「だーもう!なーんで毎回ここでミスるかなぁ私!」
3月某日。春休みを利用してゆかりは昼間からゲーム実況の配信をしていた。
プレイしているのはレースゲームで、ショートカットをしようとするたびに同じ場所でミスを繰り返し、フラストレーションが溜まりに溜まっている状態だった。
「視聴者さんコメントくださるのはありがたいですけど煽らないでください、爆発しますから」
怒らないようにと抑えたせいか、むしろ含まれた怒気が強調され、静かに震える怒り方をしているように見える。
そんな状況はつゆ知らず、1人の少女がゆかりの部屋にやってきた。
「結月さん、今いいですか?」
「えっあっ!?鍵閉め忘れたヤバい!みなさんちょーっと待っててください!」
あかりの声にコメント欄は騒然。『紹介して』『今の誰?』と声の主に言及する者や『友達いたんだ笑』『ゆかりんってマジでJKだったんだね』とゆかりを煽る者もいた。
色々と思うところもあったがゆかりはまずミュートにして、配信待機画面へ切り替える。そして、深呼吸をしてからあかりの方へ顔を向けた。
「ごめんなさい紲星さん、今ちょうど配信中でして」
「結月さん実況配信やってたんですね、知りませんでした……ほんっとうにごめんなさい!」
「あーいや気にしないでください。部屋に鍵かけてなかった私も悪いので」
ゆかりとしては本当に気にしておらず、むしろ自分の不手際であかりの声を全世界に配信してしまったことに負い目を感じていた。だが、あかりも同様にゆかりの配信を邪魔してしまったことに負い目を感じていたのだった。
「なにかお詫びさせてください!」
あかりは勢いよく頭を下げる。ゆかりは焦りながら「顔を上げてください!」と返す。
「本当に気にしないでください!ほんとうに!」
「で、でも……」
あかりは顔を上げ、ゆかりのパソコンを指差す。ゆかりは一瞬何を指差しているのか分からず固まったが、視線の先を追ってモニターに映るチャット欄を見た。
「えっと……『一緒に実況したら?』、『責任取れゆかり』、『あくしろよ』……って、まさかこれ……!」
急いでマイクの状態を確認する。さっきミュートにしたはず、そう思ったゆかりだったが、どうやら急いでいた事もありミュートボタンをちゃんと押せていなかったようだ。
「〜〜っ!えっと、その……一旦今日の配信は終わりますね」
端的にそう言って枠を閉じる。ミュートミスの二の舞を恐れたゆかりは、しっかりと配信が終了している様子を確認してから深く息を吐いた。
「ごめんなさい紲星さん、ちょっとばかしお話しませんか」
配信騒動から数分後。ちゃぶ台を挟んでゆかりとあかりが正座で向き合っている。その間を取り持つかのようにマキがいた。お互いが真剣なまなざしで見つめ合い、部屋には緊張の空気が張り詰めていた。
「紲星さん、まずは私が鍵をかけてなかったばかりにこんなことに巻き込んでしまって申し訳ございません」
「あ、頭を上げてください!元はといえば返事を待たずに部屋に入った私が悪いですから!」
「私的には、ゆかりんは『鍵をかけていなかった』、あかりちゃんは『返事を待たなかった』で、双方に悪いところがあったというのが落としどころだと思うよ」
マキが呼ばれた理由の1つはこれだった。お互いが自分が悪いと譲らず硬直してしまったため、ひとまず中立で物事を判断する人物が必要だとして呼ばれたのが彼女だったのだ。
「私的にはもうお互い謝ってるんだからこれで終わり、でいいと思ってるんだけど……ゆかりんの方は視聴者への説明があるからねー」
その言葉にゆかりがビクリと反応する。これがマキが呼ばれた理由の2つ目、ゆかりの『あかりと一緒に実況をしたい』という願望の手伝いのためだった。この報酬はゆかりが大事に取っておいたデザートのプリンの献上だ。
(人見知りの私でも紲星さんとは結構話せるし、少しずつ仲良くなれてる……!申し訳なくは思ってるけど、どうせならこの機会にもう少し距離を縮めたい!)
ゆかりは改めてあかりと目を合わせ、懇願した。
「私と紲星さんの関係性の説明だけとかでも良いので、少し配信に登場していただけないでしょうか……!」
ゆかりが見せたそれは、人類史に残り得る、完璧な土下座だった。しかしあかりはそんなことを気にしている様子はなく、2つ返事で「そんな事でいいのなら!」と答えた。
「えー、ということで今回のゲストは同居人のキズナちゃんです」
「どうも、はじめまして!紲星あかりです!」
「ちょっフルネーム言っちゃうの?」
「結月さんもフルネームなんですから、私も見習わないとなと思いまして!」
同日夕方。配信事故より数時間が経過した頃。配信に登場した少女の紹介ということで急遽配信を始めたゆかり。
告知もしていなかったのだがどこからともなく現れた変態紳士たちのせい(おかげ?)で同接は過去最高の人数を叩き出していた。
「彼女はマキさんと同じく私と同居しておりまして、最近来たばかりの子です」
「マキさんもこのチャンネルに出てるんですね」
「まぁ腐れ縁ですしね。昔の方だと結構な頻度で手伝ってもらってました。今は年に2、3回節目にゲストとして来てもらっているくらいですかね」
「なんだか芸能人みたいですごいですね!」
「いやいや、言い過ぎですよ」
会話内容があかりの紹介から雑多へとシフトチェンジしていくと、あかりへの質問コメントが複数流れてきた。それはゆかりの目にとまり、本来の目的を思い出させた。
「っと、では紲星さんの詳しい紹介……は個人情報になっちゃうので、まぁ同居してる私の後輩という認識でお願いします」
「お願いします、です!」
ゆかりは質問を見て悩んでいた。ちゃんと目は通していないが女性配信者への質問なのだから、ろくでもない質問が少ないに決まっている。そう決め打ちしていたゆかりは、質問コーナーをするか否か決めかねていた。
「あれ、私への質問いっぱい来てますね」
「あっ、そ、そうですね」
しかしゆかりの心配はよそに、あかりがコメント欄を読み上げていく。
『いくつ?』
「秘密です。結月さんよりは下です」
『胸は?』
「ノーコメントで」
「紲星さんになんて質問してるんですか!」
『マキちゃんみたいに一緒に実況するの?』
「結月さん、私やってみたいです!」
「なら今度やりましょうか」
「やったぁ!」
流れで決まってしまったが良かったのだろうか。
『なんで2人とも苗字で呼びあってんの?笑』
「「……」」
2人はお互いの顔を見合う。ゆかりは緊張し、あかりは照れていた。
(人見知りがいきなり下の名前呼びできるとお思いで?)
(ゆ、ゆかりさん……ああだめ!恥ずかしい!)
「「しばらくは名字呼びでいかせていただきます!」」
耐えきれず2人同時にそう叫ぶのだった。
一方、自室にて2人の配信を見守る弦巻マキ。
「2人ともやれてそうだね、うん。……にしても名前呼びってそんなにハードル高かったっけ」