日本だけダンジョン発生中――政府が検討している間に世界最強になっていた   作:御影 智人

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第13話 戦果とレベルが合わない

 世界同時発生から、二週間。

 ネイサン・ウォーカー大尉は、人生でまさか自分が勤務時間中に「ステータス・オープン」と唱える日が来るとは思っていなかった。

 しかも一度ではない。朝夕二回、記録係の前で言わされる。

 

「Status Open」

 

 何もない空間に半透明の表示が浮かぶ。もう見慣れた──と言いたいところだったが、軍服姿の成人男性が真顔でこれをやっている光景には、いまだ若干の敗北感があった。

 

「LEVEL 2だ」

 

 記録係が端末へ入力する。

 向かいのモニターでは、欧州合同研究センターの研究主任がこちらを見ていた。

 

「次は別の言い方をお願いします」

 

 ウォーカーは眉を寄せた。

 

「まだやるのか?」

「文言依存かどうかの確認です」

「世界を救う研究だと思えば聞こえはいいが、実際にやっていることは四十男に魔法の呪文を言わせる実験だな」

 

 研究主任の口元がわずかに緩んだ。

 

「大尉、四十一歳では?」

「まだ四十歳と十一か月と五日と八時間だ」

「そこまで正確なデータはいりません」

 

 隣にいた隊員が吹き出す。

 次の隊員は「Show my stats」と口にし、問題なく表示を出した。

 さらに別の隊員が、母国語で「自分の能力を表示しろ」という意味の言葉を試す。

 これも成功。

 研究主任は画面越しに頷いた。

 

「やはり“Status Open”そのものが条件ではなさそうですね。表示する意図を持って、それに近い意味を発声すればいい」

 

 補佐官が軍向け暫定マニュアルを書き換える。

 

『推奨呼出語:Status Open

※正確な文言は必須ではない』

 

 ウォーカーはその二行を見て、少しだけ嫌そうな顔をした。

 

「必須じゃないのに推奨するのか?」

「部隊ごとに好き勝手な言い方をされると記録が面倒です」

「ファンタジーを事務処理で統一されるとは……」

「軍隊とはそういうものでしょう?」

 

 否定できなかった。

 異世界小説みたいな言葉が正式文書に載った理由は、神秘でも魔術でもない。

 帳票の都合だった。

 現実とはだいたいそういうものである。

 

 * * *

 

 問題は、呼び出し方ではなかった。

 

「それで、主任」

 

 一通りの確認を終えたウォーカーが椅子へ戻る。

 

「いつまで毎日これを報告すればいいんだ?」

「当面は一日二回です」

「良い知らせじゃないな」

「もっと悪い知らせがあります」

 

 冗談めかして返そうとしたウォーカーは、研究主任の表情を見てやめた。

 画面が切り替わる。

 そこには、彼の部隊を含む複数の部隊の戦闘記録が並んでいた。

 誰が、どのダンジョンへ入り、何体と交戦し、どの程度戦闘へ参加し、どれだけ負傷したか。

 各国軍は世界同時発生の初日から、ほぼすべてを記録している。

 日本発生時に一般人の自己申告が中心だったデータとは、精度が違う。

 だからこそ、見えてしまった。

「第七部隊、昨日までの討伐参加数は?」

 研究主任に促され、補佐官が答える。

「小型種三十一、中型種四です」

 ウォーカーは軽く頷いた。

 自分たちの戦果だ。負傷者は軽傷のみ。悪くない数字だった。

「LEVELは?」

「十二名中、LEVEL 2が九名。LEVEL 3が三名です」

「……それが?」

 ウォーカーには、まだ何が問題なのか分からなかった。

 二週間で二や三。

 ゲームなら遅いのかもしれないが、これはゲームではない。そもそも比較対象がない。

 研究主任が、もう一つの表を並べた。

 日本側の公開データ。

 発生初期、まだ一般人がスコップや角材で戦っていたころの記録である。

「同じ期間で比較すると、日本側の方が明らかに早いです」

 ウォーカーは一度、画面を見た。

 それから研究主任を見た。

 もう一度、画面を見た。

「待ってください」

 嫌な理解の仕方だった。

「つまり、訓練を受けた兵士が自動小銃で組織的に三十五体倒した結果より、日本の会社員がスコップ振り回してた時期の方が育ってる?」

「かなり乱暴な要約ですが」

「合ってます?」

「合っています」

 ウォーカーは天井を見上げた。

「報告書にはその言い方で書かないでください」

「書きません」

「部下の士気に関わる」

 横で補佐官が咳払いした。笑いを誤魔化している。

 十二話の掲示板をウォーカーが見ていたわけではないが、似たようなことを考えた人間は世界中にいた。海外の方が戦果は大きく、装備も訓練も上なら、LEVELだって当然それに比例する──普通なら、そう考える。

