魔法青年リリカル恭也Joker   作:アルミ袴

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 この作品には原作設定の拡大・独自解釈も含まれます。申し訳有りませんが、原作設定の絶対的な遵守をお求めの方、ご自分の解釈を非常に大切にされている方のご要望にはお応えしかねる場合があります。該当される方はご自身の責任における判断で閲覧されるかどうかお決め下さい。よろしくお願い致します。


第3話 私なんか

「よし、ここまで」

「あ、ありがとうございました!」

 恭也の言葉に、そう大きく声を上げしっかりと礼をしてから、フェイトはふらふらと歩き出し、壁際――高町家道場内の端に座り込んだ。

 その場にへたりこまず、きちんと移動するところが彼女らしい。

 出会ってから今日で十日ほど。その間に可能な限り毎日稽古をつけて、そんな風に思えるくらいには、恭也はフェイトを知った。

「大丈夫? しっかしフェイトちゃん、恭ちゃんの鬼しごきによく耐えるねー。はいタオル」

「あ、ありがとうございます、美由希さん。……鬼だなんてそんな」

「いいんだよ遠慮なく言っちゃって。稽古つける時の恭ちゃんなんて鬼の化身みたいなもんなんだから。人の情なんてどこかにいたあああああああぁっ!」

「言いたいことはそれだけか馬鹿弟子」

 好き勝手に言葉を放つ弟子であり義妹である美由希に徹入りのデコピンを放ち、

「フェイト、しばらくは休憩していてくれていい。さっきの反省点、わかるか?」

「体重移動がぎこちないことと、その場しのぎの後方回避に頼り過ぎていることと、全体的に判断が遅いことと、……えっと……」

「……いや、その三つが挙げられれば今は十分だ。次は少しその辺の修正を目標とした鍛錬をする」

「はい、お願いしますっ」

そんな風に、フェイトと今し方まで行っていた近接戦闘における動作の最適化訓練、端的に言えば動きの無駄のそぎ落としについての総括を交わした。

 フェイトはふーっと、天井を仰ぐような格好で目を閉じ息を吐いた。

 休憩の邪魔をしないようにと、そんなフェイトの傍からそっと離れた恭也に、

「ね、ね、ね、恭ちゃん。いい娘拾ってきたじゃなーい!」

いつの間にか復活したのか美由希がそう明るく声をかける。

「拾ってきたってな……お前も知っているだろう、フェイトはなのはの友人、ビデオメールの相手の娘だ。俺が連れてきたわけじゃない」

「それは分かってるけど、恭ちゃんの強さに憧れて教わりにきてるんでしょ?」

「そういう言い方をすればそうなるがな……。何が言いたい?」

 美由希はいぶかしげな恭也の視線とその言葉に苦笑した後、すこし表情を真面目なものに変え、言う。

「いやー、だから、あの娘、……ものすごく良い筋してるなって。動きは鋭いし、学習能力も優れてる。才能はある、根性もある」

「……まあな。かなりのものだ」

 恭也からしても目をみはるほどの熱意に、瑞々しい才。

 魔導師としても逸材なのだろうが、純粋な近接戦闘者としても有望だと、恭也はフェイトに対し世辞抜きに思っている。

「彼女が本格的に御神流、修めてくれたらなー」

 フェイトを横目で見ながら、そう美由希がこぼした。

「気持ちはわかるがな、フェイトは小太刀二刀を使うわけじゃない、別に決めてある得物がある。そこまで本気で御神を学んでも、フェイトにあまり得はないんだ」

 あくまでも、恭也がフェイトに指南しているのは、体捌き、体や力の効率のいい使い方、相手の動きの読み方や状況判断と言った、近接戦闘において得物を選ばず必要となる技術だ。

 御神流を教えているわけではない。

「それに、わかっているだろう。俺達の剣は……」

「……うん」

「彼女の才は彼女が使いたいように使うべきもので、なにより……彼女の未来を切り開くためのものだ」

 御神の剣は、どれだけ鍛えても、極めても、前にも後ろにも道のない、行き場のないものだ。

 彼女の未来には、似つかわしくないだろうと思う。

「……うん、だね。………………あ、才能と言えばだけど、あれには驚いたね」

 あれ。

 話を変えるように少し唐突に言った美由希のその言葉が何を指すのか、すぐに察した恭也はうなずく。

「そうだな。むしろ、今の今まで気づいてやれなかったことに、兄としては申し訳ないくらいだ」

「ねー、私も姉としてちょっと反省してるよ。まさか、なのはにあんな得意分野があったなんて」

「まあ、気づく機会がなかったと言えばそれまでなんだがな」

 恭也と美由希、二人が口にするのは、妹、なのはの、

「類い希な空間把握能力に、動体視力、か。運動はあまり得意じゃないようだが……あれは、凄まじいの一言に尽きる」

その身に宿す才についてだ。

 なのはにも近接戦闘についての指南は行っているが、やはりフェイトと比べてそれはかなり基礎的なものだ。その代わりとして彼女の得意分野も伸ばそうと、飛針の鍛錬を応用した練習メニューを与えたのだが、なのははそれに対し高い適性を示した。

 番号の書かれたボールを部屋に同時に、大量に放り、壁・床に当たった順番、番号、その後の経路などを読み取らせたり、様々な方向からピンポン球を投げつけ避けさせてみたり、恭也と美由希、恭也とフェイトの打ち合いを見させ、どこにどのように攻撃が入ったかを当てさせてみたのが、どれもあっさりと恭也の考えていたレベルを超える結果を叩き出した。

 その才は、恭也をして凄まじいと言わしめるほどだ。

 さらに魔法の才も相まって、なるほど確かに遠距離戦闘者としてかなり有望なのだろう。

「でもなのは、一体どうしたの? 急に恭ちゃんに鍛えて欲しいなんて」

「……さあな、まあ本人にも色々あるんだろう」

 さすがに本当のことを言うわけにはいかず、恭也はそう誤魔化した。

「ふーん、ま、フェイトちゃんも鍛え始めたし、ってところかな?」

「どうだろうな」

「今日は、なのはは?」

「外でユーノの散歩ついでに、ランニングだ」

 これも、本当は公園での魔法練習だが、もちろん言うわけにはいかない。

 なのはは、フェイトと比べればやはり恭也が教えられる部分がどうしても少ないため、恭也がフェイトの指導に専念する間、その分ユーノと魔法の技術向上につとめていることが多い。

「ふーん、そして恭ちゃんはフェイトちゃんと二人っきりと」

「変な言い方をするな……なんだ、お前はもう上がる気か?」

「かーさんからお店の手伝い頼まれててね、ちょっとそっちに行く」

「そうか、わかった」

「金髪美少女と濃密な時間を好きなだけ過ごせるよ、恭ちゃん」

「お前な……」

 そんな会話が聞こえたわけではないだろうが、視線は感じたのか、

「あ、あの……何か?」

床から腰を浮かせようとしながら、フェイトが問うてきた。

「いや、少しな……」

 もちろん正直に話せるものでもなく、恭也はどう誤魔化そうものか迷いつつ口を開くが、

「いやー、フェイトちゃんが恭ちゃんのお嫁さんになってくれたらなーって話してただけだよ」

しかしそれよりも早く美由希がそう口走った。

「……え、はっ、えっ、そ、そのっわたしっ」

 フェイトは一瞬惚けたような表情を見せた後、顔を真っ赤に染めた。

「美由希」

「あ、や、ちょっとした冗談じゃない最近あんまりに恭ちゃんがフェイトちゃんばっかり構ってるから弟子として寂しかったというかそんな気持ちの表れというかいいいいいたたたたたたたたたたっ!!」

 恭也に腕をひねりあげられ、涙目で悲鳴を挙げる美由希。

「すまんな、フェイト、馬鹿が馬鹿を言ってしまって。忘れてくれ」

「い、いえそんな……その、私は……えっと……その……」

「……?」

 途中から顔を俯けたフェイトの様子に首をかしげながら、やがて恭也は美由希の腕を解放した。

「ううううう……ひどい、ひどいよ……」

「いいからさっさと店に行ってこい」

「……わかったわよー、もう……。やっぱり鬼……なんでもないです……! そ、それじゃね、フェイトちゃん」

 フェイトにそう言って手を振ると、慌てたように美由希は道場から出て行った。

「さて、フェイト、少しここで待っていてくれ」

 そんな義妹の様子にため息を吐きつつ、恭也も道場の出口へ向う。

「……え、はい、あの……」

 疑問を声に浮かべるフェイトに、振り返って微笑とともに恭也は答える。

「飲み物を取ってくる。水分補給は大切だからな」

「あ、それなら私が取りに……」

「いいさ、体を休めていろ。すぐ戻るから」

 フェイトにそう言って、恭也も道場から出た。そして母屋の方へ歩き出しながら思うのは、

(……相当疲れているだろうに、子供らしかぬ遠慮ぶりだな)

やはりフェイトの事だ。何もさっきの事だけではない。

 基本的に彼女は、人からの好意に驚くほど慣れていなかった。

 彼女自身の口から聞いた、彼女の事情、過去。それが原因で、ああまで人に甘えることに不器用になってしまったのかと思うと、恭也にはやるせない思いが募る。

 彼女と触れあうようになって、そうたくさんの日が過ぎたわけではない。

 だが、その中でどれほど彼女が優しく、純粋で、そして繊細であるかは十分に伝わってきた。

 その少女の身に起こった事に対し、自分は何もできない。考えても栓のないことではあるし、それを思うのが傲慢だと言うこともわかっているが、それでもやはり憤りを感じ、あり得ない仮定かも知れないが、もし知っていれば何かできたかもしれないと思ってしまう。

「……いや」

 だが、恭也は頭を振る。やはりこれは意味のない思考だ。

 彼女の過去に対し、自分は無力。

 であれば、であるならばこそ、自分は彼女の現在と未来のために、できることをするべきだ。

 そう結論を出し、恭也は別の事へ思考を向ける。

 彼女の適正や現在までの上達具合、それを鑑みてのこれからの鍛錬方法、力を欲した彼女に、自分ができる範囲でそれを授ける方法を考える。

 そして、

(――俺も、もっと自らを磨かなければな)

そう改めて決意を固める。これから何かあったらその時は、彼女のことも守れるように。

 そんな恭也の左手、その小指で、恭也の想いに応えるように銀の指輪が光った。

 

 

 

 

 

「これが、お兄ちゃんのデバイス?」

「正確に言えば、現段階ではその候補となる一つ、だ」

 なのはの声に、クロノが応えた。

 時は少し遡り、恭也が守護騎士と戦闘を繰り広げ、その後もろもろの説明を受け、フェイトと試合をした日から二日後のことだ。

 管理局へ呼び出された恭也となのはは訓練室へ通され、そこでクロノに銀の指輪を差し出された。

「でもクロノ、これって……」

 クロノの傍らにいたフェイトが、疑問のこもった声をあげる。そういう反応をされると予想していたのか、それにクロノも少し複雑な表情で頷いた。

 一方の恭也となのはとしては、そのやりとりの意味がつかめず、お互い顔を合わせる。

「恭也さん、とりあえず展開してみてくれますか?」

 そこへ、そう指示を出すクロノ。しかし、

「……いや、展開してみろと言われてもな」

そんなことを言われても恭也としてはいったい何をどうすればいいものか、皆目見当もつかない。

「あ、そ、そうでしたね、すみません。えっとですね……」

 そこからクロノ、時折なのはとフェイトも交えて、恭也には聞き馴染みのない用語が飛び交う説明が始まった。

 そして、

「……だいたいわかった。とりあえずは、心を澄ませ、魔力とやらを流し込む感覚をイメージすればいいんだな」

十分ほど後、そう自分なりにかみ砕き、一応は理解した恭也はそう言った。

 クロノはその言葉に頷く。

「ええ、それとバリアジャケットの姿を。恭也さんの思い浮かべやすいもので構いませんから」

「わかった」

 魔力、と言われても恭也にはいまいちピンとこないが、しかしあの"リンカーコアから魔力を抜かれる"という経験のおかげで、体にそういうものがあるというのを強烈に体験したので、

