魔法青年リリカル恭也Joker   作:アルミ袴

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 この作品には原作設定の拡大・独自解釈も含まれます。申し訳有りませんが、原作設定の絶対的な遵守をお求めの方、ご自分の解釈を非常に大切にされている方のご要望にはお応えしかねる場合があります。該当される方はご自身の責任における判断で閲覧されるかどうかお決め下さい。よろしくお願い致します。


第10話 悲しいな

「そう言えば、もう年末だねー」

 なのはがしみじみと、そう零した。

 言葉の通り、ここはやての病室がある管理本局がどうかは知らないが、しかし恭也たちの世界では現在12月30日。

 紛うこと無き年の瀬だ。

「そうだな。……早いものだ」

「そやねえ。もうそんな時期やなあ」

「年が明けたら初詣とか、皆で行きたいねえ」

「ハツモウデって何?」

 どうやら知らなかったらしいフェイトが、なのはに聞き返す。

「えっとね、年の初めに神社にお参りに行くの。そこで神様に、お願いごとをするの」

「へえ、……神様、に。宗教行事なんだね」

「……まあ、この国ではあまりそう言う自覚を持って行われているものじゃないがな」

「え、そうなんですか?」

「ああ。日本人というのは実にそこらへんに関しては無節操でな。季節固有のイベント事、くらいの認識の者が多数だろう。宗教行為への自覚が基本的に薄いと言うか……ほら、ついこの間まではクリスマスだと騒いでいただろう? あれは初詣とは別の宗教の行事だ」

「ええ?」

「クリスマスで盛り上がって、除夜の鐘聞いて年越して、そこから初詣、やもんなあ。たしかに節操はないかもな」

 驚くフェイトへはやてがころころと笑いながら言ったように、日本では年末年始の一週間程度、キリスト教、仏教、神道と立て続けに宗教を跨ぐ。そもそも、寺と神社、仏教と神道の違いすらよくわかっていない者も多いくらいだろう、……他の国には多少理解し難いかもしれないが、日本とはそう言う国だ。

「まあだから、こう言ってしまっては何だが気楽に参加していいと思うぞ。……そうだな、先生に許可が取れたら、はやても一緒に、皆で行くか」

「あ、ええなあ!」

「は、はい!」

 出来たらクロノやリンディ、エイミィも呼んで、……シグナム達も、流石に厳しいかもしれないが、掛け合ってみるだけ掛け合ってみよう。

「楽しみだね! ……まあ、晶ちゃんがはやてちゃん見てちょっと騒ぎそうだけど」

「……レンに黙らされるだろうがな」

 確実にひと悶着はあるだろう。厳かな新年早々、あまりにうるさいのは勘弁してほしいので、……場合によっては鎮圧しよう。

「あの、恭也さん」

「ん、なんだ?」

「お願いごとって……何を願うものなんでしょうか?」

「ああ、そうだな。行く神社の祭神によるんだが、……家内安全、無病息災、夫婦円満、金運上昇、学業邁進、商売繁盛、恋愛成就……なんかだろうか。まあ、好きに願うといい」

「れっ…………は、はい、わ、わかりました!」

 フェイトは力強く何度かうなずいた後、少し顔を赤くして俯いた。

 ……願い事が決まったのだろうか。

 顔が赤くなった理由はわからないが、少なくとも、何か心に決めたような様子には見える。

「…………ん、どうした? はやて」

「……え、あ、や、な、なんでもないで!」

 不意に、視線に気づいて顔を向ければ、そこには、ベッドの上からじっとこちらを見つめるはやての姿。

「……?」

「あは、あはは、ほんまなんでも…………そうか、そうなんやね。………………あ」

 何事か呟いたはやては、そこで恭也の脇に視線を移し。

 釣られて恭也も自らの隣、――そこに座るなのはへ目を向ければ。

「……なのは?」

「…………ん? なあに?」

(……たまに、するな。この表情…………)

 長い、それこそなのはが生まれたときからの長い付き合いである恭也が、しかしどうしてか推し量ることの出来ない、複雑な顔があって。

 だが、それについて問う事も、なぜかいつも、出来ずに。

「………………なのはは」

「ん?」

「……願い事は、決まっているのか?」

 結局恭也は、別の質問を口にした。

 しかし、聞いておいてなんだが、……この問いにはあまり意味が無い。

「……うん。いつもと同じ。家族と友達、みんなが幸せでありますように、かな」

「そうか」

 なのはは決まって、こう答えるからだ。

 まるで、判で押したように。

 その願いに心が篭ってないわけではもちろんないのだろうが、……どこか、なにか、…………誤魔化しているよう、なんて思うのは。

(……穿ちすぎか)

 胸の中、恭也はひそかにため息を吐いた。

「お兄ちゃんは?」

「……ん、そうだな。まあ、俺も同じだ。皆が幸福であるように」

「そっか」

「ああ」

 にこっと、なのはは笑みを浮かべて、それを見て恭也も微笑む。

「…………」

「…………」

 フェイトとはやては、そんな恭也達二人を……特になのはを、どこか伺うように見て。

「……む」

 そして流れる、……微妙な雰囲気。

 破ったのは、はやてだった。

「あ、そ、そや! お正月と言えばあれやな! おせちも楽しみやな!」

「ああ、そうだな。はやては、おせちも作れるのか?」

 恭也も、それに乗り、はやてに問いかける。

「い、一応な。まあそんな大したもんやあらへんけど」

「そうか。いや、すごいな。晶たちと話が合いそうだ」

「あ、そなんや。その……晶さん? お料理得意なん?」

「うん。ご馳走になったこと何度もあるけど、晶さん、とっても上手だよ」

「他にもレンちゃんとか、あとやっぱりお母さんとか。あ、お兄ちゃんも……」

 戻ってくる、穏やかな雰囲気。

 そのまま、やはりやや姦しいそんな雑談に興じて。

 破ったのは、――またしてもはやてだった。

「そなんやあ。高町家はなかなかすご…………………………い…………っ!? あ、…………が……っ!」

「はやてちゃん!?」

「はやて……!?」

 胸を押さえ、突然苦悶の表情を浮かべ、脂汗を流し始めたはやてに、なのはとフェイトはあわてて椅子から立ち上がり、ベッドに寄った。

「だい、じょ………………ぐっ!! ううううううう……!!」

(――発作か……!)

