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この作品には原作設定の拡大・独自解釈も含まれます。申し訳有りませんが、原作設定の絶対的な遵守をお求めの方、ご自分の解釈を非常に大切にされている方のご要望にはお応えしかねる場合があります。該当される方はご自身の責任における判断で閲覧されるかどうかお決め下さい。よろしくお願い致します。
「皆さんおはようございます。今日も1日、頑張っていきましょう。……って、いつもやったらこれくらいで終わらせるんやけど、今日はちょっと事情がちゃいます。ま、みなさまご承知やろうから今更もったいぶる事でもないけども」
朝礼の場、集まった隊員たちの前ではやては少しおどけたようにそう言った。しかし、前に居並ぶ面々の表情は硬い。
(緊張しとるなー)
どうかこの空気はなるべく早めに変わってほしいとは思うが、仕方のないことかとも思う。
今、朝礼台の上で自分の隣に並んでいる人は自分たちからすれば昔馴染みの男性だが、一般的には生きる伝説なのだ。
「さて、以前よりお話ししてきました通り、本日5月17日をもって正式に、高町恭也特別教導官がこの機動六課へ戦技顧問として就任されます。私がこれ以上話しててもしゃーないんで、それでは高町特導官、よろしくお願いします」
礼をしてから斜め後ろへ下がり、はやては場所を空けた。
そこへ立つのは、黒地に青のラインがあしらえられた、管理局では一人しか着るもののいない制服を身に纏った男性。
「ご紹介にあずかりました、この度この古代遺物管理部機動六課へ戦技顧問として就任させて頂きます、特別教導官の高町です」
いつ聞いても凛々しくて甘い声が、ピンと張り詰めた部屋に響く。
「……それなりに派手な前歴と、不当に高い地位を頂いているので難しいかもしれませんが、どうか気楽に構えて頂けると助かります」
少しだけまゆをハの字にして恭也はそんな事を言うが、やはり隊員達の表情は硬い。
管理局の最高戦力の一つ、最強の単体戦闘能力保持者の前で初めから気を抜いて構える阿呆など、少なくともはやての集めたメンバーの中にはいない。
苦笑を一つ落としてから、恭也は続けた。
「自分の立ち位置というのは少々特殊でして、残念ながら皆さんと一緒に任務を果たすということは基本的には出来ません。自分に許されているのは、前線に立つメンバー達に教導を行う事だけです」
恭也の言葉に驚きを示すものはいない。この話は既に、はやてがしてある事ではあるのだ。
それは、恭也が前線に出てその剣を振るってくれるなら、事態解決には一番早い。言ってしまえばこの前の列車ジャック事件など、誇張でも何でも無く恭也があの場に入っていたなら、事態は計三秒未満で解決していただろう。
だが、それでは駄目なのだ。
結局、恭也の肩に重みを載せ続ける事になる。その結果が何を招くかは半年ほど前、これ以上ないくらいの痛みとともに思い知った。
ゆえに、恭也の仕事はその力を他の局員に伝える教導がメインである。特別武力制圧官であった頃とは、もう違う。
ただし、六課の仕事で前線に立つ事はほぼほぼないだろうが、前線に立つ事自体が完全に零になるわけではない。今までとは桁違いに頻度は減るが、それでも次元世界の各地から呼び出しを受け、緊急事態の起こった現場に入る事は彼の職務に含まれている。
魅月の修繕が完全に終われば、いつ呼び出しがかかってもおかしくない状態にはなる。
これは本人の希望でもあり、それなりに精神が回復してきた状態で戦場へ赴く回数が完全に零であり続けるのは、変化が大きすぎてそれはそれで好ましくないというシャマルの苦い顔での診断でもあり、特武官に今まで大きく頼っていた管理本局からの要請……懇願でもある。
戦技顧問として就いた部隊に対し教導隊のものとは違った特別な教導を行いつつ、次元世界各地からの呼び出しにも備える。
それが、特別教導官の現在の職務である。
「特別教導官の教導は通常とは少し毛色が異なり、教導を行う側にある実力を持つ局員に対して教導を行う事も含みます。つまり、この機動六課に就任している百戦錬磨の隊長陣に、恐れ多くも指導を付けさせて頂くという事です」
(しゃべり口が朴訥なだけで、こういうことさらっと言えるんやから恭也さんて別にスピーチ苦手なわけやないよなあ)
本人は自信がないらしいが、偉そうな上から目線で言えば十分に及第点である。
「手空きの時には皆さん、様子を見に来て頂けると隊長陣の勇ましい姿が見られますのでよろしいかと思います」
(あと、怖いから確認してないんやけど、それ私もやらなあかんのかな……)
その昔、何度か今の隊長陣にクロノやユーノを足した面子で模擬戦をした事があるが、恭也を向こうにしたときの恐怖は未だに心に刻まれている。攻性とは言え自分はやはり後方支援者で、前でバチバチやるには向いていないのだと思い知らされたものだ。
フェイトやシグナムなどは恭也に教導をつけてもらうことにウキウキしているが、はやてとしては怖いからもう嫌だというのが正直なところではある。
「自分と訓練を行う際に限り、隊長陣のリミッターは無制限に解除されます。なかなかの迫力で、見応えはあるかと」
教導時に限った被教導者の無制限リミッター解除は恭也が強く要望を出したもので、元特武官が抑止力として居るのならこれを認めないとは言えないと、本局からはオーケーが出た。
しかし隊長陣のランクを知っている隊員達はさすがにと言うべきか、少々ざわつく。六課の敷地は大丈夫なのか、クレーターが出来るんじゃないのか、そんな思いが顔に出ている。
そのためにいくら壊しても再生可能なあの陸戦用空間シュミレータは作ってあるようなところもあるので大丈夫だとは思うが、なのはあたりが本気でやらかしたら正直おじゃんにはなるわけで、くれぐれも気をつけてくれとは言ってある。
無論はやてが全力を出せば同じ事にはなるので、もし自分が教導を付けられることになったらやはり気をつけなければならない。
部隊ランク制限については、なかなか本当に頭が痛い話ではある。
なのは、フェイト、はやてがSS、リインフォースがS、シグナムがS-、ヴィータがAAA+、ロングアーチ所属とは言えシャマルもAA+を保持し、リンツもA+で一般的にはエースランクだ。ザフィーラは部隊所属ではなくはやての固有戦力という事で積算されていないが、焼け石に水といえば焼け石に水。
もう完全に部隊ランク保有規定はぶっちぎっているわけで、リミッター制限を掛けているとは言えこれはどうなんだと言われたら「いやあ……はい……」としか言えない。ただ、恭也を擁している事で聖王教会の後ろ盾がもはや半端ではないレベルで構えられているので、正面切って文句をつけられる心配はあまりないと言えばないのだが。
ちなみに恭也のSSSランクだが、こちらは直接六課の任務には従事しないという事で勘定からは外されている。
「それから、自分が教導をつけるのは何も隊長陣だけと限定しているわけではありません。状況を見て、フォワード陣にも出来たらと考えています」
どうやらそれは知らされていなかったのか、フォワード四人の顔が驚愕に揺れた。まあ、それはそうだろうと思う。
「その辺りは高町教導官……身内が同じ隊にいると少しややこしいですね、なのはの事です。彼女と相談しつつ、決めていきたいと思っています。あまり長々と話す上官は嫌われると、八神部隊長からありがたい訓示を頂いておりますのでこの辺で。これから、どうかよろしくお願い致します」
それは相当階級に比してあまりに腰の低い締め方だったが、彼の性格を思えば仕方ないのだろう。頭を下げた恭也へ、隊員たちがピシっと背を伸ばしたまま大きな拍手を贈る。
色々あるがとにかくまずはどうか、隊員たちが恭也に慣れ、この六課が彼にとって居心地のいい場所となって欲しい。隊員たちと同じく手を叩きながら、はやてはそんな風に祈った。
「あち、あちらに見えますのがですね、その、ええと、第二! 第二整備場でして」
「ほう。では、このヘリが置いてあったところが第一整備場?」
「は、はい! 第二は基本的にもっと細々した機械の整備をするところです!」
「なるほど」
(ああああああぁ胃が痛ぇ……! こんな任務を受けるなんて聞いてねえっすよシグナム姐さん!)
今まで生きてきた中で三指に入る緊張感に、機動六課ヘリパイロット、ヴァイス・グランセニック陸曹の胃はキリキリと悲鳴を上げている。その内うまいもん食わせてやるから勘弁してくれと自分の内臓をなだめながら、なんとか操縦桿を握り続ける。
今、コクピットシートに座るヴァイスの後ろにはあの元特武官が立っていて、眼下の景色やこちらの手元の操縦桿などを眺めている。
部隊長じきじきご指名の、ヘリを使った六課施設のご説明。六課の敷地上を飛ぶ機体の中には自分と生きた伝説だけである。
"高町恭也"と二人きりで空の旅。
それは羨ましいと言う奴なんて山ほど、掃いて捨てるほどいるだろう。だが、ヴァイスとしては勘弁してくれという感じであった。
(管理局最高戦力だぞ……? そんな人載せて運ぶ上等なパイロットじゃねえっつんだよ!)