「……」

なんとなくではあるが、できる気がした。

 左小指にはめた指輪に意識を集中。同時に、自らを守る衣となるものをイメージする。

「展開」

 恭也は、呟くように、しかしはっきりとそう言った。すると、

「……おお、すごいものだな」

漆黒のバリアジャケットがその身を包んだ。形自体は、香港警防隊と合同訓練を行った際に着用したものとよく似たものだ。そして右腰、左腰には、

「鞘付きの剣……しかも小太刀サイズで二振りか……。あつらえたような得物だ」

小指から消えた指輪の代わりに、それぞれ一振りずつの剣の重みがあった。

「ええ、恭也さんが使う剣術に合った形であったこと、それがこのデバイスを候補にと選んだ理由の一つですから」

「そうか……。ありがたい話だな」

 クロノの言葉に礼を言ってから、恭也は剣に改めて視線を落とした。

(日本刀、ではないのだろうが……似ているな)

 柄は拳銃のグリップのようで、角張った鍔に浮かぶ装飾は恭也には馴染みのない紋様。だが、全体的な形状としては西洋剣と言うよりかは日本刀のような姿だ。

「クロノ、抜いて、振ってみてもいいか?」

「ええ、もちろん。どうぞ」

 了承を得、恭也は柄を握り両の刀を抜いてみる。鞘とこすれる済んだ音がして、白い刀身が露わになった。

「ふむ……」

 重さは八景よりも上。重心も八景より前にあるようなので余計にそう感じるのかもしれない。刃は壮麗な乱れ刃文の浮かんだ片刃で、抜刀術を使えるくらいに反りは十分、斬にも適度。

 そして、やはりこうして抜刀した姿を見ても日本刀、それも恭也の扱う小太刀に近い形をしていると言えた。

 矯めつ眇めつ眺めてみても、歪みは一切ないようだった。夜を塗り込めた様な漆黒の鞘、鍔、柄は蠱惑的な魅力を放ち、またその中で唯一白く輝く刃がよく映える。

 ひどく、美しい姿だった。

 恭也は右手に握る一方を一度鞘に戻し、

「っ!」

抜刀術を放った。続けて連続で振ってみる。もう一方も同様に、一度鞘に戻し、抜刀してから振る。

 そこから舞うように二刀を幾度か閃かせた後、

「……いい刀だ」

そう言って静かに両方同時に鞘へと収めた。

 美しさだけでは決してない、むしろ実直と言えるくらいにしっかりとした実戦的な造りだ。握り振るうのはもちろん今日が初めてではあるが、不思議と恭也の手になじんだ。

 知らず、恭也は鞘を慈しむように撫でる。すると、

『Vielen Dank,Ich bin froh』

突如、女性の声が響き渡った。

「驚いた……君も喋るんだな」

『Ja.Ich freue mich,Sie kennen zu lernen』

「……待った待った、ちょっと待ってくれ、全くわからん」

 デバイスは流暢に声を返してくれたが、恭也にはなんと言っているのかさっぱりだ、単語一つさえ拾えない。自信はないが、どうも英語でもないような気がする。これではお手上げだ。

『Einen Moment,bitte』

「いや、悪いんだが……」

『これでどうでしょうか、貴方よ』

 どうしたものかと逡巡する恭也へ、今度はそんな風に耳馴染みのある言葉でもって声がかけられた。

「……む、こちらに合わせてくれたのか」

『はい、問題はありませんか?』

「ああ、大丈夫だ、ありがとう」

『いえ、礼を言うのは私です、貴方よ』

 恭也の礼に、しかし彼女はそう返した。心当たりのない恭也は疑問の声をあげる。

「いや、俺は何も……」

『見事な腕で振るってもらいました。心からの感謝を、素晴らしき貴方よ』

「それは俺が勝手にやったことだ。むしろ君に許可をとらなかったことを謝らなければな」

 どうやら彼女は感謝してくれているようだが、恭也としてはどちらかと言えばそんな気持ちの方が強い。だが、

『貴方よ、そのような瑣末事、どうかお気になさらずに。貴方は私に、剣としての喜びを与えてくれたのですから』

彼女はそう言った。

「……君が嬉しく感じてくれたならよかったよ」

 苦笑しながらも、恭也はもう一度彼女の鞘を撫でた。

「だが、見事な腕というのは言い過ぎだな、それほどでもないだろう」

『そんな事はありません、謙虚な貴方よ。素晴らしき技でした』

「買いかぶりすぎだ…………ええと……、名前を聞いていなかったな」

『Entzückend Mondと言います、貴方よ』

「エン……あー、発音に自信がないな」

 流暢に発されたその言葉は、恭也には上手くトレースできそうになかった。すると、

『貴方の主言語で"魅惑的な月"と言う意味です。呼びやすいようにお呼びください』

すかさずそこへ助け船を出された。彼女はどうも、気が利く性格らしい。

「すまんな、それじゃあ……そうだな、魅月はどうだ?」

『魅月……素敵な響きです。感謝を、貴方よ』

「気に入ってくれたなら光栄だ。そうだ、俺の名は……」

「ちょ、ちょっと待って待って待って! ど、どーいうことなの……?」

 と、そんな恭也の言葉を遮るように唐突に、なのはが声を挙げた。

「……?」

 恭也としては何に驚かれているのかわからない。しかし、なのはの隣のフェイトを見ても、彼女も唖然としながら、

「やっぱり……でも、こんなことが……」

と、言葉を漏らす。そして、なのはが驚きの滲む声で言う。

「さっきお兄ちゃんがセットアップしたときに出た魔方陣って……正三角形だったよね……? ミッド式じゃない、っていうか……それって騎士さん達と同じ……」

「……いやそう言われても、何のことだかさっぱりなのだが……」

 説明を求めるように、恭也はクロノに視線を移した。それに答え、クロノは口を開く。

「簡単に言うとですね、魔法には大きく分けて二つの体系があるのです。一つは、僕やなのは、フェイト、そして現在の魔導師の多くが使用するミッドチルダ式。そしてもう一つが、あの守護騎士達、そして今恭也さんが用いたベルカ式になります」

「ふむ。それがなぜベルカ式だとそこまで驚く?」

「先ほども言ったように、現在はミッド式の使い手がほとんど、ミッド式が主流なんです。ですから管理局においてもベルカのデバイスはほとんどありませんし、やはりベルカ式魔法の使い手もほとんどいません。言ってしまえば、ベルカ式魔法は現在においてはレアスキルの一つでさえあります」

「……なるほど。だからなのはもフェイトも驚いているのか」

 納得するが、そこで恭也も疑問に思う。

「……じゃあなぜその珍しいらしいベルカのデバイスがここに? それに、それを俺に渡してしまってもいいのか? さらに言えば、なぜ俺はベルカ式が使える?」

 恭也の問いに、回りくどい説明になってしまいますが、と前置きし、クロノは語り出す。

「魔法には先天的な資質が大きく関わってきます。ですので、恭也さんに渡すデバイスを選ぶ時、当然恭也さんの魔力適正を参照したんです。その結果が示していたのは、なのはほどではないにしろ膨大な魔力を持っていることと、そしてミッドよりもむしろベルカに適正があるだろうと言うこと。迷いましたが、たしかに恭也さんの戦闘スタイルを鑑みても、ベルカ式は合っているように思えたので、まずはベルカのアームドデバイスを候補として渡すことに決めました。

 ……恭也さんの質問にお答えしますと、一つ目、珍しいと言っても管理局が保有していていないわけではありませんから。二つ目、むしろ使用できる者が少ないため、正直に言えば、管理局の技術部などからすればデータを取る意味でも使えるのならば使ってほしいのです。三つ目は……生まれもってのものなので、なんとも言えません」

「なるほどな……ありがとう」

 だいぶかみ砕いてくれたのだろうクロノの説明に礼を言い、恭也は魅月に視線を落とす。

「いい刀なんだがな……。あまり使える者が多くなかったということか」

「いえ、………………正確に言うと……正直に言うと……」

 一人言のようにつぶやいた恭也の言葉に、言いにくそうにしながらも、クロノは、

「むしろ、使えても使わなかった、ですね」

そう言った。

「え、どうして?」

「なにか特殊な機能でも?」

 なのはとフェイトは疑問の声をあげる。そして、恭也としても気持ちは同様だ。

「なぜだ? 本当にいい刀だぞ、こいつは。眠らせておくのは惜しいだろう」

 そこに魅月が割って入った。

『情け深き貴方よ、いいのです。仕方がないのです』

「魅月?」

『魔導師にとってみれば、私は役立たずですから』

「……役立たず? なぜだ?」

 そんなことを言われても、恭也としては納得がいかない。

「役立たずは言い過ぎですが、……実際のところ、そのデバイスを有効に使える魔導師なんてほとんどいないんです。ベルカ式であることを抜きにしても」

「なぜ?」

 問われたクロノは、また回りくどくなりますが、と言ってから説明を始める。

「デバイスには得手不得手というものがあります。デバイスなしでも魔法は使えます。デバイスはその使える魔法の中からデバイス自身が得意とする分野の魔法の発動を強化増幅補助するものなんです。…………そしてそのEntzuckend Mond……魅月が得意とする魔法分野が、通常の魔導師にとってはあまり有用ではないのです」

「ふむ……どんな魔法なんだ?」

「"身体強化"と"斬撃強化"です。魅月は、この二つの魔法に非常に特化して作られています。魔導師の肉体を強化して力を強く動きを素早くし、そして斬撃に魔力を加えることで斬撃自体も強化する……そのためのデバイスなんです」

「……あー」

「……なるほど」

 その説明に、なのはとフェイトは納得したような声をあげた。

 しかし、恭也は眉に皺を寄せる。

「……いや、それのどこが役立たずなのかわからんぞ。いい能力じゃないか、願ってもない力だろう」

「あのね、お兄ちゃん」

 恭也になのはが、魅月へ気を遣っているのだろう少し言いにくそうに言葉を放つ。

「その願ってもないって、それって、その………………剣士として、だよね?」

「……ああ」

 その言葉にようやく恭也も見当がつき始める。

 クロノがまとめるように言う。

「魅月は、使う者がそもそも剣士として優れている事が前提のデバイスなんです。"身体強化"も"斬撃強化"も通常の魔導師にとって役に立たないわけでは決してありません。近接戦闘系にとっては重宝するでしょう。しかし、魅月はその二つの魔法の強化増幅にあまりに特化しすぎている。たとえば、フェイトのバルディッシュと比較してみればわかりやすいかもしれません。バルディッシュも近接向きですが、魔力光の刃やフォームに応じての近距離中距離・さらに特定用途の使い分け、インテリジェント故の魔法自動発動もあり、その機能はかなり汎用的でしょう。対し魅月は、"身体強化""斬撃強化"の魔法への補助機能は非常に強いものの、それ以外の魔法に関してはほぼ何の補助機能もありません。汎用的とはさすがに……」

