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第25話 どんな人、なのかしらね
「ついに明後日! 明後日だねえティア!」
「そうねえ……」
寝るんじゃなかったのか。
電気の消えた二人部屋、二段ベッドの上段から降ってきた言葉に、しかしティアナはそんな突っ込みは入れずにおいた。ある程度話に付き合ってやらないと可哀相かなと思うのが半分、付き合ってやらないといつまでも寝ないだろうという諦めが半分だ。
「いまだに、ちょっと信じられないけど」
「ね、すごいよね!」
二段ベッドの下段に寝転がったまま言ったこちらの言葉に、友人兼同僚からは力強い同意が返ってきた。
聞こえないように、ティアナはため息を吐く。
(……ますます凡人には居心地の悪い場所になるのね、うちは)
機動六課。
それがティアナ・ランスターの現在の職場である。さらに細かい事を言うと、ティアナはその中の分隊、スターズの内の一人だ。
上で寝転がる元気娘、スバル・ナカジマも同じくスターズである。
訓練校からの付き合いで、欠点や悪癖は嫌というほど知っている。知っているが、しかしティアナの目から見て彼女は可能性の塊だ。圧倒的な耐久力に持久力を兼ね備えた上で、荒削りとは言えかなりの爆発力を秘めた突破力。
魔導師ランクこそ自分と同じBに甘んじてはいるものの、伸びしろはかなりのものだと思う。
分隊には自分たちスターズの他にもライトニングという隊があり、そちらには幼いと言っていい年齢の子ども二人がいる。
その内の一人、エリオ・モンディエルは十歳という歳ながら、もう魔導師ランクはティアナと同じBをマークしている。その才覚は実に鋭く、メキメキと実力を向上させていっているのが目に見えていて、こちらと同じ年齢になる頃には確実にエース級の魔導師となっているだろう。
もう一人、キャロ・ル・ルシエは大人しいタイプの女の子だが、こちらもこちらで資質としては生半ではないものを有している。いわゆるところのレアスキルホルダーであり、それも戦闘で実に具体的に力を発揮するタイプだ。
自分にスバル、エリオ、キャロの四人は合わせてフォワードメンバーと呼ばれているが、つまりその中で凡人は自分だけである。
「直接六課の戦列に加わるわけじゃないらしいけどね。でもまあ、そもそもうちは隊長陣だけで無敵すぎるからしょうがないか」
「……無敵すぎる、っていうか」
はっきり言って異常だ。
ティアナ達スターズ分隊には、副隊長にヴィータ、隊長に高町なのはが就いている。
古代ベルカの使い手、頑強で豪腕な小さな鉄人ヴィータは、見かけこそ可愛らしいけれど、戦闘のやり口はどんな障壁も粉砕すると言わんばかりのストロングスタイル。苛烈そのものであり、魔導師ランクは空戦AAA+。間違いなく空のトップエースの一人だ。敵に回したのなら、自分の勝利ではなく生存を再優先に考えなければならない相手である。
そして隊長、高町なのは。教導隊所属の一等空尉である彼女は、19歳という年齢ながら若手という枠に限らず、全局員の中で見ても遠距離最優秀魔導師と称する声も多い、高空の女王である。
魔導師ランクは脅威のSS、そのスペックは誰がどう見ても規格外であり、その上でそれに振り回されることのない、逆に振るい切る豊富な知識と高い思考力も有している。単独で戦える砲撃型空戦魔導師の戦闘スタイルを確立した彼女は、管理局に所属し、前線で戦ってもう10年になる歴戦の勇士でもあり、管理局員に彼女の名を知らない者はまず、いないだろう。
エースの集う教導隊に君臨する無敵のエース、誰もが認めるエース・オブ・エースとして、局外ですら知名度は抜群だ。
スバルはかつて彼女に災害現場で救助された事があり、最近こそ部下や同じ隊の仲間という意識を持つようにしているようだが、やはり熱心なファンでもある。
さらにエリオ達ライトニング分隊の隊長陣も、副隊長にシグナム、隊長にはフェイト・T・ハラオウンという、スターズに負けず劣らずの化け物二人。
シグナムは安定した実力でどっしりと構える、隙のないS-ランクのハイレベルなベルカ騎士だ。剣の騎士というストレートな二つ名で有名であり、その剣技や近接戦闘技術のレベルの高さは、管理局内でもトップクラスだろう。それでありながら優れた遠距離攻撃技も、指揮官としての資格も資質も有する、ただの近接戦闘一辺倒でない底の深さまである。
隊長、フェイト・T・ハラオウンは本局の執務官である。執務官は難関試験も存在するエリートの付く役職だが、彼女はその中でも屈指の高名な実力者である。屈指どころか現役の中では頂点であると賞賛する人間も多い。
彼女の堅実かつ気鋭な働きぶりを知っている者たちからは絶対と言っていい信頼を得ているらしく、直接の依頼や協力要請は絶えないという話だ。執務官かくあれかしと、手本として挙げられる事も多い。
魔導師ランクは高町なのはと同じくSSという規格外の域。中・遠距離、広範囲系技能も高いレベルで有しながら、彼女を語るときに欠かせないのはその常識外れな超高速近接戦闘能力だろう。近接系武装局員の間では、フェイト・T・ハラオウンを相手に、斬り合えてエース級、ガードの上から斬られて上級、斬られたことに気づけて中級、そもそも斬られたことに気づけない初級という冗談一割、本気九割の話が飛び交っているらしい。
以上がスターズ、ライトニングの隊長陣であり、どこへ出しても恥ずかしく無い人外魔境の住人である事がわかるが、しかし六課の隊長陣と言うと恐ろしい事にあと二人、同じ域の猛者がいる。
一人は、所謂ところの後詰要員の取りまとめ、交代部隊隊長リインフォース。銀の女神という呼び名で多くの者たちから尊敬と感謝の念を向けられている、有名局員の一人である。
魔導師ランクSを堂々マークしている彼女は苦手距離・魔法の存在しないオールラウンダー魔導騎士であり、その頑強さと保有魔力量の膨大さ、扱える魔法の多彩さから、状況への対応力がすこぶる高い。突撃突破、捕獲に包囲、破壊に殲滅、支援に回復となんでもござれの万能ぶりながら、彼女を器用貧乏と称する声は一つも聞こえてこないのが恐ろしい。
局内での人望は厚く、六課設立前より緊密な仲であるらしい一から五課の遺失物管理部の局員たちなどは「俺たちの女神」と呼ぶのを憚らないほどだ。
そして六課隊長陣最後の一人、機動六課の長、部隊長八神はやて。そもそもヴィータ達ヴォルケンリッターを個人の保有戦力として従えている時点で相当のものなのだが、彼女単体の実力も折り紙つきどころの騒ぎではない。
歩くロストロギア、人型広域殲滅兵器、一人火薬庫などなど、その実力を知るものからはごろごろと物騒なワードが飛び出るものだが、それも納得の圧倒的な火力を誇る、彼女は管理局きっての攻性後方支援能力者、広域殲滅系魔導騎士である。総合と空戦の違いはあるとは言え、ランクは高町なのは、フェイト・T・ハラオウンと同じくSSをマークしている。
戦闘能力だけでなく、19歳にして新部隊を設立、そのトップに立つという並ではない才媛ぶりまで兼ね備え、さらにレアスキルである古代ベルカを受け継ぐ人間という事で聖王教会ではV.I.P.として扱われているという、どこにも隙の見当たらないガチガチのハイスペックさだ。
(……本当に、どうかしてるわよこの部隊)
これが六課の隊長陣であり、はっきり言って、どうかしている。それがティアナの率直な感想である。
脇を固めるオペレーター陣やメカニック、支援スタッフ達も若手ながら有望株揃いであり、まさに機動六課は才能と実力の溢るる人間たちの集まりと言っていいだろう―――自分を除いて。
なぜ、自分が引き抜かれたのか。未だにティアナはそれがわからずにいる。
(……でも、そんなの関係ない)
目を瞑り、自分に言い聞かせるように念じる。
そう、そうだ。
周りがどれだけ才気に溢れ、自分がどれだけ平々凡々でも、そんな事は関係ないのだ。
ランスターの弾丸は、どんな敵でも撃ち抜ける。
自分は、それを証明し続けなければならないのだ。誰でもない自分が、それを証明し続けるのだ。
「―――ィア?」
もう居ない、兄に代わって。
絶対に。
「ティアってば!」
「ん、あ、あーごめん、なに?」
物思いに沈みすぎたらしい。声に気付かなかった。
「あ、こっちこそごめん、眠いよね……」
「まあ、眠いは眠いけど、毎度ながら訓練キツイし。個別スキルに移行してからは特に」
