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この作品には原作設定の拡大・独自解釈も含まれます。申し訳有りませんが、原作設定の絶対的な遵守をお求めの方、ご自分の解釈を非常に大切にされている方のご要望にはお応えしかねる場合があります。該当される方はご自身の責任における判断で閲覧されるかどうかお決め下さい。よろしくお願い致します。
「以上が、襲撃を受けた高町なのは、その場に駆けつけたフェイト・テスタロッサ、ユーノ・スクライア、使い魔アルフの証言と、解析班から回ってきたデータをまとめたものになります」
息子であり部下でもあるクロノ・ハラオウンから、今回発生した事態についての報告を受け、アースラ艦長リンディ・ハラオウンは、
「……うんありがとう、わかったわ。信じられないことって一周回ると、逆に全部簡単に信じたくなるものなのね、母さん勉強になったわ」
天井を仰ぎながら、おどけたようにそう言った。
「情けない事を言わないでください、艦長。……まあ気持ちはわかりますが」
そんな母であり上司でもあるリンディを軽く叱りつけるクロノはしかし、目の前のリンディと同じような表情をしている。
彼もまた、信じられないのだ、自分が話した内容が。
しかし、疑っているかと言えばそういうわけでもない。証言者は皆、信用に足る人物である。
だから信じたい、信じるべきだが、しかしその内容があまりにも。
「第一級捜索指定のされているロストロギア、闇の書。それが作りだしたプログラムである守護騎士たちが、闇の書完成のため、魔力を求めて様々な世界で魔導師たちを襲い、リンカーコアを食っている……なんて話で管理局はにわかに騒がしかった」
「そして、その襲撃の手が強大な魔力の保持者であるなのはに及んだ……由々しき事態ですが、これ自体はありえない話じゃありません」
「そうね、そうなのよね」
言葉を交わす二人がいるのは、アースラ内のブリーフィングルームだった。そこに設置された大型のスクリーンに、闇の書についての資料が表示される。
闇の書、リンディとクロノにとっては、因縁浅からぬ存在である。
だが、今二人が俎上にあげているのは、それ自体ではなく。
「信じられないのは……その襲撃者たちを破ったという人物、ね」
「はい……」
襲撃者、守護騎士。
騎士とは、ベルカ式の魔法を使う魔導師の中でも特に実力が高い者に授けられる称号だ。
事実、なのはを襲ったという守護騎士は説得・抗戦するなのはを力尽くで黙らせた。その後新たに現れたという守護騎士、その内の一人もフェイトが言うには、現時点のフェイトよりも実力は上である、らしい。
それはもう、かなりの戦闘能力を有しているということと同義だ。
なのはもフェイトもまだ子供ながらにその実力・才能は非常に高く、管理局の中でも一握りの逸材なのだから。
しかし、
「なのはさんを破った守護騎士も、フェイトさんよりも強いらしい守護騎士も、なのはさん、フェイトさん二人の証言によれば………………魔法を知らない一般人であるなのはさんのお兄さん、高町恭也さんによって撃破、ないしその寸前まで追い詰められた、ね」
その守護騎士達を魔法もなしに、退けた者がいると言う。
証言者が証言者でなかったら、まともに取り合う気にもならない戯れ言だ。
「実はその高町恭也さんは凄腕の魔導師でした、っていうのはどうかしら?」
「なのはとフェイトの証言では、魔法を使った様子はなかったそうですよ」
「……わかってるわよ、言ってみただけ」
そうであったらまだ信じられるくらいの信じられない事であった。だが、現実はもう本当に信じられないくらいの信じられない事であるらしい。
「とにかくまあ、この事についてはこれ以上話していてもしょうがないわね」
「そうですね……」
「その高町恭也さん本人に後で話を伺わせてもらいましょう。……それで」
釈然としないが他に話し合わなければならない事も多々あるため、リンディはそう言って表情を変え話の方向を切り替える。
「その後の恭也さんの容態は?」
「最初の報告から特に変化はありません。大きな負傷はなし。身体疲労がずいぶん溜まっていたらしいですが、それも細かい傷とともに概ね治癒・治療は済んでいるとのことです。……そして、闇の書の蒐集を食らったという彼のリンカーコアですが、それも順調に回復してきているそうです。総合的に言えば、早期完治の見込みは十分。意識もすぐに戻るだろうと」
「そう……」
ふーっ、と、リンディは大きく息をつく。なにはともあれ、協力者であり被害者でもある彼の身に大事がないのは喜ばしいことだ。
「よかったわ……。ほんとに」
「ええ、そうですね」
二人は、彼が運ばれてきたときの、傍らに連れ添っていたなのはとフェイトの悲壮に染まった表情を思い出し、再度安堵の息をつく。
「なのはさんとフェイトさんは?」
「なのはは……お兄さんの傍からどうしても離れたくないとのことで、お兄さんの病室で一緒に治療を受け、それが終わった後もそのままその場に残っています。フェイトはさっきまで僕と事件についての細かい報告をし合っていましたが……、多分今はなのはと同じく、なのはのお兄さんの所へ」
「そう……。でもまさか、こんな形でフェイトさんとなのはさんが再会することになるとはね……」
「ですね……。……あの、恭也さんには」
伺うようにそう言うクロノに、リンディは言い切る。
「……お話しましょう、すべてを。ここまで関わらせてしまったんだもの、誤魔化すわけにはいかないわ」
「……そうですね」
「それじゃ、そういうことでお願いね。次に、本局への報告についてだけど――」
「はい、どうぞ」
遠慮がちに響いたノックの音に、なのはは返事を返し入室を促した。
「失礼……します」
「あ、フェイトちゃん!」
ドアが開き、入ってきたのは金髪の少女――フェイトだった。なのはは、フェイトに言う。
「フェイトちゃん、さっきお医者さんが言ってたんだけど、お兄ちゃん、大丈夫だって!」
「ほんとう!?」
「うんっ、すぐに意識も戻るだろうし、体の傷もだいたい治ったってっ」
「……なのは」
「リンカーコアも、回復し始めているから心配ない、って……っ!」
その声は、兄の状態を語る声は、涙混じりだ。
「よかった…………よかったよ………………っ!」
つぶやくなのはの両手は、恭也の右手に添えられている。なのははそうすることで確かめているのだ、兄に温度があることを。
兄に命があることを。
兄が倒れてから、医者の診断結果を聞くまで生きた心地がしなかった。
頭はくらくらするし、足下はぐらぐらした。それは戦闘による負傷や疲労とは違う原因によるものだ。
「お兄ちゃん……」
愛する人を失うかもしれないと言う恐怖。
なのはが今まで一度も味わったことのないそれは、今まで生きてきた中で一番の痛みと軋みをなのはの胸に与えた。
それは想像を絶する苦しみで、そして、
「大丈夫だよ、なのは」
「……うん」
「お医者さんがそう言ってくれたなら……きっとすぐに目を覚ましてくれるよ」
「……うん、そうだよね」
未だ幽かに続いている。もしかしたら、もしかしたら。
そんな思いがどうしても止まない。
なのはは、恭也の顔を見つめる。フェイトはそんななのはの隣、医務室特有の味けのない椅子に腰掛けた。キィ、と、少し耳障りな高い音、軋みの音が鳴った。
少しの沈黙の後、なのはは言う。
「……実はね、お兄ちゃんの寝顔を見たのって、これが初めてかもしれないんだ」
「え?」
どういうことか、意味をわかりかねたのだろう疑問の声をあげるフェイト。なのはは少し微笑んで、語りだす。
「お兄ちゃんって、起きていても……眠っていても、人が近づくとすぐにわかるんだって。修行の成果、って言ってた。……私、怖いことがあった日は、たまにお兄ちゃんのお布団に潜り込みに行くんだけど、そしたら絶対お兄ちゃんは眼をさますの。私がお兄ちゃんの部屋のドアの前に行くと、どうした、なのは、って。入って来ていいぞ、って。ノックしなくても声かけなくても、私だってわかって、そう言ってくれるの。……いつ行ってもそうだからずっと起きてるってわけじゃないんだと思うし」
怖い映画を見た夜、怖い夢を見た夜、不安で眠れない夜。
そんな時はいつも兄の部屋に行き、兄の傍で眠った。兄の傍で眠れなかった日なんてなかった。兄の体に抱きついて、優しく頭を撫でられながら眼をつむれば、すぐに穏やかな眠りが訪れた。
なのはにとって兄の傍は、世界で一番安心できる場所だ。
「朝もお兄ちゃんの方が絶対に先に起きてるし……だから本当、お兄ちゃんが眠っているのを見るのって、これが初めてかもしれない」
「そ……っか」
「……うん。お兄ちゃん、こんな風に眠るんだね」
眼を閉じ、静かに寝息を立てる兄の顔は、―――穏やかだった。
なのはの兄は、時折優しく微笑むがそれ以外はいつも仏頂面か真顔をしている。
今、この寝顔を見て気づいたことだが、それは自然な表情なのではなく常に少し気を張っていたという事の表れだったのだろう。
兄は高町家において、少なくともなのはにとっては父親の代わりでもあった。
父は、なのはが生まれる前に死んでしまった。だから顔は写真でしか知らない。もちろん、母や兄、姉の話を聞いて、会うことはなかった人とは言え、慕ってはいる。
だが、やはり実質的な父親役は、兄だったのだ。