 それもかなり、……深刻そうだった。

 恭也は素早く連絡用端末に手を伸ばし、緊急呼び出しボタンを叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

「プランは、現状、……二つあります」

 アースラ内カンファレンスルームで、展開された大型スクリーンの前、クロノが厳しく、険しく、重い声で言った。

「どちらを採るか、今ここで速やかに決定しなければなりません。……もう、時間がない」

 室内には、リンディやエイミィを筆頭としたアースラスタッフに加え、なのは、フェイト、恭也、ユーノ、アルフに、

「……はやて」

「くっ……」

心配そうにつぶやいたヴィータ、苦しげな表情のシグナム、その隣にはそれぞれ沈痛な面持ちのシャマルとザフィーラ――守護騎士四人の姿もある。

 発作を起こしたはやての病状は、もはや抜き差しならないところまで来ていた。

 彼女は集中治療室に搬送され、そして闇の書事件に対応するメンバーは、今この場に全員揃っている。

「まず、プランA。書に魔力を充填、完成させ、……暴走させる。その上で、衝撃を与え、防衛システムを切り離し破壊する。成功すれば一応は、この急場は凌げることになる」

 だが、とクロノは続ける。

「これは結局のところ、対症療法に過ぎない。……書が改悪されている限り、そう遠くないうちにまた同じ事が起きる。……守護騎士の皆とも、話したんだが」

「……そうなれば、おそらく…………"アイツ"は、自らの破壊を進言するだろう」

 硬い声のシグナムが言う、"アイツ"とは、書の管制プログラムの事だ。恭也も、シグナム達から聞いて知っていた。

 もっとも深く主と繋がり、もっとも深く主を愛する。

 管制プログラム。融合騎。

「"アイツ"は、そういう女だ」

 主のために、自らの存在を良しとせず、……むしろ、喜んで。

 消えるだろう、と。

 シグナムは言った。

「……そん、な」

 瞳を揺らし、なのはが声を上げる。

「……っ」

 フェイトも息を呑み、俯く。

「……最初にも言ったとおり、策はもう一つある。プランB、だ」

 相変わらずの重い声で、クロノが言った。

「ユーノが無限書庫で調べ出してくれた情報を元に作った、修正プログラム――ワクチンを使う」

「そ、それ! 完成、してるの!?」

 期待のこもったなのはの問いに、クロノは、

「……ああ」

うなずくも、しかしその表情は暗かった。

「完成は、している。……しかし、完全じゃない。万全じゃあ、ない」

「……時間が足りないわけじゃないんだ。無限書庫から引き出せるだけの情報はもう、おそらくは全部引き出した。あのワクチンはあれ以上の出来にはもうならない。だからつまり、完成は、してるんだ。だけど……」

 クロノに続き、そう説明するユーノの顔も同じく暗い。

 その先は、クロノがまた引き継いだ。

「書を治すことはできるが、……打ち込み、展開する作業の中で、書は激しい拒否反応を起こすだろう。防衛プログラムはこれ以上ないくらいに活発になって、……おそらく、進化してしまう。有体に言って、もう、……何が起こるわからない。完全なワクチンだとはとてもじゃないが言えないし、万全な手法と言えるわけもない」

『っ!』

 その場にいる多くの人間達が、息を呑み、表情を険しくした。

「やるならば、周りに損害の出ないよう大規模な演習空間を利用することになる。そこでまず守護騎士達を通して、とにかくそのワクチンを書の完成のために必要な魔力と共に打ち込む。……その段階からもう、防衛プログラムは拒否反応で激しく暴走するだろう。そもそも今の書は、真の所有者以外のアクセスは認めず、下手に外から弄ろうとすれば主を呑み込んで転生してしまう性質を持ってしまっている。それを独立プログラムとは言え本体とリンクしている守護騎士達を通す事で、何とか裏技的に転生を抑えながら介入を行うんだ。無理矢理もいいところで……結果、その場で起きる暴走は、どんな規模になるかわかったものじゃない」

 クロノは眉間に皺を寄せ、首を振り、続ける。

「その上、そのままでは、打ち込まれたワクチンは展開し切らない。ある程度の衝撃を、ダメージを与える必要がある。つまり、戦わなければならない。うまくダメージを与え、ワクチンが展開し切れば、書は修復され、書のコントロールも完全に管制プログラムと、主、八神はやてに戻る。そうなったら、書の改悪部分を外部に排出し、そしてそれを完全に破壊すれば事態は終息する。……だがその排出された改悪部分も、どんな代物になっているか予想もつかない……………………聞いてのとおり、ハイリスクだ」

 クロノは一瞬だけ目を瞑り、そして開いて、強い声で言う。

「二択です。犠牲を前提にしたローリスクなプランAを採るか、うまくすれば犠牲はないがハイリスクなプランBを採るか」

 問う。

「今ここで、決めます。どちらを、採るか」

 こうしている間にも、はやての病状は悪化している。一秒だって惜しいのだ、速やかに決めねばならない。

 それは皆、わかっているのだろうが、しかし、軽々に口は開けず、黙り込み。

 やがて。

「……プランBを」

 今までずっと黙していた恭也が、声を上げた。

「俺は、プランBを、推したい」

「……恭也さん」

 クロノが、気遣わしげに、……気まずそうに、恭也を見る。

「恭也さん、わかっているんですか? ……いえ、貴方がこんな事をわかっていないはずがありませんね…………」

「……ああ」

 恭也はうなずく。

 そうだ、自分は、わかって言っている。

「不測の事態が起こったときに、一番負担がかかるのは、一番危険を被るのは、どうしたって、――その場で最も力を持つ者になります。そしてそれは言うまでもなく、……貴方です」