ティアナ達機動六課のフォワード陣はつい先日、初出動を経験した。ガジェットと呼ばれる自律機動機械による列車ジャック事件、レリックという名のロストロギアを狙って起こされたそれは、スターズ、ライトニングの隊長二人が空を抑えていたおかげもあり、なんとか解決する事が出来た。
以降、どうやらステージを上がったと判断されたらしく、今までチーム戦一辺倒だった訓練は個別にそのスキルを向上させるものへと変化しており、元からハードだったがさらにきつくなっている。
ゆえに、眠くないわけはない。
「けどなんだが、ちょっと眼は冴えちゃってるかも」
眠くないわけはないのだが、置かれた環境に改めて意気込んだからか、身体は少し興奮しているようだ。
だが、スバルはそんなこちらの言葉を少々違った意味で捉えたらしい。
「あれ、ティアそんなに楽しみ? 特武官に会えるの。ファンだったんだっけ?」
「違うわよ、ファンなのはあんたのお姉さんでしょ」
「あはは、そうだね。めちゃくちゃ羨ましがられたよ」
スバルは楽しそうに、少しだけ困った風に笑った。
「私がなのはさんに助けられたのと同じように、ギン姉は特武官に助けられて、以来王子様らしいから」
「耳タコよ。ギンガさん携帯端末の待ち受けとかその王子様一色じゃない」
スバルの姉、ギンガとはティアナもそれなりの仲であるが、彼女の情熱はなかなかの温度であり、うかつに聞くと長いトークが始まるので気をつけている。
「ああいや、ていうか、違うわよスバル、間違えないようにしてよね。特武官じゃないわ」
「あ、そうだった。特導官、だよね?」
「そう」
見えないだろうが、スバルの確認に頷く。自分も間違えないようにしなければ。
なにせ、あまりに特武官という役職でのイメージが強い。ふとした時に口を出そうだ。役職を言い間違えるなんて失礼、地位的にも雲の上にある人に対してしていい事ではない。
「明後日、かあ。ギン姉じゃないけど、明後日、本物が見られるのかあ……」
「そうねえ……」
なんだか本当に、現実味のない話である。
明後日、新暦75年5月17日。
古代遺失物管理部機動六課に、特別顧問として正式に管理局本局特別教導官が就任することになっている。
機動六課自体は四月頭に部隊発足、稼働し始めたので一ヶ月半遅れての就任となるわけだが、どうも上層部とゴタゴタあったことがその理由らしい。そこら辺は、正直自分達下っ端にはよくわからない領分だ。
「……高町、恭也」
特別教導官、略称特導官にはたった一人の人間しか就任していないので、その役職の者が来るというのは、つまりその人が来るという事を意味している。
「高町恭也……」
その名を、もう一度なんとはなしに呟いてみて。
それはやっぱり、遠い響きだった。
高町恭也。
その名を、その人を知らない人間が、果たして管理世界群においてどれくらい居るだろうか。管理外世界群ですらおそらくかなりの知名度を誇るはずで、管理世界ともなればそれは現在、常識に等しい。管理局内にはほぼほぼ絶対に、その人を知らないなんて者はいないだろう。
知名度もすごいが、人気もすごい。大々的に勲章を授与されてからもう三ヶ月ほど経ち、時の人というには少々旬は過ぎたかもしれないが、向けられる黄色い声にも野太い声にも衰えは見えない。非公式のファンクラブは会員数が大変な事になっているという話だ。
(……ええっと、確か)
もちろんティアナはファンクラブになど入ってはいないが、昔からの、言ってしまえば特武官の初陣で救われて以来のファンであるため古参も古参、最古参なギンガの所為で端的なプロフィールは頭に入ってしまっている。
歳は25。出身世界は第97管理外世界・地球。さらに言えばその極東地区日本の、海鳴という都市が出身地。
所属は本局。訓練校を卒業し、新暦71年4月に正式入局、特別武力制圧官に就任。以降、三年十ヶ月その役職に就き続け、75年2月に降りる。同時、特別教導官に就任。
ランクは空戦SSS。入局時で既にSS+をマークしており、73年11月にSSSを取得。
魔法術式は真正古代ベルカ、扱うデバイスも真正古代ベルカ製。
高速・近接戦を得意とする戦闘スタイルで、御神流という剣術がその下地。
(……なんだかねえ、でもどれだけ情報を把握しても、いや、把握すればするほど、凄すぎてよくわかんなくなってくるのよねえ)
手元、情報端末を手繰り寄せて、空中にスクリーンを投影。
高町恭也で検索すると、様々なワードが踊る。
"四連勲章"、"新暦の奇蹟"、"黒衣の剣神"。
"次元世界の英雄"。
他にも、"管理局最高戦力"、"剣士の極み"、"近接戦闘者の到達点"、"絶対の一"……エトセトラエトセトラ。
彼を語る文や言葉において、やはり一番顕著に語られるのはその強さだろう。
最強という言葉では軽く、無敵という評価でも浅い、彼のそれは、絶対。
絶対に勝てない、勝ちようがない。少なくとも目視範囲内の一対一という条件下では、高町恭也を凌ぐものも、高町恭也に並ぶものもいないというのが、誰もが認める事実である。
記録映像でティアナも彼の戦闘を見たことがあるが、複数体の特級危険指定生物を向こうに圧倒する様は、そもそも自分が敵うか敵わないかなどと考える範疇にいる存在ではないとごく自然に思わされるものだった。
最強の生物の一種である竜の、さらに最高位に居並ぶ真竜という存在の中でも、おそらく戦闘能力で言うのならば頂点に君臨するだろう獄炎王という、どう考えても本来的には人間が一対一でやり合ってはいけない生命体を相手に、単身で引き分けたという意味不明なエピソードも有名だ。しかもそれは恐るべき事にSSS到達前らしく、つまりその時の強さから現在はさらに一段階引き上がっているわけで、単純に「だからもう獄炎王よりも強い」などと言うつもりはないが、目眩のしてくる事実ではある。
そして、その絶対の単体戦闘能力でもって彼、高町恭也はたくさんの世界を、人を救ってきた。
それは本当にたくさんの世界、たくさんの人々だ。およそ尋常な数ではない。
結果、管理局と聖王教会から最高位に値する勲章をそれぞれ二つずつ、計四つ同時に授与されるという偉業を成し遂げている。四連勲章の高町恭也と呼ばれる所以だが、これは前人未到の快挙である。
まさにまさしく偉人も偉人、生きた伝説だ。
無数の人々から凄まじいという言葉では足りないくらいの熱意でもって賞賛を贈られているわけだが、それはあまりに妥当な評価なのだろうと思う。
(……でも、降りちゃったのよね、特武官)
高町恭也は勲章を授与されるのと同時、特武官の任を降りている。
公開されている彼が特武官という役職を降りた理由は、二つ。
一つは、自分だけで世界を護っていくのではなく、皆でそうしていった方がいいという考えから、前線にだけ居続けるのはやめ、後進の教育にも力を注ぐ事にしたから。
そして二つ目は、心身を持ち崩したから。
無理もない事とは思う。あれだけ高負荷な任務をあんな頻度で受け続けたのだ、そうなるのは何も不思議な事ではない。あんなに強い人も人間なんだななんて感じたものである
しかし、無理もない事と思うのと同時、惜しいなあと思う気持ちも、正直ある。
あれだけ強い人がその力を存分に振るえる役目から降りるというのは、なんとなく惜しい……などというのは外側からの勝手な意見だろうか。
「どんな人、なのかしらね」
「うーん、……かっこいいよね!」
「外見じゃなくて内面の話よ」
とは言え、格好良いというのは確かにそうだ。情報端末の映し出すスクリーン上、その写真が載っているがこれが見事なものである。鋭い目つきのよく映える精悍な顔つきで、至近距離でもし見つめられようものなら平然としていられる自信は、ティアナにもない。
「内面のかっこよさの話! 自分を持ち崩すまでひたすら誰かを救い続けるって、すごいよね……!」
スバルの声は、憧れに満ちていた。人命救助のスペシャリスト集団、特別救助隊入りを目指している彼女からすると、なるほどそれは眩しいだろう。
「……まあ、ね」
しかし、そう答えたものの正直、ティアナは素直には頷けない。どうして自分をそこまですり減らしてまで赤の他人のために尽くし続けたのか、理解できないからだ。
一回や二回なら自分を犠牲にすることもあろう。誰かのためにという志を原動力に動く気持ちも理解出来るし、くすぐったいが共感も出来るつもりだ。
だが、あそこまでと言うと話は別だろう。自分の心身を崩すことのないように、調整したりは出来なかったのだろうか。
"献身の救世主"と、彼はそう呼ばれることもある。