さらに言えば、母は仕事で非常に忙しかったため、兄はある意味で母親のような役目もこなしていた。
姉や姉のような人たちも身近にいてくれたが、それでも一番なのはを包んでくれたのは兄だ。四六時中傍にいてくれたわけではもちろんない。だがそれでも兄は、なのはが寂しい時には一番近くで一番深く愛してくれた。
だから、高町なのはにとって高町恭也は、敬愛すべき父でもあり、寵愛をくれる母でもある、何より最愛の兄であったのだ。
それは逆に言えば、恭也は父が死に、なのはが生まれた時から、今のなのはとほとんど変わらない歳の頃から、そんな重圧を背負ってきたということだ。
彼の普段の表情は、生来の気質もあるだろうがやはりそういった事と無関係ではないのだろう。
そんな事を、なのはは眠る兄の顔を見て思う。
どれだけ自分が兄に頼り切っていたのかを、頼る一方だったのかを、思い知る。
「フェイトちゃん……私ね、私……」
だから、なのはは言う。否、
「私、強くなる……。お兄ちゃんに守られてばっかりじゃなくって、いつか、いつかお兄ちゃんを守れるくらい、強くなる……」
誓う。
悲しみと悔しさに揺れながらも、しかし確かな声で、誓う。
「いつかお兄ちゃんから、頼ってもらえるくらいに……、強くなるよ…………!」
「なのは……」
「もう弱いのは嫌だよ……。私が弱いせいで、大好きな人が辛い思いをするのは、もう嫌だ……」
うつむいたなのはの瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれる。それはなのはの両手と、それに包まれた恭也の手の上に落ちた。
「弱いのは、私も一緒だよ」
そんななのはにそう声をかけながら、フェイトはなのはの手の上――恭也の手の上に、自らの手を重ねた。
「私も……強くなる。守るために、守れるように。……一緒に、強くなろう」
「……うん。うん、うん……!」
二人の少女は、誓い合う。力をつけると、その胸に誓う。
それは、小さな願いで、しかし切実な想いだ。
そんな彼女達へ、
「……どう……した、なのは」
「……えっ」
今はその背を押すように、温もりが舞い降りる。
聞こえた声に、なのはは弾かれるように顔をあげる。そこには、微笑みがあった。
「何か、悲しい事でも、……あったか……?」
そしてすぐに、目元に硬く、しかし暖かい感触。
「おにい、ちゃん……」
恭也が、その身を起こし、左の手で労るようになのはの涙を拭っていた。
「おにいちゃんっ!」
「ああ、兄はここにいるぞ」
胸に飛び込んだなのはを恭也は優しく抱き留め、その頭を撫でる。
「よかった……。よかったね……なのは」
そんな二人を、フェイトは暖かく、そして少しうらやましそうに見つめていた。
「おおよそこんな所なのですが」
「……」
「わかっていただけたでしょうか?……というか、信じていただけたでしょうか?」
「……なかなか信じられるものではありませんが、一周回って信じるしかない気がしてきましたね」
(そもそも、実物を見たどころか、戦うハメにもなったしな)
医務室のベッドの上、そう思いながら目の前のどこか自身の義母に似た雰囲気を持つ女性――リンディ・ハラオウンの言葉に、恭也は曖昧にうなずきつつ返答した。
そんな恭也の返答に、リンディは隣にいる彼女の息子で部下だというクロノ・ハラオウンと一瞬視線を交わし、苦笑を浮かべる。
「……それにしてもずいぶんと無茶をしていたんだな、なのは。兄としては非常に心配だぞ」
「あ、あははは……」
魔法や管理局、次元世界の存在。それらの説明に加え、妹であるなのはの関わった事件についての顛末を聞いた恭也は、隣でごまかすように笑ったなのはに少し厳しい視線を浴びせた。が、
「……だが、心配すると言うのは俺の勝手だ。その……PT事件だったか、それについて、なのはが自分で決め、その意志を貫いたと言うのなら何も言うことはない」
「あ……」
「よく頑張ったな、なのは」
結局は、優しく頭を撫でた。
こういう所が甘いと言われるのだが、やはり恭也には直せそうにない。
それに、語った言葉にも嘘はない。家族としては心配だとは言え、なのはの行い自体はきっと褒められるべきものだと恭也は思う。
なのはは頬を染め、ただされるがままになっている。
「それに、いい友達もできたようだしな。ビデオメールの交換相手とそんな風に知り合っていたとは思わなかったが……フェイト」
「え、あ、は、はい」
突然呼ばれて驚いたのか、金髪の少女――フェイトはすこし慌てたように返事をした。
「頑固でねぼすけな妹だが、よろしく頼む」
「お、おにーちゃん、目が回るよー」
一転して乱暴に頭を撫でられるというよりは回されたなのはは、恭也にそう文句を言う。
「い、いえ、そんな、私の方こそ、と言いますか、……今の私がいるのは、なのはのお陰ですから」
「フェイトちゃん……」
「……その……また会えて嬉しいよ、なのは」
「……うん! 私も、私もだよ!フェイトちゃん!」
こんな形になってしまったとは言え、半年ぶりの再会。
なのはがどれだけフェイトと会うのを楽しみにしていたのかを普段の家での様子でよく知っていた恭也は、そんな二人を微笑ましく見守る。
リンディもクロノも同じ気持ちなのか、しばらくは恭也とともに二人の様子を見ていたが、
「あー、なのは、フェイト、そろそろいいか? 話さなきゃいけない事がまだあるんだ」
「ごめんなさいね」
聞けば二人ともそれなりの立場にいるらしく、さすがに忙しい身であるためか、そう言って話の軌道を修正した。
「あ、はい、すみません……」
「ごめんなさい、はい」
「いや、こちらこそ悪いな。それで、さっきまでの事を踏まえて聞いて頂きたいのですが、今回の事件についてお話します」
クロノはそう前置きして、小型のパソコンのようなものを操作し恭也の前に投影型のスクリーンを展開すると、そこに資料らしき映像を映し出した。
そして、説明を開始する。それは闇の書、守護騎士、なのはが狙われた理由、そして。
「つまり、恭也さんの胸から出てきたという腕……おそらくは守護騎士の腕ですが、それが恭也さんにしたのは、恭也さんの魔力の核……リンカーコアからの魔力抽出ということになります」
「なるほどな……」
恭也の身に起こったことについてだ。
「ですがご安心ください。リンカーコアの魔力はいずれ戻ります。それに本来は限界まで抜かれるところを、恭也さんはその……途中で抵抗されたようですし、損失は半分程度で済んでいるみたいです。完全回復までそう時間はかかりませんよ」
「あの……クロノ」
「ん、なんだ? フェイト」
「恭也さんのリンカーコアが狙われたのって……やっぱり」
「お兄ちゃんも、いっぱい魔力を持ってたってこと?」
フェイト、なのはの問いにクロノは恭也を見つつ答える。
「ああ、その通りだ。やはり兄妹だからかな。治療班からのデータによれば恭也さんのリンカーコアが持つ魔力は魔導師平均を大きく上回っています。なのはには一歩及ばないですけど、まあそれはなのはがおかしいだけですから」
「そうか……、ふむ」
「お、おかしいって……。……? お兄ちゃん?どうしたの?」
微妙な反応を返した兄が気になったのか、声をかけるなのは。恭也は答える。
「いや、なくなった物がちゃんと元に戻るというのは喜ばしいことだし、その、魔力ってものをたくさん持っているのもいいことなのかもしれんが……正直、全く実感がなくてな。そんな物が自分の身にあったという事自体がそもそも驚きだ。ファンタジーの世界に一歩、足を踏み入れた感覚だな」
「……」
「……」
「……」
「……」
恭也としては思ったことをそのまま言っただけなのだが、なのは・フェイト・リンディ・クロノの四人全員から返ってきたのは、なんとも言えない反応。
失言だったろうか。
「なのは、どうした?」
とりあえず恭也としては一番聞きやすい妹に伺ってみると、
「私たちからしたら、お兄ちゃんの方がよっぽどファンタジーなの」
そんな答えが返ってきた。
「……なぜ?」
恭也としては釈然としないので聞き返すも、
「魔法もなしに高レベル魔導師である騎士と渡り合う人物なんて、僕たちからしたらありえないんですよ」
「少なくとも私の知る限りでは、一般人が単身で高レベル魔導師を撃破、ないしその寸前まで追い詰めたなんて記録はどこにもありませんわ」
「生身で人があんな動きをするなんて信じられません……。最後の瞬間移動なんてある意味で魔法以上のものでしたし……」
残る三者からそんな反応が返ってきた。リンディはさらに言葉を続ける。
「今度はこちらからお聞きしたいのですが……、あなたは何者なんでしょうか? 本当に魔導師ではない?」
「お兄ちゃん本当に人間なんだよね?」
「妹よ、実の兄に向かってなんたる言いぐさだ……」
確かに普段周りから人間やめちゃってるとは言われている恭也ではあるが、実の妹から言われるとさすがに少し傷つく。
「ご、ごめんなさい……。でもお兄ちゃんがあんなに、ていうか、あそこまで強いなんて知らなくて……」
「……まあいい。質問に答えますが、俺は魔導師ではありません。そもそも今の今まで魔導師というものを知りませんでしたし、少なくとも魔導師としての訓練も受けていない。俺が何者かと言えば……御神の剣士です」
「ミカミノケンシ?」
聞き覚えのない言葉に疑問をあげたクロノには、なのはが答えた。
「お兄ちゃんは御神流っていう剣術の師範代さんなんです」
