コードギアス 君の知らない、その先へ 作:明日を願う旅人
門をくぐるころには、夜になっていた。
C.C.はクラブハウスを見上げ、立ち止まった。
「ここがお前の安全な場所か」
「俺が住んでいる」
「それは聞いた。私を連れてきた理由を聞いている」
ルルーシュは門の奥を見た。二階の窓に明かりがついている。朝、ナナリーと約束をした部屋だ。
C.C.を軍の手が届く場所に置いておけなかった。かといって、まだ彼女がどこへ行きたいのか、聞いてもいない。
「今夜だけ、客室を使ってくれ。明日、行き先を考える」
「私の行き先まで決めるつもりだったら、追い返したがな」
彼女は歩き出した。
門へ手を掛けたルルーシュが、少し遅れる。
「君には、話しておくべきことがある」
「今さらか」
「俺がお前を知っている理由だ」
C.C.がこちらを向いた。
だがルルーシュは、そのまま続きを口にしなかった。今この場で話せば、彼女を安心させたい一心で、未来の自分たちの関係まで押しつけてしまいそうだった。
「まず、妹に話す。朝、約束した」
「妹?」
「ナナリーだ」
C.C.が足を止めた。
「ナナリー・ヴィ・ブリタニアか」
「ああ」
「なら、お前はルルーシュ。マリアンヌの息子だな」
ルルーシュは頷いた。C.C.は母を知っている。ナナリーの名から自分に行き着いたのは、未来の記憶が戻ったからではない。
「私の名を知っていた理由は、まだ答えていないぞ」
「明日、話す」
C.C.は小さく息を吐いた。
「今度は逃げるなよ」
「ああ」
また約束を増やした。今度は、自分でも覚えていられるように数えた。
* * *
咲世子は、ルルーシュの袖と顔を一度見ただけで、着替えと湯を用意した。
「手当ては必要ですか」
「布を替えればいい。それより、彼女の部屋を」
「承知しました」
C.C.は階段の手前で足を止めた。知らない家の使用人に世話を焼かれるのが苦手そうな顔だ。
「お兄様?」
廊下の奥から、ナナリーの声がした。
ルルーシュは真っ先にそちらを見た。車椅子に座った妹の手が、行き先を探すように宙へ伸びる。咲世子が押して来たのだろう。
「戻った」
「遅かったですね」
「すまない」
ナナリーの笑みが少しだけ揺れた。彼女の後ろの時計は、夕食の時刻を過ぎている。
「お客様がいらっしゃるんですか?」
「ああ。C.C.という」
「C.C.さん。初めまして」
「……初めまして」
C.C.が答えた。声の調子から、ナナリーは相手との距離を測ったようだった。
「お兄様の大切な方なのですね」
「ナナリー」
「だって、朝とは違う声をなさっています」
ルルーシュは言い返せなかった。
C.C.の方は何も言わない。未来を知らない彼女の前で、その言葉を肯定してよいのかも分からなかった。
「まず食事になさいませ」
咲世子が助け舟を出した。
卓上に置かれた温かな皿を見て、ルルーシュはようやく一日ほとんど何も食べていないことに気づいた。C.C.がパンを一つ取る。ナナリーがその音へ顔を向けた。
「お口に合いますか?」
「悪くない」
「よかった」
二人の会話を聞きながら、ルルーシュはスプーンを握った。
以前なら、この食卓にC.C.を座らせた理由を曖昧にしていた。ナナリーが問いかける前に話題を変え、彼女に届く情報を自分で選んでいた。
今日は、そうしない。
* * *
咲世子がC.C.を客室へ案内したあと、ルルーシュはナナリーの部屋へ入った。
窓は閉まっている。朝は晴れると言った空が、今は真っ暗だった。
「戻ったら話すと、約束しましたね」
「ああ」
椅子を引いて向かい合う。
話す順番を考えた。今朝、自分の身に何が起きたのか。ここへ戻る前に何をしていたのか。そして今日、何を選んだのか。
どこから始めても、ナナリーには突拍子のない話に聞こえる。ならば、最初に今朝のことを説明する。
「今朝、俺がお前を抱きしめた理由から話す」
ナナリーは黙っていた。
「俺は一度、今から数年先まで生きた。そこで死んだが、生き返ってからはC.C.と旅をしていた。昨日までその旅の途中にいたのに、今朝目を覚ますと、この時代に戻っていた。俺だけが、先の出来事を覚えている」
いつもなら、相手に伝わる順番まで考えて話せる。だがナナリーを前にすると、用意した言葉が思うように続かなかった。自分で確かめられたのは、この身体と記憶だけだ。
「夢では、ないのですね」
「夢なら、もっと上手に話せる」
妹の表情が和らぐことはなかった。
「お兄様は、その世界で何をなさったんですか」
ルルーシュは手を組んだ。指の付け根に、銃の反動が残っている気がする。
「ゼロになった。仮面をかぶって、この国と戦った」
ナナリーの指が膝の上で強く結ばれた。
「人を、傷つけたのですか」
「ああ」
ここで数を曖昧にすれば、また彼女を遠ざける。
「守れた人もいた。俺の決断で死んだ人もいる。今日の新宿でも、戦闘を知りながら、C.C.に会える道を選んだ」
「新宿……ニュースで、大変なことがあったと」
「行っていた。掃討を止める命令は出させたが、それまでに死んだ人は戻らない」
ナナリーは俯いた。
許してほしいとは言えなかった。
「……その命令を出していたのは、どなたですか」
「クロヴィス兄上だ」
ナナリーが顔を上げる。幼いころ、兄が描いてくれた絵のことを、彼女も覚えているはずだ。
「兄上に、軍へ掃討中止を命じさせた。そのあと、撃った」
指先が、彼の手の中で固まった。
