「結月さん結月さん!今いいですか!」
コンコンと扉をノックし、あかりは言った。ゆかりはヘッドホンを外し「入っていいですよー」と答える。
「結月さん結月さん!」
「そう何度も呼ばなくても聞こえてますよ」
「ごめんなさい!えっとですね、これを見つけたんです」
あかりはスマホを取り出し、ぐいっとゆかりの顔面に近づけた。ゆかりはのけぞりながら画面を見る。そこには自分のチャンネルが表示されていた。
「ああ、私のチャンネルですね」
「はい!結月さんってこんなに有名人だったんですね!」
「まぁ、その……そうですね」
目を輝かせるあかりを直視できなかった。
ゆかりは本名で活動しているが、かと言って自分から「私実はゲーム実況してるんですよ」と言うことはなかった。せいぜい幼馴染のマキが知っていたり、配信事故を防ぐためにボイロ荘の住人に伝えてあったりだった。
そんなゆかりが、羨望の眼差しを向けられたのはこれが人生初だった。恥じらいでむず痒く、平然を装おうにも口角が上がっていく。
「さんな目で見られると少し恥ずかしいです……」
耐えかねたゆかりは下を向いてあかりに言った。あかりは「ごめんなさい!」と謝り半歩下がるが、ゆかりの赤い耳を見て微笑する。
「それで結月さん、私が出た配信なんですけど……ものすごく再生されてるじゃないですか」
「そうですね」
「結月さんは誰かに自慢したりしないんですか?」
「自慢……ですか。する相手がいないといいますか、実況に限らずしたコトないですね」
「じゃあ今からみんなに自慢して褒められにいきませんか?」
「……はい?」
「マキさんとかそらさんに言って回るんです。私はこんなにすごいんだぞーって!」
聞き間違いかと思ったが、どうやら「自慢して回る」という内容は間違えていなかったようだった。断りたいと思っていたが、あかりの圧が強く、ここで断った時露骨にしょんぼりする姿を見る事になると考えたゆかりは、苦悶の末結論を出した。
「……ま、行きましょうか」
「はいっ!」
あかりはの反応はまるで大型犬だ。と、ゆかりは思うのだった。
◆
「なるほどね、それで私のところへ来たわけだ」
「どうですかマキさん!私たちすごくないですか!」
ベッドに座るマキに、あかりは上目遣いで報告をした。マキはその内容に考える素振りを見せ、ニヤりと不敵な笑みを浮かべる。
「いやー私も褒めたいんだけどさー。でもさっき覗かれちゃったしなー、素直に褒めれないなー」
「うぐっ。それは本当にごめんなさい」
マキへ報告する際、気分が高揚していたあかりはノックの後に返事を待たず扉を開けてしまった。あかりが目撃したのは、顔を真っ赤にして恥部を隠す下着姿のマキだった。
「紲星さん、今度から気をつけましょうね」
「はい……結月さんの1件から何も学べておりませんでした」
連帯責任としてゆかりも正座をしていた。あかりに2人の視線が痛く突き刺さる。小動物のように縮こまるあかりを見て、マキは我慢ならず吹き出した。
「あははっ。あかりちゃんはゆかりんと違って反応がいいなぁ」
「私だって可愛い反応くらいできますよ」
「すぐ泣き喚くくせに」
「はぁ!?迷子になって泣いてたのはどっちですか!」
「ゆかりんだよ」
「そうでした私でした!」
喧嘩をふっかけようとしたゆかりは、墓穴を掘り喧嘩すら始まらず撃沈した。その様子を見て、今度はあかりが笑った。
「おふたりは仲がいいんですね」
「幼馴染だからねー。ゆかりんの事一番知ってるのは私だと思うよ」
「私はマキさんのことそんなに知りませんけどね」
「あれ、そうなんですか?」
「私以外にも友達とかいるみたいですし、付き合いは長いですが実際に一緒にいる時間は少ないんです」