「剣術、ですか。しかしその若さで師範代とは……」
少し驚いたのか、リンディはそう言ってまじまじと恭也を見る。
恭也は現在二十歳。確かに師範代となるには若いと言えよう。そこら辺には複雑な事情があるのだが。
「まあ色々ありまして。身分を正確に言えば、永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術師範代、高町恭也。流派の通称が御神流と言うわけです」
「なるほど……。と言うことは、あなたの強さはその御神流の剣士として鍛えあげられたもの、と言うことですか」
「そうなりますね」
「そう、ですか……しかし……」
リンディは答えを聞き、だが未だ少し納得がいかないようだ。すると今度はクロノが尋ねてくる。
「あなたの世界の剣士と言うのは、そこまで強いものではなかったはずでは? いかな熟練者と言えど、質量兵器……銃などを持った者ですら、相手にして戦えるような力はないはず……」
「ふむ……。俺の流派、御神流は少し特殊でしてね。積み上げた研鑽と技によって、非常に実際的な実力を得ているのです。完成された御神の剣士は、銃火器を持った者が100人いても仕留められるかどうかと言うレベルになります。……俺は出来損ないなので、そこまでの力はありませんが」
「で、出来損ない、ですか? 恭也さんが?」
実際に恭也の戦いぶりをその目で見たフェイトが疑問の声をあげる。
「ああ。師範代を名乗ってはいるが……俺は、過去に自分のミスで右膝に古傷を、爆弾を抱えている。だからあまり無茶はきかんし、そんなものがある限り、俺はずっと御神の剣士としては出来損ない、欠陥品だ」
「そ、そんな……」
フェイトは納得がいかない表情だった。あれだけの剣武を、剣舞をみせた人が剣士として完成していなく、また完成することもないなんて。そんな考えがありありと浮かんでいた。恭也は苦笑する。
「……その話が本当だとして」
そこにクロノが割ってはいる。
「完成したその……御神の剣士が、銃火器を持った者100人を相手にできる実力を持っていたとして、恭也さんがそれに近しい実力を持っていたとしても……、しかし」
「疑問がありますか?」
「……ええ、失礼ながら。たとえそれだけの力があっても、騎士を凌駕しているかと言えば疑問なのです」
「ふむ……」
そうだろうな。恭也としてはそんな風に言われる事はある程度予想済みだったので特に何も思わず、それについて自分の考えを語ろうと思ったのだが、
「むー……」
それより先に妹からうめき声。長年の付き合いである恭也にはわかるが、……これは結構機嫌を損ねている。
「な、なのは?」
にらまれ、すこしバツの悪そうな声をあげたクロノになのはは言う。
「クロノくんはお兄ちゃんが強いのが、守護騎士さん達に勝てるっていうのがそんなに信じられないの? お兄ちゃんをそんなに信じたくないの? お兄ちゃんじゃどうやっても守護騎士さんたちには勝てないはずだって言いたいの?」
「あ、い、いやそう言うわけじゃないんだ! ただ、その……」
「なのは、落ち着け。いいんだ、クロノさんの言うことは正しい。それに、クロノさんは何も意地悪でああ言ってるわけじゃない、言わざるを得ないんだよ、立場的にな」
恭也はなだめるようになのはの頭をぽんぽん、と柔らかく二度叩く。
「……そう言っていただけると助かります」
「いえ。そちらとしても、確かな証拠が欲しいのだろうということはわかりますから」
「お兄ちゃんどういうこと?」
なのはの声にはリンディが応えた。
「私たちの都合で悪いんだけど……、今のままではさすがに本局に今回の件について報告ができないのよ。……私たちは、証言者のなのはさんやフェイトさん、ユーノくんにアルフさんをよく知っているから、今回の件についても根本的には疑いはしないのよ。それはもちろん、申し訳ないことに信じられない気持ちがあるのは否定できないけど、結局は全部信じるつもりでいる。……でも、本局の人たちは違うわ」
「全員が直接的に証言者のなのは達を知っているわけじゃないから、この件についての報告は、今のままではある程度疑いの目で見られてしまうだろう。あまりに僕たち魔導師にとっては、信じがたい事だからね」
「ごめんなさいね、わかってくれるかしら、なのはさん」
「あ、はい……」
二人の言葉に、なのははうなずく。リンディは続けた。
「そういうわけで私たちとしては、証言者を知らない本局の人たちに生身で騎士を凌駕する人物が実在すると信じてもらうための、確かな証拠、もしくは論拠がほしいのです。ですから、なにか恭也さんにお考えがあれば聞かせていただきたいのですが……」
「わかりました、構いませんよ。……ただ」
「ただ?」
「いえ……」
どう言ったものか。とりあえず恭也は語り出す。
「まず、これだけは言っておきたいのですが……、戦闘者として見たとき、俺はあの赤い少女と長い髪の女性……守護騎士の二人には本来、力は及びません。あの二人と俺の間には戦闘能力的に決定的な差がある。はっきり言えば、俺はあの二人よりも確実に弱い」
「え?」
「でも……」
そんなはずが、それならなぜ、そう言うかのようになのはとフェイトが恭也を見やる。
「そう。なのはやフェイトの見た通り、しかし俺はあの二人と渡り合えた」
赤い少女は無力化できたし、シグナムと言うらしい女性とも互角以上の戦闘を繰り広げることができた。
「つまり、それにはきちんとした理由があります。……ただ、これは口で言ってもあまり理解されないというか、信憑性が薄いかもしれません。ここで言っても仕方のない事かと思います。ですので」
恭也はいったん言葉を切り、リンディとクロノを見、そして言った。
「もしよろしければ、模擬戦でもやらせて頂ければと思います。実際に俺が魔導師と戦う所を映像として記録できれば、その……本局? でしたか、そちらの方も認めてくださるでしょう」
『準備はよろしいでしょうか?』
スピーカーらしきものから聞こえた、オペレータでエイミィと言う名の女性の声に、恭也はうなずいて返答した。
『フェイトちゃんもいい?』
「はい、大丈夫です」
恭也の格好は、守護騎士と戦ったときと同様のものだ。違う服も借りられたが、これには飛針や鋼糸を仕込んであるので、恭也としては戦うというのならこれでいきたい。
対するフェイトは黒のボディスーツに、スカートとマント――バリアジャケットと言うものらしい、彼女の魔導師としての戦闘服姿だ。
二人が立つのは、アースラ内の訓練室。魔導師能力計測などにも使われる部屋だ。天井の高さや部屋の大きさは、あのビルの一室と同程度。あの時となるべく条件を合わせている。
「模擬戦、ですか?」
「ええ、てっとり早いでしょう」
「だ、駄目、そんなの、 駄目です!」
しれっと言う恭也に、反対したのはなのはだ。
「お兄ちゃん怪我してるし疲れてるしさっきまで倒れてたのに!」
「魔法での治療とやらのおかげで、怪我も治ってるし、疲れもとれてる。問題はなかろう」
「で、でも! 駄目です!」
この後十五分ほどにわたる押し問答が展開され、結局"危なくなったら即中断"という条件をつけ、さらにその条件を何度も何度も確認してから、何とかなのはは承諾した。
恭也が良いというのであればリンディやクロノにとっては願ってもない話だったらしく、すぐに場所や機材の手配などは行われた。
そして、対戦相手は、
「あの、その模擬戦の相手、私にやらせてもらえませんか?」
フェイトが自ら手を挙げ、強く希望した。
「フェイトさんが? そうね……半端な人では意味がないし、やってもらえると言うのであれば……」
「こっちとしては助かる。できれば騎士達と同程度の実力者が望ましいから、フェイトなら条件に適ってるしな」
リンディとクロノはうなずく。
「恭也さん、私が相手でいいでしょうか?」
しっかり恭也を見据えて問うフェイト、
「ああ、構わない。よろしく頼む」
彼女に恭也はうなずきそう答え……。
そして今、二人は少し離れたところで向かい合う。
『それではこれより、模擬戦闘を開始したいと思います』
響いた声に、恭也は二振りの小太刀を、フェイトは黒い戦斧を構える。
『カウントいきます……5……4……3……』
恭也は静かにフェイトを見遣る。見た目がいかな少女とはいえ、その身に宿す戦闘力がそれ相当ではないことは百も承知。
よって油断や様子見など論外。恭也の意識は既に、完全に戦闘者として切り替わっている。
『2……1……』
恭也が魔導師と戦うのは、これで三度目。経験としては決して多いわけではないが、それでも、
(……ある程度のノウハウはできている)
『0!』
そして戦闘が開始された。
(近づかせちゃ駄目だ)
自分の得意は近距離戦。とはいえ、この人を相手にそれは得策ではない。
フェイトは開始前に言われたことを思い出す。
"遠慮や手加減はしないでくれ。勝利を目指す戦いを頼む、そうでないと意味がないだろうからな"
ほんの少し、相手の戦法が戦法なので、遠距離射撃は卑怯ではないかという考えがあったフェイトだが、それを見透かしたのか、恭也はそう言ってきた。
であれば、自分は勝つ戦いをしよう。それが礼儀だ。
『0!』
響いたカウントは開始の合図、
「フォトン……」
フェイトは手を振り上げ、雷槍を周囲に作り出し、近づく恭也に放とうとする、が、
(わかってたけど、速いっ!)