「亡くなったのですか」
「生きている。医師を呼ばせた。だが、撃った場所が少し違えばどうなったかは分からない」
「なぜ、止めさせた後に」
「総督の席から確実に外すためだ。辞めろと命じるだけでは、軍の命令系統がすぐ変わるとは限らない。襲撃を受ければ、兄上の判断は疑われる」
説明しているうちに、戦場で組み立てた理屈が耳に戻ってきた。理由はある。それでも、撃つと決めたのは自分だった。
「それが唯一の方法だったのですか」
ルルーシュは答えられなかった。
「分からない。他の手を試す時間はなかった」
「お兄様が、間違えたと思ったら、私がそう言ってもいいですか」
「言ってくれ」
ナナリーの手が、かすかに緩む。許されたわけではない。話し続けることを、選んでくれたのだ。
「C.C.さんは、その未来を知っているのですか」
「知らない。俺を初めて見た目をしていた」
答えると、胸の奥に空いた場所を改めて意識した。
「お兄様だけが覚えているのですね」
「今は、そうだ」
ナナリーが手を伸ばした。ルルーシュはその手を取る。
小さな指が、彼の手の甲に触れる。
今朝と同じ後悔がある。その奥で、相手が話を聞いてくれたことを喜んでいる。ナナリーには分かった。
「まだ、隠していることがありますね」
「ある」
「それは、私に話してはいけないことですか」
「怖いんだ」
ようやく、本当の言葉が出た。
「全部話せば、お前が俺をどう見るか分からない」
ナナリーの手が離れなかった。
「では、ひとつずつ聞きます」
ルルーシュは頷く。
「C.C.から得た力がある。人の目を見て、命令を聞かせる力だ。ギアスという。兄上に掃討を止めさせたのも、その力だ。前の世界でも使った」
「その力で、人を助けたことはありますか」
「ある」
「傷つけたことも」
「ある」
ナナリーはしばらく黙っていた。
「今のお兄様は、私にその力を使えますか」
「使わない」
「できますか、と聞いたんです」
ルルーシュは息を呑んだ。ナナリーの閉じた瞳が、彼の顔へ向いている。
「相手の目を見る必要がある。今のお前には掛けられない」
「では、もし私が目を開けたら」
「それでも、お前には使わない」
妹は彼の指を握り直した。
「私が、反対しても?」
「……ああ」
言葉を口にして、ルルーシュは思い知る。戦場では、反対を押し切ることがある。だが、ナナリーに対してそれを許せば、今夜ここへ座った意味が消える。
「最後まで、俺の言葉で説明する」
ナナリーは頷いた。
「なら、私も考えます。今日のことも、これからのことも」
「危険な話だぞ」
「知っています。お兄様が怪我をして帰ってきたのですから」
ルルーシュは袖を見た。着替えていても、彼女には分かる。
「ゼロという名を、もう一度使うつもりだ」
「兄が何をしているのか、知らないままにはしないでください」
「分かった」
「そして、私が違うと思ったら、話を聞いてください」
それには少し時間がかかった。
「……約束する」
廊下から、かすかな足音がした。咲世子が巡回しているのだろう。
ナナリーがその方を向く。
「咲世子さんにも、いつか話しますか」
「お前と相談して決める」
「はい」
彼女は笑った。今朝とは違う、理由を知ったうえでの笑みだった。
ルルーシュは手を離さなかった。
すべてを話し終えたわけではない。前の世界で妹に何をさせたか、自分がどう死んだか。そこは言葉にできなかった。話すと約束した以上、黙ったままにはできない。
「明日も、帰ってきてくださいね」
扉へ向かう前に、ナナリーが言った。
「今日のお話は、まだ途中なのでしょう」
「そうだな。お前に伝えるべきことは、まだある」
「私は、お兄様が選ぶ理由を知りたいです。決めたことだけ、あとから教えられるのは嫌ですから」
ルルーシュは振り向いた。妹はまっすぐこちらを向いていた。閉じた瞳の奥で何を思っているかを、彼の方は触れても分からない。それでも、言葉は十分に届いた。
「分かった。俺も、決める前に話す」
「全部、とは言いません。でも、できるだけ」
「ああ。できるだけ」
まず今夜、二人で次の一歩を決めた。
* * *
部屋へ戻る途中、客室の扉が開いた。
C.C.が片手で髪を押さえている。借りた服の袖が少し長い。
「話は終わったか」
「まだ、これからだ」
「妹は何と言った」
「私にも考えさせてほしい、と」
C.C.が一瞬、言葉を探すような顔をした。
「いい妹だな」
「ああ」
「それで、お前はどうする」
ルルーシュは階段の方を見た。クロヴィスを撃った手が、ナナリーの手を握っていた。彼女にすべてを任せるつもりはない。だが、次に誰を傷つけるか、自分だけで決め続けることもやめたい。
「明日、お前に話す。俺が知っている未来を」
「信じるかどうかは、私が決めるぞ」
「そうしてくれ」
「妹に話したから、私にも話す。順番をつけているのか」
「そうじゃない。ナナリーには今朝、約束した。お前にはまだ、話を聞くかどうかも尋ねていなかった」
「なら明日、聞くかどうかを決める。今夜は眠い」
C.C.は扉に手を掛けたが、すぐには閉めなかった。
「お前も寝ろ。明日、話せなくなっては困る」
彼女の瞳を見た。やはり、昔のように笑い返してはくれない。
それでも、同じ屋根の下にいる。
ルルーシュは明かりを落とす前に、窓の外を見た。
学園の庭は静かだった。新宿で何人が死んだのか、まだ分からないまま、その静けさの中にいた。