魔法青年リリカル恭也Joker   作:アルミ袴

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 この作品には原作設定の拡大・独自解釈も含まれます。申し訳有りませんが、原作設定の絶対的な遵守をお求めの方、ご自分の解釈を非常に大切にされている方のご要望にはお応えしかねる場合があります。該当される方はご自身の責任における判断で閲覧されるかどうかお決め下さい。よろしくお願い致します。


第29話 抜けてくる弾

「「あ、恭也さん!」」

 見事に揃ったものだなあと、ちびっこ二人の上げた声にティアナは苦笑を落とした。フォワード陣四名で並んで歩くかたまりから、小さなふたつが飛び出していく。

 隊舎入り口から出てきたその先の男性は、膝を折って視線を合わせ、彼らを迎えた。

「エリオ、キャロ。午前の訓練はもう終わりか?」

「はい! 今日はなのはさんと模擬戦をやりました!」

「やっぱり押し負けちゃいまして……なのはさん、あんなにリミッター掛けてるのに……」

「そうか。お前たち四人がうまくやれば、そろそろ突破できる頃ではあるぞ。頑張ってみるといい」

 うつむきがちに言ったキャロの頭を撫でる恭也の表情は相変わらず愛想のないものだが、手つきの優しさは遠目にもわかる。

 そんなものを見なくったって、彼が優しいことくらい、もう十分に知っているけれど。そう思う自分はどこか得意そうで、我ながら少し呆れてしまう。

「特導官は、どこかへお出かけですか?」

 エリオとキャロ、ちびっこ二人組のところへ追いついて、隣のスバルが彼にそう問う。

「ああ、少しな。外に用がある」

 答えた恭也の衣装は、制服をきっちりと着込み、徽章も付けた余所行きのものだ。

 そう言えば、聖王教会へ向かうと昨日の夜に言っていた。あそこでは高町恭也と言えば聖人扱いなので、なかなか適当な格好も出来ないのだろう。

「あ、じゃあ、お昼ご飯は……」

「すまないな、もう食べてしまった」

 言葉通りすまなそうな声音で、恭也はエリオに答える。時刻は十二時を少し過ぎている、昼を誘うには少し、遅きに失しただろう。

「そうなんですか……残念です……」

「悪いな。夜には帰れるはずだから、夕飯は一緒に食べよう」

 寂しそうに呟くキャロの頭を引き続き撫でながらの恭也がそう言えば、ちびっこ二人は打って変わって実に嬉しそうな表情を浮かべる。それはいつものしっかりした姿からは遠く、なんだかまるきりどこにでもいる普通の子供だ。

 会話の内容も、忙しいお父さんと、彼によく懐いている息子と娘、本当の家族のものにしか聞こえない。

 これで実際、彼は子持ちでもなんでもないというのだから、人というのは不思議だ。

「どうした?」

「いえ」

 あんまりに微笑ましくて思わず少し笑ってしまい、怪訝な顔をされてしまった。そういえばこんな振る舞い、出会った頃では考えられないなと思う。

「あ、恭也さん、今日のメニューってハンバーグでしたよねっ? ソースどっちでした?」

「できれば、私としては甘いやつの方が嬉しいんですが……」

「……ああ、どうだったかな。急いで食べたものだから」

 エリオの問いに表情を変えず、しかし恭也の言葉は詰まった。その理由を知っている人間というのは、基本的には隊長陣に限られる。

(ハンバーグのメニューは前に出てたわね、……たしか)

 その例外であるティアナは、記憶を探ってから念話を発した。

『恭也さん、白ければ甘めの、茶色だったら辛めのソースです』

『……すまんな、助かる』

 彼の目線が、一瞬だけこちらに移る。なんだか秘密のつながりみたいで嬉しく感じるのは、少々勝手だろうか。

「甘いやつだったな、キャロの好みの方だ」

「ほんとうですかっ!」

 喜ぶキャロはまた恭也に頭をひと撫でされて。

 それを羨ましいと口にはしないくらいの節操は、一応、自分にもあった。

 

 

 

 

 

 

 

「昼はすまなかったな、助かった」

「昼? あー、いえ、大したことじゃないので」

 彼に答えながら、スポーツ飲料を口元で傾ける。糖分が脳に染み入る感じがたまらない。

「合っていたか? 甘いソースで」

「ええ、キャロは嬉しそうに食べてましたよ。私もあっちの方が好みです」

「そうか、ならよかった」

 夜の御神式鍛錬、終わり際にこうして雑談もしていくのが、なんだか恒例になっていた。なにか面白い話はあったっけと、この整備場裏手の林に来る前に思い返しているくらいには、ティアナにとってこれは大切な時間だった。

「まだなのはには勝てないか?」

「はい。……でも、近いうちにはいけると思います。これでも実感が出てきたというか」

「そうか」

 無謀なアタックや数回に一回成功すれば御の字、といったような戦法は避け、誰からも文句のない安定した勝利を収める。それがチームで立てている方針であり、リミッター付きとはいえあの高町なのはを相手には険しい道だが、だからこそ大きな価値がある。

「なのはは逃げん、じっくり向き合え」

「はい」

 大きな壁なのはわかっているけど、ひるまず登っていけばいい。無理して飛び越えるのではなくて、しっかり掴んで少しずつ。

 見てくれている人がいるのだ、何も焦ることなんてない。

「これでも御神式第一期生ですから、強くなってみせますよ!」

 恭也に、せいぜい威勢よくティアナは言った。

 御神式を初めて、まだ三週間足らず。だけど、その中で得たものは多い。聴覚鋭敏化により周辺察知はかなり実戦的なレベルになってきた。

 そうして見えてきた世界は今までとは何もかもが違って、乏しいと思った自分の手札でも、こんなに戦えるのだと知った。

 誰にでも勝てるなんてもちろん決して言わないけれど、自分を負かすのは面倒だぞと、そんな風にはいつかきっと、たとえ相手がどれだけ強くても啖呵を切れるようにはなりたい。

「……でも、あの、今更なんですけど私でよかったんですか、御神式第一期生……っていうか、第一号」

「俺は昔から、弟子には恵まれていてな。今でもそう思っているよ」

「そ……そうですか」

 彼らしい言い回しに、うつむきながら夜風が頬を冷ましてくれるのを期待する。

「それから正直、御神と射撃手の相性がここまでいいとは思っていなかった。もちろんある程度役に立ってはくれるだろうと思ってはいたが、わからんものだな。良い出会いが出来た」

 湯だちそうなこの顔を早く冷やして欲しい……しかし、そんな時に限って空気は穏やかで、結局ティアナは熱を吐き出すように口を開いて、話を変える。

「あの、……ちょっと恭也さんに聞きたいことがあるんですけど、いいですか? 射撃手として、御神の師にお伺いしたいことが」

「ああ、なんだ?」

 質問自体は、前々から考えていたことだ。よどみなく、彼に問うてみる。

「一番、撃たれて嫌な弾、ってどんな弾ですか?」

「……ほう、嫌な弾、か」

「はい。もちろん状況によると思うんですけど、比較的こういうのはどんな状況でもやだなー、みたいのってあるかなって。私、そこそこ色んな弾種を扱えるんですけど、軸になるものがあるといいなと思いまして」

 言った通り、なにが有効かなどというのは相手や状況によっていくらでも変わるだろう。だからこそ、変わりづらい一手というのは、多分重要になってくるはずだ。

 それに、いつでも相手の特性を見切れる時間が与えられるわけでもなく、時には力押しをせざるを得ないときもあるだろう。そんな時、重点的に鍛えた得意と言える弾があると良いとも思うのだ。

「……そうだな」

 こちらの質問に少し考えこんだ後、恭也は口を開いた。

「抜けてくる弾、だな」

「貫通力重視の弾ですか?」

「それもある。それもあるが、と言うよりかは意識の話だ」

 恭也の語り口はしみじみとして、実に実感が篭っている。

「大きなものや追尾してくるもの、さまざまな効果の付与されたもの……色々あるが、一番嫌な弾といえば、気がついたら撃たれていて、いつの間にか当たっているという類のものだ。俺は、それが嫌で仕方がない」

「つまり、弾速に優れた弾……いや、だけじゃなくて」

「弾速が高く、そして構えてから発射されるまでの時間が短い弾、だな」

 いつの間にか撃たれて、すぐに到達する弾。

 それはたしかに、意識を"抜けてくる"弾だ。

「用意が早くて弾が速いというのは割りかしいつでも厄介だ。なにせ、避けるも落とすも間に合わなければ意味がない」

「でも、恭也さんって撃たれる前から察知して避けて……あ、だから」

「そうだ。だから速い弾が、素早く撃たれると嫌なんだ。銃を構え、狙いを定め、引き金を引くまでの間に、こちらはそれらの動作から相手がどこに撃つかを予測する。それを満足にさせてもらえないというのは、かなり困る」

 高町恭也のスタイルというのはおそらく、受けより避けと流し。であれば確かに、認識できずに食らうというのは嫌だろう。

「話はティアナのクロスミラージュのような銃型デバイスに限らん。たとえば杖型でも、射撃が行われる際には可視・不可視の種類はあるが魔力でバレルが生成され、目標へ狙いを定める。それが一瞬で用意されてしまえば、読むことは難しくなってしまう」

「なるほど……」

 早くて速い、なるほどそれはかなり強力な弾と言えそうだ。

「これに、最初にティアナが言ったように貫通力が備わっているともう最悪だな。いつ撃たれるかわからない、撃たれたらもう当たっている、そして展開しておいた防御は貫かれる……嫌なものだ、本当に」

「……撃つ側としたら」

「良い弾、だろうな。もちろん規模の大きさや誘導性、爆破力などが頼りになる状況も多々あるだろうが」

(早くて速い弾……それが撃てたら)

 どんなにか、心強いだろう。

 ……まず、早い弾はどうだろうか。

 クロスミラージュを構え、前方の空いた空間に向ける。単純な魔力弾を超特急で生成、放ってみれば。

「あ……」

「……散弾銃のようだな」

 構成がしっかり固まっておらず、発射と同時に四散してしまった。夜の空気にパッと散る。

「高速生成……、難しいですね……」

「簡単な技術ではなさそうだな」

 事前に弾を生成して用意しておけばすぐに撃てるは撃てるが、そうなると相手にもそれは読まれる。やりたい事とは少しズレそうだ。

 あくまで、いきなり撃つというのが重要なのだろうから。

「……弾を作るだけじゃなくて、しっかり狙いも定めなきゃならないし、うーん。……速い弾はどうだろう」

 今度はじっくり弾を生成しつつ、その後ろに魔力を集めて圧力を高めていく。発射方式というのは色々あるが、魔力圧で弾をはじき出すというのは速度、特に初速に優れる性質がある。

「よし、……ぁ」

「宵闇に映えはするな」

 発射してみて、結果はというと先ほどと似たり寄ったりであった。発射の圧力の強さに、弾の強度が対応しきれなかった。やはり四散し、鮮やかに木々の間の闇を彩る。

「……ううーん」

 早い弾、速い弾、これがなかなか難しい。

(抜けてくる、弾か……じゃあ最後に)

 最初に自分が言ったもので、話の主題ではなかったろうけれど。

(貫通力、ね)

 貫通力を持つ弾というのは、大きく分けて二種類ある。一つは多段殻弾。AMF対策で放つことの多い、バリアブルバレットだ。

 しかし、これは多重の構成を作らねばならず、早い準備はしづらい。その上、弾が複雑な作りになるため、加速をさせるのも少々手間である。よって、早い弾にも速い弾にも、おそらくは仕上げ難い。

 多段殻と並ぶもう一つは、圧縮弾である。通常よりも使用する魔力量は同じまま弾を小さくする事で弾の密度を上げ、より硬い性質へと変化させるのである。

(……ただ、これ集中力要るのよねえ)

 魔法というのは基本的にはコンセントレーションの問われるものであるが、圧縮弾は中でもその度合いが強い。訓練校時代に実習で撃ったこともあるが、なかなか用意が大変だった覚えがある。