「…………まあ、一応は、そういう事になるだろうな」

 そんな事は、わかって言っているのだ。

 わかっているからこそ、言い出すのは、自分でなければならないのだ。

「……それでも俺は、プランBで行きたい。もちろん、俺には何の権限もない。ただの外部協力員に過ぎない。だから、この場にいる中の一人の意見というだけだが、…………出来る限りの事はするし、この身に惜しむものなど何もない。負担も危険も最大限、俺が引き受ける」

「お兄ちゃん……」

「恭也、さん……」

 見上げてくる二人の髪を優しく撫でて、恭也は続ける。

「はやては、何より家族を大切にしている。心の底から愛しているんだ。その彼女のためなどと言って、……彼女の家族の犠牲が前提の作戦なんて、俺は、したくない」

 普通に考えれば、プランAで行くべきだという事くらい、恭也にもわかっている。甘いことを言っていると、わかっている。

 だが、それでも。

"この子も、ずっと一緒におったんよ。大事な大事な、私の家族や"

 管理局に保護されて。

 そして、全てを告げられて。

 自らの生活を、身を、命を、蝕んできたのがその書だと告げられて。

 それでもはやてはそう言って、笑顔で書を抱きしめた。

 家族だと言って、抱きしめた。

 だから、だったら。

「…………もう一度、言おう。俺は、プランBで行きたい」

「どうして……」

 苦悩のにじむ声をかけてきたのは、シグナムだった。

「恭也……、どうして、どうしてお前が、そこまで……」

「なあ、シグナム」

「……なんだ?」

「"アイツ"、……管制プログラムに、名はあるのか?」

「あ、ああ……」

 突然の問いに当惑しながらも、シグナムは答えた。

「まだ"アイツ"自身には伝えられていないが、つい先日、主がお決めになった名がある。リインフォース、だ。強く支える者、幸運の追い風、祝福のエール、リインフォース」

「……リインフォース、か」

 リインフォース、リインフォース。

 恭也はうなずきながら、確かめるように、何度もその名を口にする。

「リインフォース、か。……ああ、いい名だ。美しい名だ。護りたい、名だ」

「恭也……」

「俺には、その想いだけで十分なんだ。十全なんだ。この拙い腕で精一杯、剣を振るう理由に足るんだ」

 守りたい。護りたい。それだけが、自分の剣の全て。

 そんな事は恭也にとってはあまりに当たり前で、言うまでもなく今更だ。

「俺は、許されるならばその名を、その存在を、護りたいよ。永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術師範代、高町恭也の名にかけて、――全身全霊、護り抜きたい」

 その言葉の後、場には少しの静寂が訪れて。

「…………我らは」

 やがて響いたのは、俯いたシグナムの声。

「我らは、災いを撒き散らして、生きてきた。……だから、こんな事を言う資格は、ない。ないが、ない、が、…………我ら自身も、また、不幸に、不運に、不遇に塗れて生きてきたんだ……」

 シグナムは、一粒、二粒と、涙を零して。

「望まぬ戦い、望まぬ行い、望まぬ生き方……。そんなものに染められて、ずっと、生きてきた…………っ」

「シグナム……」

「将……」

「…………そう、ね……」

 同じ想いなのだろう、ヴィータ、ザフィーラ、シャマルが、切なげにつぶやく。

 シグナムは、続けた。

「だから、だから、……そんな我らにとって、一番の幸福は愛する主はやての傍に居ることだが、……一番の幸運はきっと、恭也、お前に会えた事だ……っ」

「俺は……」

「護りたい、なんて、言ってもらえた事は……一度だって、ただの一度だってなかった……! 一番辛い思いをしてきた"アイツ"を、護りたいなんて言ってもらえた事は、一度だって……、なかったんだ! 言ってくれる者は、一人だっていなかったんだ!」

 揺れる声で、しかし強い声で、シグナムは恭也に言う。

「当所も無く彷徨って、誇りも無く服って、意思も無くただ剣を振るった……! 振るってきた……! 行く先々には悪意と悲劇ばかりで、だから、好意も奇跡も信じてなかった! 信じて、なかったんだ! なのに、なのに……!」

 これはきっと、発露。

 騎士を束ねる将として、いつだって辛い日々のその先頭に、身を置いてきた彼女の、感情の発露。

 思い通りになりはしない生を送ってきた彼女の、まっすぐな、想い通りの言葉の数々。

「こんな事が、この世には、あってっ、こんな、こんな光がっ、我らに、降るっ、なんてっ!」

「……これからだろう、シグナム」

 恭也は、シグナムに歩み寄り、その肩に手を置いて、その顔を覗き込む。

「恭也……っ」

「月並みな言い方だが、その涙は、……事態が終わった後まで取っておいてくれ。なあ、シグナム、……ヴィータも、ザフィーラも、シャマルさんも」

 恭也は、守護騎士達を見回して、言う。

「これからだろう、これからだ。これからなんだ、君達の幸せは。そして、こんなもんじゃあないだろう。はやての傍で、あの優しい娘の傍で、生きていくんだろう? だったら、これからで、こんなもんじゃあない。きっと、ずっと、もっと、幸せに生きていくさ、君達は」

「恭也、さん……っ」

 シャマルは、感極まった様子で、瞳に涙をためて、恭也を見据え。

「………………!」

 ザフィーラは無言で、しかし大きく、力強く、頭を下げて。

 ヴィータは。

「…………っ、…………ううっ!」

「……そんなに、泣かないでくれ。取っておいてくれって、言ったろう?」

「ううううううううっ!」

 ヴィータは、決壊しきった泣き顔だった。

「おまえにっ! さあっ! 初めて会ったときはっ! なんなんだよってっ、思った! 気がついたらっ、ぶっ倒されてたしさあ! んでっ、二回目に、会ったときは、心底、ふざけんなって思った! 勘弁しろよって思ったっ! 三回目に会ったときも、やっぱ、それでも、怖くてっ、でも、でも、今は、今はさあっ!」

