魔法青年リリカル恭也Joker   作:アルミ袴

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 この作品には原作設定の拡大・独自解釈も含まれます。申し訳有りませんが、原作設定の絶対的な遵守をお求めの方、ご自分の解釈を非常に大切にされている方のご要望にはお応えしかねる場合があります。該当される方はご自身の責任における判断で閲覧されるかどうかお決め下さい。よろしくお願い致します。


第4話 敵ながら

「カートリッジロード!」

『Cartridge Load』

 なのはの声に、レイジングハートが応える。装填動作とともに力強いコッキング音が辺りに響いた。

(……お話、聞かせてもらいます!)

 前方の、好戦的な表情でこちらを睨みつける赤い少女を見据え、なのはは胸の中そう宣言、体と相棒にはカートリッジから装填された膨大な魔力が滾った。

 張り詰めるような十二月の夜空の下、鋭く声を放つ。

「アクセルシューター!」

 管理局武装局員が守護騎士を捕捉したとの連絡を受け、先に現場に向かったクロノを追う形で、なのはとフェイトは結界内に飛び込んだ。待っていたのは、赤い少女と蒼い獣の耳を持つ男性、そして途中から侵入してきた桃色の髪の女性。

 なんとか話し合おうとはしたものの、受け入れられなかった。結局はこうして戦闘になっている。

 なのはは、戦うことが好きではない。争いは嫌いだし、諍いはなければそれが一番だと心から思っている。

 でも、それでも、言葉を伝えるために、想いをわかり合うために、それが必要なら。

 戦うことを迷わない。傷つくことは厭わずに、傷つけることも恐れない。それは力を振るう者の責任だから。

 エゴイズム。自分でもそう思う。

 でも、それでも。

 いつか友と、部屋で語った。想いを伝えようとするのは無駄じゃない。そのために戦うことが必要ならば迷わない。

 なのはは思う。

 私は、戦う。戦おう。わかり合うために、笑って過ごせる明日のために、いつかのために。

『Axel Shooter』

「シュート!」

 不屈の心をその胸に、十二発の魔力弾が夜空を駆ける。

「アホか! こんな大量の弾……制御できるわけがっ」

 そう言って、赤い少女は鋼鉄の玉を取り出し、魔力でもって射出する。計四つ、なのはに向かいくる。

 なのはは凛々しく笑みを一つ浮かべ、目を瞑り集中。少女を魔力弾で囲いつつ、

「こんなの、余裕だよ」

その内四つを呼び戻し、

「なっ!」

正確に同数の敵弾を撃ち抜いた。

「お兄ちゃん相手に比べたら、ね」

『That's it』

 同意を返す相棒を握り、なのはは目を開き、赤い少女を見、言う。

「約束だよ! 私たちが勝ったら、事情を聞かせてもらうって! アクセル……」

「くっ」

そしてカットされた宝石のような形の障壁を作り出した少女に向かい、

「シュートッ!」

右手を大きくあげ、声とともに、展開した魔力弾で攻撃を開始した。

「……あっ……、こんのお……!」

 なのはの魔力弾は、少女の障壁に確かにヒビを入れていく。それを見た少女はハンマーを構え直し、獰猛な顔でなのはに敵意を浴びせる。

「……」

 なのははそれを、真正面から受け止めた。

 受け止めながら、微塵も怯まない。

 

"戦場では、決して揺らぐな"

 

 心に浮かぶのは、兄の声。その教えを忠実に守り、なのははどれだけ少女が凄もうと動じず恐れず竦まない。そして頭ではこの後の展開を幾通りもシミュレート、戦術を組み立てていく。

 目の前の、赤い少女は確かに強い。

 以前はまともに反撃もできず、一方的にやられてしまった。相棒たるレイジングハートまで砕かれかけた。

 だが、今のなのはの心は静かだ。

 レイジングハートは、強くなってくれた。インテリジェントデバイスにも関わらずカートリッジシステムを組み込むという無茶によって、自分のために強くなってくれた。

 そして自分も、そんな彼女と胸を張って一緒に戦えるくらい鍛えた。自信をもってそう言える。慢心などもちろんないが、意志と誇りはたしかにある。

(――……ありがとう、お兄ちゃん)

 自分をそうしてくれたのは、他でもない兄だ。

 なのははほんの一瞬、兄との訓練を思い出した。

 

 

「い、一発も……当たりませんでした……」

「……ふむ」

 響いたなのはの弱々しい声に、恭也は頷き一つ応えてから、

「まだまだ甘いな。フェイントをかけるならもっとさりげなく、しかし徹底的に、だ」

続けざまにそう講評する。戦いに関しては厳しい彼の戦闘者としての意見だ。なのはは素直にその言葉を受け、

「うん、わかった。もっと練習するよ!」

そう意気を上げた。

「ああ、頑張れ」

 恭也はそんななのはに、今度は優しい兄の声で応援をくれた。

 二人がいるのは、早朝の公園だ。アースラに頼み、結界を張ってもらっているので気兼ねなく魔法の練習が出来る。朝の鍛錬に向かう恭也に付き、メニューをこなす彼の傍ら魔法の練習をし、最後は彼を相手取った実戦訓練を行う。あの守護騎士襲撃以来の、なのはの日課となっていた。

 実戦訓練の内容は単純なもの。避ける兄に誘導弾を当てる、それだけ。

 本当に単純だが、先の結果が示すとおりその難易度は非常に高い。先回り、フェイント、囲い込み、どれもまともに通じない。速すぎて先に回れないし、フェイントはすべて読まれ、囲い込んでも最小限の体捌きで躱され掻い潜られる。

「おにーちゃん、もう一回お願い!」

「ああ、いいぞ」

 目下の目標は、とりあえず制限時間内に一発でも当てることだ。ストップウォッチの時間をセット、再度、なのはは恭也に挑む。

 挑んだのだが。

「……な、なんで……」

「惜しかったな、狙いはよかったが」

 結果はまた、惨敗に終わった。

「うう……死角をついたと思ったんですが……おにーちゃん後ろにもう一つ目があるの?」

「あるわけあるか。魔力弾とはいえ、風切り音と存在感はある、ならば見ずとも察知は容易だ」

「……そうですか」

 相変わらず人間離れしたその言葉に、なのはは最早そう返すしかなかった。

「ま、今日はこれくらいにしておくか」

「はーい」

 ひとまず、今日はこれでおしまい。なのはは恭也とともに、少し歩き、やがて二人でベンチに腰掛けた。

 訓練の後は、いつもこうして休憩をしてから家に帰ることにしている。

 訓練自体ももちろんとても実になるものだが、なのはは兄と二人でゆっくり話せるこの時間が、密かにいつも楽しみだった。

「でも、お兄ちゃんほんとすごいね。魔法なくてあんなに速く動けるなんて」

「一応鍛えているからな」

「……言葉に重みがあります」

 しれっと言う兄に思わずなのはは苦笑する。恭也に戦いの指導を願ってから、なのはは初めてまともに彼の本気の鍛錬を目にしたのだが、それは想像を超えたものというか常軌を逸したとすら言える内容で、兄には言っていないが正直少しカルチャーショック的ですらあった。

「だが、俺からしたらデバイスなしであんなに魔法を使えるなのはもすごいと思うがな。それに、やはり空間把握と動体視力は大したものだ」

「そ、そうかな……」

「ああ、そうさ」

 兄に褒められ、なのはは少し顔を赤くする。

 レイジングハートは未だに修理中、よって今のなのははデバイスなしの状態だ。だがデバイスなしでも魔法はある程度使えるし、練習もできる。自分の実力不足で壊れかけてしまったレイジングハートのためにも、彼女がいなくとも鍛錬は怠らない。

 そんななのはに合わせ、実戦訓練では恭也は安全のため一応バリアジャケットだけは展開するものの他の魔法は使わない。その身一つで付き合ってくれている。

 さすがは生身で守護騎士と渡り合った兄と言ったところか、実際、この訓練を初めて、それでも今まで一度も恭也のバリアジャケットが役に立ったことはなかった。そういうわけでちょっと自信を失いかけていたなのはだが、

「魔法自体も、目に見えて操作精度や速度が上がっている。上達しているさ」

「う、うん……ありがとう、お兄ちゃん……」

その兄に褒められ、頭を撫でられればすぐにやる気がみなぎるのだから、自分でも単純だと思う。

 だが少し照れくさくなってきたので、なのはは話を変えた。

「お兄ちゃんの方はどう? 魔法の練習」

「ああ、……まあ問題ないと言ったところか」

『ご謙遜を、大した上達具合ですよ、慎み深き主よ』

 自分に厳しい兄に代わり、きちんと応えてくれたのは彼の指にあるデバイス、魅月だった。

 兄と魅月の関係はなのはから見ても非常に良好、いいコンビと言えた。

 ちなみに魅月は、恭也との二人きりを楽しみに思っているなのはの気持ちを察してくれているのだろう、この休憩の時間に言葉を発することはあまりない。なのはとしては自分と同じく兄を慕っている魅月の事も好きなので色々話をしてみたいのだが、反面悪いと思いつつ、そんな魅月の気遣いが嬉しくもあるのも事実だった。