 とは言え、試さないでいるというのもなんとなく座りが悪く、結局ティアナは愛銃を構えてその先へ魔力を集めた。

 それらを弾の形に形成していくわけだが、通常のサイズを超えるレベルで小さくするあたりで、ぐっと形成速度が落ちてくる――。

「……あれ?」

「どうした? ……うまくいっているように見えるが」

「いえ、なんか……こんなに簡単だったっけと思いまして」

 ティアナの眼前、生成した弾はどんどんとその大きさを縮めていく。以前のように感じた抵抗というのはほとんどなく、スムーズにサイズが変わる。

 なにを手こずっていたのだろうと思うくらい、随分と簡単な作業に思えた。

 いつものサイズの3分の1ほどまで縮めたところで、その後ろに炸薬となる魔力を用意。硬くなっているのだ、圧をそれなりに高めても大丈夫だろう。

 そしてティアナは、意識の中で引き金を引いた。

「……っ」

「ほう、なかなかじゃないか?」

「は、はい……!」

 奔ったオレンジの光の弾は、かなりの速度を纏っていた。斜め上方、まっすぐに宵闇を貫いて夜空へ昇る。まるで逆回しの流星のようだ。

 貫通力のためにと選択した圧縮弾だったが、なるほど炸薬を多くしても耐えられる分、速度にも優れていたか。

 そしてやはり、気になることは。

「なんか、前より本当に、大分簡単に作れたんですけど……。いや、六課に来てから念入りに鍛えてますしある程度はと思ったんですが、それ以上に」

「……ティアナ、他を微に入り見やるというのは、自らを深く認識するということでもある」

「え?」

 突然の武道家らしい言葉に首を捻ると、彼は続けた。

「自分を揺れなく立てられなければ、他の声に耳を澄ますことは難しい。気配察知の鍛錬というのはもともと、刃を振るうに十分な集中力を養うという意味合いも、大いにある」

「……じゃあ」

「功を奏していたのかもしれんな。これは正直、見越していたわけじゃないがな」

 少し苦笑気味に彼は言って、こちらの胸の中は暖かくなる。

 期待以上のものが見せられているというのが、なんだかすごく嬉しかった。

「も、もう一度! もう一度やってみます!」

「今日はもう最後にしておけ、疲れているだろうからな」

 たしかに、気配察知の訓練で頭はへとへとだ。あと一回がどっちみち、限度なような気もする。

「はいっ。よおし……じゃあ」

 速い弾にはなった。物理的に抜ける弾にも。

 だったら欲張って、早い弾も目指してみたい。

(……一気に全力で縮めてみるっていうのはどうかしら)

 圧縮はすればするほど弾のサイズは小さくなるが、硬度は上がる。この際、どれだけ弾は小さくしても構わないとして、上限を決めずに圧縮にかかれば調整をしない分、高速で仕上げられるはずだ。

 すうっと夜の少し冷えた空気を肺に取り込み、体の中の熱を移して外に吐き出す。頭が少しクリアになって、準備が整った。

「……っ」

 素早く構えた銃の先、放出した魔力を一気に縮める。それは自分の予想を超える速度で、考えていなかった規模まで圧縮することに成功。

「……ぁ」

 否、成功というのは間違いだったかもしれない。

 普段の20分の1ほどの大きさまで高速で圧縮された弾丸は、さすがにと言うべきなのかその構成にほころびを生ませ、裂け目から爆炎の花を夜空に咲かせんとする。

 早い話が暴発だ。意識がそれを理解して、しかし身体は反応できずに固まったまま。

「……え、あ」

「まったく、無茶をする」

 爆音とともに、弾の成れの果てから光と圧力と熱が広がったとき、ティアナの身体はそれとは離れた位置にあった。

「す、すみません……」

「次からはもっと慎重にな」

「は、はい……」

 答える自分の身体が放つ、なんだか引き上がってしまった熱が伝わってやいないだろうかと頭のどこかが馬鹿な心配をしている。

 ティアナの身体は彼の脇に抱えられて、当然ながらゼロ距離だ。

「立てるか?」

「は、はい、……あ、ありがとうございました」

 恭也はこちらの身体を丁寧に放し、あっさりと二人の身体は離れる。それを残念に思う気持ちを、見て見ぬ振りはなかなか難しい。

「し、……失敗、しちゃいました」

「そうだな、あれでは自爆だ」

「うう……」

 返す言葉もない。調子に乗ってしまったろうか。

「だが、まったくの失敗かと言うとそうでもなさそうだが」

「そ、そうですか?」

「ああ。きちんと仕上げれば、いいものになるんじゃないか?」

 たしかに、さすがに無制御で縮めるというのは馬鹿だったろうが、それでも生成速度としては悪くないはずだ。出来も、上手く行けばかなり高圧縮な弾になるはず。

(……あれを飛ばす炸薬の生成も同時に、いや、それは厳しいかしら。でもせっかくだから素早い生成にしたい、なにか良い方法は)

「……ティアナ」

「え、あ、はいっ」

 ぽん、と頭に感触。思考に沈んでいた意識が浮上する。

「考えるのはいいことだが、今日はもう終わりにしよう。それに、一人でそうするよりも効率的な手段があるだろう」

 効率的な手段。

 それは、あまりに当たり前の選択肢だろう。

「先達の専門家と一緒に悩め。なのはなら良い知恵をくれるだろう」

「……そう、ですよね」

 管理局遠距離最優秀魔導師の一角が指導をしてくれているのだ、彼女に頼らなくてどうするという話である。

 自分なんかが考えるよりも……そんな思考が湧いて出て、慌てて奥に押し込める。

 こんな温かい時間に、そんな醜い嫉妬と向き合いたくない。

「なのはさん、理論派ですもんね。こういうの、ばっちり組み上げちゃいそうです」

「あー……いや、フェイトに言わせれば、あいつの本質は感覚派らしいぞ」

「え、そうなんですか?」

 理系思考なガチガチの理論先行系だとなんの疑いもなく思っていたため、その言葉には意外感がある。

「なのはは、『こうしたら上手くいきそう』で魔法を組んで、後付けの理論で安定したものに仕上げているんだそうだ。理論から入るフェイトからすると、なかなか驚きのスタイルらしいが」

「……天才、ですもんね、なのはさん」

「こと魔法に関しては、確実にそうだろうな」

 恭也の口調は、しごく当たり前のことを言うものだった。特段わざわざ誇ることもないという風なあっさりしたその語り口は、だからこそひどく誇らしげで。

 自慢の妹、なんだろう。

 そんなの、誰が見たってそうだ。

「……あいつは、どうだ。きちんと教えているか?」

 それなのに、そんなことを聞く恭也の顔は、一転してどこか確かに心配そうで。

 実力をわかっていても案じてしまう、身内ならではの情がそこには色濃く浮き出ている。

「もちろん、しっかり鍛えて頂いています」

「そうか、ならいい」

 彼はこちらの言葉に頷く。

 親しくなれたはずの横顔がなんだか遠く思えてしまって、それがたまらなく嫌だった。

「あ、あの、……ところで、弾の話なんですけど」

「ああ、なんだ?」

 思わず話を打ち切って、違うものへとすり替える。どうしてもやっぱり、醜い感情を正面から見る度胸がないのだ。

「なんか恭也さんの話、実感が篭っていたっていうか、そういう攻撃を撃ってくる相手がいたんですか?」

「ああ、嫌な相手だった。航空戦艦型の自動稼働ロストロギアだったんだが、照準がおそろしく早く、弾速はほぼ光速、貫通力も抜群ときていた。あれは骨の折れる手合いだったな」

「うわあ……それ、どうやって倒したんですか?」

 こちらのその問いに、恭也の答えはあっさりとしていた。

「簡単な話だ。頭部目掛けて撃ってくる攻撃だけを腕やら仕方なく展開したシールドやらで防いで、あとは無視して突っ込んだ」

「……え、いや、無視って」

 あまりに自然に言うものだから頷きそうになってしまったが、それはおかしいだろう。

「だって、え、そんな事したら」

「身体中、向こうの見える穴だらけにされたよ、困ったものだ」

「……いやいや、困ったものだ、じゃなくて」

 なんだろう、なにか話が噛み合っていない気さえする。

「……恭也さん、あの、普通、身体に貫通した穴が空くと、ええと、位置にもよりますが、その」

「まあ、重傷や致命傷だろうな。だが俺の場合は少し違ってくるんだ。……これは話していなかったんだったか」

 そう言いながら、彼が袖口から出したのは一本の小さな刃物。飛針というらしい、御神流の遠距離用武器だ。

 そして、彼はそれを握りこんだ右手を左手の上に振りかざし――。

「見ていてくれ、……君も現場に出ているからこれくらいの絵面、大丈夫だろう」

「え? ……え?」

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、フェイトさん。少しお時間よろしいでしょうか」

「……え、私?」

「はい。……その、ご相談したいことがありまして」

 意外だ。それが素直な心境である。

 就業時、ロビーを通って業務室へと向かおうとしていたフェイトに声を掛けてきたのは、随分硬い顔をしたオレンジ色の髪の女の子だった。

「……うん、じゃあ、今ならちょうど空いているから、……そうだな、面談室でどう?」

「はい、お願いします」

 面談室と呼ばれている小さな個室に彼女と向かいながら、頭の中には疑問が巡る。

(……私に、相談? 仕事のこと、じゃないよね。だったらまず真っ先になのはか、もしくはヴィータに行くはずだから)

 直属の上司をスキップして、隣の部隊の部隊長に仕事の相談というのはかなり考えづらい事態である。

 となると、プライベートなあれこれということになるだろうが、しかしこちらもこちらで違和感がある。

(私、ティアナとはあんまり、まともに話したことないんだよね……)

 自分自身が忙しいというのもあるが、機会がないというのも大きい。任務でも訓練でも、彼女はなのはとヴィータの下にいるため、フェイトがどうこう言うというのはほぼほぼなかった。

 そしてプライベートな交流はどうかと言えば、特にここ最近はほとんど会話を交わしていない。その原因は、言うまでもないだろう。

(……あんな風に脅したから、怖がられてる、はず)

 次はないよ。

 そう彼女に念話で告げた時の声音というのは、我ながらひどく冷たかったはずだ。公でも私でも、あの時のやり口がそこまで間違っていたとは思わないが、つまり完全に正しかったともやはり言えない。

 恭也のことを考えるとあの選択肢しか採りようがなかったのだが、その後の関係にヒビを入れたのは確かだ。

(でも、御神式の初めての弟子にもなってくれたわけだし、いろいろ話したいなとは思ってたんだよね……)

 大元はもちろん恭也の、引いては御神・不破家の技術だが、それを御神式として汎用化する作業には、かなりの部分、フェイトが関わっている。

 今は恭也に任せきりだが、そろそろ自分も加わってどんな具合か確認する時期に入ってくるだろうという話もあがっているわけで、いつまでも距離を縮めないままというのはよくないはずだ。

 理由はわからないがこうして彼女から声を掛けてくれたのだから、幸運と思って、せめて誠実に対応しよう。

「空いてるね、じゃあ入って」

「はい」

 デバイスから認証を通し、空き状態だったら件の部屋のキーを解除。ティアナを促して、フェイトも中へ入る。

「コーヒーで大丈夫?」

「あ、いえ、私が」

「いいからいいから、ちょっと得意なんだ、淹れるの……っていっても、ここのは全自動だったね」

 ティアナを椅子に座らせて、備え付けのメーカーでコーヒーを2つ用意。

 本格的な道具があればそれなりのものを淹れられるのだが、淹れ方を覚えた動機は不純である。

 好きな人に、美味しいと笑って欲しかっただけだ。

「お砂糖とミルクは?」

「えっと……1つずつで」

 リクエスト通りに仕上げたものをティアナの前に置き、ブラックのものを持ってフェイトも彼女の対面へ腰を掛ける。

 一口、喉を湿してみると癖になる苦味が鼻先まで抜ける。覚えた当時は真似っ子で飲んでいたブラックだが、その美味しさがきちんとわかるようになった。

 今は味わうことの出来なくなってしまったあの人とまた、二人で楽しむ日が来てくれることを、フェイトは願ってやまない。

「……ええと、それで、ですね」

「あ、うん」

 少し脇道に逸れた思考を、目の前にフォーカスし直す。

 ティアナは実に言いづらそうな表情で逡巡していて、なにか助け舟を出せるだろうかと頭をこちらも巡らせて。

 そうこうしている内に、彼女は腹を決めたように大きな息を吐いた。

「あの……どう言ったらいいのかわからないので、単刀直入にいいですか?」

「うん、大丈夫だよ。言いやすい言い方で」

「それじゃあ、その……」

 彼女はその釣り気味の眦をした瞳をまっすぐこちらへ向けて、そして言った。

「恭也さんは、頭がおかしいんですか」

「……」

 それは、随分な言い回しで。

(ティアナ……)

