コードギアス 君の知らない、その先へ 作:明日を願う旅人
ナナリーは、ルルーシュが部屋に入る前から起きていた。
「スザクさんは」
「釈放される。クロヴィスが目を覚まして、撃ったのはあいつではないと証言した」
妹の肩から力が抜ける。その息が落ち着くまで待ってから、ルルーシュは向かいの椅子に座った。
「ただ、俺はスザクを連れ帰れなかった」
「本人が、帰らなかったんですね」
「ああ。軍事法廷へ行くと言った」
ゼロとして車列に近づいたこと、スザクが扉を閉めたこと、クロヴィスの証言で嫌疑が消えたことを順に話した。毒ガスだと見せかけた空の容器も、発砲があったことも省かなかった。
「銃を撃ったのは、こちらの人ですか」
「まだ分からない。カレンたちには撃つなと伝えた。だが、俺が命令を聞かせたのは、昨日会ったばかりの人間だ」
ナナリーは膝の上で指を組んだ。
「スザクさんの気持ちも、お兄様の仲間のことも、思いどおりにはならないんですね」
「そうだ」
「次は何をするんですか」
「車列を率いていた将校と会う。俺たちを知っているかもしれない」
「危険な人ですか」
「今は俺を撃ってもおかしくない」
彼女の手が、椅子の肘掛けを探る。ルルーシュは握らなかった。危険だと話しておいて、その手の温かさで安心させることはできない。
「その人に、私のことも話すんですか」
「お前の名は出る。居場所は渡さない」
「分かりました。行く前に、もう一つ聞かせてください」
「何だ」
「その人が信じてくれたら、何を頼むつもりですか」
ルルーシュは答えを急がなかった。未来のジェレミアは、命じれば命を懸けた。しかし今の彼には、主君と呼ぶ理由すらまだない。
「俺たちを捜す軍の動きだけ知らせてほしい。軍の内側に留まってもらう。危険だと言うなら、断って構わない」
「それを、本人にも伝えてください」
「ああ」
「もう一つ。スザクさんとは、話さないんですか」
「話す。俺がゼロだということも、いずれ隠せなくなる」
「いずれ、ですか」
責める調子ではない。それだけに、答えるのが難しかった。
「今のあいつは、軍の中から変えると決めている。俺が何を知っていても、あいつの選ぶ順番まで決められない。だが、次に戦場で向き合う前には話す。敵として銃口を向けられた後では遅い」
「なら、私にもその時期を教えてください。スザクさんに会ったとき、知らないふりを続けるのは辛いです」
「分かった」
ナナリーは頷いたが、まだ手を伸ばさなかった。
「咲世子さんにも、いずれ話す必要があります。今朝、聞かれてしまったかと思いました」
「俺も気づいた。昨夜お前と二人で決めたことを、彼女に勝手に押しつけたくはない」
「私は、咲世子さんを信じています。でも、知ってしまえば守らなければならない秘密も増えます。本人の考えを聞いてからにしましょう」
ナナリーのことになると、どうしても頭が回らなくなる。彼女を守ることばかり考えて、咲世子が秘密を受け取った後のことまで思い至らなかった。最近のナナリーは穏やかな声のまま、こちらが見落としたところを逃さない。ふとコーネリアを思い出し、ルルーシュは妙な連想を振り払った。
ナナリーが手を伸ばす。今度は彼女から、兄の手を取った。
* * *
待ち合わせ場所は、改修のため休館している美術館の裏手だった。通りからは見えず、逃げ道も少ない。ジェレミアは、こちらを見張りやすい場所を選んだらしい。
ルルーシュが到着すると、相手はすでにいた。軍服ではない。だが身のこなしは、車列の先頭にいた時と変わらなかった。
「一人か」
「貴様が先に答えろ」
ジェレミアの視線が建物の陰を確かめる。ルルーシュは外套を脱ぎ、仮面を外した。
すぐには近づいてこなかった。目だけが動く。髪、顔、左の瞳。そして、まだ手に持ったままの仮面。
「……ルルーシュ様」
低い声だった。呼んだ本人が、それを確かめるように一歩踏み出す。
「以前、宮中でお見かけしたときより、ずいぶん大きくなられた」
「お前も、あの頃のままではいられなかっただろう」
ジェレミアは目を伏せた。母が死んだ夜を、彼もまだ捨てていない。ルルーシュは、それを利用すれば何でもさせられるのではと一瞬考えた。未来の自分なら、躊躇なくそうしたかもしれない。
母を信じる気持ちと、母が何をしたか知っている自分の記憶は、同じ場所へ置けない。それでもここで真相を告げれば、C.C.との話まで含め、彼に背負わせるものが多すぎる。
「マリアンヌ様のお子だと。だが、なぜ今まで――」
「生きていると知られれば、ナナリーまで狙われる。そう思って隠れた。お前に知らせなかったのも俺の判断だ」
ジェレミアは息をのみ、首を横に振った。
「私が守るべきでした」
「今から頼むことはある。その前に、クロヴィスのことを話させろ」
ルルーシュは司令室で見たものを告げた。新宿の住民への掃討命令。撤回させたこと。職務を退くよう命じたこと。肩を撃ち、殺さなかったこと。
「どうやって命令を撤回させたのですか」
「今は、その方法を話せない」
「答えられぬことが多いのですね」
敬語に変わっても、声は硬い。
