魔法青年リリカル恭也Joker   作:アルミ袴

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 番外編です。


第20.5話 それはちょっと、勘弁して欲しいんだけど

「とんでもない人を送り込んでくれたものね」

「やっぱり持て余しちゃってます?」

「そうなるかなあ……とは思っていたんですが」

 自分の執務室でため息を吐きながら言った時空管理局第四陸士訓練校・学長ファーン・コラードに、テーブルを挟んで向かいに座るかつての教え子二人組は、苦笑しながらそう返してきた。

「いやあ、でも、訓練校には通わなきゃいけないって決まりがあることにはどうしようもない事ですし」

「そうなのよねえ……」

 二人組の片割れ、高町なのはが言った通りではあるのだ。どれだけ実力を持っていても、局員としてやっていくのならば訓練校に通う事は避けられない。

「幸い、……と言っていいのかどうはわからないけれど、魔法知識や次元世界群の常識にはやや疎いところがあるから座学の必要性はあったんだけど」

「一応、私やなのはが折に触れて色々お教えはしていたんですけど、それでも基本的には恭也さんは魔法の存在しない管理外世界出身者ですからね」

 二人組のもう一人、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンが上げた恭也という名、それを持つ男性が今、ファーンが俎上にあげている人である。

 高町なのはの実兄にして、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの師、らしい。

「彼といい、なのはさんといい、八神特別捜査官といい、古くはグレアム元提督といい、第97管理外世界は何かあるのかしら」

「どうでしょうね……特に何かあるわけじゃないと思うんですけど、うちの世界」

 なのはは首を傾げなからそう言うが、若手遠距離最優秀、空のエース・オブ・エースと名高い彼女に、強大な固有戦力に加え本人自体も歩くロストロギアと称される八神はやて、最強の使い魔コンビを従えたグレアム元提督というそうそうたる顔ぶれに続いて、彼である。色々考えてしまうのは、仕方ないとして欲しいところだ。

「さらに言うなら、貴女とお兄さんは当然としても、八神特別捜査官も同じ世界どころか同じ都市出身なんでしょう? 魔境か何かなの、貴女の出身都市」

「ううん……すっごく強い狐とかは確かに居ますけど」

「狐?」

「ああ、いや、なんでもないです」

 狐。なんだろうか。彼女ほどの実力者が"すっごく強い"などと表現するからには相当のものなのだろうが。

「まあ、置いておいて彼の話よ。高町教導官、テスタロッサ・ハラオウン執務官、八神特別捜査官に、ハラオウン提督とハラオウン元提督……ああ、ややこしいわね、まあいいわ。このそうそうたるメンバーが連名で推薦者になっているのを見た時はどんな人を紹介してくるのかと面食らったものだけど、高めにつけた予想が上方へぶっちぎられるとは思ってなかったわ」

「学長先生から見ても、やっぱりそうですか?」

 問うてくるフェイトに、迷い無く頷く。

「『強さの意味』についての問題、覚えているかしら?」

「それはもちろん」

「印象的な模擬戦の後でしたし」

 フェイトが彼女らしい言葉の選び方で印象的ななどと柔らかく言ったが、控え目に言ってもあれは血戦と称される類のものだった。

 ランクとしてはAAの自分だが、戦いようによってはより高位のランク保有者を制する事も出来る……高いランクを有した卒業間近の訓練生にいつもファーン本人が挑む事で実施している授業だが、この二人のペアを相手にした時はかなり骨が折れた。

 骨が折れた、というか、勝利すべきところをドローで精一杯な結果に終わったので失敗とすら言えるかもしれない。

「……あんな無茶な戦い方、今はもうしていないのでしょうね、高町教導官?」

「あ、あはは、はい、一応自制しています……」

 フェイトの舌を巻くほどの近接技能も相当のものだったが、何より手を焼いたのが苦笑する彼女、高町なのはの烈火もかくやと言うべき攻めの姿勢だ。

 自分がどれだけ傷を負っても相手を仕留めればそれで勝ちだと言わんばかりの思想を根底に抱いた、自身の負担を全く考えない、高い魔法制御力と膨大な魔力にものを言わせた苛烈な攻勢は、老練なファーンと言えど凌ぎ切れるものではなかった。

 しかし、褒められたものかと言うと別問題。

 敗北を、それを招く弱さを己には決して許さないという意思が当時の彼女の瞳には暗く輝いており、まさに危うさの塊だった。

 あんな事を続けていればその内にどうにかなってしまうと強い強い危惧を抱かされ、切々と説教をしたものだ。

(……兄の様子を聞きにって、久しぶりに会いに来たと思ったら、あの頃と比べて随分と穏やかな顔になったものだけど)

