コードギアス 君の知らない、その先へ   作:明日を願う旅人

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話の続きが書きたくなったので追い込むためにストックを放出。
10/4の投稿の一話目です。


第8話 街角で拾った名前

 釈放された翌日、スザクは制服を受け取りに行った。

 

 軍のものではない。アッシュフォード学園の、まだ袖を通したことのない制服だ。無実が証明されても、研究部への復帰はすぐには認められなかった。クロヴィスの声明だけで、軍の誰もが納得したわけではない。

 

 袋を抱えて通りへ出る。車列の窓越しに見た仮面の男が、頭から離れなかった。

 

 撃ったのは自分だと、仮面の男は大勢の前で言った。それなら、なぜ自分を車列から連れ出そうとしたのか。助けようとしていたのかもしれない。スザクは法廷へ行くと決めた。なのに、クロヴィスの証言で釈放されたとき、安堵した。そのことが、後ろめたかった。

 

「危ない!」

 

 角から出てきた小さな子どもが、配送車の前で足を止めた。スザクが駆け出すより早く、別の人影が子どもの腕を引いた。二人とも歩道へ倒れ込む。

 

「大丈夫ですか」

 

 スザクが手を貸すと、若い女性は子どもを起こしてから立った。質素な帽子の下で、明るい髪が揺れる。

 

「助かりました。私、あの子に手を伸ばすことしか考えていなくて」

 

「あなたが引かなければ、間に合いませんでした」

 

 子どもは礼を言い、走っていった。母親らしい人の声が遠くから飛ぶ。女性はその背を見送って、ようやく自分の肘の擦り傷に気づいた。

 

「消毒するものを買いましょう」

 

「平気です。それより、このあたりの人が何を必要としているか、見たかったんです」

 

 スザクは通りを見回した。総督府に近い大通りから一本入るだけで、店先の言葉も人の歩く速さも変わる。

 

「歩いて分かることもあります。でも、あなたが何者かを知れば、話せなくなる人もいるかもしれません」

 

 女性が目を丸くした。

 

「気づいていたんですか」

 

「街へ出た皇女殿下の写真を、昨日見ました」

 

 今度は困ったように笑う。

 

「では、帽子の選び方を間違えましたね」

 

「一人で来たのも」

 

「それは少し反省します」

 

 ユーフェミアは名乗った。スザクも自分の名を告げる。彼女の顔から笑みが消えた。

 

「昨日のニュースで」

 

「釈放されました。もう容疑はありません」

 

「ごめんなさい。まず、そのことを言うべきでした。戻ってこられてよかった」

 

 スザクは返事に困った。戻れたのは、自分が法廷で何かを変えたからではない。仮面の男と、意識を取り戻した皇子が、それぞれ勝手に動いたからだ。

 

 だが、目の前の人はそれを知らずに、ただ帰還を喜んでいる。

 

「ありがとうございます」

 

 釈放されて安堵した自分をまだ責めている。それでも、無事を喜んでくれた人へ礼を言うくらいは許される気がした。

 

「私には、街を歩いただけで分からないことがたくさんあります」

 

 ユーフェミアは、角を曲がった先の小さな診療所を見た。

 

「だから、教えてもらえませんか。ここに暮らす人が、毎日何に困っているのか」

 

「僕一人の話で決めないでください。日本人でも、住んでいる場所で違います」

 

「ええ。まずあなたから聞いて、ほかの人にも会います」

 

 皇族にしては危なっかしい返事だった。スザクがそう言うと、彼女は帽子を押さえて笑った。

 

「コーネリアお姉様にも、同じことを言われます。でも、誰とも話さずに安全なところへ戻るよりはいいと思うんです」

 

 スザクは言い返しかけて、やめた。自分も、内部から変えると決めて軍に入った。何も見ないまま安全を勧めるのは、自分が嫌った大人の言葉に似ている。

 

「一緒に歩きます。でも、次からは護衛の方にも行き先を伝えてください。心配しますから」

 

「約束します」

 

 歩きながら、ユーフェミアはスザクが抱えた制服の袋に気づいた。学園に通うには軍の許可がまだ要ると話すと、彼女は頷いた。

 

 その日は、互いに名前を告げて別れた。それだけの出会いで終わると、スザクは思っていた。

 

 * * *

 

 数日後、スザクは学園の門をくぐった。通学の許可が下りたとき、軍の担当者から副総督が口を添えてくれたと聞かされた。あの日の話を、ユーフェミアは覚えていたのだ。

 

 教室の扉を開けると、リヴァルが最初に声を上げた。

 

「本当に来た! ルルーシュ、聞いてたか?」

 

「騒がしい。本人が困るだろう」

 

 ルルーシュは窓際の席から立ち上がった。数日前に新宿で見た友人より、目の下の疲れが濃い。

 

「無事でよかった」

 

「そっちこそ。あのとき、どうやって出たんだ」

 

「助けてもらった。お前にも礼を言っていなかったな」

 

「僕が勝手に庇ったんだよ」

 

 言い慣れた口調だった。そこから先を聞こうとして、スザクはやめる。教室にはほかの生徒もいる。

 

 離れた席で、カレンが二人を見ていた。ルルーシュと目が合うと、彼女はわずかに眉を上げた。

 

 シャーリーがスザクに席を教え、ミレイが生徒会室の場所を伝える。ニーナは扉のそばから様子を見ていた。昨日までの報道が、同じ制服を着た途端に消えるわけではない。

 

「歓迎会、いきなりだと困るかな」

 

 シャーリーが小声で尋ねた。スザクが聞こえないふりをしていると、ルルーシュが答えた。

 

「本人に聞けばいい」

 

「そんな普通のことを、ルルが言う?」

 

「俺は普段から普通だ」

 

