コードギアス 君の知らない、その先へ 作:明日を願う旅人
朝のニュースに、スザクの名前が出た。
第三皇子クロヴィスへの銃撃。皇族殺人未遂容疑。容疑者は、特別派遣嚮導技術部に所属する名誉ブリタニア人の兵士だという。
ルルーシュは画面の前で動けなかった。
予想はしていた。クロヴィスを撃ったあと、軍が誰かを犯人に仕立てるかもしれない。スザクは新宿にいた。しかも日本人だ。
だが、予想できたことと、友人の名が実際に流れることは違う。
画面には、軍の発表が繰り返し映った。新宿で目撃された日本人の兵士。総督が撃たれた時刻に、その区画にいたという証言。室内にいた側近の話は出てこない。撃たれた皇子はまだ昏睡している。否定できる本人が口を開く前に、軍は容疑者を決めていた。
昨日、彼を庇ってスザクが負った傷も、報道では触れられない。ルルーシュは放送の音量を下げた。事実を知る者が黙っている間に、筋書きだけが出来上がっていく。
「お兄様」
ナナリーの手が、彼の袖を探した。
「スザクさんのことですか」
「ああ。あいつは撃っていない」
「知っています。昨夜、撃ったのは自分だと、お兄様が話してくれましたから」
咲世子が部屋へ入ってきて、二人を見た。ナナリーは兄の腕から手を離さなかった。彼女が食事の支度を告げて出ていくのを待ち、ルルーシュは椅子を引いた。
「スザクさんを助けに行くんですね」
「当然だ」
「私に話してから、行ってください」
昨夜の約束を、彼女の方が先に持ち出した。
ルルーシュは椅子を引く。画面の下で、軍事法廷への移送時刻が表示された。
時間がない。
それでも、椅子に座った。
「軍は、皇族が撃たれた責任を日本人の兵士に負わせたい。俺が撃ったと名乗り出れば、お前にも危険が及ぶ。仮面を着けて彼を取り戻す」
「スザクさんは、戻ってきてくださいますか」
「……連れて帰る」
ナナリーは頷かなかった。
「それは、お兄様の希望です」
ルルーシュが顔を上げる。妹には、昨日の自分と今日の自分の声の違いが聞こえている。
「もちろん、あいつが拒む可能性も考えている」
「それなら、帰らないとおっしゃった時のことも考えてください」
「分かっている」
答えは、わずかに早すぎた。
* * *
C.C.は客室の机に、地図を広げていた。
軍がここまで追ってきた場合に備え、朝早く外へ出て封鎖線を確かめていた。その地図には、スザクの移送経路も書き込まれている。
ニュースであの少年の顔を見て、なぜか放っておけずに調べた。昨日ルルーシュの手首に触れたとき見えた白い街路が、まだ頭から離れない。今の自分には、彼を気に掛ける理由などないはずだ。
「移送路まで調べたのか」
「勘違いするな。私が欲しいのは逃げ道だ。お前の友人は勝手に助けろ」
「まだ何も頼んでいない」
「顔に書いてある」
彼女は地図の端を指した。移送車列が通る予定の道だ。
「あの地下でお前を庇い、撃たれた少年を法廷へ送る。妙な話だ」
「あいつは撃っていない」
ルルーシュは椅子へ座った。
「昨日、話すと言ったな。俺は、ここから何年も先へ行った記憶を持っている。その最後に、お前と旅をしていた」
C.C.が黙る。
「信じろとは言わない。お前にとって、今の俺は名前を知っているだけの見知らぬ男だ」
「……先に言われたな」
「ただ、お前は今も母とつながっている。マリアンヌに伝わる可能性がある限り、未来のことを詳しく話しきるわけにはいかない」
地図を押さえていたC.C.の指が止まった。
「それも、未来で知ったのか」
「ああ。話せない理由まで隠すつもりはない」
「……ずいぶん面倒な契約者だな。では、話せることから聞こうか」
彼女は地図から手を離した。
「では、その少年は先の世界でも、お前の友人だったのか」
「友人で、敵で、最後には俺を殺す役目を引き受けた」
C.C.の視線が動いた。
「そのあとで旅をしたと?」
「ああ。長い話になる」
「時間はないんだろう」
彼女は地図を引き寄せた。
「私は病院へ行く。あの少年は私の顔を見ている。軍に余計な話をされても困るからな」
言い訳めいて聞こえたのか、C.C.は自分で顔をしかめた。
「続きは、あの少年を生かしてから聞く」
ルルーシュは息を吐いた。否定も肯定もされていない。だが、話を続ける機会をもらった。
* * *
カレンとは、軍の監視が薄い路地で会った。玉城は脚を固定して休んでいるという。ほかの二人も生きていた。扇は別の場所にいて、カレンの通信機から声を聞いていた。
