魔法青年リリカル恭也Joker   作:アルミ袴

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 この作品には原作設定の拡大・独自解釈も含まれます。申し訳有りませんが、原作設定の絶対的な遵守をお求めの方、ご自分の解釈を非常に大切にされている方のご要望にはお応えしかねる場合があります。該当される方はご自身の責任における判断で閲覧されるかどうかお決め下さい。よろしくお願い致します。


第7話 緊急事態

「すみません、折角恭也さんに頑張って頂いたのに」

「いや、気にしないでくれ。仕方ないさ」

 管理本局の一室で自分へ頭を下げるクロノに、恭也はそう返した。

 魅月の使用状況の定期確認のため本局を訪れ、そこでたまたま会ったクロノについでにと守護騎士の現状についての説明をしてもらっているのだ。

 現在、守護騎士は本局内に留置している。

 が、彼女の展開した自閉モードは未だに解けず、何も情報は聞き出せないままらしい。

「どうやらあれは、相当強固な魔法耐性を誇っているらしくて……」

「さすがは闇の書と言ったところか。ああ、いや夜天の魔導書、だったか」

 ユーノが無限書庫、という所で調査した結果によるとあれは正確にはそう言った名前のものらしい。

 その本来の目的は各地の偉大な魔導師の技術を収集、研究するためのものであったのだが、歴代の持ち主の誰かがそのプログラムを改変。そのせいで破壊の力を振るうようになった上、旅をする機能と自動修復機能が暴走、転生と無限再生を備えるようになった。

 また主に対する性質も大きく変化、一定期間収集がなされなければ主自身の魔力等を浸食、さらに書の完成がなされれば主に魔力を無差別破壊のために際限なく使わせる。主もそれが原因で命を落とす。

 最悪にして災厄、元はただの資料本がとてつもない危険物に成り果ててしまった、ということらしい。

 エイミィなどは、夜天の魔導書もかわいそうに、と言っている。

 魅月もそのような意見だった。

 仕え、守り、愛すべき主を喰い殺す存在に改変されるなど、悪夢以外の何物でもないと、悲しそうに呟いていた。

 恭也も、出来れば何とかしてやりたいと思っている。

 恭也が闇の書事件に対し積極的に協力する姿勢になった原因の一つに、あの金髪の守護騎士の事がある。

 ビルの上でまみえた時、恭也が捕らえた彼女の瞳は破壊や殺戮、暴虐を好む非道の目などではなく、ただただ純粋な護る者の目だった。

 恭也と同じ、護るべき者を護る者の目だった。

 きっと、何か事情があるはずだ。

 そう思っていた所に、闇の書――夜天の魔導書の真実を聞いてしまい、なおさら放っておけなくなった。

 元はなのはを守るためだけに関わり始めた今回の事件だが、もうそれだけではなく恭也はその解決を願うようになっている。幸福な解決がなされればいいと思うようになっている。

「しかし魔法方面からのアプローチは難航、か」

「かと言ってそれ以外のやり方がなくて……。管理局の法では容疑者に無闇に苦痛を与え情報を引き出すのは禁じられていますから。もちろん、僕達もそんなことはしたくありませんし」

「そうだろうな。……む、では、物理的な刺激によるアプローチは一切行っていないのか?」

「ええ、基本的には魔法で自閉モードをなんとか出来れば、と思いまして」

「……物理刺激に、反応自体はするのか?」

「あまり試していないから何とも言えないのですが、今のところ反応はしていませんね。ただ、ややこしいのですが、刺激自体は確かに伝わっているはずなんです。それを無視されているので結果的に反応しない、ということでしょうか。単純に刺激の強さが足りない、また痛覚系の刺激に対しては鈍くなるようにもしているのでは、との見解が出ています。もちろん、どちらにせ、本格的な痛覚刺激によるアプローチはやるわけにはいかないのですけど」

 魔法による自閉モードの解除は難航。物理的な痛覚刺激は倫理的な面からも出来ず、また敵の手に落ちたときのための自閉モードなどと言うものが用意されている以上、それにも対策がとられている可能性が高い。

 そんなわけで、現状、管理局は手詰まりらしい。

「なるほど……」

(だが、物理刺激それ自体をあまり行っていないというのなら……)

 恭也の見る限り、どうも管理局というのは基本的に魔法至上主義らしく、何事も魔法でなんとかしようとする傾向がある。

 だから、それ以外の方法というのはそもそもあまりとる気がない。

 そこに、鍵があるかもしれない。

「ふむ……」

 恭也は一つ、アイデアを思いついていた。

 それはおそらくまだ管理局が試していないアプローチ。そして自分はそれを効果的に、かつなるべく倫理的に問題が発生しない形で行う技を持っている。

「何か、お考えでも?」

 恭也の表情から読んだのか、クロノがそう問うてくる。

「ああ。一つ、試したいことがある。ただ……」

「ただ?」

「割とグレーな方策でな。許可が出るかどうか微妙なんだ。というか、おそらく出ない」

「……? とりあえず、内容だけでもお聞かせ願えますか?」

 その言葉に従い、恭也はクロノに自身の考えと、その技を説明する。

 聞き終わったクロノは、

「……た、たしかに、もしかしたら有効かもしれませんが……。少なくとも僕達もまったくやっていない方法ですし試してみる価値は、…………でも……」

逡巡の表情と声音を浮かべた。恭也も頷き、言う。

「まあ、自分で提案しておいてなんだが、俺もかなりどうかと思う。だから無理にとは言わん」

「………………少し、待って下さい。艦長に連絡してみます」

 そう言ってクロノは、端末からスクリーンを展開し、

「艦長、お時間よろしいでしょうか?」

「あらクロノ、いいわよ、何かしら?」

そしてリンディに先ほどの話を説明。

 結果、

「許可、出ました……」

恭也の案は、実行を許された。

「……そうか。……リンディさんはなんと?」

 正直、まさか本当に通るとは思っていなかった恭也は、そう問う。

 クロノは苦笑いで答えた。

「恭也さんがやるのならアリだと思うわ、とか言ってました」

 

 

 

 

「ここらへん、だよね」

「うん、たしかこのフロアの、この区画なはずだけど」

 なのはとフェイトは、きょろきょろと辺りを見回す。

 ここは管理本局の一画。

 二人が探しているのは、恭也が捕らえた守護騎士が在する部屋だ。

 事件の進展具合を聞こうと本局に訪れてみれば、どうも恭也がそこに向かったらしいとの話を聞いたので、二人も行ってみることにしたのだ。

「お兄ちゃんが行ったってことは、守護騎士さん、起きたのかな?」

「うーん……でもそしたら恭也さん、私たちに連絡くれると思うんだけど」

「だよねえ。変だなあ……。……でも、まあ、行けばわかるよね」

「そうだね」

 元々、守護騎士の事情聴取は自分たちとそこに随行する恭也に任されていた話だ。

 どういう事情か詳しくはわからないが、恭也が向かったというのなら自分たちも行くべきだろう。

 そう判断し、二人はここまで来た次第だ。

「あ、ここかな?」

「うん、そんな気がする」

 しばらくうろついていると、どうやらそれらしい部屋の前にたどり着いた。

 無骨なドアはぴったりと閉じている。中の様子はうかがえない。

 とりあえず入れてもらおうと、ドアをノックしようと手を構え、

「おにいちゃ」「恭也さ」

 

「っああああああああああん!!」

 

呼びかけたところで、二人はぴたりと停止した。

 原因は言うまでもなく、部屋から響いてきた声だ。

「……あ、え?」

「な、なに、今の?」

 二人は顔を見合わせる。

 お互い、わかっていないという表情だった。

 気のせいか、なにかの聞き間違えか、そう思おうとした矢先、

 

「う、あ、ああああんっ! あ、ああ……………………で、でも、それは……あ、ああああああっ……!!」

 

またしても響く声。さすがに二度聞いてしまえば現実だと認めざるを得ない。

「な、なななななななななな……」

「なに、なに、なにが……!?」

 声は、女性のものだった。

 そしてそれは、悲鳴というよりは、叫びと言うよりは、

 

「あっ! は、んんっ! あ、だ、もう……あ、ああああっ……! ああああああああああんっ!」

 

あえぎに、限りなく近い。

 艶やかな、声だった。

 なのはとフェイトは再度顔を見合わせた後、二人同時にドアに耳をつけ、中の声を伺った。

 

「そろそ…………どう…………念して頂けま…………か? 何も…………らの情報…………してく…………言って…………のではないん…………。まずこ…………の話を聞…………くれと、それだ…………すから」

「でも…………も、……………………」

「っと」

「……あっ! あああああんっ! あっ! んんんっ……!」

「油断も…………あり…………んね……。です…………れ以上…………当に辛…………し…………、ど…………」

「まだ……まだ……負けませ…………」

「………………ルを上げ…………」

「え、…………ま…………が……………………?」

「大き…………すよ」

「――ぁっ!?」

「辛…………し…………?」

「っな、なんですか今の!? や、ちょっと待って下さいこれは無理ですほんとに!!」

「では、こ…………の話…………いて…………さい」

「………………は」

「……続け…………」

「……ああああああああああああああああっ!! あああっ! あっ……! なにこれえっ……! こんなのっ無理いいいっ! ああ! あああっ!!」

 