 すん、と、すすり上げて、ヴィータは言う。

「なあ、キョーヤッ! アタシ、今から馬鹿な事言うけど、怒んないでくれよ! 頼むから、怒んないでくれよ!」

「……ああ、怒らないよ。なんだ?」

「…………なんで、なんでお前もっと早くアタシらの前に出てきてくんなかったんだよおっ!!」

「……………………いや」

 ヴィータの叫びに、まず、呆気にとられて。

「……すまない、それは、…………どれくらいの単位での、話だ?」

「百年とか二百年とか、もっとだよっ!!」

「……は」

 さすがに、そんな返答には。

「っ! いや、それは、はは、すまん、っ!」

 吹き出して、笑って、しまった。

「わ、笑うなよおお!」

「い、いやだって、百年二百年って、俺は、生まれてすらいないんだぞ? そんなこと、言われてもなっ、っ……」

「知らねーよそんなことっ! お前あんだけ強いんだからなんとかなるだろおっ!」

「なんともっ、ならんだろうっ……」

 恭也はもう、笑いを堪えるのに精一杯だった。

 まさか、こんな事を言われるなんて、……思ってもみなかった。

「なんだよおお! だって、だって、お前みたいのが居てくれたらっ、アタシら、アタシらっ、あんな風に生きてくことなかったんだ! お前が、いてくれたら! はやてもっ、お前もっ、もっと、もっと早くさああ!」

「っ……、っ、っ!」

「笑うなよおおおおおおおお!」

 泣きべそをかきながら抗議するヴィータに、なんとか腹筋の痙攣を抑えて、恭也は言う。

「わ、わかった。わかったわかった。笑わん。笑わんから、……笑わないから、泣き止んでくれ」

「それは今がんばってんだよおおおお!」

「……っ、っ」

「笑うなよおおおおおお…………!」

 恭也にとって、基本的にヴィータはずっと、ハンマーを振り回す苛烈な少女で。

 はやての口から可愛い娘だとは聞いていたし、そのはやてと触れ合う様子は確かに微笑ましかったものの。

 こんな風に、恭也に対して素直にその情を溢れさせたのは、これが初めてかもしれなくて。

 そうだ、だからある意味、今、初めて。

 なのはを抜かせば、恭也が最初に出会った魔法の世界の住民である、ヴィータ。

 そのヴィータに、恭也は、"ヴィータ"に、今初めて、会えたのかも知れなかった。

(……これは確かに、可愛いかもしれない)

 娘が出来たら、こんな感じなんだろうか。

 そんな風に、思った。

「……あー、話が、そうだな、話が大分逸れた」

 頭をかきつつ、後ろを振り返って、

「なあクロノ、だから、プランBで……あー」

そこにあったのは、恭也と守護騎士達以外全員の、実に実に、暖かい視線。

 生暖かいと言ってもいい。

「……まあ、ここでプランAなんて言い出す人は、アースラにはいませんわ」

 リンディが、にっこりと笑ってそう言えば、アースラスタッフ一同は、力強く同意の声を上げた。

 となると、あとは。

 なのはが一歩、前に出た。

「……決まってるよ、お兄ちゃん」

「なのは……」

 なのはは、そしてフェイトやアルフ、ユーノ達と頷きあって。

 まっすぐに、言った。

「全力全開、プランBで!!」

 

 

 

 

 

 準備された大規模な演習空間……というのは、高層建造物の立ち並ぶ海辺の街、といった風貌の場所だった。

 当たり前ながら誰も住んでおらず、建物もすべて模擬建造物らしい。

 ビルの屋上、そこに描かれた魔法陣の上、横たわったはやてを見、恭也は魅月を握り締める。

 すでにバリアジャケットも魅月も展開してある。眩体で身も強化してあり、……つまり、臨戦態勢だ。

 恭也の周囲、並び立つなのは達も同じく、いつでも戦闘ができるよう各々の装備を展開してある。

『魔力充填及びワクチン注入準備、整いました』

 念話で、エイミィの声が届く。

 少し離れた所には、シグナム達守護騎士とワクチン注入作業を担当する局員の姿がある。

 シグナム達を介して、リンクされた書に魔力とワクチンを注入、後、展開制御することになる。よってシグナム達は少なくとも、ワクチンが展開し切り書が正常な状態に修復されるその時まで、戦いには参加できない。

 拒否反応を起こし暴走した書の相手をするのは主に、恭也、なのは、フェイト、クロノ、ユーノ、アルフの六人だ。他の武装局員もいるが、予想される敵のレベルからしてまともに戦力になりうるのは現状、恭也達だけと言っていい。

 潮の匂いを含んだ海風が吹きぬける中、

「始めてくれ」

クロノの声を合図に、眠るはやての身の下の魔法陣が輝き始め、彼女の傍らに置かれた書が宙に浮かび上がる。

 ページが自動的にめくれていき、白紙だったその表面にどんどんと文字が刻まれていく。

『魔力充填、ワクチン注入開始! 0%…………10%…………20%…………』

 エイミィのカウント、その数字が大きくなるにつれて、

「う…………ううぅ…………う、あああ、ああああああ……!」

はやての表情は苦悶に染まっていく。

「はやてちゃん……」

「はやて……」

 心配そうななのはとフェイトの見つめる先で、

『30%…………40%…………50%…………』

「う、うああああああああああああああ!!」

はやての身が、変化した。

 ぎしぎしという音が聞こえそうなくらいの様子で、はやての幼い身が生々しく成長を始める。

 腕も足も髪も伸びて。

 あっという間に、そこには。

「う、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 両の足で立ち、空に咆哮を上げる、銀髪の女性がいた。

 涙を流し、苦しげに頭を振って、彼女は叫ぶ。

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だもう嫌だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 この世を儚んでと言うにはあまりに、力の、想いの、篭りに篭った……。