だがもっと忌憚なく語る人たちは"使い潰されかけた善人"と称している。
本当のところは、どうなんだろうか。
ネット上の写真をめくっていって、とある一枚で手が止まる。
それは、授与式の壇上、複雑な微笑みを浮かべる高町恭也を映している。その頬には、涙が一筋伝っていて。
(……他人として傍から見る分には、綺麗な画だけど)
これは、どういう涙なんだろうか。
そんな事がなんだか、妙に気になった。
「わかってるんだよね、なのは」
「わかってるよ、フェイトちゃん」
入れない。それはスバル・ナカジマの情けなくも素直な気持ちで、食堂の入り口付近、同じく中に一歩踏み出す事が出来ずに固まっている周りの、十数人の同僚たちもきっと思いは違わないはずだ。
「……その浮かれた顔を見ていると、本当にわかってるのかどうか甚だ疑問なんだけど」
「ひ、ひえええ……」
「フェ、フェイト、さん、だよね……エリオくん、あれはフェイトさんなんだよね……?」
「そ、そのはず……あ、あんな顔も声も、は、はじめてだけど……」
ガタガタとスバルの隣、ちびっ子二人組が震えている。
その気持ちは、よくよく、スバルにもわかる。
「いい? 隊舎なんだからね? そこをきちんとわきまえてね?」
「ティ、ティア、ティアはあんなフェイトさん、見たことある?」
「あ、あるわけないでしょ……」
「だ、だよねー」
スバルの知る限り、フェイト・T・ハラオウンという上司は優しく温和で思いやりがあって気遣いな、穏やかな陽光のような、静かな月光のような、そんな人だったはずだ。
その印象が覆ったわけではないが、まさかあんな抜身の刀よろしくな一面を持っているとは思わなかった。
「いやだなあ、わかってるって。私は私の役割をちゃんと果たすよ」
「…………役割、ね」
「そう、私の役割」
「……勘違い、しないでね。なのはが選ばれたわけじゃない。ただ、一番自然だったってだけの話だ」
「そうだねえ。ま、大事なのは結果で、そしてこれからだけど」
「……ちッ」
「し、舌打ち……!」
思わずこぼしてしまうくらい、それは鮮烈で苛立ちの篭った音だった。
「ていうか、な、なのはさんもすごいわよね……」
「う、うん……」
ティアナの言う通り、である。あれだけ鋭い、言わば殺人的ですらある瞳と声音と舌打ちを真正面から浴びながら、高町なのはは余裕の笑みを崩さない。
さすがは無敵のエースオブエース、堂々たる振る舞いである。
5月16日、朝練後の機動六課食堂。
その中央付近のテーブルで、それぞれ対面に腰掛けて、分隊の隊長二人が殺し合いのような雰囲気をまき散らしながら何やらもめていて。
フォワード陣四名を含む六課のペーペーたちは、とてもじゃないが同じ空間に入れる気なんてせず、ましてや食事が喉を通る未来なんて思い描けず、なすすべもなくただただ入り口近くで中の絶対零度の領域を伺っている。
とても仲が良く、コンビネーションも抜群に思えた二人が一体どうしたというのか。
ぐううと、スバルの胃腸が鳴った。ハードな朝練を終えたばかりだ、お腹は文句なしにペコペコである。
(……ううう、だ、だれか、だれかこの中に切り込める勇者は)
フォーメーション的にはフロントフォワードの自分がその役目を仰せつかるべきなんだろうが、バリアジャケットが何の意味もなさないようなあの空間に飛び込むのは、少々どころではなく辛いものがある。
(だれか、だれか……!)
情けなく他力本願、祈るスバルの耳に、そしてその声は聞こえてきた。
「なんや皆して、こんなところで固まって。もうご飯は食べたん?」
《……八神部隊長!!!!》
多数の人間の声が綺麗にハモった。それくらい、それは救いの声だった。
茶色のショートボブを揺らして廊下の先から現れた童顔のその人、八神はやてはこの機動六課のトップ。要するに一番偉い人だ。
それに、あそこでやり合う二人とは長い付き合いの幼馴染みという話だし、この人なら、この人ならきっとなんとかしてくれる、そんな希望が胸に灯る。
「八神部隊長! お、お願いします! あれをどうか、どうか鎮めてください!」
「ちょおちょおなんやスバル、そんな情けない顔して」
規律の厳しいところならビシッと敬礼で迎えるべきなんだろうが、この機動六課はそこら辺はかなり緩い。上司部下という縦方向の関係性より、同じ隊の仲間という横方向の繋がりを重視しているのだろう。
そこに甘えさせていただき、スバルははやてにすがりついた。周りの面々も同じようなありさまだ。
「なんやなんや、いったいなにが……ああ」
部下たちにまとわりつかれ、困ったような顔のはやてはひょいっと食堂の中を覗きこんで、ため息ひとつ吐いた。
「まったく、やり合うのはええけど、場所と時間を選んでやもう……」
「お、おおお……! さ、さすが部隊長!」「あの中に斬り込んだ!」「力みがない、圧倒のSSランク! 俺たちのボス!」「管理局の火薬庫!」
メカニックや通信スタッフたちが上げる歓声を背中に、スタスタとはやてはあっさり魔境と化した食堂に入って、
「った」「っわ」
「なにやってんねんばかたれ」
右手でフェイトの、左手でなのはの頭を思い切り張った。
そのあまりに豪胆な行動に、見ているスバルの胃がキュウっと怯える。
「こんな朝っぱらからこんなところで! 見てみいあそこ! 二人に怯えて可哀想に、皆ご飯が食べられへん!」
「え、あ、ほんとだ! ご、ごめーん!」
「え、わ、気付かなかった……! ごめんねみんな! 入って入って!」
はやてに叩かれ促され、こちらを見やったなのはとフェイトからは、先ほどの空気が嘘のように消え去った。
二人は申し訳なさそうに、ごめんごめんとこちらに頭を下げている。
「皆も入り、時間もったいないで。まさか朝ごはん食べんとお昼まで持たんやろ」
「は、はい!」
勢い良く返事をして、スバルは皆と共に無事、食堂へと入った。
「なんでも、特導官関係だったらしいよ、今朝のあれ」
「……そうなの?」
自販機もある休憩スペース、椅子に座りながら言ったスバルの言葉に、隣に腰掛けたティアナは興味を引かれたらしい。
お澄まし顔が印象的だが、実はそれなりにミーハーなところがあるのは、多分スバルしか知らないティアナの一面だ。
時刻は午前十時半、少し長めの休憩時間である。
「うん、さっき八神部隊長とリイン隊長が話してるのを聞いちゃった」
「盗み聞きってあんたね……」
「違うよ! たまたま!」
本当にたまたま、二人が話しているところに通りがかってしまったのだ。まあ、意識的に耳を澄ましたところはもちろんあるのだが。
「なんでも、高町特導官って、なのはさんと同じ部屋に住むんだって」
「え、そうなの? あー、まあでも、ご家族だからそんなに不思議でもない、のかしら」
「ううーん……まあ、そうかな? なのはさんたちの出身世界だと普通なのかもね」
同性ならともかく、それなりの歳である異性の兄妹がわざわざ一緒の部屋に住むというのは、スバルたちの常識からすると少し奇妙に映る。
だが、世界世界で常識は異なるし、それは尊重してやっていくべきというのが管理世界のやり方だ。
「……ていうか、そしたらますます勘違いする人増えるんじゃない? わかんないけど、六課にも結構いそうだし」
「あー、かもねえ」
ティアナの言った「勘違い」とは、高町恭也と高町なのはの関係性についてだ。
もちろん親しい者やきちんとプロフィールを洗った人間は当然のように、二人が兄妹だとわかっている。
しかし、そうではない多くの人間たちの内、結構な割合が二人の関係を兄妹とは別のものと勘違いしているのだ。
それは、なんと夫婦である。
本当に結構な割合の人間がごく自然にしている思い違いであり、スバルも何人も見てきた。本当のことを教えるとすこぶる驚かれるくらいだ。
要因は、いくつかある。
まず一つ、二人が各々独立してあまりにも有名人であること。恭也は少なくとも局内では勲章を授与される前から様々なところでその実力と功績が噂になっていた人物であり、なのはは入局当時から超有望株として有名で、今では堂々、無敵のエースオブエースだ。
すると、恭也を知って、それから同じ名字という事でなのはを知るでもなく、なのはを知って、それから同じ名字という事で恭也を知るでもなく、普通、「絶対の特武官」と「無敵の教導官」として、各々を完全に別のタイミングや状況で知ることになる。
そうなれば、その二人が兄妹であるという考えにはなかなか自然には至らないだろう。
