魔法青年リリカル恭也Joker   作:アルミ袴

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 この作品には原作設定の拡大・独自解釈も含まれます。申し訳有りませんが、原作設定の絶対的な遵守をお求めの方、ご自分の解釈を非常に大切にされている方のご要望にはお応えしかねる場合があります。該当される方はご自身の責任における判断で閲覧されるかどうかお決め下さい。よろしくお願い致します。


第5話 ありません、いりません

「現状を整理しましょう」

 海鳴市臨時発令所となったマンションの一室、展開された空中投影モニターの前で、恭也から見て六つ七つ歳下のはずの少年は実に堂々とした立ち居振る舞いだった。

 室内に集まったアースラスタッフたちと共にモニターへ視線を向けながら、立派なものだと恭也は感心に一つ頷きを落とす。

 モニターに、映像が映し出され始めた。

「昨夜、守護騎士二名を強襲結界内に捕縛。その後、僕と嘱託魔導師のフェイト、使い魔のアルフ、民間協力者のなのは、ユーノが現場に向かいました。フェイトとなのはが守護騎士と交渉を行いましたが、決裂。戦闘へ」

 なのはと赤い少女――ヴィータ、フェイトと騎士姿の女性――シグナム、アルフと獣の特徴を持つ男性――ザフィーラ、三組による張り詰めるような十二月の夜空での魔法戦。

 それを、特になのはとフェイトの戦いを目にし、何人かが歓声に近い声をあげる。

「なのはさんもフェイトさんも……ずいぶんと強くなったわねえ」 

 しみじみとリンディが言うが、まさに彼女の言葉通りだ。二人はモニターの中、守護騎士相手に一歩も引かず、勇猛に戦っていた。

 どうやらリーダー格らしいシグナムと互角に苛烈な近接戦を繰り広げるフェイトに、シグナムほどではないにしろ強大な力を持ち、それこそ一度は自身を沈めたヴィータを、今度は逆に撃墜寸前まで追い込んでいるなのは。

 元より才ある二人だが、ここまでのものになるには相応の、相当の努力があったことであろう事を周囲に思わせる戦いぶりだった。

「ほんと、レイジングハートとバルディッシュの改修が間に合って良かったよ。ちゃんとカートリッジの説明とかできたしね」

 そう言葉を漏らしたのはエイミィ。

 レイジングハートとバルディッシュの修繕及び改造は、この戦いの三日ほど前に終了している。すぐに二人には新しく積んだシステムの説明がされたので、今回の実戦でもそれを使いこなすことができたようだ。エイミィの声に安堵の色が強いのは、オペレータとしての責任感ゆえだろう。

「いやー、でもすごいね、なのはちゃんフェイトちゃん。これはかなーり練習頑張ったんじゃない?」

 その場にいる者たちの声を代表するかのようにそう続けた彼女にしかし、当のなのはとフェイトはゆっくりと首を振った。

「ううん、違います。ここまで出来たのは、レイジングハートと……」

「バルディッシュの、……そして」

 席を1つ挟み座る二人は、少し身を前屈み、横を向きお互いの顔を見て頷き合うと、

「お兄ちゃんのおかげだよ」「恭也さんのおかげです」

 間に座る恭也へ、笑顔でそう言った。

「……二人の努力さ。誇って良いことだ」

 そう返す自分の声には、さすがに多少の照れが乗っていた。

「ううん、何よりお兄ちゃんのおかげだよ」

「あの、ほんとに、やっぱり恭也さんはすごいです」

 なのはがべったりとこちらの腕を抱くようにとってそう言えば、反対側でフェイトが少し顔を赤くしながら小さく袖を掴んでいる。

「……まあ、二人の力になれたのなら良かったよ」

 妙に暖かい周りの視線が気になるが、しかしまさか振り払うという選択肢があるはずもなく、されるがままの状態で一つ苦笑を浮かべてから、

「だが、それに比べて……、俺は情けないものだな」

 モニターに目線を戻し、眉間に皺を寄せながら思わずこぼしてしまったのは、そんな台詞だった。

 ちょうど映像が切り替わり、ビルに上に立つ金髪の女性――守護騎士の一人を発見した場面が流れる。

 映像はそのまま続き、モニターの中、間合いを詰めた自分が女性に刃を突きつける。

「いえ、恭也さん。改めて言いますが、貴方に落ち度なんてありません」

 こちらの言葉に、クロノがきっぱりと返した。

 映像はさらに進み、仮面の男の強襲が映る。

 管理局のサーチャーにも反応せず、まさに突然死角から襲い来たそれを、

「うそっ! 避けた!?」「な、なんでわかったんだ……? 攻撃来たの……」

 一応それなりに余裕をもって躱した自分の姿に、スタッフ達がどよめく。御神流の剣士としてはそう難しくもない事でこんなにも驚嘆されると、これがなかなかこそばゆかった。

 そんな中、クロノがため息を吐いた。

「というか、どうしてここまでの働きをしてくださったのに、ご自分の評価はそんなに低いんですか?」

 仮面の男と恭也の戦いが始まる。映像の中の無愛想な男は、仮面の男の攻撃を躱し、それなりの反撃を叩き込んでいる。こうして客観的に観ても、まあ一応は及第点をやれるであろう太刀筋だが、やはり室内のどよめきは照れくさい。

「いや……だがな」

 映像が進む。

 仮面の男と守護騎士の女性の魔法に囲まれるシーンだ。それを見て少し身を固くした両脇の二人を安心させるように、恭也は彼女達の頭を撫でた。

「出た! 瞬間移動!」「……うわー、ほんとに魔法じゃないの? あれ」「何度見ても信じられませんね……」

 室内を三度のざわめきが包む。

 そしてそれは、カートリッジロードからの抜刀術、巨大な黒刃生成・射出の場面で最高潮となった。

 黒刃が仮面の男を呑み込み吹き飛ばすと、その威力・速度・規模に対し、賞賛の声があちらこちらで上がる。

 そしてその後、巨大な雷の魔法が発動、恭也がその発動者たる金髪の女性を拿捕するシーンまで流れ、そこでクロノが映像を停止した。

「恭也さん、本来ならば貴方は簡単に守護騎士を捕らえて結界の破壊も阻止出来たのです。そこにあの仮面の男の強襲があったのは予測外の出来事ですし、それを看過した僕らに責任があります。恭也さんはその中で奮闘してくださって、守護騎士の拿捕をなしてくれたのですから、もう一度言いますが貴方に落ち度などありません」

 クロノ以外のアースラスタッフ達も同じ意見なのか、皆一様にクロノの言葉に同意の声を上げる。

「……わかった。そう、だな」

 さすがにここまで言ってもらって、まだ持論を貫くほど人の情がわからないわけではない。頷き、そう返した。

「……さて」

 少しの間を置いて、リンディが言う。

「それじゃ現状の確認、まとめをお願いできる? クロノ執務官」

「はい。書は逃したとはいえ、守護騎士の一人を拿捕……、昨夜の件で、状況はかなり動きました」

 クロノの声は静かな、しかし強い意志の籠もるものだ。

「拿捕した守護騎士から情報を引き出せる可能性はもちろんありますし、側近が奪われたのです、あちら……闇の書の主側から何かしらこちらへのアクションもあるかもしれません。もし、焦ってくれればチャンスでしょう。……こちらの戦力は、僕や貸し出してもらえた部隊に加えて、協力を申し出てくれたなのはに、フェイト、アルフ、ユーノ。……それに」

「ああ、なのはやフェイトがこの件に関わり続けると言うのなら、何もしないでいる事などできないし、俺自身も関わりたい理由が出来た。俺で良ければ、出来る限り手を貸そう」

「ありがとうございます。恭也さんの実力は先ほどの映像の通り、現状、この事件に対応するために揃った戦力はかなりのものです。主の素性やあの仮面の男など不確定要素は多いですが……」

