「にしても結構歩きますね……」
電柱の影からひょこっと顔だけ出しているもち子が言った。彼女の視線の先にはNo.7の姿があった。
「ひまっち曰く11時47分らしいし、12時に予定があったりすると仮定すると……ナナちゃんなら10分前には目的地に着きそう!だからそろそろなんじゃないかな!」
つむぎは限られた情報からNo.7の動向を推測する。3人はまだ知る由もないが、実際その結論は正しく、目的地まであと僅かだった。しかしその正誤を知る前から、その推測力自体が気に入ったひまりは、思わず笑顔を見せた。
「いいね!!最高だ!!」
「ひまディだ」
「あーしもアン◯ラのネタだったからさすがにわかったよ」
長年(と言って2、3年くらいだが)ひまりやもち子と連れ添ってきたつむぎは、オススメされたアニメや漫画を読むことが稀にある。その結果、履修した作品が発祥のネタであればある程度理解可能になったのである。
よく周囲に勘違いされているが、ひまりともち子は『好きな作品だから』と闇雲にオススメしたりなどしていないある程度健全で万人受けするものを吟味して渡している。なので現在は少年漫画や少女漫画の大作にある程度詳しい、まさに『オタクに優しいけど知識は浅いギャル』の状態であった。
「あ、なんか建物に入ってった!」
「なんやて!?よし、じゃあ早速突入っす!……って、ここ居酒屋じゃないっすか」
駆け足で建物の入り口に向かうと、そこはいかにもな大衆居酒屋だった。ひまりは慌てて時刻を確認したが、まだ12時。一同の脳裏に、昼間から飲んだくれるNo.7の姿が浮かんだ。
「いやいや、まさかですよねー……はは」
「あーしも信じたくはないけど……」
「店に入って確認すればいいだけのことっすよ!ほら、行くっすよ、行く行く!」
ひまりはそう言って扉に手をかけ、勢いよく開いた。
「ギャランドゥ!」
「ガ〇ドロのサ〇ーニャが面接の練習した時の入室の真似ですね……って誰がわかるんですか!」
「そのツッコミしてる時点で……ってこのやり取り今日2回目だよぉ!……あれ?まっくら?」
ひまり越しに店内を覗いたつむぎは、キョロキョロと様子を窺う。一同は取り敢えず中に入ってみたものの、心に不安が芽生えていた。
「あれ?どうしてみなさんここにいるんですか?」
「ななちゃん!」「セブンちゃん!」「ななっち!」
店の奥からひょっこり顔を見せたのはNo.7本人だった。
3人は尾行していた事を説明し、No.7は居酒屋の店主をしている事を打ち明けた。
「謎が減ったと思ったら逆に気になること増えたっす……」
「ですね……」
「ふふっ、女の子は秘密がある方が可愛いでしょう?」
「無くてもななっちは可愛いけどねー」
微笑みながら「えへへ」と言うNo.7だったが、照れてる様子は無く頬を赤らめてるわけでもなかった。彼女はあまり表情に出ないタイプである。
こうして談笑に花を咲かせていると、扉が開く音が聞こえた。
「すみませーん、ちょっといいっすかぁ。店長さんいますかー」
「はい私ですよー」
席の位置の都合で入り口が見えなかったNo.7は、身体を仰け反らせて目視で客が誰かを確認した。
「あら、セイカさんでしたか」
「セイカ……?」
その名前につむぎが反応する。たしか以前知り合った女性もそういう名前だったはず。それに、声も似ていたような気がした。
「おーナナちゃんはろー。この前さ、知り合いからぶん盗……手に入れたお酒あってさぁ。ここに置いてくれないかなーって」
「もー、しようがないですね。今回だけですよ?」
「とか言ってこれ3回目じゃん。やっさしぃ〜」
女性は右手に持った酒瓶をとぷんと揺らす。No.7は困ったように笑いつつ3人に少し待つように言って、席を立ち急ぎ足で向かう。会話の相手がどういう人かが気になった3人は、なんとか目撃しようと身を乗り出していた。
