ゆかりたちが異世界に拉致られて2日目。
一足先に目を覚ましたゆかりは、あかりときりたんを起こさないようにそろりと部屋を抜け出し、そのまま宿から出る。
ゆかりが朝日の眩しさに小手をかざしていると、同じく目覚めていた茜が後を追うように宿から現れた。
「よ、ゆかり。おはよう」
「おはようございます。ちゃんと寝れましたか?」
「ばっちりや。って言いたいとこやけど、あの後葵と夜通しイチャイチャしてたんよな」
「ケッ、惚気ですか」
しかめっ面を見せるゆかりと、それを見て笑う茜。
「ドン引きしたか?」
「惚気にムカつきはしましたけど、引きはしませんよ」
「そかそか、やっぱゆかりは最高やな!」
「ちょ、なんですか。肩組まないでくださいよ」
茜は葵との関係性を殆ど外に言うことがない。幼少の頃から共に過ごしてきた2人は、一緒に行動するのが当たり前で、中学に入学する頃にはお互いを愛し合っていた。
だが、周囲からは好ましく思われず、実の親からも嫌悪の対象として蔑まれていた。
「あんがとな、ゆかり」
「……」
肩を組んだまま、湿っぽい声を漏らす茜。ゆかりはその言葉への答えが浮かばず、何も返さなかった。
「暗い話は辞めにするか!折角の異世界なんやから、向こうの世界に無いもん食べんとな。ちょっと葵起こしてくるわ」
「いってらっしゃい。私も後で2人を起こしときます」
踵を返し宿に戻っていく茜を見送り、広大な空を見上げる。今日は快晴、雲一つ見当たらなかった。
「で、これが異世界料理ってやつですか」
ゆかりは多少のビジュアルの差は想定していた。世界が違えば生きている動物も違うのだから、肉や野菜も見た目が違って当然だと。だが、ゆかりの想像の範疇を超えたものが目の前に並べられていた。
「この細長い麺みたいなのは?」
「うちらの世界で言うムカデみたいなもんらしい」
「このぶにぶにした餅みたいなのは?」
「シカみたいなやつの肝臓みたいな器官らしい」
ゆかりは絶句した。そんなゆかりを他所にあかりと琴葉姉妹はパクパクと食べすすめる。姉妹は企画でよくゲテモノ料理を食べており、抵抗がないからだ。あかりは美味しければ何でも良く、美味しくなくとも提供されたら食べる主義のため手を止めることなく豪快に食べていった。
あかりはフォークで肉塊を刺し、口に運ぶ。それは見知った食感と味だった。
「ゆかりさん!これは豚肉っぽいですよ!」
げんなりとしていたゆかりに嬉々として伝える。これならゆかりでも食べれるはずだ、そう思ったあかりだった。
「それはオークの肉やな」
「人型の魔物じゃないですかっ!」
「ゆかりさん、虫とか内臓よりはマシですよ。この際覚悟を決めて食べましょう。私も食べますから」
ゆかりの左隣に座るきりたんが、震える手でフォークを握る。年下の少女が覚悟を決めたのだから、とゆかりは自分を奮い立たせ、赤いソースのかかったオークの肉を一口食べた。
「ええいままよっ!……んっ、美味しい!」
「あ、そうなんですね。じゃあ私も食べます」
「きりたん私に毒見させました?」
「なんのことやら。……お、確かに美味しいですね」
しらばっくれるきりたんをしげしげと見つつ、そのまま二口、三口とオークの肉を食べすすめるのだった。
肉だけでもそこそこの大きさがあったため満腹になったきりたんとゆかり。残った料理は琴葉姉妹とあかりが全て食い尽くしてしまった。
「お腹いっぱいです。またこれ食べたいですねー」
「私は遠慮しときますね、はは」
幸せそうに感想を零すあかりに、苦笑いしつつゆかりは返事した。あかりはそんなゆかりを見て、昨晩のことを思い出す。
(私って、ゆかりさんのこと好きなのかなぁ)