「事態の収束は、近いかもしれないってことね」

 リンディにまとめるようなその言葉に、クロノは頷く。

「はい。もちろん、闇の書が完成すれば被害は甚大ですし、管理局のサーチャーを抜いたあの仮面の男の事も考えれば決して気を抜ける状況ではありませんが」

「そうね。……できれば、アレ、使わずに済めばいいんだけど」

「……そうですね」

 リンディのため息まじりのそんな言葉に、クロノは同じような声音で返した。

「アレ、って……何ですか?」

「こんな事態じゃないと使用許可が下りないような、物騒な武装のことだよ」

 疑問をあげたなのはに答えたのはエイミィだ。

「アルカンシェルっていう魔導兵器なんだけど、今、アースラに配備されている最中なの」

「そうなんですか……」

「まあ、使わなきゃいけないときは使わなきゃいけないんですけどね。……エイミィさん、守護騎士さんの様子はどうかしら?」

 少々驚きの籠もった声をあげるなのはに苦笑しつつのリンディは、そう言って話の方向を変えた。

 彼女に、エイミィは医療班からの資料をモニターに映し、答える。

「未だ眼を覚ましません。ただ、少々特殊とは言えバイタル反応はあるようですから、活動停止しているわけではなさそうですね。医療班の見解ではすぐに意識を取り戻すだろうと」

「そう、それじゃあ……このまま起きるのを待って、その後、彼女から事情聴取ね」

「あの……」

「リンディ提督……お願いが」

 なのはと、そしてフェイトがおずおずと手を挙げた。

「それ、私たちがやっちゃだめですか?」

 続けてそんな言葉を発したのはなのはで、それにリンディは少々驚きの表情を見せる。

「……事情聴取を? あなたたちが?」

「はい、お願いします、リンディ提督」

 フェイトも、はっきりとした口調でそう言った。

「そうねえ……」

 元々、なのは、フェイトは守護騎士たちと話をしたがっていたし、それで問題を解決したがっていた。恭也から見ても、であれば今、こう言い出さないわけがないとは思う。

「……本来ならそういうわけにはいかないんだけど、二人の気持ちもわかるし、どうしようかしら」

 申し出た二人の心境がわかるのだろう、リンディは複雑な表情で。

 やがて、そんな彼女はなぜか恭也の方を向いてきた。

「……恭也さん、あなたはどう思われますか?」

「……俺ですか?」

 急に話を振られ、虚を突かれた心地の恭也にリンディは微笑む。

「今回、守護騎士を実際に拿捕してくださったのは恭也さんですし、ご意見をと思いまして」

「ああ、なるほど」

「それに、貴方なら的確な判断を下してくださるとも思いますし」

「……ご期待に添えるかどうかはわかりませんが、そうですね、俺は」

 そこで一旦言葉を切り、目も瞑りつつ黙しながら、改めて思い出す。

 あのときの、彼女の眼を。

(そうだな……やはり)

 出た結論は、はっきりしていた。眼を開け、口を開く。

「なのはとフェイトに任せるのが、正解だと思います」

「理由をお聞きしても?」

「あの守護騎士……彼女には、尋問や詰問はおろか、拷問でさえ何の意味もなさないからです。であれば、友好的に話し合うのに向いた人員を向けるのがベストでしょう」

「……管理局としても法外の手段に頼る気はありませんが、しかし、意味をなさない?」

「ええ、あのタイプは、守るべき物のためならば自分の身など厭わない。そんな相手に力尽くなんて、何の意味もない」

 彼女は当初、刃と殺気を向けられて目に見えて萎縮していた。声は震え引き攣り、体は強張っていた。

 しかし、だと言うのに。

 いざ自分に刃が迫ったそのとき、彼女は全くそんなものを意に介さなかった。怖れても、怯えなかった。ただ、仲間のために、主のために動いた。自分が逃げることなど考えず、自分を守ることなど思いもせず、ただただ、躊躇なく書を逃がすことを優先した。迷いのない瞳、誰かを想う決意と覚悟の眼で。

「彼女から一方的に情報を引き出すことなど不可能でしょう。あちらから話を聞き出すのではなく、まずはこちらの話を聞いてもらうことから始めなければ。……そして、それに向いているのが誰かと言ったら、それはこの二人でしょう」 

 恭也は両脇の二人の頭に手を置いた。なのはは嬉しそうに笑みを恭也に向け、フェイトは照れたように下を向いた。

「……そう、ですか」

「もちろん、俺個人の意見ですが」

「いえ、……そうですね、その通りだと思いますわ」

 リンディは柔らかく微笑み、視線をなのはとフェイトへ。

「なのはさん、フェイトさん、彼女が起きたら、お願いできるかしら?」

 その言葉に二人は大きく頷き、

「はいっ!」「はい!」

 そんな風に、しっかりと意思の乗った声を返した。

「ありがとう、二人とも。……そうそう、ついでにもう一つ、お願いしたいことがあるんだけどいいかしら?」

「……艦長」

「いいじゃないクロノ、必要性はあなただって十分理解しているでしょ?」

「それはそうですが」

 渋い顔と声で口を挟んだクロノの意見を、少しいたずらな表情でリンディははね除けていく。

「あの……リンディさん、なんのお話なんでしょうか?」

「私達に出来ることならもちろんご協力しますけど……」

 なのはもフェイトも何の話かわかっていないらしい。当然わかっておらず首を撚る恭也の両脇、彼女たちはそんな風にリンディに問う。

「ああ、ごめんなさいね。ええっとね、二人だけじゃなくって、恭也さんにもお願いなんですが……」

「……俺にも? なんでしょう?」

「恭也さん対なのはちゃんとフェイトちゃんペア、ちょっと戦ってみて頂きたいんです」

 

 

 

 

 

 

 

「基本的には私が前衛で抑えるから、なのはは後衛、よろしくね」

「うん」

 フェイトの確認に、向かい合うなのはは彼女らしい強い意思の篭もる瞳で頷きを返してきた。

 敵に回していた時はこの上なく恐ろしい魔導師だったが、ゆえに当然の如く、味方になると馬鹿らしいくらいに頼もしい。そんな彼女の身体はバリアジャケットで包まれており、そしてそれはフェイトも同様。

 さらに手にはそれぞれの相棒、つまり臨戦態勢である。

「私一人じゃ抑えきれないし、なのはだけでも捉えきれない」

「お互いにカバーし合わないとね」

 その言葉に頷いたこちらへ、なのはは拳を突き出してきた。

「頑張ろう、フェイトちゃん。確かめよう、フェイトちゃん。私たちがお兄ちゃんにどれくらい近いのか、どれくらい遠いのか」

「……うん!」

 フェイトは自らの拳を軽く、しかし想いを籠めてなのはのそれに当てた。

『二人ともー、準備できたらきてねー』

「はい、今行きます」

 スピーカーから響くエイミィの声。それに返事をしたなのはと一緒に、フェイトは更衣室を出た。

 向かうは恭也の待つ訓練室だ。

 リンディのお願い、それは恭也の魔導師ランク測定をやらせてほしいというものだった。

 これからの作戦や予定を立てる上で恭也の実力をなるべく正確に知っておきたい、との事らしい。

 彼もそれを了承したので、早速行われる運びとなったのだ。

 なのはとフェイトは、その相手役を請われたわけである。

「うう、やっぱりちょっと緊張するね……」

「うん、……勝てる、かな? なのははどう思う?」

「うーん……」

 自分たちは二人がかり。恭也は一人だ。

 しかし、だからと言って勝てるだろうか?