 それは、声で。

 つまり、怨嗟だ。

「悲しいことばかりだッ! 苦しいことばかりだッ! 辛いことばかりだッ! 痛いことばかりだッ! この世は、この世はっ、ずっとそうだ!!」

 苦しみの運命に囚われ続け、悲しみの連鎖に捕らわれ続けた彼女の、心からの怨嗟。

 狂気と言うにはあまりに切なく。

 涙と言うにはあまりに熱い。

 彼女の、この世への、誹謗にして中傷にして罵倒にして、正当な評価。

 彼女を取り巻いてきた世界へ、彼女が彼女の見たままにおくる、真っ当な評価。

「もうッ、嫌だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

『60%…………っ、な!?』

 エイミィから驚きの声を上がり、その理由はもちろんすぐに恭也達にもわかった。

 なのはが周囲をぐるっと見渡し、レイジングハートを構えつつ零す。

「な、なに!? なんなの!?」

「……影の……獣?」

 暴走する書……銀髪の女性の身からは次から次へと黒い球体が撒き散らされて、それはすぐに、フェイトが困惑しつつも呟いたように、四足を持つ影の獣としか称せないような姿に変わっていく。

 遠近問わず、影の獣はこの空間を埋め尽くすような勢いで、どんどんと生み出されていく。

 拒否反応が起こした暴走、その結果の一つだろう。

 そして、恭也の勘は、自らに告げている。

「……クロノ、お前達は、あの影の相手を」

「恭也さん……」

「…………彼女は、俺が引き受ける」

 本当に"やばい"のは、いかにも恐ろしげな見た目をした、あの影達なんかではなく。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 目の前で泣き叫ぶ、彼女だ。

 渦巻く魔力のその強さは、魔法を覚えて日の浅い恭也にも、背に冷たい汗を流させるもので。

 こんな彼女の相手を、……なのは達には、させられない。

 引き受けるのは、自分だ。

 受け止めるのは、自分だ。

 恭也は愛する二刀、両の魅月を抜き放った。

 泣いているあの娘に、教えてやらなければならないから。

(もう、……大丈夫だ)

 大丈夫なんだ、と。

 長く耐えてきて、壊れてしまって、それでも耐えてきた君はもう、ほんのあとちょっとで、優しい光の下に行けると。

 教えてやらなければならない。

 教えてやって、背中を押してやらなければならない。

『70%…………!』

 そしてばさりと、彼女のその背に、黒い六翼が現れた。

 恭也は思わず苦笑する。

(黒い翼には……、縁があるな)

「クロノ、行け。なのは達とともに、……離れていろ」

「…………わかり、ましたっ! どうか、どうかお気をつけて!」

「ああ、お前達もな」

 迷いを見せるも従って、クロノは、

「彼女の相手は恭也さんに任せる! 散るぞ! 僕達は影を!」

なのは達に指示を飛ばした。

「……で、でも!」

「なのは! ……恭也さんの邪魔になったらいけない。私達じゃあ……足手まといだ……!」

「フェイトちゃん……っ、…………わ、かった」

 離れていくなのは達の気配に、恭也は安堵の息を吐く。

 これで、思い切り戦える。

『80%…………!』

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!! ううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううっ!! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! もうッ! 嫌だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 渦巻く魔力。響く怨嗟。

 吹き荒れる暴風。

 大丈夫だ。

 思い、恭也は彼女を見据える。

 大丈夫、君はもうすぐ――リインフォースになれるんだ。

 強く支える者、幸運の追い風、祝福のエール、リインフォースになれるんだ。

 君の愛する主が、君にその名をくれるから。

 だからそれまで、その瞬間まで。

 俺が、君を護ろう。

『90%…………!』

 ダメージを与えるのは、魔力充填とワクチン注入が完了してからでないと意味が無い。

 だから、100%になるまで待たなければならない。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 叫ぶ彼女はやがて、一人残った恭也に、その悲しみと憎しみに染まった眼を向ける。

『やっと、こちらを見ましたね』

「ああ」

『主、……あの娘に、教えてあげて下さい。この世には、光があるのだという事を。貴方が私に、そうしてくれたように』

「……魅月」

『彼女は、私と似ています。だって、夜も、月も、……同じように、光が恋しいんです』

 苦しむ夜天の魔導書を見て、魅月は言う。

『どうか、あの娘に光を。眩しい、我が主よ』

「……ああ。手伝ってくれるか? 魅月」

『喜んで!』

 そして。

『100%!!』 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 エイミィのその声と同時、馬鹿らしいほどの太さの紫がかかった砲撃が、彼女の突き出した両手から、恭也に向けて放たれた。

「っ!」

 即座に反応、右方上空に身を跳ばし、何とか躱す。

 わかっていたがすさまじい魔力だ。吹いた余波から、その威力の高さも伺える。

 しかし、臆するつもりはない。

(懐に飛び込み、……一気に決める!)

 神速で近づき、SCLで準備、そこから雷徹・轟を叩き込む。

 シグナム相手にも使った、磐石にして必殺の組み合わせ。

 生成した足場の上、脳のスイッチを切り替え踏み込もうとし、

『お待ちを!』

「っ!」

魅月の声で踏みとどまる。

『駄目です、神速で近づいてはいけません、主よ!』

「どうしてだ、魅月…………っ」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

「くっ!」

 咆哮と共に放たれた再度の砲撃を空中に作った足場の上ステップを踏んで躱しつつ、問うた恭也に魅月は答える。

『あの、……靄です』

「靄……? む、たしかに、なにかあるな」

 言われたとおり、見やれば彼女の周囲には薄く紫がかった靄がその身を包むように漂っている。

『見たところあれには、魔力が籠められております。……おそらくは、触れた物体に対し抗力を持つように。神速の速度であれに突っ込めば……主の身にそれに比した抵抗がかかり、前に進むのが困難になるばかりか、無理をすれば身に傷すら負うことになります』

「……それは、…………厄介だな」

『下手にシールドを張るよりも、主の神速への対策としては賢いと言えますね……。砲撃魔法を持たない主では、吹き飛ばすのは多少面倒です』

「そうだな、的確な対策だ。しかしなぜそんな事が………………ああ、そうか、シグナム達か」

『ええ、おそらくは。彼らの、主との戦闘記録が、戦闘記憶が、リンクしている彼女にも流れてしまっているのでしょう。……それを元に、対策を打ってきたようです』

 なるほどな、と、胸の内で納得の声を上げるが。

「ブラッディダガーッ!!」

 状況は、ゆっくりしていられるようなものではない。

 声とともに襲い来た赤い刃を、躱し、斬り伏せ、

「っ!?」

怖気を感じて飛び退る。

 一瞬の間をおいて、先ほどまで恭也が居た場所を爆炎が包んだ。

(……刃であり、爆弾でもあるのか)