二つ目の要因は、二人の魔法適性や戦闘スタイルがあまりに違う事だ。片や古代ベルカの高速近接系、片や現代ミッドの重装甲砲撃系、見事に正反対である。通常、血縁者というのはスバルと姉のように適性やスタイルは似る事が多いのだが、あの二人はそうではない。その点が一つ目の要因とも絡み合って、二人を兄妹だと思わせ難くしている。
三つ目は、見た目だ。二つ目と同じように、二人はまったく似ていないのである。写真で見る限り恭也は漆黒の髪色をしているが、なのはは栗色。顔つきも、二人共端正だが驚くほど似ていない。鋭さの印象的な兄に対して、妹は可愛らしいタイプだ。
四つ目は、醸し出す雰囲気。まれに二人が一緒になって昼食や夕食を食べる姿が六課始動前の本局では見られたらしく、その時の雰囲気は完全に新婚のそれだったという話がまことしやかに流れている。特に、普段は可愛らしい外見とは裏腹に実に凛々しい勤務態度の印象的ななのはが、別人かと思うくらいに蕩け切っていたらしい。
以上四つがある上で、五つ目、名字、ファミリーネームだ。一から四の要因があると、今度は同じ名字というのが自然と違う印象を与えるようになる。つまり、お互い釣り合うくらいの実力者で、適性やスタイルも違い、見た目は似ておらず、一緒にいるときの雰囲気はピンク色……それで名字が同じとなれば、導き出される結論は当たり前のように、夫婦という事になろう。恭也となのはの年齢は、社会に出るのが早いミッドチルダでは結婚していてもなんらおかしくないものである。
最初から兄妹だと知っていなければ、この要因たちにずらりと並ばれるとそれは確かに勘違いもしよう。
ちなみに最近はダメ押しの六つ目まで存在しており、それはとある写真である。
勲章授与式直後に撮られたというその一枚には、熱く抱き合う二人の姿が映されている。それはとても感動的で、言ってしまえば深い愛情を感じさせる光景。
なんでもこの時の元特武官は、本来ならば偉い人たちの直接の賛辞や報道陣の取材を受けているはずだったらしいが、「大事な人に逢いたい」と言って、それを無理やり抜けてきたらしい。
あそこまでの要因が揃った上でそんなエピソード付きでこんな写真が転がると、むしろどうやって兄妹だと感づけというのだ。
もちろんちゃんと調べれば簡単に誤解は解けるのだが、疑う余地のないように見える事実についてわざわざ調べ直す人間などいないだろう。
このようにして、二人の関係性というのは割合、勘違いされているものである。
それが今度は同じ隊舎で同じ部屋に住もうともなれば、さらにその度合は増すだろう。
「ていうか、特導官ってじゃああの幹部棟に住むってこと? 実質女子寮みたいなものだけど、大丈夫なのかしら」
幹部棟とは隊舎の独立した一区画で、主に隊長陣の部屋がある。なのはと一緒に住むというのなら、確かにそうなるだろう。
六課の隊長陣と言えば女性揃いなので、男性は恭也一人になってしまう。
「お風呂とかは幹部寮は部屋ごとに付いてるし、それにほら、元々隊長陣と特導官って古くからの付き合いらしいし、大丈夫なんじゃない?」
「あー、そうねえ」
そこらへんは、自分たちが気をもんでも本当にどうしようもない事である。
「……話戻すけど、なのはさんとフェイトさん、それであんな風に揉めてたっていうのは、でもどういうことなのかしらね」
「フェイトさんも特導官と一緒に住みたかった! とか?」
「……私もそれしか思い浮かばないわ。でもそれって、そういう事よね?」
ティアナが気持ち、声を潜める。合わせてスバルもトーンを抑えた。
「……フェイトさんが、特導官のこと好きだってこと?」
「そもそもあれかもよ、もしかしたらもう付き合ってたりして」
「うわー、そうなのかな! でも絶対お似合いだよね、並ぶとすごく絵になると思う!」
「美男美女よねえ」
凛々しい黒髪の男性と、美麗な金髪の女性。何かの映画のようだ。
「師弟関係だっていうのは、有名だよね」
「そうねえ」
フェイト・T・ハラオウンは個人でも当然のように実力者で有名だが、現特導官、かの元特武官の直弟子という見方でもよく知られている。
「うーん、でもまさか、どうなんですかってフェイトさんに直接聞くわけにもいかないし……」
「フェイトさんがどうかしたんですか?」
「お二人もここにいらしたんですね」
ひょいっと、赤とピンクの色彩が視界に入ってきた。
「エリオ、キャロ! いいところに!」
ベストタイミングでやってきたのは、フェイトを親代わりとしているエリオとキャロの二人だった。思わずスバルは幸運に叫んだ。
「いいところ、ってなにがですか?」
「いやあ、ねえティア、二人に聞いてみていいよね?」
「まあ、いいんじゃないかしら」
エリオとキャロはちょうど、話題のフェイトに付いて捜査任務の手伝いをしていたためにスバル・ティアナとは別行動だったのだが、本当にタイミングが良い。
また少し、声を抑えてスバルは問うた。
「ねえエリオ、キャロ、……フェイトさんって、特導官と付き合ってるの?」
「え?」
「ええ、と……」
二人はお互いに顔を見合わせ、
「はい、多分」
「お付き合いされていると思います」
さらりと、そんな答えを口にした。
「ほ、ほんと! やっぱりそうなのね!」
聞いた自分よりも食い付きの良い友人に苦笑。大人びているけれど、こういうところは自分と同じ歳相応の女子だ。
「え、ええと、その、でも、フェイトさんからも恭也さんからもはっきりと聞いたわけじゃないんで!」
「もしかしたら違うかもしれないんですけど、その、そうなんだろうなあって思える事がありまして……!」
ティアナの大きな反応に、軽々しい発言だったかと思ったのか二人からは追加の情報がきた。
そしてその言葉の中に、少々気になるものがあった。
「そうなんだ……ていうかごめん、ちょっといい? 恭也さんって、……なんかすごい親しげな呼び方だけど、もしかして二人って特導官と面識あるの?」
「あ、はいっ、じ、実は……」
「わたしもエリオくんも、何回か直にお会いして、遊んでもらったことが……」
テレテレと顔を赤く染めて、二人は実に嬉しそうだ。
「そ、そうなんだ……すごいわね……」
ティアナが眼を丸くするのもむべなるかな、特導官と直に会った事が、しかも遊んでもらった事があるだなんて、羨ましがる人間は多分管理局・管理世界に大量にいる。
「どんな人なの、特導官って」
「かっこいいです! すごく!」
続けて聞いたスバルに、エリオは勢いよく答えた。
「優しくって、強くって、頼りになって、かっこいいんです! 僕、いつか恭也さんみたいな男になるのが夢なんです!」
その瞳はキラキラと輝いていて、いつも真面目で聞き分けが良くて、優等生な彼には珍しい、それは子供らしい表情だった。
「わ、わたしは、その……本当にごめんなさいなんですけど、最初、ちょっと怖くって……」
手をもじもじと遊ばせながら言うキャロは、しかしどこかこちらも高揚した顔。
「でも、少し一緒にいたら、すごく優しくって、暖かい人なんだってわかって……。頭を撫でてもらったら、とっても安心できて……だから、なんていうか、フェイトさんと同じくらい、優しい人だと思います」
「ほほお、そうなんだ」
今朝あんな様子だったものの、スバルの眼から見てもフェイトはとても優しい女性だ。あの人と並べて称されるというのはなるほど、随分なものなのだろう。
『あの伝説からすると、ちょっと意外かもね』
『そうねえ、でも、当時の訓練生には慕われまくってたって話だし、そうでもないのかも』
念話でティアナと交わした中の"あの伝説"とは、特導官が訓練生時代に残したものである。ティアナとスバルは彼と同じ訓練校出身であり、彼が卒業した約一年後に入校した世代なので生な話としてよく聞いたのだ。
曰く、自分のデバイスについて難癖を付けてきた訓練教官を蹴り一発でグラウンド端から遠く離れた男子寮壁面まで吹き飛ばしたというのである。教官は高度な防護魔法の遣い手であり、おそらく使用できる最高硬度の魔法でもってガードしていたらしいが、まるで濡れた紙を突くが如く簡単に破られたとの事だ。
その後、教官たちには恐れられ、訓練生たちには大いに懐かれた特導官は種々の有用な訓練メニューを残して去っていったらしい。スバルは特に近接のベルカ式ということでそれに触れる機会が多かったのだが、現在主流な魔法運用とはかけ離れていたもののやってみれば非常に有用で驚かされた。
ちなみに、吹き飛ばされたらしい教官とはスバルも当たったことはあるが、ぼそぼそと随分覇気のないしゃべり方で、正直あまり印象には残っていない。蹴り飛ばされる前は威勢のいい、訓練生に当たりのきつい人であったらしいが、全然信じられない有り様だった。
