魔法青年リリカル恭也Joker   作:アルミ袴

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 この作品には原作設定の拡大・独自解釈も含まれます。申し訳有りませんが、原作設定の絶対的な遵守をお求めの方、ご自分の解釈を非常に大切にされている方のご要望にはお応えしかねる場合があります。該当される方はご自身の責任における判断で閲覧されるかどうかお決め下さい。よろしくお願い致します。


第14話 ただの女

 短い、呼気を吐き出して。

『Sonic Move』

 高速移動魔法を発動、フェイトは一気にその身を加速させた。

「っ!」

 向かう先、宙に浮かぶ長い髪の女は辛うじて反応したのか、シールド魔法を展開し、

「はあああああああああああっ!」

フェイトはそこへハーケンフォームを展開したバルディッシュの刃とは反対側、柄の先端部分石突きで速度を乗せた突撃を見舞う。

 

 御神流 徹

 

「なあっ!?」

 防御を抜けて通った衝撃に女の顔が驚愕と苦痛に揺れ、シールドが緩んだ。

「終わりだ!」

『Haken Slash』

 そこへ、今度は魔力刃での鋭い斬りつけを浴びせる。

「――っ!?」

 徹入りの打突で硬度維持の緩くなったシールドは、元々障壁へ貫通能力を持つバルディッシュの刃の前には最早なんの効力も持たず、易々と斬り裂かれ。

「っあああああああああ!!」

 それを展開した女にまで刃は届き、その身を下方へ吹き飛ばした。

 薄暗い路地へ一直線に落下した女は音を立てて墜落し、硬い地面の上、二、三度バウンドして、動かなくなった。

 その身をバインドで厳重に固めてから、フェイトも路地へ降り立つ。

 そして女の息があること、意識がないことを確かめ。

『こちら本局執務官、テスタロッサ・ハラオウンです。目標の次元犯罪者、確保完了』

『お疲れ様でした執務官! すぐに護送部隊を送ります! そのまま、そこで待機をお願いできますか?』

『了解しました』

 そんな風に、今回の担当事件について連携をとっていた部隊と連絡を取り合って。

「……ふう」

 一息つく。

 様々な研究所からデータを盗み出し、危険兵器を製造、売り捌いていた組織の頭が今フェイトの目の前で意識を失い拘束されている女だ。

 フェイトが専属で担当している案件ではないが数ヶ月前から協力を依頼されていて、めでたく今日、このように最優先目標の確保に至った。

 これでこの事件も一応の解決を見るだろう。

『Excellent work,sir』

「ありがとう、バルディッシュもお疲れ様」

 相棒とねぎらい合いながら、フェイトも自身の中で今日の戦闘を振り返り、

(……まあまあだった、かな?)

そんな風に評価する。

 特に、最後の石突きによる徹入り打突からのハーケンスラッシュは、かなりスムーズな連撃が出来たと思う。

 徹入りの打撃によって相手のシールドやバリアジャケットを抜いて衝撃を通し、出来た隙に強烈な斬撃を叩き込む。今のフェイトの必勝パターンの一つだ。

「…………」

 なんとはなしに、フェイトは己の手をみやる。

 徹をこの手に修めてそろそろ半年ほどが経つが、近接戦闘におけるその有効性には舌を巻くばかりだった。一度、戦技教導隊の教導官に見せた事があるが、近接戦技術におけるエクストラスキルだとまで言われたほどだ。

 それはもちろん誇らしかったが、しかし、……未熟もいいところな自分の徹に対してそんな評価をもらってしまって、少々申し訳ないような思いもあった。

(私の徹なんか、……恭也さんや美由希さんの足元にも及ばないんだけどなあ)

 あの域には、当たり前だがまだまだ遠い。改善点なんて腐るほどあるだろう。

 そもそも、自分の徹は独学じみた代物なのだ。

"……うーん、いや、もう、何と言ったらいいか。…………まさか、指導書には書かれてなかったはずの徹に至っちゃうなんてね"

 思い出すのは、眼を丸くした美由希の顔とそんな言葉。

 恭也から渡された書の中には、徹の事は書かれていなかった。あくまで記されていたのは近接戦闘全般のための身体の作り方や、得物を問わず必要となる技術の得方、鍛え方で、御神流固有の技術については何も書かれていなかったのだ。

 時折師事を仰がせてもらった美由希も書の内容に沿った事については丁寧に教えをくれたが、それ以外の、それ以上の事については聞いても、恭ちゃんが書いてなかったんなら私が教えるわけにはいかないよ、と言って首を振るだけだった。

 それでもフェイトが間違いなく御神流固有の技術である徹にまで至ったのは、……美由希曰く、彼への憧れと執念の為せた業、という事らしい。

 フェイトは特に、意識的に徹に手を伸ばしたわけではない。

 フェイトの身体鍛錬は恭也の書に忠実に行われており、それこそ固く禁じられているオーバーワークなんてどれだけ気持ちがはやってしまっても決してする事はなかった。彼の教えを破ることは、信頼を裏切ることは、フェイトにとっては何よりの禁忌とすら言えるからだ。

 だから、約束通り身体鍛錬は書の通りにのみ行って。

 ――代わりに、頭の方を酷使した。

 魔法の鍛錬や執務官の仕事にももちろん励む傍ら、休息の時間や暇を見つけてはアースラ等に残った恭也がその技を振るう映像の数々を、食い入るように何度も何度も全体俯瞰からクローズアップ、通常速度からスーパースローまで様々な視点と見方で観ては自分なりに解析し、動きを覚え、コツを掴み。

 それこそ、今や眼をつむれば自動的に再生されるくらいになって。

 そうすることで限られた量しか行えない身体鍛錬一つ一つの価値を跳ね上げ、密度を濃くして。

 少しでも速くあの人に近づこうと。

 その姿を、技を、強く強く思い返しながら鍛錬に励んで、励み続けて。

 気がついたら。

 この手の中には御神の剣士が至る二つ目の境地、徹があった。

 あの人に少しでも近づけたその証のような気がして嬉しかったけれど、反面、勝手にここまで至ったことをどう思われるかが少し不安で。

 そして、何より。

 どれだけ努力しても、向上しても、……そんな自分を見てもらえないという現実が、寂しさが辛くて――。

(……っと)

 フェイトは頭を振って、止めどない思考から意識を現実に向け直す。

 沈んでいては、駄目だ。

 一度ならず二度までも自分の命を絶とうとしたなのは。

 笑顔を浮かべながらも裏には軋みを抱えたはやて。

 彼女たちを支えるために、自分がしっかりしなければいけないのだから。

 彼の残した指導書という、明確に縋れるものがあったおかげで崩れなかった自分が、しっかりしなければいけないのだから。

 それが今、自分に出来るあの人がくれた温もりへの報いであり。

 独りよがりだろうとは思うが、一人相撲だろうとは思うが、精一杯の―――あの人へ贈る愛の形。

「…………」

 フェイトは無言、懐から一枚の写真を取り出して。

 三秒間見つめた後、静かに口づけを落とした。

 誰かに見られでもしたら少し恥ずかしい、でも仕事が一段落ついた時には欠かさず行う、自分への褒美のような行為。

「……ん」

 なんて事をしているうちに、近づいてくる多数の気配。

 物々しいが殺気を放っているわけではない、護送部隊の面々だろう。顔を上げ、写真を懐に仕舞い直す。

 徹の他にもこんな風に気配を探るなんて事までできるようになった。……とは言え、位置はおおよそでしか測れないし人数の特定も出来ない。それに今は自分も護送部隊も共に屋外だから察知できたが物理的に壁を一枚間に挟めば途端にほとんど感じられなくなる。これも徹同様、まだまだ未熟だ。

 あの人のレベルには、遠い。

 要精進。努力継続。

 気を引き締め直して、フェイトは部隊の到着を待った。

 

 

 