「ふむ……」

 さらにクロノは続ける。

「また、元々、ベルカ式アームドデバイスというのは武器の形状をしている事が多く、使い手に近距離戦の技術を求める面があるのですが、やはりその中でも魅月はそれが際だっていると言えます。ベルカ式の大きな特徴に、カートリッジシステムという、カートリッジと呼ばれる魔力を籠めた弾丸を装填することで一時的に出力を上げる、というものがありまして、それ自体は魅月にも備わっているのですが……」

 ちらりとクロノは魅月を見る。彼も魅月に気を遣っているのだろうが、言わないわけにはいかないとばかりに説明を続ける。

「恭也さんも見たかと思いますが、騎士の武器、変形しませんでしたか?」

「ああ、したな。質量保存則を無視したような……それが?」

「ええ、そのように、ベルカ式アームドデバイスの特徴の一つに、カートリッジシステムによる出力増強を利用した大規模な変形があるのですが……魅月にはそれがないのです」

「……ない? しかし、そのカートリッジシステムとやらは搭載しているんだろう?」

「ええ、そうです。ですから、魅月でのカートリッジシステムの利用法と言うのは、通常魔法の強化のみなんです。そして魅月を通して発動する通常魔法は基本的に"身体強化"と"斬撃強化"のどちらかですから、それらの強化となると……」

「……やはり、使用者がそもそも優れた剣技を持っていなければあまり意味がない、か」

「ええ」

 そして、何とはなしに、しばしの沈黙が訪れた。

 それを破ったのは、

「な、なんていうか、すごく渋いんだね、魅月さん……」

なのはのそんな感想。

「玄人好みと言うか……突き抜けた設計思想であるのは間違いない。だから、あえて自分のデバイスに魅月を選ぶというような人はいませんでした。そんなわけで、今まで魅月は誰にもまともに使われてこなかったんです」

「なるほど、話はわかった」

 ふーっと、恭也は深いため息をついた。

「お前も、苦労してきたんだな」

 そして、本日三度目ながら、今日一番の労りを籠めて魅月の鞘を撫でた。

『お気遣い感謝いたします、心優しき貴方よ。貴方に会えただけでも、今日は私にとって今までで最良の日です』

「大げさだな……。まあいい、それじゃ、これから頼むな」

『……え?』

「……いや、そんな意外そうな声を上げられても困るんだが…………」

『貴方よ、先ほどまでの説明は聞いたでしょう』

「まあ、聞いたが」

 恭也としては至極当然に言っただけなのだが、魅月から帰ってきたのは呆気にとられたかのような反応。

「クロノ、確認だが、管理局としては魅月を俺が使ってもいいんだよな?」

「ええ。それはもちろんですが……」

「……? どうした?」

「あくまで、魅月は候補の一つのつもりでお持ちしました。適正検査結果を見る限り、恭也さんはミッドの魔法も使えそうなので、近接向きのミッド式デバイスもいくつか持ってきてあります。魅月ほど突き抜けたものでなく、汎用性のあるものです」

 そう言って、クロノはいくつかの、待機状態のデバイスを取り出した。

「ミッド式では珍しいのですが剣形状のものを揃えてありますし、二刀のものもあります。こちらも試してみてください」

「……いや」

 乗り気ではない恭也に、魅月が声を掛ける。

『どうか私の事は気にせずに、貴方よ。きちんと貴方のためになるデバイスを選んでください』

「……わかった」

 その言葉に、恭也は魅月を解除し、

「じゃあちょっと見てみよう」

他のデバイスをそれぞれ展開し、具合を確かめていった。

 

「どうでしょうか?」

 一通り試し終わった恭也に、両手の上へ待機状態のデバイスを並べたクロノが問うてくる。

「ここに揃っているものはすべて、恭也さんへお譲りする許可は出ています。お好きな物を選んで頂いてかまいません」

「……いいのか? 前にも言ったとおり、俺は管理局に所属しようと思っているわけではないし、正式に協力しようと言うのでもない。あくまでなのはがこの件に関わり、さらに狙われる可能性があるのであれば、場合によってはあの騎士達と戦うと言うだけだ。それなのに……」

「いえ、いいんです。闇の書の事件においてやはり騎士は強敵ですので、こちらとしても……その……生身で騎士と渡り合い、さらに魔力適正もある人物が一時とは言え協力してくれるとあれば、是非とも魔法を身につけて頂きたいですから。それに……」

「それに?」

「なのはの兄で、フェイトの師となる人なら、人柄に関しても問題ないだろうからと艦長が」

 どうリアクションしたものか、迷う恭也の隣ではなのはは嬉しそうに微笑み、フェイトは少し照れくさそうに下を向く。

「まあ……そういうことなら。それじゃ、選んでいいか?」

 恭也は結局、そう言って話を進めることにした。

「お兄ちゃん、もう決まってるの?」

「ああ、そもそも迷ってすらいない」

 なのはの声にそう応え、そして恭也は、

「よろしくな、魅月」

控えめに輝く、銀の指輪を手に取った。

『……情け深き貴方よ。その言葉と心だけ、受け取っておきます』

 しかし、魅月は首を振るように明滅し、そんな言葉を返した。

「なぜだ? すまん、俺ではやはり不満か?」

『断じて違います、謙虚な貴方よ。貴方の秘めたる魔導の才は相当なものでしょう。貴方に展開されたとき、流れ込む魔力から、感じる貴方のリンカーコアから、それが分かりました。そして、貴方の剣の腕は言うまでもありません。あなたはきっと、すぐにでもとても強き騎士になる』

「褒めてもらえるのは嬉しいが、ではなぜ?」

『今、私の隣に並ぶデバイス達は、近接上級向けの立派なものでしょう。どうか彼らを使ってあげてください。それが彼らのためであり、そして何より貴方のためです、才ある貴方よ』

 魅月は続けた。

『今日、貴方に振るってもらい、本当に嬉しかった。そしてそれだけで、役立たずの私には十分な幸福なのです。さあ手を離して、私を置いてください、眩しき貴方よ』

 そうして魅月は言葉を切り、押し黙った。

 クロノ、なのは、フェイトはそんな彼女に何を言うべきか惑い、言葉を詰まらせる。

 そして恭也は、

「そうか。悪い、断る」

躊躇なく、自らの小指に魅月をはめた。

『なにを……っ』

「展開」

 疑問の声をあげる魅月を黙殺し、恭也はバリアジャケットと共に二刀を展開する。

 そして、二振りを同時にすらりと抜きはなちつつ、言う。

「……ああ、やはり、君はいい刀だ」

『……私に関する説明は聞いたでしょう、私と違って有用なデバイスも見たでしょう、少々強引な貴方よ。私は魔導師にとって、あまりに』

「魅月」

『……何でしょう』

「俺は魔導師である遙か前に、剣士だ。であれば、自らに感動を与えるくらいの刀があれば、それを放ってはおけない」

 感動。魅月を抜きはなったときの感覚を言葉にするなら、まさにそれだった。

『ですが……』

「それに、"身体強化"に"斬撃強化"特化、いいじゃないか。むしろ俺からしてみれば、願ったり叶ったりだ。シンプルで、清々しい。剣士としての俺を最大限生かしてくれる」

 他のデバイスと比べてみても、圧倒的に自分に合っている気がすると、恭也は思う。

「頼む、俺の力になってくれないか、魅月。大切なものを守りたいんだ。君の力が欲しい」

 そして恭也は自らの眼前に魅月を掲げ、彼女に向かって頭を下げた。

「お兄ちゃん……」

「恭也さん……」

 そんな恭也の様子に、思わずというように、なのはとフェイトは自分たちのデバイスを優しく握る。

『It's a happy thing that can serve a splendid master』

『Just like us』

 そんな主に、デバイス達はそう声を返した。

 そして幾ばくかの時が過ぎ、魅月が声を発する。

『……貴方よ』

「ああ、なんだ?」

『…………私は、貴方が思うほど、貴方の役には立てないかもしれない。それでもいいのですか?』

 その声に、恭也は苦笑しながら事もなげに返した。

「そうしたら、それは俺が未熟なだけだろうさ。だから、俺が精進する」

 その言葉に、嘘はない。

「魅月、頼む」

 さらに重ねて、もう一度、恭也は声をかける。

『……貴方よ』

「ああ」

 そんな恭也に、

『………………――主と呼んでも、いいのですか?』

控えめな声で、しかし確かに、魅月はそう言った。

「それは俺が聞きたい。俺を主と呼んでくれるか?」

『……はいっ』 

 その返事に、恭也は掲げるように持った魅月の柄に額を合わせ、彼女に礼をつぶやいた。

 そしていったん、彼女を鞘に収めると、

「っ!」

 

 御神流奥義 薙旋

 

抜刀からの四連撃、自らが最も得意とする技を虚空に放つ。

 彼女への、挨拶のように。

 次いで、言う。

「名乗るのが遅れたな。永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術師範代、高町恭也だ。よろしく頼む」

『その名、この鋼の体に刻みます。ベルカ式アームドデバイス・Entzuckend Mond……いえ、改め――魅月』

「む、改めというのは……」

『どうかこう名乗らせてください。私は、貴方に頂いたこの名をこそ、我が名にしたいのです』

「君がいいのなら、歓迎だ」

『感謝を。では……、ベルカ式アームドデバイス・魅月。願わくば末永く、この身果てるまで貴方の傍に。愛しい、……ああ、愛しい、我が主よ!』

 

 

 

「これでなのは、フェイト、そして恭也さん三人とも、カートリッジシステム使用者か」

 アースラの廊下、管制室へと続くその途中でクロノは少し感慨深そうにそう言った。

「でもレイジングハート、大丈夫かな?」

「バルディッシュも、突然改修要求なんて……びっくりした……」

 傍らのなのはとフェイトはしかし、心配そうに声を返す。

「インテリジェントにカートリッジなんてあまり推奨される行為ではないけど……彼らが望んだんだ、大丈夫さ。ただ完全に改修が終わるまでは無理は禁物だから、そこはきちんとエイミィの指示に従ってくれよ、二人とも。特になのは」

「は、はーい……」

「わかった」

 なのはは乾いた笑いを浮かべ、フェイトは素直に頷いた。

 なのはのレイジングハート、フェイトのバルディッシュはともにデバイス自身の望みにより、カートリッジシステムを取り付けることが決定したので、二人は相棒達を技術部に預けてきたのだ。クロノはその付き添いである。

「お兄ちゃん、魔法の練習進んでいるかな」

 二人が説明を受けている間恭也は、訓練室に残り晴れてパートナーとなった魅月と、管制室のエイミィの指示を受けながら魔法の練習をしている。

「恭也さんなら、きっとすぐに覚えるよ」

「検査結果を見る限り、かなり素質はあるみたいだからな。さすがはなのはのお兄さんと言ったところか」

 クロノ、フェイトは恭也に対し、そんな意見を述べる。

「あはは……ちょっと照れるけど、うん、お兄ちゃんならきっとそうだね。魅月さんともすっかり仲良しだろうし」

「というか、魅月は完全に恭也さんに心酔しているな、あれは。よっぽど嬉しかったんだろう」

 恭也のデバイスとなることが決まった後の魅月の様子を思い出し、クロノは思わず苦笑を浮かべる。

「……ねえ、クロノ」

「ん、なんだ?」

 そんなクロノに少し考え込むような仕草をしながら、フェイトが声をかける。

「魅月のことだけど……、本当にただのアームドデバイスなの? 魅月、とても高い知性を持っていたように思う。アームドデバイスにAIが搭載されていること自体は不思議じゃないけど、あそこまで高度なのって……」