 響く嬌声。所々聞き取れないが、それに混じってたしかに恭也の声もある。

 あの守護騎士は女性で、その人が兄と一緒の部屋にいて、こんな声が。

 なのはの頭の中に浮かんだ方程式には、一瞬にして解が出た。

 最悪の、解だった。

「そんなの、そんなの……そんなの駄目なのっ! 絶対駄目なのっ!! レ、レイジングハート! カウントスタート!!」

『Master……』

 レイジングハートを展開、叫んだなのはをフェイトは慌てて後ろから羽交い締めにする。

「な、なのは! 落ち着いて! 落ち着いて!」

「落ち着いてなんかいられないの! 大丈夫ちゃんと出力絞ってドア壊すだけだから!」

「絶対大丈夫じゃないよ! スターライトブレイカーで壊れるのがドアだけなはずないでしょ!」

「でもでもこのままじゃお兄ちゃんが! お兄ちゃんが!」

 暴れるなのは。

「おねがいだから落ち着いてってばーっ!」

「落ち着いてなんか、落ち着いてなんか! フェイトちゃんはいいの!? 平気なの!? お兄ちゃんが……中で……中で女の人と!」

「平気なはずないじゃない! 私だって、私だってっ!」

 正直に言えば、暴れたいのはフェイトだって同じだ。

 簡単な話、先になのはが暴走し始めたから止める側に回れたに過ぎない。

「じゃあいいじゃない!」

「でも、でも駄目だよ! こんな所でそんな……」

「こんな所でそんなことやっちゃってるのはお兄ちゃんとあの女の人だよ!」

「そ、そうと決まったわけじゃ……!」

 言いながら、フェイトも自分の言葉が信用できない。

 もういっその事感情に従い流されてしまおうか、そう思い始めた矢先だった。

「やっほー、なのはちゃん、フェイトちゃん。本局に行ってるんだって? ちょっと連絡したいことが」

 なのはとフェイトに持たされた海鳴市駐屯地との連絡用携帯端末から、エイミィの声が響いた。

「……! エイミィさん!」

 なのはは即座に反応、操作を施す。展開された小型スクリーンにエイミィの顔が表示された。

「え、え!? なんでなのはちゃんレイジングハート展開してるの!? なにしてるの!?」

「エイミィさんお兄ちゃんがお兄ちゃんがお兄ちゃんがお兄ちゃんがお兄ちゃんがお兄ちゃんがっ!」

「エイミィ! 恭也さんこそ何してるの!? 何してるの!?」

 フェイトもスクリーンを覗き込み、エイミィに問いかける。

「え、あ、え!? 二人がいるのってもしかして守護騎士を留置してる部屋の前!?」

「そうです! そしたらお兄ちゃんの声と! お、女の人の、こ、声が!」

「……うあっちゃー。遅かったか……。二人は終わるまで近づかせないようお達しが来てたんだけどな……。失敗した……」

「お、終わるまでって……終わるまでって何が!? だから恭也さん何してるの!?」

「ええっと落ち着いて落ちついて。だからね……」

 困り顔のエイミィが説明を始めようとするタイミングで、

『騒がしいと思ったらなのはとフェイトか。……来てしまったんだな』

恭也の念話が届いた。

『お、お兄ちゃん! なななななななななななにしてっ!』

『恭也さん! なにをっ、なにをっ!?』

『……? まあ少し待っててくれ。あとちょっとで押し切れるはずだから』

 そう言って恭也は念話を切ってしまった。

 呆然とするなのはとフェイト。

「お、押し切れるって……」

 唇をわなわなと震わせ、呟くなのは。

「………………」

 最早言葉もなく固まるフェイト。

「あー、二人ともだから落ち着いて、ね?」

 そこにエイミィが再度説明にかかる。

「恭也さんは、守護騎士の自閉モード解除をやってくれているだけだよ。管理局が出来ないようなアプローチを思いついてくれて、さらに恭也さんはそれを上手くやってくれる技を持ってるって言うから、お任せしたの」

「アプローチって、技って、……な、なんのですか!? こんな、こんな……」

「なのはちゃんが何を想像しちゃったのかはわからないでもないけども、それは誤解だから、安心し」

 

「うああああああんっ! あ、ああっ…………! ああんっ! や、だ、駄目っ、あ、ああああああ…………! ああああああんっ!」

 

「あらー、すごいね……」

「これのどこか誤解なんですか!」

「いや、でも違うのよ。だからね」

「も、もうやっぱりドア壊して!」

 レイジングハートを構え直すなのは。

 エイミィは慌てて制止をかける。

「ちょ、駄目だよ! 落ち着いてなのはちゃん! フェイトちゃん止めて! 止めて!」

「……手伝うよ、なのは」

「いやいやフェイトちゃんまで何言ってるの!? 駄目だよ二人とも! ちょっと!」

 ついにフェイトもなのはと同じくデバイスを展開、バルディッシュを構えドアをにらむ。

「なのはちゃん! フェイトちゃん! ちょっとふた」

 なのはとフェイトは、端末の電源を落とした。そして叫ぶ。

「カートリッジロードッ!」

「カートリッジロード……!」

『Please settle down,master……』

『No,sir……』

 そんなデバイス達の制止を振り切り、二人は魔力をその身に漲らせる。

「ディバイイイイイン……」

「プラズマ…………!」

 二人は行く手を塞ぐドアに向かい、まさに魔法を放たんとするが、

「え?」

「あ」

唐突に、そのドアが、音も立てず滑らかに開いた。

「……何やってるんだ、二人とも」

 部屋の中には、驚きと呆れの表情を浮かべこちらを見つめた恭也がおり、その傍らには、椅子に腰掛け少し顔を赤らめた金髪の女性の姿があった。

 

 

「何やってる、はこっちの台詞です、おにいちゃん!」

「……きょ、恭也さん……」

 とりあえず、なぜか展開していたデバイスを納めさせ部屋に入れたものの、どうしてだかなのはは怒り心頭、フェイトは涙目だ。

「何って、見ればわかるだろう? ほら」

 恭也はそう言って、視線を自らの横に向けた。

 そこには、

「あ、あははは……」

困ったように微笑む、金髪の女性――守護騎士の姿がある。

「……えっと、あの……そんなに睨まないで……」

「こら、なのは。失礼だろう、何て眼をしてるんだ」

 彼女に、普段の愛らしい様からはほど遠い恐ろしいまでの怒気を孕んだ表情と眼を向けるなのはを恭也はそう叱責する。

 友好的に話し合うのに最も向いている人材であるはずのなのはは、なぜか今はその対極に位置するような存在に成り果てていた。

「……その人を、かばうんだ」

「……? 当たり前だろう。何を言ってるんだ、お前は?」

「当たり前、なんだ。もう、そんな、仲、なんだ」

「もうそんな仲? まあ、今までとは少しは違う関係になったのは事実だが……」

「……そうなんだ。そういうこと、なんだ……」

 暗い声で呟いたなのはは、

「う、ううううう……」

やがて唸り声を上げ、自らのスカートの裾を握りしめ、

「ううううううう……!」

細かく震え始め、そしてしまいには、

「な、なのは……?」

(……――まずい!)

恭也が直感的に危機を悟るのと同時、

「……うああああああああああああああああんっ!」

大声を上げて泣き出した。

「な、なのは、落ち着け……!」

「うあああああああんっ! おにーちゃんのばかああああああああああああっ!」

 恭也がこの世で最も恐ろしいことの一つは、なのはに泣かれる事である。

 なのはは基本的に泣くことは少ない。特に、嫌なことがあって大声を上げて泣く、というのはほとんどしない。

 その彼女がこんな風に癇癪を起こしたように泣きじゃくるというのは本当に今まで数えるほどしかなく、それは恭也にとっては超が幾つも付くほどの緊急事態だ。

 突然訪れた危機に、恭也は顔から血の気を引かせる。

(ど、どうすればいい!?)

「うあああああんっ! ああああああああああんっ!」

「なのは、すまない、俺が悪かった、悪かったから!」

「わ、悪いような事してたんだ! うううううっ! うああああああああああああんっ!」

 なだめようと声をかけても効果無し、どころか逆効果。

「……な、なのは。なあフェイト…………っ!?」

 助けを求めるようになのはの隣のフェイトへと視線を移せば、

「………………っ、っ」

「フェ、フェイト……!?」

(……なぜこっちまで!?)

フェイトまで、その瞳から大粒の涙を幾つもこぼしていた。

 声を押し殺し、しかしこらえきれずに嗚咽を上げ頬をぬらすフェイトの姿は、こちらもなのはと同様とてつもない罪悪感を恭也に与える。

 まずい、とてもまずい。

 しかし、一体どうすればいい?

 そもそもなぜ二人が怒り悲しんでいるのかが、恭也にはよくわからない。

 ドアの前にいたということは、さっきまでの声を聞かれていたということだろう。

 幼い二人に聞かせる類の声では確かになかったろうが、しかし当惑するのならまだしも、なぜ今、泣きじゃくるのかが理解できない。

「な、なんだ、何が嫌だった? なのは、フェイト、さっきのあれは」

「うああああああああああああああああああんっ!」

「…………っ、うっうううっ! 」

 さっきのあれ、という言葉に反応してさらに泣き出す二人。

 なんだ、一体どんなミスを俺は犯した、八方ふさがりで固まる恭也。

 助け船は、意外なところから来た。

『だ、だめですよ、こんな状態でさっきの事を蒸し返しても余計こじらせるだけです!』

 恭也の隣にたたずんでいた守護騎士が、念話で語りかけてきたのだ。

『え、そ、そうなんですか?』

『そうなんです! ……あ、駄目です、こっちを見ないで下さい! その娘達の方だけ向いて、私との会話はこのまま念話で!』

『な、なぜ?』

『なぜって……。ここで私と親しくしてる風を出したら、もう本当にどうしようもなくなっちゃいますよ! …………あ、も、もしかして、この娘達がなんで泣いてるか、わかってないんですか?』

『恥ずかしながら……』

『え、ええええ……!? わ、わかりました。ええっと、そしたら、えっとえっと』

 驚きを口にした後、彼女はどうしようかしらと呟く。

 どうやら、打開策を練ってくれているらしい。

(……この人)

 お人好し、なのだろうか。

 なんとなくどうもそんな気がしていたが、そう言う事らしい。彼女は泣きじゃくるかつての敵二人を前に、どうにかその涙を止めようと考えている。

 今ここで彼女が慌てることなどないはずなのに、どうやら真摯に二人の心情を慮ってくれているらしく、どうしようどうしようと切羽詰まったような呟きを幾度かこぼした後、

『……そうね、そうです! いいですか? もう、何も言ってはいけません!』

『え、えっとそれは……』

『代わりに、しっかり抱きしめてあげて下さい! この娘達がこんなに貴方を慕っているなら、それがきっと一番です!』

そう言い切った。

『わ、わかりました』

 その言葉に従い、恭也は床に膝を突き高さを合わせ、二人を纏めて少し強めに腕の中に抱いた。

「ううううっ! ……ううううううう」

 なのはは少しだけ抵抗するように体をよじらせたが、

「……うう、うううう」

 やがて、大人しくなった。

「……っ、………………」

 フェイトも最初は身を固くしたが、なのはとほとんど同じタイミングで、力を抜いて恭也の胸に体を預ける。

(落ち着い、たか?)