 無事に件の犯罪者の受け渡しを終え、戻ってきた本局執務官室で事後処理の書類仕事をしていると空間モニターが浮かび上がり通信要請を告げた。

 相手の名前を確認して、

「……はい、こちらテスタロッサ・ハラオウン執務官です」

フェイトはそれに応答する。

「ご用件は何でしょうか、クロノ提督」

「……ああ、いや、身内としての話だ、フェイト。肩肘張った呼称はいらない」

 苦笑しながら言うクロノ。それじゃあとばかりに笑顔で口を開き、

「うん、わかったよ、お兄ちゃん」

「……そ、それは勘弁してもらえるか」

義妹としての呼び名を使ったフェイトに、彼は顔を片手で覆った。

 フェイトとしてはこの呼び方は結構好きなのだが、当のクロノ的には少々面映いらしい。

 フェイトも苦笑し、気をとりなおして話を向ける。

「ええっと、それでどうしたのクロノ?」

「ああ、今時間は大丈夫か?」

「うん」

 頷いたフェイトに、クロノは表情を引き締めて言った。

「そうか、それじゃあ…………恭也さんの事なんだがな」

「……っ! 何かあったのっ!?」

 思わず前のめりになったフェイトに落ち着けという風に手をかざしてから、クロノは続けた。

「容態に変化があったわけじゃない。そう言う事ではなく、……転院の話が来たんだ」

「……転院?」

「ああ。知っての通り、……恭也さんが目覚めない理由は未だ不明だ。それは時間の問題なのかもしれんが、しかし治療自体が完了してからもう一年も経つ。……このまま本局の医療センターで検査し続けるよりは、もっといい施設に送るべきなんじゃないか、とな。転院先は、第十六管理世界の……」

 クロノが告げた行き先は、管理世界内でも有数の最先端医療技術研究所だった。

「既存の治療法での医療が主の管理本局医療センターよりも、もうそちらで調べてもらった方がいい結果が出る可能性は高いはずだ」

「……それは、…………そうかもね。……でも、そう言う事は」

「ああ、もちろんわかっている。決めるのは僕らじゃない、なのはだ」

 現在、身内として彼の治療方針の決定を一任しているのは、高町家の中で最も管理局や魔法の事について知識があるなのはだ。

「なのはには、この事は?」

「ついさっき、話してきた。環境を大きく変える事に少なからず迷いはあったみたいだが……、それでも可能性が少しでも高まるなら、と言っていたよ」

「そっか……。なのはがそう言うのなら…………って、待って」

 疑問が脳裏に浮かんで、フェイトはクロノに問う。

「そもそも、こう言う話ってまず真っ先になのはに行くんじゃないの? どうしてクロノに?」

「……本来ならフェイトの言うとおり、直接なのはに行くはずの話だったみたいなんだがな。それより先に、僕が、まあ、その、小耳に挟んでな」

「小耳に、って……」

 多少バツが悪そうなその顔に、ピンときた。

 兄にはかなりの人脈がある。それこそ親しい友人の一人にはやり手と噂の査察官までいる。

 おそらくそのような人脈を駆使し恭也の治療関連については様々なところに元からアンテナを張っていたのだろう。そしてその結果、狙っての事ではないだろうが身内であるなのはに行くより先にこの話を掴む事になった……と言ったところか。

 恭也が眠りについた事情に対しての責任感もあってだろうが、それ以前にそもそも一人の人間として恭也の事をそれはそれは深く慕っているクロノらしい行動だった。

「どうやらその転院の話は本局の医療センターのスタッフ達からと言うよりかは、もっと上から、……辿ってみたところ最高評議会に近しいところからトップダウン的に出された案らしくな、かなり唐突な話だし、なのはも不安になるんじゃないかと思って、……少々強引にはなったが間に入らせてもらった」

「少々強引に、って……」

 またしてもバツの悪そうな顔。少々強引に、どころではないやり方で間に入ったのであろう事が簡単に伺えた。

「まあそれで、なのはが恭也さんの転院にオーケーを出せば、その送り届けについては元々の案にあった部隊ではなく僕の艦で責任をもって行うという事になったので」

「……クロノがなのはに話を持っていった、と」

「そういう事だ」

「……アースラ、結構忙しいんじゃないの?」

「それは事実ではあるが、現状、この案件より優先すべき事項なんてない」

 開き直ったように言い切るクロノ。

 そんな義兄に、

「クロノ」

「なんだ?」

「Excellent work,brother」

フェイトはサムズアップで労いにして賛辞の言葉を贈った。

 正直に言えば、もし自分が義兄の立場にあったなら間違いなくほぼ同じような事をしているだろうからだ。

「当然の事だ」

 クロノはそれに神妙な顔で頷き、そう返した。

 このようなところが義母に恭也さん信者兄妹と言われる所以なのだが、義兄も自分も直す気はもちろんの事さらさらなかった。

「さて、それで今までの話を踏まえた上で本題だ、フェイト」

「え、うん、何?」

「日程調整の関係があって急ぎの話にはなってしまうんだが、恭也さんの転院は明後日に行われる。……その日、よかったらフェイトもアースラに乗って付き添わないか?」

「え、い、いいの? もちろん行きたいけど、でも……」

 フェイトの現在のランクはS+だ。クロノや当然乗る事になるであろう同じくS+のなのはの事を考えると部隊保有ランク規定に引っ掛かるのではないか、そんな疑問をにじませた声にクロノはしれっと答える。

「これは"付き添い"だからな。別に、アースラの任務手伝いなわけではないし、当たり前だが出向扱いなわけでもない。恭也さんの関係者としてその転院に付き添うというだけだから保有ランクは関係ない。なのはにしたってそうだ」

「そ、そっか……そうかな?」

「そうだ。ちなみに、この後八神家の皆にも声をかけるつもりだ」

 はやて、リインフォース姉妹、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。

 クロノとなのはと自分に、その八神家七人を足して出来上がる戦力ははっきり言って連合艦隊もかくやと言わんばかりの代物になる。

 通常、一つの艦にそれだけの戦力が固まる事は許されないのだが。

「……いいの?」

「いいんだ。関係者乗船の手続きはしてある、問題ない。恭也さんの、他の世界への転院なんて重大な話に君たちをその場に立ち会わせないなんて、あの件を担当した執務官としても、そして僕個人としても出来ることじゃない」

「クロノ……」

「……まあ、とにかくこちらとしては問題ないわけだ。……どうする?」

 問われ、わざわざ見直さなくても頭に入っている事ではあるが一応当日の自分の執務官としての予定を手元の端末で確認し、

「……うん、問題ない。それじゃあ、行かせてもらうよ」

フェイトはそう答えた。

「そうか、では追ってフェイト側の手続き書類を送る」

「うん、お願い。あ、アルフも連れて行っていい? それとユーノは?」

「ユーノは、どうやら仕事の関係で先方の施設の責任者と付き合いがあるらしくてな、だからアースラには乗らないで事前に施設の方へ向かってもらって、挨拶と打ち合わせをしていてもらうつもりだ。アルフは、そうだな……、……折角だから、よかったらユーノの手伝いとガードをお願いしたいな。いいか?」

「そっか、わかった。頼んでおくよ、やってくれると思う」

 その後、出立時間や集合場所など細かい話をして、クロノとの通信は終わった。

 端末上の自分の予定表に最重要項目として明後日の事を記しつつ。

 気づく。

(明後日って、……そっか)

 明後日、その日は、海鳴市のある地球では少々特殊な日。

 12月24日、いわゆる、クリスマスイブだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転院当日、早朝。

 ゆっくりと、注意深く、丁寧に。

 恭也をその中に抱く氷解はアースラ内の一室に銀の台座と共に置かれ。

 続けて、技術・医療スタッフ達が手際よく細々とした調整を行っていく。

 その邪魔にならないよう少し離れたところになのはや八神家の皆と立ちながら、

「………………」

フェイトは、氷の中、眠る恭也を見つめる。

 穏やかで自然な彼の寝顔は、ごく普通にあっさりと眼を開いてもおかしくないようで、同じくらいにこのまま永遠に眼を覚まさなくてもおかしくないような、そんなものだった。

(恭也、さん……)

 彼を見る自分の眼に、どうしようもなく籠るのは熱。

 だって、好きだから。

 だって、大好きだから。

 だって、愛しているから。

 でも、この熱では。この炎では。自分の中、五年前から確かに、五年前よりはっきりと、煌々と燃え続けるこの炎では。

 彼を包む氷を溶かすことは出来ない。

 もどかしさで、やるせなさで、無力感で、死にたくなる。

(恭也さん……)