 成長したという事か、あるいは、ああなった原因に何かいい方向の変化があったか。

 どちらにせ、当時を考えれば紛れも無い奇跡に思える。

「ああ、また話が逸れた。で、『強さの意味』の問題なんだけど、彼には出す必要がないわ」

「でしょうね」

「戦えば勝つのが御神流です。よくよくわかっていらっしゃいますから、恭也さんは」

 自分より強い相手に勝つためには、自分の方が相手より強くないといけない。この言葉の矛盾と意味を、よく考えて答えなさい――これが毎度、ファーンが出している問題である。

 "自分よりも強い相手"に勝つために、その相手よりも強い力を手に入れて勝っても、その時、既に相手は"自分よりも弱い相手"になっているので、"自分よりも強い相手"に勝った事にはならない。これが発生する矛盾であり、この問題の肝。

 力を一面的なものと捉えると、これは解けない。

 言い方は色々あるだろうが、回答としては、"総合的には自分より強い相手に対して勝つには、自分が相手より優っている部分で勝負する"である。

 それはパワーでもスピードでもテクニックでもタフネスでも、自分が勝機をつかめるものであれば、なんでもいい。

「バカ正直に相手の全力に付き合うのではなく、自分の土俵で叩き伏せろっていう教えなわけだけど、彼は随分弁えている。実際にこんな任務を受けたらこんな現場ではどう動く、みたいなシュミレーション問題や戦術問答なんてやらせると、驚くほどシビアで隙のない意見を返してくるわ」

 一朝一夕で身につく考え方ではないし、堂に入った受け答えから見ても受け売りじゃないのは明らか。

 彼はどう見ても、ああいう考え方をしなければ生きていけない世界で長い時間戦ってきた類の人間だ。力があるだけのひよっこと並べるべきでない、その活かし方を十全に心得た完全なプロフェッショナルである。

「まあ、兄がやってきた仕事って、ある意味では私達のものよりも厳しいですから。バリアジャケットもシールド魔法も、治癒魔法もない。非殺傷設定なんてもちろんありえなくて、"どれだけ鍛えた者でも、一発の銃弾が当たればそれだけで命を落としかねない"って、昔言ってました」

「なるほどねえ……」

 質量兵器だけの世界というのは、得てして防御力に対して攻撃力がどうしても大きく勝ってしまうものだ。

 ゆえに、簡単に人が死ぬ。戦いを日常としているのなら、死は驚くほどに身近だろう。

 そこで生きてきたというのなら、あの精神性も納得である。

「まあだから何が言いたいかと言うと、三ヶ月の短期プログラム、その二ヶ月目で実技メインのカリキュラムに入った今、高町恭也訓練生にはやってもらう事が本当にない」

「学長先生、じゃあ恭也さんは最近は学校で何を?」

「……訓練生としてやってもらう事がないからと言って、あれだけの力と技術と知識と経験がある人間を遊ばせておけるほど、管理局って余裕があるわけじゃないじゃない?」

「あ、読めてきました」

「仰っている事はもっともですけど……じゃあもしかして」

 予想が付いたという顔のなのは、苦笑のフェイトに、せいぜい図太く悪びれない顔を作ってファーンは言う。

「近接技能の教官をやってもらってるわ」

「ああやっぱり」

「恭也さんらしいですけど……」

「私達だって最初からそうなってもらうつもりじゃなかったのよ? ただ、ちょっとした事件があって、教官よりも彼に教わりたいって声が沢山来るようになっちゃったものだから……今期の訓練生達の間で元々の近接技能教官達の評判が少々よろしくないものになっちゃったっていうのもあるんだけど」

 それに関しては完全にこちらの落ち度なので文句を言える筋合いではないのだが、頭が痛いのは確かである。

「事件? 何かあったんですか? おにいちゃん絡みで?」

「……場合によっては貴女達二人か、もしくは八神捜査官や懇意にしているっていう彼女の一家、多忙だろうけどハラオウン提督に助けを求める事になってたわね。彼の怒りを鎮めてくれ、って」

「……怒りを鎮めてくれ? え、でも」

「おにいちゃんって、基本的に怒りませんよ? ムッとする事くらいはあるでしょうけど、明確に怒るなんてほとんどないはず……」

 揃って首を傾げる二人組。

「そうなの? 妹や弟子の立場ならそういう経験あったりしない?」

「滅多に……あれ、ていうか、……あれ」

 こめかみに指を当ててしばらく考え込んだなのはは、そして大変な事に気付いたという顔で零す。

「……私、おにいちゃんに怒られた事、ない」

「実質的な父親役がお兄さんなんじゃなかったの? だったらあるでしょう、お小言の一つや二つ」

「もちろん叱られた事はありますよ、注意されたり諭されたりも。でも、怒られたって言うと……」

「ああ、なるほど」

 叱られると怒られる、似たような意味に思えるが、理性による統制と相手の成長を慮る気持ちがあるかないかという明確な違いがある。

 それを意識しているとは、さすが教導隊の所属だ。これは、教育者の思考なのだ。

「家の中でも、怒気を露わにするおにいちゃんってほとんど見たことないなあ……。あ、前に盆栽をひっくり返したお姉ちゃんと、甘さ控えめって嘘ついて極甘の試作ケーキを食べさせたお母さんに関節技を掛けてた時は、確かに怒ってた」