 恭也はとりあえず、安堵の息を吐いた。

『いいですか! このままキープです、キープですよ! 泣き止むまでこのままです!』

『は、はいっ』

 その言葉に従い、恭也は姿勢をそのまま維持する。

『泣き止んだら、優しく、ゆっくり、さっきの事を説明して上げてください。ストレートに言っちゃ駄目ですよ! 最大限オブラートに包んで、かつ誤解を与えない言い方で、です』

『わかりました。……なんか、すいません』

『え? あ、あー、いえ、私にも責任がありますから……というか、私に責任がありますから』

『そんなことは』

『そうなんですよ』

『……お優しいんですね』

『え、い、いえ……』

 そんな彼女の様子に、やはり疑問がわく。

 こんな人が、果たして主に破壊の力を振るわせるために魔力蒐集などするだろうか?

 主もその後すぐに命を落とす、という事もあるのにだ。

(……そんなわけがない)

 何か、事情があるのだ。 

 恭也は強くそう思った。

 やがて、なのはとフェイトから漏れる泣き声がなくなった。

「……なのは、フェイト、聞いてくれ」

「……」

「……」

 返答はないが、拒否をしている様子もないようなので、説明を開始した。

「えっとな」

 恭也が自閉モード解除のために彼女にやったのは、物理的な刺激によるアプローチだ。

 だが、もちろん痛みを与えるものではない。

 むしろその逆だ。

 恭也の学んだ御神不破流は、暗殺などを旨としている。

 その関係で、拷問と籠絡のための技も磨かれた。今回恭也が使ったのは、その後者である。

 平たく言ってしまえば、房中術の一種だ。恭也が父の残した書を元に、それを身につけたのはつい最近のことである。

 拷問の技が苦痛を与える物ならば、籠絡の技は快楽を与える物。

 快楽。

 気持ちが良い、刺激だ。

 刺激であることには変わりはなく、かつ、闇の書側もまさかそっち方面まで鈍くするような仕掛けは施していないのではないか。そんな予想を元に、もしかしたらいけるかも知れないとやってみた次第である。

 効果は、思いのほか絶大だった。

 結果として彼女は反応し、なんとか言葉を伝えることが可能になった。

 だがすぐに自閉モードに戻ろうとしたため、恭也もその度また技を使用。

 それを繰り返し、その間に出来る限り説得を試みた結果、なんとか彼女はとりあえずこちらの話を聞くだけは聞く……と言ってくれるまでになった。

 あの声はそうした間に彼女があげた物である。

 そしてもちろん、そもそも、快楽刺激を与えるとは言っても、何も直接的な性刺激を行ったわけではない。

 言ってしまえば、ツボを押すマッサージと同じような行為だ。それも恭也は丁寧に配慮し、背中という効果は薄いが触っても一番問題がなさそうな部位だけを刺激するに留めた。

 と、このような話を籠絡、などの部分についてはなるべく伏せつつ、マッサージのようなものという事を強調して伝えた。

「ほんとに背中くらいですから、それ以外にはどこも。あんな声あげちゃいましたけど、ほら、肩とか揉まれて気持ちいいとちょっと声出ちゃうじゃないですか? あれの少し大げさなバージョンみたいなものですよっ」

 途中からは状況を慎重に見極めつつ、守護騎士の彼女も恭也の援護に回ってくれた。

 その甲斐あってか、

「……わかり、ました」

なんとかなのははそう言ってくれ、フェイトも同様に頷いた。

 

「ご迷惑をおかけしました」

「ごめんなさい……」

「すいませんでした……」

 恭也、なのは、フェイトはそう言って、守護騎士の女性に揃って頭を下げた。

「い、いえいいですよそんな、気にしないで下さい!」

 彼女は両手を振ってそう言う。

 ともあれ、先の騒動は一応の落着をみた。

「……さて、すいません、お待たせしましたが、本題の方、いいですか?」

「あ、……はい」

 本題、闇の書事件についてだ。

「なのは、フェイト、頼んだぞ」

 恭也はそう言って二人の背を押した。ここからは、なのはとフェイトが担当することになっている。

「うん」

「はい」

 二人は恭也に返事を返すと、一歩前へ進み、

「あの、さっきは本当にごめんなさい……。私、高町なのはって言います」

「私は、フェイト・テスタロッサです。すいませんでした……。それで、えっと、まず、お名前を聞かせてもらってもいいですか?」

最初に、そう言った。

 名前。

 そう言えば、恭也も聞いていなかった。と言うか、聞く暇がなかったというのが正しい。

「ヴォルケンリッター、湖の騎士、シャマルです」

 シャマル、それが彼女の名らしい。

 シャマルは名乗った後、恭也に視線を向けてきた。

「あの……貴方の名前は、確か……」

「あ、すいません。申し遅れました。俺は高町恭也と言います。この子の、なのはの兄です」

 問われ、少し慌てて恭也は返事を返した。ここは自分から名乗るべきだったな、無礼になってしまったと、胸の中反省する。

「なのはちゃんに、フェイトちゃんに、恭也さん、ですね。……皆さん、すみませんが、私は仲間や主の事については一切何も言う気はありません」

 堅い口調でシャマルはそう言った。

「いえ、いいんです。とにかく、私たちの話を聞いてください。もし答えられることがあったらそれだけでいいんです」

「…………」

 無言でゆるゆると、一応は頷いたシャマルになのはは続ける。

「守護騎士さん達は、書の完成のために魔力蒐集を行っているんだと思いますけど……」

「えっと、これは間違ってないですよね?」

「…………」

 フェイトの問いかけに、シャマルは無言。なのはは少し困ったような表情を浮かべた後、さらに続ける。

「でも、それって主さんのためにはならないですよね? それなのになんで主のためって言って魔力蒐集をするのか私たちにはわからないんです」

「はや……主のために、ならない? そんなことは……」

 なのはの言葉に今度は口を開き、異を唱えたシャマルに、フェイトが言う。

「だって、今の改変されてしまった書は、魔力蒐集が完了して完成したら、ただ無差別に破壊の力を振るうだけの存在のはずです。それが一体何の役に……?」

「………………え?」

 現在の闇の書は、完成させても自由に魔法が使える代物ではなく、ただ主に無差別に破壊の力を振るわせるだけだ。到底何かの役に立つものではない。少なくとも、主のためにはならないはずだ。

「それに、最終的には主さんの命まで奪っちゃうのに……。だから、これじゃあ完成させたところで主さんのためになんかならないんじゃないかって」

 なにせ、なのはの言った通り、今の書は最後は主をも喰い殺してしまうのだから。

 追い打ちのような言葉に、

「……………………………………」

シャマルは、沈黙で答えた。

 恭也は一瞬、また自閉モードに入ってしまったのかと思ったが、

「シャマル、さん?」

どうやらそういうわけではないらしい。

 なのはに声を掛けられたのにも気付かず、シャマルはまるで頭痛を抑えるように自らの頭を両手で抱えると、

「そ、んな、こと…………」

そう呟いた。 

 こちらの言い分が信じらない。そういう反応だろうか。

 しかし、

「そんな、そんなこと……そんなこと………………………………………………………………わかって、ます」

彼女は続けてそう言った。

「わかってるって……、シャマルさん、でも」

「じゃあ、いいんですか? あなたたちの主が命を落としても……」

「い、いいはずないじゃないですか! そんな、そんなこと、でもそうしなきゃ……あれ、でもそうしたら……あれ、あれ、なんで、なんで私……」

(……なんだ?)