 胸の中、もう一度愛しいその人の名を呼ぶ。

 一年経っても二年経っても三年経っても四年経っても五年経っても、これから先何年経っても何があっても、この想いは揺るがず、この炎は消えない。

 消えないけれど。

 行き場のない熱は、フェイトの内を焦がし続ける。

 愛する人に手が届かない現状に、手を差し伸べられない現実に、目の前が真っ赤に染まる。

 叫びまわって暴れまわってのた打ちまわりたくなる夜が、時折、訪れて。

 フェイトの内を、じりじりと焦がし続ける。

 気が、狂いそうではあって。

 でも。

「作業、そろそろ終わるみたいだね」

 フェイトは、意識して影を排した声で、周りにそう言った。

「……うん」

「せやな」

 なのはとはやては頷き、フェイトは微笑んで続ける。

「転院先の施設、管理世界内でも指折りらしいし、同じような事情で転院してきた患者さんが回復した前例も沢山あるみたいだよ」

「そう、なんだってね。クロノ君がそんな資料、色々見せてくれたよ」

「なかなかええとこなのは確からしいで。どんな難題でも相談持ち掛ければあの手この手で対処してくれるって評判やし、中の職員さんはみんな優秀な方々やて」

「あ、誰か施設内に知り合いでもいるの? はやて」

「いや、そういうわけやないんやけど」

「私が以前、研修で伺った事があるの」

 穏やかな声でそう割って入ったのはシャマルだ。

「私、現場で医療仕事することも多いから、その関係で」

 それを示すように今日も本局制服の上に白衣を着込んだ出で立ちのシャマルは、付け足すようにそんな風に言って、

「ああ、なるほど」

フェイトは頷きつつ。

(……それだけじゃ、ないんだろうなあ)

 胸の中、密かにそう思った。

 シャマルが通常の業務に励む傍ら、目覚めない恭也のために無限書庫や各地の医療施設を熱心に当たっているらしい事は、少し前に偶然知った。

 どうやらそれはなのはには知らせていないようだが、恐らく無責任に期待を持たせないようにとの配慮なんだろう。

 実に、シャマルらしいと思う。責任感の強い、清廉で誠実な守護騎士らしいと思う。

「……第十六管理世界にはあたしも行った事あっけど、まあ、その、そんなに遠くねえよ」

 不器用な口調ながら気遣わしげになのはへそう声をかけるヴィータは、その筆頭と言えるだろう。

 彼女はそれこそ、三年ほど前の任務中、驚異的な反応を見せアンノウン機の攻撃からその身を挺してなのはをかばったのだから。

 普通だったら明らかに反応できなかったであろう状況で、タイミングで、しかしヴィータは飛び出し飛び込み割り込んで、その小さな体でなのはをかばい切ったのだから。

 思い出すのは、後に語られた彼女の心情と信条。なのはが席を外していた病室で、任務の映像を見たシグナムにあそこでよく割って入れたなと言われ、ヴィータが零した彼女の想い。

"キョーヤが、なのはが、いくらあたしらのせいじゃねえって言ってくれたってよ……"

 静かな、揺るぎない、

"そんなわけ、ねえんだ。あたしらがあんな事しなきゃあ、それこそそもそもあたしがなのはを狙わなきゃあ、キョーヤがああなっちまう事はなかったんだ。……そんで、そんで"

深い深い悔恨と、

"キョーヤがあんな事になんなくて、今もなのはの傍に居たなら、絶対なのはに大怪我なんてさせねえ。それは、絶対だ。間違いねえ、絶対だ。あたしらは、よくよくそれを知っている"

あの人への敬意を抱いた、

"だけど、今、なのはの傍にキョーヤは居ねえ。……あたしらが、あたしが、奪っちまったからだ。二人がどう言ってくれたって、それは絶対そうなんだ"

力強く圧倒的な、

"だから、だから………………………………あたしが、あたしがこの手で、この身体で、救ってもらった自分の全部で……。腕もがれたって足ちぎれたって腹貫かれたって……! この身が粉微塵になったって……!"

全てをねじ伏せ叩き伏せる、

"キョーヤの代わりに、キョーヤが起きるその時まで……! ―――あたしがなのはを守るんだ……!"

鉄槌の騎士の、それは誓い。

"あたしはそもそも最初っから、なのはを守るつもりで空を飛んでる。なのはを守るそのために空を飛んでる。……だから、反応できたのなんて、当たり前なんだよ"

 最後にそう結んだヴィータの、強くシーツを握りしめるその手が、震えるその手が、フェイトの脳裏には鮮明に焼き付いている。

「本局からポート使えばすぐだ。ほら、ポートの転送速度も最近かなり高速になってきたし、だから、そんなに、その……」

「……うん、ありがとヴィータちゃん」

「……いや、別に…………って撫でんなっつの!」

 髪を撫で回すなのはの腕を、赤い顔でヴィータは振り払う。

「なんで? いいじゃない」

「よくねえよ! 子供扱いすんじゃねえっつの! 何回言やわかる!? あたしはおめえより歳上だ! それも遥かに!」

「うんうん、そうだねえ。あ、髪ちょっと結い直さない? いっつも同じじゃ味気ないよ」

「聞けよ!」

 賑やかながらもどこか穏やかな、剣呑に見えて微笑ましい、そんな会話を交わす二人の間には、分かち難い硬い硬い絆があった。

「……まるで姉妹のようだな、なのはとヴィータは」

 呆れたように、しかしその実口角を吊り上げて嬉しそうに、騒ぐ二人を眺めながらシグナムが言う。

「あはは、まあ、あの二人だけが姉妹のよう、と言うよりかはむしろ……もう私たちは皆が皆、割とそんな感じじゃないですかね」

 答えてフェイトは、そんな風に返す。

 八神家の内はもちろんのこと、そこになのはもフェイトもクロノもユーノもアルフもエイミィも一緒くたで、大切な親友にして頼れる戦友にして、心許せる兄弟姉妹じみている。

「ふ、そうだな。……まあそうしたら、長男は恭也になるんだろうが」

「そうですね、それは確実に」

「……いや、だがそうなるとお前としては都合が悪いか?」

「……な、何が言いたいんですか?」

 にやりと笑いながらのシグナムが明らかにからかう姿勢にシフトしたように見え、フェイトは警戒心を引き上げながら硬い口調で問いかけた。

 果たして返ってきたのは、

「なに、ほら、お前は恭也と兄妹になりたいと言うわけじゃあなかったな、と思ってな。"大好きな人"、だものな」

やはりそんな言葉だった。

「シ、シグナム! 貴方はそうやって事あるごとに人をからかって……!」

「いやいや、からかうもなにも、あれはお前が自分で言っていたんだろう、あんなに大声で、堂々と」

「そ、それはそうですけど! と、と言うかですね……!」

「ん? なんだ?」

「じ、自分だって、貴方だって……」

 あの人の事を、想う気持ちがあるんじゃないのか。

 そんな問いを言外ににじませたフェイトの言葉に、シグナムは再度にやりと笑って。

「……さあ、どうだろうな」

 いつものように、はぐらかした。

「……はあ」

 露骨に吐かれたフェイトのため息にも彼女はどこ吹く風だ。さすがは守護騎士を束ねる将と言ったところか、なかなかに図太かった。

(……実際のところ、どうなんだろう)

 割と、長いこと抱いている疑問ではある。

 恭也とシグナムが共に過ごした時間自体は短い。交わした会話も、そう多くはないだろう。

 だけど。

 刃を交え、互いを認め、意思をぶつけ合い、そして歩み寄ったその行程は並ならぬものがある。

 シグナムの立場から見て恭也を強く意識するのは当然のことだろうし。

 それこそ、……好意を抱かれてもなんら不思議ではないことを恭也はシグナムに、と言うか守護騎士全体にだが、している。

 その上、真面目で、実直で、親しい人にはちょっと悪戯で、その手に握った剣を振るい大切な人を護る恭也はシグナムに、シグナムは恭也に、つまり二人はかなり似通っているようにも見える。

 よく似通っていて、よくよく通じ合いそうに見える。

 好き合っても、おかしくないと言うか。

「…………」

 そこまで考えて、フェイトは少し目を伏せる。

 こういう時、改めて感じる。

 自分の卑しさを、醜さを、浅ましさを。

(気になるなら、ちゃんと聞けばいいくせに……)

 結局、いつもはっきりとシグナムは答えないが、そもそもフェイト自身もはっきりと聞いていないのだ。ぼんやりと、それとなく、探るように聞くだけなのだ。

 恐ろしい答えを聞きたくないと、怯えながら聞くだけなのだ。

 だって、自分よりも遥かにシグナムの方が恭也に似合いだと思うから。

 臆病で、愚かしい行為。

 嫌な、女――

「った!? な、なにするんですかっ、シグナム!」

「……まったく、私の周りはこんな奴らばかりだな」

 フェイトの頭を叩いたシグナムは、ため息を吐いた。

「揃いも揃って自罰的で自虐的だ。自滅する気か?」

「な、な……!?」

「テスタロッサ、お前とはそこそこ付き合いも長く、それなりに濃密なやり取りをしている」

「ま、まあそうですけど……」

 少なくともおそらくは八神家の面子の中ではシグナムが最もフェイトと理解し合っている人物と言えるだろうし、公私問わず広がったフェイトの人脈全体からしても彼女はその親交の深さにおいて最上位クラスに位置する事は確実だ。