「本気のお兄ちゃんの動きにどれだけついていけるか、かなあ」

「そうだね。一番注意しなきゃいけないのは神速だけど、そもそも普通の機動速度が速すぎるから、恭也さんは」

「それを二人でどれだけ押さえ込めるかの勝負になると思う。お兄ちゃんシールド魔法は基本的に使わないらしいから、回避不可能な状態に持って行って当てれば通るはず」

「うん。私の動きとなのはの誘導弾で囲い込む……、もしくはバインドで捉えれば」

「対抗できないことはない……はずなんだけど」

 なのはは苦笑を漏らす。

「戦えば勝つのが御神流」

「恭也さん、たまに言ってるね」

「うん、なんかいざ戦いになると、どうしたって勝てる気が……ううん、ごめん、こんな事言ってちゃだめだね」

「いいよ、……恭也さんに勝てる気がしないっていうの、私も同じだから」

 それこそ一度魔法なしの状態の彼に敗れ、さらに毎日のように訓練をつけてもらいその力量を目の当たりにしているだけに、フェイトも正直に言えばそう思っているのは事実ではある。

 事実では、あるが。

(……それでも)

「だけど……負ける気で戦うつもりはないよ」

「うん、……そうだね。全力全開、ぶつかりにいこう」

 拳を思わず強く握りながらのこちらの言葉に、なのはも力強い言葉を返してくれた。

 やがて、訓練室にたどり着く。ドアが自動で開き、自分たちを招き入れた。

 目の前に広がったのは白で統一された、障害物の一切ない大きな室内だ。天井も高く、少人数であれば空戦も問題なく行えるだろう。

 その中央、そこには両の腰に剣を下げた黒衣の男性が立っていた。

「来たか、二人とも。準備はいいか?」

 男性、なのはの兄にしてフェイトの師、恭也はそう問いかけた。

「うん、待たせちゃってごめんね、おにいちゃん」

「お待たせしました、恭也さん」

 なのはとフェイトは室内を小走りに、恭也の元へと寄った。

「いいさ、俺も少々魅月との打ち合わせがあったからな、ちょうど良い待ち時間だった」

「そう? ……打ち合わせかあ、なんかちょっと怖いかも」

「内容は秘密だ。まあ、これからわかるがな」

 そう言って珍しく、恭也は悪戯っぽく笑みを浮かべた。

 一瞬それに見蕩れてしまいながらも、フェイトはすぐに表情を引き締める。ちらりと隣を見れば、どうやらなのはも同じような顔をしている。

「……負けないよ、お兄ちゃん」

「挑ませて頂きます、恭也さん」

「ああ、こちらこそだ」

『さて、準備はよろしいですかー?』

 視線を交わし合う自分たちの頭上、そんな声が響き渡る。無論、オペレータのエイミィのものだ。

『こっちの準備は完了してますので、そちらがよろしければ、そろそろ初めさせて頂ければと思いまーす』

 誰からともなく頷き合い、用意が整っていることをこちらが示すと、エイミィは声をがらりと真面目なものへと切り替えた。

『ではこれより、外部協力員高町恭也さんの魔導師ランク測定のための模擬戦を行います。皆さん、指定の位置についてください』

 空中に出現したスタート位置を示す目印に従い、部屋の中央から移動する。

 フェイトはなのはと隣り合って訓練室の西側、向かい合うように五十メートルほどの距離を置き、東側に恭也が立った。

『バリアジャケットの損傷率が一定値を超えるか、意識を失った場合に決着となります。なのはちゃんとフェイトちゃんはペアで戦いますが、どちらかが敗退しても一方が残っていればなるべく戦闘を続行して下さい』

 なのは・フェイト対恭也。

 二対一、だ。

 ランク測定にはなるべく近い実力の者を当てることが望ましい。

 自分は一応、幼い頃から魔法の訓練を積んできたし、隣のなのはも途方も無いくらい優れた資質と弛まぬ努力でもって、そんな自分と間違いなく同等の力を持っている。

 口幅ったいことを言わせてもらうのならば、自分たちは魔導師の中でもそれなりに上の方にいるとは思う。

 しかし、魔法を身につけた恭也の実力を計るのであれば、自分たち二人を同時に相手取るくらいで妥当だと、管理局の提督としてリンディは判断を下した。

(……異論は、まったくない)

 実に妥当な判断だと、フェイトとしては思うところだ。

 実際、自分たちがそれぞれで相手をしても、おそらくは彼の本気は引き出せない。

 二対一という設定に心苦しい思いがないではないが、現実的には、それでも勝てるかどうかわからないというのが自分たちの見解だった。

『ただ、無理はしないようにお願いします。三人とも、リタイアはいつでもしていただいて構いません。それでは、カウントいきます。5…………4…………3……』

(だからこそ、しっかりやろう)

 フェイトは昂ぶる心を抑え、呼吸を整え、前を見据える。

 戦いでは、常に冷静に。

 それが今、自分たちの前にいる人がくれた教えだから。

『……2…………1……』

 緊張と興奮がないまぜの感情が胸に浮かぶが、それでもそれを抑えつけ、フェイトは思考を戦闘用へと切り替える。

 目の前の人に、全力を出してもらうために。

 目の前の人に、全力を見てもらうために。

『……0! スタート!』

 そして、状況は開始された。

『Axel Shooter』

「シュート!」

 気合一閃気炎万丈、十二発の魔力弾が弧を描きながら前方へ奔る。

『Barrier jacket,Sonic form』

 フェイトはなのはが放ったそれらを、最低限の装甲以外をパージし手首足首にフィンを付けた高速戦闘体勢でもって抜き去り、走る。

 相手は恭也、ついていけなればあっという間に一方的に沈められてもおかしくないのだ。

 だからこそ、初手から奥の手。ソニックフォームの使用にフェイトは躊躇をしなかった。

 バルディッシュも、走り出すと同時にハーケンフォーム、光刃を展開した近接特化へ移行してある。

 迫るフェイトになのはの魔力弾。対し恭也はこちらと同等……否、それ以上の速度で持って応えた。

 まさしく、疾風と呼ぶにふさわしい速さで真正面から向かい来る。あっという間にフェイトと彼の距離は埋まって。

 クロスレンジ戦が始まる。

 一、二、三、四、五、六、七合。

 一瞬でそれだけの打ち合いがなされ、

「くっ!」

 こちらのバリアジャケットに、いくつかの損傷が入る。

 しかし、これくらいであれば予想の範囲内だ。

 問題はここから。

 上段からの斬り下ろしを恭也の右の魅月でいなされ、体が流れたフェイトに、左の魅月が迫る。

 が、体に衝撃はこない。

「むっ!」

 なぜなら、追いついたなのはの誘導弾が恭也に躍りかかったからだ。

「いい連携だっ!」

 恭也の刃は両サイドから襲い来たそれらへの対応を余儀なくされ、結果フェイトへの追撃は見送られる。

「はぁっ!」

 その間隙をつき、体勢を立て直したフェイトは反撃にかかる。

 光刃が唸りを上げ、恭也の足を払いにいく。最小限のステップでそれを躱す彼に、またしてもなのはの誘導弾が迫った。その左右と上方からの三発はすぐさま斬り落とされたが、そこへ再度フェイトは仕掛ける。

 先ほど躱された攻撃の勢いを殺さないようバルディッシュを振り回し、勢いを増して今度は腹部を裂きにいく。攻撃を次の攻撃の予備動作に、それは、他ならぬ恭也の教えだ。

(これなら!)

 今度は完全に入ったかに思えた一撃、しかし、

「……っ!」

 躱された、否、流された。

 フェイトの斬撃は斜め上方へとその方向を変更され、恭也はその下に潜っている。

 分かってはいたが、恐ろしい技量だった。

 誘導弾を斬り伏せた後の隙をついたはずなのに、完璧に対処された。

 正直、フェイトには今恭也が何をどうしたのかよくわからなかった。ここら辺は、フェイトと恭也の間に存在する近接戦の技術の差によるものだ。あまりに素早く無駄のない恭也の動きは、現在のフェイトでは追い切れず捉えきれないことがある。

 そう、だからこれはそこまで驚くことではない。実際、普段の訓練で嫌と言うほど体感している感覚であり、もはや慣れているといってもいい。

 だから、

「……え?」

 思わず、そんな風に呆けた声を挙げてしまったのは、それが原因ではない。

(――どういう、こ……と?)