「じー……あ、やっぱり!」
「ん?あ!草むしりギャル!」
「つむぎって名前教えたじゃん!もー!」
つむぎはそう言ってとてとてとセイカに詰め寄った。セイカはニコニコしながら「ごめんごめん」と軽く謝り、No.7に川形成を問うた。
「ナナちゃん知り合いだったの?」
「うちの寮生なんですよ」
「こんな可愛い子がいんのねぇ。……後ろの子達も?」
身体を傾けてつむぎの背後を確認すると、身を乗り出し必死にこちらの様子を見ているひまりともち子がいた。セイカは2人を指さして尋ねる。
「はい、冥鳴ひまりさんともち子さんです」
自分たちの名前が耳に入り、まさか何か言われたのではと考えた2人は頭を引っ込めて静かに待つことにした。
「可愛いねぇ。あ、うちの子の可愛さも負けてないけどね?」
「いつもそう言ってますけど会ったことないんですよね、ボイロ荘の方々に」
「ありゃ、そうだっけ。暇ならうち来る?」
「手土産が無いので、今度準備して向かいますね」
「断る理由それかぁ」
セイカは改めて本題の酒瓶をNo.7に手渡す。視線を右にやると、まるで尻尾を振る子犬かのように上目遣いでこちらを見てくるつむぎの姿があった。
「あーし、行ってもいい?」
「手土産無いからって断った人間をさっき見たばかりなのによく言えたね……あ、もしかして手土産あったり?」
セイカはそう言いつつも本気ではなかったので「冗談だけどねー。手土産なんてなくたっても大歓迎!」と付け加えた。
しかしNo.7が手土産を理由に断った手前、何も無しに行くとNo.7のメンツが潰れると考えたつむぎは、苦し紛れに結論を叩き出した。
「あーしのメイク術とかは手土産になるかな」
「採用」
「いよっし!」
(あ、いいんだ)
軽いノリのやり取りに心の中でツッコむNo.7だった。
「うちはボイロ荘っていうシェアハウスでね、私以外に4人いるのよ。みんな高校生だから話も合うといいな」
居酒屋を出て、セイカが道案内をする。目を輝かせながらつむぎは聞き入っていた。
ボイロ荘へ向かう事になった後、ひまりともち子も一緒に行くかと尋ねたつむぎだったが――
「遠慮しとくっす。個人的にななちゃんの動向をもうちょい見ときたいんす」
「私は人見知りしちゃいそうなので……ごめんなさい!優しそうな人がいたら今度紹介してください!なんでもしますから!」
――と断られてしまった。もちろんつむぎの思いつきだったので強制するつもりもなく、思いつきで動きがちなつむぎにとって断られる事はいつものことだった。
「草むしりの時はありがとね」
「気にしないで良いよ!やりたくてやっただけだもん」
「だとしても助かったのも事実だよ。うちでお菓子とか飲み物色々振る舞わせてよ」
「いいの?やったー!」
「うーん、我ながらこの会話内容だけ聞かれたら不審者過ぎるなぁ」
そうしてセイカ達は歩く。大した時間もかからず目的地には辿り着いた。セイカが門戸を開き、つむぎに入るように促す。
「今日は塀越えないでね」
「もうしないよー!」
玄関を開き「ただいまー、来客だよー」と家中に響く大声を出す。返事の代わりなのか、リビングの方からあたふたとした声が漏れ出ていた。
「……?なんかあったのかな」
つむぎと一緒に廊下を進み、リビングの扉に手をかけ、取っ手をひねる。開いた先には全員いた。
しかしいるにはいるのだが、様子がおかしい。おかしすぎた。
泣きじゃくるゆかり。必死にあやすあかり。苦笑いするマキと、普段と変わらない笑顔を見せるそら。
セイカは絶句した。来客がいるのにだとかそういう話の以前に、まずそもそも脳が理解を拒んでいた。
それでも何か言わねばと、なんとか文章を捻り出すのだった。
「おまえら……これは一体どういう状況だ?」
「あ!知ってる!それリヴァ◯兵長のセリフ!」