日本だけダンジョン発生中――政府が検討している間に世界最強になっていた 作:御影 智人
「危険手当はいくらですか?」
民間探索者の募集窓口に届いた質問の中で、これが一番答えにくかった。
「危険度によります」
担当者が答える。
「では、危険度はどうやって決めるんですか?」
「現時点の確認個体、内部構造、巡回記録などで評価します」
「第九地点も、それで安全側の評価だったんですよね?」
担当者は言葉に詰まった。
相手は意地悪で聞いているのではない。事前登録を考えている本人にとって、知っておかなければならないことだった。
窓口を手伝っていたサラ・ミラーは、そこで会話を引き取った。
「その評価が不十分だったため、現在見直しています。最初の民間訓練では、公開した危険度だけでなく、退避経路や救護体制も確認した地点に限定する予定です」
「それなら、少し安心です」
男性は頷いてから、最初の質問へ戻った。
「で、いくらですか?」
手ごわい。
魔物と違って、正確な金額が出るまで帰ってくれない。
* * *
報酬を上げれば応募者は増える。少なくとも、待遇改善案を提示した地域ではその傾向が見えていた。
ただし、探索者ひとりに払う金額を決めれば終わりではない。
防護装備を渡し、訓練を受けさせ、救護要員を待機させる。負傷時の補償も必要だし、現場で働かない日の生活も考えなくてはならない。
サラが試算表をウォーカーへ見せると、彼は最初の行で顔をしかめた。
「なるほど。思ってたより高いな」
「最後まで見てください」
「見たら安くなるのか?」
「高くなります」
「そういう親切はいらない」
最後まで見ると、本当に高くなった。
「これを全州へ?」
「まずは一部地域からです。国全体で一度に同じ制度へ切り替えることはできません」
「うちの隊員がよく言ってるよ。『レベルが上がれば仕事が楽になる』って」
「なるんですか?」
「ならん。できる仕事が増えるだけだ」
サラは苦笑した。
その理屈は民間人にも当てはまる。能力が高い探索者が増えれば巡回の質は上がるが、その人たちが無休で無限に働けるわけではない。国家の管理地点を毎日回るなら、やはり人と金が必要になる。
もっとも、それを理由に民間制度を諦める気はなかった。
「少ない人数でも、訓練できる人が増えれば助かります。いまはゼロか百かで考える段階じゃありません」
「同感だ。せめてゼロから一へ進めよう」
ウォーカーは頷いた。
「で、その一にいくら払う?」
「……最初の質問へ戻らないでください」
* * *
日本では、魔石の買取価格が少し上がっただけで、探索者の予定が変わっていた。
『今週、北口の買取店が高い』
『駅前の方が検査早いぞ』
『往復の交通費考えろ』
『その計算、誰かやって』
「やったけど」
御厨アキラがそう言うと、コメント欄が一瞬静かになった。
『は?』
『仕事早すぎ』
『お前なにしてんの』
「いや、昨日から値段が変わってるからさ。品位と移動時間で比較しただけ」
画面には、魔石の分類ごとの参考買取額と交通費を並べた表がある。海外のダンジョンマップと並行して、買取情報の更新までしていたらしい。
この男のスプレッドシートは、増えたことを本人が反省する前に次の一枚が生まれる。
『そんだけ検証して結局どこに売るの?』
「この条件なら近所。片道四十分かけて高い店へ行っても差額が消える」
『身も蓋もない』
『ダンジョンより移動が敵』
「時給まで考えたら、売りに行かないのが正解の日もあるぞ」
『魔石を手に入れた意味』
「データが増えた」
『お前はそれでいいんだな』
よかった。本人だけは満足そうだった。
そこで海外の民間探索者募集のニュースが流れてきた。
『危険手当と保険の検討続く』
「そりゃそうだよな。雇って潜ってもらうなら、給料も補償もいるだろ」
『日本は魔石売ってるだけだもんな』
『でも日本だって管理や講習に金かかるだろ』
「うん。誰が何を負担してるかは場所によって違うし、単純には比較できない」
アキラは海外の募集要項を開きかけたが、母からのメッセージが届いて手を止めた。
『玄関の装備、また増やした?』
「……増やしてないよ。分類し直しただけ」
『分かるわけない』
『装備も表にしろ』
「してる」
『してるんかい』
コメント欄は盛り上がった。
海外で危険手当の算定に苦しむ人々も、日本の一大学生が玄関の装備品に管理番号を振っていることまでは、まだ知らない。
* * *
「民間に払う費用を、全部税金で賄わなければならないのか?」
州の打ち合わせでそう尋ねたのは、地元の経済担当者だった。
サラが顔を上げる。
「一部を契約費で賄うことはできます。ですが、その契約費の財源も必要です」
「いや、そうじゃなくて。ダンジョンの中から回収した素材には買い手がいるだろう」
「あります。ただし収益が毎回保証されるわけではありません」
「分かってる。だから危険度の低い地点から試算したいんだ」
担当者は一枚の提案書を差し出した。
民間企業が探索者を雇い、装備と訓練を負担する。行政は必要な巡回業務を契約する。回収した魔石や素材も、認められた範囲で収益に回す。
国が一般市民ひとりずつを雇うのとは、少し違う方法だった。
「それで足りるのか?」
ウォーカーが聞くと、サラはまだ答えなかった。提案書の後半、採算条件の欄を読んでいた。
「……少なくとも、試してみる価値はありそうです」
彼女はそう言って、承認に必要な項目を確認し始めた。
なお、その欄に「どのダンジョンでも儲かります」とは書いていなかった。
そこだけは、提案者も正直だった。