 様子が、おかしい。

「そう、そんなこと、書が改変されてて、そんな存在になってることくらい書の一部である私たちが一番よく知ってて、でも、わたし、あれ、そんなの知らない……そんなの……だって知ってたら魔力蒐集なんて……でも、あれ……私は知ってる……なんで、あれ…………」

 明らかに今までの理性的な振る舞いとは違い、言葉の前後が繋がらなくなってきた。

 有り体に言って、混乱している。

 見れば、眼の焦点すら危うくなっている。

「シャ、シャマルさん?」

「大丈夫ですか? シャマルさん?」

 なのはとフェイトがそう声をかけるが、シャマルは虚ろげにつぶやき続ける。

「私、私なんで……なんで、あれ…………そうだ、もう闇の書は……壊れてて……私…………はやてちゃん私……」

 そんな彼女の手を、

「落ち着いて下さい、シャマルさん」

なのはが優しく自らの両手で包んだ。

「どうしてシャマルさんが今そんなに混乱しちゃってるのかはわかりませんけど、でも、私達にはわかっていることもあります。それは、貴方が今、一つ確実に間違っているってことです」

「え……?」

 なのはは、シャマルの手を握ったまま、至近距離から見つめて言った。

「闇の書じゃ、闇の書なんて名前じゃ、ないでしょ? ほんとの名前が、あったでしょ? どうしてその名前で呼んであげないんですか?」

「ほんと、の、名前……?」

「はい。闇の書さんの、ほんとの名前です」

「……わから、ない。そんなの、わからない……」

「忘れちゃってるなら、思い出してあげて下さい。改変される前、本来の姿だったときの、本当の名前を」

「な、まえ。本当の、名前…………」

「ゆっくりでいいんです。思い出してあげて。あるんです、ちゃんと、本当の名前が」

「や、みの、しょ、じゃなくって…………」

「はい、大丈夫、大丈夫ですから。ゆっくり、思い出してあげて」

(これは、もしかしたら……)

「恭也さん、これって……」

「ああ……」

 なんとかなるかも知れない。

 通じ合おうとするなのはの姿に、恭也とフェイトはそんな感想を抱く。

 守護騎士達が書が壊れていたことを知りながら蒐集を続けていたのなら、説得は難しいだろうとされていた。その場合は元より破壊の力を振るうために動いているだろうからだ。

 だがもし守護騎士達が、書が壊れていたことを知らずただ主のために純粋に書の完成を目指していたのなら、その主の目的によっては説得の余地がある。

 そして現実は奇妙なことに、守護騎士である彼女は様子を見る限りどういうわけか、書が壊れていることを知っていながらも知らなかった、理解できていなかった……もしくは、なぜか表層意識にその記憶が浮かんで来なかった、という状態のようだ。

 詳しい事情はわからないが、これならケースとしては後者に近い。少なくとも完全に前者というわけではない。

 まだ説得のしようがある。

 そして、彼女の心は、今なのはが開きつつある。

 いけるかもしれない。

 そう思った矢先だった。

 けたたましいアラート音が、部屋に鳴り響いた。

「なんだっ!?」

 発信源は、恭也の持つ、海鳴市駐屯地との連絡用端末だった。恭也は慌てて教えられた操作を施し、スクリーンを展開する。

「恭也さんっ! 緊急事態です!」

 すぐにそこには、焦った顔のエイミィが映し出された。

「ああ、どうした?」

「残りの守護騎士三人がまとまって、管理局近くの世界に現れました! そこは文化レベル0ですが、巨大なリンカーコアを持つ指定保護魔法生物がいます。おそらくはそれを狙って……!」

「……っ、そうか」

「ええ、それで……えっと、そこになのはちゃんとフェイトちゃんもいますよね? 端末の電源切られたらしくて連絡できないんですけど……ていうかあれからどうなったのかもわからないし……」

「ご、ごめん、エイミィ! なのはも私も一緒にいるよ! い、一応あれは……その……解決したから……ごめんなさい」

 バツが悪そうに、しかししっかりとフェイトはエイミィに恭也の端末越しに謝罪を述べた。

「いやいいのいいの、何もなかったならそれで! ていうかすいません恭也さん、私のミスで二人がそっち行っちゃって!」

「あ、いや、構わない……それより守護騎士の話だ」

 まだ蒸し返すには若干危険な話題であるし、守護騎士の話を優先するべきであるというのも事実なため、そう言って恭也は話を変える。

「そ、そうですねそうでした。それでですね、ですから三人にはその世界に向かって守護騎士に対応して欲しいんです。結界を張れる武装局員の集合は厳しいですが、本局から三人転送する程度なら、十分間に合いますから」

 転送ポートにはすでに連絡をしてあるので、向かってもらえばすぐに、そう続けるエイミィの台詞をフェイトが遮った。

「エイミィ……、なのはは行けないよ」

「え?」

「なのはは今、守護騎士の説得の真っ最中で、それが上手くいきそうなの。守護騎士の様子も少しおかしくて中断できる感じじゃないし、だから今なのはを出動させるわけにはいかない」

「あ、そっか、そうなんだ……それじゃ駄目だよね……。でもどうしよう、クロノ君も今は本局の用ですぐに出られる状態じゃないし」

 困ったように自らの唇に手を当て、考え込むエイミィ。

「エイミィ、私と恭也さんの二人じゃ駄目かな?」

「……相手は三人、こっちは二人、か」

「私が恭也さんの足を引っ張らなければ、対応できると思う」

「……恭也さん、どうします?」

 エイミィが意見を恭也に求める。フェイトも視線を向けてきた。

 恭也は、口を開く。

「いや、駄目だ。…………俺一人で行く」

「え?」

「ちょ、何言ってるんですか!?」

 恭也は、当惑するフェイトと慌てるエイミィに、落ち着けと言うように手をかざす。

「先の理由でなのはは行けない。そしてフェイトにも、やってもらわなければならない事がある」

 恭也はフェイトを見つめる。

「恭也さん……?」

「フェイト、君は今すぐ、海鳴市駐屯地へ向かえ」

「エイミィのところへ、ですか?」

「ど、どうしてです? こっちは別に……」

 疑問の声をあげるフェイトとエイミィに恭也は気持ち早口で説明する。

「警戒のし過ぎかもしれないが……罠かもしれないからだ。残る守護騎士三人がまとまって管理本局周辺世界に現れた。そうすればもちろん管理局はそこに注意を向ける。その間に……主が駐屯地を襲撃する。そしてこちらの機材、人員を拿捕し、奪われた守護騎士の奪還を計る……あり得ない話じゃない」

「っ!」

「なっ!? いやでもそれはちょっと穿ち過ぎじゃ……」

「もちろん、俺も考えすぎだとは思う。そもそも、もし仮に駐屯地の存在、およびその場所が相手方にばれていたらこんな事があり得る、程度のことだろう。ただ、……………………仮面の男のことを考えると」

「あ……」

 その言葉に、虚を突かれたように固まり、顔から血の気を引かせるエイミィ。

「あいつは前回、管理局に全く補足されることなく出現しこちらの妨害を働いた。あいつが書の主側についていると考えると、駐屯地の所在がばれているなんて事があっても不思議じゃないし、またいかなセキュリティの張ってあるその駐屯地と言えど、もしかしたらがあり得る」

 補足できなかったという過去の実例から、仮面の男の脅威をある意味一番よく知っているエイミィには、その言葉は説得力と信憑性があったらしい。

「……ごめんなさい、こっちに今、書の主とあの仮面の男に襲撃をかけられたら対応できない可能性が高いです。主に関してはまだ何もわかってませんけど、魔導師として優れた資質を備えた人間が選ばれますから……、そんな人と仮面の男が同時に来たりしたら……」

 苦しそうに、エイミィはそう言った。

「いや、それは仕方ないさ。だから、フェイト、君には海鳴市に戻ってもらい、万が一に備えてエイミィと駐屯地の護衛を頼みたい。アルフもいるだろうし、君ならば機を見て退却なりなんなりできるだろう」

「……で、でもそうしたら恭也さんはお一人で騎士三人を!」

「なに、まあ何とかしてみせるさ。場合によっては粘ってクロノや他の武装局員の応援を待つことだってできるだろう。やりようはある」

 恭也は安心させるようにフェイトの頭を少し強めに撫でた。

 そして、言う。

「師匠を信じろ。戦えば勝つのが御神流だ」

「……」

 フェイトは少し逡巡を見せた後、

「……――はい」

恭也の眼を見て頷いた。

「ご武運を、マスター」

「ああ。君も、気をつけてな」

 恭也はもう一度、労るようにフェイトを撫で、そしてエイミィに言う。

「そういうわけで、そっちにはフェイトが、守護騎士の元へは俺が行こう」

「……わかりました、お願いします。……恭也さん、ご無理だけはどうか」

 申し訳なさそうな顔のエイミィに、恭也は安心させるように頷く。

「ああ、引き際はわきまえているから大丈夫だ。それに、脚には自信がある、その気になれば逃げ切れるさ」

 恭也の桁外れの機動性を思い出したのか、エイミィは少し笑って言う。

「そうでしたね。……恭也さんに追いつける相手なんて、いませんよね」

 恭也もそれに笑みを返し、

「それじゃ」

フェイトと共に部屋の出口へ向かう、前に、なのはの方へ視線を向けた。

『お兄ちゃん』

 気付いたのか、なのはの声が届く。それが念話だったのは、普通の会話はシャマルに集中しなければならないからだろう。

『……行くんだね』

『ああ。シャマルさんの事は任せたぞ、なのは』

『うん。……お兄ちゃんも、お兄ちゃんも……』

 恭也が、騎士三人が待つ戦地へ一人で行くことも聞いてはいたのだろうが、なのはは、

『気を、つけてね。お兄ちゃんなら大丈夫だって、信じてる』

そう言った。この言葉を出すまでにどれだけなのはの中で葛藤があったのかはわからないが、それでもそう言ってくれた。

『もちろんだ。ありがとう、なのは』

 妹の声援と信頼ほど、兄の力になる声はない。

 恭也は力強い足取りで、

『フェイトちゃんも、気をつけてね。何かあったら無理しちゃだめだよ』

『うん、ありがとう。でも無理しちゃ駄目っていうのは、なのはには言われたくないかな』

『む、うう……』

『ごめんごめん、それじゃ、行ってくるね』

フェイトとともに部屋を後にした。

 

 

 

 

 