「……恭也さんの、関節技」

 ポツリと言ったフェイトの声音に羨ましそうな響きがあったのは、気のせいだろうか。

「フェイトさんもないの?」

「指導はもちろん色々して頂きますけど、怒られた事はありません」

「……二十歳なのよね? 随分と老成しているというか」

 そこまで自制の効いた精神は、ファーンの同年代ですら中々ない。

「まあ、変な悪戯してきたりとか、茶目っ気はあるんですけどね、あれで。ともあれ、だからおにいちゃんが怒るって相当ですよ」

「何があったんですか、本当に」

「……それがねえ」

 ため息を吐いて、ファーンは思い返す。

 あれは、彼が入ってほどなくして行われた、初めての近接実技訓練での一幕だ。

 

 

 

 

 

 

 

「あれが高町恭也君、ね」

 訓練場の一つ、広大なグラウンドが見渡せる事務棟の屋上で一人、ファーンは呟く。

 グラウンドに並ぶ通常カリキュラムの訓練生達に交じった、黒いバリアジャケットを身に羽織った男性。

 それが、そうそうたるメンバーからの推薦で入ってきたSS+ホルダー、高町恭也らしい。

「……あら、いい男じゃない」

 グラウンドに設置してある監視モニターへアクセス、デバイスの遠視機能と合わせて拡大映像を空中に投影して見てみると、これがなかなかの美丈夫だ。整った顔立ちに鋭い目つきがよく映える。

「……なるほど」

 そして戦闘力を主な要因としてSS+を獲得したというその前情報に、どうやら偽りはないらしい。習い性で、彼と戦うならどう攻めるかなんて思考をついつい脳裏に展開してしまって、初手に詰まった。

 余計な力は入っておらず、極めて自然体なあの立ち姿には、しかし微塵も隙がないのだ。

 

「これより、近接実技訓練を始める。今日は諸君らの実力を見たいので、内容は単純だ。私へ自分の放てる最強の一発を叩き込んで来い。いいな」

 

 その場に何人か居る教官陣の中、今日の訓練でメインを務める三十代半ばの男性教官がそう言うのを、監視モニターのマイクが拾ってファーンへ届ける。

 訓練生達は初々しい返答。緊張した顔で精一杯の声を張り上げる彼らの姿は、なかなか心が温まる。高町恭也はと言うとさすがにそんな可愛らしさとは無縁の、実にしれっとした顔をしているようだが。

 訓練が始まり次々と若者達が教官へ拳や蹴り、ベルカ式の使い手であれば各々の武器を順番に叩き込んで行く。

 

「温いぞ! こんなレベルかひよっこ共! 今年ははずれ年のようだな! この訓練で人死にが出たとしても、それは事故として処理される! 遠慮せず来い! それとも、もしかして全力でこれか!?」

 

 怒号を上げる教官は訓練達の攻撃を発生させたバリアで難なく全て受け止め、評価を手元のスクリーンに記していく。顔は涼しいもので、疲労を感じさせない。

 彼は局員の中でも硬く強固な防護の使い手として、それなりに有名な魔導師である。あれくらいは造作も無いだろう。

 やがて、ほとんどの訓練生がテストを終えた。残ったのは、一名。

 

「それでは最後……ああ、君か」

「高町恭也です、宜しくお願いします」

「……ふん」

 

(……ん?)

 顔に似合いの甘い声で返した高町恭也に、男性教官は皮肉げな表情。訓練の場に似つかわしくないその毒に、ファーンの眉が流石に少々上がる。

 男性教官は、その表情のまま続けた。

 

「他と比べて随分年嵩だな。短期プログラムで入ってきたらしいが……、資料にはよくわからん事が書かれていたな。なんでもランクがSS+だと」

「一応、そのような評価を管理局より受けておりますが」

「……君の認識がどういうものかは知らんが、SS+というのはな、設定上は存在するがほとんど実在はしないというレベルのランクだ。それを……なあ、君、使うのはミッドか? それとも近代ベルカか?」

 