 しかし、それがどうしたと言うのだろうか。

「そ、それが……?」

 困惑気に問うフェイトに、

「だから、その私から見て、だな」

シグナムはそこで一旦言葉を切って、

『お前はいい女だよ。―――恭也と釣り合うくらいにな』

「……っ!?」

わざわざ個人間の念話で、そう続けた。

 フェイトはばっと顔を上げシグナムを見やるが、彼女は涼しい顔。まるで私は何も言っていないと言わんばかりの様だった。

 どういう意味か……否、どういう意図か。

 またなんとなく少し俯きがちになってそんな風に考えていると、

『まあ、……だからと言ってそれは私が恭也を想わない理由にはならないんだが』

「っ!?」

そんな風にかき回すような台詞が飛んできて、またも勢い良くフェイトはシグナムへ顔を向ける。

「シ、シグナム……?」

 が、見つめても、声をかけても、とぼけた顔のシグナムは、じゃれあうなのはとヴィータやその隣で医療施設についての話を広げるはやてとシャマル達を眺めているだけで、まるで取り合おうとはしなかった。

 応援されているようにも、おちょくられているようにも、そしてやっぱり彼女もあの人を想っているようにも、思えて。

 はあ、と、フェイトは再度のため息を付いた。

「フェイトさん? どうかしたですか?」

 そんなフェイトの様子を不思議に思ったのか、あるいは不審に思ったのか、ザフィーラの頭の上に乗ったリンツがそう声をかけてきた。

「あ、ううん、なんでもないよ」

「そうですか! 落ち込んでいるように見えたんですが、何もないならよかったです!」

「そっか、ありがとうリンツ」

「はいっ」

 実に実に素直な八神家末妹の姿に、意地悪な姉にしてやられた直後のフェイトとしては目頭が熱くなり。

 そう言えば八神家的にははやてが母とすると、長女はシグナムとリインフォースのどちらになるのだろうかとそんな事がふと気になって、前者には先ほどその関係で弄られたばかりなので、後者に聞いて見ようかなと。

「リ……っ」

 彼女に視線を向け声を掛けかけて、しかし途中で押しとどめた。

 だって。

 そこにあったのは。

(リインフォース……)

「―――……」

 静かなようにも、荒れ狂っているようにも、穏やかなようにも、決壊しそうにも見える、あまりに複雑な横顔。

 口を噤み、氷の中眠る恭也をひたすらに見つめる、そんなリインフォースの横顔。

 切実な雰囲気を纏った、儚く、そしてはっとするほどに美しい、女性の姿。

 あの人を見つめる、壮麗な女の姿。

(……ああ、嫌だな、ほんとに)

 本当に、嫌気が差す。

 リインフォースの抱える事情はもちろん知っているし、心情だってある程度は推し量れるのに、それでもなおフェイトの胸には黒い気持ちが滲み出る。

 リインフォースの事は、それはいろいろあった仲だけれど、心から好いていると言える。

 優しくて、綺麗で、気配りで、ちょっと天然で、でもすごくしっかりしていて、いつでも一生懸命な、それはそれはものすごくいい人で、誇らしい友人だ。

 だけど。

 だから。

 危惧と、嫉妬。

 そんな気持ちを彼女に抱くのが嫌で、そんな自分がものすごく嫌で。

「……フェイト? どうかしたか?」

「……え、あ、ああ、いえ!」

 物思いに沈み込んでいると、目の前には件の端整な顔。

 いつの間にか恭也から視線を外したらしいリインフォースが、フェイトの顔を心配そうに覗き込んでいた。

(……駄目だな、ほんと)

 さっきから何度同じことを繰り返しているんだろう。シグナム、リンツ、リインフォースの前で立て続けに沈んでしまった。

 さすがに自分に呆れる。

「え、ええっと……、そ、そういえば結構久しぶりですね、リインフォース」

 誤魔化すように言ったフェイトに、リインフォースは穏やかな笑みを浮かべて答える。

「ああ、そうだな。職域も違うし、海鳴の方でもどうにもすれ違いでなかなか会う機会がなかったな……壮健だったか?」

「ええ、それはもう」

「そうか、良きことだ。フェイトの活躍は世事に疎い私の耳にもよく入ってくるぞ、流石だな」

 まるで自分の事かのようにリインフォースは心底嬉しそうにそう言ってくれて、なんだか面映ゆかった。

「い、いえいえ、ほら、リインフォースの方こそ活躍しているみたいじゃないですか。『銀の女神』様、局内じゃあ有名ですよ」

「あ、そ、それは、その……なんというか……」

 恥ずかしげに頬を染めて、少しうつむくリインフォース。

 ともすればその完成された美貌から少し冷たげな印象を連想されかねない彼女だが、穏やかな雰囲気や時折現れるこうした可愛らしい一面がそれを物の見事に払拭している。

 よろめく男性が後を絶たないとの噂は疑いようもなく真実だろうと思う。

「お姉さま、お顔真っ赤ですー!」

「リインフォース、そんなに恥ずかしがる事ないじゃないですか」

「う、うう、いや、将にもついこの間、ちょうどこのような話の流れで同じように言ってもらったんだが……どうにも慣れなくてな……」

 フェイトが思わず苦笑していると、

「あれ、どうしたんですか、リインフォースさん」

そこに歩み寄ってきたのは、

「顔真っ赤ですよ? なにかあったの?」

なのはだった。

「あ、なのは。それがね、リインフォース、『銀の女神』って呼ばれるの恥ずかしいみたいで」

「あらー、まだ駄目なんだね……」

「ど、どうしても慣れないんだ……」

 困り顔のリインフォースに、フェイトと同じくなのはも苦笑する。

「でもほら、この前なんか局の機関紙にも写真と一緒にその呼び名で掲載されてたじゃないですか。あれ、一般市民にも流れるから世間にももう大分浸透しちゃってますよ」

「そ、そうか……、そうなのか……」

「私だって不屈のエースオブエース、なんて大仰に呼ばれてますし、慣れですよ」

「な、なのははぴったりだから……。不屈の精神もエースオブエースの称号も、なのはほど相応しい者はいない。だけど私は……。『銀の女神』だけならまだしも、いや全然まだしもじゃないんだが、それだけでも十二分に畏れ多いんだが、その……、その前に付くものも合わせると……」

「ああ、『祝福を運ぶ美しき銀の女神』?」

「そ、そう……。祝福の風、という称号だけでは駄目なのか……? 美しき銀の女神って……、ああいや、そう呼んでもらえるなら応えられるように頑張ろうとは思う、この前将に諭してもらったしな……。だが、どうにも身の丈に合わない気がしてならない……そもそも美しくなどないと言うに……」

「いやいや、そんな事ないですって、ちゃんと鏡見てます? あ、ほら、あの機関誌でやってる管理局内魅力的な女性ランキング、前回なんてかなり上位に食い込んでいたじゃないですか。この際髪型とか色々ちょっと弄ってみて次回は一位狙ってみるとか!」

「む、無理だ無理だ。いや、そもそもあれは何かの間違いだ、集計ミスだ。と言うか、それこそあと二、三年もすればあのランキングはなのはやフェイト、主はやての天下だろうに」

「えー、……少なくとも私はこんなに胸おっきくならなそうだしなあ」

「む、胸は関係ないだろう胸は!」

「……シグナムさんと言い、一体なにをどうしたらこんな…………全くもって憎らしいと言うか肉らしいと言うか憎々しいと言うか肉々しいと言うか……圧倒的肉感……大艦巨砲主義……3D……」

「め、目が怖いぞなのは……」

 まあ、会話の内容はともかく。

 フェイトはじゃれ合う二人を見ながら、微笑みを浮かべる。

 感無量、だった。

 なのはと、リインフォース。

 この二人が、こんな風に仲睦まじく会話を交わせるその事が、嬉しかった。

 だって、ここまで至るその道筋は決して平坦なものではなかったから。

 手を取り合って笑い合うにはあまりに深く複雑な事情と感情が、二人の間には渦巻いていて。誰もが、さすがに友となるには無理があるのではないかと、そう思ってしまっていた。