「手早く済ませるぞ。ここは本局に近い」

 堅い荒野に降り立ち、シグナムは言った。

「承知している」

「わあってるよ。それにはとにかく早く、今回の獲物みつけねーとな」

 言葉を返したザフィーラとヴィータに頷き、シグナムは辺りを見渡す。

「巨大なリンカーコアを持つ生物で、戦闘力も高い。加えて、保護生物らしくてな、管理局の監視の目も厳しいはずだ。正直あまり狙いたくはない相手だが」

「そんなこと言ってられねえ……!」

「その通りだ」

 ヴィータの意志の籠もった力強い声に、シグナムは頷いた。

 主、八神はやてが倒れた。

 すぐに病院に搬送したところ、脚の麻痺が広がっているのが原因と診断され入院が決まった。

 闇の書の浸食によるものだ。

 もう、時間がない。

「管理局の連中が来たら、あたしとザフィーラで足止め。その間にシグナムが蒐集、だよな」

「そうだ」

「……なあ、管理局のやつとっつかまえれば、シャマルを」

「……駄目だ」

 ヴィータの言葉を遮って、シグナムは言う。

「今、管理局と本格的にやりあうことはできん。そんな時間はない、わかっているだろう」

「だけどっ!」

「ヴィータ、将もお前と気持ちは同じだ。察してやれ」

 ザフィーラが、なだめるようにヴィータの肩に手を置いた。

「……わかったよ」

 ヴィータは苦しげな表情で言う。

 シグナムは、すまないと言うようにザフィーラに視線を向ける。ザフィーラも、気にするなと言ったふうに一つ頷いた。

 シグナムとて、今すぐ管理局に襲撃をかけ、捕らわれたシャマルを救出したい気持ちは抑えがたいものがある。

 だがヴォルケンリッターを束ねる将として、主を守る騎士として、その選択をとるわけにはいかないのだ。

「シャマルはとりあえずは無事だ。もし万が一のことがあれば、私たちにはそれがわかるだろう」

「そう、だよな」

 先の戦闘で、シャマルは管理局に拿捕された。

 結界を破壊し闇の書も転送させたのは、彼女の最後の抵抗だったのだろう。おかげでシグナム達は蒐集を続けることが出来ている。

「主はやてが書の主として完全に覚醒すれば、シャマルをこちらに呼び戻すことだってできる。だからそれまでは……」

「……そうだよな、うん…………。……………………なあ、シャマルを捕まえたのって、さ」

 ヴィータは、暗い表情で言う。

「やっぱ、あいつ、かな。あの化けもん……」

「そう、かもしれんな。いくらバックアップが本領とはいえ、シャマルも騎士だ。並の武装局員に遅れをとる奴ではない。であれば、結界内に姿のなかったあの男の仕業である可能性は高い」

「……あいつが出たら、どうする?」

「三人がかりだ。それしかあるまい」

 魔法を身につけていることを前提で考えるならば、そうなる。

「まあ、現れないことを祈るばかりだな」

「だな。ほんと、出ないでくれよ、頼むから」

 眉間に皺を寄せ、吐き捨てるように呟いたヴィータに、ザフィーラが言う。

「随分と警戒するな、ヴィータ。お前らしくもない」

「うっせ! ザフィーラはあいつと直接やり合ってねーからそんな事が言えるんだよ!」

 そうだな、とシグナムがヴィータの後を継ぐ。

「奴の恐ろしさは直接対峙し、肌で感じないと分かるまい」

「……あいつは、なんつーか、強いっつーかもうこえーんだよ。殺気の鋭さが桁外れで……あいつぜってー気迫だけで人殺せる。とにかくやべーんだ。あの兄妹はどっちもやべーけど、特に兄の方はやべえ」

 トラウマにでもなっているのか、ぶるりとヴィータは体を震わせた。

 あの男が魔導師でも騎士でもなかった、というのもヴィータがこれほどまでに奴を怖れる一要因なのだろうと、シグナムは思う。

 魔法を使って強いというのならばわかる話だが、魔法を使わないで魔法を使う者より強い、というのは自分達にとっては非常に不可解な話だ。わけがわからない。

 そして、わからないもの、というのは根源的な恐怖を誘うものだ。

「とにかく、手早く蒐集を終わらせ帰還するに限るな」

 シグナムの言葉に、ヴィータは大きく頷く。

「そ、そうだな。もたもたしててあいつが出てきたら嫌だもんな」

「……どうやらターゲットはこの近くにはいないようだが」

 ザフィーラが辺りを見回しながら言った。

「そのようだ。このまま固まっていても仕方ないな。ヴィータは南へ、ザフィーラは西へ、東と北は私が担当しよう。一旦分かれるぞ」

「あ、ああ」

 どこか不安げに返事を返すヴィータ。シグナムは嘆息を一つこぼしてから言う。

「……安心しろ。そこまでターゲットの生息範囲は広くない、分かれると言ってもなにかあればすぐに再集合できる距離だ」

「べ、別に一人になんのが怖いとか、そういうわけじゃねーよ!」

「そうか?」

「そうだ! あ、あたしだって騎士だ! あいつが出たっていざ戦うとなりゃ……び、びびったりなんか」

 

「ふむ、見たところ蒐集前のようだな。間に合ってよかった」

 

「――っ!?」

 突如響いたその声に、ヴィータは目に見えて体を硬直させた。シグナムとザフィーラは慌てて声の方向へと視線を向ける。

 そこには、

「久しぶりだな、シグナム」

「……タカマチ!」

地面に浮かんだ転送用のものと思われる魔方陣と、その上に立つ、以前戦ったときと同様の格好をした男の姿があった。

(まさかこんなに早く……!)

 シグナムはすぐにレヴァンティンを青眼に構え、ザフィーラも拳を眼前に掲げ臨戦態勢をとる。

 見れば、現れたのは恭也一人。後続が来る様子はない。

「強襲結果を展開できる部隊を送るのではなく、管理局はお前一人を寄越したということか……?」

「まあ、そうだ。部隊一つを送るのにはそれなりに時間がかかるらしくてな。その間に逃げられてはかなわん」

「……だからと言って一人とは、我らも舐められたものだな」

「こちらも色々事情があってな。侮っているわけじゃないさ」

 会話を交わしながらも、シグナムは注意深く恭也を見やる。

 相変わらず隙は全くないが、しかしなぜかその手には剣はなく、また戦う構えもとっていない上に殺気も放っていない。

(……なんのつもりだ?)

 シグナムが訝しげに思っていると、

「お、お前…………で、出やがったな!」

やっと硬直から解けたらしいヴィータがそう叫んでから、両手で握るグラーフアイゼンを恭也に向けた。

「出やがったって……、人をお化けみたいに言わないでくれるか」

「うっせー化け物!」

「……ひどい言われようだな」

 ヴィータの言葉に、恭也は苦笑を浮かべ、

「い、いいぜ。やるんだろ、やってやるよ! 今度はこの前みたいにはいかないかんな! おめーがいくら化け物だからって騎士三人相手に勝てるだなんて思うなよ!」

「卑劣との誹りは甘んじて受けよう。だが、今の我らには騎士の誇りよりも守らねばならないものがある。悪いが、正々堂々とは相手してやれん」

「……行くぞ」

さらに続いたヴィータ、シグナム、ザフィーラのそんな言葉に対し、

「待った待った、待ってくれ」

そう言って両手を挙げた。

「タカマチ、なにを……?」

「和平の使者は槍を持たない、だったか?」

「そ、それがどーかしたかよ?」

 その言葉は以前、ヴィータが対話を呼びかけてきた目の前の男の妹、高町なのはに言い放った言葉だ。

「見ての通りだ。俺は今武器を手にしていない。戦いに来たわけじゃないさ。話し合いに来たんだ」

「……話し合いだと? 貴様の妹や弟子に言ったはずだ。我らは止まるわけにはいかん。いまさら何を言われようと」

「シャマルさんは一応、こちらの言葉を聞いてくれているぞ」

「……っ!?」

 シグナムの台詞を遮るように放たれた恭也の言葉は、短いながらも衝撃的な内容だった。

 捕らわれた仲間、シャマルが、まさか。

「嘘吐け! そんなはずがあるか!」

「世迷い言を……! シャマルは我らと同じ書の守護騎士だっ! たとえどれだけ苦痛を与えられたとしても、敵に情報を漏らすような奴ではない!」

「ああ、その通りだろう。だから、シャマルさんからお前達について核心に触れるような情報はもらっていない。……ただ、こちらの話を聞いてくれているというだけだ」

「話……?」

「ああ。管理局が調べ上げた、書に関することだ。そちらにとって聞く価値はあるものだと思うが、どうだ?」

 恭也は至って真剣な、真摯な顔でシグナム達を見つめている。

 こちらに喋れと言っているのはなく、ただ話を聞けと、彼は言っている。

 たしかにそれだけなら、聞いてやらないでもないのだが。

「……悪いが、その気はないぞ」

 シグナムはそう言い切った。

「なぜだ?」

「お前は謀り事をするようなタイプではないとは思うがな、お前の話が仲間が来るまでの時間稼ぎやこちらの混乱を誘うためのものかもしれんと、私は疑わねばならん」

 恭也はその言葉に、眼を伏せて、低い声で呟いた。

「……なるほど」

「っ!」

 ヴィータが息をのんだ。シグナムも剣を握る手に力をこめ、ザフィーラも拳を強く握り締めなおす。

 シグナムは思わず辺りの様子を瞳のみを動かして探る。しかしそこには特になにが見つかるわけでもない。先ほどまでと変わらない、赤茶けた荒野が広がる光景があるのみだ。

 そう、先ほどまでと、何も変わっていないはず。

 だが、それでも。

「では、ここは今から戦場、それでいいんだな?」

 目の前の男が発した途方もない殺気は、一気にこの空間の色合いを塗り替えた。

 まるで、違う場所にでも転送されたのでは、そう思わされてしまうほどに。

「ああ……構わんぞ」 

 そしてそんなシグナムの返答に、恭也は、

「……展開」

左腰に二振りの剣と、その身に軍服じみた黒衣を纏った。

 それは疑うべくも考えるまでもなく、デバイスにバリアジャケット。

 彼が魔法を身につけたという証左。

「な……お……おま、え……」

 じゃり、と、音が響いた。

 シグナムの隣に立つヴィータが、よろめくように半歩後ずさった音だ。砂塵舞う荒野の中、すぐにそれはかき消えた。

 だが、ヴィータの、そしてシグナム、ザフィーラの受けた動揺と衝撃は消えるどころか、冷静に現実を認識するにつれて増大していくばかりだ。

「……それは」

 ザフィーラが、低く唸る。

 シグナムも続けて苦々しげに言葉を吐く。

「冗談だと、思いたいな……」

「どうしてだ? なのはやフェイトと言葉を交わし彼らの立ち位置を知ったのなら、俺が管理局の側につき……魔法を身につけることくらい予想していなかったわけじゃないだろう?」