 聞くまでもなくそんな事は、資料にしっかりと記してあるのだが男性教官はあえてという風に高町恭也に問う。

 その様子で、なぜ彼があんなに高町恭也に対して刺々しい態度なのか、ファーンには予想が付いた。

 

「いえ、自分は古代ベルカです」

「……あーあーあー、古代ベルカ、古代ベルカねえ。……全く、連中はいつもそうだ」

「お話が見えないのですが、教官殿」

「――お前らはいつもそうだと言っている! 少し特殊で、他に使い手がいないからという理由で! お前ら古代ベルカの使い手はミッド式を差し置いて不当に高いランクを獲得する! 大方SS+というのも、特殊なスキルがあるからなんだろう! 魔導師として優れているからでは決して無い!」

 

「……たまに見るけど、まさかうちの教官陣にいるとはねえ」

 所謂ところの、ベルカアレルギーというやつである。

 管理世界群においては、現在、魔法といえばミッド式が主流である。近代ベルカ式にしたって、あれはミッド式の上でベルカ式をエミュレートしている物なので、考えようによってはミッド式だとすら言える。

 ところが、古代ベルカは違う。純粋に根っこからミッド式とは違う魔法体系で構成されている。

 そして古代ベルカの使い手は現代においては非常に希少で、そして大抵が皆、特異で価値の高いスキルを有している。そのため、ミッド式主流の現代においても、古代ベルカ式の使い手はそれだけで一目置かれる存在である。

 それを快く思わないものが少数ではあるが確かに、ミッド式の使い手の中には居るのだ。

 

「どうせ貴様もその口だろう、でなければSS+など、得られるものか!」

「仰る通り、自分は特段、魔導師として優れているわけではありませんので返す言葉もありませんが」

「……認めるか! そうだろうそうだろう、インチキランク保有者のくせをして、物分かりはいいようだな!」

 

「大人というかなんというか……枯れているのかしらね」

 古代ベルカ式の使い手が不当に高い評価を得ているインチキランク保有者である、というのは完全な言いがかりで、そんなランク測定基準を管理局は設けていない。ミッド式も近代ベルカ式も古代ベルカ式も、平等な観点で評価される。

 つまり男性教官の言い様は完全な言いがかりなわけだが、悪意たっぷりにそんなものを向けられても柳に風、泰然としてしている様は年齢にそぐわない。

 年上のはずの男性教官が、なんだか癇癪を起こした子供のようである。

 

「よく恥ずかしげもなく訓練校に来れたものだな。SS+だなどと大きく出ても、実体はすぐにバレる。その化けの皮、今ここで剥がそうじゃないか、高町訓練生。……ふふ、まさか、ランク評価のためのデータ収集・解析を行う観測班や技術部の女性陣をその見てくれを使ってコマしたりなんて、そんな事までしたんじゃあ」

『その無礼な口を今すぐ閉じろ、痴れ者が』

 

 怒気を返したのは彼でなく、彼が腰に下げる二振りの剣だった。

 データによれば純然たる古代ベルカ製のデバイスで、登録ネームは魅月。

 

『貴様のような下郎なんぞに主の何がわかる!』

「魅月、よせ」

『ですが、主!』

「……持ち主と違って威勢がいいな。ツインのショートソードか、なあ高町訓練生、それはどこのメーカー製だい? 近代ベルカのカタログにも一応目は通してあるが、生憎と初めて見るものでね」

「彼女は古代ベルカの生まれですので、どこのメーカーだとかは」

「……はっはははははは! こいつは傑作だ!」

 

 高らかな笑い声を上げる男性教官の顔は、侮蔑に満ちている。そんな彼の手に嵌まったガントレット型デバイスは、ミッド式最先端のフラッグシップモデルだ。

 

「術式だけでなくデバイスまで古代ベルカ! ここは魔法の最前線、技術の最先端の管理局だぞ!? そんな時代遅れのみすぼらしい骨董品を持ち出してきて! 随分といい趣味をしているなあ!」

「…………」

 

 モニターに映し出された光景の中、何を言われても涼し気な表情を崩さなかった高町恭也の顔がその時、初めて固まって。

 それに気づかず、男性教官は続ける。

 

「埃を被ってカビの生えたような化石じみた古代ベルカのデバイスなんて、いやいやどこから掘り出してきた? そんな飾って眺めるくらいの価値しか無いだろうポンコツを大真面目な顔で腰に下げるとは驚きだ! 笑いを取るつもりなのだとしたら中々の」

 

 

「構えて頂きたい、教官殿」

 

 

 そして、場の空気がドス黒く塗り替わった。

 現場から離れているファーンにも察せる、その重さと暗さと冷たさと、あまりに危険な鋭利さ。

(……っちょっと、これはまずいかしら)