いざ目の前にすると想像を絶するとしか言えないようなスピードで突っ込んでくる恭也に、一瞬動きが止まりかける。
しかしすぐに我に返り、フェイトは大きくバックステップ、距離を稼ぐ。そして、
「ランサー!マルチショット!」
向かいくる黒衣に雷槍を射出。だが、
「くっ!」
(しまった!)
フェイトは即座に己のミスを悟った。
雷槍は恭也がいたあたりに集中し、床に着弾。閃光が一瞬辺りに広がる。
数発を同時発射させるマルチショット、それらの同時着弾により発生した光は一瞬恭也の姿を隠してしまった。
あの速度を持つ相手を見失うのはまずい。一、二発ずつ丁寧に撃っていくべきだった。
焦ってしまったか。足を止め、目を眇めつつ恭也の状態を確認せんとしながら、そう後悔するフェイトは、
「っ!」
さらなる己の失態に気づく。
一瞬とは言え、なぜその場に足を止めていてしまったのか。
(バインドじゃ、……ない! 物理的な糸!?)
右足に突如巻き付いたそれはフェイトの体を前方に勢いよく引いた。
「くうううっ! バルディッシュ!」
バルディッシュから光の刃を展開、サイズフォームとし、あわてて糸を断ち切る。
そして視線を前に戻すと、
「え……」
至近距離、黒衣の男がそこにいた。
一瞬だけでも糸に視線をそらせ、その間に接近する事が狙い……フェイトはそう悟る。
三度に渡る失態。そのツケはすぐにやってきた。
(ガード、間に合……)
目の前の恭也は手にした二振りの刀を十字に合わせ、振るう。
フェイトはそれをまともに食らった。響いた衝撃に体が吹き飛ばされるのがわかった。
「ううっ!!」
なんだ、これ。それがフェイトが抱いた感想だ。頭がちかちかする。体全体が痺れる。まるで雷撃にでも撃たれたかのようだった。
ガードが間に合わなかったとはいえ、自分はバリアジャケットを展開しているのに。
それなのに、このダメージ。
背中に硬い感触、一瞬息が詰まる。
壁か。どうやら自分は端まで飛ばされたようだ。
「くっ、うう……」
フェイトはすぐに足に力をいれ、なんとか倒れず、その場に立つ。
「っ! ……はあああっ!」
そしてサイズフォームに変形させた黒い戦斧を振るい、またしても素早く間を詰め目の前に迫っていた恭也に斬りかかる。
とにかく迎撃しなくては。
しかし攻撃は空を切る。恭也は屈んで避けると、反撃に抜刀術を放ってきた。
「っ!」
今度はバルディッシュでガードできた。しかし……。
(痺れる……)
腕にはやはり衝撃が通っていた。自分と同じくバリアジャケットを着ていたはずのシグナムを追い詰めたのは、これか。
フェイトは得心するも、
「くっ! はっ!」
打開策は浮かばない。
フェイトがいくら鎌を振り回しても、それは恭也の体を捉えることはなく、そして合間を縫うようにして恭也はフェイトに確実に刃を叩き込んできた。
近接戦の技術に差がありすぎる。前、横、そして上に逃げる暇は一切与えられない。その上後ろは壁だ。
まずい。このままでは。
それでもおそらくは、一撃まともに入れたら自分の勝ちだろう。
もちろん非殺傷設定にしてあるとは言え、サイズフォームの刃で切り裂けば、勝負は決まる。
わかっている、そんなことは。
だけど。
「……っ!」
恭也と目があった。瞬間、フェイトの背にぞくりと嫌な感覚が駆け巡る。
一撃、ただ一撃とは言え。
この人に、入るのだろうか。
そんな弱気な思考が戦闘においてはいかに致命的かくらい、フェイトにもわかっている。だが、それでも。
(怖い……!)
どうしても、その考えが振り払えない。
それくらい、目の前の黒衣の男性から発される気迫は、鋭く冷たく、貫くようだった。
きっと最初のフォトンランサーを同時発射してしまったミスは、これのせいだとフェイトは今にして悟る。この、とてつもない、殺気。きっと自分は最初からこれに『当てられて』いたんだろう。
冷静な思考、正確な挙動。それを阻害するほどの、気という武器。それを操る相手に対し、自分はまるで丸腰だ。
近接戦の技術の差と相まって、バリアジャケットという有利がいかに霞むか。
フェイトは歯噛みする。このままではどうやっても勝てない。届かない。
「くうううっ!」
思考の間にも打ち合いは続いており、自分の刃はただ避けられ、相手の刃によるダメージはどんどん蓄積していく。
バインドや補助魔法で形勢を変えようにも、こんな半密着状態では発動を許してもらえそうにない。
……いや、そもそも、恭也の刃から意識を少しでもそらせば、即座に刈られる、そんなイメージがぬぐえず、結局多少のチャンスがあったとしても、補助魔法の発動は出来そうにない。
どうする。
このままでは、きっともうすぐ、勝負はついてしまう。
嫌だ。フェイトは思う。
願う。
(もっと、もうちょっと……)
この人と、こうしていたい。
身を削るような気に当てられながらも、体を揺らすような衝撃を受けながらも、それでもフェイトは今この時を、もっと続けたかった。
一合が過ぎるたびに、自分の体に今まで纏わりついていた無駄な挙動が、ほんの少しずつとは言え、削れていく。
微々たる違いとはいえ、フェイトは確かに、それがわかった。目の前の強者が、自分を引っ張り上げてくれているのがわかった。
「はああああああっ!」
フェイトは吠え、渾身で相棒たるバルディッシュを振るい続ける。
「あああああっ!」
元々、模擬戦の相手として手を挙げたのは、ある種の期待によるものだった。
自分は強さを欲していて。もっともっと、強くなりたくて。そして、そのための何かを、目の前のこの人は持っているような気がしたのだ。
自分を魅了した剣舞、あそこにフェイトは眩い可能性を感じた。
この人と戦えば、なにかわかるかも、掴めるかもしれない。そう思い、気がつけばフェイトは手を挙げていた。
そしてその選択が間違いでなかったことを、フェイトはすでに確信している。
きっと自惚れじゃない、今このとき、ほんの少しとは言え自分はたしかに手を掛けているはずだ。今までとは違う強さの領域へ。
だから。
だから、もっともうちょっと。
今このときを、今しばらくは。
(続けたい!)
「バルディッシュ!!」
『yes,sir!』
フェイトは、バルディッシュへ魔力を一気に注ぎ込むと、形成する刃を巨大化する。できる限り大きく、大きく。
「っ!」
恭也が息を飲む声が聞こえた。少々驚いたような顔をしている。しかし、そこで動きが止まる彼ではなかった。
フェイトはバルディッシュをそのまま振り回さんとするが、
「くっ!……うぅ」
恭也はそうはさせないとばかりに、できた隙に容赦なく斬撃を浴びせてきた。フェイトの口から苦悶の声が漏れる。
足がふらつく、倒れそうになる。
が、フェイトは耐えた。
「ああああああああああああああっ!」
そして雄叫び一閃、バルディッシュを振るった。光刃による軌跡が大きく描かれる。まさに必殺の一撃。
しかし。
(やっぱり、か……)
恭也には、あっさりと躱された。
彼はバルディッシュが振るわれる寸前、大きくバックステップを踏み、距離をとっていた。完全に読み切られている。
荒い息を吐きつつ、フェイトはバルディッシュを握る手に力を入れる。
(これでいい、狙い通りだ)
こんな攻撃が通じる相手ではないことは百も承知。
フェイトの狙いは、こうして距離をとらせることあった。
「フォトン……」
近接距離では刃が立たない。だから、当初の考え通り、ミドルレンジ戦に切り替える。距離を保ち続け、フォトンランサーで仕留める。隙を見せず、あの糸には注意だ。
そこまで考えながら、フォトンランサーの射出用意をしつつ、横へ大きく飛ぶため足に力をこめた、次の瞬間。
「……え?」
フェイトの視界は急激に闇に染まっていく。体から力が抜けていく。
気絶する寸前だとわかった。
突然身を襲った衝撃が、その原因だと言うことも。
なぜ。
意識を手放す寸前、視界に集中すれば、そこには、目の前には。
離れた位置にいたはずの恭也が、いた。
(瞬間、移動……?)
