とある日の昼休み。ゆかりの視線は机上のスマホに向けられていた。いつものようにずん子が隣にやってくる。
「なにしてるのー?」
「音ゲーってやつです」
答えながらダダダと画面を指で叩く。ずん子は「私やったことないや」と言いながら隣に座った。
「私もやったことなかったんですけどね。なんか新しくリリースされたらしくて……キャラが可愛かったんでやってみてるんですよ」
「へぇー。どの子が好きなの?」
プレイが終わったらしく、ゆかりは「ちょっと待っててくださいね」とキャラクターを探し始めた。
「この子です、この子」
「わ、かわい〜」
画面に映っているのは金髪のツインテール少女。自分が好きなキャラを褒められて悪い気になるはずもなく、ゆかりは外では珍しく熱くなった。
「そうなんですよ。見た目も可愛らしいんですが、性格もパワフルだけど弱い一面もありつつで忙しい子で……それでいて歌声がかっこよくてほんとに素敵なんですよ」
「饒舌なゆかりちゃん久しぶりに見たかも」
ハッとするゆかりだったがとき既に遅し。周囲から物珍しい視線を向けられていた。ゆかりは顔を赤くしつつ、普段通り刺々しいオーラを纏い始めた。
「ゆかりちゃんってなんで外ではそんな感じなの?」
「まぁ、話しかけられたくないんで……それに、いちいち名前と顔を覚えたりするの苦手なんですよ」
「あー、私も覚えられるまで時間かかったもんねぇ」
マキを通して知り合った2人だったが、初対面は最悪だった。
ずん子はマキから「ゆかりんは無愛想だけどいい子だよ」と聞いていたが、実際に会うと睨んでくるし態度も悪いしで、その後もぎくしゃくとした期間は長く続いていた。ここまで打ち解けたのもここ2年ほどである。
「じゃ、私はこのゲームに戻るので」
「私はいつも通り横から茶々入れるねー」
この時のずん子は知る由もなかった。この後訪れる悲劇を。
翌日。
「おはよー。あれ、今日もそのゲームしてるんだね」
「はい。私はまだハードモードをクリアするだけで精一杯なんですよね」
「それじゃだめなの?」
「もう1つ上の難易度もありますし、プロはフルコンボだけでなくオールパーフェクトもしてるらしいんですよ」
「よくわかんないけどすごーい。ゆかりちゃんも目指すの?」
ゆかりは鼻で笑い、首を横に振る。
「まさか。私なんかがその域に到達できるわけが無いでしょう」
「そっかぁ」
その日のずん子は、このゲームにハマってるんだなぁ程度に思っていた。
さらに翌日、昼休みの時間。いつものようにゆかりに近寄ると、今日も同じゲームをしていた。
「今日も精が出ますなぁ。ずんだ餅食べる?」
しかし無反応。画面に集中しきって聞こえていないようだ。
「ちぇー、無視かぁ。ま、終わったらまた聞けばいっか」
真剣な眼差しのゆかりを眺めながら、ずんだ餅を貪る。その日も何事もなく終わりを告げた。
1週間後。ずん子が登校していると、珍しくマキの後ろ姿を見かけた。一緒に登校できると目を輝かせ、急いで駆け寄る。
「おはよー……ってわぁ!?」
ずん子が近付くと、そこには珍光景があった。あかりがゆかりをおんぶしながら歩いているのだ。
最初は体調不良かと心配したが、よく見るとゆかりの手にはスマホが握られていた。
「あ、ずんちゃんおはよ」
「お、おはよ……ゆかりちゃんどうしちゃったの?」
恐る恐る尋ねると、マキは「あー」と頭をかきながら苦笑いを見せる。
「なんか最近ゲームにハマってるらしくてさ。ずっと画面ばっか見てて。あかりちゃんはあかりちゃんでゆかりんに激甘だからあんなふうにしててさぁ」
「ああいうのを見れるのは嬉しいけれど、心配よねぇ〜」
マキの説明にそらが混ざる。ずん子はそらにも挨拶をして、改めてゆかり達を見た。
もし私が休み時間に程々にするように言っていたら変わったのだろうか。そう考えたずん子は使命感に燃えていた。
「……私がなんとかしてみせるよ!」
「ほんと?無理はしないでね?」
「あらあら、頼もしいわぁ〜」
マキとそらはそう言っていたが、内心(むしろずんちゃんが動く方が心配なんだけどなぁ)と思っていた。
「ゆかりちゃん!」
昼休み。ずん子は、指サックまで付けて音ゲーに勤しむゆかりに大声を浴びせた。しかし反応する気配はない。よく見るとイヤホンを付けていたのだ。
「は、な、し、を、き、けー!」
ずん子はイヤホンを奪い取り、窓の外に向かって腕を大きく振り下ろした。
「ちょ、えええ!?いずん子さん何やってるんですか!?話聞かなかった私も悪いですけど、外に投げるのはさすがにヤバいですって!」
「話聞こえてたんなら返事しなよ」
「あ。……てへ」
ずん子はチョップをお見舞いした。もちろん本当は投げておらず手に持ったままだったので、ふくれっ面のまま手渡した。
「ゆかりちゃん、ほどほどにしなよ」
「頭では分かっているんですが、身体が勝手にですね……」
どうやらその場しのぎの嘘というわけではなさそうで、ゆかりは申し訳なさそうな顔をしていた。本人も罪悪感を抱いているのなら辞める手伝いをしなければ、とずん子は固く決心した。
「身体が勝手にやっちゃうんだよね?じゃあ身体が別のものを求めたらいいよね?」
「へ?……いや、いやいやまさか」
ずん子の言葉にゆかりは焦りを隠せなかった。嫌な解決策が脳裏をよぎったからだ。ゆかりはそのまま後退りするが、それより大きな一歩でずん子が詰め寄る。両手にはいつの間にかずんだ餅が握られていた。
「あのー、ずん子さん?せめてもう少し別の方法をといいますか……」
「んー?何も聞こえないなぁ」
「イヤホンしてないでしょーがあなたは!こ、こっちに来ないで!やめてっ……うぎゃああああ!」
「ねぇ、ずんちゃん。ゆかりんが治ったのはいいんだけどさ」
「うん」
「毎食後にずんだ餅食べるようになったの何とかして治せないの?」
「無理だね!」
「マジかよ」
その後ゆかりは1週間かけてずんだを身体から抜き、ようやくいつもの生活に戻れたのだった。