日本だけダンジョン発生中――政府が検討している間に世界最強になっていた 作:御影 智人
民間探索者の募集説明会は、ほぼ満席だった。
問題は、説明会が終わっても応募者が増えなかったことである。
「座って聞くのと、実際に入るのは別ってことか」
州緊急対策局のサラ・ミラーが集計画面を閉じると、隣のウォーカー大尉が椅子へ沈み込んだ。
「まあ、俺でもいきなり『明日からダンジョンに入ってください』って言われたら断るな」
「大尉はもう入っているでしょう」
「給料もらってるからな。それと、軍人は断れない」
返事に説得力がありすぎて、サラは何も言えなかった。
第九地点で住民の死者が出てから、州のダンジョン管理体制はさらに見直されていた。軍と警察だけでは巡回要員が足りず、新しい入口も増え始めている。
そこで始まったのが、訓練を受ける一般志願者の事前募集だった。
まだダンジョンへの入場許可が出るわけではない。適性確認、装備講習、救護訓練を経て、危険度の低い地点で認定試験を受ける。少なくとも、明日から市民にスコップを配る計画ではなかった。
「質問は多かったんです」
サラは説明会の記録を見せた。
「訓練の頻度、必要な体力、勤務時間、保険、家族への説明。それから、民間人まで必要とする理由」
「最後のは、ちゃんと答えられたか?」
「人手が足りません、と」
「正直だな」
「嘘をついて応募してもらっても困ります」
実に正しい。正しいのだが、人が増えるわけではなかった。
* * *
説明会の後方で、ひとりの男性が受付票を握ったまま立っていた。
勤務帰りらしい作業着姿。何度か応募用紙を見下ろしてから、サラのいる窓口へ来た。
「第九地点で死んだ人、同じ工場で働いてたんです」
サラの手が止まった。
「……それは、お悔やみ申し上げます」
「俺もあそこにいた。いつもどおり帰ってたら、運が悪ければ俺だった」
男性は笑おうとして、うまくいかなかった。
「だから、次に何かあったら手伝えるようになりたい。でも、妻に言ったら止められました。そりゃそうですよね」
「ええ。危険な仕事ですから」
「そっちも止めるんですか」
「危険性を隠して勧誘はできません」
彼はしばらく応募用紙を見つめ、最後に折りたたんでポケットへ入れた。
「家で相談してからにします。今日中じゃなくてもいいですか?」
「締め切りまでは大丈夫です」
男性が帰ったあと、サラは空いた窓口を見た。
彼は一番応募しそうな人だった。身近で被害を経験し、人を守りたいと思っている。それでも、家に帰れば待っている人がいる。
「悪いことじゃない」
ウォーカーが言った。
「迷うのが普通だ。迷わないやつがいたら、そっちの方が怖い」
その日の事前登録は、想定よりずっと少なかった。
見物に来る人間はいる。質問する人間もいる。だが、命の危険がある場所へ入ると決めるには、説明会の椅子を温めるよりずっと大きな覚悟が要る。
* * *
「え、参加希望者が足りないの?」
日本では、御厨アキラが海外の募集記事を見て目を丸くしていた。
『そりゃそうだろ』
『Wait, they're recruiting CIVILIANS to enter dungeons?! That's terrifying.(翻訳:えっ、一般市民をダンジョンに入れるために募集してるの!? 怖すぎる)』
『貴重なEN視聴者が』
『日本語で頼むンゴ』
『日本が特殊なんよ』
「いや、まあ分かるけど。こっちは初心者枠が全然取れないじゃん」
『庭の持ち主も抽選に落ちる国』
『管理人、今週末当たった?』
「……外れましたけど?」
『草』
『持ち家なのに落選』
『自治体に庭を接収された男』
「接収されてない! 安全管理と抽選は別の話!」
アキラは反論したものの、自宅の庭へ入るために抽選結果を確認している事実は、特に否定できなかった。
海外では訓練への参加希望者が足りず、日本では参加希望者が多すぎて抽選が必要になる。アキラもこの五か月ですっかり後者に慣れていたが、考えてみれば最初の一週間は、知らない怪物へ近づこうとする人間の方がおかしかったのだ。
『でも第九地点の事故見たら怖いよな』
『実際、死人出てるし』
「うん。興味だけで応募しろとは言えないわ」
アキラは募集案内の原文へ戻った。
「でもこれ、いきなり潜るんじゃないんだな。まず事前登録と訓練希望者の募集か。認定試験も別にある」
『アキラが応募フォーム解析してる』
『絶対参加する気だろ』
「しないし。米国の募集だぞ?」
『国際的な検証班』
『でも日本国外のダンジョンの実地検証したくてしかたないだろ』
『海外ダンジョンの検証でそわそわ』
「そこは間違ってないけど」
知らないことができれば、条件を知りたくなる。参加するつもりのない募集要項を読み込む大学生が、日本には一人いた。
募集地域を確かめようと、アキラはWikiの国内地域別ダンジョンマップを開き、海外の情報も重ねられるように項目を増やした。第十四地点の事故に加え、第九地点のブレイクも登録しようとして手が止まる。
「……待って。これ、新しく見つかった入口の事件になってるけど、別の場所だよな」
『ニュースだとごっちゃになってる』
「発見日と発生日も別。そこ混ぜたら比較できないだろ」
州の公開資料を照合すると、第九地点は以前から管理されていた入口だった。アキラは誤った分類を直し、出典と確認日時を添える。公表されていない正確な位置は載せず、地域単位で示した。
『もう世界マップ作ってんの?』
「日本の地図に項目足しただけ。入口とブレイクと最終討伐日、あと情報の確かさを分けないと使えないから」
『「だけ」の内容が増えてる』
海外からも元資料付きの情報を募ると決め、アキラは募集記事に戻った。本人は情報収集だと言い張っているが、だいぶ変わった就職活動である。就活はもう終わっているのに。
* * *
翌日、サラのもとに事前登録者から追加の問い合わせが届いた。
『訓練中の負傷は補償されますか』
『認定後の勤務は有給ですか』
『危険手当はいくらですか』
『死亡した場合、家族への補償はありますか』
ウォーカーは画面を読んで、軽口を飲み込んだ。
「これ、まだ決まってないのか」
「いま制度案を詰めています。募集時点で確約できる項目は明示していますが、実際の勤務条件は地域や契約方式でも変わります」
「そりゃ応募しにくいな」
「ええ。こちらもそう思います」
サラは未回答項目に印を付けた。
参加するかどうかを決めたい人に、まだ決められない条件を提示する。行政としては慎重な進め方だったし、応募者にとっては不安が残る進め方でもあった。
「……まず、これに答えないと始まらないな」
「はい。明日の会議で最優先にします」
ウォーカーは窓の外を見た。
駐車場の向こうには、いつもどおり働いている人たちがいる。
その人たちに命の危険がある仕事を頼むのなら、少なくとも何を約束できるかは、先に決めておかなければならなかった。
投稿時間間違えてました!すまぬ〜!
あと活動報告あげました!