 この娘は、当然ながら決して馬鹿ではない。熱くなってしまうこともあるが、本質的には礼儀なしでもない。

 そんな彼女がこんな言い方を、よりにもよって一度物言いについて怒りを見せた自分に対してしてくるというのは。

「……なにがあったか、教えてくれる?」

「はい……」

 よほどの事が、起きたはずだ。

 身構えるこちらにティアナは、硬い表情のまま語り始めた。

 いつものように行った御神式の訓練、その後の雑談。

 その中で、有効な弾とはなにかという話になった事。

 そして。

「……恭也さんが、その、昔の話をしてくれて、実際に厄介な弾を撃ってきた敵についての。……それで、その敵に、頭以外、身体中を向こうの見える穴だらけにされた、って。でも、それって、私、意味がわからなくて……だって、そんなの、普通、そんなことになったら……」

「……うん」

 だんだんと、なにがあったのか、予測が付いてきた。

「そうしたら恭也さんが、右手に飛針を取り出して、自分の左手に対して振りかぶって、……そのまま」

「……突き刺した?」

「はい……。完全に、貫通するくらい」

 息を吐いて前かがみ、フェイトは顔を片手で覆った。

「……痛くないんですか、って、き、聞いたら、すごく痛いって、刺したまま答えて。それで抜いたと思ったら、魔法が発動して、傷がどんどん治っていって」

 眩体・修は基本的にはカートリッジをロードして行う魔法だが、一瞬で治すことにこだわらなければロード無しでも出来るということは、本人から聞いてはいる。

「これがあるから、俺は大丈夫なんだって、言ってました。……でも、傷を治すときは怪我をしたときの三倍くらい痛むんだとも言ってて、……少し困ったような、そんな顔で。……あんなに痛そうな傷の、その三倍だって言っているのに、少ししか困ってないような、顔で」

 俯くティアナの、膝の上で揃えられた手は少し震えている。

 それはそうだ、だってそんな静かで、そしてくっきりとした狂気を見せられて、震えを覚えないわけがない。

「それを見て、ああ、この人、本当に、って、思っちゃって……いえ、前から少し感じてはいたんですけど……その、味がわからない事、とか」

「……知ってたの?」

 恭也が味覚を失っているのは、昔なじみの面子しか知らないはずだ。問うたフェイトに、ティアナは少しバツの悪そうにうなずいた。

「ちょっとした事があって、本人から教えてもらいました。ヴァイス陸曹と一緒に」

「……そっか」

 別にどうしても秘匿しなければならないことではないが、広く知られて恭也にいい影響があるようなことでもない。

 その点、漏れた先がティアナとヴァイスというのは僥倖だったと言うべきか。フェイトの見る限り二人は口の軽いタイプでは決してなく、特にヴァイスは表面上のキャラクターとは裏腹に、そういったところではおそらく、かなり大人だ。

「…………そっか」

「はい……」

 そこまで知っているのなら、当然、恭也がどうしてそうなったかというのも、おそらく察しているはずだ。

(ティアナは……今現在、恭也さんのかなり近くにいる)

 なにせ毎晩つきっきりで指導を受けているのだ、密接な距離にいるとしていいだろう。

 だったら、変に隠す事は無意味だ。フェイトは顔を覆っていた手を膝の上に戻し、まっすぐに彼女に向き合って言った。 

「……頭がおかしいのか、って聞いたね。うん、それは間違ってないよ。恭也さんは、人として大事な部分のタガが外れてしまっている。端的に言えば、あの人は壊れてる」

「……っ」

 はっきり告げた言葉に、ティアナの表情はさすがに固まった。

「……それは、……その、特武官の、ときの」

「うん。過酷過ぎる戦場に出続けて、残酷過ぎる期待に応え続けて、それで、壊れてしまった」

 より正確に言うなら、おそらく――壊された、だ。

 それはさすがに口にはしなかったが、フェイトは自らの手を硬く握りこむ。

 恭也の状況があそこまでのものになったのは、どう考えても何者かの悪意や害意に因るものだ。一番疑わしいのは当然、あの白衣を着た技術型の犯罪者だが、彼だけかと言えばそれもどこか怪しい。

 静かに、しかし着実に、情報は集まり始めている。なかなか自分やなのはが直に動くわけにはいかないが、伊達に十年勤めていない。様々な方面に、それなりのツテはある。

 それに何より、義兄や聖王教会の有力者たちが影から、しかし全力を挙げて調査をしてくれているのが大きい。

 早晩、目星は付くだろう。

(それがどんな結果だったにせ、私のやることは変わらない)

 護るだけだ。

 あの人を、自分の全てで全てから。

「……フェイト、さん、あの、壊れてしまったって、それは、治療……とかは」

「真っ最中、って感じかな。……ティアナ、この話は」

「わかっています、誰にも言いません。恭也さん自身にも」

 話が早い、声音も重い。それは信頼に足る反応だ。

「一時期よりも、状態はかなり良くなったんだ。本当に、……すごく。だけどやっぱりまだ危うい部分は残っていて、それは長い長い時間を掛けて治していかなきゃならない」

「それじゃあ、今みたいにお仕事には出るべきじゃないんじゃ……、ご自宅や病院でゆっくり……」

 実にもっともなティアナの言葉に、フェイトは首を振る。

「それがあの人の難しいところでね。穏やかな時間を過ごさせる事が、必ずしも最適な治療じゃないだろうって、そんな結論が出てる。恭也さんはずっと、それこそ特武官になる前からずっと戦いの傍で生きてきた人だから、……ギャップが大きすぎるとね、それはそれで良くない負荷になっちゃう」

「……そんな、ものですか」

「うん。……そういう人なんだ」

 のんびりと縁側でお茶を嗜んだり、盆栽をいじっているような、そんなのどかな時間を好む彼だが、それは他の時間で極めて苛烈に過ごしているからこそという部分もあるのだろうと思う。

 穏やかな時間でただ癒やされてくれるような人では、全くないのだ。

「でも、……そうですよね、わかる気がします」

 対面のティアナは、コーヒーの水面を見つめるように俯きがちに言う。

「怖いかなって思わせるような雰囲気なのに、その実すごく他人には優しくて……。その分、っていうわけでもないんでしょうけど、ものすごく、自分には厳しいんだな、って。そんな気がします」

「うん……」

 だから、是非とも徹底的に周りが甘やかすべきだと思うし、誰より自分がしたいとも願う。母親として彼の傍に居た桃子をして、それはとても難しいらしいのだけど、それでも絶対に。

「……あんな事をしちゃうのって、それが行き過ぎて、って事でもあるんですよね? タガが外れて、歯止めが効かなくて」

「自分に厳しい、で留まらなくなった。自分を大切にしなきゃいけない、そうしたいって気持ちがひどく薄くなって、傷つくことを厭わなくなってしまった。……繰り返すようだけど、良くなったんだよ、今の状態でも。治りかけではあるんだ」

 叫び声を、上げて。

 巨大な魔力をその身へ異常なほどに滾らせ、今にも内側から破裂せんとする彼の姿は未だ色濃く、フェイトの脳裏に残っている。

 肥大し、暴走した責任感から任務に出続け、そして気を触れさせて終わりかけたあの姿から考えれば、今のなんと持ち直した事か。

「でも、……やっぱり、あんな事をするのは」

「もちろん、絶対に良くなんかない。ちゃんと伝えて、わかってもらうよ」

 それは、ゆっくりと。落ち着いて、じっくりと。

 彼がなくした当たり前の感情を、拾って集めて手渡すのだ。

「……ごめんね、正直、最近は本当に安定していたから油断していた部分もある。それから、ありがとう、話してくれて。すごく助かる」

「いえ、そんな、……こちらこそ、その」

「……話しづらかったよね、私には」

 苦笑しながら言うと、ティアナはこちらの瞳を遠慮がちに、しかしまっすぐ見返してきた。

「……あの時、フェイトさんがどうしてあんなに怒ったのか……いえ、本当は、ちょっと違いますよね。どうして私にあんなに強く釘を刺したのか、今ならわかります。……本当に、すみませんでした」

「……うん。でも、こっちこそ、もうちょっと言い方とかやり方があったはずだ。ごめんね、乱暴な上官で」

「その、えと、正直に言えば首が落ちたかと思うくらい怖かったは怖かったんですが……」

「そ、そうだよね……」

 愛してやまない人が事に絡むと、どうも容赦や加減という単語が頭から飛んで行く。母親絡みで犯罪行為にも手を染めた自分の昔からの悪癖である事はわかっているのだが、これがなかなか直せない。

「でも、だから相談しようと思ったんです、フェイトさんに」

「あ、あー、なるほど……」

「はい。あんなにするくらい恭也さんの事を大切に思っているんだなって、そんな人にお話すれば間違いはないかなって」

 あの対応がこんな結果を呼ぶとは、禍福は糾える……ではないが、なにがどうなるかわからないものだ。

「恭也さんもフェイトさんの事、すごく信頼しているみたいですし、なんで恋人じゃないのか不思議なくらいです、正直」

「……え、ええと」

「好きなんですよね、恭也さんのこと。……もしかして違いました? 結構自信あったんですけど」

 問うてくるティアナの顔には、まさか違わないと思うけど……という言葉がありありと浮いていて。

 耐えきれずに俯いて、フェイトは問いを返す。

「あの、待って、その、……あの、…………私、そんなにわかりやすい?」

「わかんない人、いないと思いますけど……」

「だ、だって、ほら、弟子として師を大切に思ってるとか、古い友人としてとか、そういう感情だと見ることも」

「そういうのも感じますけど、それだけっていうのは無理があると思います……。正直、ハートマーク飛んでるのが見えそうというか……」

 ちらりとティアナの表情を伺ってみれば、それは呆れに近い気さえした。

 嘘だ、そんなはずが。

 だって、だとすると。

「恭也さん以外、六課の職員、多分全員察してますけど……」

「……うあああ嘘だ! それは嘘だよ!」

「現実を見て下さい……ていうか、わかりやすいって自覚がなかった事が衝撃的なんですけど」

 たまらず両手で頭を抱えるこちらに、ティアナが投げてくる言葉には容赦がない。

「だって! だって私、結構ひっそりと! ひっそりと想ってるよ!? そんなにアプローチとか、で、できて、ないし!」

「うーん……そうですか? 結構、なんだかんだで隣を確保している姿を見ますけど」

「う、く、そ、う、かな?」

 これでもかなり抑えているつもりなのだが、傍から見るともしかしてそうでもないのだろうか。

「あと、ちらほら隊長陣あたりからストーカーという単語が聞こえてくるのが気になります」

「それは誤解だよ! 誤解!」

 好きな人の情報をなるべく収集したいと考える事がおかしいわけがないのだから、悲しい誤解のはずなのだ。

 はず、なのだ。

「ともあれ、一緒にいるときの表情とか距離感とか、もうそこら辺でもろわかりというかダダ漏れな感があるんですけど……。ていうか、じゃあ違うんですか? 恭也さんの事は」

「好きだけど! あ、いや、……その」

 もちろん、世界で一番高町恭也を愛しているのはフェイト・テスタロッサ・ハラオウンであるという自信は揺るぎないものがある。

 これに関しては絶対に、どこのだれにも決して負けない。

 だけど、口にすることに恥ずかしさがないかと言えば別の話で、さらに言えば周りの人間たちに察されていてなんとも思わないというわけでもないのだ。

「……相談する人は、やっぱり間違えてなかったみたいでよかったです」

 なんという事だろう、明日からどんな顔で六課内を歩けばいいのか。

(そんなに露骨だったかな……そんなに露骨だったかなあ……?)