その言葉にたどりつき、そしてフェイトは倒れ伏した。
戦いの様子をモニターしていたアースラ管制室は、異様なほどに静まりかえっている。
やがて、恭也が気絶したフェイトを抱きかかえ、訓練室から出て行く様子が映し出された後、しばらくして、リンディが声を発する。
「……エイミィさん、医務室の手配はできてるわね?」
「あ、はい……。……あ、連絡来ました、フェイトちゃんを預かったとのことです。気絶しているだけのようなので特に問題はなさそうだと」
「そう、よかったわ。……今の映像、記録はできてる?」
「はい、それはバッチリですけど……」
エイミィはそこから言葉を濁す。リンディはため息、クロノに至っては、
「……」
硬直している。
「リンディ提督、この映像、本当に本局に回すんですか?」
「まあ、そうなるわね。そのためにやったんだし」
「……衝撃映像ですよ、これ。管理局の近接戦闘型の魔導師が観たら卒倒ものですよ。オールレンジタイプのクロノ君ですらこの様子なのに」
「それはそうなんだけど、紛れもなく現実なんだから受け入れるしかないわ」
魔導師は一般人に対し、絶対的に強者である。
この意識は基本的に魔導師全員が持つ者であり、誇りにして自負、責任であった。
(もしかして、ちょっとその常識は塗り変わっちゃったのかもしれないわね……)
リンディは、奇しくもその瞬間に立ち会ってしまったことに対し、非常に複雑な心境を抱く。
彼女も魔導師の一人として、己の常識が眼前で破壊された直後なのだ。ショックがないかと言えば嘘になる。
しかし。
それでも彼女はアースラ艦長にして、時空管理局提督だった。
「クロノ、恭也さんの魔力適正解析結果の詳細、そろそろ出る頃よね?」
「……」
「クロノー、クロノ執務官」
「……え、あ、は、はい! まりょくてきせいかいせきけっか……。あ、はい、魔力適正解析結果ですね、もう出ている頃かと。…………艦長、まさか」
常時人手不足、有能な者は喉から手が出るほど欲しい。
「そう、そのまさか。ふふ、逆転の発想よ。考えてもごらんなさい。魔法なしでここまで強いのよ?」
そこから先の言葉は、言われずともその場にいる誰もが察した。
魔法なしでここまで強ければ。
魔法を使えるようになったら、一体どれほどのものになるのか。
「……あ、ん……。…………ここ……?」
フェイトが目を開けると、そこには白い天井があった。次に、自分の体が柔らかい物の上に横たわっていることに気がつく。
「起きたか」
「フェイトちゃん、大丈夫?」
「恭也さん……、なのは……」
自分が眠るベッドの右脇にはなのは、その隣には恭也が座っていた。数瞬間を置いて、
「……あ、そっか」
フェイトは思い出した。自分が恭也と模擬戦を行ったことと、その内容を。
そして、
「私……負けちゃったんですね……」
結果を現状から悟る。
「……勝ち負けで言えば、一応は俺の勝ちにはなるんだろうがな。吐き気はないか? 目の焦点は合うか?」
そう言って恭也は椅子から腰を上げると、フェイトの顔を覗き込んできた。
「え、は、はい! だ、大丈夫です!」
はっとするほどに端正な顔がいきなり目の前にきたので、思わず言葉を噛みつつ、フェイトはそう答えた。
その様子に、恭也は息をつき、優しく微笑んだ。
「たいした物だ。こちらは大人げなく奥義を連発した上にさらに奥の手まで使ったんだがな。それでも意識を落とすのでやっとだった」
「いえ、そんな!」
恭也の言葉にフェイトは身を起こし、勢いよく反発する。
「フェ、フェイトちゃん、駄目だよ」
「そんなに急に起き上がるな、今の今まで気を失っていたんだからな」
「あ、すいません……」
優しく労るように掛けられた言葉に思わず気勢をそがれるも、しかしフェイトは続ける。
「……私、魔法を使って戦ったのに、全力を出したのに、全然刃が立ちませんでした。……戦ってて、少しも勝てる気がしませんでした」
「そんなことはない、俺は綱渡りの心境だったぞ。一瞬だって気を抜けなかった、いつ君が勝ってもおかしくない勝負だった。君は強い」
「……いえ。恭也さんは、恭也さんは……なんて言うか、強さの質が……私なんかとは全然違ったような気がします」
「……買いかぶりすぎだと思うがな」
恭也は苦笑しつつそう言うが、フェイトにとって、それは確信に近い思いだ。
恭也は明らかにフェイトがこれまで出会った誰よりも、ステージの違う強さを持っている。
だから、フェイトは、言う。拳を握りしめつつ、真剣な声音で言った。
「あの、恭也さん……! 私に、戦い方を教えてくれませんか……!」
それは、模擬戦を行う前から考えていた事で、そして行った後、今では切望にも近い思いだ。
この人に、教わりたい。あの短い試合の中でも自分を引っ張り上げてくれたこの人に、強くなる方法を、教えてほしい。
そうしたら、もしかしたら、自分も。
この人みたいに、強くなれるかもしれない。
浅い考えかもしれない。でも、フェイトにはこの思いを抑えることができそうになかった。
「いきなり変な事を、厚かましい事を言ってるってことはわかってます。でも、私……どうしても、強くなりたいんです!」
「……ふむ」
恭也は口に手を当て、うなった後、
「さすがは親友同士、と言ったところか」
そう言った。
どういう意味か考えて、フェイトはすぐに思い至り、
「フェイトちゃんも、やっぱりそのつもりだったんだね」
そう言って自分に微笑みを向けるなのはに視線を向けた。なのはは続ける。
「私もついさっき、同じこと頼んでたの。私は遠距離タイプだけど、でもきっとお兄ちゃんから教えてもらえることってたくさんあると思う。私もフェイトちゃんと同じように、お兄ちゃんは私たちとは違う強さを持ってると思うから」
「なのは……」
「うん」
二人は目を合わせ、うなずき合った。これは、あの時の誓いを果たすための、第一歩だ。強くなる、その誓いのための。
「お兄ちゃん、駄目かな……?」
「恭也さん、お願いします!」
「そうだな……」
恭也は二人の少女の言葉に、目を閉じ数秒黙った後、
「聞こう。二人とも、なぜ力を欲する?」
嘘やごまかしを許さない声で、そう問いを放った。
二人は答える。
「大切なものを、守るために」
「守りたいものを、守れるようになりたいんです」
「……そうか」
恭也は、深く息を吐いた。その胸中はフェイトには推し量れない、ただ想いが通じることを願うばかりだ。
体感的には非常に長く感じられた時間の後、
「なのはについては、十年ほど兄妹をやっているからな、どんな奴かくらいわかっているつもりだ。だが、フェイト、君について俺はほとんど何も知らない」
恭也はフェイトを見つめて言った。
「フェイト、俺に君のことを教えてくれ」
「私のこと、ですか? それは……」
「PT事件のあらましは聞いたし、なのはから人となりも聞いているが、そう言う事ではない。君の口から、君の言葉で、君の事を聞きたい。君がどうやって生きてきて、君がどんな考えを持っているのか、それを聞きたい。その上で、君に指南するかどうかを決めたい」
恭也の視線はまっすぐにフェイトの瞳を貫いている。
決して目は逸らせなかったし、逸らしたくもなかった。
「……はい、わかりました」
きちんと、向き合い、話したかった。まだ出会って間もないが、この人になら聞いて欲しい、なぜだかそう思った。
「私の今までを、今を、すべてお話します」
そう言って、フェイトは始めた。
自身の生まれ。
母の事。
アリシアの事。
リニスの事。
育った環境。
やってきた事。
なのはとの出会い。
母の終焉。
そして、管理局嘱託となった今。
どちらかと言えばフェイトは、喋るのが得意な方ではない。
それでも、ところどころつっかえながらも、
「これで……全部、です」
包み隠さず、すべてを話した。
「……そうか」
唐突に、頭に感触。硬いけど、とても優しい感触。
「ありがとう、よく話してくれたな」
撫でられているとわかって、フェイトはやはり気恥ずかしくなったが、それでもなぜか安心感を覚える自分がいることにも気づく。
しばらくそのまま時が流れ、やがて恭也はフェイトの頭から手を離した。
フェイトは名残惜しさを感じたが、さすがに声には出せなかった。
「君が話してくれたのに、俺がそうしないのはフェアじゃないな」
そんなフェイトを見ながら、唐突にそう言う恭也。
「フェイト、……そして、なのは」
「は、はい」
「え、う、うん」
「フェイトがそうしてくれたように、俺も今から話す。……なのはにも、きちんと話すのはこれが初めてだな。きっと、いい機会なんだろう」
ギィ、と椅子が音を立てた。そこに座る、声のトーンを落とした恭也の顔からはどんな感情も読み取れない。