「私の顔、何かついてますか?もしかしてソースが口元についてたり……?」
すっかり見惚れてしまっていたらしく、ゆかりが困惑していた。あかりは慌てて「何でもないです!あ、荷物片付けてきますね!」と言い残してあたふたと部屋へ戻っていった。
私も手伝うか、と考えたゆかりが追いかけて2階に上がろうした時、宿の扉がギィと軋みながら開いた。
「こんな朝から申し訳ない、隣町のものなのだが……おや、君はもしかして」
胸当てをつけた銀髪の少女がズカズカとゆかりに近づく。唐突な出来事にゆかりはその場に立ち尽くすしかなく、気付けばその少女に壁に追い詰められていた。
「異世界から来たというのは貴様か」
「えっ、あ、はい」
「それは日本で間違いないか?」
「は、はい」
「なるほど……元の世界へ戻る算段はあるのか?」
「まぁ、はい」
ゆかりは聞かれたことに正しく簡潔に答えていく。異世界という単語や日本という単語が飛び出していたが、もしかするとこの世界では異世界から転移してくる者は結構多かったりするのだろうか。
「コホン。いきなりすまなかったな。単刀直入に言おう」
少女は一歩下がり、凛々しく笑顔を見せた。
「私も日本に行かせてくれないだろうか!」
「……で、それがこの騎士さんってわけですか」
きりたんがまじまじと少女を観察する。正座する銀髪の少女を囲うように、ゆかりたちは立っていた。
「騎士さんではない。私は黒朱乃宮・セプテントリオーネス・ラ・クロワという者だ。気軽にクロワと呼んでくれ」
「名前なっが!……って、黒朱乃宮?日本人の名前じゃないですか」
きりたんがしゃがんで目線を合わせると、クロワは「ああ」と返事をし、その境遇を語り始めた。
「私はこの世界出身だったが、君たちとは逆に日本に転移して、そのまま向こうで生活していたんだ」
「はへぇ、そんなこともあるんやな」
「びっくりだね。それで、クロワさんはどうして戻りたいんですか?」
「え、普通にこっちより向こうのほうが住みやすいし」
サラッと言いのけたクロワの言葉に一同が「あぁ……」と微妙な反応をする。
「あと、一緒に転移してきた人が日本にいるんだ。電波は届くから連絡は取り合えてたんだが、充電がもうピンチなんだよ」
「なるほど!みなさん助けてあげましょうよ!」
あかりは目を輝かせて皆に呼びかける。断る理由もなかったゆかりたちは快く承諾した。
「そろそろ帰りの足が着くと思うから、荷物まとめて待っといてな」
「ああ、恩に着る……!」
琴葉姉妹は荷物を纏めるべく部屋へ戻っていき、部屋には4人が残った。きりたんは、ずっと疑問に思っていたことをクロワに尋ねた。
「……ところでなぜずっと正座を?」
正座するようになど誰も言っていなかったのに、突然彼女は部屋の中心で正座したのだ。私たちに恐怖でもしていたのかとも思ったが、そんな様子も無い。
クロワはその問いに、何でもないかのように答えた。
「見下されるのは気持ちいからな!」
「……はい?」
『ピンポーン』
ボイロ荘のチャイムが鳴る。手が空いていたセイカが慌ただしく玄関へと駆けていった。
「はいはーい……ってゆかりちゃんじゃん!おかえり!」
「ただいまです」
「旅行どうだった?あ、何かお土産あったりする?」
「土産ですか……」
ゆかりとあかりは微妙な顔をして見合う。
「どしたの?」
「いやその、まぁ……そうですね、じゃあ土産はコレということで」
ゆかりがそう言って後ろを振り返ると、塀からヒョコリと少女が顔を見せた。
「はじめまして、黒朱乃宮・セプテントリオーネス・ラ・クロワと言う者だ!」
「お、女の子のお土産は想定外……かなぁ……!」