 師匠に懐いている弟子、くらいに認識されていると思っていたのだが、まさかまさかである。

 もろバレだなんて、考えてもいなかった。

「……でも、あれですよね。一番恭也さんとの間に距離がない人って言うと」

「それは……私じゃ、ないね」

 一応、親密な位置にいるという自負ある。

 時折、あの人は弱音を吐いてくれて、それはどうやら自分にだけのようで、つまり少しは特別な関係にはなれているとは、思う。

 だけど、もっとも近しいのが誰かといえば、それは誰もがわかっている。

「なのはさんにだけは、やっぱり全然、違いますよね。なんか、雰囲気っていうか、上手く言えないですけど、そういうのが」

「そう、だね」

 ベタベタに甘くしているわけではないのだけど、それでも、それはやはり他とは違う。

 何があっても小揺るぎ一つしない深く大きな愛情が根底にあるのだろうことが、わかってしまう。それは、彼を見つめていれば簡単に。

 身内ゆえなのだろうけれど、フェイトの見る限りそれはどこか、他の高町家の面々に向けるものと比べても特別な色をしているように見える。

 いつか、あの途方もない愛情を超えるほどのものを、彼から向けてもらう事が出来るのだろうか。それは本当に、果てしない道にすら思えてしまう。

 脚を止める気は一切ないけれど、竦んでしまわないとは言えないくらいに。

「昔から、あんな感じなんですか?」

「そうだね、昔から、……うん、私が知ってる一番古い二人も、そうだったよ」

 魔法のことなどほとんどなにも知らなくて、それでもその脅威だけは間違いなく肌身にしみてわかっていたはずなのに、なんの躊躇も一切せず、彼女を護るために命を懸ける。それが、フェイトが一番最初に見た恭也の姿だ。

 そんな彼に護られているだけな事に胸を痛めながら、それでもなのはの瞳が彼の勝利を疑っていなかったことも、よく覚えている。

 あの繋がりは、多分、無敵なのだろう。

「……話を、戻すんですけど」

「え、あ、うん」

「あの、私になにか、出来ることってありますか? 恭也さんには本当にお世話になっていますから、なにか、私も」

 なんだか随分と、ティアナは彼に懐いてるようだった。

 それこそなのはではないが、妹のような心境なのかもしれない。

 ……異性として見ているかどうかというのは、自分に客観的な判断はできなさそうなので思考から追いやることにした。

「そう、だね。御神式の教え子としてしっかり成長していってくれるのが、何を置いても一番かな」

「……それ、恭也さんのためになるんですか?」

「なるよ、ものすごく」

 ティアナへ告げた言葉はまるきり本音だ。恭也のためを思うなら、それがきっと一番だ。

「恭也さんはね、教えること、育てることが好きな人なんだ。そして何より、それはあの人にとって当たり前の日常でもあった。壊れてしまう前の、当たり前」

「……じゃあ」

「うん、だから、あの人の愛していた日常の重要な要素の一つを、担ってくれると嬉しい。もちろん私も弟子としてまだまだ教えてもらっている最中だから、一緒にね」

 自分は基本的に毎朝彼に指導を付けてもらっている。一日で一番幸せな時間だが、あれが彼にとってもプラスになってくれているはずというのは一応、シャマルなどからも聞けた客観的な事実だ。

 ティアナに指導を付けることについても、相変わらず表情はあまり動いてはいないがその実、いきいきとしているのはフェイトの眼には明らかだった。

「わかりました、……御神式の弟子として、立派に強くなってみせますっ」

「うん。あ、でも、無理をする必要はないよ? それは一番、悲しませちゃうから。……理由はわかるよね?」

「はい」

 この娘に昔の大きな負傷の話をしたというのは本人から聞いた。なるほどそれは、あの時のティアナにとって一番効果的な話だったろう。

「それから……もしもまた同じようなことや、何かまずいって思うことが起こったら、私でもいいし、なのはでもはやてでも、昔馴染みの人達って言ったらわかるかな? その内の誰かなら大丈夫だから、連絡をくれる?」

「わかりましたっ」

「うん、お願い」

「はい!」

 彼女の返事に笑顔を返して、改めてコーヒーを口に運ぶ。少し冷えてしまったが、それでも鼻に抜ける香りはホッとする。見ればティアナも、同じようにカップに口を付けていた。

「……あの、色々ありがとうございました」

「ううん。こっちこそ話してもらえてよかったし、こうやって話せてよかった。……えと、なんていうかさ」

 少し照れくさいけれど、きちんと言葉にした方がきっといいだろう。

「一応、こんなのでもティアナの姉弟子だから、これからも、色々話してもらえたら嬉しいな」

「……フェイトさん」

「私も妹弟子として姉弟子の美由希さんにはお世話になってるんだ、すごく。……美由希さんの事は、あ、海鳴の任務のときに会ってるか」

 少し前、海鳴でレリック捕獲の任務があったとき、フォワード陣と高町家の面々は顔を合わせているのだ。

 ちなみに美由希にも、もちろん御神式を作ることは伝えてある。恭ちゃんの新しい道だねと、彼女はほんの少し寂しそうで、でもとても嬉しそうに笑っていた。

「はい、……でもあの時は御神式を教わる前でしたし、少しお話したぐらいで、……お強いんだってことも知りませんでした。なんだか隙がないなあ、とは思ったんですが」

 美由希は剣を握らなければ優しい本好きのお姉さんといった感じなので、武術家という印象は薄いかもしれない。

 もちろん、それはただの印象であって、実態とはまったくかけ離れてはいるが。

「そうなんだよね、美由希さんってわかりやすく武術を身に着けてる人って感じじゃないよね。でも、……すごく強いよ、ちょっと信じられないくらい」

「……なんか、恭也さんが自分よりも強いって、意味のわからないことを言ってたんですけど」

「あー、魔法なしで恭也さんと美由希さんがやり合うと……私の眼には互角かな。美由希さんは美由希さんで恭也さんの方が強いって言ってるし。二人の強さは、ちょっと質が違う部分もあるのかも」

 美由希の技は、恭也のものと元を同じにしていながら、また少し凄みの種類が異なる。

 純粋な、御神の技を振るう者としての完成度なら美由希が一番、それは恭也も美紗斗も口を揃えて言っていた。

 対し、条件の設定された実戦で戦う剣士という観点であれば、恭也に分があるのだろうと思う。

「……魔法なしとは言え、あの恭也さんと互角なんですか? 私たちなんてボコボコにされましたけど」

「私も昔、魔法なしの恭也さんに負けちゃったよ。映像で残ってるから今度見る? ともあれ、そうだね、互角だね」

「……世界って、広いですね」

 しみじみと言った彼女の言葉に、苦笑して頷く。

 なかなか時間はとれなさそうだが、その内に改めてティアナを紹介できる機会があればいい。

「まあ、そんなわけで、私はまだまだ美由希さんほどの域にはいないけど、一応御神式のことなら答えられることも多いと思うから……」

「はい。……実は、恭也さんに、『御神式はフェイトが作ったようなものだから、色々聞いてみるといい』って言ってもらってたんです」

「あ、そうなんだ。私が作ったようなものっていう部分は否定させてもらうけど、ミッド式での実装なんかが私の領分である事は確かだから、遠慮せずに聞いてね。あ、入隊前の面談でも言ったけど、執務官試験の事とかも」

「はいっ、お願いします」

 共通の話題はこうして、大きいものがいくつもある。

 この娘とは結構、これから良い関係が築けるんじゃないかと、そんな風に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

「……っ、今のは」

「良いね、今のは良い。十二分に実戦レベルだ」

 奔った一筋の火線。それに対しての評価を、隣に並ぶティアナに告げる。

 言葉通り、なのはの眼から見てもそれは良く出来た一発と言えた。

「ひとまず完成、かな。ティアナの新魔法」

「……はいっ!」

 展開された訓練場内、林の中の開けた場所にはなのはとティアナの二人。並んで立つ視線の先には、生成されたターゲット用のガジェットが何体も並んでいる。

「やった……!」

 ここで連日、時間を掛けて練り上げられた新魔法が、今、嬉しそうに呟いた教え子の手の中にあった。

「あとは地道に反復練習、手に馴染ませていこうね」

「はいっ」

「じゃあ早速、基礎射撃訓練三番、ワンセット、いくよ!」

「はいっ!」

 なのははコンソールを操作、すると動きを止めていたガジェットがこちらへ向かってくる。規定数を撃ち倒すまで次から次へと湧いてくる彼らを、一体一体きっちり動作不能にする、それが基礎射撃訓練三番だ。

「……っ」

 呼気を吐き出したティアナの手元から、パァン、パァン、と乾いた音が響いていく。フラッシュが辺りに広がって、空気を裂くように飛ぶ極小の弾丸には非常に高い速度が宿っている。

 やがて、規定数すべてのガジェットが動作を停止。そのボディに空いた穴は一から三つと言ったところか。

「一発で仕留められたのは二割くらいか。二発が三割、三発が五割」

「まだ狙いが全然、正確じゃないです」

「そうだね、まずはそこを改善していこう。……うん、でも全体の所要時間は短いし、回避された弾は一つもなし。着弾後はもれなく貫通してる。現状だって、大きな戦力の一つにはなりそうだ」

 コンソールに表示された結果から告げると、ティアナは一瞬無邪気に嬉しそうな顔をして、しかしそれをすぐに引っ込めた。

「……なのはさんが仕上げて下さいましたから」

「最後に理論をまとめて実装したのは私だけど、素材と骨組みを持ってきたのはティアナだよ」

(……やっぱり、心を開いてはもらえてないな)

 ティアナに答えながら思うのは、たぶん身勝手なやるせなさだ。

 こちらに対する彼女の態度には、どこか硬い殻がある。反抗的なわけではないし、ホテル・アグスタ防衛の時のような無茶をするわけでもないが、ある一定のところからは心を閉ざしているのだなというのが、やはり感じられてしまう。

 しかし結局、彼女と自分の関係は上官と部下、仕事仲間だ。慣れ合う必要のあるなしで言えばないわけで、ティアナの態度はなんら間違っていない。

 開けられた距離に寂しさを感じるのは、こちらの感傷だ。

「でも、……特に圧縮による暴発を逆に炸薬として利用する発想なんて、私には。それにうまく指向性をもたせる処理を合わせてデバイスに魔法補助として実装するのも、自分で組み上げられる気がしませんし」

 彼女がこちらと距離を取る理由はいくつかあるだろうが、その内の一つは、言ってしまえば自分がこれまでの人生でそれなりの回数、色々な場面で向けられてきた感情だろう。

 派手な能力、ランクに実績、名声。そんなものを有していれば、当たり前のように嫉妬は受ける。

 慣れっこと言えば慣れっこだが、こうして長期で受け持つ教え子に向けられるのは結構こたえるのだなというのは、初めて知った。

「暴発を利用した魔法は、前にも組んだことがあるから」

「……え、そうなんですか?」

「うん、今はもう使ってないんだけどね。ティアナのそれと違って、無茶で馬鹿な魔法」

 魔力を超高速で収集、収束させ暴発を起こし、それを砲撃の体に整えて撃ち放つスターライトブラスターという名の愚かな魔法は、五年ほど前に起こった一回目のDr.スカリエッティ一味による襲撃事件以来、撃っていない。

 ティアナの手の中にある魔法もこれと似たようなことは一部しているわけだが、その規模や安全のための処理がまったく異なるため、特別な負担や危険はないと言っていい。

 圧縮による貫通力に優れた速い弾を、早い弾として撃ちたい。

 ティアナが突然持ってきた相談を、基礎固めが終わってからだと突っぱねなかったのはそこにかなりの可能性を感じたからだ。

「たまたま上手く組み上げる技法を持っていたから私が仕上げることにはなったけど、この魔法はティアナが大元を組み上げたものであることは間違いない。新魔法の制作で一番肝心なのは、枝葉末節より根幹だよ。出来も含めて、胸を張っていいと思う」

