コードギアス 君の知らない、その先へ   作:明日を願う旅人

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第5話 今夜、話すこと

 門をくぐるころには、夜になっていた。

 

 C.C.はクラブハウスを見上げ、立ち止まった。

 

「ここがお前の安全な場所か」

 

「俺が住んでいる」

 

「それは聞いた。私を連れてきた理由を聞いている」

 

 ルルーシュは門の奥を見た。二階の窓に明かりがついている。朝、ナナリーと約束をした部屋だ。

 

 C.C.を軍の手が届く場所に置いておけなかった。かといって、まだ彼女がどこへ行きたいのか、聞いてもいない。

 

「今夜だけ、客室を使ってくれ。明日、行き先を考える」

 

「私の行き先まで決めるつもりだったら、追い返したがな」

 

 彼女は歩き出した。

 

 門へ手を掛けたルルーシュが、少し遅れる。

 

「君には、話しておくべきことがある」

 

「今さらか」

 

「俺がお前を知っている理由だ」

 

 C.C.がこちらを向いた。

 

 だがルルーシュは、そのまま続きを口にしなかった。今この場で話せば、彼女を安心させたい一心で、未来の自分たちの関係まで押しつけてしまいそうだった。

 

「まず、妹に話す。朝、約束した」

 

「妹?」

 

「ナナリーだ」

 

 C.C.が足を止めた。

 

「ナナリー・ヴィ・ブリタニアか」

 

「ああ」

 

「なら、お前はルルーシュ。マリアンヌの息子だな」

 

 ルルーシュは頷いた。C.C.は母を知っている。ナナリーの名から自分に行き着いたのは、未来の記憶が戻ったからではない。

 

「私の名を知っていた理由は、まだ答えていないぞ」

 

「明日、話す」

 

 C.C.は小さく息を吐いた。

 

「今度は逃げるなよ」

 

「ああ」

 

 また約束を増やした。今度は、自分でも覚えていられるように数えた。

 

 * * *

 

 咲世子は、ルルーシュの袖と顔を一度見ただけで、着替えと湯を用意した。

 

「手当ては必要ですか」

 

「布を替えればいい。それより、彼女の部屋を」

 

「承知しました」

 

 C.C.は階段の手前で足を止めた。知らない家の使用人に世話を焼かれるのが苦手そうな顔だ。

 

「お兄様?」

 

 廊下の奥から、ナナリーの声がした。

 

 ルルーシュは真っ先にそちらを見た。車椅子に座った妹の手が、行き先を探すように宙へ伸びる。咲世子が押して来たのだろう。

 

「戻った」

 

「遅かったですね」

 

「すまない」

 

 ナナリーの笑みが少しだけ揺れた。彼女の後ろの時計は、夕食の時刻を過ぎている。

 

「お客様がいらっしゃるんですか?」

 

「ああ。C.C.という」

 

「C.C.さん。初めまして」

 

「……初めまして」

 

 C.C.が答えた。声の調子から、ナナリーは相手との距離を測ったようだった。

 

「お兄様の大切な方なのですね」

 

「ナナリー」

 

「だって、朝とは違う声をなさっています」

 

 ルルーシュは言い返せなかった。

 

 C.C.の方は何も言わない。未来を知らない彼女の前で、その言葉を肯定してよいのかも分からなかった。

 

「まず食事になさいませ」

 

 咲世子が助け舟を出した。

 

 卓上に置かれた温かな皿を見て、ルルーシュはようやく一日ほとんど何も食べていないことに気づいた。C.C.がパンを一つ取る。ナナリーがその音へ顔を向けた。

 

「お口に合いますか?」

 

「悪くない」

 

「よかった」

 

 二人の会話を聞きながら、ルルーシュはスプーンを握った。

 

 以前なら、この食卓にC.C.を座らせた理由を曖昧にしていた。ナナリーが問いかける前に話題を変え、彼女に届く情報を自分で選んでいた。

 

 今日は、そうしない。

 

 * * *

 

 咲世子がC.C.を客室へ案内したあと、ルルーシュはナナリーの部屋へ入った。

 

 窓は閉まっている。朝は晴れると言った空が、今は真っ暗だった。

 

「戻ったら話すと、約束しましたね」

 