 老齢な元戦技教導官であるファーン・コラードの頭の中には、警告音が大音声である。

 

「な、お、あ……」

「全力の一撃を貴方に叩き込んでいいのでしたね? 手早く済ませましょう」

「……な、な、舐めるなァ!」

 

 男性教官の足元に大きな四角形の魔法陣が展開、それから彼はたっぷり三十秒ほども掛けて長い詠唱を諳んじ、自分の前面に銀色のシールドを展開した。

 それだけでなく、その裏に受け止めるバリアも多重起動しており、体を覆うフィールド魔法も高出力。

 魔力消費は大きく発動のための時間も長く、その上維持している間は動けないため実戦で使うのはかなり難しいあの複合防護は、だがそれゆえに極めて高い性能を有する代物だ。

 

「こ、こ、来い! 貴様のなまくら刀など! 弾き返してやる!」

「実戦であれば貴方が暢気に今の魔法を構築している間に三桁は殺せましたが、まあいいでしょう。魅月、装填」

『装填』

 

 高町恭也のデバイスの柄尻から一発、空薬莢が排出され、膨大な魔力が彼の身体に漲る。

ひしひしと伝わってくるそれはしかし、ファーンが見る限り驚くほどの精密さで、完璧に制御されていた。

(……魔力の流れに澱みが全くないのも見事だけど、何より画一的に身体全体を強化するのでなく、筋肉や関節なんかのパーツ単位で調整がされている?)

 身体をただ身体という一つのものとして認識し、漫然と強化する事をオートマ操作とするなら、細かいパーツ単位へ一つずつ調整を行う彼がやっているスタイルは、ヘリや航空機なんて目じゃないくらいの複雑さを有したマニュアル操作だ。

 魔力運用の技術はもちろん、身体そのものに対して深い造詣と実践的な理解がなければ、あんな事は出来ないだろう。

 魔法至上主義の魔導師には、まず不可能な芸当である。

 

「それではやりましょうか、教官殿」

「く、う、あ、あ……」

 

 男性教官へ歩み寄る高町恭也の足取りに、力みは全くない。あれだけの魔力を身体へ漲らせているのに、不自然さなどまるでない、驚くほどに滑らかなものである。

 ある意味で、非常に背筋の寒くなる光景だった。

 もう、攻撃など放たずともにその異常な実力ははっきりと見て取れる。

 

「いきます。ああところで、この訓練で人死にが出た場合、それは事故として処理されるのでしたね?」

「う、う、うううううおおおおおおおおオオオオオオオオオ!」

 

 高町恭也がついに、男性教官の眼前まで詰めた。男性教官は悲鳴じみた叫びを上げて展開した防護に魔力を注ぎ込む。

 止めに入ろうと準備していたファーンの転移魔法が発動するよりも、高町恭也の右脚がほとんど視認できない速度で前方へ閃く方が速かった。

 響いたのは、シールドが砕けバリアが突き破られる轟音、そして訓練生達の驚きの声と、他の教官達の恐怖の呻き。

 防護を易易と蹴り抜かれた男性教官の身体はそのまま斜め上方へ向かって吹き飛び、グラウンドの端も越えて宙を突き進んでいく。第一、第二室内実技館を過ぎ、やがて女子寮手前の男子寮、その4階の壁面に激突。

 意識がないのは明白、人形のようなだらりとした反応で彼はそのまま地に落ちた。

 バリアジャケットもある事だし、死んではいないだろうが。

 

『主、どうして私をお使いにならなかったのです?』

「あの男に、君を抜くほどの価値などない。……さて」

 

 前方へ突き出していた足を地面に戻し、後ろへ振り返って高町恭也は言う。その瞳は、ひどく冷たい。

 

「教官殿が吹き飛んでしまわれました。あれでは自分の評価はして頂けなかったかもしれません。生意気な事を言わせて頂くと、自分はまだ全力を出していませんし、ましてや愛機を振るってもいません」

「ま、まあ、その、高町君、落ち着け、な?」

 

 執り成さんとする残った教官の内の一人に、一見感情のない、その実重い怒りを有した視線を返す。

 

「落ち着いていますよ。自分はただ、訓練を付けて頂きたいだけです。ですので、次は他の教官殿にお願いしたいのですが、どなたが?」

「ひィ!」

『あ、主……その、私の事で怒って下さっているのならこの上なく嬉しいのですが、どうか、もうそろそろ……』

「ならん。彼らは、君を貶めるあいつを諌めようともしなかった。だったらそれなりの自信も覚悟もあるんだろう、是非とも見せてもらわんと困る」

 