「あ、私も思った。まるでインテリジェントデバイスみたいだったよね、魅月さん」

 二人の質問に、クロノは、

「正直に言えば、僕もあれには驚いたんだ……」

そう答えた。

「え?」

「驚いた、って……?」

 疑問の表情を浮かべるなのはとフェイトに、クロノは説明を加える。

「本当に、彼女は扱える人も扱おうとする人もほとんどいなかったんだよ。だから使用データなんてほぼないし、彼女も今考えればそんな管理局をあまり信用してくれなかったのか、最低限しか喋らなかったんだ。だから、恭也さんに剣として振られた後、流暢に喋り始めた姿を見て、正直なところ……」

「そうだったんだ……。じゃあ、ほんとにお兄ちゃんに振るってもらえて嬉しかったんだね、魅月さん」

「ああ、だと思う。今回彼女を持って行ったのだって、結構駄目もとみたいなものだったんだ。もしかしたら、くらいのな。本命は後に出したミッドのデバイスさ。でも結果的に恭也さんはずいぶん気に入ってくれたみたいだし、魅月はあの通りだ、良かったよ。……そんなわけで、管理局にはあまり魅月に関するデータはないんだ」

「それじゃあ、魅月は管理局が作ったデバイスじゃないの?」

 フェイトの言葉に、クロノは頷く。

「おそらくな。管理局内の資料にも大したことは書かれていない。"使用者の能力を活かし切る"ためのデバイス、っていう説明書きと、判明している基本的なデータだけだ。どこからか流れてきたのを管理局が保管しておいたのか……」

 詳しいことはわからない、とクロノは首を振った。

「フェイトが指摘したとおり、アームドにしては過剰と言っていいくらい高性能と言えるAI、……それに、内部での演算処理方式もなんだか妙なんだ。プロセスが変というか……古代ベルカ式だからミッド式と比べて差異があるのは当然だけど、それにしたって少し特殊だ。現状、謎が多い。……ああ、もちろん危険性がないことだけはきちんと確認してあるから安心してくれ。暴走したりはしないから」

「それは安心だけど、……でももし危険があるって聞いても、お兄ちゃんならそのまま使い続けるって言いそう」

「確かに……」

 兄の性格をよく知るなのはと、まだ短い付き合いながらもなんとなくその人柄がわかってきたフェイトとしては、恭也はあまりそう言ったことに頓着しなさそうに思えた。

「でも、本当に恭也さんと魅月は相性がいいと思う。身体強化はわからないけど、斬撃強化なら恭也さん、デバイスなしでも発動させてたくらいだし」

「えっ! 嘘、いつ!?」

「初耳だな、それ……」

 話を変えるように放たれたフェイトの言葉に、なのはとクロノは強い反応を示した。そんな二人にフェイトは続ける。

「本当に一瞬だし、かなり粗い使い方だったけど、魔法としてみるなら斬撃強化行為相当のものを一度だけ、多分恭也さんは発動させたと思う。あの、騎士の腕が恭也さんの胸から生えてリンカーコアを掴んだ……その後」

「あ、守護騎士さんの腕をお兄ちゃんが……その……」

「……剣で刺したとき。守護騎士はバリアジャケットを着ていただろうし、それなら腕にもその効果はあるはずだから、いくらなんでも力技だけで腕に刀を刺すことはできない……はず。リンカーコアが露出するっていう事態も相まってだと思うけど、本当に突き立てるその一瞬だけ、魔力が剣先に纏わった、ように感じたんだ。私の勘違いって言う可能性が高いから正式な報告の場では言わなかったけど、恭也さんの適正検査の結果を聞いた後で考えてみたら、やっぱりありえる話かなって思って」

「なるほどな……たしかにありえない話じゃない。そうすると本当に、魅月を持って行ったのは正解だったな……っと」

 そんな話をしている間に、

「着いたか」

三人は管制室のドアの前まで来ていた。

 恭也はまだ訓練の最中だろうから邪魔するのも悪い、しかしその様子だけは見たい、ということで、モニターされているだろうここへ訪れたのだ。

 三人はドアを開け、中に入る。

「エイミィ、どうだ、恭也さんの調子は。……エイミィ?」

 クロノはすぐに、椅子に座る、恭也の指導を任せておいた自身長い付き合いの女性、エイミィにそう声をかけた。

 しかしクロノの言葉に声では答えず、エイミィはただ無言でモニターを指さした。

「……? なんのつも………………………………っ!? なんだあれは!?」

 訝しげに思いつつもその仕草に素直に従い、顔を上げ、モニターの方を向いたクロノの目に飛び込んで来たのは、

「どんな状況だ!」

色とりどりの眩い弾丸雨あられ。訓練室の天井近くで飛空しつつ半円状に並んだ、数十人の武装局員と思しきものたちが、眼下に向かって射撃・砲撃魔法を射出しまくっていた。そして、

「あれって、お兄ちゃん!?」

「恭也さん、だよね……」

その先には、驚異的なスピードでそれこそ瞬くように身を翻し、弾丸の間を舞い続ける黒衣の姿。

 間違いなく、高町恭也その人だった。

「最初はね……一人だったの」

 そして沈黙を保っていたエイミィが唐突に口を開いた。

「ある程度の基礎の練習が終わった後、恭也さんが避ける練習と斬る練習がしたいから、もし誰か手が空いていたら撃ってくれないかって……。それで、まあいいかって、近くにいた武装局員の一人に頼んでやってもらったの」

 でも……と、エイミィは続ける。

「一人じゃ話にならなくって。これじゃ練習にならないなって思ったから私、さらに人数を増やしたの……。三人、四人って。でも駄目で、かすりもしなかった。恭也さんはどんどん動きが良くなっていったから、むしろ最初よりお話にならなくなってて……。十人目までは私の指示。そしてそこからは協力してくれてる局員が自主的にね、どんどん人集めて……、プライドを刺激しちゃったのか単にノリが良かったのかはわからないけど、今は、確か二十五人、かな」

「にじゅう、ごにん……」

 そんな人数の射撃・砲撃を、魔法を覚えて間もない者が捌ききれるものなのか。

 クロノは既に、恭也に関してはもう常識的に考える事を放棄したはずだったのだが、しかしやはり衝撃を隠せない。

「エ、エイミィ、恭也さんの動き、アップにできるか?」

「……うん、はい」

 エイミィはその指示通り、コンソール上の手を動かし、全体俯瞰だったモニターを恭也周辺にクローズアップさせる。

「……うわあ」

 思わず声をあげたクロノが見たのは、

「……なんと言うかまあ」

「すごいでしょ?」

躱し、斬り落とし、確かに弾丸の雨をやり過ごす黒衣の姿。

 そして黒衣は、

「すごいと言うか凄まじいと言うか……。しかし、どういうスタイルだ……?」

床や壁だけではなく、『空』も蹴ることで、自在に移動していた。飛んでないにも関わらず、あまりにも自由に跳ぶことで、もはやその様は空戦的とすら言える。以前彼は床・壁・天井すべてが足場と言っていたが、これはそれを超え、何もないはずの空間すら蹴って身を翻しているのだ。

 まさしく、縦横無尽自由自在。彼は決して狭いとは言えない訓練室の中を、三次元的に所狭しと駆け回っている。

 これはいったいどういうことだと、よく目を凝らしてみれば、

「……あれは」

彼が空を蹴るその直前から直後にだけ、

「空中に足場を生成しているのか……?」

黒色の魔方陣が現れていた。彼はそれを蹴り、移動しているのだ。

 足場を作る魔法。

 特段珍しいものでも難度の高いものでもないが。

「エイミィ、飛翔魔法は教えなかったのか? なんだってあんな方法を……」

 空戦においてはやはり、飛翔魔法が主流だ。足場を使う戦法がないわけではないが、どちらかと言えば補助的な意味合いが強い。少なくともあんな風にメインの空戦方法に使う物ではない。

「教えたんだけど、本人曰く、あんまりしっくりこないって。できないわけじゃなかったし、私から見れば筋も良かったと思うんだけど、どうも本人的には『脚で移動した方が断然速い』って。それで足場を作る魔法か何かないかって聞かれたから、教えてみたらご覧の通り」

「なるほどな……」

 恭也の元々の戦闘スタイルや体捌き、そして魅月の"身体強化"を考えると、下手に飛翔魔法を使うよりたしかにこの方法の方がいいのかもしれない。……魔導師の常識からは大きく逸脱しているが。

「でも、さすがはなのはちゃんのお兄さんって感じかな。"身体強化"と"斬撃強化"は魅月の補助もあってだと思うけど、あっという間にものにしたよ。足場生成だって、こっちは魅月の補助がほとんど期待できないにも関わらず、まあまだちょっと危なっかしいし構成も雑だけど、でも見ての通り実戦で生かすレベルに使えてる。すごいよ、あの人。まあ元々の戦闘能力からしておかしかったけど、あと一週間もして基本を完全にマスターしたら、魔導師ランクは多分、相当なものになるんじゃない?」

「だろうな……」

 そもそも生身で戦闘力的にはAAAレベル程度のものがあったのだ。それに加えて魔法を身につけたら、その力は恐ろしいくらいのものになるだろう。

 クロノがふと隣を見れば、

「うわあー……、すごいね、フェイトちゃん。私、お兄ちゃんに射撃当てる自信ないや。何撃っても避けられそうだし斬られそう」

「私も……、改めて、全然勝てる気がしない……。近中距離戦は言うまでもないし、遠距離だってすぐ詰められて終わり、かな」

なのはとフェイトの二人は、そう声を漏らしていた。

 この二人だって、本当に一握りの逸材なのだ。

 その彼女らにそう言わせる彼は、クロノにとって、未だ持ってやはり何かの冗談としか思えなかった。

「でもほんと突き抜けたスタイルだよね。恭也さん、この練習初めてからまだ一回もシールド魔法使ってないんだよ。全部避けるか斬り落としてる」

「……そんな馬鹿な。教えはしたのか?」

「一応ね。まあ本当に原理的な部分は足場生成と同じだからそれと一緒に。持続させるのがちょっと苦手みたいだったけど、でもちゃんとできてたわ」

「それでも使わないのか?」

「『両の手に剣を持つ御神の戦いに盾は不要。防ぐ間があれば斬る』だって」

 その言葉に、最早お手上げとばかりにクロノは両手を宙へ、そして首を振った。

 

 