 彼女は、優しいデバイスだ。優しい兄にぴったりだと思う。

「まあ一応、眩体と晃刃、それと影刃はかなり馴染んだか。実戦でも力になってくれるはずだ。ただ、やはり足場生成がまだ少し不安だな」

「それはお兄ちゃんの動きが速すぎるのが原因な気がしないでもないけど……」

 兄の空戦スタイルはかなり特殊である。飛翔魔法を使わずに足場を作って跳びまわり戦う。魔導師としては間違いなく異端だが、しかしその実、異常とも言える超高速機動を実現してもいる。魔法なしでも速かった兄だが、眩体と言う名の身体強化魔法を使うことでさらに、驚くほどさらに速く、そして足場を作る魔法も覚えることでまさしく縦横無尽に動くようになったのだ。

 クロノなどは、恭也と並の魔導師ではもうまともに戦いにすらならないと言っていた。

「だがな……あれでは実際のところまだ完全に全速では動けん。要精進だ」

 それでも本人はまだまだだと言う。あれで全速でないらしい。その上神速と言う、なのは達からしてみれば瞬間移動としか言えない技もある。

「そ、そっか……あはは……」

 なのはとしてはもう、そう乾いた笑いを浮かべるしかない。

(すごいな、おにーちゃんは)

 そんな兄が、なのはにはやはり誇らしい。

 なのはは、兄が大好きだ。

 世界で一番好きな人、と言われたら、もちろん家族はみんな好きだけど、それでも一番と言われたらなのはは恭也の名をあげる。

 高町なのはは、高町恭也が大好きだ。彼の暖かさが恋しいし、彼の優しさが愛しいし、彼の強さを尊敬している。

 その思いは日に日に募っていく。それは最近頓に顕著だった。兄の強さを目の辺りにし、その強さを支える精神を感じるたび、彼への憧憬が募る。彼が肉体的にも精神的にも強いことなど、その彼にずっと守られてきたなのははもちろん知っていたがしかし、それを具体的に見ることになって、憧れが今までよりも遙かに募るようになった。

 強くなりたい。

 あの時、病室で眠る兄の隣で誓ったあの想いも日増しに大きくなる。守られてばかりじゃない、兄のように守れるように、そしていつか、兄に頼ってもらえるくらいに。さらに言えば……兄を守れるくらいに。

 なのはが目指すのは、恭也の隣だ。

 いつまでも、後ろに隠れているのは嫌だ。自分がいくら安全でも、それで兄が傷つくのはもう嫌だ。

 隣に立って、一緒に。

 それがなのはの目標。どれだけ遠いかなんてわからないくらいのゴールではあるが、なのはにとってそこは立たなくてはならないスタートラインだ。

「ねえ、おにーちゃん」

「なんだ?」

「強くなるために、一番必要なものってなにかな?」

 だから、なのはは恭也に尋ねる。兄のようになりたいのなら、兄に聞くのが一番だと思うから。

「……そうだな」

 少し唐突ななのはの問いに、恭也はしばし目を閉じてから、

「忘れないことだ」

そう言った。

「忘れない、こと?」

「ああ、決して忘れないことだ。強くなりたいという想いの根源を」

 やがて恭也はなのはを見つめながら語る。

「なのは、覚えておいてくれ。強さは同時に弱さを生む。硬さが同時に脆さを生むように、強くなればその分、人は弱くなる。自分が得た強さに飲み込まれるという弱さをもってしまう。……力は、人を時に苦しめ狂わせる」

 恭也は続ける。なのははそんな彼の言葉を一言だって聞き漏らすまいと、精一杯耳を傾ける。

「だから、強くなるには、ずっと強くなっていくためには、最初の想いを忘れてはいけない。なぜ自分が強くなりたかったのか、それを決して忘れてはいけない。それを忘れてしまえばいくら強くなっても、得た力に溺れ、それ以上に弱くなってしまうんだ」

「だから、忘れないこと、なんだね」

「ああ、そうだ」

 晴天の下、朝の静謐な空気の中、響く兄の声はなのはには素朴で、そして荘厳なものに思える。なのはは恭也の言葉を胸に刻んでいく。彼のように強くなるために。

 真剣な面持ちのなのはに、恭也は、

「ついでだ、これも言っておこう、なのは」

さらに言葉を紡ぐ。

「なのはがこの先どうする気なのかはわからん。なのは自身もまだ、決めていないのかもしれないがな。時間はたっぷりある、ゆっくり決めていけばいい。……だが、もしなのはが、魔導師として戦場に立つことを選ぶならば、そしてそうでなくとも今後、戦場に立つ事になったならば」

 恭也は静かな声で、揺らぐなと、そう言った。

「迷ってもいい、惑ってもいい、悩んでもいい。しかしなのは、決して揺らぐな。戦場では、決して揺らぐな。……俺の今やっている仕事に関しては少し、話したな?」

「……うん」

 恭也の仕事。恭也は今大学生ではあるが、同時に護衛などの仕事もやっているらしい。その手に握った剣を振り、自らの命を盾にして、守るべき人を守る仕事だ。

「俺の戦場ではな、極端に言えば、どんな達人であっても素人の拙い一撃ですらまともに当たってしまえば死ぬ。どれだけ鍛えた者でも、一発の銃弾が当たればそれだけで命を落としかねないからな。俺だって、いつ死んでもおかしくはない」

「……っ」

 その言葉に、思わずなのはは息を飲み、目を伏せた。

 わかっている。

 兄はそういう仕事を、戦いをしているのだ。

 バリアジャケットはない、シールド魔法もない。治癒魔法もなければ、非殺傷設定なんてありえない。こんなに強い兄だって、たった一発銃弾を、その身に受ければそれだけで、死んでしまってもおかしくない。

 兄がいるのは、そんな戦場。故に、彼の言葉は重い。

「なのは、だから、戦場で揺らいではいけない」

 とても、重い。未だ十にも満たないなのはには、悲しいくらいに重い言葉だ。

 だからなのはは全力で、その言葉を受け止める。その心と体にある力すべてで彼の言葉を受け止める。

「揺らいでできたその隙には、敗北や死が入り込む。そこに素人も達人もない。戦場で揺らぐのは、平等に致命的なんだ。戦場は、自分と他人の想いがどんな形であれぶつかり合う場所だ。殺したいと思う者もいれば死にたくないと思う者もいて、逃げたいと思う者もいるし、守りたいと思う者もいる。そんな者達がぶつかり合い、お互いに揺らし合うのが戦場なんだ。だから大切なのは」

「揺らがない、気持ち……」

「そうだ」

 頭に固くて、とても暖かい感触。兄の手だ。

「難しいか、なのは? 怖いか、なのは?」

 なのはは撫でられながら、正直に頷いた。しかし恭也はそんななのはに、それでいいと言った。

「難しいことだし、怖いことだ。それがわかっていればいいさ」

 恭也は、厳しくて、しかし優しい声で、そう言った。

 

 

(私は、揺らがない)

「うおおおおおおおっ!」

 なのはのアクセルシューターが障壁が破ると同時に、赤い少女はハンマーを可変、ジェットのようにその後部から光をあげ、回転しながら突っ込んできた。

「……っ!」

『Protection Powered』

 それを見たなのはは即座にバリアを展開、受け止める。バリアにハンマーが食い込み火花があがるが、

「硬え……!」

思わずと言ったふうに呟かれた少女の言葉の通り、破られる様子はない。

「レイジングハート!」

そして強固さに驚く少女に向かって、

『Barrier Burst』

「なっ、うあああああっ!」

そのバリアを爆発させる。吹き飛ぶ少女、これで隙と間合いがとれた。

「ディバイイイン……」

 であれば即座に追撃だ。

 揺らがない。戦うと決めたなら、徹底的にだ。勝ってみせる。自分にとっての勝利をこの手に掴んでみせる。

 なのはは強い決意と共に、魔力を迸らせる。

「バスタ――ッ!」

『Divine Buster』

 桜色の閃光が闇を切り裂きながら、少女へ躍りかかる。弾速・威力ともに申し分ない。

「ぐうううっ!」

 着弾、響く少女の声。が、

「直撃は、してないみたいだね」

『So it seems』

一瞬だけシールドを展開し防ぎ、その間になんとか身をそらしたのか、少女は閃光にその身を完全に捉えられはしなかったらしい。だが、それでも攻撃は入った。その証拠に、少女は大きく遠方に吹き飛ばされている。

「……悪魔めっ!!」

 風に乗って、少女のそんな叫びが遙か遠くから幽かに聞こえてきた。

 なのは苦笑する。そして思い、呟く。

「……悪魔でいいよ」

(悪魔らしいやり方で、話を聞かせてもらうから)