「俺の過去、と、今について。二人が俺から学ぼうとしている、俺の持つ力について。……二人とも、聞いてくれ」
フェイトは一瞬だけなのはと目を合わせ、
「はい」
「はい」
そして二人そろって答え、恭也へうなずいた。
そして語られた話は。
「……こんなところだな」
自身決して平坦な道を歩んできたわけではないとの自負はあるフェイトをして、壮絶と言わしめるものだった。
暗殺を生業とする家に生まれ。
生みの母には捨てられ。
父と放浪して育ち。
親類はそのほとんどがテロ組織に殺され。
父の結婚で新しい家族を得るも、その父も失い。
残された家族を守るため、力を得るための過剰な鍛錬で自分を壊し。
そして、義妹と共に、理解し合うため叔母と戦った。
「母に捨てられ、家はなくなり、父を失い、自分を壊し、叔母と戦い、今の俺がある。そんな風にして俺は生きてきたし、今こうしている」
恭也が淡々と語ったのは、そんな話だった。
「……おにい、ちゃん」
見れば、なのはは蒼白な顔をして、兄を見つめている。
「なのは、すまない、嫌な話だろう。だが真実だ。俺は自分の身に起きたことについてすべて納得してはいるが、それでもお前の兄は、綺麗に生まれたわけではない。そして、何より決して綺麗に生きてきたわけでも」
「そんなことないよっ!」
なのはは、恭也の言葉を遮って叫ぶように言葉を放ち、恭也の体にしがみついた。
「そんなことない! お兄ちゃんがどれだけ優しい人か、そんなのは私が一番よく知ってます! お兄ちゃんが綺麗じゃないなら、私は綺麗さなんていらない! お兄ちゃんは、お兄ちゃんは……っ」
「なのは……」
そんななのはを、慈しむように、恭也は見つめる。
「……なのはは俺を、まだ兄と呼んでくれるんだな」
「当たり前だよっ! 怒るよお兄ちゃん!」
にらむなのはに、恭也は苦笑し、
「すまない。ありがとう、なのは」
頭を抱くように、撫でた。それは、宝物を扱うような手つきで、どこか、切ない仕草だった。
「話が、逸れたな」
しばらくして、なのはを離し、恭也は言葉を紡ぐ。
「俺の力は、さっき話したような形で手に入れたものだ。彷徨いながら失いながら、自分の体を壊しながら得たものだ。だから俺に学んだからと言って二人が同じような強さを得られるとは言えないし、俺はそうなってほしくもない」
その声音は平坦で、しかし強い意志が籠められている気がした。
だからフェイトは、なのはと共に静かに耳を傾ける。
「だが、守るため、そのために強くなりたいと二人が言うのなら……いいだろう。二人に指南する、というのは構わない。なのはにもフェイトにも、二人の体を壊さないような、俺と同じ過ちを繰り返させないような形で、出来る限り強くなる方法を伝えよう」
「……お兄ちゃん」
「……恭也さん」
「ただ、勘違いはするな、これは甘い鍛錬をするという意味じゃない。限界はきちんと見極めるというだけだ。鍛錬自体は、厳しいものになる。それに俺の鍛錬が魔導師としての強さに繋がるかどうかも保証できん。それでもいいか?」
その言葉に、フェイトは迷いなくうなずく。視界の中、なのはも同じ仕草をしていた。
「ありがとうお兄ちゃん!」
「ありがとうございます、恭也さん!」
「……いいさ。それじゃあ……、お二人とも、話は終わったので入ってきてもらって構いませんよ」
微笑んだ恭也が唐突にそう言うと、病室のドアの外から幽かな物音と驚いたような声が聞こえてきた。
「……いいさ。それじゃあ……、お二人とも、話は終わったので入ってきてもらって構いませんよ」
そんな風に恭也は、ドアの外でこちらの話を聞いているであろう二人へ声をかけた。
「え? 二人って……」
「だ、誰かいるの?」
フェイトがそう声をあげ、なのはがドアに向かい問いかける。すると、
「ご、ごめんなさいね……立ち聞きするつもりじゃなかったんだけど……」
「すみません……入れる雰囲気でなかったもので、そのままつい……」
謝りつつ、リンディとクロノが部屋に入ってきた。
「リンディさん、クロノ君! い、いつから聞いてたの?」
「俺が、俺の話をするあたりからだな」
御神流の技術の一つ、気配を探る『心』を使える恭也にはすぐにわかったことだ、なのはの質問には恭也が答えた。
恭也としては責めるような声音にしないよう注意したつもりだが、さすがにバツが悪そうに二人は頭を下げる。
「ごめんなさい……、恭也さん……」
「すみません……」
「いえ、構いませんよ。ただ……さっきの話は、他言無用でお願いします」
恭也は二人にそう念を押す。この二人がまさか喧伝して回るとは思わないが、一応だ。
恭也の言葉に、二人は神妙な顔でうなずいた。それを確認してから、
「お二人は、フェイトの様子を?」
そう声をかけ、恭也は話を変えた。
「ええ。フェイトさん、大丈夫?」
「は、はい。私はもう特に、この通り」
リンディの言葉に、そう言ってフェイトはベッドから下り、床に立つ事で答えを示した。
恭也から見ても特に怪しい挙動はない、本当に回復していると見ていいだろう。
「そう、よかったわ……ありがとうね、フェイトさん」
「いえ……そんな。私が、恭也さんと戦わせてもらいたかっただけですから」
「それでも礼は言わせてくれ、フェイト。おかげで、報告に付け加えられる映像がきちんと撮れた。助かったよ」
フェイトにそう言うと、二人はそのまま、恭也にも礼と労いの言葉をかけてきた。
「恭也さんも、ありがとうございました」
「お怪我はありませんでしたか?」
「いえ、特には。問題ありませんよ」
「そ、そうですか」
普通に返したつもりだが、クロノは若干引きつった顔をした。怪訝に思っていると、
「あ、すいません。もちろん、お怪我がないのはいいことなんですが……、フェイトほどの魔導師相手に無傷か、と思うと……やはり……」
恭也の様子からそれを悟ったのだろう、クロノはそう釈明をしてきた。そしてさらに続け、恭也に問いを放つ。
「あの、質問なんですが、最後の瞬間移動は……一体どうやって?」
「あ、私も……それ、気になっていたんですけど……テレポート、ですか……?」
フェイトもおずおずといった様子で、クロノと同じく尋ねてきた。
「いや、テレポートというような超能力じみた物ではないさ。あれは純粋な体術の一つだ」
恭也はそうフェイトに向かって答えてから、クロノに向き直り説明する。
「御神流の奥義の一つで神速というものです。……簡単に言えば、自分の知覚速度を意図的に無理矢理引き上げ、その中で動くことであたかも一瞬で移動しているかのように見せる技、ですね。ただ……」
「あ、あの……」
「なんでしょう?」
「僕に敬語を使うことはありませんよ……? 僕はたしかに管理局ではある程度の立場ではありますが、恭也さんは外部の人ですからそんなのは関係ありませんし、どうも……恭也さんに敬語を使われるのは、少し……」
「そうですか……わかった。じゃあ普通に話そう、いいか?」
「ええ、すいません、割り込んでしまって。続けてください」
「ああ……ただ、神速はさすがに体にかなりの負担がかかるから、日にそう何度も使えるわけではないという欠点がある。特に俺は膝に爆弾を抱えているから……そうだな、一日三回程度が限界と言ったところか。だから万能便利な技じゃない、奥の手だな」
「え、だ、大丈夫なのお兄ちゃん?」
恭也がそこまで説明すると、黙って聞いていたなのはが唐突に声をあげる。
「お兄ちゃん、あの守護騎士さんと戦ったときも、たしか二回……。一日三回が限度の技を三回……お膝、痛いんじゃ」
「恭也さん……ご無理をさせてしまったんじゃ……」
なのはに続けて、フェイトにも少し泣きそうな声でそう言われ、少し慌てて恭也は付け加える。
「いや、別に心配はないさ。本当に感心するが、魔法の治療のおかげで一回目の神速を使った疲労はほぼとれていたからな。無理はしていない、大丈夫だ」
安心するように息をつくなのはとフェイト。すると今度はリンディが恭也に声をかけた。
「恭也さん、私からも質問いいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
(講義のようになってきたな……)
思いつつも、リンディの言葉に耳を傾ける。
「恭也さんは模擬戦の前、守護騎士に、魔導師にご自身が勝てたのは理由があるとおっしゃっていましたが……それが具体的にはなんなのかよろしければお聞きしても? 本局への報告は先の試合映像があれば十分なのですが、個人的興味として是非それもご教授頂ければ、と思いまして」
「あ、私も聞きたいです、是非!」
「私も!お兄ちゃん、教えて!」
「……僕も、魔導師の一人として、かなりそれには興味があります。お願いできますか?」
「……そんな大層なものじゃないんだが」
