「今年は参加しなよ!」
「うっ……朝っぱらから……寝かせてくださいよ」
10月某日。曜日は土曜。本来午後に起きていい日なのだが、今日に限っては違った。ゆかりはマキの言葉に嫌悪感を抱きつつも気怠げに身体を起こした。
「はぁ……ま、起きますけど」
「起きますけどじゃないよ!起きなきゃなんだよ!」
そう、本日は文化祭だった。既にそらもあかりも登校の準備はできており、残るはゆかりのみ。早くに目を覚ましたマキが起こしに来たというわけだった。
「着替えるんで出てってください」
「はいよー。あかりちゃんなら見せそうなのにね」
「んなわけあるか!出てけバカ!」
赤面して怒鳴るゆかりを見てマキは退散する。ゆかりは深くため息をつき、身支度を始めた。
◆
「聞きましたよゆかりさん。去年は参加してなかったらしいですね」
「うっ……」
ジトーっと見つめてくるあかりに、ゆかりは思わず顔をしかめる。マキにはいくら言われても何ともないが、あかりから言われたら良心が痛む。ゆかりは気まずそうに笑って「ごめんなさい」と軽く謝った。
「これからは毎年行くんですよ。私もいるんですから」
「あかりさん……」
「あの、イチャイチャしてるところ悪いけどそろそろ出なきゃ電車に乗り遅れるよ」
マキの言葉にハッとしていそいそとカバンやリュックを手に取る。「あらあら」と余裕そうに笑うそらだったが、こちらもマキに「いや早く支度しなよ」とツッコまれるのだった。
◆
「ゆかりちゃんおはよ!」
「うわっ、びっくりしたぁ……なんですかその格好」
なんとか電車に遅れず時間通りに教室に到着したゆかり。するとそれを目にたんこぶを作り血まみれなずん子が出迎えた。
「いやお化け屋敷なんだからあたりまえでしょ」
「ケガのメイクはいいんですよ。服について言ってるんですよ」
「え、これ?」
ずん子はその場でクルンと一回転する。一周どこからどう見ても楕円。ずん子の服はずんだ餅そのものだった。
「ちゃんと本物じゃないよ!安心してね!」
「そこは心配してないんですけど」
呆れつつリュックを置きその場に座る。ずん子も隣に並んで座ろうとしたが、ずんだ餅がつっかえて上手く足を曲げれなかった。何度か試しても無理だったので諦めて立つことにした。
「ゆかりちゃんはお化け役はしないんだっけ」
「驚かせるのとか苦手なんで、外回りです」
「そっちも苦手そうだけどね」
「なんだと!失敬な!」
「どうせ消去法なんでしょ?」
「は?何を当たり前のことを」
「うわぁ謎に自慢げだ……怖」
そうして駄弁っていると担任が来て、軽い注意事項を話し、役として残る人間だけあとで来るようにと言って去った。
ゆかりはずん子に激励の言葉を残し教室をあとにする。
「さてと……そろそろ始まるんだけど、どうしたものかねー」
廊下を見渡してみると2人組、あるいは3人組の生徒たちをチラホラ見かける。それに対しゆかりは1人。居心地の悪さを感じつつ、看板を脇に抱えて歩いていくのだった。
◆
「やっすいよー!あ、ゆかりんじゃん。やっほー」
文化祭が始まり騒々しさがより増す。ゆかりが人を避けて避けて歩いていると、赤のクラスTシャツを着たマキがいた。マキの声は通りがよく、談笑に花を咲かせる生徒たちの中にも彼女の客寄せに目を奪われる者もいた。ゆかりも釣られた1人である。
「ど、食べてく?うちのチョコバナナ」
「えー、じゃあ1つ。はい」
「まいどー」
金券を2枚手渡し、店内(教室内)へ招かれる。渡すのは中には行ってからのほうが良かったな、とゆかりは考えた。
マキはゆかりから受け取った拳を箱に納め、チョコバナナを一本手に取った。
「はい、ありがとーございまーす」
「こちらこそですよ。美味しくなかったら星1つけるんで」
「文化祭にレビューはないよ!?」
「そうなんですね。ではでは」
「あ、うん。気をつけるんだぞ」
トボトボと歩いていくゆかりの背中を見て、マキは心配そうに唸る。想像以上にゆかりの気分が沈みきっていた。マキはせっかくの文化祭を楽しんで欲しかっただけで、無理矢理苦しませたかったわけではない。
必死に打開策を考えた結果、マキはスカートからスマホを取り出した。
「よし、あかりちゃんに連絡するかー」