 ここは戦場。であれば、容赦も躊躇も遠慮もいらない。するべきじゃない。

 それが兄の教えであり、なのは自身もそう思っている。

『Master』

「うん、レイジングハート!」

 その声を合図に、レイジングハートがその姿を、

『Buster Mode,drive Ignition』

「いくよ! 久しぶりの長距離砲撃!」

バスターモード、改装によって得た新たな長距離砲撃用のものへと変えた。

 なのははスコープ越しに、標的たる赤い少女を見据える。少女は砲撃の構えをとったこちらに驚きの表情を浮かべていた。わからなくもない、通常、この距離は少し遠すぎる。

 だが、自分とレイジングハートなら。

『Load Cartridge』

 続けざまに二発、排出された空薬莢が勢いよく宙に舞った。

『Divine Buster Extension』

「ディバイイイイン……」

 なのはは溢れる魔力を完全に制御、眼前に魔方陣を展開し、その中に光を作り出す。狙いは少女、そして、

「バスタ―――ッ!」

轟音と共に、閃光が奔った。

 一拍の間を置き、

(――捉えた)

驚愕に揺れる少女の元に届いたそれは、夜空に爆炎の花を咲かせた。

 それをしっかり視界に収めつつ、しかしなのはは警戒を緩めない。

 廃熱部を開き、蒸気を排出したレイジングハートに、なのはは言う。

「今度は障壁、抜けただろうけどまだ確定打じゃないかもね。レイジングハート、第二射の準備を」

『Yes,master』

「場合によってはアクセルシューター主体に切り替えつつ、目指すは迅速な撃墜。お話はその後にゆっくり聞かせてもらおう」

『Master』

「なあに?」

『You have become like your elder brother』

 その言葉に、なのはは一瞬惚けたものの、

「ありがと。最高の褒め言葉だよ」

笑みと共に、すぐにそう返した。

『I also think it's a good thing』

「うん。でも、まだまだ」

 そう、まだまだだ。

 浮かれすぎないよう自らを戒めつつ、夜の闇の中、なのははレイジングハートを握りしめた。

 

 

 

 

「はああっ!」

 裂帛の声と共に放たれた突きを、フェイトは身を捻ってかわした。そしてすぐさま、相手の刃と自分の体の間に自らの相棒たるバルディッシュを挟み込む。

 金属音が響いた。

「っ!」

 剣筋を読まれた驚きからか、眼前の騎士から声が漏れる。

 突きを躱されたとみるや、刃はそこから横薙ぎに振るわれた。フェイトはそれを読み、バルディッシュを挟み入れ防いで見せたのだ。さらに続けざまにそこから反撃、バルディッシュを刈るように振るった。バルディッシュはすでに光刃を展開したハーケンフォームとなっている。まともに入ればそれなりのダメージを入れられる。

「……っ!」

 フェイトの手に、確かな感触。

 だがそれは、騎士の体を捉えたものではなかった。

(……鞘、か)

 剣から離した片手を素早く引き戻し、そこに顕現させた鞘で攻撃を受ける。緊急回避的な手段であるのだろうが、多くの実戦経験に裏打ちされた技術なのだろう、それを行った敵の動作は淀みのない流れるようなものだった。

 そしてすぐさま、片手でのすくい上げるような斬撃がフェイトに放たれた。フェイトは鞘で受けられていたバルディッシュを回転させそれに迎撃をかける。

 剣と光刃がぶつかり合う。響いた衝撃で、両者の体は共に弾かれた。

『Plasma Lancer』

「プラズマランサー!」

 フェイトは後方に流れながら、声を放つ。

「ファイア!」

 それに呼応し周囲に光球が五つ出現、それは槍の形となり騎士に躍りかかった。

「っはああっ!」

 対する騎士は、剣に炎を纏わせ力強く振るった。その一撃は雷撃の槍をすべてはじき飛ばすことに成功する。だが、

「ターン!」

雷撃の槍は、再度響いたフェイトの指令に反応、

「……っ!」

飛ばされたその場で再射出、騎士に再度躍りかかった。様々な方向から同時に襲い来るそれらに対し、騎士はほんの一瞬驚きを顔に浮かべた後、今度は回避を選択、当たる寸前に上方へ移動。

 騎士が雷槍から逃れたまさにその瞬間、

(ここだ!)

『Plasma Lancer』

「なっ!」

フェイトは、温存しておいた残り三発分のプラズマランサーを一発に纏めて高速射出した。

 今度ははっきりと驚愕の声を挙げた騎士へ、夜を裂くように巨大な雷槍が奔る。

「くっ!」

 避けられないと判断したのかその場で防御を固めた騎士に、下方から追いすがった五発の雷槍と、新たに射出された高速の雷槍が同時のタイミングで突き刺さった。

 雷撃と閃光、そして爆炎が辺りに広がる。

「ぐうううっ!」

 多少の間を置いて、そこから飛び出すように騎士が姿を現した。バリアジャケットが所々損傷しているが大きなダメージは入っていないのか、動作は機敏だ。

「っ! カートリッジロード!」

『Schlangeform!』

 そして騎士は何かに気づいたような反応を見せた後、手に持つデバイスを連結刃に変形、自らの周りを囲うように振り回した。そこに、

『Haken slash』

閃光と爆炎の煙で姿を隠していたフェイトが、光刃で斬りかかった。

 辺りにもう一度、爆炎が広がった。

 やがてそれが晴れたころ、

「……強いな。お前も、お前のデバイスも」

「……あなたも。そしてあなたのデバイスも」

そう言葉を交わしたフェイトと騎士は、少しの距離を置いた場所で静止、向かい合った。

「一度聞いているかとは思うが、改めてお前に対して名乗ろう。私はヴォルケンリッターが将・ベルカの騎士、シグナム。剣の名はレヴァンティンだ」

「管理局嘱託、フェイト・テスタロッサ。この子は、バルディッシュ」

 騎士――シグナムの名乗りに、フェイトは答えた。そんなフェイトにシグナムは続けて、

「一つ、聞きたいことがある」

「なんですか?」

「お前はあの男の身内なのか?」

唐突な質問を投げかけてきた。

「……………………え?」

「私と前に戦ったあのタカマチキョウヤだ。髪の色は違うようだが……お前はあの男の身内なのか?」

「………………………………」

「テスタロッサ?」

 自分が、恭也と身内。フェイトはその言葉で思わず彼の妹となった自分を想像してしまい顔がゆるみ、……そしてその後すぐに違う意味で身内となった事を想像しかけて顔が赤く、熱くなる。

「……テスタロッサ?」

「……あ、え、は、はい………………い、いえ、ちがいます! 違います! 身内じゃありません!」

 固まっていたフェイトだが、怪訝そうなシグナムの声に我に返り、なんとかそう返答した。

「そうか、違うのか……」

「ど、どうしてそんなことを?」

「いや……お前の動きや太刀筋に奴を感じたのでな、もしやと思っただけだ」

 そしてシグナムのその言葉に、今度は胸が熱くなった。

(私から……恭也さんを……)

 自分の動き、太刀筋から恭也を感じた、それはフェイトにとってこの上ないくらいの褒め言葉だ。だからと言うわけではないが、フェイトはシグナムへ正直に告げる。

「……家族ではありませんが」

「ん?」

「家族ではありませんが、恭也さんは私の、師です」

「……なるほどな、そうか」

 フェイトの言葉に、シグナムは納得がいったとばかりの表情を浮かべた。

「妙な事を聞いて済まなかった。どうしても気になったものでな」

「いえ」

「……お前は強い。この身になさねばならぬ事がなければ、心躍る戦いだったはずだが、仲間達と我が主のため、今はそうも言ってられん」

 シグナムは表情を切り替える。そしてレヴァンティンを鞘に戻し、

「殺さずに済ます自信がない。この身の未熟を、許してくれるか」

腰に構えて、そう言った。彼女の足下には正三角形の魔方陣が浮かび上がっている。

 彼女の言葉に嘘はない、それが、刺すような気迫と魔力からひしひしと伝わってきた。

 フェイトはそんなシグナムに対し、改めてバルディッシュを構え直した。そして言葉を放つ。

「構いません。勝つのは、私ですから」

 そう、勝つのは自分だ。 

(……私はまだまだ弱いけど、でも前より確かに強くなった)

 今目の前にいる守護騎士……シグナムは、速く鋭く硬く力強い。まさしく、百戦錬磨の強者だ。

 だがそんな相手に、自分は対応できている。

 もちろん押しているわけではない、一進一退、どちらに転んでもおかしくない勝負ではあるが、それでも、以前見たときは自分よりもはっきり上であると思った相手に、今は確かに届いている。クロスレンジもミドルレンジもついていけているし、速さで隙を突けている。