そこまで興味を持たれてもな。恭也は思いながらも、そう前置きして、
「俺が魔導師に勝てた理由は、主に三つあります」
結局は続けた。
「まず一つは……言葉を選ばずに言えば、魔導師の戦いにおけるある種の歪さ、魔導師の戦闘者としての歪みを突いたに他なりません」
歪み。それは、あの赤い少女の初撃からして感じたものだ。
「といいますと?」
「本当に失礼な言い方になってしまいますが……」
「かまいませんわ。お願いします」
答えるリンディの傍ら、クロノもうなずいている。なのはもフェイトも同じだ。
意を決して、恭也は言う。
「……魔導師はどうも、その身が出せる力に対し、それを戦いの武器として活用する技術が少々低いように見えるんです。行使できる力はたしかに強大なんでしょう。ですが、それをどうにも武器として効率的にうまく使い切っていないように思える。アンバランスなんです」
やはり嫌みのような言い方になってしまうな、恭也は内心冷や汗をかく。
恭也としてはもちろん、魔導師を侮辱するつもりはない。
実際、守護騎士の二人も、そしてフェイトも、間違いなく賛辞を送るべき強者だった。
あくまで彼らが強い存在であるという前提の上であえて弱点を言うのであれば、とこんなことを言っているのだ。
「俺は、御神の剣士は、もちろん鍛えてはいますが、それでも体は普通の人体で、出せる力は普通の人間の枠を超えません。御神流は、その普通の人体で戦闘者としていかに効率よく動くかという技術を死にものぐるいで、文字通り命をかけて研鑽することで強さを得ていきました。限られた力を髄の髄まで使いこなす術を磨いてきたんです。その観点から見れば、魔導師はそう言った意味、戦闘における力の運用において少し無駄があり、そしてそこを俺は突き、勝ちにいったということです」
「……すごい説得力ですわ」
リンディが息を吐きながら言う。
「あなたの戦い方を実際に見たあとだと、さすがに反論ができません。あなたを一般人だなんて呼んでいたのがどれほど間違っていたか今ならわかります。むしろ……恭也さんからすれば、魔導師は魔法と言う武器を持っているだけの一般人……、なのかもしれませんね」
「いえ、そんなことは! 本来的には俺なんかよりも魔導師の方が強い存在ですよ。力の効率運用について多少その……無頓着であるというのは、それだけ引き出せる力自体が強大であるからでしょうし。あくまでも、俺は"戦えば勝つ"御神流として、勝ちを拾っただけです」
フォローはできただろうか。
家族や翠屋の店員仲間から、曰く『お客さんを気持ちよくさせるような話術』というものをたびたび強制的に学ばされてはいるものの、恭也は基本的に口が上手いほうではない。
自分の意がうまく伝わったかどうか、少し自信がなかった。
そんな恭也に、フェイトがぽつりと言った。
「……私、恭也さんと戦っている間、恥ずかしかったんです」
「……なぜだ?」
突然の言葉に、意図がつかめない恭也は聞き返す。フェイトは少し俯いたまま続けた。
「恭也さんの動きを見れば見るほど、どれだけ自分が無駄だらけかわかったから……。魔力に、魔法に頼って戦っているかって思い知らされましたから。だから、恥ずかしかったんです。魔法がなくたってあんなに強い恭也さんと、魔法に頼り切って戦うのが、恥ずかしかったんです」
その意見は、やはり恭也が先ほどうまくフォローしきれていなかったが故に出てきたように思えた。
が、しかし。
それとは別に、恭也はその言葉に少なからず衝撃を覚えた。
「フェイト……」
この少女が、あの短い戦いの中でそこまで感じていたとは思っていなかった。
刃を交える中で、フェイトの動きに光る物を感じてはいたが、しかしこれは。
(磨けば、かなりの物になるかもしれない……)
師範代として長く、才ある義妹を鍛えていた恭也の勘は、自らにそう告げている。
もちろん彼女、フェイトを本格的に御神流の弟子として取るわけではないが、教える対象がそんな少女であることは、喜ばしいことである。
恭也は思わず、フェイトを撫でた。フェイトはそれに少し驚いた仕草をみせたが、頬を染め、はにかんだ。
そんな二人の様子を見て、
「う、うう……魔法に頼り切り……私には少し耳が痛いです……」
なのはは寂しそうに声をあげる。
「なのはは、基本的に遠距離で戦うというのだから、それは仕方ない部分ではあるだろう。遠距離でも魔法に頼らない攻撃方法はあるが、得意な魔法という武器があるのならそれを使うべきだ。……その中で、改善できる点や向上させるべき点を見つけたらいいさ」
「そ、そうかな……ほんと? お兄ちゃん……」
「ああ、だからそんな情けない声を出すな」
そう言って同じように頭を撫でてやればなのははすぐに笑顔になり、兄としてそれは嬉しくも微笑ましくも感じる。
「それで、お兄ちゃん、あとの二つは?」
「ああ。二つ目はな」
問いかけるなのはに恭也は答える。
「戦った場所が御神流の得意なフィールドである室内であったことだ。さすがに外で空飛ぶ相手とは戦えん。だが、室内であれば床・壁・天井すべてが足場だ。あのビルの一室やさっきの訓練室程度の大きさの部屋ならば、相手に飛ばれようがなにしようが渡り合うことができる」
さらに加えて言えば、守護騎士と戦った際は部屋が暗闇の中だったこともあげられる。
暗い室内は、御神……その中で恭也の学んだ不破流にとって本領の場所だ。
「なるほど。……生身で床・壁・天井すべてが足場と言うのもすさまじい話ですが」
「御神流にとって身の速さは重要だからな、足は特に鍛えてあるんだ。脆い床なら本気で踏めばそれだけで割れる程度にはなる」
恭也のその言葉にクロノは、訓練室の床が頑丈でよかったですと言い、苦笑する。
「聞けば聞くほど常識が崩れていきますわ……。恭也さん、それじゃあ三つ目は?」
「三つ目……、これは守護騎士と戦ったとき限定のことではあるんですが、簡単な話です」
リンディの質問に、すこしだけ微笑んで恭也は、
「後ろに、負けられない理由がいたもので」
そう言ってなのはの頭を数回、優しく柔らかく叩いた。
ほんの一瞬きょとんとした表情で固まったものの、すぐに言葉と仕草の意味を理解したのか、なのはは少し俯き、顔を真っ赤に染める。
守るべき者を守る時、御神流は決して負けない。それを恭也は実践しただけだ。
「……感服します、本当に」
そんな兄妹の様子に、リンディはまぶしいものを見たかのように、ほんの少し、目を細めた。
「素敵なお兄さんね、なのはさん」
「……はいっ! お兄ちゃんは、世界一ですから!」
そう言って、俯いた顔を上げ、なのはは恭也の腰に抱きついてきた。
聞けば類い希な才を持った、若干九才にしてエース級の魔導師……とは言え、やはり恭也にとっては、なのはは可愛い妹だった。
頼られれば応えるし、飛びつかれれば抱き留めよう。
恭也にとって、なのははどうしたってそういう存在だ。
そんなことを思いながら、恭也は和やかとすら言える気分になっていたのだが、
「そういえば、なのはさん、フェイトさんも、恭也さんから戦いのご指導をして頂くんですってね」
「あ、はい」
「そうなんです」
「そう、そうですか」
突然、
「……ね、恭也さん」
「は、はい、なんでしょう」
ぞくっと、背中に嫌な感覚が走るのを感じた。
(やはり、似ている……)
戦慄とともに、思う。
こちらに笑顔を向けてきた、リンディ・ハラオウン。
彼女はやはり……恭也の義母、桃子に似ていた。
顔立ちが、ではない。その、雰囲気が。おっとりとしながらも、
「それなら……恭也さんも一つ、手遊びに、ではありませんが、せっかくですし習ってみません?」
いざと言う時には、自分の意見を通しきる、その有無を言わさぬ強さが。
「な、なにをでしょう……?」
問う恭也に、リンディはにっこりと、まるで一児の母とは思えぬほど若々しく、いっそ可憐に微笑んで、言った。
「ま、ほ、う、です。恭也さん、魔導師になってみませんか?」
「シャマル……、主は?」
「さっき、やっと眠ってくれたわ。……さすがに腕のこと誤魔化すの、大変だった」
「だろうな……。大丈夫なのか?」
「うん、落としたお皿で切っただけって事で通したから」
静かにドアを開け、部屋に入ってきたシャマルのそんな返答に、シグナムは少し眉をひそめ、言う。
「それのこともそうだが、お前の腕自体は大丈夫かと聞いているんだ」
「……うん、やられてすぐに回復魔法をかけられたのが大きいかな。さすがに早期完治とはいかないけど、じきに治るわ。後遺症も残らないだろうし」
「……そうか」
主――八神はやてが眠りについた、夜の八神家。そのリビングにシグナムの息を吐く音が響いた。
