「結月さん結月さん」
「なんですか当然のように私の部屋に入り浸っている紲星さん」
梅雨の季節。除湿モードでエアコンをつけてもなおジメジメが残る此の頃。ゆかりとあかりがいた。
ゆかりは今日も今日とてパソコンとにらめっこをし、配信の切り抜き編集。そんな様子を後ろからぼーっと眺めるあかり。
「そらさんって普段どんな本読んでるんですかね」
「……ほう」
外出の頻度はそのままだが、その変わりに家の中で一緒にいることが増えた2人。ゆかりは、あかりの変な思いつきの大半を話半分で聞き流していた。しかし今回の内容は導入からして興味をそそられたらしく、作業の手を止めあかりの方へ向き直した。
「いつもカバー付けてますし、話すときは机に置くじゃないですか。それでこの前離席を装って後ろを通るときにチラッと見たんですけど……」
「見たけど……?」
ゴクリとツバを飲み込む2人。
「見えた!と思った瞬間に本を閉じられちゃいまして。まぁそらさんもちょうど離席する用ができただけなんですけど」
「なるほど……あれ、離席ってことは置いてかれた本の中身を見れたのでは?」
「見るかどうか罪悪感と興味心に挟まれて葛藤してたんですけど、結論が出て手を伸ばしたタイミングで戻ってきまして」
「直接聞いたりは?」
「『想像に任せるわ〜』ですって」
「なるほど……」
ゆかりは引き出しから探偵帽(鹿撃ち帽)とキャラバッシュパイプを取り出し、ホームズになりきって言った。
「これは調べる価値、アリですねきずソン君」
「よし!調査開始ですね、ゆずームズさん!」
「ゆずームズさんは辞めません?ダサいというか」
彼女らの調査の開始の合図は、まとまりのないものだった。
◆
「紲星クン、今彼女はどういう状況かい?」
「はい、結月さん。どうやらスマートフォンをたぷたぷしているみたいです」
2人はまずそらの自室へ突撃したが、そこにはいなかった。外出の可能性も考え階下へ向かったところ、リビングに彼女の姿が見えたため、先行していたあかりが状況を伝えることになった。
「たぷたぷ、か……彼女は普段スマホゲームをしていただろうか?」
「覚えは無いですね……はっ、さては彼氏!?」
「違うと思うぞ紲星クン。たしかに、彼女は可愛く優しさが溢れていて男性人気が高いが、少なくとも今の彼女は彼氏への返信はしていないと思う」
「な、なぜ言い切れるんですか結月さん」
「だって私のメッセージに返信してくれてますから」
「ずこーっ!」
「あんまり平仮名で言う人いないですよ。というかそもそもホントに言う人いないですよ」
あかりがひっくり返る様子はなく、真剣なまなざしで「ずこーっ!」と言っただけの人になってしまった。ゆかりはあかりに見せていたスマホをポケットになおして、改めてそらの様子をあかりに尋ねる。
「んーっとですね、あ、読書に戻ってます!」
「その調子で監視を頼むぞ紲星クン」
ノリノリで探偵ごっこをしていた2人。そんな彼女らはそらに夢中になって、背後から忍び寄る1つの影に気付けなかった。
「ふーたりーともっ!何やってるのかなぁ?」
「「マキさんっ!?」」
思わず大声を出してしまった2人は、顔を見合わせてそらを確認すると、こちらを向いてニコッとほほ笑んでいた。
青ざめるゆかりとあかりに、追い打ちをかけるようにマキはスマホの画面を見せた。
「2人に見られているから逆に脅かしてあげてほしいって連絡来てたんだよねー」
「まさか、最初からバレていた……!?」
「完敗ですね……」
「あはは。で、何してたの?」
「それはですね……」
観念したゆかり達はリビングで2人に事情を洗いざらい話した。
「そうだったのねぇ。探偵ごっこの邪魔してごめんなさいね」
「いえ、監視対象にバレていては一流の助手とは言えません!」
「あかりちゃんはどこを目指してるのかな?」
少しズレた回答をするあかりにマキが突っ込む。一方、ゆかりは本気で悔しがっていた。