ヘリの操縦にはそれなりの自信を持ってはいるし、そこら辺のやつに負けるつもりもないがしかし、今乗せている人物の重要性と自分の腕が釣り合っているとはさすがに微塵も思わない。
こういう重要人物を運ぶというのは、局員の中でもエリート中のエリートパイロットが担当するべき仕事である。
分不相応だという思いが肩に乗り、緊張が回りすぎて、逆にヴァイスの操縦は滑らかだった。
「ん、あれはクラナガンか? 方角的に」
「え、ええ、これくらいの高さまで上がると背のあるビルなんかは見えますね」
「そんなに遠くないんだな。ここらへんはそれなりに長閑だから、少し意外だ」
「田舎と都会の中間くらいでしょうか、住み良いところだと思います」
機動六課の隊舎は、首都クラナガンと同じくミッドチルダ中央区画にある。近郊とは言えそこまで近いわけではないが、ある程度まで高く飛べば見えてはくるし、なんだったらオフシフトであれば遊びに行けるくらいの距離ではある。
「そうだな。海も近いし、いい場所だ。こんなところを抑えるとは、はやてはやり手だな」
管理局二等陸佐、ヴァイスから見ればずいぶんなお偉いさんであるところの八神部隊長を名前で自然に呼び捨てである。
どうやら昔馴染みという話はやはり本当らしい。
(というか、この人って八神部隊長よりも余裕でお偉いさんなんだよな……)
意味がわからんくらいに、というのがヴァイスから見た彼の地位である。
少将相当。
それが特別教導官、高町恭也の地位だ。
もともと特別武力制圧官であった頃から既に一佐相当の権限を有しており、そこからさらに二階級上がっているわけだが、これは勲章の副賞のようなものらしい。
管理局では勲章を授与されると一階級、二階級、例は非常に少ないが三階級の特進が得られる場合があるが、彼に与えられた勲章は最高位のものが二つである。
ニュースや噂で聞いたが、元特武官にして次に特導官に就くその人物の相当階級をどうしようかというのは結構揉めた話らしい。
最高位の勲章、それも二つを同時授与なのだから当然これはもう三階級特進だろうという声もそれなりにあったらしいが、そうなると一佐相当だった元々から三つ上がれば准将、少将を超えて中将相当である。
いきなり中将相当というのはさすがに無茶だ、地上本部における事実上のトップであるレジアス・ゲイズとすら並んでしまう。
一階級というと、しかしそれはそれで明らかに不足している。最高位の勲章を二つ同時に得て特進一つだけというのは、いかにも恩賞の前例としてはよろしくなさすぎる。
というわけで、協議の結果、高町恭也の権限は二つ上がって少将相当に落ち着いたらしい。
これはあくまで相当であって、正式な少将と同質の権限や責任、義務を有しているわけではない。正式に少将であったのなら現場で直々に教導をつけたり、あまつさえ単独で極限状態の現場へ飛び込むなどという職務に任ずることはまずありえない。
彼のそれは命令系統における高さの話だ。つまり、管理局内で彼に命令を下せる者は以前にもまして、いよいよ非常に限られるというわけである。
(しかし少将相当って……つまり将官相当……)
将官なんて、ヴァイスのような下士官が直接話す機会などほとんどないはずの存在である。
「グランセニック陸曹も、オフではクラナガンに出かけたりするのか?」
「いえ、自分は一応メインのヘリパイなのでなかなかまとまった休みは取れなくて……六課も稼働したばかりでありますし。ですがそろそろそのうち、バイクでも飛ばしていければと思っております」
であるのになぜか今、普通に世間話を交わしている。
「バイクに乗るのか、いいな」
「……特導官も、お乗りに?」
「ああ。出身世界のメーカー製のものをこちら仕様に改造してもらってな、仕事が忙しくなってからはあまり乗れてはいなかったんだが、最近また少し跨ってやれるようになったんだ」
「出身世界のチューンもの! いいですねえ!」
「持ってきてあるぞ、乗ってみるか?」
「いいんですか!? いやーたのし……ああすみません!」
軽快な会話の途中、我に返って運転に支障のない範囲で頭を下げる。
(思わず乗っちまったがこんな軽々しく会話していい人じゃなかった!)
相手は管理局最強の男、将官相当のお偉いさん、刻むように胸中で繰り返す。昨日、部隊長のはやてには敬遠しないでほしいと頼まれはしたものの、それでもやはりその言葉通りに振る舞うのは難しい。
寛容な人だとは聞いているが、ヴァイスとしてはまだ会ったばかり。よく知らない、そして物理的にも社会的にも自分の首を簡単に飛ばせる相手に対して自然体で居続けるほどの豪胆さはない。
そんなこちらに、当の恭也は苦笑を落とした。
「そんなに堅くならないでくれ。……というか、普通に話してくれると嬉しい。気軽に話せる同性がいるかいないかというのは結構死活問題だろう?」
「そ、それはそうですね」
「ザフィーラ以外、六課にいる俺の親しい人間は皆、女性でな」
妹である高町なのはに、弟子のフェイト・テスタロッサ・ハラオウン、そしてザフィーラを除いた八神一家。確かに女性揃いだ。さらに言うなら美女揃いである。
羨ましいといえば羨ましいが、確かに親しい男がいないというのはなかなか厳しいだろう。
「ええと、では、その、じ、自分で良ければその、善処してみます!」
「ありがとう。それではさっそく、ちょっと頼みがあるんだが」
「え? は、はい、なんでしょう」
ちらりと振り返ったヴァイスの視界、恭也はじいっとこちらの操縦桿を見ていた。
「これ、操縦させてもらえないか?」
「……え、ええと」
まさかの申し出に、ヴァイスは思わず固まる。冗談、ではないのだろうか。
「一応、ライセンスは持っている。C級だが」
「え、お持ちなんですか?」
「ああ、管理局に入りたての頃に取ったんだ。ついでに言うと、一応このシリーズのヘリなら任務中に運転したこともある。型はこれより古いだろうが」
ヴァイスが今操っているこの機体は六課の虎の子、最新鋭の輸送ヘリなのでまだあまり出回ってはいないだろうが、定番シリーズではあるのでこの一つ二つ前の型のものなら管理世界のそこら中で見かける。ライセンス持ちの局員が任務で乗るというのも珍しい話ではない。
「へええ、でもこのクラスですとC級ライセンスでは飛べるところはかなり限られているのでは?」
「それがなんというか、俺がこういうものに乗るというときは航空法もへったくれもない場所と状況が常でな。前に乗ったのは確か……そうだな、山岳地帯に現れて街を襲っていた特級危険種を討伐した後だったな。大量の魔石が危険種の影響で活性化して有毒ガスを発生しかけていて、処理できるところまで運ばなくてはならなかったんだが近場の基地は全壊しているし動けるものも他にいないしで、仕方ないからそこら辺に転がっていたハードランディングして半分壊れかけたようなヘリに魔石を詰めて乗り込んで飛ばしたんだ」
「……そ、それはなんというか」
さすがと言うべきだろうか、さらりと意味のわからないエピソードがまろび出てきた。
「施設まで飛べることは飛べたんだが着陸が出来なさそうでな、結局最後はヘリから飛び降りて機体を受け止める事になった」
「ワイルド過ぎますって」
思わず素で突っ込んでしまった。機体を受け止めるってなんだ。
「そんなわけで、一応経験はある。久しぶりにやってみたいんだが、駄目か?」
「ええと、管理局の施設上空でしたらこのクラスでもC級ライセンスで飛ばすことは出来ますので、じゃあ……ストームレイダー、一旦オートモードだ」
『alright』
ヘリを運転したい気持ちはヴァイスにもよくわかる。ヘリの管制を任せているデバイスのストームレイダーに指示、一旦操縦を全自動に変えてもらい、その間に恭也と位置を入れ替えた。
「よし、と。ストームレイダー」
『Ok』
一声で長い付き合いの相棒はわかってくれる。ヴァイスの意図した通り、機体はまたマニュアルモードに戻った。
「うん、やはり操縦自体はあまり変わらないな」
恭也はそう言って操縦桿をさばき、危なげなくヘリを制御していく。操縦の腕は本当に、なんも問題もなさそうだった。
「しかしレスポンスがいいな……キビキビ動く」
「この図体でこの動きは破格ですよねえ」
「だな。これはいい」
ブオンブオンと左右に大胆に機体が振れる。恭也の言う通り、その動きは実に機敏だ。さすが、お高いだけはあるモデルである。
「そう言えば、どこも壊れていない機体を操縦するのはもしかしたら教習以来かもしれん」
「……ええと、特武官の任務って、本当にハードだったんですね」
「それなりにな」
恭也は穏やかに笑って、そう言う。
それは、どこか深さを感じさせる笑みだった。
(特武官としての任務の連続で心身を持ち崩したって話だし、あんまこっちから触れちゃいけねえか……)
無神経だったかと、ヴァイスは話を変える事にした。
「特導官は、やはりなのはさんと同じく機械にもお詳しいんですか? こうしてヘリも運転出来ますし」
「いや、全然だ。こういう身体を使った、いわゆる『操縦』だったらそれなりに得意なんだが……なんというか、情報端末やら、そっち方面になるとこれがからきしでな」
「そうなんですか」
「これからああいうものを操作して書類仕事をしていかねばならないかと思うと、最高に気分が重い」
「あー……自分もわかります」
ご多分にもれず、ヴァイスもデスクワークをするよりも手を動かしていたいクチである。
「わかってくれるか。書類を十枚仕上げるくらいなら真竜と喧嘩をしていた方が気楽だとはやてには言ったんだが、聞き入れてもらえなかった」
残念ながらそれには全く共感出来ない。やはり元特武官、価値観は完全に常人の枠から飛び出ている。
「……ん、あれはなのはか」
「え、ああ、ですね」
海上に拡張する形で作られた陸戦用空間シミュレータ、その端末を海沿いのポートに立って何やらいじる高町なのは教導官の姿が下方に見えた。
「よし」
「……いやいやいや特導官、ちょっとっ」
ヘリは一気に急降下、地面スレスレとは言わないもののかなり余裕のない高度でもって飛行、
「特導官! からかうにしてはやり方が少々ワイルドで! そして相手が悪いかと!」
「そうか?」
なんと、なのはの周りをグルグルと回り始めた。
「なあに、妹をからかうのは兄の義務なんだ」