 一歩、怯える教官達へ黒衣の彼は距離を詰め、その分だけ教官達は後ずさる。最も若手の教官が尻もちを付いて。

「まあ待って頂戴、高町訓練生」

 そのタイミングでようやく、ファーンの魔法が発動し切った。

 彼と教官陣のちょうど中間地点に転移、至近距離の正面から彼の瞳を受け止める。

(……こ、れはちょっと、本当に洒落にならないわね)

 まるで景色が歪んでいるかのような錯覚に陥るほど、彼の重い怒気は周りの空間をギシギシと軋ませている。

 精悍なその顔はわかりやすい怒りの表情に染まっているわけではないが、だからこそ、こちらの言など微塵も意に介さないのではないかと思わせる怜悧さだ。

「貴女は……」

「私はこの学校の学長、ファーン・コラードです。先ほどまでの諸々、見せてもらっていたわ」

 現役時代に幾度か経験した決死の作戦が脳裏には絶賛フラッシュバック中だが、これでも海千山千の猛者を相手にしてきた老兵である、動揺はおくびにも出さない。

 涼しい顔で挨拶すると、彼は流麗な動作で敬礼を返してきた。

「コラード学長、お話であれば、訓練の後というわけにはいきませんでしょうか? もうすぐ、終わりますので」

「いかないのよねえ、そうなると、何人入院するハメになるかわからないし」

「先ほどの教官殿は別でしたが、他の方々にまでああするつもりはありません。少し、そうほんの少し、身体に負傷が残らない範囲で自分の力を体感して頂こうと、それだけです」

 傷は残さないが痛い目を見て貰う、つまりそういう事を言っているわけで、もちろん詳しい事はわからないが恐らくはトラウマになりかねないレベルの地獄を見せるつもりなのだと察せた。

「それはちょっと、勘弁して欲しいんだけど」

「自分の実力を見て頂く、そういう訓練内容だったと記憶しております。であれば、何か問題が?」

「……その建前であれば問題はないのだけど、本音を聞かせてもらえないかしら?」

 回りくどい問答はお互いに益がないだろうと言外に含ませそう言うと、彼は瞬きというには少しだけ長く目を瞑り、返してきた。

「コラード学長、お聞きしたい事が一つ」

「なんでしょう?」

「この学校は、古代ベルカのデバイスを公然とこき下ろす事を是とされていらっしゃるのでしょうか?」

 彼の手が、腰元に控える剣の鞘を撫でる。放つ怒気とは裏腹に、その動作はひどく優しく柔らかい。

「自分は叶うことなら一生涯、この手に握るデバイスは彼女二振りと決めております。死地においてすら寄り添ってくれる伴侶を侮蔑される場で学べるほど、恥ずかしながら自分は人間が出来ておりません」

『あ、主……』

(ああ、……そうか、だからなのね)

 ここにきてようやく、理解する。

 彼の行動は、愛機を貶された故の怒り……だけではなかったのだ。

 彼は、わからなかったのだ。

 管理外世界からの出身という事で、管理世界群や管理局について疎い。それはすなわち、判断材料が少ないという事を示している。

 普通に管理世界群や管理局の世情に通じているのなら、あの男性教官の古代ベルカ嫌いの思想が間違っても主流ではない事は知っている。

 だが、そうでない彼は、あの男性教官の考えがもしかしたら、少なくともこの訓練校という環境においてはスタンダードなタイプなのではないかと疑わずにはいられず、それを晴らす材料を持っていなかった。

 だから、力を示したのだろう。

 彼女の持ち主である自分の威を叩きつけ、恐怖さえまき散らして、愛機へ侮蔑の声がかけらないように。

「貴方、不器用なのね」

「……よく言われます」

「質問にお答えします。あのタイプは決して一般的ではないわ。特定の魔法体系が不当に貶められる事はあるべきではないという考えでこの学校も、管理局も動いています。……落ち度を作ったこちらが言うのも申し訳ないのだけど、今回の事は例外的と思ってくれると助かるわ」

 偽りのない言葉だが、納得してもらえるかどうかわからない。

「あの教官については、それなりの然るべき処置を下します」

「……」

「これでこの場を収めてくれるわけにはいかないかしら」

 筋は筋だ、それでも訓練は続けさせてもらうと言うならばファーンも力づくで止めねばならないし、いかにもそれには分が悪いので応援を呼ぶことになる。

 デバイスは、いつでも彼の推薦者達へ救援のメッセージが送れるような状態だ。

 とは言えやはり、それは避けたい。

 祈るような気持ちのファーンの前、彼は口を開いて頭を下げた。

「お騒がせして申し訳ありませんでした。自分の沙汰は、いかようにも」

「……それこそ訓練中に起きた不幸な事故よ、特に無いわ」

 大して残り多くもないだろう寿命が縮まった思いだったが、とりあえず何とかなったらしい事態に、ファーンは胸をなで下ろした。

 

