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前後編の後編になります。前編をお読みでない方は、そちらからご覧下さればと思います。
「……花」
恭也の眼の前に広がっていたのは、鮮やかで可愛らしい、黄色い花の咲き誇る光景だった。
「菜の花、だな」
自分がこれを間違えるはずがない。父が死ぬ前、身籠っていた義母へ告げた娘の名前の由来なのだから。
妹の、名前の由来なのだから。
「……俺は、なにをして」
上手く、思い出せない。思考が働かないわけではないのだが、状況が判然としない。
気がつけば突然花畑の中だ。
頭上にはさんさんと輝く太陽に、抜けるような青い空。雲一つないそれは、心地の良い清々しさを感じさせてくれる。
「……」
花を踏まないように気をつけながら、とりあえず進んでみる。生気に溢れた匂いが時折鼻孔をくすぐった。
どれくらい歩いたろうか、一分か十分か、一時間か。よくわからない感覚の中、やがて視線の先に人影が見えてきた。
それは、小さな影だった。
陽光に少しだけ目を眇めながら近づくと、幼い少女である事がわかる。
彼女は、恭也のとてもよく知っている娘だった。
「……なのは?」
「うん、おにいちゃん」
いつの間にか、眼の前。
そこに立っていたのは、妹だった。髪を二つに結わえて、似合いの淡い色合いをした服に身を包んでいる。
自分と随分と差のあるその幼い姿に、こちらの腰元までしかないその低い背丈に、一瞬だけ違和感が奔ったが、すぐに気にならなくなった。
「何をしているんだ?」
「おにいちゃんに、会いに来たんだよ」
「俺に?」
うん、と。その愛らしい顔に陽光そのもののような優しく明るい笑みを浮かべて、なのはは頷く。
「ねえ、おにいちゃん、座ろう」
「ああ」
手を引かれ、なのはと共にその場に腰を下ろす。草花の香りが、より近くなった。
恭也の右隣に座る妹は、お互いの距離を零にし、ぴったりとくっついて。猫のようにこちらの肩口に顔を擦り付け、幸せそうな笑顔を浮かべている。
愛しいという概念の、その塊のようだと、恭也はいつも思っている。
「おにいちゃん、この花、好き?」
「ああ。……まあ、なんだ。一番好きな花かもしれん」
理由なんて、照れくさくて言わないけれど、言うまでもないことだ。
「本当っ?」
頷きながら、眼の前に咲く小さな花をぼんやりと見つつ、なのはの頭を撫でる。
「私もね、この花が一番好き。それから、自分の名前も大好き」
「……そうか」
それは、父が聞いたら喜ぶだろう。いつかあの世へ行った時、土産話にしよう。
「なのは、なのは……お父さんは、最初、漢字で考えたんだよね?」
「ああ。それを母さんが、"堅い感じがするから"とひらがなに変えた。だからお前の名は、父さんが考えて、母さんが柔らかくした、二人に愛された名だ」
「そっか……」
なのはという名前は、父が妹に遺していけたものの内、きっと大きな大きな一つ。それを大切に、好ましく思ってくれているのはやはり、嬉しかった。
「おにいちゃんは?」
「なんだ?」
「おにいちゃんは、自分の名前、好き? 恭也っていう、自分の名前」
「……俺は」
問われ、考え、
(恭也、恭也、か。……俺は)
いつもだったらごまかしたりはぐらかしたり、そういう事が出来たのだろうけれど、なぜか今、恭也の頭にそんな選択肢は浮かばず。
「……いや」
自然、首を振っていた。
「俺は、そうだな、あまり好きじゃないかもしれない」
「……どうして?」
どうしてか。己の考えに、感情に潜って答えを探す。
案外と、それはすぐに見つかった。
「……呪いだと、思っている」
「呪い?」
「名前は、人が生まれて最初に掛けられる呪いだと言う、そんな話がある。お前のそれは、愛で編まれた祝福の呪いだ。のろいと読むより、まじないと呼ぶべきか」
その名がこの子を、幸せにしてくれるように。
その名のこの子が、幸せに生きてくれるように。
それが、愛されて生まれる、普通のこどもに付けられる名前という名のまじないだ。
だが、自分のものは違うと思う。
「俺の母は、産みの母は、産んですぐに俺を捨てた。父さんを愛していたのかどうかすら、そもそも定かじゃない。そんな彼女が、俺と一緒に残していった書き置きの中に、この名は記されていたらしい」
「……」
なのはは無言、じっと恭也の話を聞いていた。その眼はまっすぐ、恭也を見ている。
「どういうつもりで、その人は俺にこの名をつけたのか。どういう思いで、その人は俺にこの名を授けたのか。それはわからないが、……俺が彼女に愛されなかった事は、きっと事実で、つまり、俺の名は愛されてつけられたものじゃない」
「……だから、呪い?」
「ああ。愛せなかった子供に残した、愛さなかった証。それが、恭也という名だと、俺は思っている」
こんな話を誰かにしたのは、これが初めてだった。自分自身の中でも、気持ちをこんなにはっきり言葉にした事はない。
だけど今は、そうする事になぜか、抵抗があまりなかった。自然と、想いを零してしまう。
「……おにいちゃん、私ね、昔、調べた事があるんだ」
「何をだ?」
「恭也、っていう名前の意味」
「……ああ、字面だけだとわかりにくいか」
あまり日常的に目にする漢字では、ないかもしれない。恭しいというのも、言葉では使うが漢字で表記される事はそんなにないだろう。
「也は前の言葉を強調する役割。恭は礼儀正しく丁寧とか、慎み深くて謙虚、とか、そういう意味だって、辞書には載ってた。それを見て私、すごくぴったりだなって思った」
「……そうか?」
「びっくりするくらいぴったりだよ? おにいちゃんを知ってる人なら、誰に聞いてもきっとそう答えると思う」
「……そうだろうか」
人から見ると、自分はそう映るのか。わからないものだ。
「……でも、ぴったりはぴったりなんだけど、でも」
なのはは、優しく柔らかく恭也に寄り添ったまま、言う。
「それだけじゃあ、ないんだとも思う。ねえ、おにいちゃん」
「……なんだ?」
「おにいちゃんは、おにいちゃんの事、好き?」
その問は、頭に心に、すっと自然に入ってきた。
だから答えも、力みなく溢れる。
「……好きでは、ないな」
苦笑交じりそう答えて、しかしなのはは驚かなかった。
「うん、……だよね」
「知っていたのか?」
「私は生まれてからずっと、おにいちゃんの事を見て、おにいちゃんの事を想ってきた。だから、それくらいはわかるよ」
「……そうか」
こちらを見る妹の瞳は、芯が通ったようにブレない。
どうしてこの娘は、こんなに自分をまっすぐ見てくれるんだろう。
そんな風に見つめてもらえるほど、自分は見るべきところのある人間ではないのに。
「どうして、おにいちゃんはおにいちゃんが、好きじゃないの?」
「……そう、だな。…………価値が、ないからだな。愛するだけの価値が、俺にはない」
「どうして、そう思うの?」
言葉だけでなく、声までもなのはは揺らさず。彼女がそうしてくれるから、恭也はふらふらと言葉を、本音を零す。
「……物心ついた時には、父さんに連れられて二人で修行の旅に出ていた。あの人ははっきり伝えるタイプだったから、どうして母さんがいないのかも教えてくれた。だから俺は、父さんに、……ずっと、ずっと、申し訳がなかった」
産みの母を恨んでいるわけではない。
ただ、一つだけ文句を言わせてもらえるのなら、父を巻き込んで欲しくなかった。
「父さんは、自由な人だった。明るくて、大らかで、……とても、愛し合ったわけではない女との子供なんかに、人生を縛られていい人じゃなかった」
だから、自分を捨てるのなら、誰もいないどこかにでも捨てて欲しかったと思う。
「それに、父さんは、不世出の天才と言っていいくらいの剣士だった。俺を押し付けられた当時の年齢なんて、言わば全盛期だったろう。どう考えたって、子供の世話に時間を取られるべき人じゃなかった」
周りの親戚たちの力も借りてはいたが、それでも男手一つで育ててくれた。剣を握れば断てぬものなしと賞賛されるその手で、自分の世話を焼いてくれた。
「父さんは、俺を心から愛してくれた。俺も、あの人が大好きだった。愛していた。だから、申し訳が、なかった。彼に望まれて生まれてきたわけではない自分が、あの人を縛ってしまう足枷になっている事が、申し訳なかった」
もし望まれて生まれたのであったなら、こんなふうには思わなかったのかもしれないが、生憎と、そうではなかった。
「……それに、俺には父さんのような才能もなかった。あんな剣士になれるような才能は、持って生まれてこなかった。天才剣士の息子として生を受け、その天才にずっと教えてもらって、鍛えてもらって、導いてもらってきたくせに、俺に大成の気配なんてものは、お世辞にもなかった」
親戚たちは幼い恭也の剣を褒めてくれていたが、誰一人として、士郎のようになれるだろうとは、決して言わなかった。
「価値が、ない。少なくとも、不破士郎の人生を縛っていいほどの価値が、俺にはなかった。それを理解した時には、もう、俺は俺が好きじゃなかった」
自分の声音は、聞いていていやになるくらい空虚で、だからこそ、なんの虚飾もなくて。
素直で正直な、高町恭也の本音だ。
「大好きな人に迷惑を掛けるだけの俺を、……俺は、憎いと思うようにすら、なった」
あるいは、いつか口に出される事を待っていたかのように、それらは止まる事なく恭也から溢れていく。
「……すまない、なのは」
「どうして、謝るの?」
「父さんが逝った後も、お前が生まれてからも……俺は、どうしようもないままだった」
言い訳なんて出来ないくらい明確に、大切な人達に迷惑と面倒を掛け続けた。
「家の外側にある全てから、家族を護りたくて。それで、中にいるお前達をないがしろにしたあげくに泣かせた」
無茶な特訓で二度も身体を壊し、家族の心を苛んだ。護るだなんて父の墓前で誓っておいて、出来たのは真逆の事だけだ。
「そして、そんな事をしたくせに、お前達を護れるだけの力も、……父さんの代わりになれるだけの力も、結局手に入れられなかった」
残ったのは、高みを目指せなくなった身体。
憧れていた姿に届かない、本当にどうしようもない欠陥剣士。
その時、そうだ、その時だ。
自分は自分に、もう何も期待をしなくなった。自分や周りを裏切り続けてきた自分を、見限ったのだ。
「……どうして、俺はこうなんだろう」
それでも時折、考える事はある。
何が悪かったのだろうかと。
「どうして、こうでしかない俺は……」
そして、至る結論はいつも同じ。
そもそもが、間違いだったのだ。
「どうして、生まれてきてしまったのだろう」
視界のにじみに気付いた時は、もうそれは落ちていた。
ぽろり、ぽろりと。
静かに、雫は零れる。
「……俺は、こいつが、大嫌いだ」
それでも自分の声は言葉は、淡々として。
「俺が護るべきものを、護りたいものを、抱えきれないこいつが、大嫌いだ」
それが自分の空虚さを示すようで、お似合いだと思った。
「この手はこんなに弱々しくて、家族を、ちゃんと護れやしない」
広げた手のひらを見つめながら、これが父だったらなんて馬鹿な事を考える。
あの日逝ったのが自分だったなら、どんなにか、よかったろう。
「望まれて生まれたわけじゃない俺が、願った自分にすらなれなかったら、もう本当に、誰にとっても、要らない人間でしか、ない」
知らず、恭也の瞳は瞑られていて。闇の中、自分のそんな言葉が耳に届く。
要らない人間。
そうだ、そうなんだ。
他の誰でもない自分がずっと、自分をずっと、そんな風に無価値と蔑んで生きてきたのだ。
「……すまない、なのは。すまない、……すまない。お前の兄は、お前の兄なのに、こんな、そんな奴なんだ」
お前はこいつではない、立派な男に、愛されて育つはずだったのに―――。
「……?」
(……あ、つい?)