大真面目な顔で恭也はそう言うものの、相手はあの無敵のエースオブエースだ。間違ってもヴァイスには出来ない。
無闇矢鱈に厳しい人ではないが、決して甘くはない。締めるべきところはきっちり締める。それがヴァイスの見る限りの高町なのはである。
『……ちょっとヴァイス君! ヴァイス陸曹! 何を考えているの! こんな危険な飛行っ、大事な機体で!』
案の定、可愛らしいが凛々しい声音でお叱りの音声通信が入ってきた。
「あ、いえ、その……」
「まったく苛烈な上官だな、妹よ。可哀想に、グランセニック陸曹が怯えている。もう少し優しく言えんのか」
しかしさすがは特導官、恭也はしれっとした顔と声でそんな風に返す。
『……おにいちゃん!? あ、そっかヴァイス君に六課施設の案内を……てことはまさかこれっ、おにいちゃんが操縦してるの!?」
「違う違う、風でヘリが勝手に」
『そんなわけないでしょこんな機動! はやてちゃんとかリインフォースさんがちょっと風起こしてるんならともかく!』
この最新鋭のそれなりに大きなクラスのヘリがこんなグルグル振り回されるくらいの風を、どうやらはやてやリインフォースは"ちょっと"で起こせるらしい。ヘリパイロットとしては恐ろしい話だった。
『もうっ、おにいちゃんこら! やめなさい! もし墜落したらおにいちゃんのポケットマネーで新しいの買ってもらうからね!』
「いいぞ、十台くらいでいいか?」
『言ったね!? ヴァイス君も聞いたね!? それ高いんだよ!』
「かまわん、墜落したらな。グランセニック陸曹、ちなみに幾らくらいだ?」
「ええと……」
カタログを見た時に覚えていた値段を告げると、恭也は「ああ、大丈夫だな」と軽く言った。
(あ、そうかあれだけ危険な任務を受け続けたら手当はえらい事になるのか……この人幾ら持ってんだろう……)
管理局の任務では、危険や負担の大きさに応じて特別手当が支給される。大きくなればなるほど額は跳ね上がっていくと言っていい。特武官の受けていた数々はその極地と言えるだろうものばかりだったろうから、相当のものになったはずだ。
それをあんな数受けていれば、なるほどおそらく洒落にならないくらいの貯蓄があるのだろう。
「ううん、欲しくなってきたな。一台プライベート用に買うか」
『プライベートに軍用輸送ヘリを使うタイミングがどこであるの……』
「お前の送り迎えに最適じゃないか。機体に"特級危険物を載せています"と描けば煽られることもない」
『妹を特級危険物扱いなんてどういう了見!?』
ぴょいんぴょいんとなのはが跳ねながら、恭也へ抗議を叫ぶ。
(……つか、あんななのはさん初めて見るな)
いつも凛々しくどこか泰然としている無敵のエースオブエースが、しかし今はからかわれてむくれ、歳相応の女の子に見える。
からかう恭也は大真面目な顔に、よくよく見ればほんの少しの笑みを載せていて。
(……仲いいんだなあ)
そんな光景はヴァイスにとって、……妹と距離をとってしまっている兄にとって、羨ましく映る。
「それじゃあな、仕事に励めよ教導官」
『特導官こそ! 真面目に職務を全うされてください!』
「善処しよう」
そう言って、恭也はおちょくるような旋回をやめて機体の高度を上げた。なのはとの通信も切れる。
「……ご兄妹、仲がいいようで羨ましいです」
「すまんな、付き合わせて。あいつをからかうのは俺の数少ない趣味の一つでな。人生の楽しみと言ってもいい」
恭也はどこか、自分自身に呆れたように苦笑しながらそう零す。
「いえ、わかります」
「もしかして、グランセニック陸曹にも兄妹が?」
「ええ、妹がおります。……ついついからかいたくなるお気持ちは、正直よくよくわかります」
兄というのはどうしてだろう、そういう生き物なのだ。
「そうか、うん、やはりそうだよなあ」
頷くその人、生きる伝説の顔を見て思う。
自分と同じ、どうしようもなく妹が可愛いらしいその人の顔を見て思う。
(俺、多分この人と結構仲良くなれる気がする)
緊張に悲鳴を上げていたはずのヴァイスの胃は、今はもう穏やかだった。
「任務開始時のサンプルデータは揃ってるな? 非常事態発生時のコード一覧は……うん、あるな。……すまない、ロングアーチの基本機能紹介用の資料をもう一度表示してもらっていいか、……噛まないようにしないと」
「……グリフィスくん、そんなに緊張しなくても」
機動六課作戦司令室ロングアーチ。
通信スタッフが勢揃いしたその場所で、モニター前を落ち着かない様子でウロウロとする指揮官補佐のグリフィス・ロウラン准尉に、通信主任のシャーリーはそう言って苦笑を向けた。
砕けた口調は、幼馴染みという気安さ故だ。
「う、す、すまない……頼りない上官で……」
「そんな事はないけどさ」
実際、幼馴染みの贔屓目を抜いてもグリフィスは年若いが実に優秀な局員だ。内勤キャリアとして異例の昇進スピードで駆け上がっているが、母親であるレティ・ロウラン提督の贔屓だなどと揶揄する方が馬鹿を見るくらいには、彼は高い実力を備えている。
「……ううん、浮ついていると自覚はあるんだが、どうにも」
ただ、今は言葉通り少し浮足立ってしまっているようだ。
シャーリーの隣、彼と仲の良いルキノ・リリエが穏やかに微笑む。
「グリフィス准尉、特導官のファンですからね」
「ルキノ、……それは特導官にはお伝えしないでくれよ」
グリフィスは恥ずかし気に顔を片手で覆った。
「恭也さんって、女性人気もすごいですけど男の人の支持も厚いよね。厚いというか熱いというか。グリフィスくんもご多分にもれず、なんだね」
「ま、まあな……。内勤の僕が言うのも変かもしれないが、やはりあの強さには男として憧れるものがある」
シャーリーの問いに、グリフィスからはそんな答えが返ってくる。
「まさか同じ隊で働ける日が来るとは思っていなかった……。ところで、シャーリーは面識があるんだよな? 恭也さんとお呼びしているくらいだし」
「うん。私は元々フェイトさんの副官だから、その繋がりで。恭也さんのデバイスの修復もお手伝いさせて頂いてるし」
恭也のデバイス、魅月の修復をメインで担当しているのは本局第四技術部主任のマリエル・アテンザ技官だが、シャーリーもそれなりに手伝わせてもらっている。
「なんというかその、シャーリーの眼から見て人柄的にはどういう方なんだ? そういう話は全然流れてこないものだから……」
「あー、実際まともに話した事がある人って結構限られてるもんねえ」
なにせ特武官は常に一人で任務を受け続けていたわけで、隊に所属していた事は一度もない。加えてランクがランクなので気軽に話しかけられる存在でもない。
よって、高町恭也の人柄、という誰もが気になるだろう情報は色々なメディアが血眼になって求めているものですらある。
「とても穏やかで頼れる方だよ。傍にいると無条件でなんか安心しちゃうというか」
「朝礼で拝見した限りでは、すごく風格がありましたよね。達人、って感じの」
通信スタッフの一人、アルト・クラエッタがそんな風に評する通り、いかにも武道のマスターらしい隙の無さと芯の強靭さが彼には漂う。
「でも威圧感はなくて……正直、戦歴やランクからすると意外でした。失礼ながら、もっとこう、ピリっとされた方かと」
続いたルキノの言葉と同じような感想は、隊のあちらこちらで聞いたものだ。無理もないことなんだろう。
「全然。怒鳴り散らしたりとか、そういうのとは対極におられる方だよ。穏やかで真面目で誠実で、ちょっとお茶目かな」
「そ、そうなのか? 八神部隊長もそのような事をおっしゃっていたが……」
「そうそう」
笑いながら、シャーリーはグリフィスに頷く。
「フェイトさんなんか、結構いじられているというか」
あれはなんというか、傍目で見ていて実に幸せそうな光景だ。特にフェイトの方は彼に構ってもらえるのが本当に嬉しそうで、ああそういうことかとすぐに彼女の気持ちは察せたものだ。
聞いてみれば小さな頃から片想いしているそうで、それは見るからに今もなお続いている。
(……勝算は十分にあると思うんだけどなあ)
周りに手強いライバルは確かにたくさんいるだろうが、並ぶものはともかく、恭也との相性においてフェイトを凌ぐほどの女性がいるとはシャーリーには思えない。
恭也の方は常軌を逸するレベルで鈍いようなので、あとはもうフェイトが最後の一歩を踏み込むかどうかの話な気もする。
(でもフェイトさん、そこら辺はちょっと臆病みたいだからな……あれだけ惚れちゃってると無理もないのかもしれないけど)
もし、この想いが叶わなかったら。
恋愛の常であるそんな怯えがフェイトの足を縛っているわけだろうが、おそらく一般的なものよりも彼女のそれは硬く重い。
一番親しいなどとはもちろん言わないが、それでも副官としてそれなりの付き合いをさせてもらっているシャーリーの眼から見て、フェイトの恭也への想いというのは、もう明らかに尋常ではない。
元から彼女がそういう性質を有していたからか、それともそうさせるくらいの魅力が彼にあったからか、それはどちらなのかはわからないし、あるいは両方なのかもしれないが、とにかくあの愛情は尋常ではないのだ。
その深さも熱さも大きさも限りがないのではと思わされるくらいのものであり、つまり逆に言えばそれを失った時、彼女がどうなってしまうのかシャーリーには正直予想が着かない。
予想が着かないというか、正確には考えたくない。
行き着くところまで行き着いてしまう可能性すら、あるような気さえする。
(……本当に、上手く行ってほしいなあ。恭也さんの好みってどうなんだろう。同性の眼からしたってフェイトさんってすごく女として魅力的だと思うんだけど。…………ちょっとアレなところあるけど)
アレなところとは、あの半端じゃなく痛そうなデコピンをされていつも嬉しそうにしている被虐趣味感溢るるところ、そして少々ストーカーちっくなところだ。
超大量の写真・動画コレクションの一端を見せられた時は正直ちょっと引いてしまったし、服の匂いを嗅ぐだけでその日どこで何をしていたのか大体わかるという対恭也限定の恐ろしい特技を一般的な恋愛あるあるみたいなノリで話し出した姿には比喩でなく背筋がゾクリとはした。
弟子でなかったらただのストーカー迷惑法違反者だというのが、彼女の親友であるところのシグナムの言だ。残念ながらシャーリーも、それには首を縦に振ってしまう。