 フェイトの頭を混乱が支配する。そんな、だって、こんなことがあるはずが。

 目の前の恭也と、彼が握るデバイス魅月。

 

 そこには、突然突如、膨大な魔力が漲っていた。

 

 こちらを混乱に叩き込んだのはそれだった。

 こんな風に唐突に大きな魔力を得るにはカートリッジロードが必要なはずで、しかし、この打ち合いの中にそんな暇は決してなかった。

 それにコッキング動作もまったく見えなかったし、空薬莢排出も同じだ。もししていれば、それをこんな間近で見逃すはずがない。

 そう、カートリッジロードなんてする時間などなく、そんな動作もしていなかった。

 なのに。

 なぜか、恭也と彼のデバイスには、それをしたとしか思えないような魔力が漲っていた。

 なぜ。

 なんで。

 どうして。

 明らかに、なにかがおかしい。

 そして高速で思考するフェイト、その眼が、

(……あれ、は……でも……そんな……)

 恭也の後方、地面に跳ね落ちる空薬莢を捉えた。

 いよいよもって本当に、何かがおかしい。

 確かに恭也の後方には空薬莢が落ちている。しかし、あれが排出されるところをフェイトは見ていない。

 おかしい。

 なんだ、これ。

 まるで、コマ落ちの映像のようだった。あるはずの場面が切り落とされたかのような違和感。

 そしてフェイトが感じたのは、圧倒的な気迫。恭也が剣を構え、まさに必殺の技を放たんとこちらを見据えている。

(……っ避けられない!)

 何をされるからはわからないが、とにかく仕留められると、素直に思った。

『フェイトちゃんっ!』

「っ!」

 背筋が凍ったそんな時、頭の中に響いたのは相方の声だった。

 それだけで彼女の意図を察し、フェイトはすぐさま後ろへ跳んだ。こんなことをしても恭也の攻撃からは逃れられないだろう。だが、

「ィイイインバスターーーー!!!」

 割り込みが入るのなら別だ。

 なのはの声に続いて迫り来たのは、桜色の閃光。

 それは巨大で恭也の体を呑み込むような規模ながら、しかし跳んだフェイトを巻き込まないように放たれている。狙い澄まし、標的のみを喰らう一撃。

 膨大な魔力と高い制御能力、フェイトと恭也の打ち合いを見切る動体視力に、的確な位置から的確な位置へ的確なタイミングで攻撃を放つ空間把握能力と戦術。

 それらを合わせ持つなのはだからこそできた離れ業だ。

(……これなら!)

 フェイトの胸に、灯るのは期待。

 どうやったのかは知らないが、とにかくとして恭也は一瞬にしてカートリッジロードを行ったらしい……しかしとは言え、それでも彼は有効に扱えるシールド魔法は持っていない。

 であれば、この攻撃を防ぐことはできないのではないか。

 そして視界の中、恭也に迫った桜色の閃光は、

「……惜しかったな」

 フェイトの耳に届いた彼の呟きが示すとおり、結果としてその身に届くことはなかった。

『フェイトちゃん、……なにがっ!?』

 辺りを包んだ閃光と爆煙が晴れる頃、なのはから念話が入った。彼女からしてみれば、防御技を持たないはずの恭也の身を渾身の一撃でたしかに捉えたはずなのに、彼が無傷で立っていることが不思議でならないのだろう。

『……防が、れた』

 そしてそんななのはに、一部始終を目の当たりにしたフェイトは、バルディッシュを構えながらそう答えた。

『……え、でも』

『シールド魔法じゃ、なかった……あれは……斬撃だ』

『……斬撃? ………………まさかっ』

『……うん。飛ぶ斬撃をいくつもいくつも連射して、盾を……!』

 恭也の持つ魔法に、影刃というものがあることは知っている。速く鋭い飛ぶ斬撃だ、何度か目にしたこともある。しかし、あんな使い方ができるだなんて。幾重にも幾重にも連ねることで、盾とすることができるなんて―――。

「ぼうっとしていて良いのか?」

 その声が響いたと思った次の瞬間、

「なっ!?」

 唐突に膨大な魔力が奔り、驚愕に声を上げたフェイトの視界の中、その端にいたなのはが黒い閃光に呑まれて吹き飛んだ。

「なのはっ!?」

 彼女は痛烈に背中を壁にぶつけ、そのまま崩れ落ちる。

 キィンと、遠く、音が鳴った。

 それは、落ちる音。恭也の遥か後ろ、そこへ空薬莢が落ちた音だった。

「……なの、は、くっ!」

 またしても、だ。

 またしても、気付く間もなく一瞬にして恭也の魔力は膨れあがっていた。普通のカートリッジロードであれば警戒と対策と準備ができるものを、あれではどうしようもない。

 自分となのはに認識されることなく恭也はカートリッジロードを終え、そしてすぐさま魔法を、技を放ったのだ。

 今のは突き技、たしか奥義の一つで射抜と言う技だ。そこから影刃を繰り出したのだろう。

 カートリッジロードには気づけず、また技の出もあまりに速かったため、なのはは完全に無警戒でそれを受けてしまった。

「…………っ」

(……もう、とにかく攻撃するしかない!)

 手数で押す、止まっていたらやられるだけだ。フェイトは可能限界数の光球を作り出し、

「ファイアッ!」

 即座に全弾を発射。

 間髪入れずに、素早く床を蹴りフィンを稼働させその身を加速、恭也の下へとバルディッシュを手に飛び込んだ。

 彼と斬り結びながら、みるみる内に、当然のように、フェイトのバリアジャケットはその損傷率を上げていった。

「くっ!」

 胸が焦りに染まる。このままではいずれ。

 ……いや。

 またあの知覚できないカートリッジロードからの魔法を放たれたら、どうしようもない、一撃でやられる。

 高速で思考を巡らせ、なんとか打開策を練らんとして。

「……シュート!」

(なのはっ!?)

 そこに入ったのは、桜色の誘導弾による援護だった。

「……立ったか!」

 眼前の恭也が驚きと……心配と喜びをないまぜにしたような声を上げた。好機と見、フェイトは持久度外視でスピードを上げ、猛攻をかけにいく。

『フェイトちゃん、まだ、いけるよ!』

『……うん!』

 届いたなのはの声に、力強く返答を返す。

 まだ何か、何かやり方が、勝つ方法がきっとあるはずだ。

 想いを胸に、フェイトは相方と共に力を振り絞り―――。

 

 

 

 

 

 

 

『現時刻をもって、模擬戦を終了とします。お疲れ様でした』

 訓練室に、エイミィの声が響いた。

「……ふむ」

『お見事でした、主よ』

「いや、魅月もな」

 言葉と同時、恭也は両の魅月をそれぞれ鞘に納める。

「さて……」

 眼前、一、二メートルほどの距離を置いて床にはフェイトが崩れ落ちており、視界の隅、壁にはそこへ寄りかかるようになのはが倒れ伏していた。

「二人を医務室につれていかなくてはな」

『ええ。ところで主、お二人はどうでしたか?』

「よく鍛えている。本気で斬り合ったし、魔法を併用した奥義も容赦なく使わざるをえなかったよ」

 虎乱に影刃をのせ超多数の魔力刃を発し重ね擬似的にシールドを作り出す虎乱・盾、射抜に影刃をのせ高速の閃光として打ち出す射抜・奔。両方とも使わなければ危なかったし、またフェイト相手の斬り合いも一切手を抜いていない。

「それに、例のアレも使ったことだしな。掛け値なしの本気で相手をした」

 言いながら、フェイトに歩み寄りその身を抱き上げ、続けてなのはの下へと足を向ける。

「……よく頑張ったな、二人とも」

 二人を抱え、最後に小さくそう呟いて、恭也は訓練室を後にした。

 

 

 

 

 

「お疲れ様ー! 体はだいじょ……う……ぶ…………え、何この空気」

 模擬戦後、すぐに意識を取り戻し医療班の診断も受け問題なしと判断され、戦闘終わりの身支度を整えているなのはとフェイトがいるはずの更衣室へ、挨拶を告げながら飛び込んだエイミィの目に映ったのは、

「……ごめんね、フェイトちゃん……。完全に私のミスだよ……あれをまともに喰らっちゃったのは油断だったんだ……遠距離だからって」

「ううん……それを言うなら私の実力不足だ……なのはの援護があった打ち合いでまともに一撃も入れられなかったんだから……」

「そんな……」

「……ううんそうだよ」

(……暗っ!)