よほど、特導官の一件がトラウマだったと見える。
(苛烈な人だって予想してたんだけどなあ、違うのかな)
懐かれていたのは強さゆえのカリスマで、本人の性格はきっとビシリと厳しい人なのかなと件のエピソードから予想していたのだが、エリオ・キャロの話を聞く限りどうも違うらしい。
特導官の人柄については、あまり知られていないしスバルも知らない。高町恭也マニアと化しているギンガでさえ、よくは把握していないだろう。
戦いの実績やその戦闘力は非常に有名だが、ゆっくり話した事のある人間が少ないため、どうしてもそうなってしまうのだ。
『ねえティアナ、こうなったらさ、他の人達にも色々聞いてみようよ』
『……まあ、付き合わないでもないわよ。あ、でも、なのはさんとフェイトさんは勘弁してよね、下手に突っついてあの空気を出されるのは死んでも嫌よ』
『そ、そうだね……』
それはスバルも絶対に御免被りたいところである。
「あ、それで、エリオ、キャロ。なんで二人は特導官とフェイトさんが付き合ってるって思うの?」
話を戻したこちらに、二人はまたしても少し照れくさそうな顔で答えた。
「ええっと、僕達、その、……恭也さんにプライベートアドレス、頂いてまして」
「その時に、ですね……"フェイトの子どもだというのなら、俺にとっても子どものようなものだ。なにかあったら遠慮せず、頼ってほしい"って、言って頂いて……」
「な、なるほどそれは確かに……」
なかなか、二人のそう言った意味での親しさを予想させる台詞ではある。少なくともただの友人関係にあるだけならば、そんな言葉は出てこないだろう。
「お二人の雰囲気も、こう、すごく落ち着いててぴったりハマってるっていうか」
「息があってて、お互いのことをすごく自然に気遣いあってて、だからそういう関係なんだなあって」
「ふんふん、なるほどなるほど」
これは確定だろうか。特導官とフェイト・T・ハラオウン、二人はそういう仲である、と。
「……でも、はっきり聞いたわけじゃあないのよね。決めつけるのは早いんじゃない? フェイトさんはお弟子さんなわけだし、弟子の子どもなら同じく弟子みたいなものだとかそういう……ああごめんっ、エリオとキャロを父親みたいな気持ちで大切にしてるってのはそうだと思うけど!」
自身の失言を慌ててフォローするティアナに、エリオとキャロはそろって落ち着いて返す。
「いえいえ! 恭也さんに気にかけて頂いているのはちゃんとわかってますから」
「フェイトさんとの関係がその、お付き合いされているものでもそうでなくとも、わたしたち、すごく良くして頂いています」
つくづく、出来た子たちだなあと思う。自分が彼らの年齢の頃なんて、すぐに泣きべそをかいてピーピー言っていたというのに。
「それにしてあれだね、二人とも本当にすごいね、特導官のプライベートアドレス持ってるって」
話を変えたスバルに二人はすぐに乗ってくれた。
「昔から管理局内では噂の特武官ではありましたけど、今じゃもう次元世界の英雄ですから、ちょっと、いいのかなって思っちゃいますね」
「ここ最近は本当にお忙しかったみたいでしばらくお会いできていませんし、だから今更連絡先を知ってることに緊張なんかしちゃって……」
「あはは、だよねえ」
なにせ四連勲章の高町恭也だ、並の人物ではない。
「でも、この六課って、フェイトさんやご兄妹のなのはさんはもちろんですけど、他にも僕達なんかよりずっとずっと恭也さんと親しい方が結構いらっしゃるんですよね」
「あー、八神部隊長やヴォルケンリッターの皆さんは昔馴染みなんだって聞くわね」
エリオにティアナが答えた通り、六課の隊長陣はどうも皆、高町恭也と親しい仲であるというのはそれなりに知られた話だ。
「もしかしたらフェイトさんじゃなくて、その中にお相手がいたりして」
「ど、どうなんでしょう……、僕たちとしてはフェイトさんとそうであって欲しいんですけど……うう、ど、どうなんでしょう……」
「ち、違うんでしょうか、自信がなくなってきました……。八神部隊長たちもすごく素敵ですし、もしかしたら本当に……。ちょ、直接フェイトさんに聞くのもちょっとアレですし……」
眼をぐるぐるとさせて、二人は不安げな声を零している。
「ちょっとスバル」
「ご、ごめんごめん、でも、任せておいて二人とも!」
二人の肩に手を置いて、せいぜい頼りがいを感じてくれそうな表情を意識し、スバルは言う。
「私とティアナで色んな人達に聞いてみるから! はっきりわかったら教えるね!」
「は、はい!」
「お願いします!」
そうと決まれば、行動は早い方がいい。スバルは次の昼休み、早速聞きまわってみることに決めた。
「剣筋に清廉さがあるというのならまさにあれがそうなのだろう! その一太刀はただ鋭く、強く、速いだけではないのだ! 美しいまでに凝縮され洗練された技量が、それを輝かせる孤高な高潔さが宿っている! 品位というのは自然とその武芸に現れるのだろう、騎士恭也を見て私は心からそう思う……! 二人もきっと、目の当たりにすればその美しさに見惚れることは間違いないだろうっ、今から楽しみにしておくといい!」
「は、はい……」
「た、楽しみに、しておきます……」
「うんうん! それでなっ」
聞く人を間違った。
それがスバルの正直な感想であり、隣に立つティアナもきっと同じように思っているだろう。
「人柄に関して言えば、何よりも挙げるべきは誠実さだろうなあ……! 自分の言葉を裏切らず、建てた信念に決して背くことのないあの生き様は、あれぞ騎士あれかしと、まさにそういったもので」
いや、多分大正解ではあるのだろう。ただ、それでも選んではいけなかった選択肢であったというだけで。
昼休み、食堂でちょうど良く近くの席に座ったその人、交代部隊隊長リインフォースに「特導官はどのような人なのか」という事を聞いてみたところ、途切れることのないマシンガントークが炸裂した次第である。
『い、いつまで続くんだろう、これ……』
『終わりは見えないわね……』
特導官の情報を色々開示してもらえるのは素直にありがたいし、自分たちの質問に熱心に答えてくれるのも嬉しいことだが、それでも凄まじいとしか言えない熱量で至近距離、エキサイトされ続けると少々厳しいものがあるというのが、申し訳ないが本音だった。
「時折、なかなかお茶目というか、悪戯なところもあってな! そこもまた魅力的なんだ! 真面目な、あの精悍な顔で冗談を言ってくるものだから私はいつも騙されてしまって、ふふ、でもそんな騎士恭也はどこか可愛らしくてなあ……!」
『ていうかリインフォース隊長って、こんな一面があったのね……』
『ね……』
ティアナの念話での言葉に、返答とともに胸中、深く頷く。リインフォース隊長と言えば言葉遣いこそどこか男性的なところもあるが、穏やかで物静か、上品でたおやかな楚々とした女性であり、口数が多いという印象もなかったものだから今の目の前で披露されている顔は実に意外だ。
「それでな、それで――」
『ああ、終わらないんだね、本当……』
『私たちが聞いたんだから、最後まで付き合いましょう……』
その最後がいつかはわからないが、少なくともそれが礼儀としたものだろう。ティアナと共に覚悟を決めたスバルだったが、そこに救いの手が差し伸べられた。
「リイン、ここにいたか。なのはが呼んでいたぞ」
「部隊編成について、ちょっと確認があるって」
昼食を乗せたトレーをテーブルに置きながら言ったのは、ライトニング副隊長シグナムと、六課主任医務官のシャマルだった。
「将、シャマル。……そうか、うん、わかった」
昼食自体はもう摂り終えていたリインフォースは、そう言って腰を上げた。
「すまんな、スバル、ティアナ、仕事が入ってしまった……。ほんの少ししか語る事が出来なかったな……」
「い、いえいえいえいえ!」
「とてもよくわかりました! ありがとうございます!」
バツの悪そうなリインフォースに、スバルはティアナと揃って千切れんばかりに首を振る。
「そうか? また聞きたかったらいつでも来るといい。私のこの拙い言葉でよければ、全霊でもって、騎士恭也の魅力を伝えよう」
ではな、と自分のトレーを持ってリインフォースは去っていった。後ろ姿も抜群に美しく、ついつい目で追ってしまう。
いや、いい人なのだ、本当に。ただ、あのレベルで特導官に対し熱量を抱えているとはちょっと予想できなかったのだ。