「ああ」

 

 椅子を引いて向かい合う。

 

 話す順番を考えた。今朝、自分の身に何が起きたのか。ここへ戻る前に何をしていたのか。そして今日、何を選んだのか。

 

 どこから始めても、ナナリーには突拍子のない話に聞こえる。ならば、最初に今朝のことを説明する。

 

「今朝、俺がお前を抱きしめた理由から話す」

 

 ナナリーは黙っていた。

 

「俺は一度、今から数年先まで生きた。そこで死んだが、生き返ってからはC.C.と旅をしていた。昨日までその旅の途中にいたのに、今朝目を覚ますと、この時代に戻っていた。俺だけが、先の出来事を覚えている」

 

 いつもなら、相手に伝わる順番まで考えて話せる。だがナナリーを前にすると、用意した言葉が思うように続かなかった。自分で確かめられたのは、この身体と記憶だけだ。

 

「夢では、ないのですね」

 

「夢なら、もっと上手に話せる」

 

 妹の表情が和らぐことはなかった。

 

「お兄様は、その世界で何をなさったんですか」

 

 ルルーシュは手を組んだ。指の付け根に、銃の反動が残っている気がする。

 

「ゼロになった。仮面をかぶって、この国と戦った」

 

 ナナリーの指が膝の上で強く結ばれた。

 

「人を、傷つけたのですか」

 

「ああ」

 

 ここで数を曖昧にすれば、また彼女を遠ざける。

 

「守れた人もいた。俺の決断で死んだ人もいる。今日の新宿でも、戦闘を知りながら、C.C.に会える道を選んだ」

 

「新宿……ニュースで、大変なことがあったと」

 

「行っていた。掃討を止める命令は出させたが、それまでに死んだ人は戻らない」

 

 ナナリーは俯いた。

 

 許してほしいとは言えなかった。

 

「……その命令を出していたのは、どなたですか」

 

「クロヴィス兄上だ」

 

 ナナリーが顔を上げる。幼いころ、兄が描いてくれた絵のことを、彼女も覚えているはずだ。

 

「兄上に、軍へ掃討中止を命じさせた。そのあと、撃った」

 

 指先が、彼の手の中で固まった。

 

「亡くなったのですか」

 

「生きている。医師を呼ばせた。だが、撃った場所が少し違えばどうなったかは分からない」

 

「なぜ、止めさせた後に」

 

「総督の席から確実に外すためだ。辞めろと命じるだけでは、軍の命令系統がすぐ変わるとは限らない。襲撃を受ければ、兄上の判断は疑われる」

 

 説明しているうちに、戦場で組み立てた理屈が耳に戻ってきた。理由はある。それでも、撃つと決めたのは自分だった。

 

「それが唯一の方法だったのですか」

 

 ルルーシュは答えられなかった。

 

「分からない。他の手を試す時間はなかった」

 

「お兄様が、間違えたと思ったら、私がそう言ってもいいですか」

 

「言ってくれ」

 

 ナナリーの手が、かすかに緩む。許されたわけではない。話し続けることを、選んでくれたのだ。

 

「C.C.さんは、その未来を知っているのですか」

 

「知らない。俺を初めて見た目をしていた」

 

 答えると、胸の奥に空いた場所を改めて意識した。

 

「お兄様だけが覚えているのですね」

 

「今は、そうだ」

 

 ナナリーが手を伸ばした。ルルーシュはその手を取る。

 

 小さな指が、彼の手の甲に触れる。

 

 今朝と同じ後悔がある。その奥で、相手が話を聞いてくれたことを喜んでいる。ナナリーには分かった。

 

「まだ、隠していることがありますね」

 

「ある」

 

「それは、私に話してはいけないことですか」

 

「怖いんだ」

 

 ようやく、本当の言葉が出た。

 

「全部話せば、お前が俺をどう見るか分からない」

 

 ナナリーの手が離れなかった。

 

「では、ひとつずつ聞きます」

 

 ルルーシュは頷く。

 

「C.C.から得た力がある。人の目を見て、命令を聞かせる力だ。ギアスという。兄上に掃討を止めさせたのも、その力だ。前の世界でも使った」

 

「その力で、人を助けたことはありますか」

 

「ある」

 