 だが、どうやらダンジョンにとっての「普通」は、こちらの常識とは少し違うらしい。

 研究主任は別の資料を表示した。

「もちろん、日本側は自己申告が多い。条件も完全には揃っていません。ですから一国だけなら、データの偏りを疑います」

 次に別の国。

 さらに別の国。

 同じ傾向。

 国も部隊も装備も違うのに、まとめて見ると海外側の成長が鈍い。

 ウォーカーの表情から、さっきまでの軽口が消えた。

「うちだけじゃない?」

「違います」

「測定ミスは?」

「ステータス表示は本人にしか見えないので自己申告ではあります。ただし、各国とも同じ手順で定時確認しています。軍人が全員そろってレベルを低く申告する理由もありません」

「戦い方の問題は?」

 研究主任が日本側の経験値ページを開く。

『戦闘への有意な寄与が必要』

『トドメを刺す必要はない』

『攻撃ダメージは必須ではない可能性』

『寄与の判定範囲はまだ不明』

「日本側の仮説に合わせて再分類しています。攻撃、盾、拘束、救援。海外側も十分に“有意な寄与”をしています」

「じゃあ、何が違う?」

 研究主任は答えなかった。

 答えられないから調べている。

 その沈黙だけで、ウォーカーにも分かった。

 初めてだった。

 世界同時発生から二週間、海外側の対処は驚くほど順調だった。日本の五か月分の情報があり、封鎖も避難も討伐も計画通りに進んだ。

 それなのに、ここへ来て初めて。

 戦果と結果が、噛み合わない。

「……現場では、何を変えれば?」

「まだ変えないでください」

 研究主任は即答した。

「原因が分からない状態で、安全に機能している手順を崩す方が危険です。今まで通りで」

 合理的だった。

 そして、ウォーカーにはそれが少し気持ち悪かった。

 何かがおかしいと分かっているのに、正体が分かるまでは同じことを続けるしかない。

「了解」

 立ち上がりかけて、ウォーカーはもう一度画面を見た。

「原因が分かったら教えてください」

「もちろん」

「できれば、うちの部下がスコップを支給される前に」

 今度は研究主任も笑った。

「最優先で」

 * * *

 通信を終えたあと、研究主任は椅子へ深く座った。

 冗談で済ませられるうちに、原因を見つけたかった。

 机上には各国から集めたデータが並んでいる。討伐数、交戦回数、武器、戦闘時間、負傷の有無、戦闘中の役割、そしてLEVEL。比較材料なら十分すぎるほど揃っていた。

 それなのに、肝心の条件だけが一つ見えてこない。

「日本側の元データを、もう一度洗います」

 補佐官が顔を上げた。

「公開分はかなり確認済みです」

「加工された表ではなく、その前です。動画、投稿時刻、装備、位置関係。取れるものは全部」

「位置関係も?」

「何が条件か分からない以上、切れる項目はありません」

 補佐官が頷き、端末を操作する。

 研究主任は例の非公式Wikiを開いた。

 世界中の研究者や軍関係者が参照するようになった、日本の攻略情報集積サイト。

 公式資料より読みやすく、公式資料にない失敗例まで載っている。

 公的機関としては少々複雑な存在だったが、データはデータである。

 意地を張っている場合ではない。

「Wiki側の元データも必要ですね」

「管理者に照会しますか?」

 研究主任は数秒考えた。

 公開ページだけでは、投稿時の細かい条件までは分からない。

 そして今ほしいのは、まさにその細かい条件だった。

「連絡を入れます」

「こちらから直接?」

「まず研究機関名義で正式に。提供できる元データがあるか確認してください」

 補佐官が了解、と返してメール作成画面を開く。

 研究主任はもう一度、日本と海外の表を見比べた。相手にしている怪物も、ダンジョンの構造も、表示されるLEVELも大きくは変わらない。それなのに、積み上がった数字だけが明確に違っている。

 違うなら、どこかの条件が違う。理屈だけなら腹立たしいほど単純だった。

 問題は、その条件がまだ一つ、見えていないことだった。

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