「まったく、お前たちは一体何をしているんだ」
「リインの様子を見た限り、恭也さんについてあの子に聞いたんでしょう? 駄目よ、うかつにそんな事をしちゃ」
席に着きながら、シグナムは呆れたように、シャマルは苦笑しながらそう言った。
「あ、あの……ありがとうございました……」
「……まあ、お前たちが気になるのも仕方ないだろうからな。ただ、次からは人は選べ。リインフォースは駄目だ」
やはり、シグナム達はこちらを助けてくれたらしい。頭を下げたスバルとティアナに、シグナムは気にするなという風に手を振った。
「でもリインフォース隊長って、どうして、その、あんなに……」
「はやてちゃんを含めて私たちはみんなね、昔、恭也さんに助けてもらったの」
思い出すように少しだけ目を伏せて、スバルの問いにシャマルが答える。
「それは、命を。それは、生き方を。それは、未来を。全部、助けて、救って、護ってもらった。だから、私たちはみんな恭也さんにすごく感謝をしていて、それ以上に、そういう事をしてくれたっていう事そのものがものすごく嬉しくて、そういうあの人が大好き」
丁寧な口調のシャマルは、気持ちの篭った声でそう言った。
「無愛想だけど、シグナムもね」
「……感謝しているし、それなりに気が合うというのは、確かだ」
ムスっとしたようなシグナムだが、もしかしたらこれは照れているのかもしれない。
「リインはあれですっごくまっすぐな子だから、感じている気持ちをああいう風に表現しちゃうのよ。ちょっと信仰じみてるっていうか」
「軽めの狂信者みたいなものだ」
身内ゆえだろう、シグナムの口調には実に遠慮がなかった。
「あいつは普段は穏やかな性質だが、こと恭也の事となると一切の容赦をしない。あいつの前でうかつに恭也の事を聞けばどうなるかはわかったと思うが、もし貶そうものなら身の安全は本当に保証できんぞ」
「き、肝に銘じておきます……」
引きつった顔で言ったティアナと共に、スバルはこくこくと頷いた。
「ちなみに、リンツはリインに恭也さんへの賛辞を子守唄にして育てられたから、ほとんど同じ感じよ」
「それはまた……」
「すごい育ち方ですね……」
リンツ、リインフォース・ツヴァイは機動六課の部隊長・副隊長補佐と前線管制を担当する妖精のような見た目の局員だ。上司ながらも可愛らしくて、見ているとついつい頬の緩んでしまう女の子だが、そんな一面があるとはやはり知らなかった。
「リンツにも、恭也のことを聞くのはやめておいた方が賢明だな」
「まあ、少なくとも私とかシグナムに聞く分には大丈夫だけどね。聞きたい?」
「あ、はい!」
「ふふ、えっと、そうねえ恭也さんは……」
答えたスバルにシャマルが答えようとして、
「あいつは不器用な男だ」
すぱっと言ったのはシグナムだった。
「私は、あいつほどの不器用ものを他に知らん」
「ええっと、それは手先とかじゃなくて、ですよね?」
「ああ、手先は器用だぞ。料理は上手いし、女の髪を結わえるのも上手い」
ティアナの確認に、さらりとシグナムはそう返してきた。
「シグナムもたまに結んでもらってるものね」
「……本当にたまにだぞ」
ぶっきらぼうな口調のシグナムだが、不快そうな表情ではない。
『……ねえティア、もしかしてシグナム副隊長が?』
『いやいや、さすがにその判断は軽率過ぎるでしょ』
『うーん、まあそっか』
シグナムとは関わる機会があまり多くなく、大してその性格や性質を理解しているわけではないのだが、なんとなく彼女が軽々に男性に自分の髪をいじらせるようには見えない。ゆえに、そこには特別な関係があるのではなどと考えてしまったのだが、ティアナからしてみればさすがに少々跳びすぎた思考らしい。
「でも、私も同じ意見かなあ。すごく不器用だから、恭也さん」
「それは、その、人間性が、的なことですか?」
スバルの問いに、シャマルは頷く。
「そう。生き方とも言えるかしらね、それがすごく不器用。もっといい思いも、楽な思いもしようとすれば簡単に出来るはずなのに、あの人はしないの。出来ないのかな。最近は昔よりもちょっとその傾向は薄れたんだけどね」
「それでも、一般的な人間と比べたら、やはりあいつは不器用ものだ」
「シグナムだって人の事はあんまり言えないわよ」
「私はあいつほどじゃない」
言いながら、シグナムは昼食のパスタに手を付ける。「まあ、そうかしらね」と笑って、シャマルも同じくサラダにフォークを伸ばした。
『不器用、だってさティア』
『あれかしらね、無骨なタイプなのかも。戦い一筋の』
『ああー、あれだけ強ければねえ』
そんな念話を交わしつつ、スバルとティアナも食事の残りを片付けにかかる。
結局、リインフォース、それにシグナムやシャマルが特導官とそういった関係なのかどうかはわからなかった。
「失礼します、スバル・ナカジマ二等陸士、入ります!」
「同じく、ティアナ・ランスター二等陸士、入ります!」
「すまんなあ、呼びつけてもうて」
ティアナと共に部隊長室に足を踏み入れたスバルを、六課部隊長のはやてがそう言って迎えた。
普段、そこまで鯱張って話さなくてもいい空気を作ってもらっているとはいえ、こうして部隊長室に呼び出されたときにそれを引き摺るほどスバルも常識なしではない。びしっと敬礼をして、椅子に座る彼女の前で背筋を伸ばす。
「ああ、楽にしたって。お固い話でもないから」
しかしはやてはそう言って、くだけた笑いを見せた。
「で、では……」
「ええと、失礼します」
ティアナと揃ってとりあえず敬礼を解くと、はやては満足気に微笑んだ。
「すまんなあ、もう就業時間終わったっちゅうのに。はよご飯食べたいやろ」
はやての言葉通り、現在はもう本日の訓練が終わった時刻。あとは夕飯を摂って寮へ帰るのみだ。
その寸前、放送で呼び出され、こうして部隊長室を訪れた次第である。
「いえっ」
「大丈夫です」
「そうか? 悪いなあ。ちょっとな、話があって。バックヤードやメカニック、オペレーターの子たちにも言って回ったんやけど、二人が最後になってもうた」
「お話、ですか?」
聞き返したスバルに、はやては頷く。
「そ。明日から来る人について、少しな。何やら二人はリインたちに聞いてたみたいやけど」
「あ、あはは……すみません……」
「その、気になりまして……好奇心といいますか……」
なんとなくのバツの悪さにスバルとティアナはそう言うが、はやては笑った。
「ええってええって、なんも悪いことない。むしろ、私としては嬉しいかな」
「ええと、どういう?」
スバルが問うと、はやては優しく、そしてどこか深い笑みを見せた。
「あのな、……難しい事やとは思う。階級もかなり上やし、有名人やし、言わば生きた伝説みたいにも語られとるから、力まず話せ、ゆうても厳しいとは思うんよ。ただ、ごめんな、だから無理を言うお願いなんやけど」
なんとなく。
本当になんとなく、なのだが。
とてもしっかりしていて頼れる上司ではあるところの八神はやては、とは言え見た目は童顔の少女と言ってもいいような人だ。
「恭也さんを、どうか敬遠しないで欲しい」
しかしなぜだか今、目の前にいるその人は、とても大人に見えた。
大人の、女性に見えた。
「気軽に話せ、とはなかなか言えんけど、あんまり固くならないで、……出来れば、一人の人間として接して欲しい」
あまりに真剣な声音に、スバルも隣のティアナも、軽々な返答が出来ず思わず固まる。
「恭也さんってな、結構あれよ、お茶目なお兄さんでな」
そんなこちらの様子にか、はやては口調を砕けたものへと変えた。
「ぱっと見はちょう怖いかな? って思うかもしれへんし、どっしりとした雰囲気もあるからなかなか話しかけ難いかもわからんけど、あれで面倒見もめっちゃ良くてな、色々聞いたら教えてくれるし」
「そうなんですか」
「そうなんよ」
相槌を打ったスバルに、はやては軽い声音で返す。
「少なくとも「上官に対して無礼な」みたいに怒る人ではない。もちろんだからといって無礼講でええわけやないけど、必要以上に畏まることもない。ちゅうか、私もなかなか付き合い長いけど、あの人が怒っとるのって見たことないかもしれん。叱ったり窘めたりはあるけど」
「……あの、部隊長、私たち実は訓練校で特導官の伝説を聞いた事がありまして」
「ああー、そうやな、二人は同じとこ出身やもんな。一年後に入ったんやっけ、そうかそうか」
ティアナの言葉に、しかしはやては顔の前で手を振った。
