琴葉茜は住宅街を歩いていた。今日は東北家に顔を出しに行こう、そう思って家を飛び出したのはいいものの行ったところでずんだ餅が大量に提供されるだけだなと思い、意志が揺らいでいる最中だった。
「んー……行くか行くまいか……」
茜は頭を抱えながら道を曲がる。曲がった先には地面に伏した熊と1人の少女がいた。
ピンク髪の少女は大きな剣を携えており、刃には血が滴っていた。
「あれ、見つかっちゃったのです?」
「あかんこれ見たらだめなやつやん。この際だからもう全部言ってまえ。なんで町中に熊おるんや。なんで町中でこんな大剣持っとる女の子がおるんや。なんでうちはこんな目に遭わなきゃだめなんや」
「いや殺さないのですよ?落ち着いて欲しいのです!」
「あ、なんや助かるんか。ほな……」
少女の言葉にホッとして茜はその場を去ろうとする。が、茜の肩をつかんで引き留める。
「これも何かの縁!一緒に熊鍋食べるのです!」
「いやうちはこの後予定が」
「食べるのですーっ!!」
「あっはい、そっすね」
ギラつく刃が目に入り、怯えきった声で答えながら従うしかなかった。
◆
熊を引きずり向かった先は、民家の庭だった。おそらくこの少女の家の庭なのだろう、茜はそう思った。
「で、なんで町中で熊を掻っ捌いとったんや?」
「はい!くまさんを見かけたからなのです!」
元気に返事をしながらテキパキと肉を切り分けていく。手慣れている様子を見た茜はより困惑した。
「最近は町中にも熊さん来るんやねぇ……。そういえばあんたの名前は?」
「はいなのです!私は魔法少女・里石ユカなのです!」
「うちは琴葉茜や。里石は魔法少女なんか?」
「なのです」
「世界は広いもんやなぁ」
茜は魔法少女という言葉を信じていなかった。確かに熊を退治できるほどの力を持っているのだろうが、その力を持っているからこそ思い込んでいるだけなのではないか、そう結論を出した。
「ちちんぷいぷーい!」
指をくるくると回し、ビッと枝に指を差すと火がついた。茜は前言撤回し、彼女は本物の魔法少女だと信じた。
「あ、そろそろ変身とけちゃうのです」
「なんかあかんのか?」
「元の姿に戻ったらド陰キャで話せないと思うのです」
「魔法少女って見た目だけじゃなくて性格も変わるん!?」
「そうなのですよ。あっじゃあ戻るのです」
ユカの全身が光を放ち、茜は思わず手で目を覆う。数秒後、ユカの姿を見ると、先ほどまでのピンク髪はどこへ行ったのか、茶髪の少女になっていた。
「毛量まで変わっとるやん」
「ど、どうもです」
「めっちゃ人見知りするやん。ゆかりといい勝負してるわ」
ユカはおどおどと体を縮こませて茜から視線をそらす。茜としてはあの強引さがなくなった以上ここに残る理由もなかったが、全身に流れる関西の血が『これは面白いことになるぞ』と訴えていた。
「里石、一緒に熊鍋作ろう」
「はい……」
「そんな怖がらんでもええよ。あれ、その制服……箱声高校のやつやない?」
「あ、はい。私そこの3年生です」
「年上やん!うわぁ、めっちゃタメ口で話してました、すみません」
「ああいや、気にしないでください……ほんとに」
「そ、そう?なら話し方戻させてもらうわ」
ぎこちないが、ユカと茜の距離は少しずつ縮まっていた。ユカは血抜きをしていた肉を取り出し、温めておいたお湯へ入れ、下茹でを始めた。
「うちあんま手伝えんくてごめんな」
「いえ。わ、私もネットで調べて見様見真似でやってますから」
「手慣れてるからいつもやってるんやと思ってたわ」
「やってる回数自体はもう5、6回目です、ね……。毎年この時期に町に降りてくるんで……」
「熊そんなにおるん!?」
ユカは「まぁ私がこの世界をずっとやり直してるせいなんですけどね……」と付け加えたが、驚いている茜には届いていなかった。
「普段から料理するんか?」
「いえ、お母さんに作ってもらってます」
「あ、そうなんや」
会話が終わり辺りは静まり返る。パチパチと鳴る焚き火、風に揺れる木々の音。自然たちが気まずい空気ごと消し去っていった。
「そういやここでこんな料理とかしてよかったん?」
「ああはい。こ、ここの人に許可もらってますので」
「ここの人……てことはここ、里石の家やないんか」
「はい。ここは……」
と、ユカが家主について説明しようとすると、ちょうど玄関口の扉が開く音がした。帰宅中に煙に気付いたのか、ドタドタと急ぎ足でこちらへ向かってくる足音が聞こえた。
「ユカさん!また熊捕まえたんですか?」
「おかえりなさい、ゆきさん。今年も熊さんの季節です」
息切れで肩を揺らして呼吸をする、ゆきと呼ばれた白髪の美女。茜は綺麗な人だな、と思いながらじっと見つめていた。
「あら?そちらの方は?」