 それは自分のため、危険を顧みず、強度の問題から本来は推奨されないカートリッジシステムの搭載という選択をしてくれた相棒バルディッシュのおかげであり、

(恭也さん……)

厳しく、しかし心を籠めて、教えをくれるあの人のおかげだ。

 だから、自分は負けない。

 フェイトは彼の言葉を、教えをその胸に浮かべた。

 

「フェイト」

「はい」

「どうして今こうなったわかるか?」

「いえ……わかりません」

 高町家の道場、その中心でフェイトは恭也の言葉に正直に答えた。わからないのだ。

「速度を上げても上げても……なんで逃げ切れなかったのか、わからないです」

 今の今まで行っていたのは、限られたフィールド内で制限時間内ひたすら恭也の手を躱す、回避の訓練の一つ。フィールドは十五メートルほどの円、広くはないが逃げ回れる大きさだ。フェイトに魔法の使用は許可されている。ブリッツアクションなどを使って速度強化を施し、迫る恭也の手を全力で回避した。

 そして結果は、現状が物語っている。

 フェイトの頭上には、恭也の手。端的に言って、額の辺りを中心にして頭を鷲づかみにされている。お陰で視界も半分くらいふさがれていた。

 自分で言うのもなんだが、かなり間抜けな格好だった。

 訓練の結果自体も相まって情けない気になったが、しかし恭也の凄さの一端を目の前で見られたという事で嬉しくもある。

「俺の動きはフェイトより速かったか?」

「……いえ、単純な動きの速度なら、私の方が上だったはずです」

 自分は魔法も含めた全力、対して恭也は魔法なし。どころか、若干手を抜いている気配すらあった。魔法ありの彼の全力にはほど遠い速度、それでも自分は避けきれなかった。

「私の方が速いのに、恭也さんの方が……速かった……というか」

 不思議な感覚だった。自分を抜くはずのない速度で後ろを走っていた人が、なぜかいつの間にか前にいたような不可解さ。

「君の側からすれば、そういう風になるだろうな」

「はい……」

「いいか、フェイト。君の上達の鍵がそこにある」

 言葉と同時、頭上にあった感触が消えた。恭也が手を離したのだ。撫でられていたわけでもないのにそれでも離れていくその温もりに対し、少し寂しいと感じてしまい、さすがに自分でもどうかと思った。

 しかし今はそんな事を考えている場合ではないと気をとりなおし、フェイトは恭也の顔を見つめ、言葉を待った。

「俺に言わせてみれば、君の動きはものすごく勿体ないんだ、フェイト。君は速い。動作は機敏で思考も鋭敏だ。だからこそ、惜しい。その単純な速さにのみ頼り切っている事が惜しい。つまり、君の動きは……単発に過ぎる」

 単発、どういうことだろうか。

 フェイトは恭也の顔から視線を少し落とし、思考を巡らせる。頭の中、自分の動きと彼の動きを比較し、そこにある違いを与えられたキーワードを元に抽出を試みる。自分は単発、では彼は……。

「あ……」

 そして、フェイトは少し声を上げ、視線をまた恭也の瞳へと戻した。

「わかったか?」

 問いかける声に、答える。

「なんとなく、ですけど……恭也さんの動きって、全部繋がっていたような……一つの動きが、それだけで終わるんじゃなくて次の動きのための準備にもなってる……気が、します」

 少し曖昧なその言葉に、しかし恭也は満足げに頷いた。

「そういう自分できちんと考えるところは、フェイトの長所の一つだな。ふむ、その通りだ。現在の動作を次の予備動作にする、そうすることで動作自体の速度を上げなくとも、全体として見れば短い時間で動けるようになる、この考えが今のフェイトには足りない」

 ぶつ切りで単体としての速度しか持っていない動作。個々の動きをいくら上げても、全体として無駄が多くては折角の速さに意味がない。速さを生かし切れていない。だから恭也はもったいないと言ったのだろう。

「避けるのも防ぐのもそして攻めるのも、その場しのぎ、その場限りでは意味がない。繋ぐことを意識するんだ。それが結果的に単純な速度ではない速さとなる。これからは重点的にそこらへんを鍛えるぞ。体も頭も思い切り使うことになるが、覚悟はいいか?」

「はい!」

 問いに、フェイトは明るい声で返した。厳しい鍛錬ならば、むしろ望むところだった。

 彼の鍛錬における厳しさは知っているが、しかしそれが優しさによるものであることもまた知っているし、それに何より、厳しい鍛錬ならその分強くなれる、

(ほんのわずかでも、恭也さんに……)

彼に近づける。いつの間にかできていたその目標の事を思えば、胸が弾むくらいだ。

 笑顔を浮かべるフェイトを見、恭也は小さく苦笑を浮かべた後、

「いい返事だ」

そう言って、手を伸ばした。

「あ……」

 恭也はフェイトの頭を今度は掴むのではなく、撫でた。フェイトは目を細め、その感触を味わう。

(褒めてもらって、撫でてもらった……)

 今日は、いい日だ。恥ずかしくてさすがに口には出せないが、確かに胸の中、フェイトはそう思った。

「ふむ……フェイト、"体を割る"という言葉を知っているか?」

 そんなフェイトに、恭也はそう唐突に問いを発した。

「いえ……知りません」

 フェイトは正直に答える。体を割る、聞いたことのない、自分の知識にはない言葉だった。恭也は説明を始める。

「簡単に言うと、体の部位を間接・筋肉単位で一つ一つ単独・個別に操作して動かすことで、最終的に動作全体にかかる時間を減らす技術だ。たとえば腕を上げる動作、腕を腕全体として一纏めに認識して動かすと、ところどころに時間的な無駄が発生する。ところがこれを間接の集合と考え、一つ一つの間接を個別に認識し、そしてその複数の間接を適切に並列に操作すれば無駄は発生しなくなる。これが洗練されてくると、相手から捉えられない動きをすることが可能になる」

「……じゃあさっき、恭也さんはそれも?」

「ああ、御神の持つ速さの秘密の一つだ。もっとも、古武術では割とメジャーな技術だから御神固有というわけではないがな」

「……すごいです」

 恭也は謙虚に言うが、話を聞いただけでも未熟とは言え自身近接戦を行うフェイトには、その技術がいかに高度かということがわかった。一朝一夕のものではない、達人というべき者のみがたどり着く境地だろう。少なくとも、二十才という若さで手に出来る類のものではないはずだ。並大抵の事ではその片鱗は掴めても、恭也のように完成された形で実戦に生かし切れるようにはならないだろう。

 一体、どれほどの鍛錬を重ねたのか。

「いや、そんな事はないさ、地道に鍛錬すれば身につく。今のフェイトにはこれよりも覚えることがあるからそっちを先に鍛えていくが、いずれこれも教える気だ、君ならものにできる。今はとりあえず、そういう技術もあるんだという事を知った上で、注意して俺の動きを見て学んでおいてくれ」

「………………はい」

 声を返しつつも、

「……フェイト? どうかしたか?」

「……あ、いえ、なんでもないです!」

フェイトの胸中は複雑だった。

 もちろん、自分にも教えてもらえるというのはとても嬉しい。彼の下にいると、どうやって強くなったらいいか、などと悩むことはない。彼は次から次へと、道を示してくれる。それはとてつもなく幸運なことだろう、自分が今、いかに恵まれているかというのは言うまでもない。

 だが。

 そんな風に、こんな風に尊い教えをくれる彼は、自身を全く誇らない。自らを決して優れた武芸者だと思うことはない。

 それは一見、美徳に思える。謙虚さによるものだと思える。

 しかし、そうじゃないとフェイトは思う。誇らないことと、驕らないことは別だ。彼は微塵も驕らないが、そして同時に誇ることもまたないのだ。

 これだけ優れた技を持つことにも、そしてそれを得るために途方もない鍛錬を重ねたことにも、彼は誇りを持っていない。

 それはきっと、完成された御神の剣士、そこに届かなかったから、だろう。

「まあ、道は遠いように思えるかもしれないが、大丈夫だ。君は強くなれるさ、フェイト。それだけのものを持っているし、努力も怠らない。高みに上り詰めることができるだろう。……いずれ俺などよりも、高い所へたどり着く」

 黙り込んだフェイトの様子を気にしてか、気遣うようにそう恭也は言った。

「……そんなことは」

「まあ信じろ。一応は、師匠の言葉だぞ」

 そして、フェイトの頭をたまになのはにやるように、少し乱暴にかき回した。

 

 フェイトは思う。間違っていると、そう思う。

 恭也の言葉、自分が恭也よりも高みにいけると言う事それ自体もやはりフェイトには信じられないが、そのことではなく。

 あんなに凄い人が、あんなに素敵な人が、あんなに暖かい人が、自分を誇らないなんて間違っていると、そう思うのだ。

 だから、フェイトは言う、誓う。

「私は、絶対負けません」 

「……いい気迫だ。まるで、あの男のようだな」

(恭也さん、私は負けません)

