8月も終わりを迎え、新学期が始まった頃。中々予定が合わず迎えが来ないクロワは、ボイロ荘の世話になっていた。
「さてと。まだ11時だというのに家事がすべて終わってしまったな」
ただ居候するだけでは迷惑になると考えたクロワは、ボイロ荘のあらゆる家事を担当するようになった。元々当番制だったため反発の声が多かったが、住人には私生活があるため不在の合間に終わらせてしまうという、半ば無理矢理な方法で熟していた。
しかしそんな毎日を続けていたため、間取りや物の配置なども頭に入って慣れてしまい、こうして手持ち無沙汰になることも多くなっていた。
「いやー、早いねクロワちゃん」
「おお、セイカさん。今日は何も予定は無いのか?」
欠伸をしながら気怠げに階段を降りてきたのはセイカだった。クロワはエプロンを脱ぎつつ、部屋着姿のセイカに問いかけた。
「あー、まぁここの管理人くらいしか仕事ないからねぇ。あとは投資してるし、気ままな人生を謳歌させてもらってますよー」
まだ眠気が残っているセイカはふらふらとキッチンへ向かう。そして牛乳を手に取り、コップに注ぎ、一気に煽った。
「ぷはぁー!改めておはようクロワちゃん!」
「うむ、おはよう」
「いやぁ、クロワちゃんが来てくれてから家事が楽だわ。元から上手かったけど、いつもやってたの?」
「ああ。家事は基本私がこなしていたよ」
「はへぇー。私はいつまでもいてもらってもいいけど……クロワちゃんはそうじゃないもんね」
「ああ、そうだな。確かにここでの暮らしも楽しいが、やはり私にはリリンが必要だ」
セイカはリリンという名前を聞いたことがなかった。彼女は気になったので、クロワの正面の席に座りつつ「リリンって誰なの?」と尋ねた。
「リリン……黒朱乃宮・ティンティナーブルム・リリンは」
「ちょっと待って」
「ん?なんだ?」
「え、ティンティ……何?」
卑猥な単語と聞き間違えただけだろう、人名をそんな聞き間違いの仕方をするだなんて最低だな、とセイカは自分を責めた。
「黒朱乃宮・ティンティナーブルム・リリンだ」
「聞き間違いじゃねぇ……!」
満面の笑みで答えたクロワに対し、セイカは何も言うことができなかった。
「で、リリンちゃんが……なんだっけ」
「ああ。リリンは私の大事な家族なんだ。と言っても血は繋がっていないが……セイカさんとここのみんなみたいな関係だ」
「ふーん。そりゃ大事なヒトだねぇ」
「本当は今にでも会いに行きたいのだがな。ユカという魔法少女は行ったことがある場所にしか飛ばせないらしいし、リリンも売れっ子作家だからなぁ……中々私を迎えに来れないようだ」
「私が送るじゃダメなの?」
「良いか悪いかならば悪くはないのだが、迷惑もかけれない。それにここから車でも数時間はかかるんだ。交通費を貰うのも忍びないしな。そんな状況に陥るくらいならいっそのこと殺してもらったほうがマシだ」
「家事してもらってるとはいえ衣食住を提供されてるこの状況は良いってのかよ」
思わずツッコむセイカだったが、クロワは「言われてみればそうだな!」と豪快に笑った。攻めるつもりもなければ、むしろクロワの本心を察したセイカは、優しく微笑んで頭を撫でることしかできなかった。
「ま、気が済むまではうちにいなよ」
「セ、セイカさん……!」
感極まるクロワだったが、泣き出したりはせず、ガバっと立ち上がったかと思えばおもむろにシャツを脱ぎ始めた。
「私を辱めてくれ!」
「なんでそうなんのさ!」
「こんな……こんな弱い騎士なんて、辱められた後に無惨に殺されるべきなんだ……!うおおおおお!!」
「いったん落ち着けくっころ騎士!ゆかりちゃんから話は聞いてたけど実在したんだねこういう子って!」
号泣しながら必死に脱ごうとするクロワとひたすら焦るセイカの取っ組み合いはその後も続き、2人が疲れ果てた頃には12時の鐘の音が街に響いていた。
「はぁ……はぁ……クロワちゃん、お昼にしよう」
「ああ……そうだな……本当にすまない……私が作るよ」
フラフラな足取りでクロワはキッチンに向かう。昼食の材料を確認すべく冷蔵庫を開けようとした瞬間、キッチンにぽつんと置かれた1つの弁当箱が目に入った。
「ん?おや?」
「どーしたのクロワちゃん」
「いや、弁当箱がここにあるんだ。これはおそらくゆかりのものだろうな」
「あちゃー、マジか。さては今日みんな起きるの遅かったな」
セイカの読みは当たっており、ゆかりたちはこぞってギリギリの時間に目を覚ました。各々が弁当をかばんに詰め込んだ中、一番最後に目を覚ましたゆかりだけが詰め忘れてそのまま家を出発してしまったのだ。
「皆が出発するときに私がトイレに籠もっていたせいで……!」
「まぁまぁ。とりあえず私が届けてくるよ」
「いや、私が行こう。そもそも洗い物をしていた時に気付かなかったのも相当やばいと思う」
「あ、うん。そう言われると確かにそうだね。何で気付かなかったの」
「……くっ、殺せ!」
「普通に見落としてたのね……いやまぁ一回キッチンに行った私も言えた義理じゃないけど」
セイカはおもむろに席を立ち車の鍵を手に取った。
「クロワちゃん、一緒に行こう。私が運転するから学校に着いたら届けるのはお願いするね」
「……!ああ、わかった!」
こうして頼れる(?)大人2人は家を飛び出した。
「やばい……弁当忘れてる……」
「あら大変!ゆかりちゃん、ずんだ餅食べる?」
「いりません。購買でなんか買って食べますよ」
ゆかりが席を立ち廊下へ出た瞬間、急いでいた女性と少女漫画の如くぶつかってしまった。
「いたた……ってクロワさん!?」
「ん?あ、ゆかりじゃないか。ほら、忘れ物だ」
手には可愛らしいナフキンに包まれた弁当箱があった。ゆかりはパッと明るい笑顔を見せて、その弁当を受け取る。
「ありがとうございます、クロワさん」
「ふふっ、騎士として当然のことをしたまでさ」