「えっと、さっき知り合って……開花中の私が連れてきた、えっと、琴葉茜さん……です」
「おじゃましてます」
「琴葉茜……って、琴葉姉妹の!?」
「あー、うちのこと知ってる人か」
茜は照れくさそうに少しニヤける。ゆきは目を輝かせながら庭へと降りた。
「あの、琴葉姉妹っていうのは……?」
「ゲーム実況をしている姉妹なんです。いつも姉妹愛溢れる実況をしていて……特に私は葵さんの大ファンなんです」
「お、葵のファンとは見る目あるやん!」
「えへへへ、まさか本物に会えるとは……」
「というか本名でやってるんですね、琴葉さん」
「まぁな。うちの知り合いも本名ばっかやで」
「ネットリテラシー……」
サラッとなんてことないように出てきた茜の発言に、ユカは頭を抱えた。そんなユカを他所に、ゆきは自己紹介をする。
「っと、失礼しました。私、
「よろしくな、雪」
「はわ、名前呼ばれちゃいました……!」
顔を赤くして「ひゃー!」と喜ぶ雪。しかし喜ぶのもつかの間、鍋がコトコトと泡を吹き始めた。
「あっ、火強すぎたかも……」
「わわ、大変!ユカさん、火弱めるからちょっと離れててくださいね」
雪が鍋に近づき、ユカは茜の方へ向かう。茜はふと疑問に思ったことをユカに尋ねた。
「焚き火を弱めるなんてことできるんか?」
ユカは一瞬キョトンとしたが、すぐに「ああそうですよね」と説明をし始める。
「ゆきさんは忍の村で育ってて、妖術を使えるんです」
雪がふうっと息を吹きかけると、火は一瞬で弱まり、鍋もすっかり落ち着いた。髪を耳にかけ、茜とユカに「また何かあったら呼んでくださいね」と優しく微笑んだ。
「めっちゃかっこいいやん。そうやな……クールビューティーって感じやな」
「ええ。何でも卒なく熟すあの姿……憧れます」
2人の羨望の視線を背に、雪は屋内へと戻っていく。廊下の角を曲がり、庭から見えない位置に着くと、雪はその場にヘタリと腰を落とした。
(あ、あぶなーーーっ!息の調整ミスってたら庭凍ってたよ!めちゃくちゃ緊張したーー!というか憧れとか言われてたけど私そんな有能じゃないからね!?万能じゃないからね!?!?ちょっとカッコつけちゃったし恥ずかしー!あ、でもクールビューティーって褒められたのは嬉しかったかも……えへへへへ)
雪の心境はてんやわんやなのだった。
数時間後。
「熊鍋、葵までお世話になって申し訳ないなぁ」
家には雪とユカ、茜だけでなく、葵の姿もあった。
「良いんですよ。こういうのは人が多い方が楽しいんですし。それに……」
雪は頭を下げる茜に顔を上げるように言いつつ、ユカと葵を見やる。
「それに、私としては葵さんに会えたのもちょっと、いやかなり嬉しいですので」
「それなら良かった。あ、でも今度これとは別に雪と里石にはお礼はさせてくれ。うちがなんでもしたる」
「そ、そんな……!」
雪が遠慮する一方、ユカは葵に詰め寄られて困惑していた。
「熊捌いたんですよね?どこで捌き方知ったんですか?」
「えっと、その、ど、動画とかで独学で……」
「独学!?すごい!というか熊を狩れるってことは免許とか銃とか持ってるんですか!?」
「あ、これナイショなんですけど、免許も持ってなければ銃も持ってなくて……」
「(免許は置いといて)どうやって熊を倒したんですか!?」
ユカは照れながら手を横に出す。すると光の粒子が集まり、棒状になっていく。やがてそれは弾け、手には大剣が握られていた。
「この子を使って、その、斬りました……」
「ま、魔法だ……!」
驚愕する葵を見て、ユカは少し嬉しそうな顔をする。しかし直後に葵の質問攻めに再び苦しめられる。そんなユカに助け舟を出したのは茜だった。
「葵、質問し過ぎや。一旦落ち着き」
「あ、ごめんお姉ちゃん。ごめんなさい、里石さん」
「だ、大丈夫……です」
「押しが強いところは姉妹ですね……」
疲れ切った様子で雪が苦笑いする。結局、お礼の話は断り切れなかったようで、手に持ったスマホには茜の連絡先が表示されていた。
ふと時計を見ると時刻は19時を回っている。お腹もペコペコで、今にも鳴りそうだと思った雪は、切り替えて食べることを提案する。
「っと、このままでは冷めちゃいますね。ユカさんが狩ってきた熊で作った熊鍋、いただきませんか?」
「せやな、じゃあ乾杯の音頭は里石で」
「えっ私ですか!?」
各々がグラスを手に取り、ユカへ視線を向ける。咄嗟に言葉が出てこなかったユカは焦った。
結果、言葉が何も思い浮かばなかったユカが選んだ選択肢は、変身だった。
「あ、変身に逃げたな」「変身!?すごい!」「あはは……」
「それじゃあ改めて、私特製熊鍋パーティってことで!」
「「「「かんぱーい!」」」」
その日、雪の家からは一晩中笑い声が聞こえてきたのだとか。