 強敵とにらみ合いつつ、フェイトは胸の中、彼に誓う。

 バルディッシュを強く握った。そしてまっすぐに前を見据える。

 目の前にいるのがどれほどの強者かは正確に認識している。だが、だからこそフェイトは確かに誓う。自分は決して負けないと。そして。

 そして証明してみせる。

 それは、願いであり目標だ。フェイトは、自分が強くなることで、自分の強さを示すことで証明したいものがある。

 脳裏に浮かぶのは優しい、そして決定的に寂しげな笑顔を浮かべる男性。彼は自分に、かけがえのない大切なものをたくさん与えてくれる人だ。甘える喜びを、抱きしめられる暖かさを、誰かを信じる勇気を、強さへの道筋を、そして泣きたくなるくらいに誠実な存在の肯定を、自分にくれる人だ。

 フェイトは、証明したい。

 そんな高町恭也という人の素晴らしさを、証明したい。それは他の誰にでもない。

 出来損ないと、自分をそう言っていた彼に。自分を好きになれないと、諦めきった笑顔で言っていた彼に。

 高町恭也という人の素晴らしさを、『高町恭也』に証明したい。

 言葉にして伝えるのは簡単だ。だが、それでは、今の自分の言葉では彼にはきっと届かない。だから、だったら。

 確かな行動で、揺るぎない事実で、絶対の真実で、証明してみせる。

(――あなたがどんなに素晴らしい人か、あなたにわかってもらいます!)

 だから、そのためには……目の前の相手には負けられない。彼の教えを受けた自分が強い相手に勝つことで、彼の教えがいかに優れているか、そして彼自身がいかに優れているかを示してみせる。

「バルディッシュ!」

 覚悟なら、とうに決まっている。

『Barrier jacket,Sonic form』

 響いたバルディッシュの声とともに、フェイトの纏うバリアジャケットがその装いを変えた。マントは消え、手首足首には光の羽が輝く。

 ソニックフォーム、低耐久高機動の姿だ。

「……薄い装甲をさらに薄くしたか」

「その分、速く動けます」

「緩い攻撃でも、当たれば死ぬぞ。正気か、テスタロッサ」

 その言葉に、フェイトは微かな笑みとともに答える。

「あなたに、勝つためです。強いあなたから勝利を得るには、こうするべきだと思ったから」

 単純な速度向上だけでは意味が薄いことは、恭也との修行でフェイトは学んでいるが、それでもだからこそフェイトは速度を上げる。その上で彼に教わった技術をきちんと振るえば、この目の前の強者に勝つことだってきっとできるから。

 危険は承知、それで退くほどフェイトの想いは軽くない。

「……こんな出会いをしていなければ、私とお前は、一体どれほどの友になれただろうか」

 覚悟の表情を浮かべるフェイトに、惜しむようにシグナムは言った。少し伏せたその顔からは、表情は読み取れない。

「……まだ、間に合います。なにも、今ここでこんな風に戦わなくてもいいはずです」

 フェイトには、シグナムに戦って勝ちたい理由が、事情がある。とは言え、だがそれは何もこんな奪い合う戦場でなければならないわけではない。それこそ、友となれたら純粋に力を技を競い合うことだってできるはずだ。

 こんな風に戦うことはない。ここで、こんな風に争うことはないはずだ。

 どれほどの友となれただろうか、そんな風に言ってくれる相手を、無闇に傷つけたくはない。今この場を、話し合いのみ終わらせられるのであれば、それが一番いいに決まっている。

 だが、

「止まれん。我ら守護騎士、主の笑顔のためならば、騎士の誇りさえ捨てると決めた……もう、止まれんのだ!」

シグナムは、そう言った。その声は硬く、その意志は堅い。顔を上げ、こちらを見据えた彼女の瞳は、これからの戦いが避けられないことを如実に示していた。

 ならば、

「止めます。私と、バルディッシュが」

『Yes,sir』

止めてみせる、勝利でもって。

 一瞬の間を置いて。

 そして、戦いが再開された。

 

 

 

 

『見つかったか? ユーノ』

『いや……こっちはまだ。そっちは?』

 返ってきた声に、クロノは答える。

『いや、こちらもまだだ』

 なのは、フェイト、アルフが守護騎士と交戦している間に、クロノとユーノは、どこかに潜んでいるはずの闇の書を持った他の守護騎士、あるいは主を探していた。

 夜の闇の中、桜色と赤色、金色と桃色、オレンジ色と青色の光の瞬きを横目に、クロノは慎重に空を裂き身を飛ばしつつ、あたりを注意深く探る。

『そうか。この結界内にはいないのかな……、そういえばクロノ、結界外はどうするんだ? 僕か君がそちらに向かうかい?』

『いや、結界外はすでに担当してくれている人がいる』

『そうなのか? ……ってもしかして』

 その人物に思い当たったのか、そう言うユーノに、クロノは正解を告げる。

『ああ、恭也さんだ。彼の移動速度はもう僕らより圧倒的に上だ。範囲の広い結界外は彼に任せた方がいいと思ってな』

 抜けられない仕事で遠出していたらしく、少し遅れて現場に到着した恭也は当初、すぐになのはとフェイト、アルフの戦いに加勢する気でいたようだが、彼らの一対一という強い要望により引き下がった。

 そして、せっかくこの場に来たことだしと、守護騎士・主の捜索を申し出てくれたのだ。

『そうか、まああの人なら守護騎士でも主でもなんとかしちゃいそうだね』

『そうだな……』

 少し苦笑混じりのユーノの声に、クロノも同意を返す。

 デバイスを手にし、日々鍛錬を重ね魔法を身につけていく恭也は、戦闘力だけならばもうクロノをして手に負えないレベルに達している。本人はまだまだ改善点でいっぱいだと言っていたが、そもそも生身であれほどまでの力を持っていた事、そしてさらにこの短期間であそこまで魔法をものにした事自体が既に驚嘆すべきものであるというのに、この調子で伸び続けることを予感させるその台詞はもはや恐ろしいとすら言える。

『なにかあれば、彼やモニターしているエイミィから連絡が入ることになっている。問題はないだろう』

『そうか、わかった』

 リンディなどは、毎日着々と彼への勧誘準備を進めている。近々行う予定である彼の魔導師ランク測定後に一気にたたみかけるつもりらしい。

 上司の、母の押しの強さを知っているクロノは、今からすでに内心恭也に申し訳ないような気持ちを抱えていたりする。

 だが、正直なことを言えば、クロノとしても恭也には管理局に入って欲しくはある。単純な強さに関しては言うまでもないが、それだけでなく、彼と魔法とのファーストコンタクトの例をとってみてもわかるように、彼は冷静な判断力と強靱な精神力も持っている。戦闘経験もかなりのものだし、非常事態に慣れているという点からも管理局にとってみれば喉から手が出るほど欲しい人材だ。

 さらに、個人な事を言えば、会話を交わした数はそう多くないとは言え、彼とは気が合うと思っている。上司にして母や同僚にして友人などに振り回され気味なクロノとしては、彼との会話はかなり安らぐ。どうも、そこらへんに関しては彼は自分と同じように振り回されてきた同類の匂いがするのだ。

 それに、某友人などには「お兄ちゃん的存在が出来てよかったじゃないクロノくん!」等とからかわれはするものの、正直彼の持つ頼れる人という雰囲気に惹かれるのも確かだ。

 もちろん、さすがに直接口に出したりはしないが。

『そういえばさ、クロノ』

『なんだ?』

『恭也さんって、探知魔法も使えるの? 敵も姿を隠蔽しているかもしれないし、目だけで探すのは大変だと思うんだけど』

『……ああ、いや、たしかまだそれは使えないはずだが、問題ない』

 そんなユーノの疑問に、今度はクロノが苦笑しつつ答える。

『なんでも、あの人は気配を探って周囲の状況を察知できるらしい』

『……は?』

『実際前にも扉越しに話を聞いていた僕と艦長の事を簡単に見抜いていたからな、本当なんだろう。それに、あの人はこういう事で嘘を言うような人じゃない』

『いや……でも、気配って……』

『その気持ちはわかるけどな』

 ユーノは驚いているようだが、クロノはもうさすがにそろそろ慣れた。

『ほんとに、なんなんだ、あの人……』

『とりあえず、僕らの常識が通じないってことは確かだ』

『はは、そうかも』

 と、そんな風な会話をしていると、唐突に、

『クロノ、恭也だ。敵の守護騎士、もしくは主らしき者を発見した』

『っ!』

件の人からそんな声が届いた。今まで話していた内容が内容なので、思わず驚きの声をあげてしまったが、

『……わかりました、詳しい状況をお願いします』

 すぐに気を取り直し、クロノはそう言った。

 