一緒に鍛錬をしたときに恭也が身体を拭くのに使ったタオルを回収した後、彼女がそれをどうしているかというのはなかなかに公にできない情報だし、それを聞いたときに"この人が法を護る執務官でいいのだろうか"と思ってしまったのは、悲しいかな事実だった。
しかしながらそれを差し引いても、なおフェイトは抜群に魅力的な女性だ。優しくて気配りで気遣いで思いやりがあって献身的で包容力が凄まじくて、何より一途で。
あの"高町恭也"とだって、文句なしに釣り合うはずだ。
「やっぱりフェイトさんと仲いいんだ?」
「うん、すっごく。息がぴったりで、長年連れ添った老夫婦みたいだよ」
アルトの問に頷いて答える。まあ老夫婦というには、フェイトの反応が初々し過ぎるかもしれないが。
「……私、本当のことを言うと六課にこうして配属されるまで、高町特導官ってなのはさんとご結婚されてるものだと思ってた」
「あ、ルキノって勘違いしてたクチなんだ」
「うん……だ、だって戦闘スタイルがあれだけ違くて顔も似てないし髪色も別々で、それで名字同じだったら普通、夫婦だと思うじゃない」
シャーリーにルキノは少しいじけたように言った。それは確かに、仕方のない勘違いなんだろう。
「なのはさんと恭也さん、すっごく仲いいしねえ。フェイトさんと恭也さんが円熟した老夫婦なら、あっちは万年新婚夫婦って感じ」
「たしか同じ部屋に住むんだったな? 異性の兄妹が同じ部屋に住むというのは、なのはさんたちの出身世界では普通のことなのか?」
「うーん、そんな感じかな」
グリフィスにそう曖昧に答えたものの、実際は違う。
あの二人が同じ部屋に住むことにはひどく重い、そうしなければならない理由が恭也の側にあるのだ。
半年ほど前の彼の状態を思えば、それは当然と言うべきなのだろう。
「やっぱり女性関係、ちょっと気になっちゃうなあ。八神部隊長とも仲いい感じだし、リインフォースさんなんか昨日すごかったよね、スバルたちに語ってる姿」
「ああー……あれはね」
アルトの言葉に苦笑。リインフォースの熱心ぶりは、これは結構なものなのだ。
はやてにしたってどうやら脇から後ろから彼を支えているようだし、いろいろと邪推してしまう雰囲気がある。
「でもやっぱり私はシグナム副隊長が怪しいと思う! なんか雰囲気がにて……」
「ほう、誰が怪しいと?」
アルトが声高くそう言ったときだった。ドアを開いて入ってきたのはそのシグナム副隊長と、
「なかなか賑やかだな、チームワークは良さそうだ」
件の人、高町恭也特導官だった。
「しょ、職務中に失礼致しました!」
そう言いながらアルトは飛び上がり、ほぼほぼ同時にロングアーチ総員、すぐに立ち上がって敬礼を向ける。
「いやいや、いいんだ。力を抜く時に抜けるのは、それも立派な能力の一つだ」
さすがに張り詰めた空気に、しかし恭也は小さく笑ってそう言った。
「特導官は少し、規律に甘いところがあるかと」
「そうか? シグナム副隊長」
「ええ、締める所は締めねばなりません」
「ひぇっ……」
シグナムの鋭い視線にアルトが震え上がる。
(シグナムさんはまた……)
シャーリーは思わず苦笑を零す。実際、シグナムはあれでかなり大らかな性質なのだ。だから、今の台詞はからかっているだけである。
「失礼しました! 雑談を許可しておりましたのは自分ですので、叱責は自分にお願い致します!」
「……レティ提督から聞いていた通り生真面目だ。少しクロノに似ているかもな」
エスコート役のシグナムを後ろに下がらせて、恭也はグリフィスの前に立った。
「本日付で機動六課に戦技顧問として配属になった高町恭也だ。君がロウラン准尉だな?」
「はいっ! 管理局准陸尉、機動六課交替部隊責任者及び部隊長補佐のグリフィス・ロウランでありますっ!」
「うん、よろしく頼む。はやてを支えてやってくれ、あの子は上手に無理をするから心配なんだ」
そう言って、恭也はグリフィスに右手を差し出した。
「は、はいっ!」
それを両手で握り返すグリフィスの仕草は、実に緊張でガチガチだった。いつも優秀にそつなく仕事をこなす幼馴染みの珍しい姿に、なんだか微笑ましい気持ちになる。
グリフィスと手を離した恭也から促され、ロングアーチ総員、敬礼を解いて席に座り直す。
「さて、早速だが特導官にロングアーチの説明を頼む。シャーリー、準備は出来ているな?」
「はい、もちろん」
シグナムに返しつつ、端末を操作。まずは六課内での位置づけからだ。資料を表示しようとして、
「くれぐれも機械を壊すなよ、美由希」
「シャーリーですって!」
上から降ってきた恭也の言葉に思わず脱力してしまった。
「いやいや、……いやいや。どう見てもうちのバカ弟子にしか見えん」
「特導官! このやりとりは過去にもう何度も!」
「そうだったか? いやあすまんな、あんまり似ているものだから会う度にきちんと確認せねばならないと思ってしまって」
仰ぎ見る恭也の顔は大真面目だが、あれは確実にこちらをからかっている顔だ。こんなところは本当にシグナムとそっくりである。
「え、ええと、高町特導官、シャーリー……失礼しました、シャリオ一等陸士が何か……?」
「いや、すまんすまん。うちの妹とよく似ているんだ、遠目だと見分けがつかんくらいにな」
グリフィスに少し笑って、恭也はそう答える。
「妹さん、ですか。確かなのはさんの他にもう一人……」
「そうだ。なのはの姉で、フェイトの姉弟子だ。まあ弟子と言っても、もう皆伝をして今では立派に正統流派の頭首だが」
「特導官と同じく、恐ろしく剣の腕の立つ方だ。魔導師ではないが戦闘能力で言えば生身で陸戦AA-くらいはあるだろうな。うちのフォワードのひよっこどもでは、四人でかかってもまず相手にならんだろう猛者だ」
「そ、それは、なんというか……」
恭也に続けたシグナムの言葉に、思わずと言ったようにグリフィスが固まった。しかしこれは冗談や誇張ではなくまぎれもない事実であるという事を、シャーリーはフェイトから聞いてよくよく知っている。
「あいつは機械の扱いが致命的に下手でな、だからシャーリーがああして達者に端末やらを操っているのを見ると少々めまいがする」
「そろそろ慣れて頂けると……」
「頑張ってみよう」
苦笑のシャーリーに、恭也はやはり大真面目な顔で言った。
「……ね、案外お茶目な人でしょ」
改めて資料の準備をしながら、シャーリーは隣のアルトとルキノに小声で話しかける。
「う、うん、びっくりした」
「なんか、結構フランクっていうか……」
「そうそう、だから二人とも、固くならないで話しかけてみるといいと思うよ」
特にお調子者のアルトが慣れれば、他の隊員もおそらく後に続くだろう。そうなればいいと思う。
シャーリーも隊長陣と同様、恭也がこの六課で気楽に過ごせる事を願っているのだ。
「で、ではご説明させて頂きます!」
「ああ、頼む」
(一番固くなってるのはグリフィスくんかなあ……)
同性であることだし、どうにか慣れてほしいなと思うばかりである。
「みんな、ウォーミングアップ終わったね。それじゃあちょっと整列!」
「「「「はいっ!」」」」
教導官であるなのはの言葉に、ティアナ達フォワードメンバー四人はすぐさま従った。森林訓練場内の開けた空間、彼女の前に揃って並ぶ。
「うん。それでね、今日はちょっと特別メニューにしたいと思います」
「と、特別メニューですか……」
「あんだスバル、嫌そうだな?」
「い、いえ!」
特別メニューという恐ろしげな言葉に呻いたスバルへ、ヴィータの三白眼が飛ぶ。相変わらず苛烈な教官だ。うかつな事を言わなくてよかったとティアナは内心息を吐く。
「特別メニューですから、いつものように私やヴィータ教官が教えるというわけではありません。はい、そろそろ予想は着いたかな?」
笑顔のなのはの言葉通り、ティアナの脳にはもしかしたらこれかもしれないという考えがちらついている。
「……その、まさか、ええと、…………特導官がいらっしゃる、とか?」
「正解!」
問うてみると、可愛らしい笑みでそんな答えが返ってきてしまい、崩れ落ちるのをなんとか堪えた。
嘘だろう。
「ほら、もうあそこに」
なのはが指を指す先、こちらへと続く道の向こうに人影が二つ見える。目を凝らしてみるとそれは、世にもお似合いな金髪の美女と黒髪の美男。
ライトニング分隊隊長のフェイトと、六課戦技顧問・高町恭也特導官だ。
「今日は高町特導官に、直接みんなの実力をみてもらいます。一人ずつ模擬戦ね」
一瞬で視界がぐらりと揺れる。貧血で倒れるかと思った。
告げられたまさかのメニューを脳が理解して、顔に血の気は残っていない。
「う、うわあ……も、模擬戦だって! とくぶ……特導官と模擬戦だって! ティ、ティア、どうしよう……!」
「ど…………どうしようもこうしようも、ないわよ。……やるならやるしかないわ」
精々、ティアナはそう言い切る。
なにをわめこうが、結局自分たちに拒否権など無い。ペーペーの陸士の身で次元世界の英雄と直接やり合うなんて本当に意味がわからないが、とにかく決まっていることらしいので仕方ない。
「恭也さんと、模擬戦……!」
「がんばらなきゃ……!」
エリオとキャロのちびっ子二人組みはしっかり覚悟を決めたらしい。本当に大したものだと思う。
そして、やがてフェイトを伴ってその人がやってきた。
(ほ、本物だ……)
朝礼のときももちろん見たが、あの時よりもはるかに距離が近い。まさに目の前である。
鋭い目つきのよく映える端正な顔つき、神秘的な黒の髪と瞳、すらりとスタイルのいい体つきは引き締まって洗練されているのがよくわかる。
立ち姿に、付け入れそうな隙は微塵もない。
ティアナの眼前に今、次元世界の英雄、四連勲章の高町恭也がいた。特別教導官の黒地に青ラインの制服が、吹いた風に少し揺れている。
その眼がこちらを射抜いた気がして、心臓がどきりと跳ねた。
(……色気の塊って、誇張じゃなかったのね)
説明は出来ないが、とにかくすごい。
これが上官でなかったら、今が訓練中でなかったら。
あの瞳に馬鹿みたいに惹きこまれていただろうというのが、ティアナの素直な気持ちだった。思わず生唾を飲みこみかける。
(い、色気づいてる場合じゃないわ! しっかり挨拶しないと!)
