日本だけダンジョン発生中――政府が検討している間に世界最強になっていた   作:御影 智人

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第23話 魔物は待ってくれません

 州ダンジョン第九地点で魔物が流出したという通報を受けて、ネイサン・ウォーカー大尉はまず道路地図を開いた。

 いつもなら第十四地点から二十分ほどで着く。少なくとも、そういう前提で即応計画が作られていた。

 ところが今日は、その道が真っ赤だった。

 

「高速の北行きが詰まってる。州道の迂回路は?」

『避難車両が集中しています。警察が緊急車線を確保中ですが、すぐに全線を空けるのは難しい状況です』

 

 無線の向こうでサラ・ミラーが答えた。

 

「車両は二組に分ける。先行班は南側から現場へ。重装備と救護班は警察の誘導に従って後追いだ」

『了解。現場周辺の避難は地元警察が開始しています』

 

 ウォーカーは残った隊員の顔を見た。

 昨日までの訓練では、距離を詰めるタイミングも、射線を取る位置もずいぶん改善した。LEVELを上げるために無茶をする必要はなくなり、低LEVELの隊員も確実に育ち始めている。

 だが、それは現場に到着してからの話である。

 道路警備や避難所支援へ出ている隊員を、その場で消してこちらに増やすことはできない。

 

「いいか。敵を倒すことだけ考えるな。民間人が残っているなら、まず退路を作る。いつも通りだ」

『大尉、我々はいつも通りの人数じゃありませんが』

「知ってる。だから、いつも以上に無理はするな」

 

 返事が揃ったところで、車両が動き出した。

 

* * *

 

 第九地点は、住宅地から少し離れた小規模な工業団地にあった。

 入口は二重の柵で囲まれ、監視カメラと警備員が常駐している。定期的な内部巡回も行われていた。一般人を入れない封鎖措置が、これまで無駄だったわけではない。

 実際、最初に魔物が現れたときも、警備員はすぐに通報した。

 地元警察も対応を始めた。周辺道路を閉鎖し、工場の従業員を敷地外へ誘導。すでに到着した消防の救急隊は、負傷者が出た場合に備えて待機していた。

 問題は、出てきた魔物の数だった。

 

『小型人型種を確認。二体、四体……まだ続いています』

 

 監視映像の中で、小型人型種(ゴブリン)が外側の柵へ殺到する。警備員は退避し、警察は射線の安全を確保できる場所へ下がった。

 ここまでは手順書どおりだった。

 

『外周柵の一部が破損。六体が警戒区域外へ移動』

「民間人の位置は?」

『工業団地の西側に数人。退避誘導中です。南の資材置場で、取り残された作業員がいるという通報が……』

 

 ウォーカーは端末の地図を拡大した。

 外へ出た魔物は、広い道路を真っすぐ歩いてくれるわけではない。建物の陰、資材の隙間、駐車場の車列。射撃の前に確認しなければならない場所が多すぎた。

 そこへ、サラから連絡が入った。

 

『先行班の到着予想、あと七分。重装備班はさらに遅れます』

「七分か」

 

 ウォーカーは時計を見た。

 第十四地点では、最初の警報から十一分で現着した。今回はすでにそれを超えている。

 あの日は運がよかった、とは思いたくなかった。

 だが、十一分で着ける配置そのものが、今日も続いている保証はなかったのだ。

 

* * *

 

 先行班が工業団地へ入ったとき、南側の資材置場では二人の作業員が動けなくなっていた。

 一人は足を負傷し、もう一人が肩を貸している。近くには倒れた台車があり、その向こうから小型種が一体、金属を引きずる音を立てて近づいていた。

 

『こちら第一班。民間人二名を確認。救助へ入ります』

「前へ出すのは盾役まで。後方の道路に人がいないか確認しろ」

『確認済み。射線、取れます』

 