 これまた、厄介だ。

 思うがしかし、――いつまでも、防戦をするつもりもない。

 面倒でもなんでも、とにかくあの靄を吹き飛ばそうと、

「ふっ!」

彼女の周りを高速で舞いつつ、恭也は両の魅月から影刃を連射する。

 そして響く、硬い音。

「……シールドも、張ってあったんだな」

『そのようですね……。靄をさらに包むように、外からの攻撃に対し、三百六十度全面、常時展開の障壁ですか』

 どのタイミング、方向から放った影刃も防がれたということは、そう言うことになる。

『………………』

「まあだったら、まずはそれからだな」

 言って、恭也はすぐさまSCL。右の魅月を納刀し、

 

 御神流奥義 虎切・飛

 

抜刀奥義からの、影刃による巨大な黒刃射出。

 奔った黒刃はシールドに喰らいつき、飛び散る火花と硬い音。

「……むっ」

 そして、……完全に防ぎ切られ、消えていく黒刃。

 シールドを破るには至らなかった。

 その様に、自らの技を過信していたつもりはないが流石に恭也は表情を険しくして。

『…………やはり、そうですか』

 魅月は、そう言った。

「魅月?」

『……主、あの娘は…………。あの娘は、本当に、先を見ていないようです』

「……? どういうことだ?」

 唸りを上げ襲い掛かってくる砲撃と赤い刃を躱しつつ、尋ねると、

『あの数の影刃を、どころか、今しがた放った虎切・飛をも完全に防ぎ切るほどのシールドを常時全面展開なんて…………通常、いくらなんでもありえません。運用効率の観点から言えば、いかなあの書が膨大な魔力を持とうと愚かな選択と言ってもいいものです。……本当にあの娘は、先を見ていない』

 魅月は悲しそうな声でそんな風に返してくる。

『ただ、敵として貴方が目の前に立ったから、後先考えず、するべき事と出来る事をしてしまっているだけで、……力任せに暴れる、駄々っ子のようなものです』

「……そうか」

『……はい』

 だったら暴れさせるだけ暴れさせて、疲れさせればいいかと言えば、しかしそうもいかない。戦闘にかける時間が長ければ長いほど、拒否反応により起こる暴走の影響は大きくなってしまう。

 悠長に戦うことが出来ないのは、こちらも同じだった。

「じゃ、……まあ、早く泣き止んでもらおう」

『策が?』

「ああ、いくぞ!」

 生成した足場の上、SCL。そして即座に恭也は左手を前に掲げ、右手を引いた構えを作り、

 

 御神流奥義 射抜・奔

 

そこから、高速の突き。右の魅月から黒い閃光が奔り、シールドに刺さりなんとか押し破らんとする。が、

『駄目、ですか……!』

魅月の言葉通り、力及ばず空に溶ける。

「いや、まだだ!」

 恭也はそこから眩体に費やす魔力を増強、身の膂力を上げ。

「はっ!」

 全力で持って、晃刃を篭めた飛針を投擲。鋭く空に瞬いた数本の刃は、先ほどまで射抜・奔が押し破らんとしていた箇所へ狙い違わず突き刺さる。

 バギィンと、高く耳障りな音と共にそれらは弾かれるものの――。

 しかし、狙い通り。

(入った!)

 シールドには、幾つかのヒビ。

 恭也は足場を強く踏み込んで、一気に接近。

 

 御神流奥義 射抜・追奔

 

 ヒビへ速度の乗った左の魅月による突進を見舞う。

「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「っ!」

 銀髪の下、彼女の顔が驚きに揺れて。

 一瞬の均衡の後。

 高い音を響かせシールドは、――割れ、破れた。

 恭也はそこから間髪入れずに、

 

 御神流奥義 虎乱・散

 

SCLからの影刃の乗った一刀連撃。射出する黒刃は虎乱・盾とは違い、前方に集めるということはせず、広範囲に散らす。

 紫がかった靄を一気に吹き飛ばし。

 しかし、達成感に浸ることは無い。なぜなら今までの攻撃は、全て、言わば前座。

 本命は、これからだ。

 恭也は、脳のスイッチを完全に切り替える。

 

 御神流奥義 神速

 

 世界をモノクロに染め上げ、その中を疾走、彼女に肉薄し、カートリッジロード。

 身と魅月に、膨大な魔力を充填。

 やがて、世界に色が戻って。

「っ!」

 眼を見開いた彼女に、ようやっと、

 

 御神流奥義 雷徹・轟

 

本命の一撃を、叩き込んだ。

 爆砕音が響き、振るわれた両の魅月が彼女の体に食い込んで、返ってくるのは確かな感触。手ごたえ。

 晃刃でその威力を大幅に強化された徹の篭る乾坤一擲の豪撃が、通り切った実感。

「――――っ!!」

 声無き悲鳴を上げ、彼女は一直線に吹き飛んで、背後にあった高層ビルへ音高らかに突っ込んだ。

 恭也は、続けて、なおもSCL。

 勢いよく排出され、遠い空に消えていく空薬莢を横目に、右の魅月を納刀。

 リベンジとばかりに、駄目押しとばかりに、

 

 御神流奥義 虎切・飛

 