マキがあかりにミッションを課していることなどつゆ知らず、ゆかりは階上へと向かっていた。
(目的もなくフラフラ歩くくらいなら、知り合いの店に寄ってったほうが幾分かマシですよ、ええ)
この学園は文化祭で火の使用許可が降りるのは3年生のみとなっており、そのため3年生は基本的に屋外で屋台を開いている。
だが、そんな中ぽつんと1クラスだけ小物の展示をしているクラスがあった。
「ゆかりちゃん、こんにちはぁ。……あかりちゃんとは一緒じゃないのねぇ」
「いやいや、あの子は優しいし明るいから人気じゃないですか」
「まったくもぅ……ま、来てくれて嬉しいわ」
ここはそらのクラスだった。教室にはそらとその他数名のみ。廊下にも人気は無く、閑散としていた。しかしながら展示されている小物はどれも美しく、隠れ家的な雑貨店と妖しい店主の組み合わせかに思える。
「店員さん、これください」
メッセンジャーバッグを背負った少女がそらとゆかりの間に入る。ゆかりは邪魔になっては悪いと立ち去ろうとしたが、その少女に既視感を覚え足を止めた。
「……って、宮舞さんじゃないですか」
「ん?おお、これはこれは。奇遇だね、ゆかりちゃん」
フッとキザに微笑んだのは宮舞モカ。マキが働く喫茶店の常連客。そらが「あら、お知り合いなの〜?」と気の抜けた声で尋ねていたのでゆかり達が知り合った顛末を簡単に説明する。
「あらあらぁ……あそこで帰るんじゃなかったわ」
「え、尾行してたんですか」
「なんのことかしらぁ?」
「どうしてだろうね。そらちゃんとまともに話すのは今日が初めてなのに、すごく怖く見えるよ」
ゆかりは気にするのもバカバカしいと思い、話題を変えるべく机に置かれた商品に目をやった。
「これなんでしたっけ。お亀じゃなくて……オメガじゃなくて」
「それを言うならカメオかな」
「あ、そうです。それです」
モカはそれを持ち上げてまじまじと見つめる。
「カメオの壁掛け……しかもこの出来栄え。すごいね」
「うちのクラス、美術が得意な子が多いのよぉ。だからそんな商品もあるのよぉ」
「にしてもクオリティが高過ぎやしないかい?これを作った人を教えてほしいのだが」
「たしかに、ど素人な私でも凄いってのはわかります」
「これは
「ああ、頼んだよ。っと、料金を支払わないとね。金券何枚分だい?」
「15枚よ」
教室の空気が凍る。といっても他の客は既に退店しており、この場にいるのは3人だけだが。
「えっと、なるほど?」
「15枚よ」
「ほんとに?金券って一枚で100円なわけで……」
「15枚よ」
「モカさん、聞きすぎてそらさんが『15枚よ』ボットになってます」
「ま、まぁそれでも安いか……背に腹は代えられない、払うよ」
モカは「これは買って後悔しないだろうしね……」と付け加えて金券を15枚差し出し、商品を手に取った。それを見つめる表情はさながら恋する乙女だ。
「いたいたー!……って」
「探しましたよ!……ありゃ?」
モカがカバンに丁寧に商品を入れようとしていたところに、タイミングよくマキとあかりがやって来た。しかし2人もゆかりとモカが共にいるとは思っていなかったようで、素っ頓狂な声を出していた。
「まぁ2人ともいるならちょうどいいや。ちょうど私のシフト終わったからさ、一緒に回ろーよ」
「ですです!ゆかりさん、めいっぱいたのしみましょ!」
グイッと距離を詰め、あかりはゆかりの両手を取る。屈託のない笑みにゆかりの憂鬱な気分は吹っ飛んだ。
「そうですね、楽しみましょうか」
「いきましょー!」
「ふふっ、ご来店ありがとうねぇ。モカちゃん、ゆかりちゃん、またお話ゆっくり聞かせてね〜」
ゆかり達を見送るそらに軽く手を振り返し、4人は教室をあとにした。
「……あーあ。私も見たかったわぁ、あの子たちのデート」
「私1人でも店番は可能です。そら様も私にここを任せてよいのですよ?」
「デートを見るのも、ここで暁記ちゃんと話すのも、どっちも同じくらい大好きなのよ」
「おや、そら様はお褒めになるのがお上手で」
「別にお世辞じゃないわよ〜。ところで、さっきはどうして隠れていたのかしらぁ?」
「……面と向かって褒められるのは恥ずかしいな、と」
「あ、こっちに顔を向けないと思ったら私の言葉で恥ずかしがってたのね……」