 陰惨鬱々、室内にいた二人が揃って長椅子に腰掛け俯きながら、この世の終わりを見たかのような声音でひたすら先ほどの戦闘の反省を繰り返す様だった。

「ちょ、ちょっとちょっと、二人とも、そんなに落ち込まないでよー」

 二人の元へと駆け寄り、膝を折りしゃがんで下から顔を覗き込んで、

「ほら、顔上げて…………うっ」

 思わず、引き攣った声を漏らしてしまった。

「あ……エイミィさん……。あはは……ごめんなさい……あんなにあっさりやられちゃデータも取るの大変ですよね……」

 普段の明るくはつらつとした、愛くるしい様からは想像も出来ない虚ろな表情を浮かべ、なのはは乾いた笑いをこぼし、

「もっと速くもっと強くもっと鋭くもっと的確にもっとしっかりもっと、……もっともっとちゃんと戦わなきゃいけなかったのに……これじゃ恭也さんに会わせる顔なんてない……なんで……もっともっとちゃんと……」

 未だこちらに気付かず、端正な顔を堅く硬直させながら小さく唇だけ動かし、フェイトは空寒い声で呟き続けている。

(……怖っ!)

 醸し出される雰囲気だけで言うならば、まるでホラー映画のワンシーンだった。

「……ええええええいほら、ほら、立って!」

 エイミィは勢いよく立ち上がり、二人の手を引く。

「……え、あ、はい……」

「……あ、エイミィ……」

 二人は抵抗することもなく、よろよろとそれに従って椅子から腰を浮かせた。

「もう、気持ちはわかるけど、シャキっとしなきゃ駄目だよ。データのことなら大丈夫、ちゃんと解析は出来てるから」

「そう、ですか……」

「でも……」

 だが、立ってもなお、未だ俯くなのはにフェイト。

「恭也さん、心配してたよ」

「っ!」「っ!」

 しかし起爆剤を投げ込めば、その反応は劇的。二人は揃って顔を上げた。

「二人とも診断終わったらそそくさと更衣室に行っちゃうもんだから、体はほんとに大丈夫なのか、とか、やっぱり落ち込んでるか、とか、ずっと言ってたよ。いいの? 心配かけっぱなしで」

「……よくないです」「……よくないです」

「でしょ? なら、ほら、いこ?」

 ドアに向かって歩き出したこちらに手をとられながら、二人はとぼとぼと後を付いてきた。

 

 

 

 

 

 

「なんて顔をしてるんだ、二人とも」

 エイミィに手を引かれブリーフィングルームに入ってきたなのはとフェイトを見、恭也は開口一番そう言った。

 ほら、とエイミィに背中を押された二人は、こちらへと力ない足取りで歩み寄ってきた。

 なのはの顔は悲痛に染まり、フェイトの顔は痛々しいほど蒼白で、

(参ったな……)

 胸の中、恭也は思わず嘆息する。

「体は大丈夫か?」

「……うん」

「……はい」

 問いに、ゆるゆると頷く二人。医師の診断でも問題ないとのことだったので本当だろう。ひとまずは胸をなで下ろす。

「……」

「……」

 しかし、二人はそれきり押し黙ってしまった。なのはは今にも泣きそうで、フェイトは今にも倒れそうな顔だ。

「なのは」

「……うん……ひゃっ!」

 とりあえずと、恭也はなのはの両の頬を引っ張った。

「いはいっ! いはいよおにーひゃんっ!」

「案外伸びるな……」

 白く滑らかな妹の頬は、思っていたよりも優れた伸縮性を有していた。

「いひゃいっへえ!」

 限界に挑戦してみるかと思い始めたこちらに、元より泣きそうだったなのはは瞳いっぱいに涙を溜め抗議の声をあげてきた。つまんでいる部分が赤くなってもきたので、さすがに可哀想かと手を離す。

「うむ」

「うむじゃないよ!」

「その元気があれば大丈夫だな。気持ちはわかるが、あんまり下を向いてるものじゃないぞ」

 今度は頬ではなく頭に手をやり、少し乱暴に撫で回す。

「で、でも……」

「なのは、一応言っておくが先の試合、俺は本気を出した。手加減など微塵もしていない」

「……そう、なの?」

「ああ。だから、必要以上に背負い込むな。己の力不足を嘆くのは向上に繋がるが、変に罪悪感は持つな。たしかに今日は俺が勝ったが、それだけだ。全力のお前に俺も全力を出した。相手として全く不足はなかったし、いい試合だった」

「……うん」

「よし」

 ぽんぽん、と、念を押すように最後に二度軽く叩き、恭也はなのはの頭から手を離した。

「さて、フェイト」

「は、はい……」

「フェイトもだ。まず、顔を上げろ」

「………………」

 しかしフェイトは俯き続け、頑なにこちらと目を合わせようとしない。

「……よっと」

「……あ、きゃっ!」

 フェイトの腰に手をやって、その華奢な体を持ち上げる。上を向いてくれないのなら、こうして下から覗き込むまでだ。

「あ、あの……」

 蒼白だったさっきまでと一転、真っ赤に顔を染め、彼女は恥じらうように身をよじる。まるで小さな子供にやるようなこの格好が恥ずかしいのだろう。

 そんなフェイトの瞳をまっすぐに見て、言う。

「いいか、フェイト。さっきなのはにも言ったが、俺は今日本気を出したぞ」

「……で、でも、私、……せっかく恭也さんに鍛えてもらってるのに……あんな……」

「魔法に関しては習いたてだが、こと近接戦なら俺は物心ついたときからやってるんだ。まだフェイトには負けないさ」

「はい……でも」

「悔しいと思うのはいい。だが、恥じるなフェイト。今日、力が及ばなかった事は、明日への糧にこそすれど、昨日への後悔にすべきじゃない。まさかとは思うが、俺が君に失望したとでも考えているんじゃないだろうな?」

「…………っ」

 フェイトは、切なげに瞳を揺らした。

 図星か。恭也はため息をつき、彼女を床に下ろした。

「…………私……」

「よく聞け、フェイト」

 そしてなのはへしたのと同じように、少し強めに頭を撫で回す。

「俺が君に教えるのを止めるのは、俺が君に教えることが何もなくなったときだけだ。もしくは、フェイトがもう教わりたくないと言ったときだな」

「そ、そんなこと言いません!」

 弾かれたように、フェイトは顔を上げた。

「やっと自分からこっちを向いてくれたな」

「……あ」

「それでいい」

 そしてまたしてもなのはへしたのと同様、確認するように二回軽く柔らかく頭を叩いた。

「……はい」

 フェイトは小さく、しかし確かに返事をしてくれた。

 これなら、大丈夫だろう。

「……さて、それじゃあその内リンディさんが戻ってくるから二人とも…………ん」

 これで一件落着、事はとりあえず収まったなと胸をなで下ろしたのだが。

「なのは?」

「………………むー」

「どうした?」

 なぜか妹は、不満がありますと言わんばかりのジト目を向けてきた。

「……私はほっぺた引っ張られて、フェイトちゃんは優しく抱き上げられて……この差はなんですか?」

「……ふむ」

「ふむじゃないよ!」

 気勢を上げ、なのははぴょんぴょんと跳ね上がる。その仕草に合わせ、両脇で括られた髪も揺れる。

「わかったわかった、ほら、これでいいか?」

「わっ!」

(……懐かしいな)

 不満顔の妹を抱き上げて見れば、恭也の心には思わずそんな感想が浮かんだ。

「そう言えば、昔はよくせがまれたものだな。どうだ、なのは、久しぶりのコレは」

「うう……しょーじき、…………恥ずかしいです」

 頬を赤く染めながらのそんなコメントに、恭也は苦笑。

「じゃ、下ろすぞ」

「あ、う、うん……」

 すっかり大人しくなったなのはを地面に下ろして、これで今度こそ一段落だと息をついて。

「あの……恭也さん」

「どうした?」

 自分の服の袖を引く感触に気付いた。視線を向ければ、そこを控えめにこちらの袖を握りつつ、見上げてくるフェイトがいる。

「わ、私には、しないんです、か?」

「ん? いや、何をだ?」

 期待を籠めたようなまなざしで見られても、彼女を抱き上げるのはもう既にやった。フェイトが何を望んでいるのか、恭也には検討がつかず、

「その、なのはと同じこと、です……」

「同じことって……」

「ほっぺた……」

「…………………………いや」

 そこまで言われてようやくわかった。

 わかったが、しかし。

「わざわざ頬を引っ張られなくともいいだろう?」

「………………」

「……いい、だろう?」

「………………」

 無言の圧力。上目遣い。

 逆らえる気が、しなかった。

「……っ」

「……どうだ?」

 なぜわざわざ痛い思いをフェイトがしたがるのかは全くわからないが、とりあえず、注文通りに彼女の両の頬をつまんで左右に引いてみる。

 精緻な彫像のような、幼いながら恐ろしいほどに壮麗に整った美しさを持つフェイトだが、その頬は温かく柔らかで。

 なのはほどではないが、なかなかによく伸びる。

「……いひゃい、れす」

「……そうか」

 フェイトはそんな感想を口にしたが、

(―――……気のせい、か?)