 けれど。

 結局、なのはは手を伸ばした。

 負い目からひたすら縮こまるリインフォースに、なのははその手を伸ばした。

 伸ばして、わかり合おうと、そう言った。

 仲良くなれるかなんてわからない、友達になれるかなんてわからない、だって私たちはわかり合ってすらいないから。

 だから、まずはわかり合おう。

 その後に、好きにも、嫌いにもなろう――と、そんな風に言った。

 もちろん、それなりの時間はかかった。

 なのは自身、少なくともあの日から半年ほどはとてもじゃないがまともに人と想いを交わせる精神は持ち合わせていなかったくらいであって、自分自身を憎む以外の感情が非常に希薄になってしまっていたくらいであって。

 だから、なのはがそんな風に言うまでに時間はかかった、年単位の時間がかかった。

 その後だって、すぐに仲良しこよしになれたわけじゃない。

 不器用に触れ合いながら、臆病にぶつかり合いながら、多分お互いに傷つけ合った。

 だけど、それでもなのはは手を伸ばす事をやめなかった。

 なのははどう転んだって結局はそう言う娘で、それはある意味、フェイトが一番よく知っている事。

 そして結局、彼女はリインフォースと、彼女とリインフォースは。

 友達に、なったのだ。

「銀髪で巨乳で美人って……卑怯だ、卑怯だよリインフォースさん……、古代ベルカはいい趣味してるよ……」

「そ、そう言われても……、ああっ、ちょっ、なのはっ!」

「うああ、なにこの弾力……迫力……これが噂に聞く女子力……? おっぱい魔人ならぬおっぱい魔神……、あ、『銀の女神』からそっちに呼び名変えてみたら?」

「絶対嫌だ!」

 多少コミニュケーションの取り方には難があるきらいがないでもないような気もするが。

(ま、まああれも一種の友情の表現方法だろうし……)

 二人を少し遠巻きに見ながらそんな風に思っていると、

「なかなか賑やかだな」

苦笑と共に歩み寄ってきたのは、見慣れた男性。

「クロノ」

「あ、クロノ君」

「クロノ提督。お疲れ様です」

 リインフォースがそう言って頭を下げたタイミングで、それぞれ雑談に興じていた面々が姿勢を正し、クロノを見やった。

「……恭也さんの転院準備が整ったので、これより、第十六管理世界へ向け出航しようと思う。……が、その前に」

 集まった視線の前、そう言って掲げられるクロノの右手。

 その手のひらの上には、

「彼女が、挨拶をしたいそうだ」

控えめに輝く、銀色の指輪があった。

「魅月、さん……」

 なのはが、零すようにその名を呼んだ。

『お久しぶりです。ご立派になられましたね、なのは様』

「……いえ、そんなこと、ないです」

『いいえ、わかりますよ。フェイト様も、はやて様も、ずいぶんと大きくなられました』

「あ、うん……」

「はい……」

 フェイトははやてと共に、頷いた。

 魅月はあの日からずっとあの銀の台座の中、恭也のために身体修復魔法の遠隔発動を仲介し続け、それが一年前に終わった後も彼の傍を離れたくないとそのままそこに居続けた。

 だから、フェイト達が彼女に会うのはこれが実に五年ぶりになる。

「魅月さん、あのっ」

『なのは様』

 遮るように、魅月は続ける。

『なのは様、フェイト様、はやて様。そして夜天の皆様方。主の眠る今の私は、語る事の出来る言葉をそう多くは持ちあわせておりません。ですので、今は、ご挨拶だけを』

「……うん」

「……っ、そう、か……」

「承知した……」

 なのはと、そして何かを言いかけたらしいリインフォースとシグナムは押しとどまり、他の守護騎士達もそれにならう。

『皆様、どうか、――主をよろしくお願い致します』

 今日は、ただの転院で、フェイト達はそのたんなる付添いで。

 護送ですら、ないはずだけれど。

 それでも魅月は神妙に、真剣にそう言った。

 あの時、恭也の最も近くに連れ添っていた彼女の内心は、愛する主が眠りにつく姿を最も近くで見る事となった彼女の内心は、この場にいる誰にも正確に推し量る事なんて出来ないけれど。

 それでも、今の魅月の言葉がどれだけの重さを有しているかは、きっと誰もがわかった。

 全員がはっきりと頷いて、魅月は礼の言葉とともにその身体を控えめに、しかし確かに輝かせた。

「あの、クロノ、魅月はこれから……?」

「航行中にアースラ内でメンテナンス、後、恭也さんの傍へついてあちらの施設に居てもらうことになる」

「そっか……」

 そんな風に会話を交わしながら、管制室へ向かうため皆で連れ立って扉の方へと歩いて行く。

 滑らかに開いたドアを抜け、リノリウムのような質感の通路に足を踏み入れて。

「……あれ」

 自分の後ろ、最後尾を歩いていたはずのなのはがまだ部屋から出てきていないことに気づき、フェイトは開いたままのドアから中を覗き込んだ。

「なのは、どうし……っ」

「…………あ、え、あ、ごめんっ」

 部屋の中、立ち止まり、眠る恭也を見つめていたなのははフェイトに掛けられた声に反応、慌ててこちらまで小走りに寄ってきた。

「あはは、そ、その…………なんで、おにいちゃん起きないのかな、って、ちょっと……」

「……なのは」

「あ、そ、それを、これから診てもらいに行くんだよね、なに言ってるんだろ私」

 誤魔化すように笑ったなのはに、なんと返すべきか思い悩みしばし無言の時が過ぎて。

「なんか、さ……」

 コツコツと廊下を歩く音をバックに、

「思っちゃったんだけど……ううん、ほんとはずっと、思ってたんだけど……」

目を伏せたなのはは、抑揚のない、しかし感情の詰まりに詰まった声でぽつりと落とすように、

「もしかしたらさ、おにいちゃん……」

そして続けた。

 

「――起きたく、ないのかな……」

 

 そう、続けた。

「……っ」

 何も、言えなかった。

 何も言う権利なんかなくて、いや、それ以前に何か言う余裕なんてなくて。

 沈黙したのはフェイトだけでなく、きっと会話が聞こえていたのだろう前を歩くクロノやはやて、守護騎士の皆もだった。こわばった肩筋から、わざわざ回り込んで見るまでもなくその表情は推し量れた。

 なのはの生い立ちを、内心を、その身に滾らせる想いを知っているがゆえに。

 呟かれたその言葉の重みが、だってあまりにも――。

「…………あ、……あ、ご、ごめん!」

 はっとしたように顔を上げ、なのはが言った。

「ち、違うの! 今のは、その……っ! ほ、ほんと変な事言っちゃった、ご、ごめんね、変だね、今日の私、あはは…………は……………………なんていうか、その……」

 取り繕うように明るい声を作ったなのははしかし、

「その……、あの……………………ごめん」

自重に耐え切れなくなったかのように、やがてうな垂れた。

 ずっと、そうなのだ。

 ずっと、こうなのだ。

 フェイトの大切な親友は、一生懸命生きているけれど、いつだって潰れそうで、今にも崩れそうなのだ。

 そして、それでも。

 それでも、彼女は前を向き、歩く。

 そうさせたのは他でもなく。

「……フェイト、ちゃん?」

「なのは」

 なのはの手をとって、強く握って、フェイトは言う。言う権利も余裕もなくったって、その必要があるはずだから、言う。

「出来ることを、しよう。するべきで、そしてなのははちゃんとしているよ」

「……私」

「なのはがどれだけ頑張ってるか、私はよく知ってる。だから、続けよう。信じて、続けよう」

 あの人が起きたその時に、今度はあんな事にならないように。

 今度こそ、あの人を護れるように。

 死に物狂いで力をつけるなのはの姿を、フェイトは見てきたし、今も見ている。

 ここで潰れて、ここで崩れて、それを無駄にさせはしない。

 それこそ、三年ほど前のあの日。なのはが再び自らその命を絶とうとしたあの日。力づくで止めて、力いっぱい殴って、力の限り怒鳴り散らして、方向を、方法を間違えたなのはを無理矢理引き戻したのだから。

「だから、ね、なのは」

「……うん」

 頷いてくれたなのはに微笑みながら、フェイトは自らの想いを再確認する。

 この娘をちゃんと、あの人と再会させる。

 あの人をちゃんと、この娘と再会させる。

 二人をちゃんと、再会させて、再開させる。

 させてみせる。

(どんなことがあっても……絶対に)

 静かに決意を秘めたまま、フェイトはなのはと共に管制室へと向かう道を歩いていった。

 

 

 

 