「あ、あたりめーだ! それくらいわかってた!」

「ではなぜそうも驚く?」

「なぜって、だってお前それ………………――あたしらと、同じ、ベルカ式じゃねーか!」

 恭也の言葉通り、シグナム達とて恭也が魔法を身につけていることくらいは予想していた、というよりはそれを想定して行動していた。だから、それについて驚いたわけではない。

 問題はヴィータが吠えるように言ったとおり、恭也がセットアップした際に現れた魔方陣、それが正三角形をとっていたことだ。

 それは恭也が使う魔法が、デバイスが、ベルカ式である事を意味する。

「ああ、そうだったな。お前達と同じだそうだな。まあ、だからどうと言うことでもなかろうが」

 恭也は本当にこともなげにそう言うが、しかしシグナム達にとってそれは瑣末事でありはしない。

 ベルカの質を、特性を、向き不向きを騎士として随までよく知る自分たちだからこそ。

 

 この男に、ベルカは、まずい。

 

 それが、痛いくらいにわかってしまう。

 最悪と言っていいだろう。

 なにせ近接戦闘に重きを置き魔法によって肉体や武器を強化し戦うことこそ本領であるベルカと、この男との相性は、最高とすら言えるのだから。

「飛ぶぞっ!」

 シグナムは鋭く指示を出した。すぐさまそれに従ったヴィータとザフィーラ、そしてもちろんシグナム自身、地を蹴り飛翔魔法を発動、空中にその身を舞わせる。

 そして下方、地面に立ったままの恭也に対し各々武器を構えた。

(奴の速さは身をもって知っているが……空中戦であれば!)

 いくら地上で速かろうと、魔法を覚えてそう間もないであろう今、同等の速度が飛翔魔法を使った空戦で出せるものとは思えない。

 シグナムの考える前回の敗戦の原因の一つは、室内戦であったこと、そしてその低い天井のせいで飛ばずに戦わなければならなかったことだ。そうでなければ前回はそもそも戦いにすらならず勝利を得られていたはずなのだ。もっとも、戦っている最中はその殺気と剣撃に当てられ、どうしたってその場で戦わざるを得なかったのだが。

 だが、今回は同じ轍は踏まない。

 まさか飛べないと言うことはないだろうが、それでも空中戦なら自分たちに分があるはずだ。

 加えてこちらは騎士による三人がかり。

 油断はもちろん禁物だが、何も絶望的な状況などではなく、普通に考えれば自分たちが圧倒的優位にいるはずだ。

「……今度は空で、か。いいだろう」

 届いたそんな声に、シグナムの背中にちりちりと焼かれるような感覚が奔る。

(……くっ!)

それは紛れもなく、この状況下で感じるはずのない、追い詰めれたような焦燥感だ。

 振り払うように、シグナムは叫んだ。

「来いっ! タカマチ!」

 

「来いっ! タカマチ!」

 響いた声に、

「行くぞ、魅月」

『はい、勇猛なる主よ』

「眩体……!」

恭也は魔力を漲らせ強化した身で強く地面を蹴って応えた。

(まずは攪乱だ)

 正面にシグナム、左にヴィータ、右に獣の耳を生やしたアルフの話ではザフィーラというらしい男がいる。

 向かう先は、左。しかしヴィータの近接攻撃範囲には入らない程度の位置だ。

「なっ! てめっ!」

 空に身を躍らせた恭也は、そこでも足下に一瞬だけ魔法による足場を生成、ステップを踏み、今度は三人の後方へ回る。

 同じように今度も攻撃には入らず、また生成した足場の上でステップ。彼らの下方へ。そしてそこでも足場を作ってステップ。潜るようにして、こちらの動きに翻弄され身を固くする三人の前方へと躍り出る。

「貴様っ!」

 シグナムが上段に構え、斬りかかってくる。しかしこれにも恭也は応じず、その場でまたしても足場を生成、それを強く踏んで素早く身を翻し回避する。

 右、左、上、下。

 360度、恭也は三人の回りを高速で舞い続けた。

 その動きを追いきれず、戸惑うように武器と視線を彷徨わせる騎士三人。

 おそらく、敵方は空中戦であればこちらは速く動けないと思ったのだろう。魔法を身につけて間もなければ、少なくとも地上ほどの機動は出来まい、と。

 結果的に言えば、それは間違いだ。

 たしかに飛翔魔法を使っていればそうなったろう。だが、恭也は徹底した鍛錬によりかなりのレベルにまで達した足場生成魔法により飛ぶのではなく跳ぶことで、今や地上とさして変わらぬスピードを実現している。

 むしろ、さらに言えば、地上よりも空中の方が今となっては恭也にとって都合のいいフィールドだ。なにせ、空中であれば敵の回りを全方位跳びまわることができる。

 戦略的自由度で言うならば、地上よりも上だ。

 かつては、室内であれば床・壁・天井すべてが足場……であったが、今ここに至っては、掛け値無しにすべての位置、場所が足場だ。

(――これで主導権は、こちらが握らせてもらった)

 その代償を、払ってもらおう。冷徹な眼で三人を見据え、恭也は標的を定めた。

「私が動きを止める! 援護を!」

 それはそう叫ぶ、司令塔であり、そしておそらく最も手強い相手。

「レヴァンティン! カートリッジロード!」

 仲間に指示を飛ばしつつ、その手に持つ剣を蛇腹状の姿に変えんとカートリッジロード動作を行う、シグナムだ。

 シグナムの左方にいた恭也は、そこで脳のスイッチを切り替えた。

 

 御神流奥義 神速

 

 世界がモノクロに染まり、空気がその質感を重く変化させる。眩体により強化された体で足場を蹴り、恭也はその中を跳ぶ。

 シグナムの背後に回り込み、そこで素早く新たな足場を作りそれを使って体に急停止をかけ、そして両手に握った剣を構える。すでに二刀は抜き放ってある。

 まだ神速は解けない。

「装填」

『装填』

 恭也の声に応え、そして恭也の思考速度に合わせ高速化した魅月がコッキング動作の後、空薬莢を排出した。

 シークレットカートリッジロード。

 なのは達に言わせれば反則技であるこれは、今相対する騎士達はもちろん知らないはずだ。

 つまり、完全な不意打ちとなる。

 世界に色が戻った。

「……っ!?」

 シグナムは僅かに硬直する気配を見せた。背後に突然現れた恭也の気配と巨大な魔力に、だろう。

 だが、もう何をするにも遅い。

 今回は、シャマルの腕が来ることもない。

 恭也は構えた二刀を、同時に、交差するように振るった。

 

 御神流奥義 雷徹・轟

 

 シグナムの背中に、両の魅月が喰い込む。

「――ぁああっ!!」

 絞り出されたような悲鳴と、爆砕音のような轟音はほぼ同時に上がった。

 雷徹・轟。二刀を同時に振るい強力な徹を叩き込む御神の奥義雷徹を、魔法で強化、進化、昇華した近接技だ。

 カートリッジロードにより晃刃の出力を大幅に向上、それにより籠める徹の力を爆発的に跳ね上げている。

 虎切・飛や射抜・奔のような遠距離攻撃でこそないが、しかしその分、威力自体は申し分ない。

 徹は内側に衝撃を通すというその特性のためバリアジャケットやシールド等の防御に対し非常に有効であり、その発展系である雷徹を、さらに魔法の力で劇的に強化したこの雷徹・轟は、結果的に、魔導師相手には凶悪とすら言える相性の良さから比類なき破壊力を発揮する。

 これの直撃に耐えられる者などほとんどいないと、魅月も太鼓判を押した。

 そんな技を恭也は、神速で死角をとってからのSCLによる急襲という、盤石の組み合わせで使用した。これは、守護騎士の将シグナムがそれだけの強敵であるからこそのことであるが、

「ふむ……」

『お見事です、主よ』

その結果は、恭也の思うよりも上の物だった。

「な、……う、嘘、だろ……」

「将が、まさか……」

 ヴィータとザフィーラから、驚愕に満ちた声が上がる。

「……シグナムが…………一撃、って」

 恭也の眼下、赤茶けた堅い荒野の上には吹き飛ばされまともに受け身もとれず墜落し、二、三度派手にバウンドして最終的にあお向けに倒れ伏し、そしてそのまま動かないシグナムの姿。

 騎士の意地か、剣だけは手放していないがしかし微塵も身じろぎせず、また目も閉じられており意識があるとは思えない。恭也の腕に返ってきた手応えからしても、少なくとも、もう戦える状態ではないだろう。

 まずは、一人。

 それも、一番厄介な相手を潰せたことになる。

「……てんめえええええええええええええええええええっ!!」

 だがもちろん、相手はまだ二人残っている。

「鋼のッ軛ッ!」

「……っと」

 恭也の元に、半透明の白い結晶のような素材で出来た巨大な棘が地面から次々に突き立ってくる。

 即座に高速機動を再開、殺到する棘の群から身を躱す。

「ずいぶんな攻撃だな。串刺しにするつもりか」

『いえ、主、これは攻撃魔法ではありません』

「む、そうなのか?」

『はい。これはベルカのバインド魔法の一つです』

「バインド、捕縛魔法……? ……これが? いや、一体どうやって捕縛すると言うんだ、どうみても串刺しにかかってきているぞ」

『ですから、相手を串刺して捕縛するのです』

「……なるほど。恐ろしい手法だな」

 喰らったらなかなか厄介そうだ。

 とは言え、実際のところ棘は恭也にしてみれば緩いスピードであるため回避は容易だ。当たることはないだろう。

「む」

 突然、大きな魔力反応が現れた。考えるまでもなく、それはカートリッジロードによるものだ。

 こちらを攻撃、否、捕縛しにかかっているザフィーラにその様子はない、と言うより元より彼はデバイスを手にしていない。

 であれば、残りは一人しかいない。

「――おらあああああああああああああっ!」

 雄叫び一閃、身に纏う赤いドレスをはためかせ、ヴィータがこちらにハンマーを上段に構え突っ込んでくる。見れば、手に持つハンマーの形状が変化、まるで推進エンジンのように後方から光を放っている。