「なるほど!」
「最近は私よりあかりちゃんのほうがゆかりんと一緒にいるんじゃない?この前もデートしたんでしょ?」
あかりが来た翌日のデート移行、彼女たちは毎週のように街へ出かけるようになった。マキの指摘を受け、あかりとゆかりはお互いをじっと見つめ合った。
「あれ、2人ともラヴな感じなの?」
「こ、これが……恋!?」
「マキさん、紲星さんに変なこと吹き込まないでください」
「ごめんごめん、違ったかー」
「って!大筋から外れてます!マキさん、結月さんを褒めてあげてください!」
「え、私だけ?」
閑話休題といったふうに話を戻したあかりは、ゆかりを指差していった。その言葉にマキは真剣な顔を見せ、頷く。
「そうだね、ゆかりんをちゃんと褒めたことは無かったかも知んないね。てことで……こほん」
マキはゆかりの後ろに回り込み、ゆかりの頭に手を置く。
「すごいぞゆかりん!登録者30万!切り抜きの総再生は1000万を余裕で超えてる!さすがゆかりん!かわいい優しい面白いの三拍子!こりゃあどんな女もイチコロだーい!」
「テキトーすぎるんじゃぁぁ!」
「うわぁぁぁぁぁ!」
頭をワシャワシャと撫で回していたマキは、気付けばゆかりの頭突きを顎に喰らっていた。
◆
「それで褒められに来たってことねぇ」
「はい!」
「と言っても、申し訳ないけどゆかりちゃんの活動ちゃんとは追ってないからなぁ私」
「私は毎日びぃじぃえむにしてるわよぉ」
リビングにて、マキを除いた4人がテーブルで話している。マキは気絶していたので放ってきたようだ。
セイカはスマホでゆかりのチャンネルを検索し「うおおっ」と声を漏らす。
「やば、想像の1.5倍人気あったわ。ゆかりちゃんすげー」
「想像上の私への評価高くないですか?」
拙い脳を酷使してゆかりは計算し、その結果に困惑した。セイカさんの中の私の像はどうなっているんだ。
「ゆかりちゃんの配信ならあれが好きよ、私」
「どの配信ですか!?私も知りたいです!」
あかりはテーブルに上体を乗せて、向かい側のそらのスマホを覗き込む。
「これこれ」
「あ!歌配信!」
「ちょっと待ってください2人とも」
ガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。ゆかりの中で歌配信は黒歴史も同然だった。歌という単語が出た瞬間から冷や汗が止まらない。
「私も前聞きましたけど、すっごく上手じゃないですか!」
「どうせみんな私が女だから、私がチョロいからチヤホヤしてるだけなんです……!気を使わなくても良いですから……」
「わぁ、捻くれてるわねぇ」
「ゆかりちゃん根がネガティブだからねぇ。……根がティブ」
「マキちゃんいなくてよかったわね、セイカさん」
「いないから言ったんだよ」
嫌いな物はほとんどなく、食べ物に関しては全くの0なマキにも苦手なものはあった。ダジャレである。なのでボイロ荘のルールの1つに『マキに聞かれる可能性のある場面でダジャレを言わない』というものがある。それほどに苦手なのだ。
そしてゆかりの苦手なものこそが『自分の歌声について言及されること』だった。幼い頃から音楽に長けていたマキと共に育ったからか、歌声に劣等感を覚えていたのだ。
「歌枠配信の要望が多すぎたので1回だけと言ってやったはいいものの、歌詞も怪しければ声もブレッブレですし音も外しててうっうわぁぁ」
「結月さんこういうめんどくさいところあったんですね」
「ここ来たばっかりはこんな感じだったよ?」
「卑屈なところあるわよねぇ〜」
「えっ!どんな感じだったんですか?」
当初の目的である『褒めてもらう』をすっかり忘れ、過去のゆかり談義に花を咲かせるのだった。