「大変です! お姉さま!」

「どうした、リンツ」

「なんにもないです! こんなはずがないのに! なんにもないんです!」

「落ち着きなさいリンツ。認識を改めるんだ。なんにもない……なんて事はないだろう? そこにあるものをないものとして扱ってはそれらに甚だ失礼だ。ちゃんとあるものはある。それを認識しない心こそ……」

「リイン、リイン、リインフォース、いい事を言っているんですけど、たぶん今言うべきなのはそういう事じゃないと思いますよ」

 リンツへ哲学的な訓戒を与えるリインフォースに、フェイトは苦笑いを浮かべて、続けた。

「リンツは、この世界に着いたらすぐに例の研究施設が見えると思っていたんでしょう。それなのに、景色がこんなだから……」

「ああ、そういう事か」

 リインフォースは得心がいったというように頷いた。そして管制室の壁際で、外の光景を映し出す投影型モニターに改めて目を向ける。

「なるほど、ならば驚くのも無理はないか……見渡す限りの荒野だものな」

 リインフォースの言うとおり、アースラは現在第十六管理世界、その荒野の真っ只中にいる。

「お姉さま! 研究施設はどこにいっちゃったですか!?」

「なくなったわけではない。しばらく進めば見えてくるさ、安心しなさい」

「あ、そうなんですか? ……? なんでわざわざ離れた場所に航行転移したんですか? 直接近くに行っちゃえば早いですよ?」

 航行転移とは船を使った大規模な転移魔法で、リンツの言うとおり直接目的地付近に到着させることも出来る。もっともなリンツの疑問には、クロノが答えた。

「法令で決まっていてな、重要施設にこういった船で乗りつける場合、航行転移で到着していいのはある程度離れた場所までになるんだ。それ移行は通常航行で行かなければならない、時間はかかってもね。ああ、法だけじゃなく、対航行転移用の妨害魔法もちゃんと展開されてるから無理矢理行くことも出来ないぞ」

「航行魔法での直接乗り入れを許可しちまったら、良からぬ輩の思わぬ大規模侵入を許しかねねーだろ。重要施設だからこその警戒処置だよ」

「なるほど! たしかに悪い人たちがお船でいきなり沢山やってきたら困るです!」

「そういうこった」

 クロノと、続いたヴィータの言葉に納得がいったらしく、リンツは満面の笑みを浮かべた。

「ところでちなみに、あとどれくらいで着くですか?」

「このまま何事もなければ、二時間強と言ったところね」

 眼前に浮かんだ複数のモニターを見ながらそう答えたのはエイミィだ。

「ま、だからその間はゆっくりしていてくれていいよ。今回みんなはスタッフじゃなくて、お客さんとして乗ってるんだから」

「なんだか妙な気分だね、それ」

 思わずフェイトはそう零す。自分もスタッフとしてつい先日まで乗っていたこの艦に今は客として居る、というのはやはり違和感があった。

「客というにはあまりに皆戦力として強力に過ぎるが……まあ、君たちの手を借りる事態にはなるまい。エイミィの言うとおりだ、皆、休憩室あたりでくつろいでいてくれ」

「……私は、ここに残っていたいんだけど、駄目かな?」

 おずおずと、しかしはっきりとそう言ったのはなのはだった。

「こっちとしてはもちろん構わないが、退屈だろうに」

「ううん、そんな事ないよ。アースラ、久しぶりだし」

「……そうか」

 それ以上のことを言う事もなく、クロノは頷いた。

 何も起こるはずはない、ないけれど、それでも万が一を考えてすぐにでも動けるように。

 いち早く状況を察知できるこの管制室に居たい。

 きっとなのはがそんな風に考えているであろうことを、察したのだろう。

 結局、誰からともなく自分もここに残ると続き、誰もこの場を離れることはなかった。

(心配のし過ぎかな、とは思うけど……)

 それでも、――万全は、期すべきだ。

 フェイトだって、そんな風に思うのだ。

 同じように思ったであろうからこそ、義兄にしたって、わざわざ強引に間に入ってまでして自分の艦で今日の件を引き受けたのだろう。

 結局のところ、この場にいる者たちは皆……否、今ここにはいないユーノやアルフ、リンディ達も含めた者たち皆が皆、あの日の事を心の底から悔いているのだ。

 長い間、永い間、破壊不可能とされていたロストロギアをその管制プログラムも含めほぼ完全な形で保持し、事件を収束させた。その上有能な局員達も一挙に獲得したなどと言う……奇跡と呼ばれるそれは功績であり、周りからのあのときのアースラスタッフ、特に艦長のリンディや担当執務官だったクロノへの揺ぎ無い評価であるとは、言え。

 当事者達からしてみればあれは痛恨のミスであり、悔恨の記憶。

 受けるべきは叱責だとすら思っているのだ。

 心に消えない悔いを残し、抜けない杭を打ち込んだ、そんな過去――過ぎ去った、変えようのない事実。

(…………)

 フェイトは無意識、握り締めていた拳を解いた。

 今この時、力んでいたって仕方がないのだ。

 やるべきときに、やるべきことやるためには、やらないときに力をきちんと抜いていなくては。未だ管理局員としても武芸者としても未熟の身だが、それくらいの意識はある。

「アースラの装備、ちょっと変わったんですねえ」

「そうなのよ、システムの入れ替えをね。この子は結構振り回す事が多いから、パフォーマンスをちゃんと発揮できるようにね」

 なんとなく重くなった空気がなのはとエイミィのそんな会話を皮切りに、他愛ない雑談へと変わって行き。

「アースラは結構、激務だよね」

 フェイトもそれに加わって――。

 そして一時間ほど経った頃の事だった。モニターに映る光景は相変わらず荒野で。

 流石は、と言うべきか流石に、と言うべきか、一番早くその兆候に気がついたのは船の管制を統括するエイミィだった。

「……あ、れ」

「……どうした、エイミィ?」

「……いや、出力が少し落ちて……ちょっと待って」

 問うたクロノに、エイミィが原因調べるねと続けた、その、

 

「――――ッ!?」

 

直後の事だった。

 何かに激突したのでは、そう思わせるほどの、それは圧倒的な減速。

 空を行くアースラの航行速度が一気に引き下がって行き、

「……何が起こった!?」

「…………艦内全出力急激に低下! 魔力炉からのエネルギー供給値が異常に少なくなってる……!」

墜落を嫌でも思わせる現状に、フェイト達は念のためバリアジャケットと各々のデバイスを展開し身を伏せる。

「魔力炉の故障か!? メインが駄目ならサブに……」

「もう切り替えたわ! でも持ち直らない……両方いきなり同時に壊れた?」

「そんな事が……エネルギー生成が正常に行われていないのか? 暴発の危険性はないはずだが……しかし……」

「……待って! これは……!」

 状態を把握せんとするクロノに、やがて詳細を掴み始めたらしいエイミィが叫ぶ。

「エネルギー生成に問題があると言うよりは、その後みたい……! エネルギーは生成されてる、だけど炉から各機器へ伝わる間……伝送途中でもの凄い勢いで減衰してるの!」

「……っ、だとすればまさか…………周辺の魔力結合力をサーチしろ! おそらくは……」

 何かに感づいたらしいクロノが、その先を口にするよりも早く、

 

『うん、流石はクロノ提督だ。その察しの良さに敬意を表しわざわざサーチする手間など取らせずに、私が直々に正解をお答えしよう――そう、AMFさ』

 

モニターの一つに、突如その姿を現した男が、どこかおどけた様な口調でそう言った。

 そして、強烈な縦揺れが艦全体を襲った。次いで轟音、外部の様子を見ずともわかる、航行力を無くしたアースラが自然の摂理に導かれ、地に激突、早い話が――。

 墜落したのだ。

 物理、精神の両面で衝撃を受けた全乗組員の中、真っ先に立ち上がり言葉を発したのは、

「何が…………」

フェイトだった。強い眼で男を見据え、バルディッシュの穂先を向けて、フェイトは叩きつけるような声音で、問いと共に、

「何が目的だ…………ジェイル・スカリエッティ!」

その男の名を、呼ばわった。

 広域指名手配済みの技術型次元犯罪者、Dr.ジェイル・スカリエッティ。

 その身柄の確保にフェイトも執務官として協力する事になるかもしれない……そんな話がつい先日あったばかりだったため、その顔には、今モニター越しで薄笑いを浮かべているこの顔には、見覚えがあった。

「フェイトちゃん、こいつは?」

 表面上は激情を感じさせない声で問うたなのはに、フェイトは答える。

「広域指名手配されている次元犯罪者だよ、……一番危険な、技術型。主な罪状は違法医学や大規模テロリズム関与。管理局がもう何年も追っているけど、未だ逮捕歴は無し。犯罪者でさえなければ文句なしに無数の賞賛を浴びうる天才科学者、だって話」