「あれはもう例外中の例外なんやろな。なのはちゃんですら「そんなおにいちゃんは見たことない」って言うてたくらいやから。恭也さん、自分が何言われても怒らんけど、その代わり自分が大切に想っとる人の事言われると火が着くみたいなんよ。あの場合は人っちゅうか愛機やけど」
「なるほど……」
件のエピソードから連想される苛烈な人物像と、特にキャロから聞いたイメージが合致しなかったものだが、はやての言葉を合わせるとそれなりの合一を見せた。
「……今日のこの話はな、命令やない。仕事に関係ない意味合いで仲良うして欲しいとか、そんな事を命ずる権限、もちろん私にはないし、あってもするつもりはない」
軽かった声音をまた少し真剣なものへ戻して、はやては言う。
「だから、お願い。命令やのうて、お願い。六課の部隊長として、特導官の高町恭也に対する心構えを命じてるんやなくて、八神はやてとして、新しく仲間になる高町恭也さんっちゅうお兄さんについてのお願いや」
「八神部隊長……わ、わかりました!」
「出来うる限り、やってみますっ」
ティアナと力を籠めてそう返す。おおらかな上官が自分たち下っ端にこうして乞うてくれているのだ、応えないのは嘘だろう。
「そうか? ありがとうなあ、二人共。……ちなみに実はこれ、私だけやのうてなのはちゃんとフェイトちゃんからのお願いでもあるんやけど、あの二人はちょっとこの話をするのに適切でない振る舞いを今朝していたので、おとなしくしていてもらいました」
「あ、あはは……」
思わず苦笑。確かにあれを見てまだ一日も経っていないわけで、あの二人に揃って呼び出されでもしたら正直、少々身構えてしまうだろう。
「そんなら、お話はこれでお終い。すまんな、ご飯食べてきてな」
「わかりました、八神部隊長は?」
「私はまだちょう仕事あるから、後から行くよ」
さすが、部隊の長ともなると働き者だった。
ティアナと二人、はやてへ礼をして部屋を辞する。
「……ねえ、ティア。八神部隊長って」
「……うーん、いや、どうなのかしら。恋人というより、奥さんみたいな構え方よね」
ティアナの言にはスバルも同意だ。見えない所からしっかり支える、そのやり方はもう夫婦のようですらある気がする。
それに、やはりあの表情だ。高町恭也という人について自分たちに頼んできた時の、あの深い表情。
ただの友人や恩人に対するそれには、どうしても見えなかった。
『来たな、スバル、ティアナ。わりいけど食い終わったら、第二会議室に集合だ』
『え、ヴィ、ヴィータ副隊長?』
『突然どうされたんですか?』
食堂に入って配膳の列に並ぶと、中央あたりの席に座ってシグナムと食事を摂っているヴィータがいきなり念話を飛ばしてきた。ティアナと一緒に、スバルは当然、少し当惑した反応を返してしまう。
『あたしとティアナ、二人ですか?』
『そうだ、お前たちだけじゃないけどな。それからこの事は秘密にしろ。誰にも言わず、静かに来いよ』
ヴィータの口調は実に有無をいわさない強さがあって、とりあえず了解と返答。
「……?」「……?」
もちろん何があるのかわからず、ティアナと顔を見合わせて首をひねった。
「集まったな……」
深夜というにはまだ浅いが、それなりに夜も更けた時間。壇上に立ち、言ったヴィータの言葉通り第二会議室にはそれなりの数の人間が居た。
スバルももちろんその一人である。隣には当然のようにティアナもいる。
「ねえティア、これ、なんの集まりなの?」
「私が知るわけないでしょ……女性スタッフばっかりだけど」
ティアナが言ったように、ここ第二会議室には現在、六課に在籍する女性スタッフのほとんどが顔を揃えている。いないのはヴィータを除いた隊長陣とシャマル、そしてキャロくらいのものだろうか。
「あれ、シャーリーさんはあっち側なんだ」
ティアナが言ったように、通信主任兼メカニックのシャリオ・フィニーノはヴィータの隣に控えていた。
「わりいな! 夜遅く、よく集まってくれた! 今日は、どうしてもお前らに言って置かなきゃあならない事があってな! こうして来てもらった次第だ!」
ヴィータがその多少舌足らずな声を張る。可愛らしい音色だが、腹から叩き出されるそれはいつもながら迫力がある。
彼女は一旦言葉を切り、集まったスタッフ達の顔をぐるりと見渡す。
「……アタシは、お前らの事は、本当に良い仲間だと思ってる」
それは、苛烈な彼女には珍しい言葉に聞こえた。
「はやての作ったこの六課は、人に恵まれた。手前味噌なのかもしんねーけど、ここまでの人材が揃ったチームなんてそうそうねーと思ってる。前線メンバー、バックヤードスタッフ、通信オペレーター、メカニック、どれも全部だ。アタシははやての声に応えてくれたお前らに、感謝をしている」
いきなり始まった空のトップエースによる謝辞に、スタッフ達は鎮まり返った。あっけにとられ、そして言葉が脳に染み渡って、やはり胸には誇りが灯る。
(ヴィータ副隊長……)
スバルは、個人訓練でよくよく彼女にはお世話になっている。隊長陣と比べたら見劣りするなんてものではない自分が、そんな風に思ってもらえていたというのはやはり、嬉しかった。
自分たちこそ、自分たちこそ感謝している。スバルの口はそう言いかけて。
「だが! だから! だからこそォ!! お前らには言っておかなきゃァならねえことがある!!」
ヴィータのその大音声に黙らされた。
ビリビリと空気が震え、その迫力に一人残らず気圧される。
「いいか、いいか、……明日、特導官がこの六課にやってくる。だからな、お前ら。いいか、お前ら。絶対に、絶対に!!」
バン、と。机を壊すような勢いで叩いて、そして小さな鉄人は言った。
「キョーヤに色目を使うんじゃねえぞッ!!」
「ええっと……」
誰もが言葉を失って、とりあえずとスバルは代表のように口を開いた。
「つ、使いませんよヴィータ副隊長……。だって、あの"高町恭也"さんですよ……? もうなんか、そういう事を考えるレベルじゃないっていうか……」
ついさっき、敬遠せずに接して欲しいとはやてに言われたばかりだが、あれは人間としての話だ。男性として見るというのは、また別問題である。
「ハッ! 果たしてどうだろうな! お前が実物見てもそんな事が言えるか、アタシは疑問だ! 二十も半ばでいよいよ色気の塊みたいになっちまったアイツを見ても! 果たして同じことが言えるもんかよ!」
「そ、そうなんですか? 色気の塊……でも、いやあ」
少なくとも自分はそんなに身の程知らずなつもりではない。
「……なんだ、お前、アイツになんか不満でもあるってのか? お前のお眼鏡にゃ適わねえと? おいおい、まさかまさかそんな事を言うつもりじゃねえだろうな? なあスバル?」
「い、いえ、そういうわけじゃ! はいっ、とても格好良いと思います!」
「ほう……んじゃあやっぱり色目を使う気はあるわけだな?」
「ええ……ど、どうしろと……」
無茶苦茶である。しかしあの迫力満ち満ちた三白眼で睨めつけられるとなかなか反論もできない。
「ヴィータさん、さすがにスバルが可哀想です」
「……ま、とにかくだ」
シャーリーに言われずとも理不尽を零したという自覚はあったのか、ヴィータは頭を振って話を戻した。
「いいか、お前らがアイツに惹かれちまうとしても、それは仕方がない。女として、それは仕方がない事ではあんだろうよ。が! が、だ! それでも絶対に、何か行動を起こそうだなんてするんじゃねえぞ! 想うだけに留めておけ!」
彼女の声色は、ひどく真剣だ。
「アタシは、お前らが大切なんだ。同じ隊の仲間で、はやての声に応えてくれたやつらで、だから、だから……」
それはまるで、何かに怯えているようにすら聞こえる硬さで。
「あ、あの……ヴィータ副隊長」
「……なんだ、ティアナ」
「あの、なんていうか……なにかあったんですか?」
ティアナの問いに、ヴィータは深い溜息を吐いて、一拍、二拍、三拍置いて、ようやっと口を開いた。
「……詳しくは、ここでは言わねえが。一ヶ月ほど前の話だ。アイツを嵌めようとした女がいやがった」
「嵌めようと?」
スバルの問い返しに、ヴィータは重々しく頷いた。
「……アイツは、キョーヤは、昔よりマシにはなったがそれでも、いまいち自分の人気とか魅力とか、そういうのを正確に把握してねえんだ。だからはっきり言って、……女に対して、そういう意味では死ぬほど無防備だ。自分が狙われるような男だってわかってねえんだよ」
「あんなに人気なのにですか!? 嘘でしょう!?」
驚きの声を上げたのは整備員兼通信スタッフのアルト・クラエッタ。明るく社交的な性格で、スバルとは仲が良い。