抜刀奥義。大きく、速く、何より鋭い、生み出された黒刃は青空を裂いて進み、彼女が突っ込んだ箇所を通って、ビルを斬り抜けた。

 ビルの上半分が地鳴りのような音とともに左方へずれ、地面にゆっくりと崩れ落ちる。

 巨大なビルは、あまりに易々と斜め真っ二つ。

 また、後方に立ち並ぶ似通った高く巨大な建造物の数々も、奔った黒刃に続けて斬り裂かれ分かたれ、習うようにビルと同じくその半身を次々と地面に落としていく。

 粉塵の巻き上がりに低く重い轟音の多重奏、そして断続的な地響きが、収まって。

『――――お見事っ!!』

 響いたのは、魅月のそんな賞賛の声だった。

『これぞまさにっ、騎士! ……いえ、鬼神!! そう呼ぶに相応しき御業ですっ! 強化壁をふんだんに使った模擬高層建造物も、主にかかればまるで豆腐……!』

「……褒め過ぎだ、魅月」

『いえ! 歴代ベルカの騎士の中にも! これほどまでの者は数えるほどしかいないでしょう! 海鳴の黒い鬼神、高町恭也ここにありですね!』

「いやいやいやいや…………」

 そんなあまりにあまりな魅月の言葉に、恭也は流石に苦笑して。

「…………いや、魅月」

『はい?』

 視線を鋭くした。

「本当に、言い過ぎだったな。……見てみろ」

『え、…………なっ!?』

 恭也の鋭利な視線の先、そこには、

『あれを喰らって……まだ立つとは!』

ふらりふらりと、揺れながらも。しかし確かに身を起こし、立って、その高さが半減したビルの中から抜け出て浮かび上がった、銀髪の女性の姿。靄も展開し直されている。

「ダメージは、まあ、結構入ったようだが」

『……ワクチンが展開し切るには及ばず、ですか』

「そのようだな」

『なんという…………。主もさることながら、あちらもあちらですね』

「……さて、どうしたものか」

 今の攻防を終え、既に使用したカートリッジは通算五発。魅月の搭載カートリッジ数は、左右合わせて十二発。もう半分近くを使ってしまっている。

 予備マガジンが二本あるにせ、この後を思えば控えめなペースとは言えない。

「………………悲しい……、ああ、悲しい…………。悲しい…………」

 思い悩む恭也の耳に、呟きが届く。

 誰のでもない、それは銀髪の、……涙を流す彼女のもので。

「悲しい…………、ああ……、………………悲しい……………………」

 その言葉は、本当に、心の底から悲しげで。

「……大丈夫だ」

 たまらず恭也は、彼女に声をかける。

「大丈夫、大丈夫だ。すぐに、……その悲しみは、君の悲しみは、癒える時が来る。もうすぐだ、もうすぐなんだ。だから……」

 

「違う」

 

 返ってきたそれは、強い言葉だった。力の篭った口調で、方向の定まった声音。

 向かう先は、

「違う、違うんだ。黒き騎士よ」

「……違う? 何が、違うんだ?」

他でもなく、恭也。

 長い銀髪を海風になびかせながら、彼女は恭也を見た。

「違う、違う、違う、違うんだ、黒き騎士よ。違うんだ」

 まっすぐに、しっかりと、そしてなぜだか、

「悲しいのは、……悲しいのは」

慈しむように。

 彼女は恭也を涙の零れるその赤い瞳で見て、見据えて、見つめて。

 そして言った。

「悲しいのは、――――お前だよ」

「………………………………………………………………は? 何を言って」

 要領を得ない恭也に、彼女は続ける。

「お前だったんだな、黒き騎士よ。お前だったんだな。あの、あの、……あの悲しいリンカーコアの持ち主は」

「何を、言って……」

 返しながら、なぜだか、恭也は口の中に乾きを感じる。

 彼女の言葉は、視線は、射抜くようで。

「私は今まで、数多くのコアを喰らってきたが……、あんなに強く、あんなに気高く、あんなに優しい、それでいてあんなにも悲しいリンカーコアは、初めてだった。だから、よく憶えている」

 言い当てられるようで。

「今さっき、お前の魔法を身に受けてわかったよ。お前だったんだな、あのリンカーコアの持ち主は。……ああ、悲しい。悲しいよ、黒き騎士。強く、気高く、……寂しい騎士よ」

「なに、を……」

「なあ、騎士よ。――もう、いいだろう?」

「なにが、だ?」

『主、惑わされないで下さい!』

 魅月はそう言うも、しかし恭也は彼女の眼から声から、意識を逸らせない。

「もう、いいだろう、騎士よ。……だってお前は、どれだけ生きてもどう生きても、満たされることなんてない」

「っ!」

「お前を満たす世界なんて、ありはしないよ。だって、そうだろう? わかっているだろう? 自分自身を慈しむ心を持たないお前が、他でもない自分自身に後ろ指さして生きるお前が、幸せに、満たされて、生きていける世界なんて、ない」

「お、れは…………」

「そもそもお前はあろうことか、自分の幸福なんて露ほども世界に期待していないのだろう? お前のリンカーコアの輝きは、煌きは、お前自身を少しも照らしていなかった。……お前は、自分が幸せになろうだなんて思っていない、思えないんだな。それなのにどうして生きる? そんな生き方に、生に、なんの意味が…………………………………………………………ああ、そうか」

 彼女の、恭也を見つめるその瞳がまるで眩しいものを見るかのように眇められ、切ないものを見たかのように大きく揺れる。

「護りたい者がいるから、か。そうか、だからお前は生きるのか、だからあんなにもコアを輝かせるのか、護りたい者達の幸福のために。自分の幸せが訪れる世界なんてないとわかってはいても、自分のコアが自分自身の未来を照らす事などないとわかってはいても……生きるのか、生きてしまうのか、その孤独な生を。………………ああ、優しい騎士よ、なんて、なんてことだ」

 彼女は、本当に寂しげに悲しげに、切なげに、頭を振った。きらきらと、散った涙が陽光に照らされ光を放つ。

「やはりこの世は狂っている……! おかしいんだ……。お前のような者が、決して幸福を掴めずに、掴もうと思えずに、それでも生きていかなければならない世界なんて間違っている……。おかしいんだ……。……なあ、もういいだろう?」

 彼女は、恭也に手を伸ばす。決してそれが届く距離ではないが、しかし。

「もう、止めよう。いいんだ、騎士よ」

 掴まれそうだ、なんて思って。

(……俺は)