「おやおや……フェイト・テスタロッサ、私を知っているか、……うん、それは嬉しいねえ。いやあまさかこうして君と話をする事が出来るとはなんとも感慨深いねえ……Fの残滓、最初の一片」

「…………」

 突然のそんな台詞に、しかし毅然とした顔を浮かべたフェイトへスカリエッティはその笑みを濃くした、

「…………いやまあ、これはまたの機会でいいか。さて、クロノ提督」

が、頭を振って視線を移す。眼を向けられたクロノは静かに動じず睨み返した。

「我々は現在、任務中の身だ。下らない用件なら後にしてもらいたいんだが」

「そう言わないでくれ。……この日のためにこちらは大掛かりな準備をしたんだからね。どうだい、随分立派な艦だが、……動けないだろう?」

「……この規模の艦の稼動を、それこそ航行を不可能にする程のAMFを展開するとは一体どれだけの高位魔導師を用意した?」

 AMF展開魔法はランクにしてAAA相当だ。それを大型艦船であるアースラを包めるほどの大きさで発動させるとなると、相当な質か量、もしくはその両方の魔導師が必要となる、そんな常識を下敷きにしたクロノの問いにスカリエッティは笑った。

「いやいやいや、そうじゃあないんだ。私は技術者だからねえ、無いなら造るの精神を持っている。ゆえに、造ったのさ、大規模なAMF発生装置をね」

「……そんなっ馬鹿な!」

 オペレータという職業柄、技術者に近いために今の台詞がどれだけ現在の魔法技術を逸脱したものかがわかったらしいエイミィが、悲鳴のように叫ぶ。

「日進月歩さ、お嬢さん。常識の殻は毎日毎時毎分毎秒、脱ぎ捨てていかねばならないよ」

「……っ」

 からかうようなその台詞にエイミィは歯噛みし、しかし俯かずクロノと同じくスカリエッティを睨み付けた。

「それで、そんなご大層なものを用意して一体なんだって言うの? 自慢がしたいのだったら別の場所でお願いしたいわ。これは大事な艦で……」

「そして、大事な『もの』を運んでいる、そうだろう?」

 その問いに、問いの形を取った確信を得ているであろうその言わば確認に、息を呑んだのは場の全員。

「ドクター、あああんまりお話が長いとウーノ姉さまに怒られてしまいますわよお? もういいから、要件を言っちゃいませんこと?」

 そんな風に妙に甘ったるい声で急かしたのは、またしても突然モニター上、スカリエッティの隣、別の小窓に姿を現した茶髪に眼鏡の女。

「ドクターはアジトにいらっしゃるからいいんでしょうけどお、帰りが遅くなってお小言言われるのは現場に来てる私達なんですからん」

「ああ、そうだねえ、それは悪かった、すまないねクアットロ。それでは単刀直入に言おう」

 スカリエッティは、エイミィからクロノ、そしてクロノから――なのはに視線を移して言った。

 

「高町なのは二等空尉、お兄さんを、高町恭也を私にくれないかい?」

 

「………………」

 完全に無言を返したなのはへ、スカリエッティはスイッチを切り替えたかのように興奮をその顔に声に浮かべて続ける。

「――"あの映像"を見て私は鳥肌が立ったよ! 常識を超えた強靭な肉体! 非常に高い魔導素質! 冗談のような技術の数々! そして揺るがぬ固く堅く気高い精神! それらが織り成すあの圧倒的で反則的な戦闘能力!! 古代ベルカの王達も彼には惜しみない賛辞を送るだろう!!」

 欲しい、寒気を感じさせる狂気と欲を孕んだ声でスカリエッティは言った。

「私は彼が欲しい! 彼は、高町恭也はまさに最高の素材だ、最上の素体だ……! 断言しよう! 最強の作品に仕上げてみせると!!」

 両腕を広げ、熱の篭った仕草と声音で長髪白衣のその男は歌うように言葉を紡ぐ。

「私の手にかかれば間違いなく! 歴史を塗り替えうる飛び抜けた存在が! 誰も見たことの無い究極の生体兵器が誕生するだろう!! 素晴らしいとは思わないか!?」

 ダアンと、響いたのは、

「……――あったま沸いとんのかお前ええええええええええええええええええええええ!!」

はやてが抑えきれぬ怒りを乗せその手で机を叩いた音だった。次いで響かせた怒号を憤怒の表情と共に彼女は続ける。

「あの人を……素材!? 素体!? あまつさえ作品に仕上げる……!? ……お前の頭がどんだけイカレとんのかは知らんが、よっぽど現世に未練がないっちゅうんはようわかったわ…………ッ!」

「汚らわしい手でアイツの体に触れてみろ、即座に切り落としてくれる……!」

 継ぐように、愛剣――レヴァンティンを抜き放ったシグナムがその切っ先をモニター上のスカリエッティへ突きつけ、言えば。

「下衆が、分を弁えなさい。……どんな経路で知ったのかは知らないけれど、貴方が触れることなど許されない人よ、あの人は」

「我らにとっては言うまでも無く、言い尽くせぬほど大恩ある男だ。貴様なんぞにみすみす渡すわけがなかろう」

 普段のおっとりとした風からは想像もできないような冷淡な声音でシャマルが凛と言い放ち、芯の通った太く揺ぎ無い声でザフィーラが続け。

「その似合わねえ白衣、せっかくだから真っ赤に染めてやろうかイカレゴミ屑」

 ぶおんぶおんと、ヴィータが愛槌を振り回す。

「なあ、死にてえんだろ? そうなんだろ? アタシにゃあそうとしか思えねえなあ。あいつに手を出すなんて、……はは、ジョークとしちゃあ面白え、まあ笑わせてもらった後にはアイゼンの錆んなってもらうんだけどな」

「……私に、お前を詰る資格があるのかどうかは、わからない」

 怒気満ち充ちる三白眼、ねめつけたヴィータの隣で、そしてリインフォースが口を開いた。

「わからない、わからないが……それ以上にわからないものがある――お前へのこの感情の抑え方だ」

 いっそ静かに、夜のようなしめやかさでリインフォースは声を響かせた。

「ああ、抑えがたい。……しかし、お前を八つ裂きにしたとしても抑えきれるものかな、これは。磨り潰しても、粉みじんにしても、……駄目そうだ。この世にその痕跡一つ残さぬほどに、完全に消し飛ばしでもしない限りは収まりそうも無い。……あの騎士を、あの眩しき尊き気高き騎士を、素材だ素体だなどと、そんな不埒な不敬な思考を持つ者の存在を、発言をする者の存在を、この世に許してはおけない…………」

「荒ぶるねえ、夜天の王に騎士達よ。まあ当たり前か、君たちの今があるのも、彼の犠牲のおかげだからねえ」

「……口を慎め、犯罪者」

「ああ、その怒りようじゃあやはり君は彼を中々に慕っているんだねえクロノ提督」

 重い叱責の声を上げたクロノに、スカリエッティはため息を吐いた。

「まったく、余計な事をしてくれたものだ、ただの輸送任務に念を入れすぎじゃないのかい? おかげでこちらは急遽こんなに大掛かりな編成で挑まなければならなくなってしまったよ。本来の艦だったら彼の奪取なんていとも簡単にやらせてもらえたんだろうが、……この面子は少々反則じゃあないかい? どこかと戦争でもするつもりかな?」

「……随分お詳しいのね、管理局の内情に。さすがは天才科学者、ハッキングもお手の物って事かしら?」

「さあ、どうだろうね」

 エイミィの問いにははぐらかしたような笑顔でスカリエッティは答え。

「……ああ、いい眼だ。うん、やはり君はフェイト・テスタロッサだな、うん、いい眼だ」

 突然、フェイトに向けて薄ら笑いと共にそんな言葉を向けてきたが。

「………………――」

 どういう意味だ、とも、今の私はフェイト・テスタロッサ・ハラオウンだ、とも。

 何も言えなかった。フェイトは、一言も発せなかった。

「―――」

 正確に言えば、口を開けなかった。なぜなら、死ぬ気で歯を食いしばり耐えていなければ――何を言い出してしまうのか、自分でもわからないからだ。

 奴は、彼に手を出すと言った。

 奴は、彼に手を出すと言った。

 奴は、彼に、手を、出すと、そう言ったのだ。

 もう、それだけで、――フェイトの感情はとうに振り切れている。

 自分が今どんな表情をしているのかすらよくわからない。自分が今どんな眼を奴に向けているのかもよくわからない。

 ただ、もし視線で人が射殺せたならあの男はもう既に死んでいるだろうと言う事だけは確かだ。

 そんな眼を、きっと自分はしているんじゃあないかとは、思う。

 だって、明確に、思うから。

「さて、それじゃあそろそろ回答を聞こうか、高町なのは二等空尉」

 はっきりと、フェイトは思うのだ。

「私としては、私に預けてくれる事をお勧めするんだけどねえ、どうかな、高町なの」

 

