「ゆかりんのおっぱいいつになったら大っきくなるのかねー」
言い終わる前にマキの視界は暗闇に包まれ、顔面と後頭部に衝撃が走った。
「確かに私も悪かったけど、飛び膝はよくないよゆかりん。ほら頭のあちこちから血が出てるじゃん。出血大サービスしちゃってるよこれ」
「なんでマキさんは定期的に私の胸の話をするんですか」
ゆかりは怒り半分呆れ半分に、マキの戯言を無視して質問する。雑な扱いを受けているが気にせずマキはニヤッと笑った。
「いやまぁ、なんだろうね。定期的にいじりたくなるっていうか。いつか大きくなったらいじれないなって思うとさ」
「そんな日は来ないので今後しないでください」
「自分で言っちゃうんだ……夢持とうよ!」
夢も希望も捨ててしまったゆかりを見て、マキは嘆く。そんなやり取りをしているとそらさんが階段から降りてきた。
「二人とも、声が大きいわよ〜。マキちゃん、大きいのは胸だけにしときなさい」
「プッ……言われてますよホルスタインさん」
「あっゆかりんこんにゃろー!」
「なんですか!やってやろーじゃねぇですか!こんにゃろ!」
「あらあら……」
ゆかりとマキの取っ組み合いは1分も経たずしてゆかりの体力切れで決着がついた。その間にそらはお茶の入ったペットボトルを持って自室へと戻っていった。
息が整うのを待ち数分後、ゆかりはうつ伏せになりながら呟いた。
「おっぱい大きくても良いことないですよね」
「いや無いことは……うーん……あんまり無いかも」
「つまり胸のない私は最強なんですよ、ふふふ」
「あーあ、ゆかりん壊れちゃった」
会話が途切れてそのまま数分が過ぎ、今度はセイカが帰宅した。
「ただいまー……って、二人とも何やってるの?」
「おっぱい戦争の末敗北を噛み締めているのだよ……」
「両者敗北です……戦争……良くない……」
「なんだかよくわからんが元気なら良し!」
ゆかりは(これが元気に見えるならセイカさんの目は節穴だ)と思ったが声に出す元気もない。
「なんの話してるんですかー?」
今度はあかりが階段を降りてきた。ゆかりは――否、ゆかりだけでなくマキとセイカも思った。
(
刹那、アイコンタクトによる3人の超速会議が開かれた。それは現実世界で言う1秒にも満たないが、彼女たちにとっては数分の出来事だった。
『あかりちゃんってめちゃくちゃ純粋そうだしやめたほうが良いと思うんだけど』
『私もセイカさんに賛成ですね。第一私のこういう情けない話を知られたくないと言いますか』
『いやゆかりんはその体制の時点でもう手遅れ感あるけどね?』
『マキパイは黙っててください』
『初めてつけられたんだけどそんなあだ名!?』
『まあまあ、あかりちゃんに会話内容を言わないってのは満場一致なんでしょ?じゃあ次はどう誤魔化すかを話し合うべきだわ』
『普通にいつも通り私たちが喧嘩してたではダメなんですか?』
『喧嘩してる奴とは思われてもいいんだね、ゆかりん……でもそれって喧嘩の発端聞かれたらどうしょうもないんじゃない?』
『じゃあ2人がプロレスごっこしてたのを私が目撃したってのは?』
『私がダメなんですかね、言い回しが余計にやらしく聞こえてしまいます』
『私はそんなことないからゆかりんの思い過ごしだと思うよ?』
マキがツッコミを入れたとき、彼女たちの集中力は限界を迎えた。スローモーションだった世界が、正しい流れに落ち着く。
突如 、1秒の沈黙。結論を先急ぎ、誰がどう動くかを考えていなかったのだ。その中でも唯一、周囲を確認するまでもなく行動を決めた者が1人。
(なっ……!ゆかりんが、完全に床に突っ伏している!?)
結月ゆかりには確信があった。『何もせずとも仲間が勝利へと導いてくれる』という、友情への確信が。
マキはゆかりを見て、友情の素晴らしさに涙を堪えた。ここで泣いてしまっては、ゆかりの努力が水の泡だからだ。
(あとは私とセイカさんで息を合わせれば――)
セイカを目視した瞬間、マキの涙は引いていき、その代わりと言わんばかりに冷や汗が頬を伝う。
セイカは目を閉じ、集中していた。集中力が切れた今、大したこともできないはずだ、そう誰しもが思った。しかし、それは間違いだった。
(セイカさんの口元……はっ!生クリーム!?)
セイカは友人と遊びに行っただけではない。帰宅の途中に、クレープ屋さんで特大クレープを食べていたのだ。これにより糖分の補給も万全、朝から何も食べていないゆかりや健康に気を使ったメニューのマキとは比べ物にならない思考速度を叩き出した。
(この状況は沈黙こそが最も恐ろしい!余計な勘ぐりを入れる隙間が生まれる!とすれば私かマキちゃんが現状を伝えるべきだけど、当事者のマキちゃんより傍観者の私が説明したほうがそれらしく見える!それに、もし被ったとしてもどちらかが譲れば嘘の記憶をあかりちゃんに差し込むことができるっ!)
そして、セイカは口を開く。思考能力が落ちたマキは、仲間を信じ、口を噤む。たった2秒しかしとても長い2秒に、終止符が打たれる。
「あのねっ「あらぁ?まだ胸の大きさで揉めてるのかしら?」
沈黙を破ったのはセイカだった。セイカが叩き出したのは、最善の手だった。だが、それ以上に運命は残酷で、突拍子もないところからやってくるものだった。
「む……ね?」
「あのね、マキちゃんったらゆかりちゃんが胸小さいの気にしてるのにイジったりするのよ。と言っても、ゆかりちゃんもじゃれ合ってるときは楽しそうだし、止めたりしないんだけどね〜」
「むね……おっぱい……」
あかりは衝撃を受けていた。この優しい人たちでも、可愛らしい人たちでも……そんな人たちでさえ、おっぱいの大きさを気にするのかと。
あかりは下に目をやる。つま先は見えなかった。
床に倒れたゆかりを見る。苦もなくうつ伏せになっていた。
あかりは結論にたどり着く。
「ゆ、結月さん!えっと……どんまいです!」
ゆかりはその日、晩御飯の時間まで微動だにしなかったのだった。