 

 

 

 

「グラウンドを越えて男子寮壁面まで吹っ飛ばされた……手加減してもらえましたね」

「手加減、って……」

 語り終えたファーンに、なのはは自然な表情でそんな事を言ってきて、思わず問い返すと、答えてくれたのはフェイトだ。

「お聞きした限りの防御構成では、恭也さんから本当に本気で蹴られていたらそれじゃ済みませんよ。身体を二つに千切られていたか、衝撃を全身に徹されて、その……ゲル状になっていたか、どちらかでしょう」

「……飛ばしてくれたのは、情けだったって事ね」

 吹き飛ぶというのは、それだけ衝撃が身体から逃げているという事でもある。そういう風に蹴ってくれなければ、結果はフェイトが言った通りだったというのか。

 恐ろしい話である。

「ところで、おにいちゃんと魅月さんに悪態をついたその人は、今は?」

「聞いてどうするの?」

「決まってるじゃないですかあ」

 顔は似ていないが、さすが兄妹と言ったところだろうか。笑顔を浮かべた彼女の、しかし眼だけは笑っていないその表情からはあの日、彼が周囲へ発していたものと同じ種類の凄みを感じる。

「なのは、ちゃんと法律的に問題がないようにやろうね。でないと恭也さんが気に病むから……」

「お、さすがフェイトちゃん、気遣いの人」

「気を遣う方向が違うわよ」

 てっきり止めてくれるものかと思っていたフェイトの言葉に、額を抑えて頭痛に目を瞑る。

 勘弁して欲しい。

「件の教官はまだ入院中。傷は飛ばされた距離の割に浅くて大体治っているんだけど、彼がいる間は戻ってきたくないみたい」

「へーええええ、おにいちゃんを避けてる! 戻ってきて謝るでもなく! へーえええええええ……」

「どうするのが一番自然かな……結構ランクは高いみたいだし、訓練生に敗北するような実力を鍛え直すって名目なら教導は通る、か。でもこの際、ベルカアレルギーの人達をまとめて糾弾するいい機会……いや、大事にすると恭也さんが気にしちゃうから駄目だな」

 獰猛な笑みを浮かべるなのはも、冷静な顔でぶつぶつと呟くフェイトも、完全に本気の眼をしている。

「私がきちんと話をしておきました。それで勘弁なさい」

「……」

「……」

「返事をしなさい……」

 大きくため息を付く。超が付くほど優秀な子達ではあるのだが、在学中から馬鹿みたいに頑固なのが玉に瑕だ。

「……やり過ぎれば彼の悪評にも繋がるわよ。自分に歯向かったものを妹や弟子を使って粛清する恐ろしい人間だ、って」

「うっ……」

「それは……」

 しかし攻める角度を変えると、どうやら効いたらしい。はっとしたように表情を曇らせる。

「自制なさい、いいわね?」

「……はい」

「わかりました……」

 ようやく頷いた二人に、内心でほっと胸をなで下ろす。まったく、愚痴ったつもりがこんな事になるとは思わなかった。

「なんていうか、大切なのね、彼が」

「それはもちろん」

「そ、その、はい」

 なのはははっきりと、フェイトは照れながらそう返してくる。

「でも、じゃああれよね、気が気でないんじゃないの? あれだけモテるんだから」

「そうなんですよ! 昔からたくさんの女の人を無意識に引き寄せて! 無自覚に惹き付けて! ………………ん、待ってください」

「学長先生、あれだけってどういう事ですか?」

 しまった、失言だったか。目を逸らしたこちらをじっと見つめてくる二人の視線が、実に痛い。

 数秒のち、観念して語ることにする。

「ランクの噂と訓練校に来る主な年齢層よりも結構歳が上だってことで、最初は避けられてたみたいだけど、さっきの事件の後から、同じ訓練に出てた子達なんかに懐かれたみたいでね」

 自分たちが歯も立たなかった少々嫌味な教官を気持ちが良いくらいにふっ飛ばしたとなると、わかる話ではある。怒気には面食らったろうが、それを差し引いてもなお憧れるくらいの姿に映ったのだろう。

「そうしたら、ほら、結構彼って面倒見が良いみたいじゃない? ぱっと見、少し取っ付きづらいけど、あれで人当たりも良いし」

「まあ、そうですね……父性の塊みたいなとこありますし」

「実体験から言いますけど、特に歳下にはすごく受けが良いかと……」

「そうなのよね。まあ、どうも本人はそんなつもりじゃなかったみたいだけど。それで、その内にあの訓練に出てなかった子達も寄ってくるようになって、私達の方にも彼に教官をお願いしたいって声が来るようになって。どうも、休憩時間とかに自由時間に拝み倒されて少し手ほどきをしていたみたい」