「レイジングハート、物体非破壊設定解除――生物非殺傷設定、解除」

 

『All right,my master』

 それは今、己がデバイスを人殺しを行える状態へと迷いなく移行させたなのはときっと同じように、思うのだ。

「っふ、ははははははははははははは!」

 モニター上、高笑いを上げるこの男を極々自然な気持ちで――。

 殺してしまいたいと。

「いいのかい!? 高町なのは二等空尉いい!? 君ほどの力を持つ管理局員がきちんとした許可もなくデバイスの非破壊設定と非殺傷設定を解除して!」

「勘違いするな」

 低い声で、なのはは答える。

「さっきから高町なのは二等空尉高町なのは二等空尉と呼ばわってくれているけれど、私は今、管理局員としてこの場にいるんじゃあない」

 踏みしめるように一歩前へ進み、かみ締めるように一言ずつ丁寧に、なのはは自らの立場を示す。

「私は今、管理局の二等空尉じゃなく『高町なのは』としてこの場にいるんだ。高町恭也を愛するただの女としてこの場にいるだけだ、だから」

 殺す。

 なのはは凄惨な言葉で、清廉な声音で、そんな宣言をした。

「殺すよ、殺し合いだよ。話し合いなんか必要ないし、試し合いでも競い合いでも奪い合いでも潰し合いでもない、殺し合いだよ。殺し合おう、ジェイル・スカリエッティ。……貴方は今この場にはいないみたいだけど、でもあなたのお仲間だかお身内だかは来ているんでしょう?」

「ああ、娘達が行っているよ」

「ああんこわーい、四女のクアットロでーすっ」

 三つ編み眼鏡の女――クアットロは茶化すようにからかうように、面白がるように問う。

「そおんな殺し合いだなんて物騒じゃありませんことお? ただ、眼が覚めないっていう患者さんを優しい優しいドクターが"直して"あげるっていうだけのお話なのにい」

「クアットロの言うとおりさ、君のお兄さんは眠り続けたままなんだろう? なにやら検査場所は移すようだが、それでも自分の傍に縛りつけて一体なんになる? それは君のエゴなんじゃ……いや、それに知っているんじゃないのかい? 君の傍に居れば君の大切な者は、君を守ろうとして、ね」

「……ふふ、ねえ、そしてあなたはまた、そんな人達を守れないかもしれな」

「黙れクソヤロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!!」

 スカリエッティとクアットロの、嬲るような声音の台詞へ吼えたのはヴィータだ。

「それより先を口にしてみろォッ!! ぶっ殺して……」

「いいよ、ヴィータちゃん」

 モニターを叩き割りかねない勢いで怒りを露にしたヴィータの身の前へ、なのはがその手をかざし、彼女を止めて。

「エゴだよ。認める。でも、それがどうした」

 なのは強く揺るがず決して屈さぬ、彼女の口調で言い放つ。

「弱さは、罪で。いずれ、罰が下って。一番大切なものを、傷つける事になる」

 それは今でもたまに戒めるように口にする、彼女のかつての口癖で。

「そんな事、私はよくよくわかってる、だから」

 そしてなのはは続けた。その口癖に飲み込まれていた頃は言えなかった、乗り越えたからこそ言える様になった、その言葉を。

「――強くなったんだ、守れるくらいに、護れるくらいに」

「これを見ても、そんな事を言えますの?」

 鼻で笑ったクアットロが慢心たっぷりに言うのと同時。すっと、まるで最初からそうであったかのように自然に、機械仕掛けらしいカプセルのような見た目のもの、航空機のようなフォルムのもの、円形の巨大なもの……幾つかのバリエーションを持つ飛行体が、地に墜ちたアースラを取り囲むように蒼空を展開する光景が広がった。

 超大量、飛行体の数はそう言っていいだろう夥しいほどの規模で、その黒い機影達に囲まれた所為でアースラの外部モニターには今、ほとんど青空は見えない。

 まさに唐突に現れた包囲網にアースラスタッフの何名かがどよめきの声を漏らした。

 しかしクロノは動揺は見せず、はっきりと敵影達を見据える。

「この濃いAMF下で飛行可能とは……質量兵器か」

「試作段階のものを無理やり引っ張り出して量産してきたんだよ? 君たち相手では必要かと思ってね」

「……こいつら」

 エイミィがクローズアップした一体の、その姿を見てなのはが苦い声を上げた。

「ああ、気がついたかい? そうさ、こいつらは"あの時"、君を庇ったそこの威勢のいい鉄槌の騎士を串刺しにした、あのアンノウンを参考に作られている。なかなか面白い趣向だろう?」

「下衆が……」

「……そんなん関係ねえぞ、なのは。あんなん、全部ぶっ潰しちまえばいいんだ」

 吐き捨てたシグナムに続いて、ヴィータが息荒く……しかし親しいものにはわかる、なのはへの気遣いを多分に含んだ声を上げた。

「……うん」

 ヴィータへ向けて頷いたなのはは、そしてもう一度スカリエッティとクアットロを冷徹で、それでいて確かな怒りと憎しみと殺意を孕んだ眼で見据えた。

「バルディッシュ、物体非破壊設定解除、生物非殺傷設定解除」

『Yes,sir』

 口から溢れそうになる呪詛を押さえなんとかそれだけ口にしたフェイトと答えたバルディッシュの設定変更、戦闘準備を皮切りに、その場の面々達も皆同じ処理を進めていく。

 物体非破壊設定解除、生物非殺傷設定解除、紡がれていくその言葉は紛うことなき殲滅の宣言。

「勇ましいねえ、では任せたよ、クアットロ」

 ブツンと、現れた時同様に突然、そんな言葉を最後にモニター上のスカリエッティの姿は消えた。

「はあい、ドクター。んふふ、それじゃあ楽しい楽しいゲームのは……」

「それにしても、似合わないね」

 突然のなのはの言葉に、恐らくはゲームの始まりとでもふざけた事を言うつもりであったのであろうクアットロは怪訝な表情を浮かべた。

「似合わない? 何がですの?」

「その眼鏡だよ。……そういうのって、清楚で真面目で純粋な女の人の素顔には素朴で素敵によく似合うんだけど、……素質って悲しいね、どうにも性格の悪さが滲み出ていてなんだか滑稽だ、無理して似合わない服着てるみたい。止めたほうがいいんじゃない?」

「……っ」

 思いもよらぬ方向からの先制攻撃、否、口撃に、不意を突かれて取り繕えなかったのか、クアットロの顔がさっと赤く染まった。

「せやなあ……ふふ、おばはんが無理して高校の制服着てるみたいなちぐはぐさや。あかんで、ちゃあんと鏡見てこなな?」

「……そんな口がいつまで叩けるか見物ですわね。まあ、精々足掻いてくださるとわざわざこんな遠くで待ってた甲斐がありますわ」

 スカリエッティと同様に、モニターからフレームと共にクアットロは姿を消し去った。

「……さて」

 クロノがぐるりと、場の皆を見渡す。

 誰も何も言わず、しかし雄弁に語る表情で頷きを返し。

 そして。

 激烈な意思に強烈な決意。

 熱烈な気迫に鮮烈な感情。

 そして苛烈な覚悟に彩られた――。

 熾烈な戦いの、幕が上がる。




 さあ急展開だぞって感じの第2話です。
 スカリエッティさんのお早いご登場。
 時系列的には、漫画版StS・Episode-1の丁度一年前ですね。
 ガジェットという名称すらまだ出てきてないのでそこらへんちょっと書きづらかったりもするという。この時点でⅡ型(航空機のような、なんて描写してます)とかⅢ型(円形の巨大な、なんて描写してます)まで引っ張り出してくるスカリエッティの情熱。

 全員が来ているわけではないですが、既に稼動済みなナンバーズは、ウーノ、ドゥーエ、トーレ、クアットロ、チンク、セインの六人です、よね。……合ってるよね?

 ちなみにフェイトの徹は、徹っぽいものくらいクオリティです。見よう見まねなので、流石にきちんと習得は出来ていない。

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