「ふむ、大分コツを掴めてきた気がするな」

『この短時間でよくぞここまで。素晴らしいです、雄々しき主よ』

 訓練室の中、視界を埋め尽くすほどの弾丸を躱し捌き斬り落としながら、どこか平然と呟いた恭也の言葉に、魅月が賛辞を送った。

「魅月の力も大きいのだろう? やはり君を選んで正解だったな」

『いえ、これは主の実力によるものかと。しかしそのお言葉を頂けるのは幸せです、主よ』

 会話を交わしながらも、右から迫った光弾の纏まりを一度にまとめて斬り裂き宙へ散らせ、すぐさま足下に足場を生成、ステップを踏み、空いたスペースに飛び込む。

 そして体勢を直し、次なる弾に備える。基本的に恭也がやっていることはこれの繰り返しだ。

『眩体は安定して持続しています。晃刃の発動もかなり滑らかに、そして強力になってきました。総じて順調です、主よ』

「そうか、ありがとう」

 定期的に現状を教えてくれる魅月の声に礼を言いつつ、恭也はさらなる向上を目指し集中力を高めながら、教わった事を心の中で再確認する。

 眩体(げんたい)は身体強化の魔法だ。

 一度発動させればその後は意図的に切らない限り持続するタイプで、使う魔力を増減させることでその効果の大きさはある程度可変。また、術者の体に負荷がかかるため推奨はされないが、重ね掛けをすれば大幅な出力向上も可能らしい。

 だが魅月としては、大幅な出力向上を狙うのであれば、効果は一時的だがそれゆえに重ね掛けよりも恭也の負担が少ないカートリッジロードを使用して欲しいと言っていた。

 晃刃(こうじん)は斬撃強化の魔法。

 刃に魔力を漲らせその強度を跳ね上げるとともに切断力も向上、斬るという行為自体を強化する。指導をしてくれたエイミィが言うには、アクショントリガーと言う行動に付随にして発動するタイプの魔法、らしい。眩体は発動時に口で魔法の名前を言ったが、晃刃にはその必要はない。斬る動作と共に魔力を奔らせ、発動する魔法だ。二刀による連撃をする事が少なくない恭也にとってこれは非常に助かった。さすがに、いちいち口にしてなどいられない。

 こちらも使用する魔力の増減により効果のほどは可変。眩体と違い重ね掛けは存在しないが、カートリッジロードによる威力向上は行える。また、もちろん晃刃は魅月の刃への使用に限定された魔法なわけではないので、飛針や鋼糸の強化にも使える。恭也としてはこれも有り難い話だった。

 ちなみに眩体、晃刃ともに元の名称を日本語訳した名である。魅月曰く、それと分かれば元の名称以外で呼んでも特に問題はないらしい。

 どうも発音に自信がない恭也としてはこれまた有り難い話だ。

「しかし……」

『いかがなされました?』

「いや、魔法というのはすごいものだな……と思ってな」

 眩体、晃刃。二つの魔法の効果は、劇的と言えた。

 生身とは比べものにならないほどに動作は機敏に強力になり、振るう刃の切れ味は格段に向上、魔法の弾すら切り裂ける。恭也からしてみれば反則技とすら言える。

 そしてさらに、身体強化魔法である眩体は、思わぬ効能をもたらした。

(どうやら、神速の使用回数は大分増えたみたいだな)

 魔法により強化された体は、神速の負担に今までよりも多く耐えることができるようだ。

 試しに何度か使ってみたが、生身の時のような疲労はない。

 これなら右膝に古傷を抱える自分でも、少なく見積もっても一日……十回程度はいけそうだ。

 それに、眩体を重ね掛けやカートリッジロードを行ってさらに強化した状態で神速に入れば、通常の神速を大幅に超えた速度を出すこともできるかもしれない。

 今日は初日であるし体の事も考えそこまで無茶はしないが、後々試してみようと決める。

 そんな恭也へ、

『……主よ、しかし私からしてみれば、やはりすごいのは貴方ですよ』

先ほどの言葉に少し呆れたように魅月が声を返す。

『お話を聞きましたが、生身でベルカの騎士に勝利したのでしょう? それに今こうしていて伝わってくる技量の高さ、心身の強さ。貴方を知れば知るほど……貴方という主を持てた喜びで壊れてしまいそうです、偉大なる主よ』

「……いや、本当にそれは言い過ぎだ、魅月。君は俺を過大評価するきらいがあるな。というか壊れられたら困るぞ」

『いえ、ご安心を。そうは言いましても、貴方が私を必要として下さる限り、私が砕けることはありません。貴方の下に居る限り、私は世界で最も強靱な刃です』

「……そうか。頼もしいことだ」

『貴方のためなればこそです』

 いっそ穏やかとすら言える会話をしながらも、しかし状況は非常にめまぐるしい。誘導弾を斬りふせつつ、直射弾を身を捻って躱し、足場を瞬間的に生成、移動、その先でまた新たな光弾の相手をする。

 思いつきで提案してみたが、いい訓練だ。協力してくれている方々へ感謝の想いも浮かべつつ、恭也はそう胸の中満足げに思う。

『足場生成もだいぶ安定してきたようです。強度、精製速度共にかなりの向上が見られます』

「ふむ、まあ最初は何度も踏み外し・踏み抜きがあったからな。それと比べればましになったか。だがまだ意識についてこない部分があるから、全速機動とはいかないな。要精進と言ったところか」

『……申し訳ありません』

 突然に、今までの嬉しそうなものとは打って変わって悲壮な声で謝罪する魅月。

「どうした? なぜ魅月が謝る?」

『こちらの魔法に関しては、私はほとんどお手伝いできませんので……。お力になれず……』

 そういうことか。

 しかし恭也にとっては、それは謝られることではない。

「君はそういうデバイスなんだろう。そしては俺はそれを納得ずくで、それでも魅力的な君に力になって欲しいと頼んだんだ。君に非など一片たりともない。感謝している、魅月」

『主……』

 揺れる声をあげる魅月。状況が状況でなかったら、鞘を撫でてやれるのだが、さすがに今は厳しい。どうしたものかと少し悩む恭也だが、 

『お言葉感謝します、主よ。……では私は私が力になれる部分で、貴方に全力で尽くします』

「……ああ、頼む」

魅月は力強くそう言った。

 これなら心配ないか、小さく息を吐いた恭也に、

『主、……実を言えば、私が強化補助できる魔法は、眩体、晃刃だけではないのです』

突然、魅月はそう言った。

「……なに? そうなのか?」

 思わず驚き聞き返す恭也。魅月は答える。

『はい、主よ。言い訳をするのではありませんが、決して貴方を試していたわけではないのです。ただ、眩体、晃刃……特に晃刃を上手く使えなければ出せない魔法であるので、その習熟具合を見つつお伝えしようと思っていたのです。……不快に思われましたら』

「いやいいさ、そんなことは。俺の事を考えてくれたんだな、ありがとう」

 もちろん彼女の言葉を疑うわけではないが、むしろ恭也としてはもし試されていたのだとしても一向に構わない。彼女に協力を頼んだのは自分であり、頼まれた側である彼女からすればそれは当然の権利だろうと思っている。

「それで、それを言ってきたと言うことは、教えてくれると考えていいのか?」

『はい、主よ。お伝えしたいと思います。主はもう眩体、晃刃を十分に使いこなしています。問題ないかと』

「そうか。それで、どんな魔法なんだ?」

『はい、名を影刃と言います。これは、ある種の中・遠距離魔法のようなものです』

「中・遠距離? ん、読めてきたな……。もしかして」

 予想がついた恭也は、それを口にしてみる。

「飛ぶ斬撃、か?」

『はい、正解です! 聡い主よ』

 魅月は嬉しそうに声を響かせた。その様子に思わず苦笑する。

「しかし……そうか、飛ぶ斬撃か……」

『……お気に召しませんでしたか?』

「まさか、逆だよ。子供の頃からの憧れの一つだ」

 剣を持ったものならば一度は考えることだ。飛ぶ斬撃、周囲から人間止めちゃってると言われる恭也だがさすがに生身では到達できそうになかった領域だ。

 正直、胸が躍る。

『そうですか!』

「ああ、ありがとう。まさか叶うとは思っていなかった。それじゃ、説明を頼む」

『はい。影刃は、晃刃の発展技のような魔法です。晃刃にて振るわれる刃は魔力で強化される私の体たる実体の刃と、それに付与される斬撃効果を持った魔力そのもので出来た刃、その二つが重なり合わさったものですが、影刃はその内後者、魔力の刃のみを切り離し飛ばします。実の刃の裏にある、影の刃を飛ばす魔法。故に、影刃です』

「なるほどな……」

 魅月はさらに詳しい説明を加えた。

 それによれば、影刃もまた晃刃と同じくアクショントリガータイプの魔法らしい。魔法名やかけ声の発音はいらず、刃を振るいつつその斬撃を切り離すイメージで魔力を奔らせることにより発動する。またカートリッジロードでの増強も眩体、晃刃と同じく可能とのことだ。

「それじゃ隙を見つつ、早速試してみるか」

 そう言って恭也は、躱し斬り落とし避けの作業のなか、空白となった瞬間を利用し、魅月の指導の下何度か試して見る。

 すると、五度目ほどで、

「っ! おお……」

『素晴らしい! お見事です、才気溢るる主よ!』

思わず漏らした恭也の声と、弾けるような魅月の歓声を置き去りに、刀身から奔った三日月状の黒い刃は前方へ鋭く飛んでいった。

「……速いな。切れ味もなかなかのようだし」

 その速度は恭也に襲いかかってきている光弾と比べても一段上に思える。また、途中ぶつかった光弾を幾つも切り裂いていった様子をみても、その威力にも期待が持てそうだった。

『はい。速く鋭くがモットーの魔法ですから。さらに所謂、溜めの時間も存在しませんので出は早く、連射も可能です』

「いいことだな」

『光栄です。……ただ、その代わり一度に発射できるのは刀一振りにつき一つまで、つまり同時発射は私を両方とも振ることによって実現する二発までです。また、誘導性は皆無で、軌道は直進だけです。それと、発動には必ず本体を……つまり私を振るモーションが必須となります、どれだけ慣れても上達してもそれを略することはできません。以上の事をご理解ください』

「ああ、わかった」

 数発の同時撃ちによる範囲攻撃が望めないというのは多少痛いが、発動に溜めがないのであればそれは恭也が刀を速く振り、高速連射することで擬似的に実現可能だ。自分の腕次第、ならば望むところとすら恭也は思う。

 それに直進のみというのはなんの問題もない。元より、愛用する飛び道具である飛針には追尾機能などなかったのだから。

 また、刀を振るモーションを略せないと言うのは仕方ない話だろう。そこは二刀の利点を使い、上手く補うのみだ。

 影刃、総じて自分好みの技と言えそうだ。恭也は満足げに笑みを浮かべつつそう思った。

 しかし、同時に疑問も沸く。

「気に入ったよ、いい魔法だ。……だが、なあ、魅月」

『なんでしょう?』

「これがある事はクロノの説明にも出てこなかった。つまり、管理局も知らなかったのだろう?」

『はい、お話したのは主が初めてです』

「なぜだ? 晃刃の習熟具合を……という話もそれはそれでわかるが、しかし影刃を強化できる事を言っておけば、周りが君を見る目もずいぶんと変わったろうに」

 強化補助できる遠距離技が一つあるのとないのでは、大分デバイスの印象も変わるだろう。そう考えると、なぜ魅月が黙っていたのかがわからない。

 問いに、魅月は答える。

『……無駄だからですよ』

「無駄? 何がだ?」

『影刃の事を話しても、です。私は主のような、己の技を生かし近距離で戦い抜く志を持った者にこそ力を与えられるデバイスであり、影刃で多少気を惹いても、結局眩体と晃刃のみで戦い抜けるような者でなければ私を使うことに意味はありません。そもそも優れた剣技を持つ者でなければ鋭い影刃は出せませんし。だから、無駄なのです』