そんな言葉を零した恭也に触れたのは、猛烈な熱だった。
目を開いて見てみれば、恭也の左手を、同じ形をした小さなものが、小さいなりに包んでいて。
「ねえ、おにいちゃん」
そこから伝わる途方も無い熱が、恭也の身体の内に、心の裡に、入り込んでくる。
「私の手は、あったかい?」
小さな手の持ち主である彼女の問いに、恭也は正直に頷いた。
「……ああ」
「じゃあ、さ」
そう言って、なのはは恭也の手を引いて。
彼女の、小さな胸の上へと置いた。
「私の胸は、どきどきしてる?」
「……ああ」
言葉どおり、手のひらには命の証が伝わってくる。それは大きく、強く、疑いようもない確かさで。
「おにいちゃんが言ったこと、全部を違うだなんて、私には言えない。わからないこと、知らないことが、いっぱいあるから。でもね」
トクン、トクンと。
小さな妹の小さな胸の、その中で生まれる小さな音は、波は、しかし恭也を決して離さない。
「わかる事が、あるよ。知っている事が、あるよ。私には、世界の誰より確かに、証明出来る事が、ある」
恭也の手を胸に押し付けるなのはのそれは、相変わらずの熱量で。
彼女は、まっすぐにこちらを見つめて、言う。
「私は、生きてる。熱を持って、鼓動を持って、今、こうして生きてる。おにいちゃんに生まれた時から……ううん、きっと生まれる前から愛されて、想われて、護られて、だから、私はこうして生きてる」
「……お前は、俺がいなくったって」
「おにいちゃんが、いなくったって?」
「……っ」
なのはは、薄く笑った。
危うささえ感じる、そのひどく澄み切った笑顔が、恭也の意識を鷲掴みにする。
「ねえ、おにいちゃん。どうか、歪めないで。すごく単純な、はっきりとした事実を、歪めないで。ねえ、おにいちゃん。私が、高町なのはが、おにいちゃんがいなくって、高町恭也がいなくって、それで生きてこれたと本当に思うの? 私が私として、生きてこれたと本当に思うの?」
「……それ、は」
「私以外の誰かとしては、生きてこれたと思うよ。でも、それは私じゃない……」
優しく、なのはは細い指で恭也の手を撫でる。
その柔らかい仕草はしかし、恭也の心に強く深く突き刺さり、そこからクラクラとする何かを叩き込んでくる。
「価値がない? どうしようもない? 誰にとっても要らない人間でしかない? それを本気で言ったのなら、おにいちゃんは、私を全然わかってない」
「……あ、あ」
怒りなどとは比べ物にならないだろう彼女のそんな灼熱が、恭也の全てを焦がしにくる。
「ねえ、おにいちゃん、わかって、お願い。―――好きなんだ、大好きなんだ。愛してる」
手にかかる、彼女の吐息はそれすら熱い。
「私はおにいちゃんが、もう、どんな言葉にも収まらないくらい、何をしたって伝えきれないくらい、好きで、大好きで、愛してる」
熱くて、甘くて、頭を溶かすようで、あっという間に全身へ回り、籠もった想いで包んでくる。
「おにいちゃんにもらった愛と、おにいちゃんに向ける愛だけ。それだけだよ。私は、それだけで出来てる。そのために生きてる。だから」
なのはは、今度は恭也の右手を取った。彼女はそれを、自らの頬に当てる。
恭也の手のひらに、すべすべとした柔らかい、言いようのない愛しい感覚が広がって。
「おにいちゃんに価値がないだなんて、そんなことがあるもんか」
これから上がるなんて想像も出来なかった超高温の彼女の熱が、しかしまたしてもその勢いを猛烈に増す。
「価値なら、ここにあるよ。少なくとも一つ、ここにあるよ。おにいちゃんが、嫌いながら、憎みながら、それでも必死におにいちゃんを生きてきた、その意味は、その価値は、少なくともここに一つ、あるんだよ」
彼女の言葉、その一つひとつが恭也の心を強く叩く。
「だが、……俺は、…………おれは」
「名前を、呼んで。私の名前を」
それはまるで、作ってしまっていた強固な殻を砕き壊してくるかのよう。
「あなたがずっと護り続けてくれた、だから生きてる私の名前を」
「……っ」
導かれるようにして。
口から、喉から、胸から、腹から、何より、心の奥底から。
彼女の名前を、その熱を、求めて、だから溢れた。
「―――なのは」
「―――うんっ」
その名を、呼んで。
その名の彼女が、微笑んで。
「……………………あ、あ…………あ」
決定的と、言っていいような気さえした。
「あ、ああ……」
炎があった。冷え冷えと、どうしようもなく寒かった恭也の内に、煌々と燃える炎があった。
愛しく燃える、愛しさで燃える、そんな炎があって。
それは、光を放って示してくれる――世界はこんなに明るいと。
それは、熱を伝えて教えてくれる――世界はこんなに暖かいと。
わからない、わけがない。
「……こ、れは」
「……おにいちゃんも、あったかいよ」
彼女の炎だ。
「……ち、がう。おれは、ちがうんだ、なのは……! こんな、こんな、こんなものを、もらっていいやつじゃ、ないんだっ」
ちょっとした同情や、憐れみの気持ちでは、これはありえないように思えた。
なのはの内から恭也の中へと燃え移ったその炎は、きっと間違いなく、彼女全霊の想い。
彼女そのものと、そう言ったっていいくらいの。
「おれが、おれは、こんな、こんな……おれに、こんな……」
「私を誰にあげるかは、私が決める事だよ」
「……っ」
至近距離、彼女の瞳を覗き込まされ、理解してしまう。
理解を、させられてしまう。
「なの、は……」
「うん、おにいちゃん」
彼女の炎から、逃れるすべなどないのだと。
ましてやすでに燃え移っている、何をどうしたって、それはもう手遅れなのだと。
「…………お、れは」
だから、受け入れるしかない。この炎を、もう受け入れるしかない……なんて言い方は、きっと卑怯だろう。
「……あ、あ」
「あなたのおかげで、私は生きてる。あなたのために、私は生きてる。あなたが護ってくれた私は、あなたの事を身体全部で、心全部で、魂全部で愛してる」
「っなの、は……」
この炎に炙られ焼かれ焦がされる事が、だってこんなに―――心地が良い。
熱くて甘くて、暖かくて。
「……なのは、なのは、…………なのは」
「うん、ここにいるよ。ずっと、ここにいるよ」
「…………っ!」
これが生きているという事なんだと、そう思った。
「おにいちゃん、私の事を愛してくれている?」
「ああ、ああ……っ」
「私が今こうして、熱を持って、鼓動を刻んで、生きてる事を、喜んでくれている?」
「ああ、おれは、……おれは、それが、なにより、なにより……」
妹が出来たと聞かされた時を、思い出す。
そして、この世に生まれてきた彼女を、初めてこの手に抱いたあの日の事を、思い出す。
「……なのは、おれは、おれは、おまえが、なによりおまえがっ」
「……うん。わかっていることを聞いちゃった。でも、やっぱり、すっごくすっごくすっごく、嬉しい」
あの日、自分は確かに誓った。
この娘を護ると、そう誓った。
全身でもって、全霊でもって、高町恭也の全てを賭けて。
腕に抱いたこの愛しさの塊を護ろうと―――護りたいと、そう思った。
(……ああ、そうだ。そうなんだ)
胸の内、彼女がくれた燃え盛る炎が、闇を払ってそれを見つけ出す。
(なんで、わすれていたんだ。どうしてうまれてきたんだなんて、そんなこと、なんで、おもったりしたんだ)
高町恭也の根幹にあって、だからこそ、見えなくなってしまっていた、それは。
あの日、彼女が教えてくれたことは。
「おれは、なのは……おまえを……」
ひどく単純で明快な、その事実は。
「おまえをまもるために、おまえをまもりたくて、だから、だから、だからうまれてきたんだ……。おれは、おれは…………―――俺は、いずれ生まれてくるお前を、この手で護りたくて……。だから、先にこの世界に生まれてきたんだ……っ」
「……似たもの兄妹だね。私も、おにいちゃんを愛したくって、おにいちゃんに愛されたくって、だから、生まれてきたんだよ」
傍から見たら、愚かで卑賤な関係に映るのかもしれない。
兄妹同士でお互いに依存した、危うく浅ましい間柄に見えるかもしれない。
「なのは、なのはっ、……なのは」
だが、だからなんだ。
「うん、うんっ、おにいちゃん」
これが、自分の生まれた意味なんだ。このために生まれて、このために生きているんだ。
「……忘れないで、どうか、忘れないで、おにいちゃん。私、転んだりもするよ、迷ったりもするよ、だけどね、おにいちゃん。それでも私は、あなたがいてくれるから、だから笑顔でいるんだよ」
まっすぐに、なのははその光を湛える瞳でこちらを射抜き続ける。
「雨の日だって、眠れない夜明けだって、あなたがいてくれたから、だから、だから私はね、とびきり笑顔でいたの」
こんな、風に。
そう言って彼女が浮かべた笑みは、蕩けるような極上に柔らかく愛しいその笑みは、恭也の中の何かを吹き飛ばした。
黒い靄のような、まるで泥のような、自分の心を底の見えない闇の内へと引き込んでいたその何かは、彼女の笑顔の前ではあきれるくらいに無力だった。
「……私ね、おにいちゃんのその顔が一番好き」
「……俺は、どんな顔をしている?」
彼女は、その名そのもののような微笑みを浮かべたまま、教えてくれる。
「優しい顔を、してる。わかりやすくはないけど、でも、私にははっきりわかる。笑っているよ」
「……そうか?」
「うん。笑ってる。笑顔になってる」
目の前のこの娘の瞳に映る自分を覗きこんでみたが、さすがによくわからない。
だけど、この娘が言うならそうなんだろう。
この娘が居るなら、そうなんだろう。
この娘が居るから、そうなんだ。
「お前と、同じだな」
「うんっ」
そうだ、同じだ。同じなんだ。
「……俺は、お前が居るから、笑顔になれる。……この世界の愛しさに、気付くことが出来る。なのは、お前がいるからだ」
「うん、嬉しい。でもね、私が居るのは、こうしているのは、生きているのは、ずっと護ってくれた人がいるからだよ」
「……そう、なのか」
「うん、そうなの」
恭也は、頷いた愛しいその女の子を両腕で掻き抱き、胸に収める。
「なのは、……なあ、なのは」
「うん、なあに?」
「俺は、俺は……―――」
思う。
すっきりとした頭と心で、思う。
腕の中にある、胸の中にあるこの清々しい熱を、この心地いい柔らかさを、この甘い匂いを、この途方も無い愛しさを。
護れたというのならば。
「俺は、俺を…………俺を、少しは、認めてやっても、いいのだろうか」
恭也は、その結論にたどり着いた。
随分と長く歩いた気がするけれど、それでも。
「うん、……うんっ」
「良くやったと、……お前なりに、頑張ったなと、そう、言って、やっても、いい、の、だろうか……」
「うん、うん、そうだよ、いいんだよっ」
こちらに包まれたままのなのはが、大きく大きく頷いてくれる。
「認めてあげて、言ってあげて、褒めてあげてっ。その人は、ずっと、ずっと、本当に、頑張ってきた人だから」
「そう、か……いいのか」
「いいの、いいの、いいんだよ。ずっとずっと、自分じゃない誰かのために、って、その人は頑張ってくれたの。だから、ね」
彼女の言葉は、まるで優しく手を引くよう。
「その人を、誰でもない、あなたがちゃんと、褒めてあげて」
「……ああ、そうしてやろうと、思う」
導かれて、前に進めた気がした。ほんの小さな一歩でも、先に進めた気がした。
真っ暗だった恭也の道は、今はやさしく照らされている。
歩いて行こうと、思った。
歩いて行けると、思った。
歩いて行きたいと、そう思った。
この先どれだけ迷っても、行く方向だけは見失わない自信が、あった。
