かった」

 

 クロヴィスが答えた。

 

 ルルーシュは地図を見た。散った赤い印は、簡単には消えない。今の命令で救える者がいる。だが、すでに倒れた人々は戻らない。

 

 クロヴィスは通信機を離しても、なお震えていた。彼の手が地図の角を押さえている。赤い印が隠れた。

 

 兄の顔を見つめる。少年のころ、描きかけの絵を見せられたことがあった。母を描くのは難しいと、何度も筆を置いた。あのときの兄は、人を地図上の点として扱っていなかった。

 

 今ここで処刑すれば、クロヴィスが何を恐れたのか聞く機会も消える。何より、それをナナリーにどう話すのか、ルルーシュにはまだ答えがなかった。

 

「あの女を使っていた施設はどこだ」

 

 クロヴィスは答えた。場所と、バトレーの名前。細部をすべて書き取るには時間が足りない。ルルーシュは要点を携帯へ入力した。

 

 顔を上げた皇子が、ルルーシュを見つめている。

 

 名を呼びかけたように見えた。ギアスが効いていても、記憶まで消えたわけではない。

 

「兄上……」

 

 声がかすれる。

 

「あの女を追って、街を撃ったのか」

 

 クロヴィスは俯いた。命令を出す人間をどう裁くか。ルルーシュは、ずっと前に一つの答えを出していた。

 

 その答えの続きを、今は選ばなければならない。

 

 机の端に置かれた拳銃を拾う。側近は壁際で眠ったままだった。

 

 ギアスで辞任を命じた。それだけなら、総督が突然の命令を出して自分から座を降りたことになる。翌日には取り消しを求める声が上がり、側近は異変を調べるだろう。

 

 襲撃を受け、判断能力に疑問があると見なされれば、軍は彼を戦場の指揮から外す。新宿の命令を止める時間を稼げる。

 

 それは、兄を撃つ理由にはなる。許しになるかどうかは、別だった。

 

「命は取らない」

 

「なら、何を」

 

「お前がもうこの席に座れない理由を作る」

 

 引き金に指を掛ける。

 

 銃声のあと、クロヴィスが床に崩れた。

 

 ルルーシュは駆け寄り、出血を確かめる。肩の近く。意識はある。血の量を見て、予定どおりだとは思えなかった。弾が少しずれていれば、同じ言葉を言えただろうか。

 

「医師を呼べ。治療を最優先にしろ」

 

 入口を守っていた兵が、通信機で医療班を呼んだ。

 

 ルルーシュは銃を机の上へ置いた。

 

 廊下でC.C.が彼を待っている。顔を見て、何も言わなかった。

 

 総督府から、掃討中止の通信が流れ始める。

 

 その音を聞きながら、ルルーシュは自分の手を見た。

 

 未来を知っている。それでも、引き金を引いたあとの弾の行き先まで知ることはできなかった。

 

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