日本だけダンジョン発生中――政府が検討している間に世界最強になっていた 作:御影 智人
翌朝、午前六時四十二分。
ネイサン・ウォーカー大尉の端末に、州のダンジョン管理局から緊急通知が入った。
『第十四地点。封鎖区域外への魔物流出を確認』
ウォーカーはコーヒーを置いた。昨日まで危険度Cだった郊外の小規模ダンジョンである。次の定期討伐は今日の午前八時。あと一時間少しで、いつもの巡回部隊が入る予定だった。
「現場映像を出せ」
画面には、二重の柵に囲まれた入口が映った。その手前を
「……昨日の報告では、外に一体も出てなかったはずだが」
『今も増えています。入口の奥にも、まだ影が見えます』
「封鎖と避難を優先。うちの即応班を出す」
州兵部隊は管内の複数拠点に分散して待機していた。第十四地点に最も近い班を率いていたウォーカーは、部下に装備を確認させながら車両へ乗り込んだ。
こんなときまで四十一歳の誕生日が近づいていることを気にする余裕は、さすがになかった。
* * *
最初の警報から十一分後。
ウォーカーが現場へ着いたとき、内側の柵は破られていた。幸い、外側の柵と警察の交通規制が時間を稼いでいる。近隣倉庫の従業員も、建物の裏手から避難を始めていた。
「第十四地点、残留する民間人は?」
「確認できた範囲では全員退避中です。道路は閉鎖済み」
「よし。外へ抜けた個体を先に処理する。柵の内側へ不用意に入るな」
隊員たちは遮蔽物を確保し、互いの射線を確認した。つい先日までLEVELの上がりにくさで頭を抱えていた部隊だが、今は少なくとも、未知の魔物を見て立ち尽くす新人ばかりではない。
小型種への対応は手順どおり進んだ。だが、入口から次に出てきたものを見て、ウォーカーは無線を握り直した。
これまでの
この地点では未確認の種で、体格はゴブリンの倍近い。そいつは低く唸ると、外側の柵へ体当たりした。
支柱が大きくしなった。
「大型一体、未知の種! 盾は下げるな。全員、間隔を取れ!」
再び衝撃音が響いた。鉄柵の接合部が外れ、オークが上半身を突き出す。隊員の一人が反射的に前へ出そうになり、ウォーカーは声を張った。
「追うな! 射線が塞がる!」
これまでの小型種より頑丈だったが、撃っても倒れないわけではない。援護班が射撃位置を調整し、数人がかりで攻撃を集中させる。オークは外側の柵を越える寸前で崩れ落ちた。
「対象停止、周囲の小型種も制圧!」
「負傷者は?」
「三名。二名は軽傷、一名は搬送が必要です」
「救護班を回せ。区域の確認が済むまで封鎖は解くな」
三十分後、戦闘は収束した。死者は出ず、避難の遅れによる住民被害も確認されていない。予定していた即応手順は機能したし、想定外の大型種も討伐できた。
結果だけなら成功だった。
ただ、ウォーカーには一つ、納得できないことがあった。あそこまで速く増えた魔物は、いったいどこに隠れていたのか。
* * *
その日の午後、ウォーカーは州の管理局と欧州合同研究センターをつないだ検証会議に参加した。研究主任は画面越しだ。アメリカの現場で起きた事故を、欧州の研究者が指揮するわけではない。今回は各国へ共有される調査に協力する立場だった。
「前回の掃討は六日前。予定どおりです」
管理局の担当官が、作戦記録を画面に出した。
「毎回同じ管理対象範囲へ入り、確認された個体はすべて討伐。一般人の侵入記録もありません」
「監視の欠落は?」
「コンマ二秒弱のノイズが一度。それ以外に記録上の停止はありません」
ウォーカーは椅子の背にもたれた。
「つまり、見張っていた。予定どおり掃除もした。なのに、あの数が出てきた」
「そのとおりです」
「報告書に『なぜか増えました』と書くしかないのか。上官が喜びそうだな」
研究主任は、事故前の巡回記録を開いた。
「未調査の深部がありますね。そこから移動してきた可能性は?」
「否定できません」と管理局の担当官が答える。「前回の探索範囲に大型種の痕跡はありませんでしたが、奥までは確認していません」
「なら、巡回間隔が原因と決めるのは早いな」
ウォーカーが言うと、主任は頷いた。
「はい。ただ、確認したい点があります。過去数回の巡回では、同じ範囲で小型種が少数ずつ見つかっています。今回は同じ範囲から短時間で大量に出てきた。何かが変わったのは確かです」
何が変わったのかを示す直接の測定値は、まだない。魔物が再出現することは分かっていても、増加する速さや、封鎖された内部で何が起きているのかは分かっていないのだ。
「六日間、誰も入っていなかった」
ウォーカーは巡回表へ目をやった。
「その間に増えたのか、奥から来たのか。どっちにしろ、七日でいいと判断した理由は見直す必要がある」
研究主任が別の記録を表示する。市街地の危険度Aのダンジョンでは、専門部隊が毎日のように入っていた。そこでも魔物は再出現するが、次の巡回で確認する数は少ない。
「討伐の間隔が、関係しているかもしれません」
「一日と七日の違いか?」
「候補の一つです。ダンジョンの規模も、内部構造も違いますから、まだ比較としては不十分です」
ウォーカーは肩をすくめた。
「また『※要検証』だな」
「良い言葉でしょう?」
「便利すぎて嫌になる」
だが今回は、笑って済ませられる話ではない。
ウォーカーの部下は手順どおり戦って三人負傷した。それを無駄な犠牲にしないためにも、次の第十四地点を出さない方法を探す必要がある。
「似た条件の場所を探そう」
ウォーカーが言った。
「それなら、日本にデータがあります」
研究主任が応じる。
ダンジョン発生から五か月。日本には、軍が定期的に掃討している地点も、民間人が何度も出入りする地点もあるはずだった。
「日本の管理方法を調べるのか?」
「いえ。まずは、実際に誰が何回入っているかを調べます」
ウォーカーは一瞬考え、嫌な予感がした。
「……それ、ちゃんと記録があるのか?」
「自治体にもWikiにも、少なくとも一部は」
「またあのWikiか」
「使える資料は使います」
その答えには、反論できなかった。
* * *
その日のニュースは、第十四地点の事故を「局地的ダンジョンブレイク」と報じた。この国で、管理下の封鎖区域から多数の魔物が外へ出た初めての事例だった。
死者はゼロ。警備上の重大な違反も確認されていない。
それでも三人が負傷し、未知の大型種が柵を破ろうとした。対応が成功したからといって、管理の前提まで正しかったことにはならない。
研究主任の画面には、日本国内の類似地点の候補が並び始めていた。
なぜ第十四地点では起きて、日本ではまだ目立っていないのか。
それを確かめるための比較が、次の仕事になった。