『……わかりました、詳しい状況をお願いします』

 夜の暗闇の中、頭に響いたその声に、恭也は答える。割と覚え立ての、念話という技術だ。未だあまり慣れないがそうも言っていられない。

『どうやら一人のようだ。外見は十代後半から二十代前半程度の金髪の女性。西側のビルの上に、以前に画像で見せてもらった闇の書と酷似した外見の本を抱えて立っている。俺も同じビルの上にいる。距離を置いて気配も絶っているから気付かれはしていない』

『……西、ですか。こっちとは反対ですね…………』

 クロノが苦い声で言う。中心で戦闘が繰り広げられていることもあり、反対からこちらまで来るのは少々時間がかかってしまう。さらに、恭也の目の前で状況が変化しだした。

『……本を広げ始めたな、なにかするつもりのようだ』

『……まさかっ! 闇の書の魔力で結界を破壊するつもりか! ……恭也さん、すみませんがっ』

『ああ、わかった。阻止して拿捕する』

『お願いします! 僕もすぐにそちらへ向かいます!』

『ああ、それじゃあな』

 そう言って恭也は会話を切った。そして、改めて敵の姿を見据え、

『いくぞ……魅月』

『はい、主よ』

相棒とそう念話を交わし、恭也は音もなく、しかし強く速く地を蹴った。黒衣のバリアジャケットで覆われた体は、既に眩体で強化してある。

 まさに一瞬で距離を詰め、魅月を抜きはなち、

「動くな」

「っ!」

金髪の女性の首筋に押しつけた。

「悪いが身柄を確保させてもらう、大人しくしてくれ。でないと斬る事になる」

「…………え…………あ………………あ…………」

 殺気を思い切り当てつつ言うと、女性から、引き攣ったような、上擦った声が漏れた。

 戦闘に加わらずこの場にいる事と、立ち振る舞いからある程度予想していたが、この様子ではやはり彼女は直接戦闘向きではないようだ。抵抗されなければもちろんのこと、たとえ抵抗されても無力化できるだろう、恭也はそう算段を立てた。もちろん油断は禁物だが。

「さあ、どちらを選ぶ」

「……わ、わたし、は…………」

「……ちっ!」

 油断は禁物、そう自分に言い聞かせた言葉は、結果的に言えばすぐに役に立った。響いた足音と、突然現れ急速に肉薄する気配を察知し、恭也は女性の背後から飛び退いた。

「はぁっ!」

 直後、寸前まで恭也の体があった位置に、白い服に身を包んだ仮面の男の蹴りが突き込まれた。

「仲間か……」

恭也は跳んだ先で構え直しつつ、その人物を睨みつけた。

 仮面の男は、かばうように恭也と女性の間に割り込んでいる。先ほどの強襲や鋭い気迫から、かなりの実力者である事が伺えた。

「……貴方は?」

「続けろ」

「え?」

「闇の書に蓄えられた魔力を使って結界を壊すのだろう? あの男はこちらで抑える、その間にやれ」

(仲間ではないのか?)

 警戒する恭也の前で交わされた仮面の男と女性の会話、さらに女性の態度からは、予想に反してどうもそのように思われる。だが、

『主よ』

「ああ、わかっている」

仲間であろうとなかろうと、関係はない。こちらの邪魔をするというのならば、悪いが排除させてもらおう。

 恭也は一気に加速、すぐさま仮面の男に詰め寄ると、先ほどのお返しとばかりに、右手に握った魅月で、晃刃の籠もった容赦のない逆袈裟斬りを浴びせる。

「っ! ぐっ……」

 仮面の男はそれを身を捻って回避するが、完全には避けきれず魅月の切っ先がジャケットを切り裂いた。

 その様子を見て、恭也は内心達成感を得る。

 以前の戦いでは、バリアジャケットにはなかなか刃が通じず苦労させられた。しかし今、魅月に晃刃を籠め振るうことでそれを切り裂くことに成功したのだ。徹で無理矢理ねじ込まずとも、攻撃は通る。

 とは言え、もちろん気を抜きはしない。今の一撃への反応を見ても、仮面の男が高い近接戦闘能力を持つことがわかる。さらにこちらはまだ魔法に関しては実戦で初使用、対してあちらはどうかは知らないが、さすがに自分より経験は上だろう。何をされるかわからない。

 冷静に冷徹に。

 恭也は殺気とともに追撃の刃を奔らせる。

「ぐうう!」

 今度は、仮面の男は青みがかった渦をまくようなシールドを展開し、それを受け止めた。かなりの硬度・耐久度を誇るらしく、おかげで刃は男の体まで到達せずに弾かれる。

(ならば――)

 恭也は左手でもう一振りの魅月を抜刀、そして、

 

 御神流奥義 花菱

 

二刀による連撃を見舞った。眩体による身体強化と晃刃による斬撃強化で彩られた剣劇の嵐が、夜の闇の中咲き誇る。

「な、こんな……ぐぅっ!」

 さらにその一撃一撃には、徹も籠めてある。どうやらシールド越しでもある程度は有効らしく、男の体が苦しげに揺れる。そして、

「……もらった」

そう時間はかからずに、シールドはあっさりと砕け散った。そこへ、恭也は踏み込み、男の体へ水平斬りを叩き込んだ。

「がぁっ!」

 ジャケットが大きく切り裂かれ、男の体は後方へ吹っ飛んでいく。

 恭也はそこへ追撃をかけようとするものの、

『主、女の方を!』

「む、そうだな!」

魅月の声に、視線と意識を女性へと向ける。

 女性は、本を広げ、なにか詠唱のようなものを唱えていた。結界を破壊する魔法とやらを放つつもりだろう。

 そうさせるわけにはいかない。牽制とばかりに恭也は、

「はあっ!」

「……え、きゃあっ!」

影刃を放った。黒い三日月状の刃は、女性がとっさに展開したシールドに阻まれたが、その体を転がせ、詠唱を中断させることに成功する。続けて本格的に無力化させようと踏み込もうとするが、

「……させんっ!」

復帰したのか、仮面の男が恭也に躍りかかってくる。

 またしても襲い来た蹴りを、恭也は無駄のない動きで回避。返しざまに突きを放つ、男は辛くもそれを避け、今度は拳を振るいにかかる。恭也はそれを突きから派生した横斬りで潰す。

 男の拳と恭也の刀が互いに弾き合う。男の拳から鮮血が散った。

「ぐぅ……!」

「ふっ!」

 男がほんの一瞬ひるんだ隙を逃さず、恭也は影刃を放つ。それは、

「なっ、くっ……!」

目の前の男に対してではない、またしても詠唱を始めた女性にだ。

 今度は転倒はしなかったものの、緊急のシールド展開を余儀なくされ、女性の詠唱はまたも中断される。

「貴様っ!」

「悪いが、結界を破壊されるわけにはいかないんでな、っと!」

 声をあげた仮面の男にそう言いつつ、恭也はまた放たれた蹴りを躱す。

 そこに反撃を浴びせようとしたところで、

「っ!」

妙な気配を感じ、その場から跳び退る。すると恭也の体があった辺りに突然現れた光の輪、もしくは縄のようなものが縛りかかった。

 反応が遅ければ捕らわれていただろう。

「……外しちゃった」

 小さく響く女性の声、詠唱よりも恭也の排除を優先したのだろうか。

「魅月、今のはバインドとか言う奴か」

『はい、主よ。主であれば抜けるのにはそう時間はかかりませんが、しかし少しの間身動きがとれなくなるのは確かです』

「この状況でそれはまずいな、くっ!」

 そう言うそばから、仮面の男が恭也へ突っ込んできた。先ほどのバインドを警戒しつつ攻撃を躱す恭也へ、

「みんな、お願い!」

女性の高い声と共に、緑の色彩を纏った小さな竜巻がいくつも囲うように襲いかかる。

 前方からは仮面の男の猛撃、右・左・後方からは女性の魔法らしい竜巻。

 バインドも警戒しなければならない中、じりじりと囲まれていく。

(こうしていても仕方ない、か)

 状況を打破するため、恭也は、 

 

 御神流奥義 神速

 

温存していた手を放った。

 世界がモノクロに染まる。重みを格段に増した空気の中、恭也だけがその身を奔らせた。仮面の男に一撃を加えてから、右手から迫る竜巻の間を潜り抜け、包囲を脱する。

 そして世界に色が戻った。

「な、いつの、まに……」

 恭也が一瞬にして包囲から抜け出ていたことに驚愕の声をあげる仮面の男は、

「……ぐっ!」

知覚のないまま斬られた事によるダメージでよろめく。

 それは決定的な隙だった。

「魅月、装填!」

『はい、主よ!』

 恭也の言葉に応え、魅月の鍔が上下に稼働、コッキング音が響き、柄尻から空薬莢が排出された。恭也の身と魅月に膨大な魔力が満ちる。

 そして恭也は、魅月を納刀。そこから、

 

 御神流奥義 虎切・飛

 

抜刀による一撃を放った。いかな長射程を誇る虎切と言えど、刀自体はこの距離で届くことはない。だが、

「なっ!」

超高速で振るわれる刀身から放たれた巨大な黒い刃は、一瞬で仮面の男のもとへ奔り、男がとっさに展開したシールドを易々と引き裂いて、飲み込むかのようにその体に食らいついた。

「がああああああああっ!」

 声を残し、後方に吹き飛んでいく男。

 虎切・飛。

 抜刀術の虎切からカートリッジロードで膨大な魔力出力を得た影刃を放つことで、高速で巨大な刃を生成する、恭也の持つ御神流の奥義と魔法を組み合わせた技だ。

『実戦初使用、上手くいきましたね』

「ああ」

 早々に勝負を決めるために放ったが、上手くいってよかった。

 これで後は、あの女性を捕縛……、

「……待て、まさか!」

そこまで考え、慌てて女性の方に視線を向けた恭也の目に、浮かび上がった黒球がドーム状の結界へ巨大な雷を落とす様が写った。

(今の攻防の隙に詠唱を完了したのか……!)

