コードギアス 君の知らない、その先へ   作:明日を願う旅人

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第7話 忠義の向かう先

 ナナリーは、ルルーシュが部屋に入る前から起きていた。

 

「スザクさんは」

 

「釈放される。クロヴィスが目を覚まして、撃ったのはあいつではないと証言した」

 

 妹の肩から力が抜ける。その息が落ち着くまで待ってから、ルルーシュは向かいの椅子に座った。

 

「ただ、スザクを連れ帰ることはできなかった」

 

「本人が帰らなかったんですね」

 

「ああ。軍事法廷へ行くと言った」

 

 ゼロとして車列に近づいたこと、スザクが扉を閉めたこと、クロヴィスの証言で嫌疑が消えたことを順に話した。毒ガスだと見せかけた空の容器も、発砲があったことも省かなかった。

 

「銃を撃ったのは、こちらの人ですか」

 

「まだ分からない。カレンたちには撃つなと伝えた。だが、俺が命令を聞かせたのは、まだ会って間もない人間だ」

 

 ナナリーは膝の上で指を組んだ。

 

「スザクさんの気持ちも、お兄様の仲間のことも、思いどおりにはならないんですね」

 

「そうだ」

 

「次は何をするんですか」

 

「車列を率いていた将校と会う。俺たちを知っているかもしれない」

 

「危険な人ですか」

 

「今は俺を撃ってもおかしくない」

 

 彼女の手が、椅子の肘掛けを探る。ルルーシュは握らなかった。危険だと話しておいて、その手の温かさで安心させることはできない。

 

「その人に、私のことも話すんですか」

 

「お前の名は出る。居場所は渡さない」

 

「分かりました。行く前に、もう一つ聞かせてください」

 

「何だ」

 

「その人が信じてくれたら、何を頼むつもりですか」

 

 ルルーシュは答えを急がなかった。未来のジェレミアは、命じれば命を懸けた。しかし今の彼には、主君と呼ぶ理由すらまだない。

 

「俺たちを捜す軍の動きだけ知らせてほしい。軍の内側に留まってもらう。危険だと言うなら、断って構わない」

 

「それを、本人にも伝えてください」

 

「ああ」

 

「もう一つ。スザクさんとは、話さないんですか」

 

「話す。俺がゼロだということも、いずれ隠せなくなる」

 

「いずれ、ですか」

 

 責める調子ではない。それだけに、答えるのが難しかった。

 

「今のあいつは、軍の中から変えると決めている。俺が何を知っていても、あいつの選ぶ順番まで決められない。だが、次に戦場で向き合う前には話す。敵として銃口を向けられた後では遅い」

 

「なら、私にもその時期を教えてください。スザクさんに会ったとき、知らないふりを続けるのは辛いです」

 

「分かった」

 

 ナナリーは頷いたが、まだ手を伸ばさなかった。

 

「咲世子さんにも、いずれ話す必要があります。今朝、聞かれてしまったかと思いました」

 

「俺も気づいた。昨夜お前と二人で決めたことを、彼女に勝手に押しつけたくはない」

 

「私は、咲世子さんを信じています。でも、知ってしまえば守らなければならない秘密も増えます。本人の考えを聞いてからにしましょう」

 

 ナナリーのことになると、どうしても頭が回らなくなる。彼女を守ることばかり考えて、咲世子が秘密を受け取った後のことまで思い至らなかった。最近のナナリーは穏やかな声のまま、こちらが見落としたところを逃さない。ふとコーネリアを思い出し、ルルーシュは妙な連想を振り払った。

 

 ナナリーが手を伸ばす。今度は彼女から、兄の手を取った。

 

 * * *

 

 待ち合わせ場所は、改修のため休館している美術館の裏手だった。通りからは見えず、逃げ道も少ない。ジェレミアは、こちらを見張りやすい場所を選んだらしい。

 