 笑い声が起きた。スザクは少し遅れて笑った。教室が一日で安心できる場所になるとは思わない。それでも、ここには昨日のニュース以外の自分を知ろうとする人がいる。

 

 カレンが見たのは、新宿のトラックへ乗り込んだ学生と、ゼロの仮面をかぶった男の顔だった。それが、同じ教室にいた少年と結びついた。

 

 休み時間、カレンは人気のない階段へルルーシュを呼んだ。

 

「ルルーシュ・ランペルージ」

 

「今さら自己紹介が必要か」

 

「あんたの名前、昨日まで知らなかったの」

 

 カレンの視線が外れない。

 

「扇さんには?」

 

「話してない。顔を見たことも、学校で会ったことも。でも、隠しておく理由は聞かせて」

 

「俺とつながれば、お前の通学先まで軍に追われる。ここは、お前の帰る場所だ」

 

「それを決めるのは私よ」

 

「……そうだな。言い方を間違えた」

 

 カレンが驚いたようにまばたきをした。ルルーシュは背を壁につける。

 

「俺が知られたくないのは、本当だ。お前にも危険が及ぶ。両方だ」

 

「最初からそう言えばいいのに」

 

 彼女は声を落とした。

 

「じゃあ、扇さんたちと話すときは、ちゃんと仮面をかぶって来て。私だけが秘密を持たされてるの、あまり気分よくないから」

 

「分かった」

 

「あと、スザクにはまだ言わない」

 

「それも、お前が決めるのか」

 

「今、あいつを引っ張り込んでどうするの。自分で話す日が来たら、私に先に教えて」

 

 ルルーシュは頷いた。

 

 放課後、スザクは校門でルルーシュを待っていた。

 

「車列に来たゼロのこと、君はどう思う?」

 

「お前を助けようとしていたんじゃないか」

 

 自分のしたことを、他人の話として口にする。足りないのも分かっている。

 

「彼が本当に皇子を撃ったなら、どうして法廷へ出ないんだろう」

 

「出れば、その場で捕まる」

 

「それを怖がる人には見えなかったよ」

 

 スザクが顔を上げる。ルルーシュは友人の目を避けなかった。

 

「怖くないわけじゃないだろう。守りたいものがあるんじゃないか」

 

「守るために、別の誰かを危険にさらすのなら、僕は賛成できない」

 

「……お前なら、そう言うと思った」

 

 スザクが首をかしげる。話してしまえば、今この瞬間から彼は友人とゼロを同じ人間として見るだろう。ルルーシュはまだ、その先の答えを持っていなかった。

 

「ナナリーが、帰ってきたら声を聞かせてほしいと言っていた。今日、寄れるか」

 

「もちろん」

 

 その返事の速さに、胸が少しだけ軽くなった。ゼロについて話す日は先延ばしにしすぎない。そう決めたまま、二人で坂を上った。

 

 * * *

 

 夜、扇たちとの話し合いは、古い倉庫で行われた。玉城はまだ脚に固定具を着けている。椅子へ深く座ったまま、仮面姿のルルーシュを見るなり言った。

 

「今度は何をやらせる気だよ」

 

「まずお前たちが何をしたいか聞く」

 

 玉城は鼻で笑った。扇は黙って先を促す。

 

「共に戦った人間を命令違反の一言で切り捨てるつもりはない。だが、退けと言った時に戦果を追われれば、迎えに行く者まで死ぬ」

 

「俺のことか」

 

「お前のことだ」

 

 逃げずに言うと、玉城が身を乗り出した。カレンが先に口を開く。

 

「新宿で引き返したとき、玉城たちを拾うために、私の機体も危なかった」

 

「だからって、俺らの機体をお前が取り上げんのかよ」

 

「その権利は俺にない」

 

 ルルーシュは扇を見た。

 

「次に組んで戦うなら、出撃の条件を一緒に決めたい。私情で撤退命令を無視した者は、次の作戦で機体を任されない。負傷者を助けるために位置を変えた場合は、あとで理由を聞く」

 

「命令を出すのは、お前か」

 

「作戦中の指揮は俺が執る。異議があるなら今聞く。現場で変える必要が出たら、通信で伝えろ」

 

 扇はカレンと玉城を見た。誰もすぐには頷かなかった。

 

「俺たちは、日本人を守るために戦ってる」

 

「それは同じだ。ただ、日本人なら誰でも守る側だとは思わない。民間人を人質に取る者を、俺は見逃さない」

 

「日本解放戦線のことか」

 

「特定の組織を言ったんじゃない。俺たち自身にも当てはまる」

 

 倉庫が静かになった。

 

「分かった。次の作戦までは、この条件でやってみる」

 

 扇が答えた。玉城も、文句を言いながら背もたれへ戻る。全員の信頼を得たわけではない。それでも、同じ言葉を使って次の戦場へ行ける。

 

「あんたも、その条件に入るのよ」

 

 カレンが仮面を指した。

 

「撤退させておいて、一人で敵を追うなら、次は私たちだってあんたに機体を預けない」

 

 玉城が大きく頷く。ルルーシュは反論しかけ、先に決めたことを思い出した。作戦を指揮する者だけが例外なら、今ここで交わした合意には意味がない。

 

「分かった。俺にも適用する」

 

「録音しときゃよかったな」

 

 玉城が笑った。扇もようやく肩の力を抜く。

 

 倉庫の外で、ルルーシュの携帯が震えた。ジェレミアからの短い知らせだった。

 

『コーネリア殿下が、サイタマへ向かう』

 

 場所を見た瞬間、前の世界の光景が戻る。ゼロを誘うために、彼女はまた住民ごと街を踏むのか。

 

 ルルーシュは倉庫へ戻った。

 

「扇。最初の作戦だ」

 

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