フォワードメンバー全員、背筋を伸ばして敬礼で迎える。
「待たせてすまない」
(うう……朝礼のときも思ったけど声が甘い!)
至近距離では喰らわないように注意しようと心に決めた。これで女に対して無防備だというのだから、それはヴィータも顔を覆おうというものだ。
あらゆる意味で危なすぎる。
「本日付で機動六課に戦技顧問として配属になった高町恭也だ、よろしく頼む」
「「「「よろしくお願い致します!」」」」
揃って返すと、恭也はその端正な顔をなのはへ向けた。
「……局員というのは皆、しっかりしているんだな。こんなにびしっと挨拶をして」
「特導官、特導官ももう局員五年目なんですからいい加減に慣れてください」
「ううん、そのキャリアのほとんどを隊に所属せず過ごしてきたからなあ」
なんだかずいぶんとフランクな口調で、特導官はなのはに言う。
「お前に畏まった口調で特導官と呼ばれるのも死ぬほど違和感がある。いつもどおり気軽に兄上でいいんだぞ」
「兄上なんて呼んだこと私の人生で一度もないよ! っあ、うう……しまった乗せられた……調子が狂う……」
悔しそうな顔でなのはが呻いた。あの無敵のエースオブエースが、である。
新鮮どころではない光景だった。
「特導官、フォワードメンバーが置いてけぼりなので、そのへんで」
「ああ、そうだったな。すまん」
苦笑のフェイトに促され、改めてと言った風に恭也がこちらを向いた。
「顔と名前は一致させてきたつもりだが、一応、自己紹介を頼めるか?」
「「「「は、はい!」」」」
揃って返事、順番は考える必要はないだろう。普通に並び順だ。
「フロントフォワード、スバル・ナカジマ二等陸士であります!」
「……なるほど」
「……え、ええと、特導官?」
びしっと挨拶をしたスバルを、しかしなぜか恭也はじいっと見つめていて。
「なるほどなあ……」
「特導官、特導官、違うんです。……おにいちゃん、違うの」
「違うんです、本当に違うんです、恭也さん」
「いやいや、お前らこれは……」
そう言って恭也は呆れたような表情でなのは、フェイトの方を一旦振り返り、またスバルへ視線を向ける。
そして、スバルの肩にぽんと手を置いて言った。
「巻島館長はお元気か、晶」
「……ど、どなたでしょうか?」
あっけにとられたような表情を見る限りスバルの頭上にも、そしてティアナの頭上にもハテナマークが盛大に踊る。
「おにいちゃん違うんだって! 私も改めて見たときは驚いたけど!」
「恭也さん! 本当に別人なんです! どうみても晶さんなんですけど!」
「いやいや、いやいやいや……お前らな、美由リーもそうだがなんなんだ、六課には高町家枠があるのか?」
「偶然なんだよ! はやてちゃんを含めて偶然!」
「あと恭也さん! 美由希さんとシャーリーが混ざってます!」
わちゃわちゃと盛り上がる上官陣の様子に、ティアナはスバルと顔を見合わせる。お互い、どうやらまったく状況を把握していない。
「エリオ、これなんの話かわかる?」
「ええと、恭也さんとなのはさんのご家族にスバルさんとすごく似た方がいらっしゃるらしくて、たぶんその事かと……」
「ああ、そういう……」
隣のエリオに聞いてみると、苦笑しながらの答えが返ってきた。
「晶さんっていう方でフェイトさんとも仲がいいみたいで、写真を見せてもらったことがあるんですけど、確かに言われてみればスバルさんにそっくりだった気が」
「ええ、ちょっと気になる……」
当のスバルが当惑した顔でそう言った。まあ、それはそうだろう。
「なのは、お前がかーさんとお前の一人二役をやれば六課で擬似高町家が完成してしまうんだぞ」
「た、たしかに……ってもう! おにいちゃん、話が進まないから!」
「わかったわかった。すまなかったなナカジマ二等陸士」
「……い、いえ!」
表情を改めた恭也に恐らく一瞬見惚れた後、スバルは返事をした。
「君の頑丈さはヴィータ副隊長からよく聞いている。フロントが維持する戦線は、戦いにおいては生命線と等しい。励んでくれ」
「はい!」
スバルの返事に頷いて、恭也は今度はティアナの方を向いた。
(う、……いやいやちゃんと挨拶!)
馬鹿になりそうになる頭に喝を入れ、ティアナは背筋を伸ばした。
「センターガード、ティアナ・ランスター二等陸士であります!」
「ランスター二等陸士、君は確か射撃手だったな」
「はい、前の部隊でもシューターを担当しておりました」
「そうか……なにか適当なものはないだろうかな、…………ああ、これでいいか」
ごそごそと懐を探って、やがて恭也は何かしらのコインを一枚出した。
「よく見ていろ」
「は、はい……っ!?」
(……は、はあ!? 魔法使ってないのよね!?)
右左、右左。右左右左右左右左右左右左右左右左。
恭也の手から手へと超高速でコインが往復している。受け止める手の位置や角度はその都度違って、およそ常人に出来る手さばきではない。
魔力反応はみじんもない。ということは、驚異的なことにこれは生身の芸当だ。
「め、目が回るー……!」
「だ、駄目です、もうなにがなんだか……」
スバルとキャロが早々にリタイア、ふらふらとしている。
「……っと」
ピタ、と。乱舞していた手が止まった。右手も左手も握りしめられている。
「コインはどっちだ? ランスター二等陸士」
「え、ええと……」
目に焼き付けた光景を手繰っていく。エリオは見えたろうかと隣を伺うと、彼は小声で「最後で見失った……」と悔しそうにこぼしていた。
(……シューターは眼が命。よし、……ここは自分を信じましょう)
結局、自分の中の結論は妙なものだったが、そう見えたのだから仕方がない。ティアナは正直に口を開いた。
「……右手です、フェイトさんの」
驚いたような顔で他のフォワードメンバー三人がこちらを見てくるが、とにかくティアナには最後、恭也の後ろへと控えるフェイトの方へ冗談みたいに滑らかに飛んで、その手に収まった銀色の塊が見えたような気がしたのだ。
「……正解だ、引っ掛からなかったな」
恭也は少し、いたずらに笑って言った。その後ろでフェイトが彼女らしい優しげな微笑みを浮かべながら右手を開く。
その中には確かに、件のコインが輝いていた。
恭也はどっちだとは聞いたが、"自分の手の"どっちだとは明言しなかった。なかなか意地悪な引っ掛けではある。
「今の、昔漫画で読んだ事が……あ、その後おにいちゃんに頼んだんだっけ」
「そうだ。お前がこれをやってと俺と美由希にねだってきたんだ。昔から漫画を読んでは技をねだる無茶ぶりな妹だった」
「う、ご、ごめんなさい……だって大体やってくれるからついつい……龍巻閃とかすごかった」
「あれは結構有用な技だな」
フェイトが兄妹の会話に苦笑しながら「恭也さん、飛天御剣流の技、大体出来ますもんね」とティアナたちにはよくわからない事を言った。
「話が逸れたな。いい眼をしている、ランスター二等陸士。君がフォワードリーダーだったな?」
「は、はい。一応はそのような……」
「そうか、なら安心だ」
安心、とは一体どういう意味なんだろう。把握しきれていないティアナの肩をぽんと叩いて、恭也は隣のエリオへと視線を向けた。
それを受けて、精一杯だろう背筋を伸ばしてエリオは名乗る。
「ガードウィング、エリオ・モンディアル三等陸士であります!」
「ああ、……久しぶりだな、エリオ」
「はっ、はい!」
恭也は片膝を折ってエリオと目線を合わせた。
「すまなかったな、あまり会いに行けないで。……忙しかった、というのは言い訳としては最低だ」
「いえっ、そんな! 本当にお忙しかったんだってフェイトさんからもお聞きしましたし、勲章の時に公開された戦歴とかを見ると……あの……」
エリオは表情を曇らせて言う。
「恭也さん、お身体は……」
「大丈夫だ、前にくれた通信越しにも言ったろう。俺は結構頑丈なんだ」
恭也はそう返し、エリオの頭を少し乱暴に撫でる。それはまるで、本当の父親のような仕草に見えた。
「ところで、エリオのバリアジャケット姿を見るのはこれが初めてだな。なかなか似合っているじゃないか」
「あ、ありがとうございます! フェイトさんと少し、お揃いなんです!」
「そのようだな。うん、様になっている」
「本当ですか!」
「ああ」
頷いた恭也に、エリオは彼には珍しい子供らしい笑みを見せた。心から慕っているのだろうことがわかる、自然な表情だった。
「エリオの適性やら戦闘スタイルは、フェイトやなのはに聞いてはいるがやはり実際に見てみないとな」
「……全力を尽くします!」
「ああ、期待している……さて、こっちも久しぶりだ」
恭也は膝を折ったまま少し身体の向きを変え、視線を隣に移した。
「エリオと同じになるが、ちゃんと会いに行けなくて悪かったな。すまん、キャロ」
「いえ! お忙しいのわかっていましたし、大丈夫です! ……それに、その」
「うん、なんだ?」
「今日からは、た、……たくさん、会えるんですよね?」
「ああ」
キャロの淡い色合いの髪を、恭也の大きな手が撫でる。傷痕も多く硬そうなそれは、しかしキャロの表情を見る限り優しいらしい。