 どうも、嬉しそうに見える。頬が緩んでいるかどうかの判断はつかないが、目元は弓なりにしなっていた。

 ずっと摘んでいるわけにもいかないので、やがて恭也が手を離すと、

「……あっ」

 やはり少し残念そうな声を上げ、

「……えへへ」

 フェイトは、それでも嬉しそうに自らの頬を両手で押さえた。そんな彼女の頬は引っ張られたことによる赤みだけでない朱色に染まっており、

「ま、満足か……?」

「はいっ」

 恭也を多少、戦慄させた。

「えーっとお三人さん、お茶が入りましたけどー」

 そんなやりとりの後、いつのまにか紅茶を用意していたエイミィがそう声をかけてくる。

「ああ、ありがとう、エイミィ。なのは、フェイト、頂こう」

「うんっ」

「はい」

 恭也となのは、フェイトは揃って椅子に腰掛けた。恭也を真ん中にして右になのは、左にフェイトだ。

 エイミィに礼を言ってから、紅茶に口をつけ一息をつく。実家が喫茶店を営む関係で多少肥えてしまっている舌を持つ自分からしても、素直に美味しいと感じる出来映えだった。

「そう言えば、リンディさんは?」

「艦長なら今、クロノ君と一緒にさっきの模擬戦の結果とか、まあ、その、……その他もろもろを取りに行ってるよ。もうすぐ帰ってくるんじゃないかな」

 なのはの問いに答えるエイミィは、なぜか少しだけ複雑な顔をしていた。

「もう結果、出てるの?」

 今度はフェイトがそう問うて、エイミィはそれに頷いた。

「うん、出てるよ。まあこれは艦長の口から発表されるだろうから」

 そこまでエイミィが口にしたタイミングで、部屋のドアが開いた。

「お待たせしました。ごめんなさいね」

「すいません、恭也さん……なのはにフェイトも来ていたか、待たせてしまったな」

 そう言いながら、ハラウオン親子が室内に入ってくる。エイミィの言葉のとおり、二人はその手に何かしらの書類らしき物を持っているようだった。

「三人とも、お疲れ様でした。体は大丈夫ですか?」

「ええ、問題ないです」

「はい」

「大丈夫です」

 返事に安堵の表情を浮かべてから、リンディとクロノは恭也達の対面に腰掛けた。エイミィが二人にも紅茶を出す。

「ありがとうエイミィさん、頂くわね。……うん、美味しい。…………さて、それでは早速なんですが」

 一口、喉を湿してからリンディは威厳のある真面目な表情でそう言うと、何枚かの紙が綴じられて出来た、恭也にも馴染みのオーソドックスな形のレポートをこちらへ差し出してきた。

「こちらに、以前行った魔力適正解析の詳細と、今回のランク測定の結果を記してあります」

「……すみません、何が何だか」

 ペラリと何枚かめくってみたものの、正直、まったく内容は把握できなかった。

 恭也は戦闘に必要な魔法知識はおおよそ得ているものの、それ以外に関しては未だ基本的にはまるで無知だ。故にこのレポートも、そもそも出てくる用語すら逐一不明であり、何がどういうことなのかさっぱりわからない。

「とりあえず今回見ていただきたいのは、一番後ろのページです」

「一番、後ろ……はい、ここですか」

 言われ、めくって最終ページを開く。

 そこにあったのは、またしても恭也には何を指しているのかわからない項目で構成されたレーダーチャートと、その横に大きく書かれた二つのSマーク。

 恭也の両脇、なのはとフェイトが息を呑んだ。

「え、……だ、だぶるえす……SS!?」

「……近接戦闘技能、機動技能、状況判断・察知・対応力が振り切れてる……。こんなの……見たことない……」

 二人は大きく身を乗り出し、恭也の手元のレポートを覗き込んではしきりに驚きの声を挙げている。

 しかし、当の恭也としては、いまいちピンとこない。

「よくわからんが、良い結果なのか?」

 なので、ざっくばらんにそう問うた。

「良い結果と言いますか……凄まじい結果と言いますか……」

 苦笑いのエイミィ。クロノが後を継ぐように言う。

「魔導師ランクは、+や-による細かい分け方もありますが、大まかに言えば昇順でF,E,D,C,B,A,AA,AAA,S,SS,SSSとなっています。恭也さんのランクは上から数えて二つ目、最上級に肉薄する超高位ランクですよ」

「……そう、なのか? いや、しかし魔法に関してはまだ習いたてのはずだが……」

 恭也のあげた疑問の声に、リンディが答える。

「魔導師ランクは様々な要因で決定されるんです。"魔導師"ランクと言うのですから魔法資質や魔法制御技能はもちろんですが、他にも直接的な戦闘能力や達成可能な任務規模・難度などにも重きが置かれます。恭也さんのランクがここまでの物になった要因は、まず、やはりその戦闘能力ですわ」

 リンディは微笑みながら続ける。

「管理局の魔導師の中でも、正直、ずば抜けていると言っても過言ではありません。もともと、魔法なしでも純粋な戦闘能力だけなら陸戦AAA相当のものがありましたが……魔法を会得した今、それは本当に突き抜けています、超一級と言って差し支えありません」

「……何というか……お褒めにあずかり光栄ですが……買いかぶり過ぎな気もしますよ」

「そんなことありませんわ。規格化された客観的な測定による確かな評価です」

「そう、でしょうか……」

 恭也は御神の剣士として力を積み上げてきた。それはつまり、生身の体で銃をも相手に勝てるような技術と精神を身につけてきたと言う事だ。よって、こと戦いに関しては多少の自負はある。

 あるが、そこに魔法が加わったとは言え、ここまで褒められてはどうも少し据わりが悪い。

「……ううん」

 唸る恭也の前、リンディは続ける。

「その他にも、ここまでランクを押し上げた要因はあります。元々の魔法資質の高さもそうですし、特殊技能もあげられますわ。まず一つが神速ですね。相手の知覚を超えて自分だけが行動できるというあれは、単なる加速魔法とは一線を画したその汎用性から、非常に高い評価を出しています。次に、心、でしたでしょうか、あの特殊な周辺状況察知能力が挙げられます。隙や死角を消し去り不意打ちが通じない上に、見ずとも相手の位置を把握可能であるというこれにも、また非常に高い評価が出ています。そして、それと……」

「あのカートリッジロード、ですね。あれには驚きましたよ。観測・解析班なんかは今あれについての話題で持ちきりです」

 そんなクロノの言葉に、なのはとフェイトが反応する。

「あ、そうだあれ! 何だったのおにーちゃんあれ! あんなのあるなんて聞いてなかったよ!」

「気がついたらカートリッジロードが終わってて、目を逸らしてなんかいなかったのに気づけませんでした……。 あれは一体……?」

 二人としてはあれに煮え湯を呑まされたばかりだ、気にするなという方が無理なのだろう。

「神速と、心、そしてあの瞬間的に行われる特殊なカートリッジロード。これらの能力があれば戦闘を一方的に進めることすら可能ですし、通常の魔導師では介入不可能な状況に対応することもできうる……結果として単身で達成可能な任務難度は非常に高評価になり、それがランクを押し上げたんです」