「名探偵ゆかりの初依頼だったのに……!最悪なスタートを切ってしまいました」
「ゆかりんも本気で一流の探偵目指してたの!?」
「ふふっ。じゃあそうね、本気の探偵さんたちに免じて1つヒントを出してあげましょう」
「「!」」
そらは指を唇の前で立てて、不敵な笑みを浮かべる。
「この本は、東北姉妹に関係するわ」
「……!」
キョトンとしているあかりとは正反対に、ゆかりは冷や汗をかいていた。何かを思い出したのか、あかりは「あ!」と言う。
「東北って、それ東北ずん子さんのことですか?あの人本出してたんですね!」
「はい。東北イタコ、東北ずん子、東北きりたんの三姉妹を中心にしたお話を東北さ……ずん子さん主催で展開してるんです」
「じゃあ結月さんは答えがわかるってことですか!?」
「わかります。……が、私が知り過ぎているせいで答えがわからなくなっているんです……!」
頭を抱えて苦痛に悶えるゆかり。マキは言いたいことを察した様子だった。その様子を見て心配したあかりは、不安げな表情でゆかりの顔を覗き込む。
「紲星さん……東北ずん子プロジェクトの小説は……
「な、なんですって!?」
あかりは衝撃の事実に驚きを隠せなかった。重たい空気がリビングを包む。ゆかりは俯き、あかりは眉をひそめ、マキは憐れみ、そらは微笑む。
そして――
「たっだいまー。ってどしたの、みんな揃って」
――セイカはニッコニコだった。
ゆかりは帰宅したセイカの問いに答えるべく頭を上げたが、その顔はひどい有り様だった。
「おかえりなさい。実はかくかくしかじかで……」
「絶望しきった顔をしてる割にはそういうボケをできる余裕はあるんだね」
改めてゆかりはセイカさんに現状を説明し直した。東北ずん子プロジェクトを知っていたセイカは話の途中で察し、ゆかりの苦悩の理由は案の定当たっていた。
「ゆかりちゃん、これ言ったらダメかなって思ったけど言うね」
「なんですか……?」
「別にさ、ずんちゃんの本ってわかったんならどっちでも大差なくない?」
ゆかりとあかりの目から鱗が雪崩のように落ちていく。その様子にマキが「うわきっも!」と率直な感想を述べたが、2人は気にする様子もなく笑顔を浮かべていた。
「ゆ、結月さん……!」
「紲星さん……!ええ、そうですよね。あんな人の本なんてどうせどちらもずんだまみれなだけですよ!そらさん、その本を読んでると精神に異常をきたす可能性があるので気をつけてくださいね」
「ず、ずんずんPJを揶揄する意図はぜんっぜん!これっぽっちもないからね!?ゆかりちゃん、発言に気をつけてね!?」
セイカが必死にフォローする。ゆかり達は誰に対して言ってるんだ?といった様子だった。ゆかりは取り敢えず「確かに言い過ぎました、すみません」と答えるのだった。
「ふふっ、意外と面白いのよ?今度ゆかりちゃんも読んでみてあげたらどうかしらぁ」
「む……まぁ、そうですね。読まずに批判するのは余計にダメですよね。今度買って読んでみます」
これにて一件落着ということで、ゆかりとあかりはまた2階へ戻って行った。マキもそらに呼ばれただけだったので「ちょっと散歩してくるわー」と外へ出ていき、リビングにはセイカとそらが残った。
「……で、ホントは何を読んでたのさ」
「『ところ構わず〇〇な〇〇が〇〇な〇〇で〇〇〇〇〇〇を〇〇〇〇……」
「あーもういいもういい」
表情を一切変えず淡々と淫語を発するそら。聞いているセイカがギブアップし、途中で読み上げるのを止めてもらった。
「え、なに、最近って官能小説もいわゆるなろう系みたいに長文タイトルなのが主流なの?」
「私が買ってみたのがたまたまそうだっただけですぅ〜」
「そうなんだ……まあ、一応高校生なんだから程々にしてね」
「はぁい」
ニッコリと微笑むそら。セイカはその後(他の子も居るんだしもう少し強めに注意したほうが良かったかな)と思いつつも、官能小説のタイトルの現状が気になり過ぎて調べた結果、しばらく官能小説を読むのにハマったのはまた別の話。