「…………っありがとう、なのは、ありがとう」
「お礼なんて、いらないよ。……だから、代わりに」
彼女の言葉を聞きながら、恭也の意識は薄くなっていく。
「自分のことを嫌いになりそうなとき、憎んでしまいそうなとき、そんなときは、必ず私を思い出して」
暖かい光に包まれるように、視界が白に染まっていく。
「あなたが愛してくれている、私のことを思い出して。そして、あなたはそんな私を誰よりも確かに護ってくれているんだってことを、思い出して」
ここでもらった胸の中に燃える炎は、きっと永遠に消えないだろう。
「ゆっくりでいい。あなたの強さを認めてあげて、おにいちゃん」
「―――ああ」
頷いて、恭也の意識は光に溶けた。
柔らかく輝く黄金の月が、宵闇を薄める夜だった。
視界には不十分せず、周りの光景はよくわかる。
「……ここは」
穏やかな海に、こちらの足をとる砂浜。覚えのある場所だ。
ひたすらに、がむしゃらに、強くなろうと一番もがき続けていた頃に、何度も走りこみに来た。御神流剣士になくてはならない足腰をここで鍛えようと一人、走って走って走り続けた。
そして結局、得たものは。
「……つっ」
がくんと、恭也の身体は崩れた。たまらず、砂浜に膝を突いて。
そう、膝だ。
「い、たい……」
右膝が、ひどく痛い。立っていられないくらいに痛くって、走れやしないくらいに重くって。
「…………」
だけど、座ってなんていられなくて。
無理やり立ち上がって、恭也は足を引き摺りながら前へ進む。
「俺は、……強く、ならなくては」
頭がうまく働かない。自分が何をしていたのかも、よく思い出せない。だから、その強い想いに従って、身体を動かす。
そうだ。
身体を動かし、使い、鍛え、辿り着かなければならない場所があるはずなのだ。
どれくらい歩いただろう、いつの間にか足元には水面があった。水際が湾曲しているからか、それとも自分がまっすぐ歩けていなかったのか、わからない。
シンと冷たい水の感触が、意識の上を滑っていく。
「……あ」
動きの悪い右足が、水とそれを吸って重くなった砂にとられ、身体を無様に前方へ転ばせた。
とっさに手を突き出して、顔を打つことは避ける。
「……っ」
が、重い失望感はのしかかってくる。
こんな事で、自分は果たせるのだろうか。
自分の責務を、果たさねばならない役目を、果たせるのだろうか。
「……」
水面に映る顔は、幼いと言っていい程度に入るかもしれない、十やそこらの少年のものだった。少しだけ違和感が奔るが、すぐにぼやけてなくなっていった。
面構えからわかる未熟さに吐き気がして、水面とは言え殴ってやろうかと思ったがやめておいた。
そんな事より、前へ進まなくては。
そうでなくては、自分はいけない。
身体を起こし、顔を上げ、立ち上がろうとした時だった。
「そのままでも、いいんですよ」
背後から、声が聞こえてきた。それは海のように深く、月のように優しい音色で。
引き寄せられるように身体ごと振り返って、恭也は彼女の姿を眼に映した。
「……っ」
腰元まで伸びた、黄金の色彩を湛える長い髪。引き締まった体躯は、それでいて女性らしい起伏に満ちている。白いかんばせには紅の双眸がよく映えて、大人びたその顔つきは現実味がないくらいに整っていて。
年の頃は、自分よりも十ほど上だろうか。
月明かりの下、同じ色を髪に宿す彼女は、恭也と同じ水面の上、まるで女神のようだった。
「そのまま休んでいたっていいんですよ、恭也さん」
「……フェイト」
「はい」
穏やかに微笑んだ彼女は、こちらへ歩み寄ってくる。水の跳ねる音さえ優しい気がするのは、その笑顔の魔力だろうか。
長いスカートが濡れることにまったく躊躇せず、彼女は揃えた膝を水の中へと突いて、恭也と視線を合わせた。
「膝が、痛むのでしょう?」
「……ああ」
「それなのに、どうして?」
「……辿り着かなくては、いけないところがあるんだ。そうして、やらなければならない事があるんだ」
先へ進んで、届かねばならない――父の座したあの高みへと。
強くなって、護らねばならない――父の遺した家族と流派を。
「それは、そんなに無理をして、あなたがやらなければならないんですか?」
「…………俺しか、もういないんだ」
知らず、恭也の顔は俯いて。
水面に映った未熟者の顔を見ながら、言葉を零す。
「父さんは、もういない……。義母さんと妹二人を残して、逝ってしまった。あの人が護るはずだったものを、俺は、護らなければならない……護りたいんだ」
だから、父のようになりたいと、ならねばならないと、そう思った。自分の不甲斐なさに諦めかけていたけれど、そんな事はもう言っていられないと思った。
御神の一族にも、そして新しい家族にも、男は自分一人しか残っておらず。
弱さはもう、許されないと思った。
なにより自分が、許したくないと思った。
「護るんだ、俺が、護るんだ。だから、だから……」
「あなたは、入らないんですか?」
優しい顔で問われた事が理解できず、瞳を見返すと彼女は穏やかに言い直す。
「あなたが護るものの中に、あなたは入らないんですか?」
「……俺は、いいんだ」
恭也は、首を振る。
全部を抱えられるのなら、それがいいのだろうけれど、自分にそんな力はない。
だから、何かを切り捨てるしかなくて、義母や義妹も腹違いの妹もまさか捨てるつもりなど毛頭ない。先祖代々必死に磨き上げてきた流派も同じく。
そうしたら、切り捨てるものなんて、切り詰められるものなんて、恭也には、一つしかなかった。
「俺は、俺の事は、いいんだ。他に比べられないほど、大事なものがある」
「……他のものがどれだけ大切だって、どれほど愛しくたって、それでも自分自身をないがしろにしてしまったら、そんな生き方で生きてしまったら、寂しくはないですか? 辛くはないですか?」
まっすぐこちらを見てくる瞳を、恭也もせいぜいまっすぐ見返して答える。
「寂しくなんて、ない。辛くなんて、ない。俺は、これでいいんだ」
言い切った、言い切れた。そうだ、自分は、それでいいんだ。
「……ねえ、恭也さん」
目の前、金色を従える彼女がゆっくりと柔らかく、恭也の頬に片手を伸ばした。それはひんやりとして気持ちのいい、優しい手だった。
だから、気を抜いてしまって。
「―――駄目ですよ、恭也さん」
「……っ!?」
彼女の浮かべた美しい笑顔に恭也の心は警鐘を鳴らすが、……もう、遅い気がした。
逃げられない。なぜかそう思った。
「フェイ、ト?」
「はい、……ふふ」
恭也の頬を、彼女の指が優しく撫でる。
「恭也さん、覚えておいてくださいね。……私に、あなたの嘘は通じません」
「……なにを。俺は」
そもそも嘘なんて。
そう続けようとしたが、出来なかった。目の前、その女性の紅い瞳があまりにも、こちらの全てを掴んでいたから。
「恭也さんは、結構嘘つきな方です。色んな事を周りに偽って、あるいは、自分に対しても。でもね、恭也さん。私にそれは通じない」
「……う、あ」
「あなたの瞳が、あなたの声が、あなたの表情が、あなたの息継ぎが、あなたの指先が、……いろんなところのいろんな動きが、私に全部教えてくれる。少なくとも私にとって、あなたの身体はすごく正直」
こちらの頬を撫でる白い指すら、まるで見透かすような感触を示してくる。
「だから、いいんです。私には、私の前では、そんな風に無理をしなくて」
「無理なんて、していな……っ」
言いかけた言葉を途中で飲み込む。
目の前の彼女が、眼で変わらずこちらを掴んだまま、その形のいい唇だけで笑みを作ったからだ。
無駄だ、と。
そう言われているような気がした。
「……俺は、おれは」
理解を、させられる。彼女の前では、意味がないのだ。
「はい、恭也さん」
「……おれは」
どれだけ力を籠めて張った虚勢も、きっと砂上の楼閣に等しく。
「…………仕方が、ないじゃないか」
零してしまったその言葉を、捕まえようにももう遅かった。
「……どれだけ、痛くても。……辛くても、寂しくても、それでも」
言いたくない。こんな事を、言いたくない。そんな自分を許せない。
なのに。
「……」
無言、暖かい空気で優しく包んでくる彼女の存在が、鍵を開けさせる。
恭也が必死で押し込めて、誰にも、自分にも、見せないように封じ込めていた弱さを、それの詰まった容れ物の鍵を、手を取り優しく開けさせてくる。
「……俺しかいないんだ。俺しか、もういない、それで、それで」
カチリと、そんな音がした気がした。
開けてしまったと、そう思って。
「俺には、もう、…………いないんだ。俺には、誰も、いないんだ……」
こぼれたのは、そんな言葉で、想いだった。
ずっと、誰にも絶対に、言わなかった想いだ。
「……母さんは、笑っている。いつも明るく、笑っている。俺たちのために、父さんとの約束のために、そうあろうとしてくれて……だから、わかるんだ。あの人はどこかで、俺たちの見ていないところで、それでもやっぱり震えているって」
義母となったその女性は、とても強い人だった。辛い過去があっても、未来を皆で愛するために、今で笑える人だった。
とてもとても、強い人で。
涙すら、笑顔に換えて流さない人で。
「だから、あの心強くて小さな背中に、もうこれ以上負担を掛けたらいけないんだ。きっと自分が潰れても、あの人はずっと笑うから……だから、絶対駄目なんだ」
独白は、続く。
もう、止められそうになかった。
「美由希は、産みの母親に、美沙斗さんに捨てられたと伝えられていて、だから、すごくすごく、父さんに懐いていた。父さんの剣にも、憧れていた。なのに、直接教わる事が、ついぞ、叶わなかった」
父が帰ってこないことを義母から教えられたときの彼女を、忘れる事は生涯、ないだろう。
「どれだけ、無念だったろうかと、思う。だから、あいつにはもう少しでも、寂しい思いをして欲しくなかった」
あの覚えるのが遅い弟子は、しかし一度覚えた事は絶対に忘れない。父へのあの憧れも、彼がいなくなった事への寂しさも、色褪せないままきっと、ずっと彼女の中にある。
だから、少しでも自分が、その代わりを果たしてやりたかった。
「……なのはは、触れる事すら出来なかった。父に、世界で一番、確かに護ってくれる男に、その愛に、直接、触れる事すら出来なかった。……あんなに愛しいあの娘に、どうしてそんな寂しい思いをさせなければならないのか、俺にはわからなかった」
やるせなかった。この娘はもっと、幸せになるべきなのにと思った。
「せめて、怖い思いや痛い思いに、怯える事だけはして欲しくないと思った。そんな時にすがりつく腕を、安心を与えてやれる胸を、あの娘にあげたかった」
明るく笑わせてなんてやれないから、せめて、木陰を作る葉を抱え、寄りかかる事のできる幹を持った、彼女のための木であろうと思った。
それが器用でない自分に出来る、愛情表現の精一杯だった。
「姉のような人も、妹のような娘達も、出来た。だけど、彼女たちだって、たくさんの辛さを抱えていて……少しでも、その背を支えてやりたいと思った」
恭也は、家族が大好きだった。
一般的ではないその内訳だが、それでも、誰にだって誇れる家族だと思っている。
「……俺は、俺は、だから、彼女たちを護りたくて。光の満ちる世界で、生きて欲しくて」
弱ければ、護ってもらえる。怯えていれば、かばってもらえる。震えていれば、抱き締めてもらえる。
大好きな家族には、あの人の遺した彼女達には、そんな世界で生きて欲しかった。
だから、自分がなろうと思った。
弱いものを、護る側に。怯えるものを、かばう側に。震えるものを、抱き締める側に。