「あ、あ、すみません、フルバック! キャロ・ル・ルシエ三等陸士であります! こっちはフリードリヒです!」
今更というようにキャロがそんな名乗りを上げる。傍に控えていた白竜のフリードも小さく嘶いた。
「ああ。サポートが専門のようだが、キャロとも今日はやってみようと思う、いいな?」
「はい!」
「フリードも、よろしく頼む」
今は小さい姿なのでどこかコミカルに、フリードが頭を振って恭也の言葉に応えた。
「……あ、そ、そうでした! あの、恭也さん!」
「どうした?」
立ち上がりかけた恭也が、キャロの言葉で動きを止めた。キャロは申し訳なさそうにそのまゆをハの字にして、彼を見つめている。
「あ、あの……私、恭也さんに謝らなければならないことがありまして!」
「俺に、キャロが? 心当たりがないんだが……なんだ?」
「えと、恭也さんにだけじゃなくて、フェイトさんにもなんですけど、その、わ、私……」
なんだなんだ、何を言うつもりなんだとなんとなく注目してしまって。
そして、その言葉は飛び出た。
「私! 恭也さんとフェイトさんはてっきりお付き合いをされているんだと勘違いしてました!」
「キャ、キャロ!?」
悲鳴にも近い叫びを上げたのは、もちろんフェイトだった。
「ご、ごめんなさい。本当に私、勘違いしていて……。それがどうも、そういうわけではないらしいという事をお聞きしまして……」
「あ、あの! キャロだけじゃなくて! その、僕も同じ勘違いをしてました! すみません!」
「それはまた随分な思い違いだ……」
恐縮しきりといった様子のキャロとエリオに、恭也は困ったような表情だった。
「エ、エリオ、キャロ、あ、あの、あの……」
狼狽しきりのフェイトは、手をわたわたと意味もなく宙で踊らせている。
「俺からすれば謝ってもらう事でもなんでもないんだが、エリオ、キャロ、それが誤解だと今はわかっているんだよな?」
「「は、はい!」」
「ならいいんだ。それはちょっと、フェイトがあまりに哀れに過ぎる」
「そんなことないです!!」
朱の差した顔でフェイトが叫んだ。それなりに混乱していそうだが、それでもそれは凄まじくはっきりとした言葉だった。
「そんな事、哀れだなんてそんな事絶対ないです! 私はっ、そんなっ……その……ええと……その……」
しかし彼女はそこから言い淀んでしまって、そんな様子に恭也は苦笑する。
それを見て、ティアナにはピンと来てしまった。
(……フェイトさんが言い淀んだ理由、勘違いしてるわよね、これ)
どう見ても恥ずかしくて言葉に詰まった様子だが、恭也は浮かべているその表情を見る限りそういう風にはおそらく、取っていないだろう。
「……ま、このように心優しい弟子なんだがな。それはエリオもキャロも知っているだろうが」
言いながら、彼は立ち上がった。
「もし他に同じような勘違いをしている人がいたら説明してやってくれ。俺たちはそれなりに古くからの友人で、師弟だ。これ以上なく大切に想ってはいるが、男女の仲では決してない」
「……―――っ」
(うわあ……)
フェイトの表情に、ティアナは思わず胸中で呻いてしまう。声なき悲鳴とは、きっとああいうものを言うのだろう。彼女の顔はあまりに悲痛に染まっていた。
「でも、フェイトさん素敵です! それでも駄目なんですか……?」
「キャロ、さっきも言った通り、知っているとは思うが俺はフェイトとはそれなりに古い仲だ。彼女がどれくらい素敵な女性かなんてよくよくわかっている。……俺が今こうして生きているのは彼女の優しさのおかげと言ったって、それは何も間違いじゃない」
ひどく真摯な語り口、その言葉はきっと彼の偽らざる本音なのだろう。
「キャロ、フェイトが駄目なんじゃないんだ。俺が駄目なんだよ。俺じゃ駄目なんだ。フェイトの相手が、俺で良いわけはないんだよ」
「お似合いだと思います、お二人はすごく! 恭也さんすごく格好良くてっ、フェイトさんすごく綺麗でっ、お二人ともすごくすごく優しくて!」
エリオの言葉に、やはり恭也の笑みは苦い。
「……最近は、広い世の中には一人くらい、俺でいいと言ってくれる奇特な女性がもしかしたらいるんじゃないかと思ったりもするんだがな、それでもそれがフェイトだと思うほどに俺は脳天気な夢想家じゃないぞ」
そう言いながら、恭也は改めて立ち上がった。
その後ろ、フェイトの顔は青くなったり赤くなったり非常に忙しい。
(ど、……どうなのかしら、これ)
フェイトの気持ちは、正直もうはっきり察せる。これで察せないというのは常軌を逸した鈍感人間だけだろう。
しかし、ここでフェイトが恭也にそんな事はないと、私は貴方が好きなんですと、面と向かって言えばいいのかというと、それはひどく微妙な話に思える。
脈が全然なさそうで、これ以上なくありそうというか。これ以上なくありそうで、しかし全然なさそうというか。
本当に俺でいいんだな? といった風に受け入れられる可能性は大いにあろうが同時に、君にはもっとふさわしい人がいるとあっさり首を横に振られる光景も自然に思い浮かべる事が出来てしまう。
微妙だ、ひどくこれは微妙だ。
「あのね、エリオ、キャロ」
と、そこへ口を挟んだのは今まで黙って状況を見ていたなのはだった。
「おにいちゃんとフェイトちゃんはね、私から見てもすごく相性がいいよ。仲が良くて、お互いを気遣い合ってて、息はぴったり」
(お……? ……これは)
部屋割りの事で何やらえげつない空気で丁々発止のやりとりをしていた事が記憶に新しいが、しかしやはりそれでも幼馴染み、親友同士なのか、なのはは笑顔で続ける。
「二人がお似合いだって思うの、私にもすっごくわかるよ」
彼女の言葉は、紛れもないフェイトへの後押しに聞こえた。
なんだかんだ、結局は二人の仲を応援しているのかもしれない。
"だからいつか、二人がくっつけばいいなあって私も思ってるんだ"なんて、そんな言葉が続けばフォローとしてはなかなかに完璧だろう。
『なのはさん、やっぱり優しいね……』
『そうね……』
美しい友情だ。スバルとそんな念話を交わし、なんとなく笑顔になりながら恭也たちを眺め。
「だけどそれで、だけどそれなのに、今の今まで何にもなくてそういう関係にこれがピクリともなってないっていうのは、逆に言えば二人がそういう仲になるのはもう絶対ありえないっていうことの何よりの証明なんだよ」
(えええええええええええええええええええええええええええええええええ!?)
あまりの事態にティアナの口はあんぐりと顎も外れんばかりに開いた。
得意の砲撃のような重さと威力を有した彼女の言葉は、援護射撃なんてものでは決してない。
後ろから、容赦なく撃っただけだった。
「あ、あ……」
隣を見れば、呻くスバルも見事にこちらと同じ表情。
だってそうだろう、まさかそうくるなんて思ってもみなかった。
そして、なにより。
「こんなに相性の良い二人が、それなのに何にもないんだよ? てことはそれってやっぱり、どうしてもそういう二人じゃないって事なんだなあって思わない?」
穏やかな口調とはあまりに裏腹、こんなに容赦のないむご過ぎるフラグの叩き潰し方が人間に許されて、果たしていいのか。
「な、なるほど……」
「そう、ですね……」
「ね、男女の仲っていうのはやっぱりちょっと難しいよね」
項垂れる二人に、頷くなのは。
彼女のやり口は、静かで穏やかで自然に見えて、その実あまりに辛辣で、ひどく激甚だ。
表面の声音も言葉も柔らかだからこそ、その本気が伝わってくる。
「そういうことだよね、おにいちゃん」
「ううん、まあ、そういう事だろうかな」
恭也にもしっかり言葉にさせるその血も涙もない徹底ぶりにだろう、小さくスバルの口から「ひぇ……」と悲鳴が漏れた。
芽生えそうな関係性を根本からむしり取るどころか、土壌ごと焦土に変えんと言わんばかりの戦法にティアナも心の震えが止まらない。
(ブ、ブラコンなんだ……いや、ブラコンっていう範疇にはもうこれ……)
心胆寒からしめるほどの激切さに、ブラコンという言葉はその語感があまりに軽いような気もする。
『ティ、ティア……フェ、フェイトさんが、フェイトさんが……!』
『え? うひぃっ!』
いつの間にか伏せていた顔をゆっくりと上げるフェイト・T・ハラオウンの瞳は、鮮烈に紅い色彩ながら致命的に闇の色をしていた。
まるで、どす黒い怒りに満ちた血で染め上げられているかのよう。
「……あははっ」
まさに笑面夜叉、彼女は表面上は明るく笑う。
怖い。
本能がこの場から逃げろと言っているが、身体は言うことを聞かなかった。
「なんかやっぱりなのははすごく、恭也さんの事をわかってる感じだよね。うん、恭也さんの周りにいる人のなかでは、当たり前みたいになのはが一番なのかなあ」
星のない夜を塗りこめたような瞳を笑みに隠して、彼女は歌うように言葉を紡ぐ。
「さすがは『妹』だよね。うん、すごいなあ『妹』って。血の繋がりってやっぱり強いんだね、うんうん、『妹』はすごいよ。私も義妹で義兄がいるけどそこまでの域には達せていないなあ。実の兄妹はすごいねえ、『妹』さんは特別だ、『妹』ってすごい!」
(き、切り替えた……切り替えて、切り返した……!)