 バインドや竜巻を放ったのは、恭也の排除を優先したのではなく、そう思わせて自分が詠唱するという可能性をこちらの考えから排除するため、だったのだろう。

 そもそも恭也には、あの規模の結界を打ち破れる強さの魔法にかかる詠唱の時間、と言うものの検討がつかなかった。そのせいで、結果的には見積もりが甘くなってしまった。

「くっ!」

 だが、今は悔やんでいても仕方がない。恭也は即座にビルの屋上のコンクリートでできた地面を蹴り、一瞬で女性との距離を詰め、斬りかかる。

 そして、女性は、そんな恭也の動きを予想していたかのように、恭也の刃に対しシールドを、

(――なにっ!?)

張らなかった。

「転送っ!」

 代わりに彼女の口から響いたのはそんな声。同時、恭也の刃が彼女の体を捉えた。

 ジャケットを切り裂かれ、音をたて女性はその場に倒れ伏した。

 その傍らに、本は、ない。

『自分の身よりも、闇の書の転送を優先したようですね……』

「そのようだな……」

 恭也は倒れる彼女の傍へ膝を突き、意識がないことと、息があることを確認する。非殺傷設定の上、峰打ちとした結果だった。

 自身よりも闇の書の待避を優先したと言うことは、この女性は主ではなく守護騎士なのだろう。

「……先ほどの策と言い、敵ながら天晴れだ。守護騎士とはやはり、大したものだな」

 彼女の体を念のため鋼糸で拘束しながら、恭也はそう呟いた。そしてクロノへ念話を飛ばす。

『すまない、クロノ。敵の魔法の発動を許した、……俺のミスだ』

『いえ、こちらも間に合いませんでしたし、そもそも予期せぬ妨害を受けたんです、気にしないでください! それになにより敵の拿捕、感謝します』

『む……そうか、エイミィか』

 こちらの状況をクロノが知っていたことに疑問を抱いたが、すぐにモニターしているエイミィに思い至った。彼女がクロノに伝えたのだろう。

『ええ、そうです。仮面の男、でしたか、その敵襲を読めなかった管理局にそもそもの落ち度があります。それを受けながらも守護騎士または主を捕獲できたのは僥倖です、お疲れ様です』

『だがな……、いや、すまん、こんな事を言っている場合じゃないな。この敵の魔法はかなり強力なようだが、やはり結界は破られそうか? そうしたら中にいる君達は……』

『いえ、結界は破られてしまうでしょうが、大丈夫です。アルフとユーノと僕でシールド魔法を展開しますから。ご心配なく』

『そうか……よかった』

 その言葉に、恭也はひとまず胸をなで下ろす。

『こちらは大丈夫です。恭也さんはその場での待機をお願いできますか? 折角捕まえて頂いた重要参考人を、逃がすわけにはいかないので』

『わかった』

『それでは、お願いします』

『ああ、……なのはやフェイト達を、頼む』

『はい、任せてください』

 そう言って、クロノとの念話は終わった。その最中に女性の拘束作業も完了、よほどの達人でも抜け出せないような縛り方をした上、鋼糸自体も晃刃で硬度強化してある。デバイスらしきものも確保させてもらったし、ひとまずこれで大丈夫だろう。

『お疲れさまです、主よ』

「ああ、魅月もな」

『……自戒心強き主よ、どうか自分を責めないでください』

 恭也の声から陰を感じたのか、魅月がそう言った。恭也は苦笑し、彼女の鞘を撫でる。

「ありがとう、魅月。だが、魔法の発動を許し、本の確保もできなかった。……情けない」

『執務官の言われたように、仮面の男の強襲を退け、守護騎士を無事拿捕した、というわけにはいきませんか? 私の見たところあの仮面の男はかなりの実力者です、この結果を出せたのは主だからこそです』

 閃光と轟音があたりに響いた。結界が破られ雷が街に落ちたのだ。目を細めながらその光景を見つつ、恭也は言う。

「だが、結局はその仮面の男も吹き飛ばしてしまったせいで捕らえられなかった。本来なら、不確定因子で不穏分子たるあいつも拿捕するべきだっただろう」

『今回の状況でそれは二の次でしょう、撃退した事で良しとするべきです。それに案外……どこかで倒れていて今頃、局員が確保しているかもしれませんし』

「……そうだといいんだがな」

 音と光が止み始めた。街に、徐々に静寂が戻ってくる。

「すまん、魅月。愚痴っぽくなってしまった、もっと精進せねばな。……魅月は今回、本当によくやってくれたよ」

『それこそ主こそ、です。純粋な戦闘として見るならば敵を圧倒していましたよ。それに、実戦初のカートリッジ使用もうまくいったではありませんか』

「……ああ、カートリッジシステムの使用はあまり練習していなかったからな、うまくいってよかった」

『そう言えばたしかに、今まであまりご使用になられませんでしたね。眩体、晃刃、足場生成魔法の通常使用はそれはもう入念に鍛錬されていましたが……カートリッジはお気に召しませんでしたか?』

 魅月の疑問の声に、恭也は答える。

「気に入らないというか……そうだな。戦闘スタイルとして好みではないのは確かだ」

『理由をお聞きしても?』

 その言葉に、どう言ったものかと恭也はしばし逡巡、そして語りだす。

「……カートリッジシステムを利用した魔力増強はたしかに強力だが……どうにも、あれには隙が多すぎるんだ。あれに頼り切りでは、戦闘が大味になってしまいそうでな。駄目とは言わないが、効率とスピードが旨の御神としては、ちょっとな」

『隙、ですか?』

「ああ。カートリッジは装填のために幾つかのプロセスを踏まねばならなく、さらにそこから充填した魔力を使って魔法や技を繰りだそうとすれば、加えてその準備とモーションが入ることになる。つまり結果的に動作としては、カートリッジ装填発令、装填動作、空薬莢排出、魔力充填、発動魔法準備、モーション、魔法発動という流れになるだろう」

 細かい差異は場合と状況によってあろうが、基本的にはこのようになるはずだ。

 そしてこれは、あまり恭也にとっては好ましくない。

「これでは、御神の実戦で使うには少々段階が多すぎるし、敵に悟られやすすぎる。カートリッジ装填発令はともかくとして、装填動作や空薬莢排出などは明らかな隙となる上、敵にそれらが丸見えだからな、これから大技を撃ちますよと伝えているようなものだ」

 それでもそこから強力な攻撃を発動し、力で敵をねじ伏せるという戦法をとるのであれば、それはそれで問題ない。だが自らの隙を徹底的に殺しきり、そして敵の隙を突く御神……特に恭也の不破流の戦闘スタイルとしては、あまりそれはよろしくない。通常、御神の戦闘は生身で銃を相手にするので、敵の攻撃に当たらない事がまず第一となる。故に、敵の攻撃・迎撃を覚悟の上で、それを上回る攻撃をもって潰すという考えは、どうにもしづらいのだ。

「実際、今回は神速で敵の隙を無理矢理作り、こちらの準備時間を確保できたから使用に踏み切ったが、それでも結局はシールドの展開を許した。攻撃自体は読まれていたわけだ。これではいかに強力とは言え……」

『……』

「……いや、魅月、今のは、その、な」

 しまった、無神経だったか。

 押し黙った魅月の様子に恭也は焦る。今の言い方ではまるで彼女が悪いようにもとれてしまう。恭也が言いたかったのはそういうことではもちろんない。ただ、スタイルの話として好みがあるというだけだ。

 魅月は恭也を自戒心の強い、などと言ったが、恭也からしてみれば彼女の方がそうだ。自分で責任を負いたがってしまう。

 その彼女に、この言い様はなかったろう。

「まあ、なんだ、今のは御神の剣士としての意見なわけでな、隙があると言ってもバリアジャケットやシールドのある魔導師としての戦いではまた勝手が違うし、相手のシールドの発動を許すとは言えそれを切り裂ける威力を出せるならばそれはそれで活用の仕方がある」