「……そう、でしょうか」

「うん」

 用意した魔力を高速で通常と比べて十八分の一程度の極小サイズまで圧縮。その際、デバイス側の処理を合わせ、わざと弾の一部分を破れやすく構成する。

 そして圧縮された弾はその破れやすくなった箇所、進行方向に対して真後ろとなるところが爆発を起こし、残る大部分が弾として飛んで行く。

 以上がこの新魔法のプロセスだが、弾丸生成が極めて速やかで炸薬も同時に用意されるため、全体としてとにかく発射までの時間が短い。また、指向性を持たせつつ強い爆破とすることで弾にはかなり大きなエネルギーが渡されることになるが、高圧縮弾なおかげで崩壊・四散することなく高い弾速を纏う事になる。その上、高圧縮弾の元々の性質通り、貫通力にも優れている。

 乾いた発射音に瞬くマズルフラッシュ、速い弾速で規模は小さい……まるで質量兵器の銃弾のようだが、生まれるきっかけとなるアイディアを出したのがそれを敵として戦ってきた兄だというのは、偶然と言おうかなんと言おうか。

 しかし、物理衝撃オンリーである事からバリアジャケットに簡単に防がれやすい質量兵器の銃弾と違い、魔力弾なのでおそらく、かなり刺さる。

 極小サイズの弾でしかないという大きな弱点はあるが、それも使いようだ。

 総じて言って、なかなか強力な魔法である事は確かである。

「それに、この魔法はティアナが使うからこそだよ」

「……なのはさんは、こういう弾は」

「私は誘導なしでの精密射撃はあんまり得意じゃないんだ。となると、生成速度を上げるために誘導機能が省いてある、そもそも誘導している暇がないこの弾は上手く扱えないと思う。その点、ティアナは結構それが上手いから、向いているよ」

 なのはのメインは誘導弾と砲撃であり、誘導なしでの直線高速弾というのはあまり使った事がない。扱えないではないが、どうもしっくりこないのだ。

「本当はこういう事は基礎固めがちゃんと終わってからなんだけど、これ自体がティアナの基礎に一つになりうると思ったんだ。実際、現時点でそうなってくれたと思ってる」

「……はい。フェイクシルエットと同じくらい、メイン魔法として使うつもりです」

「だよね。だったらその習得は早い方がいい」

 それに、言わないが自信を付けてあげたかったというのもあった。

 無力感からくる焦りがどれほど危険かというのは、身を以って知っている。周りの人達が止めてくれたから良かったものの、そうでなければ間違いなく自分は今、こうして生きてはいないだろう。

 自分があまり良くない感情を持たれ続けるのは最悪、仕方ないとしても、それでも彼女がコンプレックスを抱えたままになったり、それで危ない目に遭ったりしないように、できる限りの事はしたかった。

 これでも、彼女の先生なのだから。

「ともあれ、ティアナ、最後にその魔法に名前を付けてあげなきゃね」

「え? あー、そうか、そういう事になるんですかね」

「うん。似たような事をしている魔法はないでもないけど、もうオリジナルのそれと言える独自性はあるから、何か固有名はあった方が良い」

「わ、わかりました。名前、名前かあ……」

 首を捻るティアナ。

 焦って決めなければならないわけではないが、名前がないというのはどうしたって不便ではある。なにかしっくりくるものを決めてくれたらと思う。

「早くて、速い、貫通力もあって……うーん、でも全部の要素を入れたら長いし……ぁ」

「ん」

 下を向いて考え込んでいたティアナが不意に、その顔を上げて後方に振り向く。なのはも気づいたのは同時。

 ティアナのように御神式を習っているわけではないが、これでも不破の直系だ。周辺の空間把握は昔からの得意である。

「うん、二人とも中々の反応だ」

「きょ……特導官っ」

「お疲れ様です」

 ティアナと同時、堅苦しすぎない程度に敬礼。歩み寄ってきたのは、黒地に青ラインの特導官服に身を包んだ兄だった。

「気配を消して近づくのはやめて下さい」

「お前らが気づく程度には残してあったさ」

 こちらの小言に、彼はしれっとそう返してくる。たしかに兄が本気で隠形に入ったなら、完全に戦闘モードの状態でなければその存在に気づく事は出来ないだろうが、だからと言って普段からちょくちょく悪戯に脅かされるのは心臓に悪いのだ。

「それで、どうしてこちらへ?」

「なに、例の弾がどうなったか気になってな。これでも焚き付けた張本人だ」

「あー、なるほど。それならグッドタイミングです。ね、ティアナ」

 話を振るとティアナは一見真面目な、しかしその実、振り回すしっぽが見えそうな様子で言う。

「はいっ、実はついさっき完成したんです!」

「ほう、それは良い時に来られたな。見せてもらってもいいか」

「もちろんです!」

「じゃ、ガジェット出すね。動きは止めておこうか」

 コンソールを操作、的として三体ほどのガジェットを生成する。

 それらに対して身体を向けて、息を整えたティアナは魔法を発動。

「……っ」

 乾いた音は連続して三つ。さきほどとは違って静止した的だ、ティアナの撃ち放った極小の弾丸は狙い違わずそれらの中心、コア部分を貫いた。

「……なるほど、こうなったか。早くて速い……考えてみれば、そうだな」

 彼の顔に苦笑があるのは、奇しくも見慣れた弾と良く似ていたからだろう。

「あ、あの、……どうですか?」

「それの厄介さはよくよく知っている。いい弾だな」

「ほんとうですかっ!?」

 褒められたティアナは、その顔を喜色満面に染める。

 こんな彼女を、なのはは見たことがなかった。

「あ、そうだっ……あの、特導官、お願いがあるのですが!」

「なんだ?」

「名前を付けてくれませんかっ、この魔法に!」

(……ああ、本当に懐いてるんだな)

 自分に対するものとは、根底から違っているような対応。こちらに当て擦っているわけではないだろうが、やはり寂しくはあった。

「俺がか? せっかくだ、自分で付けた方がいいんじゃないか?」

「うまく思いつかなくて……。それに、その、きっかけをくれたのは特導官ですし、だから」

「わかった、ではスーパーティアナ弾で」

「ま、まじめに考えてくださいよ!」

 からかわれてむくれるティアナ、そんな彼女に恭也はやはりしれっとした、いつもの親しい人間をおちょくる時の顔で。

 極めて、身勝手だと思う。

 そんな彼らの様子に、教導官としてではない苦味まで覚えるのは。

(……なんか、可愛い妹、って感じ。おにいちゃんも優しいし)

 こんな歪な自分よりも、目の前の無邪気に慕う女の子の方が、きっとよっぽど妹の立場にふさわしいんじゃないかなんて考えてしまう。

 だけど、それはやっぱり、嫌だった。

 女として彼を求めている気持ちを抱えているくせに、妹としても可愛がられていたいのだ。誰よりも、自分が。

 わかっているつもりだったけれど、改めて感じる自分の欲深さは、つくづく浅ましい。

「わかったわかった。そうだな、名前、か。……教導官、こういう魔法の名前というのは、なにがしショットでいいものか?」

「え、あ、はい。そうですね、それがやっぱり一般的です」

「だとすると……」

 口元に手をやって、少しだけ沈思黙考に入った兄は、やがて顔を上げて言った。

「では、スティンガーはどうだろうか」

「……スティンガー、スティンガーショット、ですか?」

 聞き返すティアナに、恭也は頷いた。

「ああ。弾のイメージからすると、そんな感じだろうかなと思う」

 スティンガー、それは突き刺すものを意味する言葉。

 ティアナの魔法の根底にあるのは、鋭く貫き、相手の意識を抜けていく弾というコンセプトだ。であればなるほど、ファストやラピッドよりもきっと、合っているように聴こえる。

「スティンガー、スティンガー……スティンガーショット」

「どうだ? センスに自信はないからな。しっくりこないのなら」

「いえっ、私、それが良いです!」

 恭也の顔をまっすぐに見上げ、その釣り気味の瞳に熱を篭めてティアナはもう一度、言う。

「その名前が、良いです!」

「……そうか。なら良かった」

 二人の様子は微笑ましいと評すべきもので、だから、そんな風に思えない自分はせめて、何も言わないでいようと思った。

 兄としての彼が盗られてしまうなんて恐怖があっても、まさかこの光景を邪魔なんて、できない。

 

 

 

 

 

 

 

「最近、ティアすごいよね」

 部屋の電気は既に消えている。入隊直後あたりは疲れで即刻眠りについていが、最近はかなり慣れてきた。

「え、なによ急に」

「急じゃないよ、ずっと思ってたの」

 二段ベッドの上段、寝転びながら天井を眺めつつ、スバルは下の友人兼同僚兼同室に言葉を続ける。

「新しい魔法含めて個人スキルがあんなにばっちり上達してるのに、だけじゃなくてチーム指揮もどんどん上手くなってるじゃん。……上手くなってる、なんて上から目線みたいで変だけど、とにかくさ」

「……それは、まあ、……それが私の役割だからね。一応、フォワードリーダーとしての」

 その素直じゃない言葉の中には照れがある事くらい、長い付き合いだ、よくわかっている。

「でも、まだまだよ。山は登れば登るほど、目指す頂上への距離がわかる……受け売りだけど、本当にそうなんだと思う。昔よりはるかに自分の駄目な部分がわかるようになったわ」

「あ、それは私も同じかも。嫌にはならないけど」

「……そうね。足りないなら、これから足していけばいいんだもんね」

 それは随分穏やかで、大人なセリフ。少なくともスバルの知る昔のティアナからは決して出てこなかったであろう言葉である。

「見てくれている人は、いるんだもの」

 闇に溶けるようなつぶやきは、こちらに聞かせるつもりがあったのかなかったのか。それが指している人が誰かなんて、問うまでもない。

「……明日の模擬戦、特導官も見に来てくれるんだっけ?」

「ええ、そう言ってたわ。ま、いつもどおりやりましょ」

「うん、そうだね」

 さらりと流れたティアナの言葉は、しかしどこか自分に言い聞かせるようで、やっぱり気合が入っているんだなあと思う。

 チームリーダーとして、現場指揮として、ティアナはいつも頭をフル回転させて指示を出してくれる。それこそ、チーム戦術の勉強も熱心にやっている姿をスバルは間近でよく見ている。

 彼女の努力に報いたいし、彼女の努力に報われて欲しい。

「いつもどおり、全力で勝ちを狙っていこう。そろそろ、結果が欲しいよね」

「……そうね」

 高町なのはを相手にした模擬戦。一定以上のダメージを先に相手に与えれば勝ちとなるルールでのその試合に、まだ勝利した事は一度もない。

 スバルたちはチーム全員で、対して相手は一人。その上リミッターが大きくかかって、なのはのランクはスリーランクダウンのAAだ。

 AAと言えば普通文句なしのエースクラスだが、それを軽く凌駕する人達に毎日毎日しごいてもらっているのだ、四人がかりならそろそろ超えたい壁である。

「いつもどおり、いつもどおり、確実な勝利を目指すわよ」

「まぐれで勝っても意味ないもんね」

 これは訓練で、負けても命を取られるわけではない。だから一か八かの戦法を取るという事も出来てしまうわけで、おそらく、今の自分たちの実力ならそれで五回に一回くらいは勝利は拾えるだろう。

 だが、機動六課フォワードメンバー四人、話し合って決めたのだ。目指す勝利はそれじゃない。欲しいのは、誰からも文句の出ない、運が良かったなんて言われない勝ちだ。

「反対に言えば……負けたって良いなんて気でやるつもりはないけど、もしそうなっても少しずつ改善すれば良いのよ。環境には恵まれているんだから」

「機動六課は天国だよね、……訓練のハードさ的には地獄だけど」

 そこそこタフな自覚のあった自分だが、ここに来てから「もう死ぬ」と思った回数は十や二十では利かない。

「でもほんと、ティアは特導官もだけど、私達、そもそもなのはさんに長期で鍛えてもらえるなんてとんでもなくラッキーだよ」

「……教導官としても優秀よね、あの人。教え方、上手いし」

「うん、すごく丁寧。それに最近ようやくわかってきたんだけど、私たち一人ひとりの育成計画もすごく綿密に立ててくれてるみたいで、なんか至れり尽くせりというか、いいのかなって思っちゃう」

「……そうね、本当に。善人で、天才で、努力家で、……なんか、完璧」

 最後の一言、そのトーンはどこか暗く。

(ティア……)