 今年の訓練生は妙に動きが良いのが多いという話が教官陣の間で出始めるまでに、そう時間はかからなかった。

「近接実技の教官は一人入院中だし、彼に訓練校で学ばせなきゃいけないことももうないしって事で、試しにやってもらったら異様に上手いのね、教えるの」

「私が訓練校に入った歳くらいからもう姉の師匠だったので、指導者のキャリアも結構長いですしね」

「魔導師を指導するノウハウも、私に訓練を付けてくださっている事で溜まったのかもしれません」

「ああ、そのような事を言っていたわ、確かに」

 明らかに素人ではない指導ぶりに問うてみると、なのはとフェイトが言ったような答えが返ってきた。

「ま、それで今じゃカリキュラムにまで手を加えてもらっているわ。特に今期の新人は近接と遠距離回避の動きが例年よりもかなり良いものと思って頂戴」

「それは結構ですけど」

「学長先生、話を戻して下さい」

「……わかったわよ。だからなんていうか、いつも大抵囲まれているわ。男子にもかなり人気あるけど、やっぱり女子にはすごくてね。積極的な子はボディタッチがもう」

「今ちょうど昼休憩ですよね!」

「ちょっと失礼します!」

 足早に二人は部屋を出て行く。まさか放っておくわけにもいかないので、ファーンも腰を上げてそれを追った。

 ファーンの執務室は三階にある。階段を降り、一階まで下がり少し廊下を行けばそこが食堂だ。

「な、な、な……近い近い近い近い!」

「……なんであんな距離である必要が、あんな、あんなっ」

 入り口で、栗色と金色の二人が固まっていた。

 その視線は追うまでもない。件の人物は食堂の人だかりの中心にいるからだ。少し困ったような顔をしているのが、ファーンとしては少々可愛らしい。

 

「恭也さん見てください! 私、ほら、ちょっと身体強化の制御、上手くなったんです! 筋肉単位って意味、ようやくわかってきました!」

「恭也さん、回避の時って結局、余裕を持って避けるのとギリギリ必要な分だけ避けるの、どっちがいいんでしょう?」

「デバイス調整してんすけど、長さに迷ってて。恭也さん、ちょっとアドバイスを」

「……ちゃんと聞くから、順番に頼む」

 

 タイミングが悪いというのはこういう事なんだろうか。

 いつもは男子もいるし、男子だけがまとわり付いている時もある。しかし今日に限って、なぜか周りにいるのは女子ばかり。

「……いや、いや、ここでしかし出て行って追っ払うとおにいちゃんに迷惑、が、で、も、いや、……でも、……だから近い!」

「あれはそう、訓練の、指導の一環、彼女達に、それ以外のつもりは、ない、はず……はず、ないよね、ないよ、ね…………あんな距離が必要?」

「貴女達、すごい顔してるわよ」

 前から覗けば、絶賛葛藤中の彼女らはあまりお見せできない表情をしていた。

 それでもなんとか自分を抑えているようだったのだが。

 

「恭也さーんっ! ああっ、今日もいい身体ですね!」

「……こら、飛びつくなと言っているだろう」

「いやーついつい」

 

「あ?」

「は?」

「ああもう……」

 後ろから飛びついて彼の首筋に顔を擦り付け始めた女子訓練生を見て、なのは、フェイトの両名から明確な殺気が漏れる。

 

「何度も言っているだろう? 年ごろの娘が、男にあまりこういう事を」

「私と恭也さんの仲なんですからいいじゃないですか!」

「よくない……。そもそもいったい何の仲だと言うんだ、君は」

「えへへへへ」

 

「はーい駄目、駄目です。あれは駄目です。お話が必要ですね。…………あの度胸だけは買ってやる」

「風紀の乱れは正さなきゃならない、訓練生の内からあれじゃ駄目だ。…………何をやっているのか理解させる」

「……お願いだからほどほどに頼むわよ! 人も建物も壊さないで頂戴ね!」

 ファーンの言葉に、二人はそれぞれ「配慮します」「善処します」とだけ言い残し、人だかりへと突き進んで行った。




 Heartの重さにどんよりしてきたので、一日で書いた短編をアップ。

 20.5話とはなっていますが、20話のラストよりも少し前です。内容としては、20話でちょっとだけ話題に上がった訓練校での話。

 原作においてA's終わったあたりのなのはとフェイト、二人を同時に相手取って勝利を収めるAAランクのウルトラ戦闘巧者、ファーンさん視点でお送りしました。
 あのお婆様、現役時代どんだけすごかったんだろう。
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