 そこまで一気に語った魅月は、

『……それに』

そして少し声のトーンを下げ、言う。

『怖かったのです。半端に使われた挙げ句、途中で投げ出されるのが。だったら初めから、選ばれない方がいいと思ったのです』

「魅月……」

 その言葉にその声に彼女の苦悩が滲み、恭也は知らず彼女を握る力を少し、強めた。

『主、ですから私は今本当に幸せなのです。貴方に巡り会えたことが、嬉しくてならない。私はきっと、貴方のために作られたデバイス、そう思ってしまいたくなるくらいに』

 そして彼女は、本当に嬉しそうにそう言うのだ。

「魅月」

『何でしょうか?』

「俺は、強くなろう。君がどれだけ素晴らしいデバイスか、みんなに教えてやらなきゃな」

『……主』

 魅月の声に、恭也は再度、彼女を強く握る事で返事を返した。

「さて、とは言ったものの、そろそろこの訓練は終わらせなければならない、か。ずっとやってるわけにはいかんしな」

『あ、はい、そうですね。もうかなりの時間続けていますから……。どうします? エイミィさんに連絡を?』

「ふむ……いや」

 その言葉に一瞬考えるも、

「もっとわかりやすく終わらせよう、せっかくだしな」

『わかりやすく?』

「ああ」

そう答えた恭也は、自らの頭上を見やる。そこには自分に斉射を繰り返す武装局員達。

 恭也はその中から、

「あの人だな……」

リーダー格らしき男に目星をつけた。そして、

「いくぞっ!」

周りの光弾を斬り落とし、作った一瞬の時間に、

「……はあああっ!」

頭上へ両の魅月から、覚え立ての影刃を連射。黒い刃が光弾を斬り裂いていく。

 ざわめく局員達。しかし影刃は誰にも当たることなく後方へぬけていく。

 避けられたのではなく、

(これでいい。あちらに攻撃する許可はとっていないからな)

わざと外したのだ。

 恭也の狙いは、射撃手を倒すことでなく、影刃により光弾をかき消して上空への道を作ることだ。それはもちろん、一瞬だけしか現れない道ではあるが、恭也には、否、御神流には、

(一瞬で十分!)

瞬くような、わずかな時間さえあればいい。

 

 御神流奥義 神速

 

 世界がモノクロに変わる。周りのものたちはすべて制止し、動くのは恭也だけとなる。その中を眩体の身体強化によりいつもよりも機敏かつ力強い動きで、あらかじめ必要な位置に作っておいた足場を強く踏み、恭也は一気に上方へ抜けた。

「……な、どこいった!?」

 そして世界に色が戻り、消えた恭也に動揺を見せるリーダー格の男、その後ろから、

「ありがとうございました」

恭也はそう声をかけ、彼の肩へ手をおいた。

「おかげ様で、いい訓練になりました」

 既に魅月は納刀し、そう爽やかな笑みを浮かべる恭也に、

「………………い、いえ。お役に立てたなら……」

信じられないものを見たという目と、引きつった表情で、男はそう言った。

『お見事です、礼儀正しき主よ』

 それきり少しの沈黙が訪れた訓練室に、やがてそんな魅月の嬉しそうな声が響いた。

 

 

 

 

 

(やっぱり、恭也さんはすごいな……)

 高町家道場の隅で一人恭也を待ちながら、彼がデバイスを手に力を発揮する様を思い出しつつ、フェイトは改めて彼に対してそう思った。

 魅月というデバイスを手にした恭也は日々魔法の鍛錬を重ねている。ユーノやアースラスタッフに遠隔で結界を張ってもらった道場や公園で、地道に魅月と研鑽を続けている。

 そしてその実力は順調に伸びていっているようだった。……いや、むしろ、順調なんていう言葉では控えめなくらいの成長速度だ。

 彼には元々、その身に剣士として達人と言っていいほどの力があったわけだが、フェイトが思うに、彼の魔導師としての成長速度の一因はそこにある。

 彼は新たに得た魔法という力を、一から伸ばしていくのではなく、すでにある剣士としての能力、技術、そしてそれを積み上げたノウハウの上に展開していっているのだ。故に歩みは速く、得ていく総合的な力は強大だ。

 彼は、剣士としての力に魔法を足し合わせているのではない、掛け合わせているのだ。

 そんな事ができるくらいに、彼は自分を高める方法を血の滲む思いで、これまでの人生の中で獲得していたのだ。

 それはやはり、すごい事だと思う。

 そして、さらにすごいのは、

「……いいのかな、こんなに甘えて」

それを誰かに伝える能力にも長けているということだ。思わず呟いてしまった言葉のとおり、フェイトとしては、なのはとは違い大して彼に関係がないはずの自分が、その恩恵をこんなに受けてしまっていいかと思ってしまう。

 自分は、強くなっている。

 それははっきりと自覚できた。

 まだ本格的に教わりはじめて十日ほどだが、動きは日に日に洗練されていくし、近接戦における理論と経験はどんどんとその深みを増していく。

 自分が思っていたより遙かに、自分は強くならせてもらっている。彼の鍛錬はあの医務室での言葉通り確かに厳しいものであったが、しかしその厳しさには一切の無駄がなく、ただ自分を強くするためだというのがよくわかるものだ。むしろ、厳しさというよりは、これは彼の優しさなのだと思う。

 本当に、本当に心からありがたく思う一方、しかし、だからこそ、やはり迷惑なのではないかと言う考えが、どうしてもフェイトにはぬぐえない。

 こんなに手を尽くし、心を配ってもらっていいのか。

 自分は彼にこうまでしてもらえるような存在ではないはずなのに。

 フェイトはやはり、そう思ってしまうのだ。

 だが。

 だが、それでも、同時に強くこうも思ってしまう。

 願ってしまう。

(このまま、ずっと……)

 そんな風に、望んでしまう。

 ゆっくりと、無自覚に、フェイトは自らの頭を、髪を触る。

 そこは、昨日恭也に撫でてもらった場所だ。

 回避の訓練で今まで出来なかったレベルでの見切りを成功させた自分に、恭也は優しく頭を撫でて、よく出来たなと褒めてくれた。 いや、昨日のその時だけじゃない、上手くいった時は必ず、彼はそう言って褒めてくれる。

 頭を撫でて。

 よく出来たな、と。

 たったそれだけの仕草と言葉、彼としてはきっと何も特別なことをしたという意識はないだろう。

 でも。

 でも。

 自分にとっては、そうじゃなかった。

 嬉しかった。暖かかった。いっそ、泣きそうになるくらいに。

 頑張ったら、認めてもらえる。上手くいったら、褒めてもらえる。

 それはフェイトが求めて止まないものだった。

 かつて、リニスは自分に、その喜びを教えてくれた。

 そして、母は結局最後の最後まで、それを自分に与えてはくれなかった。

 欲しかった、ずっとずっと、欲しかった。

 自分を見て欲しかった、自分を認めて欲しかった、自分を肯定して欲しかった。

 リニスがいなくなって以来、胸の中にはずっとそんな渇望があった。

 だけど、それを一番満たして欲しかった人は、自分が何度手を伸ばしても、冷たくはね除けるばかりだった。それは最後の最後までそうであり、そしてもう、自分は半ば諦めてしまっていた。

 否。

 諦めたというよりは、恐れたに近い。

 あんな風に、望んでも決して届かない思いをするのは、もう嫌だ。

 だから、いい。望まないようにしよう。

 そう思っていた。

 なんとかして、そう思い込んでいたのに。

 至極あっさりと、彼はくれた。抱えていた思いを、願いを、叶えてくれた。心の中の満たされなかった部分を埋める、仕草と言葉で。

 リニスと比べることに意味はないし、母と比べることはできないけど、それでも確かに、彼は満たしてくれたのだ。

「……恭也、さん」

 彼は、優しい人だ。

 もしかしたら一見、怖そうに見えるかもしれない。普段の表情は柔らかいとは言えないものだ。

 だけど、その裏に隠された優しさは、少しでも彼と触れあえばすぐにわかる。何気ない気遣いに、仕草に、言葉に、雰囲気に、それは如実に表れる。

 そして、決して優しいだけでなく、美しいとすら言える強さを持った人だ。肉体的なものはもちろん、精神的なものも含め、彼はとても強かった。自分の意志を貫き通す、力と心を持っている。彼が自らの命を微塵も惜しむことなく、大切な人を護る姿を目の当たりにしたフェイトにとって、それは疑うべくもないことだった。

 なのはがあれだけ慕うのがよくわかる。

 自然に、とても純粋に、フェイトはなのはを羨ましく思う。

 あんな人に、あんなにも愛を注がれているなのはを、羨ましく思う。

 どれだけ暖かいのだろうか、どれだけ満たされるのだろうか、どれだけ幸せなのだろうか。

 想像すら出来ない。

 なのはにとって、この世で一番はきっと恭也なのだろう。なのはは家族を皆愛しているだろうが、その中でもきっと恭也は特別だ。なのはが家族たちと触れあう様子を幾度か目にして、なのはが家族について語る言葉を幾度も耳にして、なんとなく、しかし確かにフェイトはそう思う。

 なのはが世界で一番に想うのは、間違いなく恭也だ。

 そして恭也はそんななのはに、惜しむことなく愛を注いでいる。

 彼らのそんな様子を見ることを、決して辛いとは思わない。むしろ、こんなに素敵なことがこの世にあるんだということを伝えてもらっているようで、暖かい気持ちすら抱く。

 だがやはり、羨ましいとも思ってしまう。

 誰かにあんなに風に愛されたら、誰かにあんなに風に想われたら、誰かにあんな風に抱きしめてもらえたら。

 いや、恭也と言う人を知り、その暖かさにわずかにでも触れてしまった自分はもう、『誰かに』ではなく『恭也に』と思っているのかもしれない。

(駄目、だよね。こんなこと思うのは)

 しかしフェイトは頭を振り、自分を戒める。

 わかっている、自分が彼にとってそんな存在ではないことはわかっている。

 望んではいけない。

 導いてくれる、褒めてくれる、それだけで十分、十分すぎることなのだ。

 それ以上を望んではいけない。

 叶わないと思っていたことを叶えてくれた彼だからこそ、フェイトは今以上を求められない。そんなのは彼に悪いし、そして彼に本気で求めてしまって、彼が応えてくれなかった時の事を考えると、怖すぎて出来はしない。彼は冷たくはね除けるなんてことは決してしないだろうが、それでもだ。