なろうと、思って。
思って、願って、もがいて。
だから、絶対に誰にも、言えなかった事があって。
それは。
「護りたくて、護りたくて、護りたくて……でも、おれは、だから、おれには……っ」
息が乱れていく。これを言ってはいけないと、身体が心が叫んでいる。
これだけは零してはならないと、禁じてくる。
「……いいんです、言ってください」
だけど目の前、優しい声が囁く。
「大丈夫、大丈夫だから、ね。言ってください」
「あ、あ……」
「私に見せて、弱いあなたを。あなたの暗くて脆くて弱いところ全部、私に見せて」
その甘い囁きは、まるで麻薬のようだった。
必死に力んでいた身体と心が、だらりと弛緩していく。
「お、れは……」
「はい、恭也さん」
「おれ……は…………」
押し込めていた箱の奥から、それは最後に現れた。
「…………………………………………おれも、誰かに、―――護って、ほしかった」
それこそ、父のところへ向かうその時まで、誰にも言わずにおこうと思った想い。
「でも、誰も、いないんだ……。護ってほしいと、願っていい人なんて、ねだっていい人、なんて、……いないんだ」
義母も、義妹も妹も、他の家族たちだって。
「みんな、護るべき、人達で……だから……だから、駄目なんだ……」
護るべき人達に、護ってほしいなんて、言えるものか。
「おれは……」
言えなくて。
言えなくて。
だから、もっと歩こうと思った。痛みを訴える膝を抱えても、それでも。
寒くて寒くて、だけど誰にも縋り付けなかったから、せめて、歩こうと思ったんだ。それは、あるいは未練を振り切るように。
みっともない本音を、こぼさないように。
「…………っ」
視界のにじみに気がついたときには、水面に波紋が広がっていて。
「こ、んな……く、そ……っ」
こぼれてくる雫を、必死に腕でぬぐう。
「こんなもの、こぼす、弱さなんて……いらないっ! 弱い、おれなんて……っ」
いらない。いらない。
いていい、わけがない。
自分は、護りたい人の力になれる、剣であれる、高町恭也でなくてはならないのだから。
「う、ぐ、…………っ、……………………?」
視界が、優しい何かで染まった。柔らかさが顔を包んで、力の抜ける匂いを胸いっぱいに吸い込んでしまう。
「………………フェイ、ト?」
「……はい、フェイトです」
穏やかで、でも力と気持ちのこもった声が、どうしようもなく甘い吐息とともに、至近距離から返ってくる。
恭也をその胸に抱いた彼女は、痛くない強さで、しかし確かな力で、ぎゅっとその両の腕と身体でもって包んでくる。
「私は、フェイトです。私の名前は、フェイト」
もう、本能といっていいのかもしれない。格好をつけて否定する暇もなく、ずっと、この暖かさを感じていたいと思ってしまった。
「ただのプロジェクトネーム、それが、私のこの名前です。でも、大好きな人達が呼んでくれるから、今は大好きになれた、そんな名前です」
恭也の心を致命的なほどに惹き付けながら、彼女は続ける。
「この名前に、言葉の意味を持たせていいのなら、私は、あなたの運命でありたい」
「…………うん、めい?」
わからなかった。
わけが、わからない。
どうしてこんなに優しい声で、こんなに暖かい言葉が降ってくるのか、わからない。
「はい、運命です。……恭也さん、私は、どうか、私は…………あなたのための、運命でありたい。あなたのために運ばれてきた、そんな一片の命でありたい」
「…………ぁ」
自分の心臓が高く高く、鳴り響いたのがわかった。
彼女の言葉に、その気持ちに、どうしようもなく反応した自分がいた。
「おれの、ため……きみ、が?」
「はい」
「…………だ、めだ。だめだ、そんなのはっ」
そんなのは、そんなのは。
そんなに。
「そんなにっ、……………………やさしく、しないでくれっ」
「……あなたのためなら、何でもします。だから、それだけは聞けません」
「……や、めて、くれ」
怖い。
「聞いてください、恭也さん」
だってこのままでは、絶対に、……溺れてしまうとわかるんだ。
「……や、め」
すうと、少しの息を吐く音の後。
「あなたの道は、私が拓きます」
「う、あ……」
恭也の制止もむなしく、彼女の言葉は紡がれていく。
「あなたの敵は、私が屠ります」
「あ、……あ」
それは宣誓のような誠実さと、単なる事実の確認のような自然さが同居する、不思議な声。
「あなたの願いは、私が叶えます」
「……あ、ああ、っ」
そのまま、そして彼女は続けた。
「あなたの全てを、私が護ります」
「フェイ、ト、やめて、くれっ」
「やめません、絶対、やめません」
「……う、あっ!」
彼女の声が、恭也の身体に、心に、纏わっていく。
たまらず、せめて身体だけは逃れようと彼女の胸の中で身をよじって、しかしそこに抵抗はない。動けるだけ動ける、……動ける、のだが。
「……ここにいていいんですよ。ここで、ゆっくりゆっくり休んで、いいんですよ」
「……っ」
動いた先で、また捕まえられる。動きを読まれ、間断なく包まれる。
彼女との距離は、零のまま。
どれだけもがいたって無駄だというのをわからされ、身体から力が抜ける。
「安心を、してはくれませんか? この胸の中でどうか、安らいではもらえませんか?」
「……だから、だから駄目なんだ!」
構えも鎧も何もかも、捨て去って眠りたくなるこの安らかさは、高町恭也にとってなによりも危険な劇薬だ。
決して手にしてはいけないと、口に含んで飲み干してはならないと、積み上げてきた自分の全てが警告している。
「よかった。それならいいんです」
「よくなど、ない! 俺は、ここにいたら、こんな風にされたら……」
彼女にこんな風にされ続けたら、結果なんて目に見えている。
「俺は、俺は……………………………………弱く、なってしまう」
ただでさえ大して強いわけでもない自分が、これでは本当に堕落してしまう。
「弱くちゃ、駄目なんだ……。弱い俺じゃ、弱い俺は……! 駄目なんだ……!」
「……わかってください、恭也さん。ずっと強い必要なんか、ないんです。強くありたいときにだけ、人は強くあればいいんです。そしてそのために、弱くあるときも必要なんです。弱くったって、いいんです」
「……っだけど、だけど」
「大丈夫、いいんです。大丈夫だから、力を抜いて、構えを解いて。大丈夫、大丈夫です。私が、います」
ぎゅっと、また身体を抱かれ。
身に感じる柔らかい感触の奥、聞こえてきたのは愛おしいリズム。
「護ります、あなたの弱さもあなた丸ごと、私が護ります……どうか、護らせて」
とくんとくんと、鳴っている。彼女の命が、鳴っている。まるで恭也の側でそうすることが当たり前だったかのように、彼女の命は、その音色を響かせる。
「あなたに昔、言ってもらった事があります。教えてもらった事があります。約束を、してもらった事があります。だから今、それを今、あなたにも、お返しします」
彼女の声は、月光のように優しく降り注ぐ。
「辛いとき、切ないとき、寂しいとき。そんなときは、どうするのか。あなたが下手っぴで、不器用で、やり方を知らなくて、でも、やらなきゃいけない事があるんです」
やらなくては、いけない事。
ずっとずっと、諦めていた事。
「……フェイ、ト」
知らず、その名を呼んで。
「はい。そばにいます、ずっといます。あなたのフェイトが、ここにいます。ね、だから」
そして、彼女は言った。
「―――私に甘えて」
「…………っ」
耳元で囁かれたそれは、多分、一番聞いてはいけない言葉だったのだろう。
背筋に、なにかが奔って。
とても優しい、だけど抗えない、電流のようななにかが、奔って。
ずるり、と。
完全に身体から力が抜け切り、ゆっくりと瞼は帳を下ろす。
「……フェイ、ト」
「はい、なんですか?」
「…………聞いて、くれない、か」
「はい、話してください。聞かせてください」
恭也は、彼女に委ねる事にした。
「……おれは、とーさんの死に方を、誇りにおもっている」
自分のなにもかもを、心の一番柔らかくって臆病な部分を、委ねてしまおうと思った。
「……ひとりの護衛者として、ひとりの御神を修めた剣士として、立派な死にざまだったと、おもっている」
心臓の鼓動と同じリズムで背中を叩き、時折髪をなでてくれる彼女の手があんまりに優しくて、胸が暖かで、熱が心地良いから、恭也は続ける。
「…………でも、だけど」
はじめてと言っていいくらい、それは新鮮な感覚。
「やっぱり、ずっと傍にいて欲しかった……」
痛い言葉を吐いているのに、ひどく心地が良かった。
「……俺に道を、あの剣を、示し続けて欲しかったっ」
これを知った自分は、もう、戻れないなと思った。
「それで、それで、……未熟な俺を! 弱い俺を! とーさんに届くそのときまで、……護っていて、欲しかった!」
言えなかったままの事。
癒えなかったままの傷。
「おれは、おれは……だから、おれは……っ」
自分の、みっともない、誰にも見せたくなかった弱さを晒す。
「……ひとりでこの道をあるくのが、ずっと、こわくてしかたなかったんだ」
言葉にして、はっきりと口に出して、ああそうだったんだと知る。
ずっと、見ないようにしてきたけれど。
自分のなかに、そんな風に思う自分が、確かにいたんだ。
「う、あ、うう……っ」
認めるのも、怖くて。ずっとずっと、避けてきて。
「……恭也さん」
「フェイ、ト……フェイト」
なのに今、心はどこか決定的に、安らかだった。
「はい、恭也さん」
「あ、う、あああ……っ!」
ようやく、わかる。実感として、わかる。
これが、誰かに甘えるという事なんだ。
「……頑張り、ましたね」
「……?」
間抜けに見返すこちらに、彼女は微笑んで言う。
「それでも、怖くても、その人が遺していったもののために、あなたはずっと、怖くったって、頑張ってきたんでしょう?」
「……お、れは」
戸惑う恭也へ、フェイトは駄目押しのようにもう一度、認めていいんだというようにもう一度、告げる。
「頑張りましたね、恭也さん」
「……あ、……う、あ」
耐えられない。もう、耐えられそうになかった。
「恭也さんは、頑張り屋さんで優しくて誠実で……ね、だから、泣き虫だっていいんですよ」
「あ、あ……!」
「いいんです。ここには、私しかいないから。だから、いいんですよ」
「うう、あ、ううううああ……!」
ボロボロボロボロと、情けなくあふれていく涙を、しかし拭う気は今度は起きない。
「……泣いて、泣いて、ね」
「ああ……う、ああああああああああ……!」
そのままでいいと、彼女が背を叩き胸に抱いて熱をくれる。
「――――っ、――っ!」
泣いて、泣いて、むせび泣いて。
「……泣きたいときにはそうやって、誰かのところで泣いていいんです。もうこれからは、我慢しないで。お願いだから、ひとりにならないで」
何かが、返ってきたような気がした。
「人に甘えて、人に頼って、人に縋って、―――それが、人と手を繋ぐことなんだって、教えてくれたのはあなたです」
外れてしまっていた、人としての大切な何かが、返ってきたような気がした。
「だから、甘えたいとき、頼りたいとき、縋りたいとき、……手を、伸ばして」
彼女が見つけ出して、優しく手渡してくれた気がした。
「私がいつでも、それを掴みます。私の全部で、それを包みます。だから、手を伸ばして」
「……フェイト、フェイ、ト。す、あ……な…………あり、…が……っ」
ぐちゃぐちゃになった心が、だからこそ安らかな心が、彼女に伝えようとする。
すまないと、ありがとうと、そう伝えようとする。