「それでも、撃った責任は俺にある。スザクは関係ないと証言させたが、あいつが容疑者にされたのは俺のせいだ」
ジェレミアはしばらく黙った。
「殿下を守れず、無実の兵士を容疑者として運んだ。それが私の失態です。あなたの責任まで預かることはできません」
「預けるつもりはない」
「ならば聞きます。これからも、皇族を撃つのですか」
「守るためにほかの手がなければ、撃つ」
嘘をつけば、彼は気づくだろう。ルルーシュは仮面を持ち直した。
「だが、撃たずに済む手を探す。今回も最初から、クロヴィスを殺すつもりはなかった」
ジェレミアの眉が寄る。
「ナナリー様は、今もあなたと」
「生きている。安全な場所にいる。居場所を知る者は増やしたくない」
「承知しました」
彼はそこを追及しなかった。代わりに、美術館の外壁へ目を向ける。
「総督府では、クロヴィス殿下の療養に伴い、新たな指揮官を迎える準備が進んでいます。コーネリア殿下です」
「想定していた」
「ご存じの姉君ならば、あなたを追います」
「ああ」
「私にも、昨日の車列で容疑者を逃した責任を問う声があります。殿下の証言で処刑は取り消された。だが、あなたを見逃したと疑われれば、持っていられる情報もなくなる」
ルルーシュは頷く。昨日の電話から、一夜で味方になれるとは考えていなかった。
「捜査で俺とナナリーの名が上がったら、知らせてくれ。それだけでいい。軍務に留まれるなら留まってほしい」
「記録を消せとはおっしゃらないのですか」
「消してしまえば、その穴からお前が疑われる。クロヴィスの証言と照らして調べられたら、何を隠したかも見える」
「では、捜査が近づいた時にだけ連絡を」
「危険なら端末を捨てていい。俺のために職を失えば、ナナリーへ届く知らせもなくなる」
自分で言ってから、ルルーシュは少し苦く笑った。以前のジェレミアなら、その程度で止まらなかっただろう。しかし今ここに立つ男の選択を、その記憶で奪いたくはなかった。
「あなたの命令だからではありません」
ジェレミアが顔を上げた。
「マリアンヌ様に仕えた者として、今度こそお二人を失いたくない。知らせは出します。ただし、あなたが何をしても目を閉じるとは言えません」
「それでいい」
ルルーシュが差し出した手を、ジェレミアは一度見てから握った。互いの手に力は入っていない。約束の重さだけが残った。
「これから殿下に仕えると、部下に話すことはできません」
「その方がいい。誰かを試すために、俺の名前を使うな」
「私の口から漏れれば、ナナリー様の身にも及びます」
ジェレミアは握手を解き、携帯端末を上着の内側へ収めた。
「次に会うときも、その仮面を?」
「人前では。お前にも、ゼロと話したことを説明する必要が出るかもしれない」
「皇子を撃った男を追っていると言えば、嘘にはならない」
声に、わずかに皮肉が混じった。ルルーシュも同じことを考えていた。守ると決めた相手が、撃つべき相手でもある。軍の中にいる限り、ジェレミアは何度もその矛盾を引き受ける。
「無理だと思ったら、連絡を断て」
「それを決めるのも私です」
ルルーシュは頷いた。別れ際、ジェレミアは初めて、背を向けた彼へ頭を下げた。
ナナリーには思いがけず諭され、ジェレミアは無条件では従わず、C.C.は未来の彼女と同じ答えを返さない。誰一人、思い描いたとおりには動かなかった。だが、想定を覆されるのには慣れている。白兜には嫌というほど教えられた。ルルーシュは仮面の下で少し笑った。
* * *
クラブハウスへ戻ると、C.C.が廊下の窓辺にいた。
「生きて帰ったか」
「まだ、お前に話すことがあるからな」
「私に話せないことの方が多いと聞いたぞ」
「母とのつながりを、俺の話を伝えるために使わないでほしい」
C.C.の表情が変わる。
「私が誰と話すか、お前が決めるのか」
「決められない。だから頼んでいる」
未来を知っている、と重ねても意味はない。今の彼女が返す答えを待った。
「お前の言う『先の世界』が本当なら、私にも確かめる権利がある。分からないものを、分かったふりで誰かに話す気はない」
「なら――」
「約束はしない。ただ、今すぐマリアンヌに告げるつもりもない」
「なぜだ」
「お前の話を私が確かめる前に、別の誰かの答えを聞きたくない。それだけだ」
C.C.は廊下の向こうを見た。ナナリーの部屋へ続く階段がある。
「あの子にも、母親のことを話したのか」
「まだだ。話すべきことが多すぎて、順番を間違えたくない」
「順番を決めたところで、聞いた者が思ったとおりに受け取るとは限らないぞ」
「知っている。今日、スザクにもそう思い知らされた」
彼女は窓から離れた。すれ違いざま、ルルーシュの手首に視線が落ちる。あの地下で触れた場所だ。
「お前が知っている私と、ここにいる私は、同じなのか」
「同じだ。だが、俺と過ごした時間は、まだお前にはない」
「それを覚えているならいい」
答えを待たず、C.C.は客室へ戻った。
残されたルルーシュの携帯に、短い報告が届く。コーネリアの先遣隊が、エリア11へ入った。
クロヴィスに残した命令は、次の総督を止めない。新宿で救えなかった人々の顔が浮かぶ前に、ルルーシュは地図を開いた。