言葉の裏にある想いはあまりに明白。
"妹なんて論外の存在が、賢しらに口を出すな"
彼女は、そう言っているのだ。
「なんかたまに思うんだけどさ、もしなのはが恭也さんのお嫁さんにでもなったらそれこそぴったりだよね…………あっ、ごめん! 変なこと言っちゃったねっ!」
浮かべられた本当に美しいその笑みは、しかしあまりに危険な色をしている。
「なのはが恭也さんのお嫁さんなんて、そんな事、絶対にありえないのにね!」
壮麗だからこその劇毒を内に秘める、それは金色に彩られた美麗で刺だらけの花だ。
「いやあごめんごめん、本当に変な事を言っちゃった。妹がお嫁さんとか、そんなの絶対なにがあってもありえないですよね、恭也さん」
「それはさすがにな。当然だ、ありえん。……まあ、なんだ、よくよく出来た妹だからボンクラな兄貴としては助かるんだが、こいつもそのうち嫁に行く」
「…………―――」
静かに。
怯えも揺れもせず、フェイトに視線を向けるなのはの姿は煌々と煮立つマグマを連想させた。
二大怪獣大激突inミッドチルダ中央区である。
頼むからもっと人里離れた場所でやって欲しかった。
『な、だから言ったろ、うかつにキョーヤに手を出すなって』
『ヴィ、ヴィータ副隊長……! ご、ご忠告ありがとうございました!』
『本当にッ、本当にありがとうございましたッ!』
達観したような顔で念話を飛ばしてきたヴィータへ、スバルに続けてティアナは深い感謝を返した。
なんて優しい人なんだろうか、苛烈だなんて思っていたのが恥ずかしい。この人は本当に自分たちの身を案じてくれていたのだ。
これからは六課に舞い降りた小さな大天使とお呼びしたい。
「特導官、なのは隊長、フェイト隊長、そろそろ訓練を始めた方がよろしいかと」
赤髪の天使がそう言うと、なのはとフェイトは恭也の後ろでぶつけあっていた視線をお互いに外す。
すぱっと戦いを鎮めた、さすがは天の御遣いである。卑賤な人の身には成し得ない事をいとも簡単に。
思わず膝を突いて崇めそうになった。
「おっと、そうだな」
おそらくそんなこんなにまったく気付いていないらしい恭也は、ヴィータに頷く。
「うん、それでは始めるとするか」
「「「「はい!」」」」
その問いにフォワードメンバー全員、揃って返す。
色々あったが何にせ、これからが今日の訓練本番である。精神的には既に大分摩耗してしまった感もあるが、気を引き締めなければならない。
なにせ、特導官と一対一の模擬戦だ。
あの、"高町恭也"と一対一である。
(……やってやるわよ)
よし、よし、よしやるぞと。思い出した緊張で竦みそうになる心を叱咤する。
怯えている暇なんてない、自分は、証明するのだ。
兄の遺した、ランスターの弾丸の価値を。
「皆、準備はいいか?」
その問いにティアナ達四人が頷くと、それから恭也はなんとも不可思議な事を言った。
「そうか、俺もオーケーだ」
それは、本当に不思議で。
思わず呆気にとられてしまって。
「え、あの、特導官?」
言葉が、口をつく。しまったと思うものの、途中で止めるのも気持ちが悪く、ついつい続けてしまう。
「……その、特導官はデバイスもバリアジャケットもないように見受けられるんですが」
デバイスはなくとも魔法は発動できるとはいえ、バリアジャケットもないというのは少々どころではなく問題ではないだろうか。
バリアジャケットなしの生身の身体というのは魔導師と相対したとき、あまりに脆弱だ。魔導師側にある程度以上の実力があれば基本的に、両者の間には戦闘と呼べる対等なものは発生し得ない。一方的な作業に終わってしまう。
一応、ひよっこの自分たちだってそのある程度以上の実力くらいは兼ね備えているという自負はあって。
「それに、武器もないようで……素手の生身というのは、その……」
「ん、ああ」
だから、"悪い、そうだったな"と、そんな言葉が返ってくるものとティアナは当たり前に信じていて。
「これでいいかと思うんだが。デバイスもまあ、魔法は使わんからな」
それはあまりに。
あまりにその彼の口調が自然だったからか。
「……っ」
そして、自分がやっぱりあまりに馬鹿みたいに子どもだからか。
「ティ、ティア?」
「……失礼ながら」
ついさっきまでなのはやフェイトの雰囲気に怯えていたくせに、ティアナの頭はもう煮立っていた。スバルの声を振りきって言う。
「失礼ながら、……特導官からしてみれば自分たちなど問題にもならない戦力かもしれませんが…………虫けらのような存在かもしれませんが」
コンプレックスで卑屈になっている自覚はある。あるけれど、なかなかこれが、止められるものでもなく。
「さすがに、得物もバリアジャケットも、あまつさえ魔法もなしに相手をされるほど問題外ではないつもりです! 虫けらにだって、それくらいの力はあります! お強い特導官には私たちみたいな人間のことなんておわかりにならないかもしれないですがっ」
そこまで言って、ようやくティアナはその人の表情に気がついた。
「…………そうだな」
「ぁ、……その」
一見、なんでもなさそうなその顔の中、瞳がたしかに揺れている。驚くほどに、はっきりと。
「すまなかった」
清廉な口調の、それは謝罪。彼はそれから、小さく深呼吸をしたように見えた。まるで、乱れた息を整えるように。
いや、それはもしかすると、"まるで"ではなくて。
こんな自分なんかの言葉で彼みたいな人物が揺れるだなんて、ありえないはずなのに。
「すまん、……そうだな、君たちからすれば侮辱に感じるだろう。悪かった。俺が悪いな、すまん」
「あ、や、その……」
「……我が儘なんだ、ただの」
自嘲の色で染まった顔で、彼は言う。
「デバイスは今、修復中でな。彼女以外を振るうつもりはないし、そもそも彼女がいないときに魔法を使うというのはどうもしっくりこなくてな、使えないわけではもちろんないんだが、それでも……いや、我が儘だな」
浮かべた表情は笑みというべきものなのだろうが、格別に苦い。声もまた、暗く低く。
どうしよう。
そんな想いがティアナの頭をめぐる。
こんな顔をさせるつもりでも、こんな言葉をこんな声で言わせるつもりでもなかったのだ。
だったらどんなつもりだったのかと聞かれて、胸を張って口に出せる答えがあるわけではないのが始末に負えない。
ただ、思わずカッとなって、それで噛み付いてしまっただけで。
「魔法は必要と判断すればきちんと使おう。あとは……少なくとも、バリアジャケットは着ていないと君たちが思い切り攻撃も出来ないか。……すまない、少し待っていてくれ、構築するから。……これも魅月がいないとどうにもな、遅いんだ」
「あ、あの、特導官、その……」
「恭也さん、そのまま動かないでください」
ティアナの言葉を遮り、そう言って恭也の傍に寄ったのはフェイトだった。言葉通り動きを止めた恭也に触れて、彼女は足元に陣を展開する。
「―――set up」
四角いミッド式の魔法陣が一際強く輝いて、恭也の身を金色の輝きが覆う。
「む、……おお」
一瞬後にそれが消え去った時には、恭也が着込んでいたのは特導官制服ではなく、ティアナも映像で見たことのある漆黒に染まった彼のバリアジャケットだった。
少なくとも、外見はまったく同じに見える。
「なっ、え!? た、他人のバリアジャケットを、展開って……」
スバルが驚愕の声を上げている。ティアナも声には出していないが同じような心境だ。
なんだ、今のは。
「もちろん私の魔力を使って私が作ったものだから、干渉とかの兼ね合いで元のものとは比べ物にならないくらい劣化した性能ではあるよ? さすがに、完璧に同じものは作れない」
「それでもフェイトさん、やっぱりすごいです……!」
「そんな事も出来るんですね……!」
スバルに説明を返したフェイトにエリオとキャロは関心しきりだが、ことは明らかにそんな単純なものではない。
他人にバリアジャケットを展開するという事自体は、原理的には不可能ではない。人を覆ってバリアやシールド、フィールドを張ることと、特に何か違いがあるわけではないからだ。
しかし実際やろうとすると、これはひどく難しい。
なにせバリアジャケットは身に纏え、そのままスムーズに動けるものでなければならない。覆う人間の体格、骨格、身体の可動域、肉の付き方諸々をかなり精度で把握していないといけないという事になる。
これが自分のものであるならほとんどの部分を無意識に頼ることができるし、なんなら少し違和感があったらその都度それに従って修正することが出来る。ゆえに、そう大変ではない。
が、これが他人となれば話は全く別だ。無意識なんて頼れないし、自分で違和感を覚る事も出来ないから修正も難しい。
それなのに。
「いかがですか、何か気になるところは?」
「いや、なにもない。うん、いい着心地だ。ありがとう、助かった」
恭也の言葉が完全に本音かどうかはわからないが、それでも身体を動かすその姿に違和感は覚えている様子はまるでない。
そんな、馬鹿な。そんなの、完全に異常だ。
自分以外の人間の肉体を文字通り、頭のてっぺんからつまさきまで把握し切っていないといけないわけであり、それはどう考えても普通ではない。
「悪いなフェイト、面倒をかけて」
「いえいえ、私としてはむしろありがとうございますと言いますか……」
恭也の礼に、フェイトはそんな事を言った。傍から見ているティアナ同様後半の意味がわからなかったようで、恭也はやや首を捻る。
「なぜ君の方が礼を……」
「い、いえ、なんでもないんです!」