「……お礼なんて、いりません。謝罪なら、もっと」
まともに聞き取れない恭也の言葉を、しかし正確に理解して、彼女は優しくそう返す。
「だから、その代わりに」
彼女の言葉を聞きながら、恭也の意識は薄くなっていく。
「行く道が怖いとき、歩くその足が震えるとき、そんなときは、どうか私を求めてください」
意識が、閉じたまぶたの内側、安らかな黒に落ちていく。
「あなたを全部で想っている、私のことを求めてください。そうしたらこの胸の中で、どうか全部を護られてください」
ここで覚えたぬくもりが、恭也の心から離れる事はもうないだろう。
「ちょっとずつでいい。弱いあなたを許してあげて、恭也さん」
「……っああ」
頷いて、恭也の意識は柔らかく落ちた。
「…………」
見上げた天井は、優しい白。それに何秒か見とれてから、恭也は身体を起こした。
ベッドの上、どうやら自分は眠り込んでいたらしい。
「……」
腰元あたりに、ベッド脇の椅子に座った二人の女性が突っ伏して眠っていた。左側に栗色の髪が踊り、右側に金色の髪が広がっている。
彼女たちの手はそれぞれ、恭也の手を握っていて。
なんと言えばいいのか、わからない。
この暖かくて優しくて穏やかで、幸福に満ち満ちたこの気持ちを、なんと言って言葉にすればいいのか、わからない。
なんと言って、彼女たちに伝えたらいいのか、わからない。
だけど。
「…………それでも」
それでも、伝えたい。不器用だっていい、自分の精一杯で、彼女たちに伝えたい。
この気持ちを、自分の今を、伝えたい。
だけど起こすのは忍びないから、見つめて待とうと思った。それだけだって、なんて幸福だろう。
こうしていられる事が、どうしようもなく幸せで、幸せで、しかたがなかった。
どれくらいの時間が経ったか、二人は穏やかに眠ったままで。
「…………あら、おはようございます」
病室らしいこの部屋のドアを静かに開いて、入ってきたのは茶色のショートボブを揺らす女性だった。
「よう眠っとったよ、恭也さん」
はやてはそう言いながら、彼女らしい柔らかい笑顔を浮かべた。
「ああ、良く眠れた。本当に、すごく。……ところで、君はなんだか絵になる姿をしているな」
「そう? なんや、照れるなあ」
彼女はその手に、一つひとつは小さな花弁だがたくさんのそれが集まって眼を惹く、魅力的な花束を抱えていた。特段詳しくないので何とは言えないが、可愛らしい花だ。それを携える彼女も、当然のように。
「でも恭也さんこそ、ずいぶん絵になる格好やで。別嬪さん二人に挟まれて」
「……そうだな。それは、そうかもしれん」
自分の主観ではあるが、なのはは比べるものなどそもそもいないくらいに可愛らしいと思っているし、意識を惹き込まれるような美しさにおいてフェイトを超える女性が居るとも、今の恭也には思えない。
別嬪と言えば確かに、この上ないだろう。
「なあ、恭也さん。お加減はどう?」
こちらのベッド脇まで歩み寄るはやてに、そう問われ。
身体の事、記憶の事。色々、答えるべきであろう事が頭の中をぐるぐると回って。
「……俺は、知らなかったんだ」
結局、恭也の口から出てきたのは、そんな言葉。
「こんなに、視界が明るかった事を。こんなに、世界が眩しかった事を」
「……恭也さん」
本当に、知らなかったのだ。
今、自分の瞳に映る景色はひどくクリアで、光に満ちている。
そして自分の心の中にもはっきり、それは差し込み優しく照らしてくれている。
こうして生きている今が、ひどく嬉しかった。
「……ここ最近の俺、どころでは、きっとないんだが」
言葉をきって、思わず苦笑を落とす。そんなこちらを、はやては優しく見つめてくれている。恭也は彼女の前、素直に喋る口をそのまま動かす。
「五年前も、十年前も、たぶん、二十年前だって、その前だって、こんな明るさも眩しさも知らなかった。俺は、見ようとしてこなかった」
自分自身に自分自身が落とす影の中で、きっと、ずっと生きてきた。それでいいんだと、これが自分だと、自分の生き方だと、そう思って歩いてきた。
護りたい人を護れていれば、自分の幸せなんて、どうでもよかった。
本気で、そう思って生きてきた。
「だけど、今は違うんだ。俺は、俺も、光が愛しい」
降った光の暖かさに、その輝きに、思う。
やっぱり自分も、これが欲しかったんだ。
幸せに、なりたかったんだ。
それが、やっとわかったんだ。
「なあ、はやて。……俺は、生きていてよかったよ。そして、これからも生きていたいと思う。俺の人生を、生きていきたいと思う」
「……うん、せやな。それはすごく、大切な気持ちや」
「ああ。……本当に、初めて知った。知れた。…………教えて、もらえた」
隣で眠る二人に、視線を向ける。
なのはが、自分の強さを認める事を教えてくれた。
フェイトが、自分の弱さを許す事を教えてくれた。
二人が、こんな風に生きていける気持ちをくれた。
「……ありがとう、はやて。なんて言葉じゃあ、やはり足りないんだろうが、言わせてほしい。あの世界は、君が用意してくれたんだろう? おかげで、俺は」
「ありがとうを言い合ったら、私、最後まで負けませんよ? そもそも私が今こうしているのも、恭也さんのおかげなんやから」
「だが……」
「……せやったら、一つ。一つ、お願いを聞いてくれますか?」
彼女は、少しいたずらな笑みを浮かべてそう言ってきた。
「ああ、もちろん。俺の叶えられる範囲なら、なんでも」
「では、なんてもったいぶってなんなんですが、まあ質問に答えて欲しいだけなんです」
まっすぐにこちらの瞳を見つめながら、そして彼女は続けた。
「ねえ、恭也さん。私って、いい女ですか?」
「……ずいぶんな事を聞くな」
「アホな質問やっちゅう事くらいわかってますっ、でも、どうですか?」
ずいっと、その可愛らしい童顔をこちらに寄せて問う彼女に、恭也ははっきりと答える。
「君は、文句なしにいい女だよ。とびきりの、いい女だ」
「……そうですか」
ふっ、と。
彼女が浮かべたのは、今までのものとはどこか違う、優しいような、それでいて複雑な色をした、不思議な微笑みだった。
「……はやて?」
「恭也さん、知ってます?」
言いながら彼女は窓際に寄って、手に持ったその花を置いてあった花瓶へと丁寧に差す。
「なにをだ?」
「いい女ってね、場合によっては損を引くんですよ」
はやては花を生けたその花瓶を持って、すぐ隣りに設えられた水場へ移り、蛇口を捻る。出てきた水を入れながらの彼女の顔は、やはりどこか読めない色をしている。
「そう、なのか?」
「はい。でもね、それでいいんです」
蛇口を締め、水の入った花瓶を改めて、はやては窓際に置いた。
「損を引いても、それでいい。それでいいから、いい女なんです」
「……どういう」
「恭也さん、どうですか? この花」
「ん、ああ、綺麗だ。ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
はやての顔にはもう、いつもどおりの人好きのいい笑顔が浮かんでいた。あの表情は、嘘だったかのように名残すら無い。
言及する事を躊躇わせる、それは鮮やかな引き際だった。だから恭也は、彼女の作った話題に乗る事にした。
「これは、すまない、疎くてな。なんという花なんだ?」
「スターチス、です。私達の世界じゃあ季節外れなんですけど、こっちだと今くらいに咲くらしくて。気候は同じ感じやから、土壌の違いでしょうかね……さて、と」
なんとなく、はやてのイメージに合っている気もするな、などと思いながらその花を眺める恭也へ、彼女は言う。
「それじゃあ私はそろそろ退散します。そのうち、二人も起きるでしょう。あとは三人でごゆっくり」
「ん、もうか? もっとゆっくり……ああ、いやすまない、忙しいのか?」
「まあ、そんなところです」
にこりと笑って、彼女はドアへと歩み寄り、そこに手を掛け。
「あ、恭也さん、最後にこれだけちょっと言わせてもらってもいいですか?」
顔だけこちらに向けて、そんな風に言ってきて。
「ああ、なんだ?」
ごく自然なトーンで、彼女は告げた。
「幸せに、なってくださいね」
「……俺には、結婚の予定はないんだが」
「ふふ。……それじゃ」
彼女はいたずらな笑みを残して、そして部屋から去っていった。
青い青い、真冬の空はひどく高く。
ピンと張り詰めた冷たい空気は、清廉な表情を保ち続ける。
ミッドチルダ中央区、野外式典会場は現在、限界の限界まで人入りのキャパシティを広げられており、そのそこかしこには中心で今まさに行われている式典の様子を映す巨大スクリーンが浮いている。
十万人というのが、この広大な式典会場に詰めかけた人数のおおよそである。局員はその三割程度、七割が外部の人間だ。
観覧を募集したところ応募が殺到し、十万という上限の高さながら局員枠も一般枠も当選倍率は目眩がするほど高かったという話だ。
好奇心で申し込んだような応募はまず蹴られており、ここに来ているのは基本的に、局員であれば任務の中で、外部の人間であればその窮地にあって、特別武力制圧官・高町恭也に命を救われた者達だ。
高い抽選倍率をくぐり抜けてここに来る事の出来た、特武官に救われた内のほんの一握りである彼ら、特に外部の者達はその多くが、遠くの世界からわざわざこのために何日もかけてミッドチルダまで訪れたのだろうと簡単に察せるくらい、その人種や身につけている衣服、纏う雰囲気などが様々だった。
そんな彼らはしかし、皆同じように真剣な表情で、静かに式典の舞台、あるいはそれを映すスクリーンに意識を向けている。
そこにいる男性、管理局、聖王教会それぞれから勲章を戴いている彼、本局所属元特武官・高町恭也をじっと見つめている。
(……うん、安定してる)
最前列、関係者席に座するなのはの眼に、兄はかなり落ち着いて見えた。
新暦75年2月。
あれから、およそ三ヶ月の時が経った。
兄は、完治したわけではない。今もフラッシュバックには悩んでいるし、味覚も戻らないまま。記憶障害だって、ほんの少しとはいえ残っている。
変質してしまっていた痕も、精神から完全になくなったわけではない。今もなお、時折襲い来る過剰な自責の念に彼は苦しんでいる。
だけど、それでも。
どこか折れない芯が、確かにあった。
決定的なところで『向こう側』に落ちる事はないと思える確かさが、今の彼にはあった。
やがて、兄に四つ目の勲章が授与される。この時空管理局・聖王教会合同叙勲式において、それは最後の一つだ。
静寂に包まれていた会場が、そして万雷の拍手で湧き上がった。十万という数の人間が起こすそれは、空気を断続的とは言えないレベルで揺らし続け、空間を独特な色で染め上げる。
局員も一般人も皆真摯な表情で、偉業を為し続けたその男性に、心からの賛辞と祝福を送っている。
局員達へ複雑な思いがないと言えば、それは嘘になる。
お前達が。そんな黒い感情が心にあることを、なのはは自覚している。彼らにそのつもりはなかったのだろうという事はわかってはいても、だ。
だけど。そう、だけど。
"なあ、なのは。……捨てたもんじゃ、なかったんだな"
そう言った彼の顔を、思い出す。
"お前が、教えてくれた通り、だな。俺も、俺の出来た事も、捨てたもんじゃあ、なかったんだな"
端末のディスプレイ上に目を走らせながら、照れたような、でも、嬉しそうな、誇らしげな。
そんなあの人の微笑みを思い出す。
すると、少なくともこの想いの籠もった拍手だけは、斜めから見ようとは思わなかった。
沢山の、本当に膨大な量の、手紙があった。
『手違い』でずっと特武官本人へと届けられる事のなかった、様々な世界の人達が送った感謝のもの。