 掴んでしまいたくなる、なんて思ってしまったのは、……きっと気のせいじゃない。

 振り払うように、恭也は言う。

「……すまん。君の気遣いは嬉しいよ。だが、わかってくれるだろう? いいんだ、俺の事は。今は君が幸せを掴むための空なんだ。俺の事などどうでもいい」

「……悲しいな、騎士よ」

「…………いいんだ。そういう言い方をすれば、確かに悲しいのかもしれないが、……俺はこの生き方でいいと思っている」

『主……?』

 魅月が、困惑したような声を上げる。

 そうだろう、この会話は、こんな会話は、きっと本当に、当の恭也と彼女にしかその意味は通じていない。

「悲しいな、騎士よ。そうしてお前がお前を、どうでもいいと言うのが悲しい。そして、それでもお前の瞳がそこまで揺ぎ無く強いのが悲しい。悲しいな……、悲しいよ。お前は、揺れないんだな。どれだけ寂しさを、孤独を、痛みを、抱えていても揺れないんだな。いつだって、強くある。……ああ、なんという、悲劇だ」

「……いいんだ」

 恭也は、魅月を握る手に力を入れ直す。

 いいんだ、……いいんだ。

 彼女の声は、まだ続く。

「弱ければ、守ってもらえる。怯えていれば、かばってもらえる。震えていれば、抱き締めてもらえる。……でも、お前は、強いから。いつだって、守り、かばい、抱き締める側で、……誰もお前に、そうしてはくれなかったんだな。そしてお前も、それが当然だと思っている。誰にも助けを求めない」

 続くが、これ以上、恭也には聞いていられなかった。

「すまない、戦いを続けさせてもらう。……悠長にしている時間はないんでな」

「…………悲しいな」

「いいんだ」

「悲しいな、孤独な騎士よ。……悲しいな」

「……いいんだ!」

 言い切って恭也は、SCL。

 魔力を得、突きを放つ。

 

 御神流奥義 射抜・奔

 

 青空の下、奔る一条の黒い閃光。

「…………」

 それは、無言で涙を流す彼女の前、シールドに阻まれ、

「悲しみなど……!」

声を搾り出すように吐きながら恭也はそこへ、飛針を投げつける。

 やる事は、さっきと全く同じだ。

 刺さった飛針は、弾かれるもシールドにまたしてもヒビを入れて。

 

 御神流奥義 射抜・追奔

 

 足場を踏み込み、恭也は身に高速を纏いそこへ突撃をかける。

「…………」

 彼女は、それでも無言で、ただ。

 ただ。

「悲しみなどっ、ない……!」

 強く叫び、シールドに刃を突き立て破らんとする恭也を、ただただ、流れる涙も拭わず見つめ続けて。

 ぱきいんと、硬いシールドがまた、割れて。

 恭也は悟る。

 揺らがないなんて彼女には言われたものの、しかし結局自分は、……動揺していたんだろう。

 彼女の言葉に、動揺していたんだろう。

 あんなにも、物の見事に本音を、本心を、言い当てられて。

 揺れるあまりに。

 愚かにも、一度成功したからと言ってまるきり同じ戦法を、――的確な対策を立ててくるわかっている相手に対して、繰り返した。

 シールドが割れた瞬間、

「……なっ!?」

彼女は靄を払い、眼前に書を広げ自ら恭也の元へと突っ込んできた。

 シールドを割り切り勢い余った恭也の体は、刃は、そんな彼女へと向かい。

 掲げられた書に当たる寸前、新たに展開された紫がかった正三角形のシールドに、弾かれて。

「………………なにっ!?」

「……悲しみなど、ない? そんな言葉を、そんな悲しい顔で言おうと、誰が信じるものか」

「なに……、なにを………………………………なにをした……っ!?」

 恭也の身は、光に包まれて。

「…………………………………………………………………………な…………………………にを………………………………………………」

 体からはどんどんと力が抜けていく。

「いいんだ、騎士よ。もういいんだ、騎士よ。優しい騎士よ。悲しい騎士よ。――眠るといい、我が内で、永遠の園で」

「……く…………あ、……………………………………………………………………………………ああ…………」

 意識は、遠くへ。

「全ては安らかな、……眠りの内に」

 恭也が最後に聞いたのは、そんな彼女の、やはり悲しげな声だった。

 

 

 

 

 

 

 ディバインバスターで踊りかかってきた三体の影をまとめて消し去り、ああ、やはり一体一体はたいしたことは無い、問題は数だけだな、なんて考えて。

 兄は、大丈夫だろうか。

 それが気にかかって、彼のいる方向へ、なのはは視線を向けて。

「………………え?」

 眼に映ったのは、光に包まれ、……薄まり消え行く兄の体。

 そして、数瞬の時が経ち。

 光が強く瞬いて、同時、――兄の体は消え去った。

「…………………………え?」

 次いで響いたのは、パタンと、書が閉じられる音。

 残ったのは、悲しげな顔の銀髪の女性だけ。

 まばたき一つ、それでも兄はいなくって。

 まばたき二つ、それでも兄はいなかった。

「……――――お兄ちゃんっ!?」

 なのはの声が、兄のいない空に響いた。




 始まりました最終戦って感じの第10話。
 
 まだリインフォースとは呼べないところの彼女が今回、あんなに悲しみを叫びまくっちゃっているのはワクチンによる治療とそれへの拒否反応によって、今まで抱えてきた世界に対する恨みつらみ、絶望、悲しみや憎しみ等を抑えなくなった、抑えられなくなったみたいな感じです。

 
 リンカーコア喰ったからってあんなに恭也さんの事わかるの? みたいなツッコミは、リンカーコアを魔力の生成機関としてだけでなく、精神や魂の核として考えたと言いますか……みたいな説明で勘弁して欲しい。


 作中の、リインフォースとはまだ呼べないところの彼女(長い……)の使っている紫がかった砲撃魔法というのは、暴走のせいで大分太くて強くなってはいますがPSPなのはで披露されたリインフォースの△ボタン攻撃ナイトメアです。

 あと、今回の恭也さんが行ったシールド破りの手法はとらは3OVAの車のガラス割りへのオマージュ。あれすっごいかっこ良くて好き。


 次の11話なあ……。注意書きを足しておこう……。
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