 今で十分、今で満足、今で幸せ。

 そう思わないと。そう思うべき。

「……そうじゃなきゃ、駄目なんだ」

「なにが駄目なんだ?」

「っひゃ!」

 呟かれたフェイトの一人言に返ってきたのは、今の今まで思い浮かべていた人の、そんな言葉と、

「すまんすまん、そんなに驚くとはな……」

「い、いえ……あ」

目の前に差し出された一本のペットボトル。大きな手に握られているそれは、どうやらスポーツドリンクらしい。

「とりあえず、飲んでくれ。季節が季節だがら温かい飲み物と迷ったんだが……、運動したばかりでまだ体は火照っているだろうと思ってな。それでいいか?」

 いつの間にか道場に帰ってきていたらしい恭也は、

「あ、はい! 冷たいもののほうが、今は……。ありがとうございます」

「いや」

答えを聞くと一つ頷き、フェイトの隣に腰掛けた。

「なにか悩みごとか?」

 そしてそう問うてくる。

「いえ、その……」

 まさかフェイトとしては、さっきまでの考えを正直に話すわけにもいかない。知らず頬が熱くなるのを感じながら、言葉を濁す。

 そんなフェイトの様子に恭也は苦笑し、言う。

「悪い、無理に聞く気はないんだ。ずいぶん真剣に考え込んでいるようだから、何か悩んでいるのかと思ってな。俺で良かったら話を聞くが、無理にそうさせるつもりはない」

 その言葉に、フェイトの胸は、少しうずく。

 言ってしまえたらどんなにいいか。

 色々あるけど、一言で言えば、貴方に甘えさせてほしいんです、なんて。

 言ってしまえたらどんなにいいか。

(そもそも、今でも十分すぎるくらい甘えているんだから……)

 やはりフェイトは、言葉を飲み込んだ。言えない、言わない。それでいい。

 しかし、

「……」

やはり胸はうずく。そして、うずくだけでなく、暖かくもある。彼に心配をかけて悪いとも思ったが、しかし心配してもらえた事が嬉しい。

「……あの」 

 だから、フェイトは口を開いた。そして代わりに、違う言葉を口にする。

「聞いても、いいですか?」

「ああ、何だ?」

「……どうして、恭也さんは私に鍛錬をつけてくれる気になったんですか? どうして、……私にこんなに良くしてくれるんですか?」

 それはずっと思っていたことだ。先ほどまで考えていたこととは少し違うとは言え、まったく関係ないことではない。だから、聞いてみたかった。

 純粋に、わからなかったからだ。

 どうして自分なんかに、そんな思いを滲ませながらフェイトは恭也にそう問いかけた。

 

 

「……どうして、恭也さんは私に鍛錬をつけてくれる気になったんですか? どうして、……私にこんなに良くしてくれるんですか?」

 隣に座る金髪の少女、フェイトは顔を少し俯かせながら恭也にそう問うてきた。

 これがさっきまで彼女が考え込んでいたことなのかは恭也にはわからない。だが、この質問自体は今思いついたもの、というわけではなさそうだった。彼女の声音は真剣で重みがあるものであったし、なにより彼女の性格を考えればある意味彼女がこれを思っていないはずがないとも言えるからだ。

 どうして大して関係のないはずの自分にこうまで教えをつけてくれるのか。

 彼女がそう思わないはずがないのだ。

 共に過ごしてまだ日は浅いとは言え、恭也からみて彼女、フェイトはそういう子だった。

 ほんの少しの間を置いてから、恭也は答える。

「君が守りたい人を守れるようになりたいと言ったことに、俺は敬意を感じた。まずそれが一つの大きな理由だ」

 敬意。それは嘘偽りなく、恭也がフェイトに大して抱いた感情の一つだ。

「け、敬意、ですか? 私に……?」

 驚いたのか、フェイトは目を見開きつつそう問い返してくる。恭也は彼女に大きく頷いた。

「ああ、敬意だ。俺は君を尊敬する。……誰かを守りたいと思うことは、ひどく単純なことだがそう簡単なことじゃない。君の身の上は君の口から聞かせてもらったが、君の歳で、君の人生で、その想いを抱いたというのは間違いなく尊いことだ。少なくとも俺はそう思ったし、そんな君のために俺が力になれるなら、喜んでなりたいと思った」

「わ、私は、そんな……恭也さんに尊敬なんかしてもらえるような……」

 フェイトは恭也の言葉に、戸惑ったようにそう否定を返す。

 そんな彼女の、声に、顔に差す陰。

(……やはりそうだ)

 それをみて、改めて恭也は自分の考えが正しいことを確認する。

 そしてだからこそ、

「フェイト」

「は、はい……」

「今から俺は君にとって不快な言葉を口にするかもしれない、無神経な物言いをするかもしれない。だから先に謝っておく、すまない」

「え?」

そう前置きをして、恭也は、語ることにした。

「実は、俺が君に教えをつけようと思ったのには、さっき言ったものとは別に、もう一つ理由がある」

 言おうか言わまいか、迷った。ある意味で彼女の傷をえぐる事になると思ったから。

 だが、勝手な考えだとは思うが、この話はやはりしておきたかった。その上で、どうしても伝えたい事があるから。

「……はい。その、遠慮なく言ってくれると、嬉しいです」

 恭也の目を見て、そう言うフェイト。

 彼女に、恭也は言う。

「君はな、俺と似ているんだ。だから、放っておけなかった」

「………………わ、私が、恭也さん……と?」

 唐突な言葉に、またしてもフェイトは驚きの声をあげる。

「ああ。もちろん全部じゃないが、しかしある部分で、君と俺は似ている。まあ俺と似てると言われても嫌だろうが、しかしやはり俺はそう思う」

「そ、そんな嫌だなんてことないです! で、でも、私なんかに恭也さんと似てる部分なんて……」

「……あるさ。フェイト、あるんだよ」

 私なんか。その言葉がある意味示しているとも言えた。恭也とフェイトが似ている部分、それは、

「フェイト、君は自分に価値がないと思っているだろう?」

一言で言えばこうなる。

「っ!」

 恭也の言葉に、フェイトは息をのんだ。その反応が答えだった。

 私なんか。

 私が駄目な子だったから。私がちゃんとできなかったから。

 彼女が彼女の過去を語るとき、幾度となく、その種の言葉が使われた。彼女が彼女を責める言葉であり、彼女が彼女を蔑む言葉であり、彼女が彼女を見下す言葉だ。

 失敗作。

 いらない子。

 彼女は母にそう言われたという。

 そしてそれは、彼女の心を強く縛っている。

「わかるんだ、フェイト。それがどうしようもなく強い思いで、抜け出せない考えだと言うことが俺にはよくわかる。俺も、そう思っている部分があるから」

「……恭也さん、が?」

 そして、縛られているのは恭也も同じだ。

「ああ。前にも話したが、俺は御神の剣士としては紛れもなく、……出来損ないだ。出来上がってないんじゃない、出来上がることが、もうないんだ。未完品じゃなく、欠陥品だ。俺には、御神の剣士という在り方において、価値がない」

「……あ」

 語る恭也の言葉に、表情に何かを……自身と通じるところを感じたのか、フェイトは小さく声を挙げた。

 過去に壊した膝。治ることのない傷。掴むことの叶わない夢。

 なれることのない存在。

 完成された御神の剣士、自分が求めて止まなかったその在り方に、自分はもうたどり着くことはない。

 それは恭也の心にかつて訪れ、そして今も静かにある絶望だ。

「俺も、きっと君も……つまり俺たちは、自分があまり……好きじゃない。そうだろう?」

 母に愛される自分。

 剣士として完成された自分。

 そうじゃない自分を、好ましくは思えない。

「……………………はい……っ」

 フェイトは、ゆっくりと、大きく頷いた。

「そう、だよな」

 それは、どうしようもないシンパシー。

 同じ傷を持つ者同士という、清々しいほど後ろ向きで、悲しいほど確かな共有感。

 似ているのだ、自分と彼女は。

 そして、

「それとな、フェイト。まだあるんだよ、似ている部分」

言葉通り、まだあるのだ。彼女と自分が抱える同じような傷は、まだあった。

「なん、ですか?」

 顔をあげたフェイトに、恭也は少し微笑んで言う。残酷な事実を、口にする。

「君は、お母さんに愛されなかった。それ自体も俺と同じなんだ。これも前に話したが、俺を生んだ母親は数日で俺を捨てた。俺も生みの母親に愛されなかった。俺も君も、生みの母親に愛してもらえなかった」

「……っ!」

 フェイトははっきり告げられたその言葉に目を伏せ、唇を噛んだ。

「すまんな、こんな事を言って」

 ふるふると、フェイトは首を振る。

「……それなら恭也さんだって同じです」

「……そうか」

 こんな事をはっきり言われたのが自分なら、こんな事をはっきり言わなければならなかったのが恭也。だったら、辛いのは同じ。フェイトはそう言いたいのだろう。

 恭也は、フェイトの頭に手を置いて、彼女の髪を撫でた。

 自分とよく似た少女を撫でた。

「辛いよな、切ないよな、寂しいよな」

 似ているからこそ、わかることだ。それ故に、言える言葉だ。

「はい……、はい、はい……っ!」

 返答は少し、涙混じり。

 そして恭也は、優しく、柔らかく、フェイトを抱き寄せた。

 フェイトはそれを拒むことなくされるがまま、いや、ほんの少しだが自分から、恭也の胸に縋り付いた。

 しばらく、静寂が続いた。

 そして、恭也がそれを破り、言う。

 言わなければならない。

「フェイト、条件がある。俺が君にこれからも指導を続ける上で、条件が、一つある」

 これを言うために、この話をしたのだから。

 恭也は決して、傷を舐め合うために、この話をしたのではないのだから。

「……はい」

 胸の中、顔をあげ、濡れた瞳でこちらを見つめるこの少女が、

「絶対に守ってくれ。できるな?」

「……はい」

前へ進むために、この話をしたのだ。

 言葉を待つフェイトに、真剣な顔で恭也は言った。

「これからは、できる限りちゃんと、人に甘えろ」

「……………………え?」

 言われた事を理解したらしいフェイトは、その顔を純粋な驚きと疑問で染め上げる。

 それも当然かもしれない。恭也が口にしたのは『条件』という言葉にあまりに沿わない内容だったから。

「もう一度言うぞ、ちゃんと人に甘えろ」

 だが、恭也としては、これは確かにフェイトに示す条件だった。遵守させねばならない事であり、

「それ、は……」

「難しいだろう? 君には」

フェイトには、自分と似ている少女にとっては、これは確かに難しいことであるだろうから。だからこれは、条件だった。

「君は、人に甘えるのがあまりに下手くそだ。不器用で、やり方をしらない。そうだろう?」

「……はい」

 頷くフェイトに、恭也は続ける。

「フェイト、それじゃ駄目なんだ。子供の内に甘えることを覚えておかないと、大人になったとき、本当に誰にも甘えられなくなる」

「……それ、って」

 予想がついたのか、フェイトはそう言って恭也を伺う。恭也は優しく微笑んで、頷き、言う。

「ああ。……そんな生き方は、少し寂しいものだ」

 これは、経験談なのだ。

「俺は生みの母親に愛してもらえず、甘えることを教えてもらえなかった。父親は俺を愛してくれたし、俺も父を愛しているし尊敬しているが、父親は俺にとって素直に甘えられる存在ではなかった。目標のような人だったからな」

 恭也にとって父の士郎は、追うべき背中であって縋りつく胸ではなかった。

「その後、他に家族ができたが、……父が仕事で死んでしまって、俺にとって残った家族は何より"守るべき者"になった。だから、やはり素直に甘えられはしなかった。そして守りたいがために無茶をして、今度は自分を壊した。なりたい自分になれなくなった。そんな自分は好きになれなくて、そんな自分を許せなくて、ますます誰かに甘えるなんて考えられなくなってしまった。……そしてそのまま今日まで生きてきてしまったし、たぶんこれからもそれは変わらない」