「傷つけたことも」

 

「ある」

 

 ナナリーはしばらく黙っていた。

 

「今のお兄様は、私にその力を使えますか」

 

「使わない」

 

「できますか、と聞いたんです」

 

 ルルーシュは息を呑んだ。ナナリーの閉じた瞳が、彼の顔へ向いている。

 

「相手の目を見る必要がある。今のお前には掛けられない」

 

「では、もし私が目を開けたら」

 

「それでも、お前には使わない」

 

 妹は彼の指を握り直した。

 

「私が、反対しても?」

 

「……ああ」

 

 言葉を口にして、ルルーシュは思い知る。戦場では、反対を押し切ることがある。だが、ナナリーに対してそれを許せば、今夜ここへ座った意味が消える。

 

「最後まで、俺の言葉で説明する」

 

 ナナリーは頷いた。

 

「なら、私も考えます。今日のことも、これからのことも」

 

「危険な話だぞ」

 

「知っています。お兄様が怪我をして帰ってきたのですから」

 

 ルルーシュは袖を見た。着替えていても、彼女には分かる。

 

「ゼロという名を、もう一度使うつもりだ」

 

「兄が何をしているのか、知らないままにはしないでください」

 

「分かった」

 

「そして、私が違うと思ったら、話を聞いてください」

 

 それには少し時間がかかった。

 

「……約束する」

 

 廊下から、かすかな足音がした。咲世子が巡回しているのだろう。

 

 ナナリーがその方を向く。

 

「咲世子さんにも、いつか話しますか」

 

「お前と相談して決める」

 

「はい」

 

 彼女は笑った。今朝とは違う、理由を知ったうえでの笑みだった。

 

 ルルーシュは手を離さなかった。

 

 すべてを話し終えたわけではない。前の世界で妹に何をさせたか、自分がどう死んだか。そこは言葉にできなかった。話すと約束した以上、黙ったままにはできない。

 

「明日も、帰ってきてくださいね」

 

 扉へ向かう前に、ナナリーが言った。

 

「今日のお話は、まだ途中なのでしょう」

 

「そうだな。お前に伝えるべきことは、まだある」

 

「私は、お兄様が選ぶ理由を知りたいです。決めたことだけ、あとから教えられるのは嫌ですから」

 

 ルルーシュは振り向いた。妹はまっすぐこちらを向いていた。閉じた瞳の奥で何を思っているかを、彼の方は触れても分からない。それでも、言葉は十分に届いた。

 

「分かった。俺も、決める前に話す」

 

「全部、とは言いません。でも、できるだけ」

 

「ああ。できるだけ」

 

 まず今夜、二人で次の一歩を決めた。

 

 * * *

 

 部屋へ戻る途中、客室の扉が開いた。

 

 C.C.が片手で髪を押さえている。借りた服の袖が少し長い。

 

「話は終わったか」

 

「まだ、これからだ」

 

「妹は何と言った」

 

「私にも考えさせてほしい、と」

 

 C.C.が一瞬、言葉を探すような顔をした。

 

「いい妹だな」

 

「ああ」

 

「それで、お前はどうする」

 

 ルルーシュは階段の方を見た。クロヴィスを撃った手が、ナナリーの手を握っていた。彼女にすべてを任せるつもりはない。だが、次に誰を傷つけるか、自分だけで決め続けることもやめたい。

 

「明日、お前に話す。俺が知っている未来を」

 

「信じるかどうかは、私が決めるぞ」

 

「そうしてくれ」

 

「妹に話したから、私にも話す。順番をつけているのか」

 

「そうじゃない。ナナリーには今朝、約束した。お前にはまだ、話を聞くかどうかも尋ねていなかった」

 

「なら明日、聞くかどうかを決める。今夜は眠い」

 

 C.C.は扉に手を掛けたが、すぐには閉めなかった。

 

「お前も寝ろ。明日、話せなくなっては困る」

 

 彼女の瞳を見た。やはり、昔のように笑い返してはくれない。

 

 それでも、同じ屋根の下にいる。

 

 ルルーシュは明かりを落とす前に、窓の外を見た。

 

 学園の庭は静かだった。新宿で何人が死んだのか、まだ分からないまま、その静けさの中にいた。

 

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