8月中旬。ゆかりは相変わらず自室に引きこもり配信と動画編集とあかりとのデートの3つに時間を割いていた。時折宿題をすることもあったが、進捗は未だ5割。このままのペースでは終わりきらないということをゆかり自身も理解しているが、それ以上にやる気がなかった。
「ゆかりさんゆかりさん」
「どうしましたか、あかりさん」
「ゆーかーりーさーんー」
「聞こえてますよーあかりさんー」
当然のようにゆかりの部屋にいるあかり。ゆかり達が名前で呼び合うようになって以降、2人は名前を呼ぶことが不要な内容でもわざわざ付けるようになった。よほど名前を呼び合いたいらしい。
「また私が出てる切り抜き出してましたね」
「ああはい、そうですね。あかりさんは可愛いですし、よく伸びます」
「えへへ」
あかりは今でも配信にゲストとして登場することがあり、登場する回は普段より切り抜き動画の伸びが良い。無論、動画の伸びを理由にあかりを誘っているわけではなく、あかりと遊びたいが配信の予定がある日だけ誘うようにしている。
「ゆかりさん、あのですね。私の声って変じゃないですか?」
「変、とは?」
「変っていうのは、物事がそれまでと違う状態になったり、突発的な異常事態や事件、あるいは普通とは異なる様子や奇妙さを表す言葉らしいです」
「すみませんあかりさん。変って言葉の意味じゃなくて何が変なのかを教えていただけますか」
「えっとですね、普段自分で聞く声とこういうのを通して聞く自分の声とじゃ違うなと。ゆかりさんの動画見たいけどそれがネックで辛いんですよねー」
「ああ、そういうことでしたか」
ゆかりは席を立ち、へこんでいるあかりの横に腰を下ろす。
「それは慣れるしかないですね。私も始めの頃は切り抜き作るの苦痛でしたし」
「ですよねー……」
「もしアレならあかりさんの配信はアーカイブ残さないとかできますけど」
「いえ!私の都合でゆかりさんの再生数を減らすわけにはいけません!それに、思い出としても残したいですし!」
「そうですか」
元気に返事をするあかりに困り眉で笑いかけるゆかり。「少し良かったです」と言い、ゆかりは天井を見上げた。
「私、あかりさんが配信に出たくないって言い始めたら泣くところでした」
「ええっ!?んー……視聴者さんに見てもらいたいというか、ゆかりさんと遊びたいんですよね、私は。私のわがままになってしまいますけど、配信があって遊べないっていうのが寂しいのでどうせなら一緒にやれば一石二鳥かなって……」
「あかりさんもそう思ってくれてたんですね、嬉しいです」
思いが通じ合っていたことが判明し多幸感からにへらと笑う2人。会話も一区切りつき、沈黙が訪れたが、気不味さとかそういうのは無かった。
ゆかりは無意識に腕を伸ばし、あかりと手を重ねる。ゆかりがぎゅっと握ってみると、手を重ねられていることに気付いたあかりが手首を回し、今度はゆかりの手を握り返す。
互いに握り合うその姿が世間一般で言う恋人繋ぎだということに気付いた2人はぎこちなく笑うが、手を離そうとはしなかった。
「二人ともおはよう。……ってあらあらぁ?」
12時頃、昼食を取るためにゆかり達は1階に降りる。階段を下った先では、そらがテーブルに座り読書をしていた。階段の軋む音で気付いたのか挨拶をされたが、珍しくニマニマと笑う。
「ふふ、私はお邪魔みたいねぇ」
「?なんのことですか?」
退出しようとするそらを引き留めるゆかり。そらはキョトンとしたが、何かに気付いたのかゆかりの手元を指差す。
「……あっ!」
ゆかりは、あかりと恋人繋ぎのまま降りていたのだ。バッとあかりの顔に目をやると、赤面して俯いている。そういえば部屋から出るときに「あのっそのっ」とあかりが何か言いたげだったな、とゆかりは思った。
「……すみません、そらさんも居てくれませんか。今はちょっと2人だと逆に無理そうです」
「私からもお願いします」
「じゃあご一緒させてもらうわねぇ。あ、よかったらお昼つくるわよぉ?」
「え、いいんですか。ありがとうございます」
キッチンはカウンターが設けられており、リビンからもよく見える。ゆかり達は小っ恥ずかしさから話しかけることも難しく、そらの作業を見守ることにした。
(うーん、見られると私が恥ずかしいのだけれど……)
困ったように笑うそら。気にしないように心がけつつ、オムライスを完成させる。カウンターに2人分のオムライスを置き、ゆかり達に持っていくように伝える。すっかりお腹の空いていたあかりはすぐさま2つともテーブルに運んでしまった。
「それじゃあ、いただきます」
「「いただきます」」
自分の分を持ってきたそらも合わせて、3人で食べ始める。刻まれた鶏肉と人参、枝豆、コーン。子供らしさが溢れているが、野菜の甘みと鶏肉の旨味でしっかりと味を感じられる。卵は甘く、ケチャップの酸味とマッチしており食べても食べても匙は進む。
「おいひーれふ!」
「ありがとう。でももう少しゆっくり食べてもいいのよぉ?」
「もぐもぐ!」
「口でもぐもぐ言ってる……何の意味が」
ぽつりと独り言のようにツッコミを入れるゆかりだった。
食べ終わると食器を下げ、洗い物はゆかりが担当することにした。その様子を伺いつつ、ゆかりに聞こえないくらいの声量でそらはあかりに話しかける。
「あかりちゃん、ゆかりちゃんとは今どういう関係なのかしら」
「ふぇっ!?いや、その……と、友達ですよ」
「へぇ……?それ以上は望まないの?」
「んんっ!?!?いや、その……どう、なんですかね?」
あかりは胸に手を当てる。そらはいつものようにほほ笑みつつも、内心はテンション爆アゲフィーバーだった。こんな百合のラブコメを目の当たりにできる機会はそうそうない、と感じたそらはあかりの恋心(推定)を応援することを決意した。
「ゆかりちゃんだけ特別に感じてるのかしら」
「そう、ですね。他の人にはいつも通り振る舞えても、ゆかりさんの前では緊張しちゃって、でもいつも以上に落ち着いてもいて、心地よくて……」
「その感情が何なのかは私からは言えないけれど、なにかしたいことがあったら手伝うわよぉ」
「あ、ありがとうございます……!」
この日、小さな同盟が結ばれるのだった。
「……」
黙々と皿を洗うゆかり。心ここにあらずといった様子で、無心でスポンジをこすり続ける。
「ただいまー。あー重たかったぁ」
買い出しから帰宅したセイカは、両手に抱えた食材たちをドサッとキッチンに置く。リビングからはあかり達の「おかえりなさい」の声が届く。
ハッとしたゆかりも一拍遅れておかえりなさいと挨拶をした。
セイカは、返事をしようと気怠げな様子でゆかりへ振り向くと、何かに気付いたのか「あれ?」と声を出す。
「ゆかりん、熱でもある?」
「……な、ないです」
ゆかりは弱々しく否定し、視線をそらした。セイカの目には真っ赤に染まったゆかりの耳が映るのみだった。