「あんた、新宿のトラックに乗り込んできた学生よね」
「覚えていたか」
「顔を見たもの。昨日の指揮官も、あんた?」
カレンは周囲を警戒しながら言った。
「そうだ」
「早く言えばよかったのに」
「無事に帰ってから考えると言っただろう。名前はまだ教えられない」
「ふうん。顔は知ってるのに?」
カレンは不満そうに眉を上げた。それ以上は追及せず、通信機をこちらへ向ける。扇の声が聞こえた。
「軍がスザクを連れ出す。あいつを救うために力を借りたい」
「ブリタニアの兵士だろう?」
「俺を庇って撃たれた。皇子を撃ってもいない。処刑させていい理由にはならない」
通信の向こうで、扇がしばらく黙った。
「俺たちに何をさせる」
「車列を止める手助けを。兵は殺さない。スザクを連れ出したら、すぐに退く」
カレンが、彼の目を見た。
「昨日、玉城たちを捨てなかったのは、今日のため?」
「今日のことは、考えていなかった」
その答えに、彼女は少しだけ表情を緩めた。
「分かった。今日だけよ」
「十分だ」
扇も通信越しに応じた。昨日指揮した少年の名を尋ねなかった。ただ、カレンには顔を見られている。その事実を忘れたまま、仮面を作るわけにはいかない。
通信が切れると、カレンが低く言った。
「あんたを信用したわけじゃない。でも、昨日は仲間を連れて帰れた。今日はそれを、あの兵士にもするんでしょう」
「そのつもりだ」
「扇さんに、あんたの顔は話してない。話すかどうか、私が決める」
預けられたのではなく、握られた秘密だった。ルルーシュは頷くしかなかった。
出発前、C.C.から布の包みを渡された。
中には、舞台用の黒い外套と、顔を覆う仮面が入っていた。学園の備品ではなく、彼女が手配したものらしい。
「怪しい人間に見えるぞ」
「そう見られなければ困るんだろう」
確かにそうだった。
以前の仮面とは形が違う。この先の世界で誰もが知ったゼロの姿は、まだ存在しない。
ルルーシュはそれをかぶった。
「名は?」
C.C.が尋ねる。
「ゼロだ」
言うと、彼女が一瞬だけ眉を寄せた。頭のどこかで、その響きに触れたのかもしれない。
確かめる前に、通信が入った。
* * *
移送車列は、群衆のいる通りへ出た。
ジェレミアが先頭に立ち、周囲の兵を動かしている。見せつけるための行進だった。裁判前の容疑者を、罪人として扱っている。
ルルーシュは屋上から車列を見下ろした。
前の世界では、この場で「オレンジ」という架空の秘密をちらつかせ、ギアスでジェレミアに自分たちを見逃させた。スザクを連れ出すことには成功したが、ジェレミアは軍での信用を失った。今回はクロヴィスが生きている。本人の証言を得られる可能性がある以上、あの未来で自分に忠義を尽くした男を、また汚名で追い詰めたくはない。彼には正体の手掛かりを渡し、どう動くかを自分で選ばせる。
昨夜から調べていた逃走路を、今朝の移送経路に合わせて三つに絞った。群衆を押し退けずに車列へ近づける道、追手を巻く道、スザクが負傷して走れなかったときの道。どれも、スザクが車から出ることを前提にしている。ナナリーの問いに答えたつもりで、その肝心なところを変えていなかった。
顔を上げさせられたスザクの頬に、傷があった。体は立っている。医務室で処置は受けたらしいが、地下で撃たれた影響まで消えたとは思えない。
カレンが合図を送る。
車列の前方で荷車が止まり、兵が足を止めた。覆いの下には、新宿でC.C.が閉じ込められていた容器の外殻がある。扇の仲間が昨夜、放棄されたトラックから持ち出したものだ。歪んだ蓋は閉め直し、中の拘束具は外した。今は空だった。
扇が見物人を車列から離し、道を空ける。遅れて、正面の大型画面が一度暗転し、屋上に立つ仮面の男を映した。
「クロヴィスを撃ったのは、この私だ」
拡声器から、自分の声が街へ響く。
「あの兵士ではない。皇子は生きている。意識が戻れば、本人に確かめられる」
ジェレミアがこちらを見る。兵が銃を構えた。
「荷車を見ろ。昨日、軍が毒ガスだと触れ回った容器だ」
扇の仲間が覆いを外す。どよめきが起きた。容器が空だと知っているのは、こちら側の数人だけだ。
「撃つなら止めない。ただし、あれに当たった後まで責任を持て」
「撃つな!」
ジェレミアが兵を制した。今のうちに近づいて正体を確かめるつもりなのだろう。ルルーシュには、その時間だけあればよかった。
「貴様、何者だ!」
ルルーシュは仮面のまま、手すりの近くへ立った。
「ゼロ」
その名を口にした瞬間、人々が顔を上げた。