 数発の銃声のあと、小型種は動かなくなった。隊員が負傷者を安全な場所へ運び、救急班へ引き渡す。

 別の班も合流し、柵の周囲へ残った個体を押し戻し始めた。

 戦闘は進んでいる。少なくとも、魔物を倒せることに疑いはなかった。

 だからこそ、次の報告が重かった。

 

『西側の駐車場で民間人三名を発見。うち一名、意識なし。救急隊が確認に向かっています』

 

 ウォーカーの手が、無線機の上で止まった。

 

「生存者の退避を優先しろ。建物の間にまだいる可能性がある。捜索班を単独で出すな」

 

 命令すると、隊員たちは予定していた手順を組み替えた。負傷者のいる場所と魔物の動線を分け、残る小型種を少しずつ封じ込めていく。

 途中、倉庫の裏から飛び出した個体に隊員が転倒させられたが、後方の援護が間に合った。防護盾の内側へ引き込まれ、重傷には至らない。

 増援が到着した頃には、残った魔物の行動範囲はほぼ絞り込めていた。

 数十分後、流出個体の制圧が確認された。

 指揮所へ戻ったウォーカーは、最初に負傷者の一覧を求めた。

 

「民間人は?」

 

 医療担当者が一度、言葉を選んだ。

 

「四名が搬送されました。三名は治療中です。駐車場で見つかった一名は、死亡が確認されました」

 

 ウォーカーは端末を受け取った。

 亡くなったのは、仕事を終えて帰ろうとしていた工場の従業員だった。流出警報のあと、他の従業員を車へ誘導していたという。

 別に、魔物と戦おうとしたわけではない。

 避難しようとしていたのだ。

 

「……そうか」

 

 それ以上、すぐには言葉が出なかった。

 第十四地点では死者が出なかった。今日も同じように守れるはずだと思っていたわけではないが、心のどこかで、あの結果を基準にしていたのかもしれない。

 銃もあった。盾もあった。訓練した隊員もいた。

 ただ、必要なときにそこへ届かなかった。

 

* * *

 

「事故の原因を『避難車両のせい』にはしたくない」

 

 ウォーカーがそう言うと、サラはすぐに頷いた。

 

「私もです」

 

 臨時の合同指揮所には、警察、消防、州の管理局、州兵の担当者が集まっていた。画面には第九地点の出動記録と、その時刻の道路状況が重ねられている。

 サラは、州警察が道路規制を始めた時点の記録を指した。

 

「規制しなければ、別の地域で救急車が動けなくなっていた可能性があります。避難所も、開設を遅らせれば収容できない住民が出たでしょう」

「分かってる。誰かが怠けていたわけじゃない」

 

 ウォーカーは第九地点の到着時刻を開いた。

 

「ここへ回せる即応班がもう一つあれば、初動は違ったかもしれない。だが、その一班をどこから持ってくる?」

 

 返事はなかった。

 州警察は避難路を守り、消防は住民を救い、州兵は複数のダンジョンを警戒していた。全員が自分の持ち場で必要なことをしていた。

 それでも一人が死んだ。

 ウォーカーが前日に提出した増員要請の欄には、まだ「調整中」と表示されている。

 

「昨日、中央の会議では民間人の訓練制度を作るって話をしてたな」

「はい。準備が進んでいます」

「いいことだ。急いでほしい」

 

 サラは端末へ視線を落とした。

 

「ただ、訓練には時間がかかります」

「そうだな」

 

 分かっていることばかりだった。

 その日のうちに、別の州では既存ダンジョンの監視強化が発表され、さらに別の地域からは新入口の確認情報が入った。世界中の研究機関が報告を集めているが、発生日と発見日が一致しているかさえ分からない地点もある。

 ウォーカーの端末には、各地の連絡が次々と並んでいく。

 誰が、どのダンジョンを見張り、いつ最後に中へ入ったのか。

 それを一枚にまとめた正確な表が欲しかった。

 その表を作る人間にまで、今は人手が足りないのだった。

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