「そうか? しかしエリオやキャロじゃないが、フェイトはこんな事も出来るんだな。人のバリアジャケットを展開なんて……わりと一般的な技術なのか? 得意魔法以外の事はよく知らなくて恥ずかしいんだが」
「ええと…………ちょっと他の人はあまりやろうとしないかもしれません。私も、その……恭也さん以外には出来ないです」
フェイトははにかんでそう返す。可愛らしいと言うべき姿なんだろうが、正直に言って少し怖い。
「そうなのか? 相性でもあるのか?」
「……そのようなものです」
「そうか。まあなんにせ、とにかく助かった。ありがたく使わせてもらうよ」
「はいっ…………ところで」
恭也へ笑顔を見せていたフェイトが、身体ごとティアナの方を向いた。
その表情は、一見笑顔のままのようであり。
「ねえティアナ、なんだか元気のいいことを言ってたね」
「え、あ……」
しかし明らかに、眼だけは笑っていない。
「あ、え、えと、あ、あの……し、失礼しました!」
立場的に雲の上、将官相当の上官に対して、先ほどのティアナの言動はまさか許されるものではない。
「うん、そうだよね、ちょっと失礼だったよね」
だから、この叱責は受けてももちろん当然なのだ。背筋を伸ばす。
「フェイト、いいんだ。あれは俺が」
「いえ、ほんのちょっとですから」
恭也の言葉を笑顔で制して、フェイトはまたティアナを見る。
「恭也さんはこんな方だし、なにも畏まって話せなんて言わないよ。むしろ、恭也さんも気楽に話してくれると喜ぶとは思うの。勝手だけど私も、そうしていって欲しいと願ってる。でもね、それでも守らなきゃいけない部分、言うべきじゃない言葉っていうのはあるよね?」
「は、はい……!」
「うん、気をつけてね―――」
『次はないよ』
「……っ!」
最後のその一言だけは、個人間の念話で飛んできた。
暗い湖の底の底から這い出たように冷たくて、丹念に磨き上げられ鈍い輝きを月夜に誇る刃のように鋭い。
そんな、声音だった。
『……は、い!』
なんとか返しながら、ティアナの右手は思わず自分の左胸に伸びていた。手を当てて、奥の鼓動を確認する。
バクバクと、普段よりも強くそれは感じられて。
次いで、身体を見回す。どこにも異常はない。
胸の上に当てていた手を動かして、首周りをなぞる。大丈夫、繋がってる。
斬り落とされては、いない。
ああ、……生きている。その事実に力が抜けそうになる。
だって、馬鹿みたいな心配だなんてわかっているけれど、死んだんじゃないかと思ったのだ。
血が凍るとは、きっとああいう事を言うのだろう。
「ランスター二等陸士、顔色が……」
「い、いえ、大丈夫です!」
「……すまんな。模擬戦は平気そうか?」
「はい、問題ありません!」
ティアナがそう返すと恭也は「……そうか」と頷き、森林の中に拓かれたそれなりに広い空間の、その中心に歩いて行った。
「それでは始めよう、誰からでもいいぞ」
彼のその言葉に、ティアナたちフォワードメンバーは顔を見合わせる。
さあ、誰から行くか。
「……さっきのティアじゃないけどさ、魔法はまず絶対使わせたいよね。だってそこからがようやくスタートでしょ!」
スバルが闘志を篭めた瞳でそう意気込む。
「そう、ですね!」
「そこからですよね!」
エリオとキャロも大きく頷いて、ティアナもそれに乗ろうと口を開き。
「お前ら、一つだけ教えといてやる」
そのタイミングで声を発したのはヴィータだった。
「お前らがあいつに魔法を使わせるっつーのをクリア大前提の小目標に据えてるみてえだからよ、参考までにその難易度を言っとくぞ」
「あ、は、はい」
代表のように返したティアナの瞳を見ながら、ヴィータはさらりと言った。
「アタシは昔、魔法を知らなかったあいつと戦って、見事にボコボコにされてる」
「「「「……は?」」」」
四人揃ってのその声に、ヴィータは構わず続ける。
「魔法を知らなかった、っつーのはこの場合、二つの意味合いがある。一つは、当然ながらあいつ自身が一切魔法を使わなかったという事。もう一つは、アタシの使う魔法についての知識が、対するあいつにはまるでなかったという事。バリアジャケット、アタシのだから騎士甲冑だが、その存在すらあいつは知らなかった」
ヴィータが言っている意味が、ティアナにはわからなかった。
多分、それはスバルもエリオもキャロも、つまりフォワードメンバー全員同じだろうと思う。
「そんな条件下でありながら、アタシは負けた。無様に意識を刈り取られた。……後から本人に聞いたところじゃあ、ぎりぎり綱渡りの勝負で圧勝だという意識は全くないとか言ってたが、アタシの側からしてみれば惨敗以外の何物でもねえ。ちなみに当時、魔導師ランクなんて測ってなかったからはっきりとは言えねえが、まああの時のアタシと今のアタシに大して実力差はねえだろうよ」
「そ、……れは、つまり、生身で、ヴィータ副隊長とまともにやりあって、だから、AAA+相当を、撃破したってことですか?」
「そうだ」
ティアナのつっかえつっかえの確認に、ヴィータは軽く頷く。
「さらに言っとくぞ、その後に今度はシグナムがあいつとやった。アタシとの連戦だな、どうなったと思う?」
「……うそ、ですよね? まさか」
上ずった声でのスバルの問いに、ヴィータはいたって平然とした顔で答える。
「キョーヤ曰く、決着はつかなかった。シグナム曰く、あれが敗北以外の何だと言う、だとよ。アタシは気絶してたから直接は見てねえがな」
「いやいや、え、いや、それは、近接戦、ですよね、つまり」
「そうだよ。キョーヤの領域でもあるが同時に、アタシらベルカ騎士の棲み家でもある近接での戦いだ」
問うたティアナに返したヴィータは、さらに続ける。
「あとな、魔法ありなら当然だが、同じ魔法なしで比べてもそのときのあいつよりも今のあいつは多分、何段か強くなってるはずだぞ。抱えてた身体の故障が直って、んで特武官としてアホみたいに実戦経験稼いだからな」
なんというべき、なんだろうか。
本当なのだとしたらそれは、どう聞いても絶望的な情報だった。
(ていうか、じゃあさっき私が切った啖呵って馬鹿丸出しじゃない……)
言い訳をさせてもらえば、だって普通思わないだろう、生身でそんなに強いだなんて。
本当に意味がわからない、なんなんだ、高町恭也って。ティアナの頭はそんな想いで一杯だった。
「まー丸腰だから差し引きどうなるのかはわかんねえけど。さ、これを聞いた上で目標のおさらいをするしないっつーのは、お前らの勝手だ。頑張れよ」
ヴィータはここでにやりと笑って、そんな風に言った。
「……い、ちげき! 一撃! なんとか一撃入れよう!」
スバルが素早く切り替えて言った。ティアナもガクンガクンと頷く。
「そ、そうね一撃! とにかくそれを目標にしましょう!」
「一撃だけならなんとかなるかもしれませんし!」
「が、頑張りましょう!」
エリオとキャロもティアナに続いて、衝撃に揺れたままの顔で意気を上げる。
「ほほー、あたしは一撃も入れらんなかったぞ。ま、入ってたら今ここにキョーヤはいなかったかもしれんがな。しかしあれに一撃ねえ、頑張れ頑張れ」
すかさず飛んできたそんなヴィータの発言にまた萎縮しそうになるが、しかしまごまごとしていたって何にもならない。
やるならやらねばならないのだ。
「……馬鹿な啖呵を切っちゃった責任を取るわ。私から」
「ティア、私が行く」
ティアナを制して言ったのは、やはりと言うべきかスバルだった。
「一番に突っ込むのは、フロントフォワードの私の役割だよ。皆には、特にティアにはよく見てて欲しいんだ。……せめて四人で誰か一人、一発入れるために」
「……スバル、でも」
「お願い、ティア。戦うのは一人ひとりだけど、私はチーム戦のつもりだよ。だから、お願い」
彼女の言い様は、理に適っている。未知極まりない敵と戦うにおいて、先陣を切るべき者に必要なのは何よりタフネスで、それを一番持っているのが誰かと言えば、そんなことは言うまでもない。
フォワードチーム全員で、誰かが一撃入れる事を目標とする。
ならば、行くべきはスバルの言う通り、彼女だろう。
(落ち着け、……スバルが正しいわ)
優先すべきは自分の意地かチームの合理か、それくらいの判断は間違えたくなかった。
「…………わかったわ、ごめん、お願い」
「任せて!」
パシンとこちらの肩を叩くスバルの顔は既に思い切っている。こうと決めたら脇目もふらず一直線、彼女はそういう女なのだ。
「頑張ってください、スバルさん!」
「私達もちゃんと、よく見てます!」
ティアナ、エリオ、キャロに力強く笑みと頷きを残し、そしてスバルは恭也の待つ広場中央までマッハキャリバーで駆けて行く。
対『伝説の元特武官』戦、フォワード陣にとってこの上ない試練が今、始まりを告げる。
特導官のお仕事と立ち位置説明
六課の皆さんと恭也さんの交流開始
ティアナちゃん地雷を踏みかける
の三本でお送りしました。
自虐癖がまだ後遺症として残っている恭也さん。そんなことは露知らずコンプレックスで全力ダイブをかましてしまったティアナちゃんは、ある意味被害者なのかもしれない。強く生きて欲しい。
あんな風になのはとフェイト(二大怪獣)がお互いに足を引っ張り合って、はやてとリインフォースは身を引いてて……となると、さり気なくシャマルさんとかシグナムといい感じになりそうな気もするし、カリムさんが外堀を一気に埋める気もする。
そんでふらっと地球に帰って、結局レンとかとくっついたりしてね。とらハ3ではレンが一番好きだったなあ。