 重厚な唸りを上げる殺人的な勢いを孕んだその特攻は、一見しただけで大した破壊力を誇っているのであろうことが十分にわかる代物だった。

「ぶっとべええええええええええええええっ!」

(だがまあ、当たらなければ、という奴だな)

 恭也の身を喰らわんと一気に一直線に向かい来たその重撃に、恭也は強く足場を蹴って自ら飛び込んでいった。

 そしてインパクト寸前の距離で身を屈ませ、ハンマーをかすめるように躱し、

「……ぐあっ!」

すれ違いざまに斬りつける。相当な相対速度の乗った一撃に、ヴィータは苦悶の声を上げ大きくよろめいた。

 止めを刺すため、追撃の刃を奔らせようと魅月を振りかぶる恭也。

「む……っ!」

「おおおおおおおおおおおおっ!」

 そこへ体を割り込ませるように、蒼い影が飛び込んで来た。

「ザフィーラッ!」

「下がれ、ヴィータッ!」

 ヴィータは一瞬迷いを見せたが、すぐに後方の空に飛ぶ。

 見るからに防御の堅そうな彼が前衛、ヴィータが後衛として体勢を立て直す気なのだろう。

「はあっ!」

 恭也の前に残ったザフィーラは、お前の相手は自分だと言わんばかりに裂帛の気合いを携え殴りかかってきた。

(連携をとられると厄介だな……)

 ザフィーラの後ろに眼をやれば、鈍く光る球を取り出すヴィータの姿がある。あれで援護をかける気だろう。奇しくも、なのは・フェイトがとった戦法と同じだ。

 対処できないわけではないが、まだ状況の整っていない今のうちに、さっさと片方を潰してしまった方がいい。

 そう判断した恭也は、ザフィーラの太く力強い腕から繰り出された右ストレートを半身に体勢を変えて躱すと、そこからまず左の魅月で胸をすくい上げるように一撃。

「がっ……!」

 のけぞった所に、腹へ右の魅月で突きを加える。

「……ぐっ!」

一転して今度はくの字に身を折るザフィーラ。

 そこへ左の魅月で肩口に水平斬り。

 ザフィーラの体が強引に回され、背中が恭也に向けられる。この隙に右の魅月を素早く納刀。

 そこから、間髪入れずにSCL。

 膨大な魔力をほぼノータイムで身と刀に宿し、放つは、

 

 御神流奥義 虎切・絶

 

超高速の抜刀術。

 斬れぬ物など何もない、そんな意志を体現するかのような鋭く精錬で歪みのない白い軌跡が奔った。

「ぐうううっ!!」

 バリアジャケットとその内の体を切り裂かれたザフィーラは、きりもみしながら落ちていく。

 虎切・絶。影刃強化の虎切・飛に対し、こちらは晃刃強化を施した抜刀技であり、その切れ味は魔法を併用した奥義の中でも最高レベルだ。

「ザフィーラアアアっ!」

 ヴィータの絶叫が響く。

 その声に反応してか、ほんの僅かにザフィーラの落下スピードが緩まった。

(まだ意識はあるようだな……)

 三連撃からの抜刀奥義を身に受けてなおまだ気を失わないとは、アルフの話によればベルカでは使い魔を守護獣と呼ぶらしいが、なるほどその名に恥じぬ大した耐久力だった。

 恭也は袖口から、飛針を右手に四本ほど取り出した。

 振りかぶる。

「てめえええええやめろおおおおおおおおおおッ!!」

 恭也の動きを阻止せんと、ヴィータが鉄球を手に持つハンマーで打ち出した。

 しかし、間に合わない。

 恭也は、握る飛針をまとめて眼下のザフィーラに投げつけた。

 その動作の間のみ、眩体の維持に使う魔力を増加させその効力を増強、また飛針も晃刃で硬度と鋭度を強化。

 音速を超える速度で放たれた、容赦のない、小さな鋼の槍がザフィーラの体を捕らえた。

 一瞬の間を置いて、派手な音が響く。

 ザフィーラの巨体が、地に落ちた音だ。

 彼もまた、シグナムと同様、幾度か体を跳ねらせた後、動かなくなった。

 恭也はそれを視界の端で捕らえつつ、自身に迫った鉄球を斬り落とした。

 これで二人。残るは、一人。

「う、ああ、うあああああああああっ!」

 絶叫を上げたヴィータは、ハンマーを自身の頭上に掲げるように構えた。

「化けもの、化けものめ……! ぶっ殺してやるうううううううううううううッ!! アアアアアアアアイゼン!!」

『Jawohl! Gigantform!』

 彼女の足下に、正三角形の魔方陣が展開、ハンマーの一部が稼働しコッキング、空薬莢を排出。

 膨大な魔力がヴィータの身とその手に持つ武器に宿り、

「……え」

しかし、それが使われることはなかった。

 おそらくは大規模な変形を伴った大技でも放つつもりであったのだろうが、彼女がカートリッジロードを始めた時点で恭也もSCLを行い、そして、

 

 御神流奥義 射抜・奔

 

彼女が技の準備を終えるより先に、黒い閃光が空を裂いた。

「……――ッ!!」

 最早声もなく、技の展開準備中という戦闘において最も無防備な状態の一つといっていい所を狙われ、まとも防御もできずにそれに呑まれたヴィータは大きく吹き飛ばされた後、そのまま落下。

 隙を逃さず、さらに恭也は追撃をかける。

 足場を蹴りながら素早く彼女との距離を詰め、落下していくその体に先ほど閃光を放った刀とは逆の方で突進の速度を乗せた刺突を放つ。

 

 御神流奥義 射抜・追奔

 

「がッ!! ――ぁ…………」

 既に先の攻防で受けていたダメージ、それに元々おそらくはシグナムやザフィーラと比べれば打たれ強いタイプではないのだろう、それを喰らったヴィータは意識を手放したようで、彼女も一直線に仲間二人と同じく荒野にその身を打ちつけ、やがて動きを止めた。

 ――――これで、三人。

 恭也は、深く息を吐いた。

 そして自らも地に降り立ち、改めて回りを見渡す。

「……どうにか、なったか」

『ご謙遜を』

 呟きに、魅月が言葉を返す。

『騎士三人相手に無傷の勝利。これを誇らずしてどうするのです、主よ』

「……まあ、かなり必死だったが。不意打ちから一気に畳みかけてもぎとったような勝利だ」

 神速にSCL、さらに魔法を組み合わせた奥義。

 最初から持てる力を全て出しにいったようなものだ。

「それに、彼らも決して本調子ではなさそうだったしな」

 シグナムもヴィータも、以前見た時よりいくらか動きが鈍かった。おそらくはザフィーラもそうだろう。

 度重なる蒐集作業と、バックアップのシャマルの不在、この二点から来る蓄積疲労によるものか。

『それでも、ですよ。我が主よ』

 嬉しそうに言う魅月。恭也は一つ笑みをこぼしてから、労るように彼女の鞘を撫でた。

「魅月も、本当によくやってくれた。神速についてくるのはやはり負荷が高いだろう」

『それは事実ではありますが、この身はそんなに柔ではありません。それに、貴方に合わせて自らを変えることは、何にも勝る喜びなのです。多少の負荷は、何と言うこともありません』

(……頼もしい限りだ)

 魅月の率直な言葉に、恭也はそう胸の中、思った。 

「さて、それじゃ……とりあえず、三人を拘束しておくか」

 さすがにすぐに意識は戻らないだろうし、戻っても戦える状態ではないだろうが、念のためだ。

『はい。しかし主、お疲れなのですからご無理はせずに』

 魅月が心配そうに言った。

 神速一回、カートリッジは三発使用、ロードはすべてSCLで、魔法を使った奥義を三度。さらに三人相手という精神負担も相まって、疲労困憊とまではいかないが、それなりに鈍い疲れが体の芯にまとわりついている。

 だが、拘束作業も出来ないほどではない。大丈夫だと、魅月に言おうと口を開きかけ。

 瞬間。

 恭也はその場から飛び退いた。

 鋭い風切り音が唸りを上げて体のすぐそばを通過する。

「……ちいっ!」

 続いて、歯がゆそうな男の声。それは、

(……来たか!)