 どうもあまり、二人が打ち解け合っていないらしいというのは薄々感じてはいた。だが、少なくとも上司と部下、教官と教え子という範囲内では問題なくやってはいるようで、なかなか外野からどうこう言えるものでもない。

 それがもどかしいと思ってしまうのは、自分がティアナと友人で、そしてあのエースオブエースに憧れているからだろうか。

 自分の好きな二人に、お互い好きになってほしいなんていうのはやっぱりお花畑なんだろう。

「あんな妹なら、それは可愛いわよね」

「ティアだって可愛がられてるじゃんっ、ほら、恭也さんなんて呼んでるし!」

「……弟子としてよ。恭也さんは、私の兄さんじゃない。……私の兄さんは」

 その続きは、聴こえてこなかった。

 お互いの息がかすかに聞こえるだけの静寂の後、ぽつりとティアナは呟く。

「……でも、弟子としてでもなんでも、私の頑張りは見てくれている。あの人は、ちゃんと。それこそ、兄さんみたいに」

「うん……」

「だから、いいのよ。妹じゃないけど、だけど、私は私で、きっと、ちゃんと、だから」

 声量は小さく、音色は硬く。

 なんとなくの危うさを感じながら、何も言えなくて。

(明日、ちゃんと結果が出れば……)

 そうすれば、すべての方角うまくいく。

 信じて、スバルは眼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「おーおーおー、……ありゃあ随分だぞ」

 なかなか、敵に回せば厄介なタイプだ。同じ小隊の贔屓目なしに、ヴィータは本音でそう思っている。

 育ちやがったなと言うべきか、育てやがったなと言うべきか。

『おおおおおおおおお!』『はあああああああっ!』

 気炎万丈、吠えながらそれぞれ別のビル屋上から空中へと飛び出して言ったのはスバルとエリオ。あちこちに設置してあるサーチャーから、その声や姿がこちらにも届く。

 走る体躯の纏った勢いはかなりのもので、まだまだ荒削りだが悪くないレベルだ。

 彼らの向かう先にいるのは、二人で挟む中間地点、やはり同じくビルの屋上に佇むなのは。

 拳と槍、スバルとエリオがぶつけてくる左右からの突貫を、彼女は両手に展開したバリアで防ぎ。

『っ……』

 しっかりと受け止めつつ、途中、その顔がしかめられる。バリアの展開も一瞬だが緩み、スバルとエリオが得物のその切っ先を数ミリ押しこむ。

 ああ、本当に上手い。しかしそれは、スバルやエリオの事ではない。

『……レイジングハート!』

『Barrier Burst』

 当然ながら、そのまま押される高町なのはではない。戦況の変化と反撃を狙い、彼女はバリアを爆裂させ、二人を吹き飛ばしにかかる。

『でりゃっ!』『はっ!』

 しかし、爆炎がスバルとエリオの身体を舐める事はなかった。彼らは素早く身体を翻し、なのはからしっかりと距離を取っている。

 あの有利な状況下からあっさりと手を引く判断は、極めて鮮やかと言っていいだろう。なのはのバリアバーストはかなり厄介な魔法で、百戦錬磨の術者であってもあれの餌食になるものは少なくない。

 そして彼らフォワードチームは、それで終わりとはしなかった。むしろ、最後のこれが本命の狙いだったのだろう。

『フリード!』

『……グォオオオオオッ!』

 ビルの谷間からバッと翼を翻して現れたのは白銀の竜が一頭と、その主。フリードの口元には、既に赤い光がチャージされている。

 間髪おかずに発された火炎は、なのはの居るビルの屋上全面を焼きつくすかのような規模だ。動きの素早くない、ましてやバリアバーストの直後で固まっているなのはには避ける事の出来ない攻撃である。

「堅実で隙がない攻め、言っちゃあなんだがこのレベルの強かさは新人のそれじゃねえな」

「だね。私も、AAランクに落とした状態だとかなり厳しそうだ」

 ヴィータに答えたのは、隣に立つフェイト。

 フェイトとヴィータは模擬戦真っ最中の教導官とフォワードチームから十分に距離を取った位置、こちらもやはりと言うべきかビルの屋上に立って、サーチャーの映像・音声と目視で状況を見ている。

 もう何度目になるかわからないこの戦い、ついにずっと負けていた方が白星を飾る日が来たのかもしれない。

「いやあ一時はどうなる事かと思ったけどよ、本当に、めちゃくちゃ使えるようになったじゃねえか、アイツ」

「スバルもエリオもキャロも頑張ってるけど、現状、ここまで戦えてるのは確実にあの娘の力だろうね」

 件の人物はサーチャーの映し出す投影モニターの中、そのオレンジ色の髪を風に揺らしながら、鋭く油断のない輝きを瞳にたたえている。

 少し背の高いビルの屋上、屈みながらじっと状況を見やるその少女、ティアナ・ランスターこそが四人の司令官であり、攻勢の要。

 派手に技を振るったのは他の三人でも、それを攻撃として成り立たせたのは間違いなく彼女だ。 

『スバル、エリオ、全力退避。後ろは見なくていいわ』

『『了解!』』

 その指示が飛んだ直後、なのはが身を置く屋上に広がる炎が吹き飛んだ。赤い海を払い、空を裂くように放たれたのは桜色の光球群。なのはの十八番の一つ、アクセルシューターだ。

 あれだけの炎を受けてなお、リミッターがスリーランクもかかっていても、高町なのはは健在だった。さすがの重装甲と言うべきだろう。

 なのはの光球はスバルとエリオを捉えんとするが、素早く撤退を始めた彼らにはなかなか追いつけない。かろうじて食らいつかんとしたものも、すべてティアナに撃ち落とされた。

 なのはの表情は相変わらず凛としているが、バリアジャケットに損傷はかなり入っている。今の反撃で結果を出せなかったのは痛そうだ。

「……察しが良すぎねえか? なんでなのはがアクセルシューターで来るってわかった?」

 スバルとエリオは揃って後ろの様子などまったく気にせず全力ダッシュで逃げていった。とにかく速度を出せば追尾を振り切れるアクセルシューターだったからそれで正解だったろうが、もしこれがディバインバスターなどの砲撃系であれば、その速度から言って距離を取って逃げ切るのは不可能と言っていい。その場合、よく後ろを見て一瞬の判断で回避をしなければならない。

 どちらが来るかなど、術者であるなのはの姿が炎の中に沈んでいた事もあり、撃たれてみなければわからないはず。しかしティアナの指示は、明らかにアクセルシューターで来る事を確信していたものだった。

「撃ち落とし用の球を用意し始めたのもアクセルシューターが飛んでくより前だったぞ。どうなってる……いや、そうか、お前らの仕込みか」

「ティアナがちゃんと上手く使っているんだよ」

 御神式の構築、その大部分を担った人物であるフェイトは、妹弟子の勇姿にそう言ってにっこりと笑った。

「音で判断してやがんだな? 撃たれるタイミングと、撃ってくるもんの種類」

「そう。特にティアナはなのはとはつきっきりで訓練しているからね、よく覚えてるみたい」

「……厄介だ。本気で厄介だぜ」

 仲間の位置や状態に関しても、ティアナは明らかに目視や念話の連絡だけでは説明の付かない把握力を発揮していたが、それどころか敵であるなのはの攻撃に対しても、先読みのような技術を振るっているらしい。

 スバルとエリオが危なげなくバリアバーストを避けたのも、それを察知したティアナの指示があったのだろう。

「あと、厄介と言えば、あれな」

「そうだね、……あれはやだなあ」

 フリードとキャロに狙いを変更せんとするなのはの動きが、一瞬固まる。その様子はスバルとエリオの同時攻撃を受け止めた際に、バリアが緩んだ時と同じものだ。

 パァン、パァンと、響く短く乾いた炸裂音。

 片方の銃でビルからビルにアンカーを打ち込みながら跳んで移動しつつ、もう片方の銃から音と共に放たれるのは目視の難しいレベルの速度を誇る弾丸。

 貫通力もかなりあるらしいとは言え、それはなのはの防護を一発で抜けるほどではない。

 だが発射が早く、弾速も速く、避けるのは難しい。そして、集中して着弾が続けば防護を貫通してくる可能性はあるレベルではあった。

 避ける事の出来そうにない、無視も出来ない効力を発揮する弾。

 そんなものが飛んでくれば、否応なしに意識は取られる。それを非常に上手くティアナは利用しているのだ。

『もう一度いくわよ!』

『『『了解!』』』

 なのはからの反撃をいなし、無事にチームの体勢を整える事に成功したティアナはやはり油断なく、再度の攻勢に入った。

 スバルとエリオを主軸とした攻撃の中に、状況を見て補助をするようにスティンガーショットと名付けられた射撃を混ぜ込む。大きく隙が出来たならキャロのブースト魔法とフリードの炎撃も叩き入れる。

 抜け目なく、しかし堅実な戦いぶりは安定感があった。

「こりゃあ勝負あったかな……いや、わかんねえか」

「ティアナたちの方に戦況は傾いてはいる。だけど、なのはは硬いからね」

 並のAAランクの術者ならとっくに圧倒されて敗北を喫しているだろうが、あいにくと彼らの相手は高町なのはだ。ランクを抑えてあっても、その特異な能力は健在である。

 派手で強力無比な砲撃に注目が向きがちだが、彼女の強みは攻撃力だけではない。その後ろにある城塞もかくやと言った重厚な防御力は、向こうに回せばあの砲撃と同じくらいに脅威なのである。

「ここから詰め切れるか、だな」

「うん」

 見る限り、ティアナたちは四人でちょうどなのは一人と拮抗しているような状態だ。一人でも欠ければ、今度はなのはの側に大きく状況は傾く。

 どうなるだろうか、まだまだ眼は離せないだろう。

「……そういや、恭也の奴はどうしたんだ? 見に来るんじゃなかったのか?」

「上から急な連絡があったみたいで、ちょっと遅れるって。そろそろ来るとは思うけど」

 元伝説の特武官、やはりなかなか暇な身ではないらしい。度が過ぎるようなら対処が必要だろうが、なのはやフェイト、はやてが大丈夫な範囲だと判断しているのなら何も言うつもりはない。

(……ちょっと馬鹿な事したみてえだけど、あいつ、最近楽しそうだよな。やっぱ教えんのが好きなんだな)

 フェイトに加えて教え甲斐のある弟子がもう一人出来た事は、どうやらかなり日々に張り合いを与えたようだ。ヴィータの眼から見ても、恭也の状態はいい方向へ向かっている。

 その結果、自称凡才の少女が順調に人外の領域にじわじわと近づきつつある気がするのが恐ろしいと言えば恐ろしい。

「ティアナも恭也に見てもらいてえだろーよ」

「ずいぶん懐いてるみたいだからね」

 ベタベタとひっつくようなタイプではないのだろうが、パッと明るくなる表情は極めてわかりやすい。

 お澄まし顔をしてはいても、あの娘もまだまだ十六歳の少女なのだ。誰かに甘えたくなっても、それは何もおかしくない。その相手が父性という概念が具現化したような男だったというのは、傍から見る分には少なくとも自然な流れであった。

「……なのはの方にも、少しは打ち解けりゃいいんだけどな」

「……やっぱり、まだ硬い?」

「なんかな。どうしても色々思っちまうんだろーけどよ」

 入隊当初やホテル・アグスタ防衛の時のような、全方位に対するコンプレックスはどうもかなり薄れたように見えるのだが、ことなのはに対してはニュートラルには接せないらしい。

 ヴィータの見る限りそれはあるいは、皮肉にもなのはが親身に接するからこそというところもあるのかもしれない。

「ティアナの奴、アイツを完璧な女だとでも思ってんかね。あんな歪な人間いねえのに」

 ズバ抜けた能力を持ちながら、絵に描いたような人格者でもある……そんな風に思ってしまっているのであれば、歳も近く役割も似ていて、直属の指導者としてあんなに近くに居る人間に黒い感情をなにも持たずにいるというのは、少々難しいだろうか。