そして、恭也が心身を崩して倒れたという報が局内に出回ってから、沢山の局員達が送ってきた感謝と、そして謝罪のしたためられたもの。
恭也が倒れてからようやく、彼らはその人が人間であった事を本当の意味で認識したらしい。
今更なにをと思う気持ちは、兄の顔を見て、言葉を聞いて、引っ込める事にしている。ちなみにもちろん、手紙はしっかりと事前にシャマルがチェックして、問題のないものから順番に彼へ見せるようにしている。
会場の拍手は鳴り止まず、多くの報道陣がシャッターを切ってその様子を、そして何より壇上の彼の姿を収めている。
厳粛さを求めるのならば、報道陣には控えてもらうという場合もあるのだろうが、この式はそういった事よりもとにかく、広く大きくその様子を伝える事を優先している。
その理由は、この式典が行われた目的にある。
なのははちらりと、壇上の脇に佇む、この式典最大の立役者の一人に目を向けた。
リンディ・ハラオウン。
かつて一番最初に兄を管理局へ誘ったその人は、恭也のために戦っていた女性だった。それをなのはが、どころか彼女の息子や娘達が知ったのさえ、つい最近である。
恭也が管理局から授与された勲章は、次元世界群の平和に他に類を見ないほどの多大な貢献をした人物に与えられるものと、危険な戦場において多数の局員達を救った英雄的人物に与えられるものの二つ。管理局に制定されている勲章の中では、両方共にそれ以上が存在しない最高位のものである。
どう考えても、これはおかしいというのが世間の評価の一つだった。
後者はまだしも、前者を入局四年にも満たない局員が得るというのは異様とすら言える事であり。
しかし、高町恭也に疑念の眼が向けられる事は、結局ほとんどなかった。公表された戦歴がそれを得るにふさわしいと十分過ぎるほどに示しており、ジャーナリスト達が各地で裏を取ればその出撃が嘘ではない事は簡単に確認されたからである
となれば世間が何におかしさを感じたかと言えば、当然の帰結として、こんな短いキャリアにそんな異様な出撃を詰め込んだ管理局自体に、である。
次元世界群が荒れている時期であり、高町恭也がその状況に大きく貢献出来る能力を持っていたがゆえにこのような事になったという説明がされているが、批判の声は強い。
管理局側としても、あんな勲章を授与すればこうなるのはわかりきっていた事であり、ゆえに今まで危険手当等の名目で出していた分とは別に、内々に改めて報酬を与えて終わりにしようという声も大きかった。
それがこうして、最高位の勲章が与えられ、大々的に叙勲式も行われる次第となったのは、それを強行した人物がいたからである。
それがリンディ・ハラオウンであり、彼女は捨て身だった。
高い実力と実績と地位と、様々な人脈を得ていた彼女だが、それでもこれを為すのは尋常な事ではなく、ゆえに彼女は捨て身だった。
そして実際、こうして現在の状況を作り上げた彼女は肩書こそなくしていないが、それ以外の実質的な権限などは、ほぼ全てを失っていると言っていい。
自分の公人としての資産や権限を切り崩して材料とし、様々な交渉を行って、最後には来るであろう管理局への批判も『高町特武官を管理局に勧誘した人間』である自分の責任として引き受けると言って他の人間たちを納得させ、今回の叙勲式を成立させたのだ。
さすがに勧誘した人間だからといって彼女が全て悪いという論調が幅を利かせることはなく、そもそも彼を管理局に招き入れた判断自体は決して間違った事とも言われず、それまでの功績もあって、リンディ・ハラオウンの名が世間で悪名となることはなかったが、それでも今回の件の責任者は彼女という事になっている。
現在の権利体制が維持される限りにおいて、完全な閑職に追い込まれた彼女の局員としての未来はもはや完璧に閉ざされていると言っても、それは全く過言ではない。
そこまでして彼女が今回の叙勲と叙勲式を成立させた理由は、一つ。
高町恭也を、他でもない管理局から護るためである。
恭也は、少なくともすぐには管理局を辞める事が出来ない。これは、シャマルが医務官として下した判断である。
今まで彼は、数多くの戦場を渡り歩いて生きてきた。そこからいきなり抜け出して生きるとなると、逆に環境が変化しすぎて、ヘタをするとかなり重篤な反動に見舞われる可能性がある。戦場に出すのと同じくらい、今の彼を日常に押し込めるのはリスクが高い……シャマルは、苦悩の末に下したのだろうそんな診断をなのは達に伝えてくれた。
だが、このまま今まで通り働かせるとなると、また同じような奸計が彼を襲う可能性がある。
だからこその、リンディの案だった。
その功績に足る勲章を授与させ、それを世間に大々的に公表する事で、彼を広く知られた英雄とする。
そうして、管理局の使い潰しから護る。
それが彼女の狙いであり、局員としての全てを捨てて叶えた願いである。
"何の償いにも、ならないってわかっているけど"
そう言って、やつれた面を伏せた彼女を、なのははもちろん、そして兄もだろう、恨んでなどいない。本人は未練はないと言い切ってはいるが、なのははフェイトやはやて、クロノ達とどうにかして、彼女の名誉と権限を回復させられないかと話し合っている。
やり方は、色々あると思うのだ。
「剣聖ッ! 剣聖ッ! 剣聖ィッ!!」「おめでとうございますぅぅ!! 剣聖ぃぃィィ!!」「高町剣聖ぃぃぃぃぃ!!」
たとえば今、一際熱を入れて声を上げている彼ら、聖王教会やベルカ自治領区の人々を頼る、などである。清廉で普段は穏やかな彼らだが、感極まったのか空気と地面を揺らしに揺らして歓喜と祝福を叫んでいる。
彼らは、リンディに次ぐ今回の式典の立役者と言える。
というか、元々、はやてやカリムはほぼほぼリンディと同じように、次元世界群において最大規模の宗教組織である聖王教会から勲章を与える事で恭也を広く知られた英雄とし、護ろうと考えていたらしい。そこにリンディの計画を知って、それに乗る形を取ったのだ。
はやてやカリムが無理をして推す必要もなく、恭也が出撃に次ぐ出撃で取り合わなかったために中々叶わなかっただけで聖王教会自体は、彼に機を見ていつか勲章を授ける気でいたようで、話はスムーズに進んだらしい。
聖王教会が恭也へと贈った勲章は管理局と同じく二つ。ベルカの民や文化を護った英雄に対して与えられるものと、そして長いベルカの歴史の中でも特別に語られるべき力と心を持つ騎士に対して与えられるもの。
前者ももちろんだが、特に後者は非常に重要な意味を持つ勲章であり、平たく言えばこれを贈られた時点でその人物は、聖王教会が信仰対象としている聖王、その血族、傍に控えた騎士達に次ぐ者として聖王教の人間には認識される事となる。
この通達に焦ったのは管理局の、リンディの案に対し渋っていた面々である。
何がまずいかと言えば、このままでは順当な流れとして恭也が管理局から聖王教会へとその軸足を移す事になる蓋然性があまりに高いという事である。
軸足を移すどころか、完全に聖王教会だけの所属となる可能性すら大いにあると見て自然だろう。
緊密な仲である管理局と聖王教会とは言え別組織である事に変わりはなく、そこに局内の最高戦力の一つが移るというのはいかにもよろしくない。
さらに言えば、特にベルカの民たちに黒衣の剣神と讃えられる高町恭也だが、勲章の授与と同時に聖王教会において正式には【剣聖】と認定されている。
ただ剣の腕前を認められたというだけでなく、聖王教ではこれはすなわち、聖人と見做されたという事である。
こちらが聖人と認める男に、その功績に相応しい名誉も与えず内々の報酬だけですまそうというのは誠に遺憾だと、そんな事を聖王教会から言われたならば何の弁明も出来ず、最悪、信者達を向こうに回す事になる。そもそも、管理局内にも聖王教の人間は大勢いるため、内部分裂も必至だろう。
次元世界群最大の宗教組織を敵に回すのは、どう考えても賢い選択でない事は明らかで。
結局管理局は、批判覚悟で高町恭也の叙勲とその根拠の開示に踏み切った。
以上が、なのはが知っている限りのこの叙勲式の内幕である。
(……手段では、あるけど)
思う。
兄を護るという目的を果たすための、手段ではあるのだけれど。
それがまず何よりの事ではあるのだけど。
拍手を浴び、光を浴び。
舞台の上、中継放送も合わせれば本当に多くの人達に世界に対するその尽力を認められた兄の姿を見る。
手段とはわかっているのだけど、やはりそれでも。
視界がにじむ。
だって、やっとじゃないか。
この世で一番強くて、一番優しくて、一番誠実な、誰より頑張ってきた世界一の兄が、誰しもに認められる時が来た。
そんな世界がやっと来た。
たくさんの人に光を届けたあの人が、ようやく光に包まれた。
頑張って、頑張って、頑張って、頑張ってきたあの人が、皆にそれを認められて、讃えられた。
「―――おめでとう、おにいちゃん」
ぼろぼろと雫がこぼれていく、にじみににじんだ視界の中で。
舞台の上、光を受ける兄の頬を、こちらとは対照的にただ一筋だけの涙が撫でていく。
それに気付いているのかいないのか、彼は拭う事もなく。色んな感情がきっとないまぜになった微笑みを一つ、ふっと咲かせた。
「おにいちゃん、しばらく解放されないかな?」
「うん、さすがにね」
「まあ、しゃあないなあ」
無事に終わった式典だが、いまだ詰めかけた人々は盛り上がったままで、報道陣もその熱気を伝え続けており実質的な締めはまだまだ遠そうだった。
舞台脇で兄を待っているなのはだが、その姿はなかなか現れないだろうという予想が立っている。
兄は今、名だたる人々の直接の賛辞、祝福や報道陣の取材にもみくちゃにされているのだ。
「厳粛な式にしたらこうはならんかったんやろうけどなあ、ま、盛り上げ重視ということで」
「……うん」
はやての言葉どおりではあるので仕方ないのだろうし、とても良いことではあるのだが、ここにきて我ながらかなり身勝手な感情が湧き上がる。
「なのは? どうしたの?」
フェイトがこちらの顔を覗き込んでくる。
「いや、その……遠い人になっちゃったかなあって。いやいや、そんな事ないってわかってるんだけど!」
「……皆の恭也さんになっちゃった気がして寂しい、とか?」
「…………」
フェイトのストレートな問いには、恥ずかしさから眼を逸らした。
「なのは、お前、恭也に関してはマジでどうしようもないよな」
「……ヴィータちゃん、あとで模擬戦しようね」
「ア、アタシがビビるとでも思ったのか? ぼこぼこにしてやるよ!」
「へえ……」
「そ、その笑い方やめろよ……ニタァってやつ……」
ヴィータがこちらの顔を見て何歩か後ずさった。失礼な事である。
「安心しろ、なのは。テスタロッサなど、"これで有名になった恭也さんにストーカーとかが付いてしまわないでしょうか"などとほざいていたぞ」
「シ、シグナム!」
「うわあ……」
思わず唸ってしまったなのはだが、周りのはやてやリインフォース姉妹、ヴィータもシャマルもザフィーラも程度の差こそあれ同じような顔をしていた。
「まだ二月だというのに、新暦75年お前がそれを言うのかグランプリ大賞候補がもう飛び出てくるとは思わなかった」
「……シ、シグナムだって! "あいつが慕われるのは結構だが、最も親しいのは我らだという事は知らしめておかねばならないだろうな"とか言ってたじゃないですか!」
「な、そ、……事実無根だ!」
珍しく反撃に出たフェイトの言葉で、シグナムの顔が少し朱に染まった。