 もちろん、恭也は家族を恨んでなどいない。早くに逝った父も、守りたいと思えた義母も、義妹も、妹も、他の家族達も、すべてが大切な人たちであり、あくまで自分が人に甘えられないというのは、自分の責任だと思っている。

 そう、自分はいいのだ。

 自分が人に甘えられないのは、自分が悪いのだから。そしてもうそれは手遅れで、今更変えられるものでもない。

 だが、

「だが、君はそうなってはいけない」

今胸に抱くこの少女は、違う。

「だから、さっきの条件だ、フェイト。もっとちゃんと、人に甘えろ。いいな?」

 自分と違って、彼女は何一つとして悪くない。

 そして、まだ間に合うはずなのだ。彼女はまだ子供だ、人に思いきり甘えていい子供だ。今の内にそうすれば、きっと彼女はまだ間に合う。

「君はちゃんと、人に甘えることを覚えるべきだ」

 これが、恭也がフェイトに伝えたかったことだ。彼女の傷をえぐるような話をしてまで、伝えたかったことだ。

 自分を好きになれなくて。一番に愛してくれるはずの人から、そうしてもらえなくて。そんな点で、自分と彼女は似ている。

 それを彼女にわからせた上で、彼女が似ている自分と同じ道を辿らないようにしたかった。

 フェイトはこのまま進めば、もしかしたら自分にようになってしまうかもしれない。

 それは、あまりに悲しいことだと恭也は思ったのだ。

 そして、恭也のシャツに、感触。

「……でもっ」

「……どうした?」

「でも、でも……私は……っ」

 白くて、小さな手が、恭也のシャツ、その胸の辺りを強く掴んでいた。

「私は……い、いらない子だから……」

 手の持ち主、フェイトは絞り出すように、言う。

「だから、だから……あ、甘えちゃ、駄目なんです……っ! いらない子だから……っ!」

 それはまるで悲鳴のようだった。

 いや、事実、これは悲鳴なのだろう。恭也はそう思う。これは彼女がずっと、心の中であげていた悲鳴なのだ。

「いらない子、君のお母さんは、君にそう言ったんだな」

 フェイトは顔を自らの腕にこすりつけ、あふれ出ようとする涙を必死に拭ってせき止めながら、何度も頷いた。その間も、無意識にか、手だけは決して恭也のシャツを離さない。

「そうか」

 だから恭也は、彼女の頭を優しく撫でる。背中をあやすように柔らかく叩く。そして言う。

「辛かったな。辛かったな、フェイト」

 似た傷を持っているからこそ出せる声音で、言う。

「……は……いっ」

 フェイトは頷く。

「そっか、そうだよな、辛かったな。……頑張ったな、フェイト」

「……え?」

 そしてその言葉に、びくりと体を震わせ、疑問の声をあげる。まるで、自分はそう言われるべきじゃないとでも言うかのように。

 だから、恭也はもう一度口にする。心から、彼女に伝える。

「君がお母さんのために頑張った事は事実だろう? 頑張ったな、フェイト。君は、頑張ったんだ」

「……っ……っわた、し……っ」

 だめ押しのように、もう一度。認めていいんだと言うように、もう一度。

「頑張ったな、フェイト」

 そう言って恭也は、ゆっくりと自分の胸に押しつけるように、しっかりフェイトを抱き直した。

「いい子だ」

「う……っ……あっ……わ、……た……しっ……」

「いい子だ、フェイト」

「う……うあっ……うあ、あ、あ…………っ!」

「いい子だ。君は、いい子だよ、フェイト」

「う、あ、ああ、ううう…………………………っ!」

「頑張り屋で優しくて真っ直ぐで……だから、――泣き虫でもいいんだぞ」

「う、……う、……うあ、……………………うああああああああああああっ!!」

 フェイトは、決壊したかのように泣きじゃくった。顔を恭也の胸に埋め、両手でシャツを掴み、声をあげ、泣く。

 小さな子供のように、もうそこまで小さくはないがしかし、子供の彼女は、そうして泣いた。

「わっ……たしっ! わたしはっ!」

「いい子だよ。いらない子だなんてことがあるものか」

 そんなフェイトは、恭也は抱き続けた。頭を背中を優しく撫でながら、言葉と行為で彼女を包む。

「わたしっ! わた……しはっ!」

「泣いていいんだ。泣いてていい。今までずっと頑張ってきたんだろう? だったら、今は泣いていい」

「っあああああああ!」

「辛かったんだ、頑張ったんだ……甘えたかったよな、フェイト」

 その言葉に、

「……は…………い……はい……! わた、し…………ずっと…………ずっと…………!」

嗚咽混じりの肯定を、しかし確かな肯定を返した彼女に、それでいいんだと答えた恭也は、フェイトが泣き止むまで、優しく柔らかく、彼女を抱き続けた。

 

「落ち着いたか?」

「……はい」

 フェイトは真っ赤な顔を両手で隠すようにしながら、そう答えた。さきほどまでの自分が少々恥ずかしいらしい。

 既に恭也はフェイトを離しているが、しかし二人の間に距離はほとんどない。お互いの温もりが感じられる位置に、二人はいる。

「あの……ごめんなさい……、シャツ、汚しちゃって……」

「そんな事気にするな。……それで、フェイト」

「……はい」

「あの条件、守れるな?」

「………………」

 恭也の言葉に、フェイトは顔を覆っていた手を下ろし、目をつむり、しばし沈黙する。

 恭也は急かさず、彼女の答えを待った。

 やがて、

「……はい。がんばり、……ます」

フェイトはそう答えた。

「いい子だ」

 恭也は微笑んで、少し乱暴にそんな彼女の頭を撫でた。

「フェイト、君は君が思うよりもずっと周りに愛されているし、これからもっと愛される」

「……そう、ですか?」

「ああ。たとえばなのはだ。あいつは君のことを親友だと思っている。フェイトに会えるのをとても楽しみにしていたし、家での話ではよくフェイトの名前が出てくる」

 なのはは、なのはが生まれてからの付き合いである恭也から見ても、本当にフェイトを親しく思っている。当たり前だが、なのははフェイトをいらない子だなんて決して微塵も思っていない、それは兄として恭也には断言できる。

「フェイトはなのはをどう思ってくれている?」

「……ずっと、親友でいたいです」

「そうか、それなら大丈夫だ」

 はにかみながら言う彼女に、恭也は当然のように言い切る。

「それに、リンディさんとクロノ。……養子の話、もらってるんだろう?」

「……はい」

 今はまだ気持ちの整理がつかないから返事は待ってもらっているが、そんな話があるのだということを、少し前にフェイトは恭也に話してくれていた。

「君を想っているからこそ、二人からはそんな話が出たんだ。家族になるっていうのはそんなに単純なことじゃない。確かな絆と、そして重い責任が生まれる。それでも君を家族にしたいと二人は思っているんだ。君を想ってくれているんだ。それは、決して疑ってはいけない」

「……はい」

「それにうちの他の家族だって、もうずいぶんと君の事を気に入っている。特に母さんや美由希なんてしょっちゅう君に飛びついているんだからわかるだろ?」

「は、はい」

「むしろ俺はあれが迷惑でないかと気が気でないんだが……。嫌だったら言うんだぞ」

「い、いえ! 嫌だなんてことないです! ……お二人とも……、その、あったかいです」

「……そうか」

 恭也としては、その返答に半ば本気で安心する。まさしく猫かわいがりするものだから、見ていてあれは放っておいていいものかと心配だったのだ。

 晶やレンもフェイトがお気に入りだ。フェイトが昼食や夕食を共にするとなると非常に張り切ることからもよくわかる。その度に二人して喧嘩し、なのはに怒られているのはどうかと思うが。

「他にも、なのはに聞いたが学校でも友達ができたんだろ? アリサやすずかと仲良くなったらしいな」

「あ、……はい。お友達に、なりました」

 アリサやすずかはよく高町家に遊びに来るし、すずかなんかは恭也の友人である忍の妹ということもあって、恭也もよく知っている。二人ともいい子だ。

「あとはアルフ……は、まあ俺が言うまでもないだろう。……フェイト、君の周りにはこんなに君を好きな人がいて、そしてそれはこれからどんどん増えていくだろう。だからフェイト、その人たちには甘えたかったら甘えていいんだ。君が少し甘えたくらいで迷惑に思う奴なんていないだろうし、むしろ甘えられたら喜ぶタイプが結構いる」

「そう、なんでしょうか……」

「ああ。特にうちの母さんと……なるほど、そうだまだあったな」

「……? 何がですか?」

 急に言葉を切ってそう言った恭也に、フェイトが聞く。恭也は苦笑して答えた。

「フェイトが俺と似ているところだよ、何だろうな。……新しく出来た母親が似てるんだ。まあフェイトの場合新しく母親になるかもしれない人、だが」

 桃子とリンディ。以前にも思ったが、やはり二人は似ている。

「あのタイプはな、すごいぞフェイト」

「な、なにがですか?」

「おっとりしててちょっと抜けてて結構強引で芯が強くて案外ノリがよくて……そして、子供を全力で愛してくれる」

「あ……」

 恭也と桃子に血のつながりはない。美由希もそうだ。桃子とは、血筋で言うなら赤の他人だ。だが、恭也も美由希も、桃子を母として確かに愛しているし、子供としてしっかり愛されていると自信を持って言える。

「うちの母さんもリンディさんもおそらく、甘えられれば甘えられるだけ喜ぶタイプだ。しっかり甘えろ、いいな。……そうだ、リンディさんには時々確認するとしよう、ちゃんとチェックするからさぼるなよ」

「……はいっ」

 真顔の、しかし少しおどけたようなその恭也の台詞に、フェイトは笑顔を見せた。年相応と言うにはやはり大人びている気もするが、陰のない、綺麗な笑みだ。

 恭也は内心、息をつく。

 よかったと思う。

 この子はこうして、笑っているべきだ。まあ今日泣かせたのは自分だが、その分はこれから彼女の笑顔に貢献することで挽回するとしよう。

「あ、あの……恭也さん」

 不意に、そう決意を固める恭也のシャツが引かれた。見れば、裾をフェイトが控えめに握っている。

「どうした?」

「あの、……きょ、恭也さんは、その」

 恥ずかしそうに、言いにくそうに、しかし何かを問おうとする様子のフェイト。

(……ああ、そうか)

 彼女が言う前に、恭也は気づいた。当たり前すぎて、言葉にしていなかったか。

「俺でよかったら、いつでも甘えに来い」

「……はいっ!」

 どうやら正解だったらしい、フェイトは笑顔を見せた。今度は年相応と言えなくもない、あどけない笑み。あまりに嬉しそうなその顔に、

「……あー、それじゃあ、そうだな、そろそろ鍛錬、再開するか」

「はいっ!」

さすがに少し気恥ずかしくなり、恭也は誤魔化すようにそう言って立ち上がった。




 書いてる人間の恭也さん大好き感が溢れる3話。
 ベルカ式ではバリアジャケットじゃなくて騎士甲冑だけども、そこらへんは恭也さんを混乱させないように言い換えているんだよー。
 あと、作中で言ってるベルカ式は古代ベルカ式だよー。
 作中の英語とドイツ語は割りと適当よー。
 気をつけてはいるけど、原作設定との乖離が出てしまっているかもしれないので、そこら辺厳しい方は読まない方がいいと思いますー。
 あとファンタジー警察の方も閲覧注意よー。
 感想とか頂けると嬉しいよー。

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