「できれば、種をお教え頂きたいのですが……」

「ええ、構いませんよ。ただ……」

 リンディとクロノにそう答えてから、ちらりと、恭也は自らの小指を―――そこに嵌められた相棒たる銀の指輪を見やった。

「あのカートリッジロードに関しては、俺というよりかは、魅月の機能なんですがね」

「そうなんですか?」

「ええ、あれは……」

『それは違います、慎み深き主よ』

 リンディに頷き、そして皆に説明を始めようとした恭也の言葉を遮って、魅月が声をあげた。

『たしかにあれは私の機能を活用してのことですが、しかし主以外の者ができることでもありません。したがって、あれは主の技能です』

「む、だがな」

『どうしてもと言うのであれば、主と私の合わせ技です』

「……そうか、そうだな」

「あー、ええと、お二人とも、できればその……説明の方を頂けると……」

 エイミィが控えめにそう促す。

「ああ、すみません、……あれは平たく言えば、そうですね……」

 どう言ったものか。恭也は少し逡巡した後、口を開く。

「神速を利用した高速カートリッジロード、と言うことになります。仕組みは単純で、神速に入った状態でカートリッジロードを行うんです」

「……」「……」「……」「……」「……」

(……あまりピンとこない言い方だったろうか)

 その場の恭也以外の五人から返ってきたのは、無言で首をひねるという要領を得ない反応だった。

「いえ……いくら恭也さんが神速に入っていたとしても、デバイスの処理速度や動作速度がそれについていくわけでは……」

 代表としてか、そう口を開いたリンディは、しかしそこで一旦言葉を切り、

「……じゃあもしかして、魅月さんは、神速状態の恭也さんについていけるだけの超高速動作が可能、ということですか?」

 半信半疑と言った表情でそう言った。

 それに答えたのは、当の魅月だ。

『いえ、正確には違います』

「では……」

『私はただ、"使用者の能力を活かし切る"ためのデバイス、であるだけです。常に高速なのではなく、主が高速であれば、私も主の足を引っ張らないよう高速になるだけです。つまり処理、動作速度が主の思考速度に追従するのです』

 とはいえ主が気を失った場合などの時のために、最低動作速度だけは保証されていますが。平然と言った魅月は、そう最後に結んだ。

「……」「……」「……」「……」「……」

 今度は皆、一様に唖然とした表情を浮かべた。

「動作速度が可変……!? いや、そうか、あの妙な処理方式はそういうことか! では、君のAIが高性能なのも……」

 いち早く復帰したらしいクロノが、驚きの声を上げる。

『その機能のためです。ただ単純に動作、処理速度を向上させるのならばAIは載せないほうが良いのでしょうが、可変させるとなるとそう言うわけにもいきません。私の速度可変機能は主の状態に合わせ基本的にはオートで走っていますが、最適化にはやはりAIによる状況に合わせた処理が必要ですから』

「なるほど……」

 クロノは、納得が言ったとばかりに顎に手を当てながら頷いた。

「し、使用者に合わせ速度を可変……相当高度な技術だけど、なんていうか」

「やっぱり……渋いね。魅月さんって」

 フェイト、そしてなのはがそんな感想を漏らす。

 渋い。

 それは確かに、魅月から説明を聞いた時の恭也も思った事だった。

「神速を有する恭也さんが使っているからこそあんな反則的な性能が引き出されはしたものの……、そうじゃなかったら本当に裏から支えるサポート機能、ってところか」

『ええ、その通りですクロノ様。ですからわざわざ主にお伝えする事もないと思っていました』

「……僕も、デバイスの速度にはこだわるタイプだ。だからメインのS2UもAI非搭載タイプにしている。確かに、自分が高速で思考すればそれに合わせて高速の処理、動作をしてくれるデバイスというのは、魅力的ではある。…………だけど」

 ううん、と。クロノは腕を組んだ。彼の話を引き継いだのはエイミィだ。

「それをメインデバイスを選ぶ決定的な要因とするか言うとまた微妙な話だよね。使われているだろう技術はすごく高いだろうし、処理だけでなく動作速度も可変することを考えると設計の根幹に組み込まれている機能なはずだけど、それにしてはちょっとその……控えめっていうか」

『私のこの機能は、地味ですからね。使用者の思考速度に合わせた処理、動作速度可変。あれば確かに役に立ちますが、取り立てて口にするほどのものでもありません』

 自らを語る魅月は、しかし泰然としている。

『私自身には、派手な機能はありません、いりません』

 彼女の声と言葉は、深く静かだ。

『私は近接戦用デバイスとして、"使用者の能力を活かし切る"ための存在ですから。主が強く輝いて下さればこそ、私もまた強く輝くことができる。それでいいのです、それこそが私です』

「あ、じゃあ、魅月さんの名前の由来って……」

 なのはの声に、頷くように魅月は明滅した。

『はい。だから私は、月なのです』

「……なんだか、ここまでくると運命的な物すら感じますわね、恭也さんと魅月さんが出会えたのは」

 リンディはそう言って、彼女らしい温和な微笑みを浮かべた。

「管理局としても、ここまできちんと使ってくださる方にお渡しできたんですもの、よかったですわ。……さて、それではあのカートリッジロードは、恭也さんが神速に入り、魅月さんがそれに追従し、その中で装填発令から装填動作、空薬莢排出まで行っているものと考えていいのでしょうか?」

「ええ、そうなります」

「神速は体に負担が……たしか、眩体を使った上でも一日十回程度と以前言っていましたが、それはやはりこれでも?」

 リンディに続くクロノの問いには、恭也は首を振った。

「いや、この場合、神速には入るもののその中で俺自身がやっているのは装填発令だけだからな。ほぼ動きはしないから体への負担は最小限で済む。そうだな……魅月のカートリッジをすべてこの方法でロードしても、疲労は神速一回分と言ったところか」

 魅月のカートリッジは一刀に六発、左右合わせて十二発。それらすべてを神速の中でロードしても、眩体を使ってさえいればそこまで大した負担ではない。

「……では事実上、予備カートリッジを含めなければ恭也さんは基本的にカートリッジロードはすべてその方法で行えるわけですね」

「そうなるな」

「なんかもう、反則だよ。あれほんとに唐突だから対処できないし」

 呆れたようになのはが言う。

「接近戦の最中、打ち合いの間隙でさえロードできるって言うのは、すごい強みですよね」

 フェイトも感心したように続けた。

「まあ、あのロード方法に行き着いたのはそういう理由からだな。通常のロードでは、少し御神流としては使いづらくてな」

「なるほど……」

「うーん、折角ですからあのロード方法、とかじゃなくて何か名前付けません? 今後報告書に書きやすいですし」

 そこに、エイミィがそう口を挟んだ。

「名前……かあ。うーん……普通のがカートリッジロードだから……シークレットカートリッジロードは?」

 そう提案をくれたのは、恭也の隣に座るなのはだった。

「……ふむ」

「なんかやられた側としては、まさにそんな感じだったんだけど……」

 駄目かな? と、彼女は上目遣いで問うてきて。

「よし、それでいこう。いいか、魅月?」

『問題ないかと。良き名です』

「うわあ迷いがない」

 エイミィが思わずと言った風に、そんな声を漏らしていた。

 恭也としては、実は魅月とこのロードについて打ち合わせを行った段階で、既に"瞬装填"と言う名を付けてはいたのだが、誰でもないなのはにあんな目をして言われたらまさか駄目とも言えない。それに、そこまで自分で付けた名に愛着があったわけでもない。それならば、なのはが付けた方を採用しようと言うわけだ。

「長ければSCLとでも略せばいいし、うむ、いいアイディアだ、ありがとうなのは」

「えへへへへ」

 礼を言うと、なのはは思い切り相好を崩す。しっかりしている妹だが、やはりこういうところが本当に可愛らしいと思う……照れくさいので、絶対に言わないが。

「あー、えっと……すいません、いいですか?」

「ああ、すまんな」

「あ、うん、ごめんなさい」

 恭也は平然と、なのはは少し顔を赤くして前へ向き直り、揃って表情を改めた。

「では……。今回の測定で、恭也さんはその非常に高い戦闘能力と、有する神速と心、シークレットカートリッジロード――SCLと言う特殊技能、加えて優れた魔法資質に、まだ荒削りなところはあると言え局所的には既にかなりのレベルに達している魔法制御能力、そして鋭い判断力や冷静な思考力などの高い精神性から、魔導師ランクはSSとなりました。闇の書の事件について現在ご協力を頂いているわけですが、これからはこの結果を元に作戦協力などをお願いしていきたいと思います」