「それがマジなんだ……。なあ、あいつ、いろんなメディアで連日騒がれてたろ」
「そ、そうですね、よく見ました。というか、今も見ますが……」
経理事務兼通信スタッフのルキノ・リリエが言った通り、テレビや雑誌で、元特武官現特導官の特集はよく組まれる。実際に彼が出演したりインタビューに答えたりしたことはないようだったが、それでも連日毎号のように画面や紙面を賑わして、それは今でもそこまで収まってはいない。
「なんなら、抱かれたい男ランキング一位にもなってたろ? なのに、なんて言ったと思う? アタシはよくよく覚えてンだが……」
「な、なんと言われたんですか……?」
ルキノの問い返しに、ヴィータは沈痛な顔で答えた。
「"まあ、立派な勲章とそれなりに派手な戦歴だからな、期待するのも無理はないと思うが……だがそれでも結局、見てくれが良い訳ではないし、性格だって好かれるタイプじゃない。こんな評価はすぐに間違いだと気付くだろう"って……」
ヴィータが、その小さな手で顔を覆った。
「見てくれがよくねえとか生まれてこの方お前鏡見た事ねえのかよおおおお……! あといい加減何人にも惚れられてんの気づけよおおおおおおお……!」
慟哭を上げるヴィータは、なにやら苦労をしてそうな気がする。
「……話を戻すが、アイツはだからそんな奴でな。自分の執務室、密室だ、そこに手伝いに来たとかいう女を何の警戒もなしに入れちまったんだよ。考えられるか? どう見ても下心全開に決まってんじゃねえかそんなの」
「ま、まあそうですね……」
普通なら自意識過剰とするべきかもしれないが、なにせ高町恭也の人気は並ではない。頷いたスバルの前、ヴィータは深い溜息を吐いた。
「そんで案の定、泣き落としに転んだふり、誤解を受けそうな角度から写真を撮るのコンボも序の口、あの手この手で脅しやがって、最悪な事にキョーヤの弱みまで突つきまくった、……くそ、腹立ってきた」
ヴィータの眉根には盛大に皺が寄っている。
「それで、どうなったんですか?」
ティアナが問うと、ヴィータは少し遠い目をした。
「それでな、本当にあと一歩、マジで危ねえってところでなのは、フェイト、はやての三人が入った」
「……う」
思わず呻いてしまったスバルだが、今朝の食堂の様子を見ていた他のスタッフ達も同じような様子だった。
それはもしかして、その女はもう。
誰もがその続きを口に出来ずに押し黙る。
「結論から言やあ、その女は一応生きちゃいる。生きちゃいるが、記憶は無くしてる。封印処理をされた」
「え、でも、記憶の封印処理なんてよっぽどの重罪人にしか……ひどい事をしたとは思いますが、さすがにあれをされるほどかと言うと」
アルトの問いに、ヴィータは首を振った。
「そうだな、これがアイツを聖人扱いしているベルカ自治領区でやらかした事なら本当に死刑すらありうるが、管理局内なら高官とは言え、結局一局員への犯罪行為だ。刑罰として封印処理がされるほどじゃねえ。……つまりあの女は、自分で申請したんだよ」
「え? じ、自分で? でも封印処理って……」
目を丸くしているアルトの言葉をヴィータは継いだ。
「ああ、そうだ。あれはそんな便利なもんじゃねえ。何月何日の記憶だけ、なんてなあ出来ない。管理局内で起きた出来事の記憶を封印しようとすりゃ、管理局そのもの、局員だったら働いていた時の記憶全部丸ごと封印する事になる」
「……なのに、したんですか?」
やや震える声で問うたティアナに、ヴィータは頷いた。
「若いがそれなりの年数働いていた奴だったみたいなんだがな、それでも封印処理を選んだ。いいか、―――そいつはそうしなきゃならんほどの目に遭ったんだ」
ようやっと、スバルはどうしてヴィータがこの話をしたのか、そしてどうして自分たちをこうして集めたのかを理解した。
「お前らがあの女と同じような事をするとは思わねえよ。それを疑っているわけじゃねえ。だが、わかってほしいんだ。ちょっとした出来心で粉掛けるには、キョーヤはあまりにリスクが高え。リターンももちろんでけえが、おすすめは出来ねえ。お前らがもし、まあリンツはちょっと違うしキャロはもちろんだが、それ以外のここにいない女どもと真正面からやり合う覚悟があるんなら、アタシは止めないがな」
リンツとキャロを除いたここにいない女、と言うとそれは。
高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやて、リインフォース、シグナム、シャマル。
「ちなみにリインとシグナムはな、後から話を聞いて速攻でその女を挽き肉にしに行こうとしやがった。アタシとザフィーラが死ぬ気で止めなきゃあ、ミッドチルダの人口が一人減ってた可能性は十分にあった」
「ひぇ……」
その光景を想像してしまったのか、ルキノの口から悲鳴が漏れていた。
「シャ、シャマル先生は! シャマル先生はでも、そんな……」
すがるようなアルトを、ヴィータは無慈悲に切り捨てる。
「ハッ、シャマル? アタシは一番アイツが性質悪いと思うね」
「と、と言いますと……?」
「……その女性局員ね、今は管理局を辞めただけじゃなく遠く離れた出身世界に帰ってるんだけど、そこまで追い詰めたのはシャマル先生なのよ」
聞き返したルキノに答えたのはシャーリーだった。
「シャマル先生、社交的だし、直接診てもらった人も多いしで、結構局内に強いネットワークを持ってるんだけど、それをフル活用して嘘にならない範囲でその女性局員の所業を流しまくって、とてもじゃないけど居られないくらいの空気を意図的に……」
「なのはとフェイト、はやては精神的に潰しにかかったし、シグナムとリインは物理的に壊しに行こうとしたが、アイツは社会的に殺しにいきやがった。ニコニコした顔で言ってたよ、"管理局関連に再就職しようとしても無駄よ、たとえ貴女が記憶を失っていても周りは覚えているもの。管理局お膝元のミッドチルダには、もう貴女の居場所はないものと思いなさい"、って」
「う、うわ……」
エグい。なんて苛烈なやり口だろうか。容赦というものが全く感じられない。
「キョーヤは、まあ、うん、その、いい男だ。す、少なくともアタシはアイツ以上の男は知らねえ。あ、言うなよこんなこと!」
少し赤い顔で言ったヴィータに、全員揃って首を振る。グラーフアイゼンの錆にはなりたくない。
「キョーヤがどうしても欲しいってんなら、あの女どもと矛を交える気骨があるんなら、いいよもう、存分に攻めろ。だけど、さっきも言ったがちょっとした出来心ってんならやめろ。あの魔人どもと向こうを張るのはそれなりに危ねえ。肝に銘じろよ、くれぐれもだ。……以上、解散!」
そう言って、ヴィータはさっさと部屋を出て行ってしまった。苦笑しながらシャーリーが、「部屋を閉めるから皆出てくださーい」と声を張る。
「……なんか、すごい話だったねティア」
「そうね……。まあ一つわかったのは、多分特導官って誰か特定の相手がいるわけじゃないって事ね」
「あ、そっか……」
ティアナに言われて気付く。確かに誰か特定の相手がいるのなら、ヴィータの言い様はおかしい。覚悟があろうがなかろうが、それなら存分に攻めろなんて言わないはずだ。
(エリオとキャロにはちょっと残念な報告だなあ)
どうやって伝えようかと考えながら、スバルは廊下を行く。
何はともあれ、明日である。
明日、特導官がやってくるのだ。
高町恭也がやってくるのだ。
ついに始まりました最終章、StingerSでございます。いきなり主人公不在です! まあ主人公不在は既にTriangleで結構やったので今更ですね。
時系列的には、原作StS・6話の後からスタートです。初出動終わって、デバイスも支給されて、訓練も個別メニューに移って、のあたりですね。
あと、番外編20.8話の後にこれを更新したのでちょっとややこしいかもしれないんですが、ここでいうなのはと恭也さんの同棲は20.8話のものとは別です。
20.8話でフィアッセが提案したことにより実現することになった二人の同棲は、恭也さんの特武官時代のものです。就任二年目から三年目の途中まで。
今回の同棲は特武官を降りて特導官として六課に来てからの話です。
同棲の理由は後ほど。Heartを読んで頂けたならたぶんこんな事だよなあみたいな予想は着いてしまうかと思いますが。
今まで出てこなかったメンツがいっぱいで、書いててすごく新鮮でした。何より、何より六課にリインフォース・アインスがいるのが……。