屋上から外階段を降りる。車列の脇にいた兵と目が合った。仮面越しにギアスを掛け、拘束車の扉を開けさせる。扇が作った人の流れで、車列の周囲が空いていた。
「スザク、来い!」
扉が開く。スザクは動かなかった。
ルルーシュの腹の底が冷える。
「お前は撃っていない。ここで証明する」
「君が撃ったなら、逃げるのは君だ」
「あいつらは、お前を犯人にする気だ!」
「だからこそ、法廷で話す」
スザクは車の縁に手を掛けた。逃げるためではない。押し開かれた扉を、戻そうとしている。
ルルーシュの頭には、何度も共に戦ったスザクがいた。死を引き受け、最後まで役目をやり遂げた男。あの男なら、ここを突破できる。
そう思っていた。
だが、今のスザクは助かる道を選ばない。
一緒に戦ったころ、死にたいと願うスザクへ自分がどんな命令を与えたかを思い出す。生きろ、と。あれは彼を死なせないためだった。それでも、相手の意志より先に力を使った事実は消えない。もう一度同じことをすれば、この少年は命令でしか帰ってこない。
地下で銃弾を受けたときも、自分を庇うことをためらわなかった。分かっていたはずなのに、戦う力があれば自分を生かすとも思い込んでいた。
「……しまった」
仮面の下で声が漏れた。
ここで力ずくで連れ去れば、スザクは次にまた戻る。命令を掛けて逃がせば、彼が自分で選んだ道まで奪う。
しかも、撃ったのは自分だ。
ジェレミアが近づいてくる。ルルーシュは拡声器への送信を切り、彼へ向き直った。
「兵を下げろ。クロヴィスが目を覚ますまで、移送を止めろ」
「皇子を撃ったテロリストの言葉で、軍を止めろと?」
「本人に訊けば、誰が撃ったか分かる。なぜ皇子の目覚めを待たず、あの兵士を裁く」
ジェレミアの顔がわずかに強張った。
ルルーシュは一歩近づき、ジェレミアだけに届くよう声を落とした。
「マリアンヌ皇妃の子が、まだ生きている」
「何を――」
胸元から小さな通信端末を出し、彼の手へ押しつける。
「確かめたければ、登録してある番号にかけろ。誰にも渡すな」
ジェレミアの指が端末をつかんだ。問い返しかけた口が、もう一度閉じる。
銃声が鳴った。
誰が撃ったかは見えない。扇の合図で、車道の端に置いた発煙筒から煙が上がる。兵の視線が逸れた隙に、待機していたカレンがルルーシュの前へ機体を出した。
「もう行くわよ!」
スザクは車内へ戻っていた。
カレンの機体の陰へ飛び込む前に、ルルーシュは一度だけ振り返った。車の窓越しにスザクと目が合う。仮面の下の顔を知るはずはない。それでも、彼は何か言いたげに口を開き、何も言わなかった。
ルルーシュは舌打ちし、退く。
* * *
隠れ家の無線に、C.C.の声が入った。
『病院へ入った。クロヴィスが目を覚ました』
ルルーシュは壁にもたれた。
皇子が意識を取り戻す時期を、確実には読めなかった。声を届ける経路だけは、昨日従わせた兵に確保させていた。
「本人に回線をつなげ。俺が撃ったことと、スザクは無関係だということを、総督府と法廷の両方に証言させる。俺の素性は伏せたままだ」
『分かった。病室の通信機を渡す』
相手が替わるまで、ルルーシュは何も言わなかった。やがてクロヴィスのかすれた声が聞こえる。司令室で掛けた命令に従い、皇子は彼の指示を繰り返した。
軍へ送られた声明は、その日のうちに報じられた。
スザクへの嫌疑は消えた。ただし、軍は誤認逮捕の理由を説明しない。ジェレミアも、皇子の言葉に逆らえなかった。
ルルーシュは画面を見続けた。
生きている。助かった。
だが自分の代わりに銃撃犯に仕立てられた友人は、助けの手を拒んだまま法廷へ向かおうとした。事実が覆ったから帰れたのであって、救出を選んだからではない。
受信機が鳴った。
見知らぬ番号。
「……誰だ」
声は低く、怒りを隠していなかった。
『マリアンヌ様のお子が生きていると、貴様は言ったな』
ルルーシュは目を閉じた。
「ああ。ここから先は、二人だけで話そう」
ジェレミアはすぐには答えなかった。
やがて、受信機の向こうで短い息が聞こえた。
『嘘なら許さん。皇子を撃った理由も、あの兵士を利用した理由も、すべて聞く』
「そのつもりだ」
通話が切れた。
ルルーシュは受信機を置く。味方が増えたわけではない。ようやく、会って話す相手が一人できただけだ。
ナナリーとの約束を思い出す。
決める前に、話す。
ジェレミアのところへ向かう前に、今度は妹へ相談しよう。
原作よりも予定通りに行ってない気がする。このルルーシュ...。