「ああ、わかった。俺で力になれることなら、何でも言ってくれ」

 恭也は頷き、そう言って。

 そして直後、少しばかりこの言葉を後悔することになる。

「そうですか、それではお願いがあるのですが」

 手に感触。

 見れば、リンディの両手が恭也の右手をがっちりと包み込んでいた。

「な、なんでしょう?」

 もちろん嫌ってなどいないが、相性問題としてリンディに若干の苦手意識をもっている恭也は冷や汗をかきつつ問う。

「恭也さん。恭也さんは、この先をどのようにお考えでしょうか? もしよろしければ、それを今お聞かせ願いたいのですが……」

 リンディは満面の笑み。一児の母とは思えないほどに若々しく、そして美しいそれを見てしかしやはりどうしてだか背中には汗が伝う。

 捕捉された、なぜかそんな風に思った。

「すみません……恭也さん……」

 リンディの傍ら、クロノは本当に済まなそうな、申し訳なさそうな声と表情で、それが益々恭也の不安をかき立てる。

「この先、ですか。それは」

「お仕事などのことです」

「……そう、ですね」

 何でも言ってくれと言ってしまったばかりだし、とりあえずは話を進めよう、そう思い、恭也は答える。

 この先、どうするつもりか。

「……現在俺は大学に通っていますが、それと同時に護衛の仕事などを請け負っています。ですからまず一つは、大学卒業後もそれを続け、フリーの護衛として働く、ですかね。幸い各方面にツテもありますし、見通しもある程度立っているので、今は基本的にこの方向で考えています」

「そうですか。でも、まず一つは……ということは、他の道も視野にはあると?」

「ええ。他には、香港の特殊部隊に、などですね。叔母が所属していまして、何度か合同訓練にも参加させてもらっていますし、誘いも受けているのでそこに属するかもしれません。また民間の警備会社や、縁のある団体から専属にと言う話も頂いていますので、そちらの方も考えています」

「なるほど、そうですよね。恭也さんほどの方ですもの、色々なところからお誘いを受けるのは不思議なことではありませんよね」

「いえ、そう大したものではありませんが」

「いえいえそんな。でも、そうですか。組織に属する気もあると、そうですか」

 ここで、にこにこと朗らかな微笑みを浮かべるリンディの手が恭也のそれから離れた。

 そして彼女は、

「どうでしょう、恭也さん」

 彼女とクロノが持ってきて机の端に積んであった資料の束の中から、一冊の薄い冊子を抜き、両手に掲げて言う。

「その選択肢の中に、時空管理局って、入りませんか?」

 冊子には、大きな文字で"時空管理局入局案内"とあった。

 平たく言えば、それは勧誘用のパンフレット、と言うことなのだろう。

 ことここに来て、やっと恭也は話の趣旨を理解した。

「あ……いや……」

 戸惑う恭也の前で、リンディはまた違った資料を次々と取り出し広げ並べて見せる。

 ランク測定のレポート以外にいったいなんの資料を持ってきていたのだろうと多少疑問は持っていたものの、まさかそれが自分の勧誘のためのものだったとは、露ほども考えていなかった恭也は、思わず圧倒される。

「管理局には様々な部署がありますが、恭也さんであればどこでも大歓迎です。次元航行部隊、地上部隊、教育隊、遺失物管理部……いずれにせよ、相応の地位と待遇をお約束できると思います。執務官や捜査官という道もありますね」

 流れるような文言。

 恭也は助けを求めるように、リンディの傍らのクロノとエイミィに視線を向けるが、

「……」

「……」

 二人はただただ"申し訳ない"といったばかりの顔をした後、頭を下げるのみだった。

「私としては、戦技教導隊がお勧めですね。これは教育隊の上位組織なのですが、武装局員達を教え導く、管理局の魔導師の中でも選りすぐりのトップエリート、エースオブエース達が集まる部隊です」

「お、俺にはそのような……」

「いえいえいえいえいえいえ、一度訓練学校に入っていただく必要こそありますが、現状の恭也さんの実力はもうこのまますぐにここに入って頂いても誰からも文句など出ないレベルに至っています。それに、なのはさんやフェイトさんの上達ぶりを見ればはっきりとわかることですが、恭也さんには非常に優れた指導力もあります。是非それをここで活かして頂けたらなと!」

 がしっと、またしても恭也の手が捕まれる。

「管理局は慢性的に人手不足ですが、特に教導官のそれは深刻です。恭也さんのような方が必要なんです! 生身で騎士を制すような技能を持った方に近接戦指導官となって頂き、その力を教え伝えてくださったら一体どれほどの恩恵があるか……実は軽くシミュレーションもしてみたのですがこれが驚くような結果で、ええっとどれだったかしら」

 そんなことまでしていたのか、どんどん逃げられないように囲われていく恭也は内心驚愕の声をあげる。

 リンディはまた新たに資料を引っ張り出し、折り目のついたページを開き恭也の前に広げる。

「もちろん恭也さんの技術に関しては、こちらも解析しきれない点が多々あるのでおおざっぱな予測ではあるのですが、ご覧になってください、1年・5年・10年と務めて下さった場合の試算がこれなのですが、教導隊が現状のままだった場合と比較してこれほどの差が……」

「あ、あの、すみません、待って下さい!」

 グラフを指さし解説を続ける、もはや止まるそぶりの見えないリンディに、恭也はとりあえず待ったをかける。

「お話を頂けるのは嬉しいのですが、すこし、その……」

「ああ、申し訳ありません。私としたことが」

 恭也の言葉に、リンディは柔らかな笑みを浮かべ、

「そうですよね、教導隊以外のお話ももうちょっとするべきですよね」

「いえっ、そういう事ではなくて……!」

「私としては次にお勧めなのは遺失物管理部ですね。ロストロギア関連の任務を遂行する、こちらもエリート級の魔導師が集う部署ですわ。現在機動一課から五課までありますが、どこからも恭也さんなら引っ張りだこでしょう。優秀な戦闘能力に柔軟な対応力を持った魔導師は喉から手が出るほど欲している所ですから、恭也さんがここに配属願いを出されたら、一課から五課で確実に取り合いになりますね」

「いえだから……!」

 結局。

「前向きに検討させて頂くので、お返事は今回の事件が終わった後に……」

「……わかりましたわ。そうですよね、急なお話ですものね」

 約一時間にも渡った熱烈な勧誘は、疲れ切った恭也の提案でもって終焉を見た。

「それでは、ご質問がありましたらいつでも。色良いお返事をお待ちしておりますわ」

 まるであどけない少女のような、しかし海千山千の猛者のような、相反する要素を兼ね備えたリンディの美しい笑みに、恭也はただ力なく頷くのみだった。




 書いていて自分で突っ込みそうになりましたが、1話から読み返すと、まあ割と魔導師ランクSSでもそんなに違和感はな……い…………か………………な?
 な?
 この作品での魔導師ランクの解釈は、作中でリンディさんが言ったような感じです。だから、ま、多少はね? 多少じゃないけど。
 実際、神速と心とSCLがあれば、だいだいの状況で割かしやりたい放題ですし、だから達成可能な任務難度とか、いい感じに跳ね上がるんだってさ。



 魅月さんの機能に関しては、基本的に、もうこれだけです。まじでこれだけ。
 隠された機能が実は……! とか、ないです。
 選ばれし者が使うことによって封じられし真の能力が開放される伝説の――、とか、ないです。
 魅月さんは実はロストロギアの一つだったんだよ! な、なんだってー! みたいな事もないです。
 一定の戦闘経験が蓄積されることにより、ついに私の変形機能が開放されました主! みたいな事も、驚くほどないです。
 そういう展開も実に実に素敵なんですが(個人的にも好みなんですが)、まあ、魅月ちゃんにはないです。
 左手の端、一番小さな指に嵌まる控えめな燻し銀の月。
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