「言ってました! レヴァンティンの手入れをしながら言ってました! 鋭い目つきで! そういうのをヤンデレ? っていうんだってものの本に書いてありましたよ!」
「よ、よくは知らんがお前にだけは! お前にだけはそれを絶対に言われたくない! 早くもグランプリ大賞候補更新だ!」
喧嘩するのはいいが、ランクがSを超えている近接戦闘系の二人を止めるのは大変なので、本気ではやり合わないで欲しい。
「まあしかしあれやな、ベルカ自治領区とか聖王教会内なんかじゃもう本当に洒落にならん人気ではあるよなあ」
「主はやて、結局、あの親衛隊の話はどうなったのですか?」
「恭也様の親衛隊ならリンツも入りたいです!」
リインフォース姉妹に、はやてはううんと唸って腕を組み、答える。
「四六時中お世話する、っちゅう話は叩き潰しておいたけど、教会騎士団内に恭也さんを絶対として動く集団が出来上がるのはもうしゃあないみたいやね。ま、止める事でもないしなあ。あとリンツ、私らは親衛隊よりもずっと近しい関係なんやから、わざわざ入る必要はないんやで」
「なるほど!」
リンツが嬉しそうに宙で一回転する。
「おにいちゃんの微妙な顔が忘れられないよ」
「してたなあ。親衛隊って……、みたいな」
自分の親衛隊が大真面目に出来上がるらしいと聞かされて、喜ぶ人間もそれはいるのだろうが兄はそういうタイプではなかった。というか、はっきりとやめてくれと言っていたのだが、シスター・シャッハなどの猛攻を拒みきれなかったようだった。
少し迷いはしたものの、兄が大切にされるのは良いことだし、過保護に囲うくらいであの人はちょうどいいと思うので、なのはも止めはしなかった。
「聖王教会内って、害はないけどはっきり言って恭也さんに対しては軽めの狂信者みたいなレベルの人達もおるからな。対応に困る気持ちはわからんでもないんやけども」
「いやいや、狂信者ならそこに二人いるでしょ」
「……?」
「……?」
指をさしたなのはに、リインフォース姉妹は後ろを振り向くというベタベタな反応を返してきた。
「……ん、もしかして私たちか?」
「他に誰がいるんですか?」
「フェイトは?」
「あれはちょっと方向性が違いますから。狂信者スタイル筆頭は二人だよ」
「そうだろうか?」
「リンツ、そんなおかしな人じゃないです!」
リインは首を捻り、リンツは不満気に頬をふくらませる。見た目だけを言うならば百点満点の美麗さと可憐さなのだが、残念ながらそう簡単に評価していい二人ではない。
「おにいちゃんを怒鳴りつける人がいたら?」
「口に手を突っ込んで舌を潰す」
「お口の中に冷気を流して喉を塞ぎます!」
「うーん」
うーん、である。
「もちろん程度によるぞ? なんでもかんでも駄目とは言わんさ」
「その程度の閾値が低いんですよねえ……」
自分も兄への侮辱には結構腹を立ててしまう性質だが、加速性能とブレーキの無さにおいては二人に勝てないと思う。
「ベルカ女というのは、こうと決めたら揺らがない事が美徳なんだ。砕けぬ頑丈、折れぬ強情、そして屈さぬ根性こそが我らの信条だ。どんな状況でも自分の信念は曲げぬもの」
「それはいいことだろうけど、信念を曲げない結果がそれかあ」
「なのはも結構、そういう意味ではベルカ女に近しいぞ。不屈のエース・オブ・エース」
「喜んでいいのかなあ」
「……騎士恭也の傍にいる女は、そういう人間が相応しいと思う」
リインフォースが、ぽつりとそう落とした。その声はどこか、影を引きずっているようにも聞こえて。
「……リインフォ」
「ほら、魅月もそういうタイプだろう? やっぱり、相性がいいんだ」
しかし彼女はすぐに話を変えた。……触れるべき、ではないのかもしれない。
「あ、うん。そうですね、魅月さんもそういうタイプだ」
「そうだろうそうだろう。我が友は、実にベルカな女だ」
彼女がそうだったからこそ、今、兄は生きていると言っても過言ではないのだ。
「修復、順調なんだよね?」
「ああ、みたいやな。クロノ君とユーノ君が探し出してくれたデータを元に、シャーリーとマリーさんが頑張ってくれとる」
はやてがそう言った通り、本当に二人は頑張ってくれている。だから急かすことなんて出来ないのだけど、それでもやっぱり願ってしまう。
「……おにいちゃんのデバイスは、魅月さん以外にはありえないだろうから。早く、帰ってきてほしい」
「帰ってくるさ、我が友は約束を違える女ではない」
「せやな……」
こうして話をすると、思い出す。
それは、兄が折れない芯を得てから、少し経っての事だった。
「……み、つき」
兄が、その手を伸ばす。彼の背中は、震えていた。
マリエル・アテンザ技師の研究室、その中心に置かれた修繕用特殊液で満たされた透明なカプセルの中、砕けた鞘、鍔、柄、そして刀身を浮かせる彼女は、穏やかに言葉を返す。
『ああ、良かった』
カプセル越しに手を触れた自身の主へ、魅月は言う。
『泣けるようになったのですね、我が主』
「……な、にを」
『貴方は、ずっと泣かなかったから。貴方は、ずっと泣けなかったから。だから、心配だったんです』
「……しん、ぱい?」
『はい。流せなかった自分の涙で、溺れてしまわないだろうかと』
「……どうして、君は、そうなんだ」
涙に揺れる声で、なのはの視線の先、兄は愛機に疑問を投げる。
「どうして、君は、そんな、そんな風になってまで、そんな風になったのに、どうして、どうしていつも俺のことばかりなんだ……」
『私を何とお思いですか? 世界でたった一つの二振り、貴方の魅月ですよ』
魅月の声には言葉には、その砕けた身体とは裏腹に、微塵のヒビもない確かさがあった。
あまりに揺れない信念があった。
「……君を、壊したのは俺なんだ。俺が、君を壊したんだ。どうしたって、それは事実なんだ。なのに、それで、それでいいのか」
『勘違いを、なさらないようにお願いします』
それは彼女らしい、控えめながらも確かな声だった。
「魅月……?」
『私は、私が誇らしいのです、主』
痛ましい身体から発される彼女の想いは、ただただまっすぐだった。
『私は貴方に振るわれて、貴方と共にたくさんの人々を護ってきました』
凛としたその声は、揺れないままに続く。
『だけど一人だけ、ずっとずっと、護れなかった。私は、それが何より悔しかった』
「……それは」
『私は、貴方の事だけはどうしても、護れなかった。皆を護る貴方の事だけは、ずっと』
「そんなことはない! ずっと君はっ!」
『主、でも、主』
珍しく、本当に滅多にない事に、恭也の言葉を遮って魅月は言う。
『やっと、護れた。あの時、私はやっと』
それは、誇りに満ちた声だった。
『私はそれが、誇らしくて仕方がないのです。だってあの時、私は誰より、貴方のための刃であれた』
「……っ、っ、……っ魅月」
『壊したなんて言わないで。この身は愛しい貴方のために、ならばこの傷残らず全て、私にとっては誇りの痕です』
兄が、崩れるようにその両膝を床に付いた。
『……貴方が泣けるようになって、泣いてくれて、嬉しいけれど。だけど主、……ごめんなさい、やっぱり、どうか泣き止んで』
「……っ、ああっ、すぐに、すぐに」
『我が儘な魅月を、許して下さい。私は、貴方の笑顔が好きなのです』
「ああ……っ、ああっ」
兄は必死に頷いて、そしてやがて、透明なカプセルにこつんと額を合わせて言う。
「……っなあ、魅月。…………俺は、魅月、君以外、いらないよ」
『主……?』
「俺は、君以外の相棒なんて、いらない。君がいい。君を待つ。待たせてくれ、魅月」
『……長い、時間がかかると聞きました。貴方のためならきっと、たくさんの優れたデバイスが用意されるはずです』
「そんなものが、なんだ。俺は、君がいい。君以外なんて、いるものか」
それは不退転の、硬い固い意思を感じる、実に兄らしい言葉で。
『…………主、……主恭也、愛しい貴方―――必ず、戻ります』
それも同様に、彼女らしい、控えめだけど揺れない言葉。
『必ず、貴方の傍に戻ります。だから、待っていて下さいますか?」
「ああ、いつまでも。いつでも、いつまでも、君を待とう。待っているよ、待たせてくれ。……帰ってきてくれ、俺の傍に。……俺の、俺の魅月」
誓い合う彼らは間にはきっと、誰も入れないのだろうと、そんな事を思った。
「三ヶ月、とはいかへんけど、半年以内には直る見込みっちゅう話や」
「うん、らしいね」
普通、一つのデバイスの修復にそこまでの時間がかかるのはありえないのだが、彼女はあまりに特別製だ。突き抜けた芸術的な完成度に加え、その動作仕様の特殊性はミッドや近代ベルカのデバイス相手に使える開発、修復ツールのほとんどを受け付けない。
ゆえに、少し直してはその動作と、直した箇所が他の直ったはずの箇所になにか影響を与えて不具合を起こしていないかもチェックするという気の遠くなる作業を、細かく手動で行わなければならず、とにかく時間がかかるのだ。
「最初はそれどころか直る目処すら立ってなかったんだから、シャーリーとマリーさんにはもちろん、クロノ君とユーノ君には本当に感謝しなくちゃ」
「ああ。あの広大な書庫の中から、よく見つけ出してくれたものだ」
「本当に、古代ベルカのデバイス、しかもその開発データなんてよう引っ張りだしたもんや」
「リンツ、あんなにいっぱいの中から目当ての本を探すのは絶対無理です……」
うなだれたリンツを、微笑みながらはやてとリインフォースがつつく。相変わらず仲のいい一家だ。
何度も何度も、ありがとうを伝えて。
もういいって怒られるくらい言ったから、今更言わないけれど、それでもやっぱり、なのはは彼女たちに深く深く感謝している。
兄を助けてくれた皆に、心から感謝している。
(……だから、本当に身勝手なんだよね)
彼らが力を貸してくれたからこそ、兄をここまで引っ張り上げる事が出来たのに。
なのに、引っ張り上げたら上げたで、飛び越えるようにさらに上がっていった兄が自分から遠くなったようで寂しいなんて、そんなのはあまりに身勝手なのだ。
身勝手なんだって、わかってはいるのだ。
いるの、だけど。
「……」
いまだ興奮冷めやらぬ大勢の人達を、眺める。
兄はもう、誰しもに知られた英雄となった。
独り占めしたいなんてそんな想いは、封じ込めるべきなんだろう……それが出来たら、苦労しないのだけど。
誰にも見られないように小さくため息を吐いた、その時だった。
「なのは」
その声が、聞こえてきたのは。
「……?」
あまりにまっすぐ、自分に届いたそれは、絶対に聞き違えるはずのない音色。だけどまだまだ来るはずないと思っていたから、かなりの間抜けな顔でその方向を見返して。
「……どうした、変な顔をして」
「おにい、ちゃん?」
「ああ」
こちらに歩み寄ってくるのは、今まで思い浮かべていたその人だった。
次元世界の英雄。
大好きな兄。
愛しい人。
高町恭也。
周りの人達の会話がどんどん聞こえなくなっていく。唐突に現れた今日の主役の姿に静かになったのか、それとも自分の意識が勝手に弾いていっているのか。多分、両方だろうけど。
「お、おにいちゃん、なんで?」
「お前のところに来てはおかしいか?」
「え、あ、そ、そういう事じゃなくて! だってまだ偉い人のお話とか取材とか!」
「あったんだが、少し抜けさせてもらった。ああいうのは、柄じゃないんだ」
「それは知ってるけど……」
だからと言って本当に抜けるとは、変なところで大胆な兄である。
「駄目だよ? 高町恭也はもう英雄なんだから、そんな軽率な行動は!」
「ずいぶん担がれたものだなと思う。……狙いはわかっているから、感謝しているけどな」
