日本だけダンジョン発生中――政府が検討している間に世界最強になっていた 作:御影 智人
比較対象の候補は、三日である程度まで絞れた。
欧州合同研究センターの研究主任は、州の管理局から受け取った第十四地点の記録と、日本の自治体が公開している資料を並べていた。ダンジョンの規模、過去に確認された魔物の種類、入口の周辺環境。完全に一致する場所はないので、似た条件の地点を複数選んで、違いを一つずつ洗うしかない。
第十四地点では、専門部隊が数日おきに入り、確認できる範囲の魔物をまとめて討伐していた。監視と封鎖は常時行われるが、内部には次の巡回まで誰も入らない。
それに比べ、日本側の入場記録はずいぶん賑やかだった。
「月曜が三組、火曜が四組。水曜は大学の調査班と、魔石採取目的の一般探索者が二組」
補佐官が読み上げる。
「木曜は初心者講習、金曜は……動画配信者です」
「討伐任務ではないんですか?」
「配信企画名は『庭じゃないダンジョンに行ってみた』だそうです」
研究主任はしばらく黙った。
五か月前に日本の対応が海外で批判された理由を、思い出させる資料だった。国家が危険区域への立ち入りを許可した相手を管理することと、動画配信者が面白そうだから入ることは、似て非なる行為である。
ただ、入っている人数が違う以上、無視もできなかった。
* * *
オンラインの比較会議には日本側の自治体担当者に加え、御厨アキラも呼ばれていた。
自治体側には実際の入退場記録があり、アキラのWikiには、参加者が許可した討伐報告や動画、探索の目的が蓄積されている。両方を照合できるものだけ使えば、公開情報にも一定の裏付けが取れる。
研究主任は資料を共有した。
「似た条件の日本の地点では、ほぼ毎日のように誰かが入っています。これは自治体が魔物を減らすために入場頻度を設定しているのですか?」
「いえ、許可や安全管理はしていますが、そのための入場計画ではありません」
自治体担当者は首を振った。
「では、定期的な討伐計画が?」
「それも地域によります。少なくとも、こちらの地点ではありません」
研究主任の視線がアキラへ向いた。
「では、皆さんはなぜ、こんなに頻繁に入るのでしょう?」
「入りたいからじゃないですか?」
返事は早かった。
「……それは、どういう理由で?」
「魔石が売れますし、レベルも上がります。研究したい人も、趣味で潜りたい人もいます。配信したいとか、友達についていくとか。うちの庭なんか、最近は週末の予約が取れないんですよ」
「あなたの庭、まだ一般開放しているんですか?」
「しますよ。実家ですけど」
実家の庭を国際共同研究の比較対象に出す大学生と、それを真面目に表へ入力する研究者たち。
五か月前なら、どちらも正気を疑われただろう。
今は両方とも仕事だった。片方は趣味の延長だと言い張っていたが。
研究主任は、日本の記録と海外側の巡回表を見比べた。
「少なくとも、こちらは次の討伐まで何日も空いていますが、日本では空白期間が短い。この違いは調べる価値があります」
「ありますね」
アキラは頷き、別の表を開いた。
「ただ、危険度や魔物の種類が違うと比較しにくいです。そもそも誰も入らなかった日の記録が、日本側は少なくて……ああ、ここなら何日か空いてますね」
会話の途中で自分の資料に没頭し始めるのは、良いデータを見つけたときのアキラの癖だった。
補佐官が少し遠慮がちに尋ねる。
「こうした状態は、日本では何と呼んでいるのですか?」
「え?」
「民間人による、継続的な低強度の魔物討伐です」
アキラは首を傾げた。
「……ダンジョンに行く、ですかね」
数秒の沈黙のあと、研究主任は報告書に項目を作った。
『継続的低強度個体数管理』
「いや、そんな立派なことしてないですよ」
「結果として、です」
「予約して小遣い稼ぎに行ってるだけの人もいるんですけど」
「動機と結果は別に評価できます」
「それ、ずるい言い方だなあ」
何しろ、ただの趣味にまで政策じみた名称がつく。日本側の当事者にとっては、身に覚えのない表彰状をもらったようなものだった。
* * *
研究班は、確認できる討伐記録と次回巡回での目撃個体数を突き合わせた。
日本側では、入場が多い地点で一回あたりに確認される個体数が少なく推移している例があった。海外でも毎日のように入る高危険度地点では、確認できる範囲の個体数を低く保てている。
一方、第十四地点では、前回の掃討から六日間、内部に誰も入っていなかった。
もっとも、これで原因が分かったわけではない。人が頻繁に入る場所は監視も行き届きやすく、ダンジョンの構造や未調査区域の広さも違う。奥から新しい個体が移動してきた可能性も残っている。
それでも、調べるべき条件が一つ増えた。
「『入らなかった日数』を変数に入れましょう」
研究主任が言う。
「討伐間隔が内部の個体数に関係しているなら、少なくとも次回確認数に傾向が出るはずです」
アキラは、自分のWikiに集まった日本側の記録を見直した。
五か月間、探索者が入り、魔物が倒されていた。毎日誰かが入るのが当たり前すぎて、「誰も入らなかった日」を独立した条件として意識していなかったのだ。
「……あー、これかもしれない」
『何が?』
会議のあと、公開可能になった比較の概要だけを配信に映すと、コメント欄がすぐ反応した。
「何日空いたか。今まで討伐数は見てたけど、日数でちゃんと並べてなかった」
『また変な条件見つけた』
『日本、勝手に掃除してた説?』
「勝手にって言うな。入場許可は取ってるから」
『そこじゃない』
『国際共同研究に自宅の庭を提出する男』
アキラは笑いながら、表の列を一つ増やした。
「でも、まだ仮説だからな。毎日入れば絶対安全、とか書くなよ」
『※要検証』
「そう、それ」
Wikiに新設した項目の見出しは、やはり控えめだった。
『【仮説】討伐頻度と内部個体数の関係』
『・入場・討伐の空白期間が長いほど、次回確認数が増える可能性』
『・未調査区域からの移動、種別・地形の違いなど代替仮説あり』
『・安全な固定間隔は不明。局地ブレイクとの因果は要検証』
「『毎日入れば安全』も否定しておこう」
『それは絶対書いた方がいい』
「五か月見てきたからな、読まずに突っ込む奴はいる」
読み手への警戒心だけは、研究機関にも負けていなかった。
* * *
海外の管理側は、研究結果を待つ間にも行動していた。
一地点の事故で全ダンジョンを危険度A扱いにはできない。だが、過去の巡回間隔が本当に十分だったとも、もう言い切れない。
暫定措置として、第十四地点に似た場所の監視頻度を上げ、巡回間隔の短縮案を作る。影響が大きい地点から優先するのは、これまで通りだった。
担当官が試算表を開くと、必要人員、車両、移動時間、休養、救護体制が一行ずつ増えていった。
「……あの」
「どうした」
「安全側に寄せると、部隊が足りません」
研究室で見つかったのは、答えというより、もう一つの仕事だった。