「なのはは恭也さんと一緒で弱い部分を隠すのがすごく上手いから、傍目に完璧だって思っちゃうのはしょうがない部分はある」

「まーなー」

 ヴィータの思う、高町なのはの一番大きな欠点はおそらくそれである。表面の取り繕い方が見事過ぎて、内側の痛みや葛藤を人に想像させなさ過ぎるのだ。

「それから……ティアナ、もしかしたら恭也さんをちょっとお兄さんと重ねてる部分もあるのかもしれない。そうなると、そこにはなのはが居るから」

「あー、……あー、そういうのもあったか。なるほどなあ……そうなると、いよいよややこしいな」

 なかなか込み入った状況で、絡まった紐を解くのはそれなりに大変そうである。

「下手に手を突っ込むよか、時間がなんとかしてくれんのを待つっきゃねえかもな。でも、今日のこれでもし勝てるようなら多少は変わってくんじゃねえか」

「うん、一区切りにはなりそうだよね。そうしたら、少しずつ仲良くなっていけるかも……ん」

 会話の中、フェイトが後ろを振り向いた。

「恭也さん、来たね」

「お前、気づくの早えよな……」

 ヴィータも同じように後ろを見てみれば、たしかに彼女の言葉通り、ビルの上々を軽々八艘跳びのように踏み付けてくる恭也の姿。

「なんであんな派手な動きしてんのに、引くぐらい物音しねえんだアイツ」

「うちの師範ですから」

「それなのに気づくお前って……ストーカースキルか」

「御神流スキルだよ!! あ、あと、その、……あ、愛、とか」

「こわ……」

「え、なんで!?」

 人の気配を覚り、自分のそれを消すという技は思えば、この女には一番身につけさせてはいけないものだったのではないだろうか。

 その技をプライベートで向けられうるのが、それらの実力においてフェイトよりも一段も二段も上な人間だけであるというのがせめてもの救いだろう……そんな風に思うヴィータであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ここからが中々攻め切れない、そんな焦れが少しずつ背中を這っている事は自覚している。

『っスバル、跳んで!』

『え、うんっ、……おああああああ!? あっぶな!』

 青い髪のチームメイトがつい先程まで居た場所を、極太の閃光が呑み込む。指示が一拍遅ければ、こちらの人数は一人減っていただろう。

 ここまで押し込んでなお、簡単な相手じゃない。そんな今更の事実を改めて、ティアナは実感させられていた。

 ビルの上を疾走しながら、目標、高町なのはの様子を伺う。

 損傷のあるバリアジャケットを身に纏いながらも、その表情は凛として。奔る魔力のキレは健在、動きにも焦りや迷いは見当たらない。

 リミッターでAAランクにまで落とされているが、それでも『高町なのは』だと思わされる。

 彼女の威容は、女王という名がふさわしい。

「焦るな、焦るな、焦るな、……焦るな」

 念じるように呟いて、一旦屋上から次のビルの中程の階にアンカーを撃って飛び込んだ。フェイクシルエットで自分の幻影を三体ほど作り出し、同時に別方向へ散って出て行く。少しでも撹乱しなければ。

 相手の攻撃を無駄撃ちさせて、その分こちらから攻め立てる。地道にそれをやっていくしかないのだ。

 ビルから出つつ、ちらりとなのはの方を伺う。彼女の横顔に動揺の色はなく、こちらが押しているはずだという認識が思わず、大きく揺らいでいく。

 勝てるのか、本当に、この人に。

(……ビビるな!)

 弱気の種を握りつぶして、隣のビルにアンカーを撃ちながらティアナは心を発動させる。洪水のように押し寄せてくる情報を捌いて、なのはの様子と仲間たちの位置と状態を把握。

 心を常時発動をさせられるほど、まだ上達はしていない。要所要所、必要なときにだけ使うようにしているのだ。

(アクセルシューターの加速が準備されてる、……危ない位置には、一応誰もいないか? でも、あの精度と威力と誘導性は危険極まりない、引き続き警戒が必要)

 この技を使うと、頭がキンと冷えていく。それは、葛藤や恐れというものを振り切るくらい深くに潜る集中状態に入るからであり、

(……大丈夫、大丈夫、……大丈夫)

 自分には、彼にもらったこの技がある。そんな風に、お守りを握りしめるような気持ちになれるからだった。

 もしも今日、勝ったらまた褒めてもらえるかな。

 怯えの反動か、そんな気持ちが心の中から浮いてくる。

 よくやったなって、頑張ったなって。あのゴツゴツとして、だけど優しい手のひらで、頭を撫でてくれるだろうか。

 私を、見てくれるだろうか。

 そのはずだ、きっとそう。

(……それに、もし勝てたら)

 そうしたら、白いバリアジャケットがよく似合うあの人の優しさを、きっと正面から受け取れるようになる気がするのだ。

 彼女がどれだけ自分を想って教えをくれているかくらいわかっている。わかっているのだけど、その優しさがまぶしすぎて、自分はずっとまっすぐに向き合えなくて。

 だけど、今日勝てたなら。

 つまらない劣等感を踏み越えて、色んな嫉妬を捨て去って、ちゃんと歩み寄る事ができるはずだ。

 寸前まで迫ったアクセルシューターを身を捻って躱しつつ、ビルの中へとまた飛び込んでながら、心がまだ発動したままになっている事に気づく。

 それほど深く潜ったろうか、それとも模擬戦とは言え実戦で使い続けた事で技がいよいよ馴染んできたのか。

「……っ」

 もしかしたら、これは後者かもしれない。コツを掴めば、そこから一気に成長する事もある……そんな風にあの人も言っていた。

 成長を意識した途端、心の精度がまた一段引き上がり、今まで聴こえていなかった範囲の音を拾い始めて。

 

「ようやく来たな、お偉いさんの用事は大丈夫なのかよ」

「ああ、……まあ、一応話は付いた、はずだ」

「なんだよ、歯切れの悪い言い方しやがって」

 

(あ……)

 赤毛の教官の声と一緒に、その人の音色が耳に届いた。

(……見に、来てくれたんだ)

 模擬戦開始前、少し遅れるらしいと聞いた時は正直、すごく気落ちしてしまった。だから、今、こうして来てくれた事がとても響く。

 

「……なにかあったんですか? 妙な事を言ってきているのでしたら」

「いや、……心配してもらうような事ではないんだ。すまないな」

「そう、ですか? ならいいんですが……」

 

 アクセルシューターの猛攻を避け、仲間たちにフォーメーションの指示を下しながら、やはり心はそれほど力を入れずとも維持できたまま。

(よし、これなら……)

 おかげで対応が早くできて、勝利の実感をようやく手繰り寄せられてきた。

 

「フォワードチーム、押してますよ」

「お前が来る前に終わっちまうかもしんねえって思ってたくらいだぜ」

「ほう、……そのようだな」

 

 彼にお礼を言う時は、ちょっと自慢気にしようかな。どうですか、ちゃんとできましたよって。

(勝つ、勝ってみせる。……冷静に、着実に)

 一人で痛みを抱え込まなくたって、みっともないそれをわかってくれる人がいる。だから、焦ることなんて何もない。

 

「終わる前に来られてよかったよ、急いだ甲斐があったな。……少し、気になってな」

「やっぱ心配だったか? ティアナの奴の事」

 

 自分を見てくれている人は、こうしてちゃんと――。

 

 

 

「ああ、いや、なのはの話だ」

 

 

 

「……え?」

 一瞬、頭が真っ白に染まって。

 桜色の光球が自分の身体ぎりぎりをかすめていくのも、まるで遠い世界の出来事のようだった。

『ティア? おーい、ティア?』

 指示を待つチームメイトからの念話が、来ている事はわかっている。だけど、意識は今、そっちには向かなくて。

 

「なのは? あんだよ、ティアナじゃねえのか? あんなに熱心に教えてたろうが」

「あの娘の事ももちろん気にはしている。だが、今は少々、なのはがな。フォローするべきはあいつの方だろう」

 

『ティア? どうしたの? あれ、念話つながってないのか……』

『……聴こえてる、わよ』

 ようやく返した言葉は、自分でも驚くくらいに平坦だった。

 のっぺりとしていて、だってそれは、きっと何かが振り切れているから。その何かが何なのかは、視線を前に向けた時に、やっぱりはっきりとした。

 高町なのは。

 ガラスのないビルの大窓ごしに見えるのは、周囲を油断ない瞳で見えるその人で。

(……どこが)

 どこが、一体どこが。

 一体、あの完璧な女のどこが、心配だと言う。

『ティア、次はどうする? エリオと私で回りこんでフォーメーションD? それともキャロにブースト頼んで正面からA?』

『……』

 いや、だから、結局そういう事なんだろう。

 だってそんなの当たり前だ。

(……妹、だもんね。かわいいかわいい、妹だもんね)

 あの人は、お兄ちゃんに心配してもらえる、大事な妹で。

『おわっ! こんなに追い込んでるのになのはさんの球、キレッキレなんだけど!』

 高町なのはは損傷のいよいよ大きくなったバリアジャケットを纏いながら、自分たち四人に囲まれながらも堂々たる風体でビル屋上、三メートルほど上空で髪をなびかせている。

 高空の女王の異名を取る、光球群を力強く操るその様はさすが、エースオブエース。

 リミッターをスリーランクかけた状態で、自分には決して届かない出力の技を、あんなになんでもない顔でやってのける。

(わかってる、わかってるわよ……ちゃんとわかってたわよ、そんなの)

 ティアナの視界は今、驚くほど鮮明で、研ぎ澄まされた感覚は今までにない鋭敏さを誇る。

『……全員、聞いて。私が隙を作るから、各々大きな遠距離攻撃を叩きつけて』

『おっけー了解!』『わかりました!』『やってみます!』

 スバル、エリオ、キャロから返ってくる声に、言葉にしないでティアナはやっぱり、ごめんと呟いた。

 ごめん、でも、もう止められそうにない。

 左の銃からアンカーを撃って隣のビルの屋上へと上がりながら、着地と同時に右手の銃をなのはへ向ける。

 撃つ前から着弾位置をはっきり確信できたのは、今がかつてないくらいの集中状態だからだろうと思う。

 放たれたスティンガーショットは、バリアジャケットに損傷のあるなのはの右腹部へ。当然、それでも身体へのヒットには至らず、割れかけとは言え効力の発揮しているジャケットに阻まれる。

 続けて二発目、これもやはり、発射する前に当たる場所がはっきりわかった。

「……っ」

 寸分違わず一発目と同じ位置に叩きこまれた弾に、なのはが僅かに息を飲む声が聴こえる。一発目で削られた彼女の装甲はその二発目で、さらに大きくえぐられた。

 これだけ距離のある相手にホールショットなんて、普段から、最初からやれなんて言われても決してできないだろう。

 だけど、今の自分はいつもどおりじゃない。

 フラッシュと炸裂音を産声に、三発目がなのはに食らいつく。その着弾位置は一、二発目の作った穴。

「ぅっ……!」

 それはついに、バリアジャケットを抜いて通る。模擬戦用の弾なので、効力はスタンオンリー。

 身体の痺れにだろう、小さなうめき声が栗色の髪の女から上がった。

 

「ッ連発ホールショット!? アイツあんなん出来たのか!?」

「……いや、あそこまでの精度は俺も初めて見る」

「ティアナ、怖いくらいに集中してますね……」

 

 遠くから聴こえてくる声に、しかし今は意識を向けない。見るべきは、そっちじゃない。

『今!』

『はああああああああああああ!』『フリード! いくよ!』

 合図に、エリオの鋭い雷撃とフリードの煌々と燃える火球が奔り、

『いよおっしゃあああああああ!』

 ブオンと、重厚な音が最後に続く。スバルが戦いの中で崩れたビルの大きな破片をぶん投げたのだ。ここぞという時、相変わらずやる事が剛毅である。

「ぐう……!」

 対し、なのははいつもよりも明らかにバリアの展開が遅い。言うまでもなく、身体の痺れが彼女の動きを縛ったのだ。

『……やった!』

 結果は、スバルの声が示している通り。鉄壁の城のように思えた高町なのはがその身体をふらりと揺るがし、やがてビルの屋上、その灰色の床へと落下する。

 すんでのところで受け身は取ったものの、ダメージは大きいだろう。それでも模擬戦終了の合図がないという事は、バリアジャケットの損傷率は規定以下。

 まだ勝負はついていない。

 それは、今のティアナにとっては願ったり叶ったり。

 この気持ちを吐き出す前に終わりになんか、させるものか。

 発動させたのは魔法が二つ。その内の一つ、フェイクシルエットの幻影が全力で走り全力で踏み切り、高町なのはが膝をつくビルめがけ、屋上から空へと身を投げた。真正面から、堂々と。