 ルルーシュが到着すると、相手はすでにいた。軍服ではない。だが身のこなしは、車列の先頭にいた時と変わらなかった。

 

「一人か」

 

「貴様が先に答えろ」

 

 ジェレミアの視線が建物の陰を確かめる。ルルーシュは外套を脱ぎ、仮面を外した。

 

 ジェレミアはすぐには近づいてこなかった。視線でルルーシュの髪、顔、左の瞳を確かめ、彼が手に持つ仮面へ目を移す。

 

「……ルルーシュ様」

 

 低い声だった。呼んだ本人が、それを確かめるように一歩踏み出す。

 

「以前、宮中でお見かけしたときより、ずいぶん大きくなられた」

 

「お前も、あの頃のままではいられなかっただろう」

 

 ジェレミアは目を伏せた。母が死んだ夜を、彼もまだ捨てていない。ルルーシュは、それを利用すれば何でもさせられるのではと一瞬考えた。かつての自分なら、躊躇なくそうしたかもしれない。

 

 母を信じる気持ちと、母が何をしたか知っている自分の記憶は、同じ場所へ置けない。それでもここで真相を告げれば、C.C.との話まで含め、彼に背負わせるものが多すぎる。

 

「マリアンヌ様のお子だと。だが、なぜ今まで――」

 

「生きていると知られれば、ナナリーまで狙われる。そう思って隠れた。お前に知らせなかったのも俺の判断だ」

 

 ジェレミアは息をのみ、首を横に振った。

 

「私が守るべきでした」

 

「今から頼むことはある。その前に、クロヴィスのことを話させろ」

 

 ルルーシュは司令室で見たものを告げた。新宿の住民への掃討命令。撤回させたこと。職務を退くよう命じたこと。肩を撃ち、殺さなかったこと。

 

「どうやって命令を撤回させたのですか」

 

「今はその方法を話せない」

 

「答えられぬことが多いのですね」

 

 敬語に変わっても、声は硬い。

 

「それでも撃った責任は俺にある。スザクは関係ないと証言させたが、あいつが容疑者にされたのは俺のせいだ」

 

 ジェレミアはしばらく黙った。

 

「殿下をお守りできず、無実の兵士を引き立てたのは私です。それまでルルーシュ様のせいにはできません」

 

「では、互いに自分の責任を果たそう」

 

「ならば聞きます。これからも、皇族を撃つのですか」

 

「守るためにほかの手がなければ、撃つ」

 

 嘘をつけば、彼は気づくだろう。ルルーシュは仮面を持ち直した。

 

「だが、撃たずに済む手を探す。今回も最初から、クロヴィスを殺すつもりはなかった」

 

 ジェレミアの眉が寄る。

 

「ナナリー様は、今もあなたと」

 

「生きている。安全な場所にいる。居場所を知る者は増やしたくない」

 

「承知しました」

 

 彼はそこを追及しなかった。代わりに、美術館の外壁へ目を向ける。

 

「総督府では、クロヴィス殿下の療養に伴い、新たな指揮官を迎える準備が進んでいます。コーネリア殿下です」

 

「想定していた」

 

「ご存じの姉君ならば、あなたを追います」

 

「ああ」

 

「私にも、昨日の車列で容疑者を逃した責任を問う声があります。殿下の証言で処刑は取り消された。だが、あなたを見逃したと疑われれば、持っていられる情報もなくなる」

 

 ルルーシュは頷く。昨日の電話から、一夜で味方になれるとは考えていなかった。

 

「捜査で俺とナナリーの名が上がったら、知らせてくれ。それだけでいい。軍務に留まれるなら留まってほしい」

 

「記録を消せとはおっしゃらないのですか」

 

「記録に穴を開ければ、お前が疑われる。クロヴィスの証言と照合されても隠し通せるか?」

 

「では、捜査が近づいた時にだけ連絡を」

 

「危険なら端末を捨てていい。俺のために職を失えば、ナナリーへ届く知らせもなくなる」

 