『……いえ、主』

「カートリッジシステムが悪いのではなく、つまり俺と相性があまり良くないだけで、それはこれから……」

 慌ててフォローする恭也に、魅月は、

『主よ、お聞きください。違うのです』

珍しく恭也の言葉を遮って声をあげた。

「む……、なに、違う?」

『ええ、違うのです。私が気を落とすとお思いになってくださったのでしょうが、違うのです、主よ』

「……そう、なのか?」

 無言の様子と彼女の性格からてっきりそう思い込んでいた恭也には、すこし意外な発言だった。

 魅月は続けた。

『ええ。私は今、……とても嬉しいのです、主よ! 我が主よ!』

「嬉しい?」

 意図の読めない恭也に、魅月は言う。

『ええ。嬉しいのです。やはり、やはり私は貴方のために作られたデバイスなのではないでしょうか!』

 本当に嬉しそうな声音で、言う。

『他のデバイス達ではどうしようもなかった問題でしょうが、私なら、私と貴方なら! どうにかなるのですよ、我が主よ!』

「み、魅月?」

『主は私を選んでくださいましたが、それでも一抹の不安はありました。私よりも貴方にふさわしいデバイスがあるのではないか、そう思ってなりませんでした。ですが、ですが……他でもない私だからこそ、私が私だからこそ、他のデバイスではなく私だからこそ! 今、貴方の力になれます、愛しい主よ!」

「す、すまない魅月。喜んでくれるのはいいんだが……説明をお願いできるか? 正直、一体なんの話をしているのか……」

 魅月が嬉しそうなのは一向に構わないし、自分の力になれることを喜んでくれるというのは有り難い話だ。だが、さすがにどういうことなのかの説明は欲しかった。

『ええ、ですから、主、先ほどの話ですよ!』

「さっきの……、カートリッジの話か?」

『そうです! 主がカートリッジについてお気に召さない点についてです! 主の指摘は実に的を射たものでした。そして、私と貴方なら、それを解決できるのです!』

「……なに?」

 カートリッジにおける問題点、おおざっぱに言えば隙が大きすぎることと、敵に丸分かりなこと、だが。

「なんとか、なるのか?」

 驚きと期待をこめて、そう恭也が魅月に問うと、彼女は嬉しそうに返してきた。

『ええ、なります、なりますとも、主よ。本当に主は優れた方です。まさか、わざわざご説明するまでもないと思っていた私のあの機能が、こんな風に役に立つ日がくるとは! むしろ、どうして今まで気づかなかったのか……、ああ、そうです、そうです主よ、なんとかなるのです!』

 そして。

 魅月は、詳細を語った。

 聞き終えた恭也は、

「……なるほどな。いや、本当に魅月が俺のデバイスになってくれてよかったよ」

『光栄です、主よ』

そんな風に彼女への賞賛を送り、

「それじゃあ早速、次の鍛錬で試してみるとするか」

『はいっ』

期待を胸に、夜空の下、そう言った。

 

 

 

 

 

(くそ、しょーじき、助かったな……)

 頭上で結界にヒビを入れていく巨大な雷を見つつ、ヴィータは心の中呟く。

 はっきり言って、かなり押されていた。バリアジャケットは所々はじけ飛んでいるし、体力も魔力も相当削られている。

 ヴィータの視線の先には、白い衣装を身に纏った少女の姿。少女は力強い瞳でこちらを見据えている。

「ヴォルケンリッター、鉄槌の騎士、ヴィータ。あんたの名は?」

 ヴィータは騎士として彼女に敬意を表し、そう名乗り、問うた。

「……なのは。高町なのは」

「高町なの……な………………ええい呼びにくいっ!」

「逆切れっ!?」

 心外だと言わんばかりに少女――なのははそう言うが、知ったことではない。実際に呼びにくいのだから仕方ないだろう。

「ともあれ勝負は預けた! 次は殺すかんな! ぜってーだ!」

 そしてヴィータはそう言い放ち、身を翻そうとするが、

「……逃がすと思う?」

「……っ」

なのははデバイスを構え、恐ろしい気迫でこちらを睨んでくる。

 話し合いだなんだと甘いことを言う割に、いざ戦いとなったらまるで容赦がない。

 だからヴィータとしては、

「さすがはあの化け物の妹だな……」

状況への苛立ちも相まって、本当になんとはなしについ口走ってしまった言葉だったが、

「………………化け物?」

「……あ、いや」

(やべ、地雷踏んだか……!?)

それを聞いたなのはの瞳と声はその温度を大きく下げ、気迫ははっきりと鋭さを増した。

「……ねえ、それ、お兄ちゃんのこと? 今、お兄ちゃんのこと、化け物だなんて言ったの?」

「あ、や……その……」

 まずい、これは、非常にまずい。背中を嫌な汗が伝った。

「お兄ちゃんのこと、なんにも知らないのに、そんな事言うんだ…………ふうん」

「……う……うううぅ」

 どうやら本当に失言だったらしい。

「そう……ふうん、そう、そんな事、言うんだね………………ふうん」

 なのはの周囲に、彼女の怒りを表すように、桜色の光球が次々と浮かび上がる。

(やばいやばいやばいやばいやばいっ!)

「……っじゃ、じゃあな!」

 ヴィータはもうさっさと逃げるに限ると判断、大きめの赤いスフィアを作り出し、

「吠えろ、グラーフアイゼン!」

『Eisengeheul!』

それを手に持つ相棒で思い切り叩いた。直後、爆音と赤い閃光が辺りに広まる。

「っうあ!」

 思わずと言った様子で目と耳をふさぐなのは。

 ヴィータはそれを横目に、全速力でその場から離脱した。

 

 

 

 

「すまんテスタロッサ、この勝負、預ける」

「シグナムっ!?」

 シグナムは、結界を食い破らんとする雷を見、目の前の好敵手にそう告げた。

「お前も私も……このまま戦って、あれに呑まれては無事ではすまん」

「……そう、ですが」

 今の今まで戦いを繰り広げていた二人は、有り体に言って共に消耗が激しい。シグナムはバリアジャケットに大きく損傷を受け、肉体にダメージも入っている。そしてフェイトも大きな一撃こそ受けてないものの、高速機動の連続で疲労がかなり溜まっているはずだ。

 戦いを続けながら、あの雷の余波を防ぐのは困難だ。

「損傷のある私もだが、装甲の薄いお前は今の状態では本当に危険だろう。……刃を引いてくれ」

 シグナムは、レヴァンティンを鞘に収めた。

「……わかりました」

 少しの逡巡の後、フェイトもそう言って光刃を消し、さらに姿を最初のマントを羽織った形に戻した。

「今回はどちらの勝ちでも負けでもない。見事だ、テスタロッサ」

「貴方こそ……シグナム」

 言葉と視線を交わしあい、そしてシグナムは、

「……ではな」

一時の別れを口にし、上空へ離脱した。

 そしてすぐに雷が結界を破り、街に落ちる。

『ヴィータ、シャマル、ザフィーラ!』

(駄目か……)

 仲間に声をかけるもしかし、迸る魔力の影響で念話がどうにも通じない。仲間達が簡単にやられるとは思えないが、

「……無事でいてくれ」

思わず、そう呟く。

 実際、自分が戦ったフェイトは世辞でも何でもなく、本当に強かった。力も技も、そして心も、強靱だった。ヴィータやザフィーラの相手がどうだったかはわからないが、もしフェイトと同じレベルだったとすれば少々危うい。結界外のシャマルにも管理局の手が伸びていないとは限らない。

 それに、

(あの男は、いなかったのか……?)

管理局とまみえる事となったら、ある意味一番警戒すべきと思っていた相手の姿がなかった。よかったと言えばよかったのだが、少し、嫌な予感がする。

 だが、ここでうだうだとしている暇はない。雷の影響が残っている内に去らなければ管理局のサーチャーに捕捉されてしまう。

 仲間の無事を祈りつつ、シグナムは夜の闇の中転移魔法を起動、その場から姿を消した




 この話は、原作より少し時期が後ろにズレ込んでいます。
 なんでかって、恭也さんがヴィータちゃんをボコったりシグ姉を半ボコったりシャマルさんの腕ブッ刺したりしたからです。
 端的に書くとまるで悪役みたいだ恭也さん!
 負傷のために、蒐集活動が遅れ気味かつ慎重になって、管理局に強襲結界で捕らわれるような事態になるのがちょっと遅くなったわけですね。

 原作ではなのは達はこの戦闘開始時にカートリッジについて告げられていましたが、この作中では襲撃が遅くなった事により、カートリッジシステムを色々と試せる時間が取れていたため使用がこなれていました。
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