悪戯に言ったこちらへ同じく悪戯に微笑んで、兄はそう返してきた。
「……おめでとう、おにいちゃん」
「……なのは?」
「なんかさ、本当に、……すごい人になっちゃったなって」
兄の制服、その肩や胸元にはきらびやかでありながら厳かな輝きがあり、上品な大綬もかかっている。
すさまじい、一つだけでも間違いなく歴史に名を残す勲章が、全部で四つ。
「あはは、あんまりあれかな。私とかも、そんなに気軽に声とかかけない方がいいのかな? こういうところじゃ特にそ」
「なのは」
せいぜい明るくおどけて、暗い本音を隠したなのはの言葉を遮って、恭也は言う。
「身に余るなんてもんじゃない勲章を、俺は四つも貰ってしまった。そのことは光栄に思っている。……思っているがな」
「……っ!?」
そして彼は躊躇なく、なのはの腰元と頭の後ろに前から手を伸ばし、痛くないくらいの強さで、しかし温もりを感じる確かさで抱きしめてきた。
そして、耳元ではっきりと言う。
「お前が傍にいてくれる事が、傍で幸せそうに笑ってくれる事が、俺の一番だ。どんな勲章だろうが、お前の前では霞む。だから、そんな事を言わないでくれ」
身体に脳に、心に奔る甘い衝撃に、崩折れずに済んだのは彼に支えられているからだろう。
「……ほ、本当に?」
「……馬鹿な事に、本当に馬鹿な事に、俺はそれをここ何年か忘れていたらしい。……だから、信じてくれなんて言う資格はないんだが」
「し、信じる! 信じるよ!」
「……そうか。……っありがとう」
ほっとしたように、彼はこちらを抱く力を強めた。心臓の鼓動さえ伝わってくる距離で、その匂いまでがなのはを満たす。
あ、私死ぬのかな? と素朴に思って、しかし高鳴って暴れて仕方ない自分の心臓がそんな事はないと教えてくれた。
「お、おにいちゃん、その、皆が見てると思うんですが……」
「……すまん、嫌だっ」
「このままがいいです! このままが!」
彼が身体を離そうとする気配を感じ取ったので、慌てて胸元にしがみつく。
「……そうか?」
「うんっ!」
「……そうか」
一度力を抜いたその腕は、またぎゅっとなのはを抱きしめてくれて。
暖かくて、愛おしくて。
思う。
今更で、当たり前の事を思う。
死んでも、渡すものか。
「なのは?」
「……私から、抱きしめちゃだめ?」
「いいさ、もちろん」
腕を恭也の背中に回して、自分から身を押し付けたこちらに、彼はふっと微笑む。
ああ、なんて。
なんて、愛おしいんだろう。
好きだ。
大好きだ。
愛してる。
だから―――かかってこい。
誰だろうが、かかってこい。ひとり残らず完膚なきまでに叩きのめして返り討ちにしてやる。
彼を想う女性なんてそれこそ大量に増えもするんだろうが、元からの分も含めて、まとめて吹き飛ばしてやる。
「恭也さん、お加減はいかがですか?」
思った矢先、堂々と話に割り入ってきたのは金髪の女だった。
(へえ、さすがにいい度胸だ……)
抱き合うこちらに構うことなく斬り込んできた彼女は、しかし穏やかに、そして心配そうに微笑む。
「あんなに大きな舞台に立たれて、すごい重圧だったかと思うんですが」
数年前とは違い、今や堂々、危険度ランキング第一位に君臨する、その女の名はフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。
「ああ、……そうだな」
彼女の言葉を受けて、兄は素朴に返す。
「……怖かった。あんな数の前に、しかも……あの中には大勢、俺の救えなかった人達の遺族も友人もいるだろうから」
それは、剥き出しの本音に聞こえた。不用意に触れたら壊してしまいそうな、そんな弱音に聞こえた。
今、腕に抱かれているのは自分だ。
彼が一番に名前を呼んだのは、自分だ。
だけど。
「本当に、情けないくらいに怖かった。……だが、不思議と平気だった。君が見てくれていると思ったら」
「……はい。ずっと、見ていましたよ」
彼が、弱音を一番に、迷いなく晒したのは、彼女だ。
「……ありがとう、フェイト。俺が怖がっているのを、君が知ってくれているはずと思ったら、本当に平気だったんだ。……君には甘えてばかりだな」
「いいえ、そんな事は。それにその……私はすごく嬉しいです、恭也さん」
暖かいランプのように、それでいて豪奢な花の咲き誇るように、微笑む彼女がどれだけ魅力的かなんて、よくよく知っている。
知っているけれど。
「……ところで恭也さん、そろそろさすがに戻られた方がいいかもしれません。ほら、あそこの局員が少し泣きそうです。介添えの方では?」
「ああ、……本当だ。悪いことをした。……なのは、またな」
「え? あ、うん……」
あっさりと、なのはを包んでいた温もりは離れて。
きびきびと歩き出した兄の背中は見る間に遠くなっていく。
高町なのはの楽園が、去っていく。
「……いい度胸。本当に、いい度胸だ。ねえ、フェイトちゃん」
「……長いんだよ、なのは」
あらん限りの怒りを籠めて、思い切り睨めつけてやってもその女は堂々とこちらに視線を叩き返してきた。
「あんなにべったり、ああ、もう……」
兄に見せた顔とは打って変わって、その眼は常人なら寒気で震え上がるだろう鋭さだ……もちろん自分には、毛ほども効かないが。
「場所と状況を考えてよね、いつまでやってる気だったの?」
「いつまでもだよ。そもそも、おにいちゃんから抱きしめてきたんだけど? いい? おにいちゃんが、自分から、私を、抱きしめてきたの。そして、私が一番だって、そう言ったの。……外野に何か文句を言われる筋合い、ある?」
「うちの流派の師匠に、立派に今日の日を務めて欲しいんだよ。何か間違ったことをしていたら、諌めるのも弟子の役目だ」
「はっ! 流派の師匠! 弟子! 便利な言い訳だ!」
歩み寄って、こちらより少し背の高い彼女の瞳を下からかち上げるように射抜く。
「ただのお弟子さんに、こんなところまで口を出されたくないんだけど。引っ込んでてくれる?」
「……恭也さんは、私の未来の旦那様だ。悪い?」
上から斬って落とすような鋭さの極まった視線が返ってくる。
「はあ? あっはは、おもしろーい! 悪いとしたら頭じゃない? ていうか寝てるの? ずいぶん幸せな寝言だね? 手もまともに繋いだことないくせに、ずいぶん夢見ちゃってるね?」
「……恭也さんと私は男と女だから、男女の機微ってものがあるんだよ。大好きなお兄ちゃんとおてて繋いで幸せいっぱいな妹さんにはわからない? ていうか、ねえ、そろそろ離したら? 恭也さんにしがみついてるその手を離して、兄離れをしたらどう?」
「……私とおにいちゃんは、お互いがお互いの一番だ。一緒にいて何が悪い」
「悪くはないよ? でもわかるでしょ? なのはと恭也さんは兄妹だ。ずっと一番同士じゃいられないし、ずっと一緒じゃいられない。だからそろそろ本当に、―――そっちこそ、引っ込んでてくれる?」
普段は綺麗で優しい声だが、ここぞという時にはこの親友は、とてつもなく冷たい音色で斬りつける。
しかし、それは多分、こっちも同じだ。可愛らしさなんて、今はいらない。叩き潰す圧力こそが、今、自分の声に言葉に籠めるべきものだ。
「偉そうに、賢しらに、何様のつもり?」
「なにか間違ったこと言ってる?」
「ドMストーカー女が人に正しさを説く気?」
「万年暴走背徳女には、必要でしょ?」
「…………―――」
「…………―――」
いよいよ、なのはとフェイトの視線は苛烈さを引き上げきって―――。
「まてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまて!!」
「お前らっ、つい昨日など"ありがとう"だの"よかったね"だの! お互いに泣きながら言い合っていただろうが! それが何を殺し合い一歩手前のような雰囲気を叩き出している!?」
なのはの腰元にヴィータが飛びつき、フェイトを後ろからシグナムが羽交い締めにしてそれぞれ後方に引いてきた。
「どいて、ヴィータちゃん。ちょっと教えてあげなきゃいけない事があるからさ」
「離してください、シグナム。現実というものを突きつけてあげなきゃならないんです」
「どくか馬鹿!」
「離すか阿呆!」
小柄なヴィータだが必死の抵抗で、なかなか前に進ませてくれない。同じ体格のシグナムに抑えられているフェイトはなおさらだろう。
「おーおー、スターズ分隊、ライトニング分隊、それぞれ隊長副隊長の息はぴったりやんな。私の人選は間違っていなかった。六課の始動まであと少し、幸先いいなあ」
「あれはぴったりなのでしょうか? 主はやて」
「ぴったりぴったり。片方が暴走したら片方が抑える。理想の関係や」
「なるほど」
どこか遠く、はやてとリインフォースの会話が聞こえる。
「スターズ分隊とライトニング分隊の隊長間は、しかしあれでよいので?」
「普段は仲ええし、ま、肝心なときも息ぴったりやから。知っとるやろ?」
「……ええ、そうでしたね」
視界の端、リインフォースが大きく頷いたのが見えた。
息ぴったりかどうかは、知らないが。
しかし、自分が目の前の女の事を、どうしようもなく認めているのは確かだ。感謝しているのも本当だ。
でも、だから。だからこそ、駄目だ!
「……やっぱ恭也さん、私とかリインとかとくっついたほうがええんちゃう? あんなおっかない女、ちょおあかんのちゃう?」
「主はやて、二人がすさまじい顔で睨んでおりますが」
「おお、ほんまや。あっはは、えげつなあ」
はやてが飄々と笑う。彼女も肝の座り方で言うなら相当だ。傍に控えるリインフォースも、まったくもって臆していない。
どうして兄の近くに寄ってくるのは、こんな一筋縄ではいかない女ばかりなのだろう。
自分が言えることではないというのはわかってはいるが、そう思わずにはいられなかった。
新暦75年2月。
数々の伝説を作り続けた特別武力制圧官は、管理局から二つ、聖王教会から二つ、計四つの勲章を手にしながら、その任を降りる。
特別教導官という新たな肩書を手に、古代遺物管理部機動六課へその腰を下ろすまで、あと、少し。
以上、リリカル恭也Heartでした。
この話は前のJokerやTriangleと違い、全部が全部、高町恭也のために書いたものです。
色んな人を救って助けて護ってきた人が、しかし自分の幸せを願わないまま、願えないままだったら、それはあまりに寂しすぎる気がして、じゃあその人のそんな意識は何が起こったら変わるのだろうと考えて、この話は出来ました。
このリリカル恭也シリーズでこれが多分一番、書きたかった話です。
なのはとフェイトの恭也さんへの説得、彼女たちの危うい部分が非常によく出ていて、だからこそいいんじゃないかなーとか思ってます。割れ鍋に綴じ蓋という言葉が、僕は好きです。
あの書の世界での話は、前のJokerに対するアンサーになっている箇所がちょいちょいあります。Joker三話、九話、十話、十一話あたり。特にフェイトの方にそういうのが多いです。前に自分がしてもらった事を、彼女は恭也さんに返しています。なのはの方は、もちろん丸コピーではないですけれど、めかりるうぃっしゅ! あと、Heart全体が、Joker十二話へのアンサーでもあります。
それから、はやての事はバックボーンの不明さからいまいち掴めなくって、これまで焦点を当てることがなかなか出来なかったんですけど、この話を書いていく中でなんかちょっとわかった気がします。
ご感想等、頂けたら嬉しいです。
次の更新でまた一つ番外編を挟んで、それからリリカル恭也シリーズ最終章、リリカル恭也StingerSを始めます。