ソファーに腰をかけるシグナムの足下、動物形態で座り込んだザフィーラが言う。
「シグナム、お前の傷はどうなのだ?」
「……そこまで深手は負っていないからな。あちこち痛みはするが、大したものじゃない」
答えるシグナムの言葉に嘘はない。傷自体は大きくなかった。
「問題は、どちらかと言えば疲労だな」
シグナムは軽く目を閉じ、検査するように自らの体の状態を確認。
(鈍く、かつ重い疲れだ)
そしてそう結論を出し、その原因となった相手を思う。
「……あいつの相手をするのは、本当に神経を使った。動きは冗談のように速いし、妙な技も使ってくる。その上、気迫はこちらの精神を削ぐかのような鋭さだ」
あれほどの強者との戦いに、剣士として喜びを感じなかったと言えば嘘にはなる。だが、果たさねばならない使命がある身としては、
「正直、もうやり合いたくはないな」
そう思わざるを得ない。
「お前にそうまで言わしめるとは、相当の腕だな」
「ああ」
「……ねえ、その人、ほんとうに魔導師じゃなかったの? だって……」
シグナムの隣に移動し、しかし座らず立ち続けながら、シャマルはいまだに信じられないのか、そんな声をあげる。
「言いたいことはわかるが、真実だ。奴はその身一つと二振りの刀、それだけで戦っていた。私の見る限りだが魔法もなければデバイスもなかったさ」
「そんな……」
「俺は戦っていないから何とも言えんが、我らの将はこういう事で虚言を吐くような者ではないだろう、シャマル」
絶句するシャマルにザフィーラがそう言う。
「それはわかってる、わかってるけど……、でも……。じゃあ一体その……タカマチキョウヤって人は何者なの?」
「……あいつは、化け物だよ。化け物、ぜってーそうだ」
シャマルへ今度、そう声をかけてきたのは、
「ヴィータ……、起きてきたか」
シグナムの視線の先、先ほどのシャマルと同じく静かにドアを開け現れた、今の今まで眠っていたはずのヴィータだった。
「ヴィータちゃん、体はどう、大丈夫?」
「一応動ける、シャマルが治療かけてくれたんだろ? さんきゅーな」
「ううん……、でも、まだ辛そうね」
その言葉通り、ヴィータは少しふらつきながら、シグナムの隣へ崩れるように腰掛けた。
「……あいつは化け物なんだよ」
そしてヴィータは、重い声で再度そう言った。
「なんかの冗談だ、あんなの。実在するわきゃねーはずの存在だよ、あれ。少なくとも人じゃねー」
「……その気持ちもわかるがな」
シグナムにも、ヴィータの言葉には少なからず頷きたい気持ちはあった。
自分たちの常識からすれば、あれはあり得ない存在なのだ。
騎士に生身で挑み、渡り合い、凌駕する一般人など。
「だが、奴は実際にいるし、信じられんが人間なんだろう。当初標的にしていた少女の、身内、だったか」
「兄だっつってたよ。管理局のことも魔導師のこともしらねーみてーだった」
「なにかの拍子で結界内に入りこんだとしても、妹のために奴としては正体不明であるだろう我らに単身挑むとは、敵ながらあっぱれではあるが」
「こっちからしたらたまったもんじゃねー」
「……だな」
イレギュラーもいいところだ。
シグナム達守護騎士としては、魔力蒐集による闇の書の完成、そのためにあの少女の持つ強大な魔力は是非とも欲しいところだったのだが、おかげで結局は奪えなかった。
「あれからどうなったんだ?」
「ああ……」
その問いに、シグナムはヴィータへ、その後の状況をすべて説明した。
ヴィータは苦虫を噛みつぶしたという表現がぴったりの顔で言う。
「シグナムまでやられそうになった上……シャマルの腕は串刺しかよ……。無事なのはザフィーラだけか……」
その言葉に、シグナムはため息を吐き、シャマルは苦い顔で右腕をさすった。
「リンカーコア喰われてる最中にいったいどうしたらそんな事ができんだよ……。どんな精神してんだあいつ……。やっぱ人間じゃねー」
「おかげで、彼からはその魔力の半分くらいしか集められなかったわ」
あんな形で魔力蒐集を中断させられるなど、シグナム達の記憶にはないことだ。
つくづく恐ろしい、シグナムは胸中でつぶやく。
「……しかし、それでもかなりの量が集まったというのは一応幸いと言っていいだろうな」
そして取りなすようにそう言った。
「そうなのか?」
問うヴィータにシャマルが頷いて答える。
「うん、そうなの。結構ね」
「そりゃ良かった……」
今回のことは完全に失敗だと思っていたらしいヴィータはそう明るい声をあげ、喜びそうになったが、
「……けどよ」
途中で何かに気づいたのか、そう言って表情を固くした。
「ああ、わかってる」
それが何か、検討のついたシグナムもやはり表情を引き締める。
「魔法なしであれだけ強いにも関わらず、保持する魔力は膨大だ。……もし奴が魔法を身につけたら」
「……考えたくねーな」
あの戦闘の中、どうやら管理局とおぼしき者達も乱入してきた。そして標的の少女は、その管理局の者達と協力関係にあるようだった。
という事は今頃、少女の兄だというあの男も管理局側についているかもしれない。
そしてそうなれば、自分たちとしては非常によくない状況になる。
自分たちの行為は、管理局に目をつけられている。となれば、最悪の場合、管理局の下『魔法を身につけたあの男』を相手にする状況が生まれかねない。
「少なくとも、あの少女をまた狙うのであれば、奴を相手にすることを前提にしなければならないだろうな」
「……あの白い奴の魔力はほしい。あれがありゃ20ページは埋まる」
親指を噛みつつ、そうつぶやくヴィータに、ザフィーラが言う。
「だが、管理局に拿捕される事だけは避けねばならん」
「……わかってるよ」
「シグナム……どうする?」
シャマルがそうシグナムに問いかけた。ヴィータもザフィーラも伺うようにシグナムを見つめている。
「……当面はどのみち、我らの状態も万全ではない。管理局も警備警戒を強化しているだろうしな」
「他の標的を狙いに行くってことかよ」
うなずき、シグナムは補足する。
「管理局に補足されにくい、なるべく遠い世界へな」
「そんな事やっている間にあいつが本格的に魔法身につけちまったらどうすんだよ」
「わかっている」
魔法が、少なくとも自分たちと戦闘できるくらいの魔法技術が一朝一夕で身につくものとは思えないが、あの男に関しては話は別だ。
なにせ、単純にバリアジャケットを着られるだけでもかなり厄介になる。
そして時間をかければ時間をかけるほど、その度合いは高まっていくだろう。
「主の様子を見つつ、闇の書の完成を今より急がねばならなくなったなら、またあの少女を狙うことも考えねばならん。その時は、確実にあの男と戦うことになるだろう。もし奴が魔法を身につけていたならば…………四人掛かりだ」
「……卑怯とか、言ってられねーな」
「もとより我らの行為は褒められたものではないのだ、今更だろう。……標的の少女をバインドで固め、それが破られる前に四人掛かりで可及的速やかに奴を排除する」
戦いに喜びを、強さに誇りを感じるシグナムにとっては、歯がゆい選択ではある。
正直に言えば、一人の騎士としては、魔法を身につけたあの男と一対一で戦ってみたいという気持ちはあるのだ。
だが、そうも言っていられない。
主、はやての身のためには、そんな思いはささいなものだ。
「わかった」
「わかったわ」
「了解した」
シグナムの言葉に、残る三人は頷いた。守護騎士四人、想いは同じだ。
「とりあえず、ヴィータは体の回復に専念しろ。その間の蒐集は私とザフィーラで行おう。シャマルも無理はするな。ヴィータが治り、この世界の近くで蒐集を行う事になったら、その時はなるべく単体ではなく四人全員で動くぞ。……シャマル、現在闇の書は何ページまで埋まった?」
「ええっと……」
そして、シグナム達はこれからの手順を確認していく。魔力を、ページを埋めるための手順を。
すべては、主のために。
たとえそれが、主の言葉に背く行いでも。
恭也さんやっぱ強すぎじゃね?って、書いていて思いましたが貫き通す!
いや、その、まあまあ、作中で説明したとおり、勝てた事にはちゃんと理由があるんだよっていうか、はい、納得頂けたら。
あと、話は変わって補足事項、というか。
高町家の家庭環境なんかは、基本的にとらハ準拠です。
なので、なのは一期にあった、家族に傍にいてもらえず寂しい思いをした、何も出来ない小さな自分に悔しさや憤りを感じた……という過去は、この作品のなのはにはありません。
この第2話の中には、なのはが過去を思い返す描写があるので、一応ここでそんな風に補足を。
でも、そうするとじゃあ、フェイトとはなんで友達になろうと思えたのって話になっちゃいますが、それについては後々に作中で語りますので、お待ち頂ければと思います。