「……くっ」

 いかにもフェイクですと言わんばかりの無謀な突っ込み方だが、それでも一応相手にはしなければと思ったのだろう。なのはは抜き打ちの砲撃を一発、放ってくる。

 大ダメージを受けた直後という事もあって、その威力は万全の時と比べてひどく弱々しい……とは言え、それはそれでも『高町なのは』の砲撃だ。

 正面からまともに浴びてまさか、余裕の無事でいられる代物ではない。

 無事でいられるものではないが、それでもティアナはそれがいざ真ん前から迫ってきてもなお、怯む事だけはしなかった。

 フェイクシルエットで作った己の幻影が吹き飛ばされて、――その後ろで同じく特攻をかけていた、オプティックハイドで透明化した本物のティアナに桜色の奔流が迫る。

 受け流すように斜めに角度を付けたシールドを眼前に生成、さらにバリアジャケットの出力を上げて衝撃に備える。

 不思議と、耐えられないとは思わなかった。それは、それだけ高町なのはにダメージがあったという確信だ。

 それでも結局バリアジャケットの損傷は規定値ぎりぎり、通った衝撃に意識は飛びそうになったがそれでも、オプティックハイドは意地でも解除しなかった。

「……本体は」

 なのはの視線が、こちらから外れる。彼女から見れば撃って姿が消えたのだから、当然さっきのは幻影だったと判断するだろう。それは間違いではないが、正解でもない。

 この瞬間、たしかに彼女はこちらに騙されている。

 砲撃をボロボロになりながら耐えてその状況を作ったティアナは、しかしそれがずっと続くものとは決して思っていない。高町なのはの空間把握能力はさすが御神不破の直系と言うべきなのか、やはり人間離れしているのだ。

 出来る限り柔らかに足首を使って、ついにティアナはなのはと同じ屋上へ着地。どれだけ消したつもりでも、まさか師のようにはいかない。やはり漏れてしまった音を鋭く察知して、なのはの訝しげな視線がこちらに向く。

 それはそうだ、まさかこんな馬鹿な特攻をして来るなんて彼女は夢にも思っていなかったろう。

 比嘉の距離は七、八メートル。もう、ティアナは隠す気はなかった。

 隠せる気が、しなかった。

「……ぁああああああああああああああッ!」

 自分の存在も、彼女への黒い気持ちも。

 オプティックハイドを剥がしながら吠え、ワンハンドモードとしたクロスミラージュを向けて、なのはの元へと突っ込んでいく。両手で構えた銃に籠めるのはがむしゃらな魔力、制御もへったくれももはやない。

 爆発のようになるだろうこの銃撃を、眼前で炸裂させてやる。

 理性的な選択なんて、もうティアナの頭には欠片もなかった。

「……ッティアナアアアアアア!」

 あと一歩、そんな距離だった。

 あと一瞬、そんなタイミング。

 魔力を解放させんとした寸前、桜色をした横薙ぎの衝撃に吹き飛ばされて、ティアナの身体は宙を舞う。そのまま何回かバウンドをして、屋上の端まで転がって止まった。

 全身に奔る激痛は、しかし膜を通したように他人事のようだった。

「……」

「なにを、どうしてこんな……。ティアナッ……!」

 その人は、こちらを睨み、その愛らしい顔を見た事もないような剣幕の重い怒りで染め上げている。

「模擬戦は、喧嘩じゃない……、あんな戦法、一歩間違えたら怪我じゃないすまない……。それがわからないわけじゃないでしょ……」

「わかってますよ……」

「……わかってるんなら、なんで」

 彼女は、こちらに歩み寄って来る。ダメージの影響か、少し身体は重そうだがそれでも強い、猛烈な意思を感じる足取りで、一歩一歩迫って来る。

「なんで……ッ!」

 ついに彼女はこちらの下に辿り着いて、その細い手でティアナの胸ぐらを掴み、吊るすように引き上げて無理やり自身と視線を合わせる。

「なんで! なんであんな事をしたッ!!」

 形の良い瞳の中は、まるでマグマの煮えるよう。

 彼女は、本気で怒っている。

「堅実な方法で勝つんだって言ってたでしょう……、チームの皆と、それを目指して頑張ってたはずなのに……、全部投げ捨てて、なんであんな事をした……ッ!」

 その灼熱は、当然のように善良だった。チームを裏切り、自分自身の努力も裏切り、勝手な事をした部下に教え子に憤る、美しい熱さ。

「…………わよ」

「……聴こえるように言いなさい」

 そのお綺麗さが何より、癪に障った。

 

「……――うるっさいっつってんのよッ!!」

 

「……っ!?」

 言葉と同時、目の前のお綺麗な顔にヘッドバットを思い切り食らわせて、ノックバックにたたらを踏みながら、ティアナは力の緩んだ彼女の手を振り払った。

「あんたが正しい事くらいわかってるわよッ! 高町なのははいつも正しくて、立派で、強くて、綺麗で、完璧よ!」

「ティ、……ティアナ?」

「努力もしてる、経験も積んで、驕りもない! なのに才能は飛び抜けて、大天才のエースオブエース! 口を開けば間違いはなくて! 皆に好かれて信頼されて!」

 どろどろとしたぐちゃぐちゃの気持ちは、一言溢れでたらもう止まらなかった。次から次へと、白いバリアジャケットが似合いの女性に黒い感情をぶつけ続ける。

「私の欲しいもの全部! 全部持ってんじゃない! 実力も、実績も、地位も、可能性も、理想みたいな人間性だって! 全部全部、あんたは持ってんじゃない!」

「ティアナ、……待って、聞いて、私はっ」

「うるっさいわよ! どうせ正しい事しか言わないんでしょ!? その綺麗な口で、完璧なあんたは!」

「……っ」

 叩きつけた言葉に彼女の顔が深く深く歪む。胸元で握りしめられた手に色みはなくて、どれだけ自分の言葉がその心をえぐったかを思い知らせてくる。

 それでも、止まれなかった。

 ずっと心の奥でわだかまっていた醜い気持ちが、それでも間違いなくティアナ・ランスターの本音が、堰を切って止まらない。

「あんたの凄さはわかってんのよ! 嫌ってくらい、わかってるッ!」

 まぶしすぎる彼女の光が産んだ、ティアナの中のあまりに濃い闇が、白日の下に晒される。

「わかってるわよ! わかってんのよ! わかってるから! わかってるから、だから! だけど!」

「ティアナ、わ、私は……!」

「ちょっとくらい、欲張った私から! ――奪ってく事ないじゃないッ!!」

 その言葉の意味が、彼女の通じたかはわからない。こんなもの、極めて一方的な言いがかりだ。癇癪のように勝手で、当たり屋みたいに醜悪な。

 だけど、本音だ。

 本当の気持ちなのだ。

 彼は自分の事を見に来てくれたと思ったのに。

 実際は、堂々とスリーランクもリミッターを掛けた身でこちらと渡り合う才能豊かな妹を、それでも『心配』して来たという。

 自分を見に来てくれると思った。

 自分を見てくれていると思った。

 別にそれは、間違いというわけじゃないんだろう。あまりに勝手に自分がそこに期待をし過ぎただけの話。

 もし、彼が心配をしたのが自分よりも明らかにそうされるべき人間であったなら、きっとこんな気持ちにはならなかったのだと思う。

 そうだよね、しょうがないよねと、そんな風に納得が出来たと思う。

 だけど実際に対象となったのは、色んなものを山程持った、これでもかというくらいに優れた女性。

 能力も性格も器量も実績も評判も抜群の、誰もが認めるエースオブエース。

 優しい兄にそれでも護られる、全方位恵まれた、奇跡みたいな人。

 そんなの、嫌がらせにしか思えない。

「なんで、なんでッ!」

「ッティアナ、止めなさい!」

 銃口にありったけの魔力を注ぐ。さっきの眼前炸裂狙いの時もがむしゃらだったが、今度はそれよりもっと乱暴で無茶苦茶だ。

 制御も何も考えてない。そんな思考は残っていない。

 撃たなくたってわかる、こんなもの、絶対にまともに成立しない。盛大に暴発するだろう。

「なんでこうなるのよぉ……ッ! なんでぇええええええええッ!」

「ティアナっ、っく、お願い、やめて!」

 練っているのは曲がりなりにもティアナの残る全魔力、それはそれなりの勢いで空気を揺らし、強力な風を生んでいる。

 こちらに手を伸ばすなのははいつもならそんなものは物ともしなかったろうが、今は負ったダメージが大きすぎたらしい。たまらずと言った様子で二、三歩後退する。

「ティアナ、やめて! 話を聞くから! ちゃんとっ、全部聞くからっ! だからっ!」

 その顔にあるのは、自分が撃たれる心配などではないのだろう。

 純粋な、こちらを憂う心根が、声音の奥に見えている。

 だけどそれは、今のティアナにはふりかけられる新たな燃料にしかならない。

「うるっさいわよおおおおおおッ!!」

 喉が焼けるような大きさと痛々しさで叫び、そして銃に篭めた魔法と呼ぶ事も出来ないような愚かさの塊を爆発させんとしたその寸前、

(……あ、れ?)

 ティアナの意識は、首筋に奔った衝撃で闇の中へと身を投げた。

 最後に目に映った光景は、たったひとつ。

(なんて、かお、してんのよ……)

 あまりにも悲壮な色でその面を染めた、妬ましくって仕方のない、それでもやっぱり憎む事だけは出来そうにない、その人の顔だった。




 あけましておめでとうございます。
 ……お久しぶりです、ずいぶん間が空いてしまいました。ちょっと忙しくって。

 なるたけ月一更新でやっていきたいなと思ってはいるので、次はもっと早くアップできると良いなあなんて思っております。

 遅れた分、ってわけでもないんですけど、今回なんと、文字数で言うと多分今までで一番多いです。自分でもびっくりしました。

 内容は言えば、穏当に終わるかと思いきや、やっぱり終わらない当シリーズ。
 あっさりさっぱりでは済まされない、いつもどおりでお送りしています。

 なのはが悪いかと言えばそうでもないと思うし、恭也さんが悪いかと言えばそうでもないと思うし、じゃあやっぱりティアナが悪いかと言えば、それもそうでもないんじゃないかなあなんて思ったり。
 強いて言うなら、誰もがちょっとずつしくじっている、とかだろうか。

 自信を持って欲しくて優しく丁寧に対応したらそれはそれで劣等感を煽ってしまった、不安な部分を受け止めようといつもどおり包容力満点で接したら懐かれすぎた、自分なりに人を慕って前を向いて暗い気持ちに囚われずにいようと思ったら飲み込んでいた気持ちが最後に大爆発しちゃった、みたいな。

 僕がかつて死ぬほどハマったサモンナイト3というゲームに、
「キレイに磨かれた鏡はくっきり物を映し出すけれど……映し出される物がキレイに見えるとは限らないのよ。むしろ、見たくない部分だけが、際立ってしまうこともある。鏡に罪はないけどね」
 っていう含蓄のある事を素敵なオカマが言ってたんですけど、それを思い出す話になりました。


 ところでスティンガーっていうと有名な対空ミサイルランチャの方が頭に浮かぶっちゃ浮かびますね。スティンガーショットとは性質がまったく別で特に関係ないけれど。

 この話、めっちゃ長いのにまだティアナ編終わってないっていう衝撃。今回の更新で終わらせようって思ってたんですけど長くなったし間隔めっちゃ空いてるしって事で、区切りのいいところで投稿しちゃいました。
 ティアナちゃん好きなのでティアナ編は特に書き甲斐があるんですが、話を進めたいという気持ちもある。
「ぱぱー!」って呼ぶ娘を早く出したい!
 しかし、『親と慕ってくる子供』が出てきても新鮮さがまるでないよね恭也さん。もうすでに歴戦のパパ感出てるんだよなあ……。

 あ、誤字報告を下さっている方々、ありがとうございます。助かります。

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