 自分で言ってから、ルルーシュは少し苦く笑った。以前のジェレミアなら、その程度で止まらなかっただろう。しかし今ここに立つ男の選択を、その記憶で奪いたくはなかった。

 

「あなたの命令だからではありません」

 

 ジェレミアが顔を上げた。

 

「マリアンヌ様に仕えた者として、今度こそお二人を失いたくない。知らせは出します。ただし、あなたが何をしても目を閉じるとは言えません」

 

「それでいい」

 

 ルルーシュが差し出した手を、ジェレミアは一度見てから握った。互いの手に力は入っていない。約束の重さだけが残った。

 

「これから殿下に仕えると、部下に話すことはできません」

 

「その方がいい。誰かを試すために、俺の名前を使うな」

 

「私の口から漏れれば、ナナリー様の身にも及びます」

 

 ジェレミアは握手を解き、携帯端末を上着の内側へ収めた。

 

「次に会うときも、その仮面を?」

 

「人前では。お前にも、ゼロと話したことを説明する必要が出るかもしれない」

 

「皇子を撃った男を追っていると言えば、嘘にはならない」

 

 声に、わずかに皮肉が混じった。ルルーシュも同じことを考えていた。守ると決めた相手が、撃つべき相手でもある。軍の中にいる限り、ジェレミアは何度もその矛盾を引き受ける。

 

「無理だと思ったら、連絡を断て」

 

「それを決めるのも私です」

 

 ルルーシュは頷いた。別れ際、ジェレミアは初めて、背を向けた彼へ頭を下げた。

 

 ナナリーには思いがけず諭され、ジェレミアは無条件では従わず、C.C.は未来の彼女と同じ答えを返さない。誰一人、思い描いたとおりには動かなかった。だが、想定を覆されるのには慣れている。白兜には嫌というほど教えられた。ルルーシュは仮面の下で少し笑った。

 

 * * *

 

 クラブハウスへ戻ると、C.C.が廊下の窓辺にいた。

 

「生きて帰ったか」

 

「まだお前に話すことがあるからな」

 

「私に話せないことの方が多いと聞いたぞ」

 

「母とのつながりを、俺の話を伝えるために使わないでほしい」

 

 C.C.の表情が変わる。

 

「私が誰と話すか、お前が決めるのか」

 

「決められない。だから頼んでいる」

 

 未来を知っている、と重ねても意味はない。今の彼女が返す答えを待った。

 

「お前の言う『先の世界』が本当なら、私にも確かめる権利がある。分からないものを、分かったふりで誰かに話す気はない」

 

「なら――」

 

「約束はしない。ただ、今すぐマリアンヌに告げるつもりもない」

 

「なぜだ」

 

「お前の話を私が確かめる前に、別の誰かの答えを聞きたくない。それだけだ」

 

 C.C.は廊下の向こうを見た。ナナリーの部屋へ続く階段がある。

 

「あの子にも、母親のことを話したのか」

 

「まだだ。話すべきことが多すぎて、順番を間違えたくない」

 

「順番を決めたところで、聞いた者が思ったとおりに受け取るとは限らないぞ」

 

「知っている。昨日、スザクにもそう思い知らされた」

 

 彼女は窓から離れた。すれ違いざま、ルルーシュの手首に視線が落ちる。あの地下で触れた場所だ。

 

「お前が知っている私と、ここにいる私は、同じなのか」

 

「同じだ。だが、俺と過ごした時間は、まだお前にはない」

 

「それを覚えているならいい」

 

 答えを待たず、C.C.は客室へ戻った。

 

 残されたルルーシュの携帯に、短い報告が届く。コーネリアの先遣隊が、エリア11へ入った。

 

 クロヴィスに残した命令は、次の総督を止めない。新宿で救えなかった人々の顔が浮かぶ前に、ルルーシュは地図を開いた。

 

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