突然現れ、恭也に蹴りを放った仮面の男のものだった。

 騎士たちを倒した後も、一応は警戒を解かなかったのが幸いした。気配を読める恭也とて、油断していたら避けられたとは限らない。

 気配。

 直感に従い、恭也はまたしてもその場から身を跳ばした。

 直後、青いリングのようなものがさっきまで恭也の体があった辺りを囲うように出現し、締め付けるようにその半径を縮めた。

 バインド魔法。

 恭也の背に、汗が伝う。

 気付くのが一瞬遅かったら、捕らわれていた。

「……そこだっ!」

 意識をまた戦闘用の第一種警戒状態に引き上げた恭也の"心"が、隠れた気配を感じ取った。

 こちらを向く仮面の男、その左後方目がけて影刃を放つ。

 奔った黒い刃は、仮面の男からその十メートルほどの距離を置いて、何かに阻まれ消えた。

「……規格外の反応速度と身のこなし、そして察知力だな」

 その何かが、声とともに姿を現した。

『面妖な……同じ姿の仮面の男が、二人とは』

 それは魅月の言葉どおり、最初に恭也に強襲をかけた男と全く同じ姿の男。

「……分身魔法というものはあるのか、魅月」

『いえ、少なくとも私の持つデータにはありません。幻術魔法ならありますが……それはおそらく主であれば気配の有無で見破れるはずです。どうですか?』

「少し妙だが気配自体は両方とも確かにあるな……。では、分身でも幻術でもないということか」

 妙だというのは、姿と気配の形がどうも一致しないというもので、気配がないというわけではない。

 両方とも確かに存在する。

 つまり、戦うならばどちらとも相手にしなければならないと言うことだ。

「……なぜ、管理局の邪魔をする。お前たちは何を考えているんだ?」

「時が来れば、いずれわかることだ」

「今はこのまま大人しく帰ってくれ、黒き騎士よ」

 恭也の問いに、二人からは答えになっていない答えが返る。

『主……どうしますか』

「残る守護騎士を全員確保できる機会だ。逃すわけにはいくまい」

 恭也は刀に手をかけた。

 対し、前方の一人は両手を構え、後方の一人はカード型のデバイスをその手の中に出現させる。

 前方の一人が言う。

「お前の強さはわかっているが、この状況でも退かないつもりか」

「ああ」

 恭也は短く答えた。

 すると、今度は後方の一人が突きつけるように言葉を放つ。

「五対一、でもか」

「五対一……?」

 訝しむ恭也の視界の中、横たわる三人の守護騎士の体が青い煌めきを放ち始めた。

「……まさか」

「そう、回復魔法だ。……いずれ、五対一になる」

(さすがに、まずいな……)

 あの三人がすぐに戦える状態まで回復するとは思えないが、それでも長期戦に持ち込まれればいずれそうなるだろう。

 こちらも時間が経てばクロノや武装局員達の援護を考えられるが、それでも騎士三人と仮面の男二人の相手は辛いものがある。

 当然いかな恭也とて、万全の状態ならまだしもこれから五対一に持ち込まれてはかなり厳しい。

 つまり、長期戦はやれない。

 リスクを考えれば、速やかに片を付ける必要がある。

 二人がかりで戦いを引き延ばせばいいあちらに対して、こちらの立場はあまりに不利だった。

(あれしかない、か)

 瞬時に考えを巡らせた恭也は決断、腹をくくる。

『主……』

 恭也の考えを悟った魅月が心配そうな声を上げた。安心させるように、恭也は彼女の鞘を撫でる。

 正直、かなり体に負担はかかるが、仕方ない。

 この状況を打開するためには、これしかない。

 そしてこれをやるなら、今しかない。

 仮面の男が二人、近い位置にいる今しか、ない。

 恭也は即座に地を強く蹴り体をトップスピードに乗せ、前方へ躍りかかった。

「……っ!」

「くるかっ!」

 仮面の男二人がそれぞれ迎撃の構えをとる、そのタイミングで、

 

 御神流奥義 神速

 

恭也は自身の視界を、世界をモノクロに染め上げた。

『魅月、装填』

『装填』

 その中で、カートリッジロード。コッキング動作の後、左の魅月から一つ、右の魅月からもう一つ、空薬莢が合わせて二つ排出された。

 カートリッジ一発分で、眩体を強化。

 それにより、恭也は空気の重い神速の世界の中でも通常のように動けるようになる。

 だが、魔法を使ってのものとはいえ肉体への負担はかかる。骨は軋み、筋は悲鳴を挙げた。

「くっ」

 思わずうめき声を挙げてしまうが、しかしそれでも強い意志で体を動かす。

 恭也は疾走、まず、前方の一人に斬りかかる。

 刀に籠もる晃刃は、もう一つ分のカートリッジで飛躍的にその効力を増強してある。

 右の抜刀からの、背後に回ってのものも含めた軌道の異なる斬撃四連。

 さらに、一旦刀を鞘に収めてから、先に斬った跡をなぞるようにもう一度四連。

 四連二つからなる八連撃、それを浴びせた恭也は前方の男から離れた。

 そしてまた疾走、向かうはもちろん、後方の男。

 そこへ、前方の男と同じように四連に次ぐ四連、八連撃を叩き込んだ。

 

 御神流奥義 薙旋・舞

 

 神速の中、敵の知覚の外から浴びせる不可避の剣舞。

 大幅に出力増強した眩体で強化した体で振るう、同じく大幅に出力増強した晃刃の籠もった刃での斬撃、その数、計十六。

 世界に、色が戻った。

「なあっ!?」

「……ぐあっ!!」

 恭也の眼前、二人が苦悶の声を挙げ、膝から崩れ落ちた。

「……くううっ」

 同時、恭也も激しい目眩と吐き気に襲われる。

 カートリッジロードで得た膨大な魔力を制御し、奥義と合わせて魔法を行使する。これはそれだけでそれなりに負担の大きい行為であり、それをある種の極限状態である神速の中で行ったとすればこうなるのも自明だ。

 故に恭也は、通常のSCLを使った戦法では神速の中で行うのは装填発令から魔力充填までで留め、魔法と技の発動自体は神速を解いてから行っているのだ。

 薙旋・舞はその中で例外的に、一貫して神速内で技の発動まで行うことを前提としており、急激な身体的負荷というその性能に比した代償を払うことになる技だ。

 考案した当初から、恭也の身を案じた魅月に"よほどの事態でない限り、どうかこれのご使用は避けて下さい"と進言を受けたほどだ。

 だが今はきっと、よほどの事態だろう。

 そう判断し、恭也は使用に踏み切った。

「ぐ……、なに、が……」

「お前、なにをした……!」

 仮面の男二人は震える膝でなんとか立つも、しかし受けたダメージは深刻なようでその体は大きくふらついている。

 無傷の彼らを同時に、かつ一瞬でここまでの状態に出来たことを考えれば、リスク覚悟でやっただけのことはあると言っていいだろう。

 恭也は揺れる視界をなんとか制御し、

(あとは、とどめだ!)

『主、あれからの連続は無茶です! せめて少し間を……!』

「いや、ここで押し切るしかない……!」

さらに、悲鳴を挙げる脳と体に鞭を打つ。

 相手は回復魔法を使える、ならば今、勝負を決めに行くべきだ。

 一瞬だけ神速に入り、カートリッジを装填、巨大な魔力を得る。さきほどの薙旋・舞のためのものも合わせれば、今日で五度目のSCL。

「ぐううう……!」

 そこから歯を食いしばり、右の魅月を鞘に戻し、

「おおおおおおおおおおおおっ!」

 咆吼をあげ、抜刀を放つ。

 

 御神流奥義 虎切・飛

 

 奔った白刃から放たれたのは、対照的な黒い刃。

 高速を纏って前方に向かうそれは、仮面の男二人を同時に呑み込むのに十分すぎるほどの大きさを誇っている。

「……なああああああっ!」

「ぐううああああっ!!」

 夜を塗り込めたような漆黒の三日月に喰われた二人は、大きく水平に吹き飛び、地面の上を転がり、滑り、

「――やっ、た、みたい、だな」

そして動かなくなった。

 それを見届けてから、恭也はその場に片膝を突いた。

『主、お体は……!?』

「大丈夫だ、少し、目眩が、それだけだ……」

『無茶をしすぎです!』

 魅月の声を聞きながら、俯き眼を閉じ深く息を吐く。呼吸を整えると吐き気と目眩は収まったが、代わりにひどく頭が痛んだ。

 体も鉛のように重い。

『主、安静にしていて下さい。じきに管理局の救援隊が来ます。それまでは……』

「いや、駄目だ。だからこそなおさら休んではいられない。万が一があるから、今度こそちゃんと鋼糸で彼らを拘束……」

 そう言いながら顔を上げて、

「なっ……!?」

恭也は絶句した。

「どういう、ことだ……?」

 恭也の視界、そこに横たわる人影は、全部で五つ。

 数自体は合っている。

 合っているのだが。

「あれ、は……」

 長い髪を一つくくりにした女性――シグナム、赤いドレスを着た少女――ヴィータ、獣の耳をもつ男性――ザフィーラ。この三人は変わっていない。

 だが、残る二人、仮面の男が、

「たしか、リーゼロッテと……リーゼアリア……」

少し前に知り合った管理局提督グレアムの、双子の猫の使い魔の姿になっていた。

 以前の闇の書事件を担当したというグレアムは恭也、なのはと同じ世界の出身らしく、また恭也にとっては縁深いイギリス人ということで紹介された時は思わず話し込んでしまったものだが、今目の前で倒れ込む二人は、恭也の記憶が正しければその時彼の傍らにいたリーゼロッテ、リーゼアリアと全く同じ姿をしている。

「なにが……」

 戦闘が終わり緊張が解けた事と、頭が疲れ切っている事とで状況を把握できず呆然とする恭也に、魅月が言葉をかけた。

『……主、分身魔法はありませんが』

「む……?」

『分身魔法はありませんが、変身魔法ならあります。おそらく、彼らは……』

「……じゃあ、つまりさっきまでの仮面の男の姿は変身魔法で作っていた仮初めの物で……俺はこの二人と戦ったってことで、いいのか?」

『はい。そうなるかと』

「……なおさら状況がわからなくなったな」

 リーゼロッテとリーゼアリアは当然管理局の側の立場であるはずで、それがなぜ守護騎士達の蒐集を援護するのか。

「どうなっているんだ、一体……」

 ふらふらと立ち上がりながら、恭也は困惑を滲ませた声で呟いた。




 恭也さん本日の戦績、五連勝(被弾なし)。
 どうなってるんだ、一体。


 そして大変な目に合ってしまったシャマルさん。
 オリジナル設定とかは極力出さないように……なんて前回の後書きで言ったその舌の根も乾かないうちに飛び出した恭也さんまさかのピンク技。
 いや、きっとあるって、暗殺を旨としてるんなら、あるって。
 気になるのは、恭也さんは一体全体どこでこれを練習したのかって事ですね。
 …………桃子さんに……いや何でもない。


 感想等はいつでもお待ちしております。

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